『 白昼夢 』
きれいねえ。 躑躅に山吹。 そう・・・あっちの樹は満天星(どうだん)あら、名残の藤が風に揺れて、いい匂い。
ああ・・・・そう、ずっと・・・前。 やっぱりこんな風に・・・花を見ていたことがあった、ような気がするの。
そうなのよ・・・ で、わたし、赤ちゃんを抱いていたわよね。
赤ちゃん・・・・わたしの子供・・・? ちがう、ような・・・でも、ずうっと一緒だったのよ・・・そう、とても長い間。
ねえ、アナタ、あれは・・・だあれ?
− あ、すみません。 姉はその。 ちょっとこころが弱っていて。 いろいろゴチャゴチャになっちゃうんですよ。
あれは誰だったのかしら。 いつもいつも 抱っこしてたのよ、銀のふわふわの髪がとっても気持ちがよくて。
そうして、いっしょにお散歩にいったり・・・買い物にいったり・・・ 樹や花をながめて・・・そう、こんな風に・・
あれ、は・・・いつのこと・・・? つい昨日の、ううん、これからお散歩にいかなきゃ・・・あら・・・あの子がいない。
どこ? お願い、返事して! ああ・・・わたしったら・・・あの子の名前が思い出せない・・・どうしよう・・・
ねえ、アナタ、あの子はどこへいったの?
− ええ、そうなんです。妹は普通に生活できる時もあるんですけど、時々ああやって自分の夢に囚われて。
妹・・・・? そう、ね・・・わたしには お兄ちゃんいるわ。 あら・・・でも・・・? お兄ちゃんは・・・
わたしと同じ ブロンド、よね? 眼は、そう、おんなじよ、アナタと。 わたしとも。
あ・・・・じゃあ。 あれは誰・・・? 明るいセピアの瞳。 柔らかい茶色の髪。 やさしいほほえみ・・・
お兄ちゃんと同じくらい、ううん、もしかしたら・・・お兄ちゃんよりも、好き、なの・・・。 あたたかくて 広い 胸・・・
なんだかね、 とても落ち着くの、あの胸に頬を寄せていると・・・ でも・・・・なんか淋しそうな笑顔ね・・・
ねえ、アナタ、あれは・・・だあれ?
− 不憫な子で。 たったひとりの姪、身内です、この笑顔が、この天使の笑みが私のこころの支え、ですよ。
笑顔・・・・きみの笑顔は最高だって、いつも言ってくれたひと。 あなたの笑顔こそがわたしの生きる支えなのよ・・・
ああ・・・でも・・・ とっても悲しくなるの、あなたの笑顔を思い出すと・・・。 どうして、かしら。
優しさの全てが滲む、あの笑顔を思い浮かべるとなぜか・・・辛くて悲しくて・・・身を捩るような深い強い哀しみが、
涙も枯れ果てた空っぽの想いが、わたしを苛むの・・・・ 身体が・・・勝手にふるえてくるわ・・・ こわい・・・!
ああ! イヤ、怖い・・・・! ねえ、助けて! こわいの!
− ああ、ああ、大丈夫。ほら、お父さんがいるだろう・・・。娘がご迷惑をお掛けしまして。はい、もう大丈夫ですよ。
あ・・・・ああ・・・。 おとうさん・・・? 広い背中に・・・あたたかな眼差し・・・でも、ちょっと心配そうだったりして・・・
白いお髭に大きな鼻・・・がっしりした掌・・・ 泣いてるわたしの頭をそっと撫でてくれた・・・? でも・・・その瞳は
いつももの悲しい、懺悔の想いに満ちていて・・・。 パパ、とも違うわ・・・お・と・う・さ・ん・・・って、だれ?
え・・・・あら、ヘンね・・・わたし・・・そのヒトのお弔いをしたわ・・・・白くてなんにも刻んでないお墓にみんなでお花を捧げて。
・・・みんな? そう、いろんなヒトたちがいたわ。若いヒトもおじさんも黒いヒトも白いヒトも。
あら、アナタ、見たことない方ね、アナタあの時にいらしたかしら・・・? なにかとっても懐かしい雰囲気なんだけど・・・
ねえ、 アナタは・・・だあれ?
− きみを一番愛しているヒトだよ。 きみを一番大事に思っているヒトだよ。 大丈夫、安心しなさい。
もう、誰もきみを悲しませたりしないから。 もう、何もきみを不安にさせたりはしないから。
ほら・・・ 綺麗だろう・・・? きみの好きな薔薇が たくさん咲いているよ、ほら、ここにも、あそこにも。
ここへおいで。 きみは ここでいつも笑って過ごせばいいんだ。 いつも幸せに包まれていればいいんだ。
ほら・・・ 素適だろう・・・? きみが憧れていたオ−ロラが見えるよ、 ほら、あんなに見事に。
ここにおいで。 きみは ここでずっと微笑んでいればいいんだ。 僕の愛にくるまれていればいいんだ。
綺麗ねえ。 それにとってもいい香り。 可憐な蕾や恥らう乙女のような咲き初め・・・ああ、女王様みたいに
満開ね、これは・・・ 散り際もぞくぞくする色気があるわ・・・ 薔薇って。
空? 夕焼けなの? ああ・・・ これがオ−ロラ、なの・・・ わあ・・・・ 想像してたのよりずうっと・・・素適。
・・・・あら・・・・? わたし、おんなじ景色を前に見た・・・? そう、でも・・・・誰かがいたのよ、わたしの傍に・・・
そう、ふたりで ならんで オ−ロラを見上げて。 ふたりで 笑って 薔薇を摘んで。 あれは・・・・だれ・・・・
ああ、 なにかとても不安なの、 あのひとはだれ、 あのひとはどこへ行ったの、 ああ・・・あのひとが・・・いない!
ねえ、 あのひとが いない、いないわっ・・・・!
− すみません、すぐに落ち着きますから。 さあさあ、ほら、ここにも薔薇があるから。 ゆっくり香りを嗅いで。
目を閉じて。 少しお休み・・・人込みに出て疲れたんだよ、お前は。 誰もいなくなったりはしないよ。
そう・・・・?そう、ね。 久し振りに街に出たから。ちょっと・・・疲れたみたい。頭が重い、ううん、すこうしだから。
心配しないで・・・。 ああ、この薔薇もキレイ・・・とてもいい香りだわ。・・・・・なんだか・・・身体がふわふわして・・・
雲の上にいるみたい・・・いい気持ち。 アナタの目をみてるといつも・・・少しぼうっとしちゃうの。
アナタの深い青の眼に吸い込まれそうになるわ。 ああ・・・でも・・・こころがすうっと軽くなってゆく・・・ふふふ・・・ヘンねえ、
なんであんなに 不安だったのかしら・・・ ここはこんなに静かで気持ちいいのに。
ねえ・・・お願い、手を握って・・・・? ・・・ああ、あったかい・・・・ね、ちょっと休ませて?
ほんの少し・・・眼を閉じていさせて・・・ほんの、ちょっと、よ。
− そうそう・・・ほら、こちらに寄りかかっていいから。眠りなさい、イヤなこと、不安なことは全部忘れて。
ああ、ちょっとすみません。はい、大丈夫ですよ、娘は軽いですから抱いてゆけます。車も呼んでありますので、
どうぞ ご心配なく。 こちらこそ どうもご迷惑をお掛けしましたなあ・・・ じゃあ・・・失礼します・・・。
ねえ、 フランソワ−ズ
僕がこうしてきみを抱き上げるなんて可笑しいね いつでもきみの胸に抱いてもらっていたのにね
ねえ、 フランソワ−ズ
僕はきみの弟になり兄になり叔父になり父親になったけど どの<役割>も気に入ったよ楽しいよ
ねえ、フランソワ−ズ
僕のどこが可愛いどこがお気に入りどこが好きどこを・・・・愛して・・・くれている・・・?
そうさ、誰だって彼女を悲しませるのは許さない。 なにものも彼女に辛い思いなんかさせやしない。
さあ、ここにおいで。フランソワ−ズ。 ここで、僕の腕のなかで僕の胸でお休み。
きみは 永遠に真昼の夢に遊んで 尽きること無いその微笑を僕に与えてくれれば それでいいんだ。
きみは 哀しい過去も辛い現実も恐ろしい未来も全て忘れて優しく微笑んでいれば それでいいんだ。
だってきみが悪いんだよ、ジョ−。
どんな時でも、いつまでも、彼女を護るって誓ったじゃないか、それなのに。
どんな日にも、いつまでも、彼女の傍にいるって誓ったじゃないか、それなのに。
ふふふ・・・でも、ほんとうは感謝してる、かも。
だって。
こうして いつも彼女と一緒なんだもの、いつも彼女の笑顔を見られるんだもの、
これから いつまでも彼女の傍にいられるんだもの、いつまでも彼女の温もりを感じられるんだもの、
だって。
本当は僕なんだぜ、一番古くから彼女といるのは。一番長く彼女と過ごしてきたのは。
だから。 いま、すこしくらい僕に特権を許してくれてもいいだろう?恩恵を譲ってくれてもいいだろう?
きみがウソツキなんだもの、 ジョ−。 彼女を泣かせた君が、さ。
きみがイケナイんだもの、 ジョ−。 さきにいってしまった君が、さ。
きみがヨクナイんだもの、 ジョ−。 かえってこない君が、さ。
ふふふ・・・でも、安心していいよ・・・大丈夫。
僕が、僕の全てをかけて命はてるまで彼女を護るから。 僕が、僕の身に換えても彼女を逝かせはしないから。
彼女を白昼夢の中に 大事に大事に閉じ込めて、 つらい想いなんか決してさせやしないから、さ。
彼女の仮想世界に そうっとそうっと連れ出して、 哀しいナミダなんか忘れさせてしまうから、さ。
だって彼女は僕のものなんだ、はじめっから、ね。
**** FIN. ****
後書き by ばちるど
独占欲って子供が、赤ちゃんが一番強いと思うんです、特に<母親>に対しては。イワンは究極のアンバランス人間、並の大人を
遥かに凌ぐ頭脳と赤ん坊のこころを持っている存在に思えます。平ゼロのあの!『未来都市』の仮想現実、フランちゃんの
憧れってホントかなあ・・・?
Last
update: 5,3,2003 index