『 博士の娘 』
「 どうしても 行くの? 」
「 ああ勿論。 千載一遇のチャンスではないか! 前々からあの地に狙いを定めていたのだぞ。
うん、あそこには絶対に ・・・ある。
ワシの学説を証明するためにも今回の実地調査は必須なのだ。 」
「 でも ・・・ 国際紛争も内戦も絶えないし・・・
ほら、昨日のニュースでも正体不明の盗賊たちもウロついているって・・・ 」
「 盗賊? ははは・・・ お前、そりゃ映画かTVの見過ぎだよ。
ともかくいつの世も学問は何よりも強いのだ! ワシはこのチャンスを無駄にはせんぞ。
よいな 予定通り。 明日 出発じゃ。 準備はいいな。 」
「 でも ね。 渡航禁止になる可能性も高いらしいわよ。 外務省から通達が来るかも・・・ 」
「 ! じゃから! その前に出発せんと!
やっと巡ってきたチャンスなのだ。 ・・・ おお かの地がワシを呼んでおる・・・
助手のトーマスにな、しっかり分析の準備をして待っておれ、と伝えておけ。 」
「 ・・・ パパ 」
「 博士、と呼べ。 この研究室ではお前はワシの部下、一介の研究員にすぎんのじゃ。
いいな、 予定通り 明日出発だ。 」
「 ・・・・・・ 」
バダン! とドアも撓みそうな勢いで閉めると 研究室の主は意気揚々とでていった。
「 ・・・ ほっんとうに。 言い出したら絶対に聞かないんだから・・・ 」
残された <部下> は 溜息をつきつつ・・・ 足元に並ぶ大きなトランクを見つめた。
コン コン ・・・
今度は消え入りそうなノックが それも遠慮がちに聞こえておずおずと若い男性が顔を半分だけ見せた。
「 ・・・ お嬢さん? あの ・・・ 博士は。 」
「 ? ああ トーマスさん。 <お嬢さん>はだめよ、ここでは <一介の研究員> なの、私。 」
「 あ すいません。 それじゃ ・・・ モウ研究員。 博士はやっぱり・・・? 」
「 ええ。 どうしても どうしても出発するのですって。
学問はなによりも強し・・・って 時と場合によるわよね。 それに ・・・ 」
はあ〜〜・・・ と大きな吐息が彼女の口から漏れた。
「 ・・・ 調査 調査って張り切るけど。 本当にあるかどうか ・・・疑わしいわ。 」
「 あります! 絶対に! ありますよ! 」
「 ・・・ トーマスさん ? 」
「 あります! 僕は確信しています、先生の学説は正しいです!
ですから そのためにも!今回の調査は必要なんです! はい、絶対に。 」
彼は顔を紅潮させ、きっぱりと言い切った。
先ほどの おどおどしていた猫背の若者とはとても同一人物には見えない。
「 ・・・ あなたまで パ・・・いえ、博士と同じことを言うのね・・・ 」
「 え ・・・そ、そうですか? 僕は ・・・ 博士の学説、いえ! 博士ご自身を信じ尊敬していますから!」
「 ― だったら。 トーマスさん、あなたが一緒にいらっしゃればいいのに。
あなたの方が私なんかよりよほど現地調査には詳しいし経験もお有りでしょ。 」
「 ・・・ も、申し訳 ありません ・・・ このザマでは・・・ 」
急にしおしおと彼は首を垂れ ― ぐるぐる巻きのギブスが填まった脚に目を落とした。
「 ! ごめんなさい。 そうよね・・・ 骨折、してたんだっけ・・・ 」
「 申し訳ありません・・・・ それも ・・・ 学内で滑って転んで・・・なんて・・・ ホント、情けない・・・
肝心な時に 先生のお役に立てないなんて・・・・! 僕は助手失格です。 」
「 ま、仕方ないわよ。 のんびり養生していて。 そうそう・・・分析の準備をしっかりしておけ、って。 」
「 はい! お嬢さん・・・じゃなくて モウ研究員。 それじゃ 調査項目の資料、まとめておきます!
モウ研究員! 健闘を祈る! 」
「 ・・・ あ ・・・ は はい ・・・ 」
青年は再び さ!っと頭を上げると 松葉杖を頼りにぎこちない足取りで出ていった。
ふう ・・・・・!!
またしても 今度は特大の溜息が彼女の口から噴出してしまった。
「 ・・・ 誰も彼も・・・ 過去の遺物に取り付かれているみたい・・・
他のことはな〜んにも見えないのね。 ・・・ こんなに近くにいるのに。 」
新しいブラウスなのに ・・・ と彼女は凝ったカットワークの襟をそっとなでた。
ちっとも 私のことなんか見てくれていないのね ・・・
・・・ 見ているのは 泥の中に埋まったむか〜しのモノだけ、か。
ばさり、と黒髪を肩から払い、彼女は立ち上がった。
「 これが最後よ、もう絶対に。 調査っていうと全てを忘れてしまうんだから・・・
自分のトシを考えてくれなくちゃ ね。 ・・・ パパ。
ねえ ママもそう思うでしょ・・・ ママも こんな気持ちだったの?
それとも ・・・ それでも パパを愛していたのかしら・・・
ともかく <博士のムスメ> になんて生まれるものじゃないわ・・・ ねえ? 」
ふっと見つめる机上には 古びたフレームに穏やかに微笑む婦人の姿がある。
彼女は その笑みに攣られほんの僅かだけ頬をゆるめ目を細めた。 写真とよく似た笑顔だ。
「 ああ そうだわね、眼鏡にしなくちゃ・・・ コンタクトなんて冗談じゃない環境だもの ・・ 」
引き出しから少々旧式なデザインのそれを引っ張りだした。
ふう ・・・ もう一度大きく溜息を吐くと 彼女は机の上に広げてある書類をまとめ始めた。
灼熱の地には ― なにもなかった。
いや 哀しみだけを 拾って 虚しさだけを 集めて。
・・・ 戻ってきた。 たった一人で。
ザザザ ・・・・ ザザザ ・・・・ ザザザ ・・・・
無機質な音だけが続く。 無機質なモノの上を無機質なモノが通るから かもしれない。
ザザザ ・・・・ ザザザ ・・・・ ザザザ ・・・・
足跡だけが点々と ― 延々と続き その後には濃い影が溜まるだけだ。
ザザザ ・・・・ ザザザ ・・・・ ザザザ ・・・・
彼らはひと言も発せず ただ同じペースで同じ歩幅で歩き続けている。
・・・ 生命が ないわ ・・・ なにも ない・・・
命を生み出す源が ここでは その命を枯渇させる元凶なのね・・・
フランソワーズは ちら・・・っと空を見上げたが すぐに目を伏せた。
ぎらぎらと狂暴な光と熱に焙られ 彼女は足元の黒々とした自身の影を頼りに歩く。
もちろん 能力 は全開にしているが 何もキャッチはしていない。
「 ・・・ ・・・・ 」
「 ? フランソワーズ? 大丈夫か。 脚は平気かい。 」
隣をあるく青年に こっそり洩らした小さな吐息を聞かれてしまったらしい。
彼もただ黙々と歩んでいただけなのに ・・・ 彼女はほんの少し頬を染めた。
「 大丈夫よ。 これしき、なんともないわ。 わたしだって 」
「 わたしだってサイボーグ、はもう皆しってるよ。 脚よりもあまり目を使うな。
この砂と強度の紫外線だ。 こんなところできみの能力を傷めてしまっては大変だよ。 」
「 あら。 わたしの能力はそんなヤワじゃありません。
もうず〜〜っと稼働させているけれど 正確無比に仕事をしているわ。 いつもとちっとも変わらないわ。
ただ ・・・ なにもないだけよ ここには・・・ 砂と太陽があるだけ。 」
「 ・・・ そうか。 」
「 ジョー。 一本とられたね。 ああ・・・僕も干上がりそうだよ。 」
「 ほほう? 水の国の主よ。 お主の状態をな、ジョーの国ではなんと言うかしっているかね。 」
「 ぼくの ・・・ 日本で? ・・・ そんなの、あったかなあ・・・ 」
「 ふふん。 ボーイ、不勉強だぞ。 陸 ( おか ) に上がった河童 と言うのであるよ。 」
「 か かっぱ ??? ジョー、 なんだい、それ。 」
「 あ うん・・・ あのぅ〜〜 その 一種の・・・妖怪 さ。 」
「 ようかい ・・・ バケモノかい!? 」
「 左様。 古よりかの国の沼に棲む妖怪さ。 頭にな、皿があるんだと。
そこに水がある限り、河童は地上でも活動できるが・・・水が干上がると アップアップだそうだ。 」
「 へえ??? エラ呼吸の空気中版かな? ジョー、君は見たことがあるかい? その かっぱ。」
「 河童って。 実際には居ない・・・はずだけどね。でも古い沼なんかには居そうな気もしないでもないかも。
グレート? その比喩ね、・・・どうも使い方が違うような気がするんだけどなあ ・・・ 」
「 え・・・ そう か。ま、まあ ともかく水妖は乾きには滅法弱い、ということだ。 」
グレートは慌てて 適当に広げた大風呂敷を収集した。
「 ひーはー・・・・ ワテももう干上がりそうやん。
ああ ・・・ジェロニモはん? ギルモア先生はご無事でっしゃろか?
この暑さ、尋常やないで。 ご老体にはえろう堪えるのとちゃいますか。 」
「 ムウ・・・ 博士とイワン、俺がしっかり護る。 道案内、確実に頼む。 」
寡黙は巨人は 相変わらず確実な足取りで進む。
彼はこの尋常ではない熱と光から 唯一生身の人間と赤ん坊を大切に護りつつ歩んでいる。
「 ・・・ すまん なあ ・・・ 」
「 博士! お水、どうぞ。 ・・・ ジェロニモ? ちょっと屈んでくださらない? 」
「 むう ・・・ これでいいか。 」
「 ありがとう! 博士・・・ はい、お水。 ずいぶんぬるくてごめんなさい。 」
「 ・・・ ああ ありがとう よ・・・忝い ・・・ 」
老人は 差し出された小さなコップから貴重な水を貪った。
「 ・・・ フランソワーズ? きみは ・・・大丈夫か? 水 ・・・ もうあまりないのじゃないか。 」
「 ええ・・・ わたしは平気。 でも博士が・・・ それにいくらイワンでもこの暑さでは・・
ねえ、ジェロニモ? イワン、どう? まだ眠っているの。 」
「 眠って・・・自分自身を護っているのだろう。 そっとしておこう。
オレ こうして 防護服のマフラーで覆っている。 熱も砂も 避ける。 」
「 そう・・・ じゃ お願いね。 ふう・・・ 」
「 フラン? ぼくの後ろを歩け。 すこしは影になる。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ ありがとう ・・・ 」
ジョーはさりげなく彼女を後ろにし、太陽の直射と飛んでくる砂を避ける楯となった。
他のメンバーたちも それとなく集まり 彼女と博士達を抱えたジェロニモを取り巻く布陣となり進んでゆく。
・・・ありがとう・・・! みんな ・・・
「 ・・・・・・ 」
ジョーが そっと彼女の手を握り 彼女も瞬時に握りかえし ― すぐに二人の手は離れた。
ジョー ・・・ 大丈夫よ。 みんながいるわ
あなたが いるわ。 さあ 行きましょう・・・
ザザザ ・・・・ ザザザ ・・・・ ザザザ ・・・
赤い服を纏った集団は 静かに灼熱の地を進んでゆく。
怪しげなウワサが戦乱情報の合間を縫って流れてきた。
後ろで糸を引くBGの基地を破壊するため サイボーグ達は中東地域までやってきた。
途中 ― おそらくBGの刺客であろうモノに襲われ 砂漠の真ん中に放り出されてしまった。
使用していた飛行艇は大破し、彼らは徒歩で進むことを余儀なくされたのだ。
ザザザ ・・・・ ザザザ ・・・・ ザザザ ・・・
砂漠は その無機質な景色は 永遠に続くのか・・・と誰もが思い始めていた・・・
「 あ ・・・・ ! 」
「 なんだ? 」
先頭をゆくアルベルトが すぐに聞きつけ振り返る。
「 どうした フランソワーズ? 」
「 あの丘の向こうに ・・・ 建物があるわ。 」
「 丘??? どこかね、 マドモアゼル? 」
「 どの方角かい。 距離は? 正しい座標を脳波通信で送ってくれないかな。 」
仲間達が 次々に口を開く。
「 ・・・あら。 そんなにいっぺんに聞かないでよ。
えっと・・・ ここから丘までの距離は 約 ・・・ 方角は ・・・・ 」
フランソワーズは彼女のレーダー・アイ がひろったデータを口にし、同時に脳波通信でピュンマに送った。
「 サンキュ。 ・・・ よし、でたよ。 今までのペースで歩いて丘までの所要時間は・・・ 」
ピュンマは受信したデータを直ちに補助脳内で分析、あっという間に結果を弾き出した。
「 おお・・・ありがたい・・・! この煉獄の暑熱から逃れられるものなら・・・ 」
「 そやそや! ほっほ・・・・建物があれば陰があるネ。 そやったら火ィを熾して料理しまほ。
フランソワーズはん? どこぞに水、おまへんか。 」
「 料理って・・・大人? なにももってないじゃないか。 ここいらには植物も動物もみえんぞ。
いつぞやのように トカゲや海鳥はおらんよ? いくらなんでも・・・サソリ・・・は御免被りたいぞ。 」
「 ほっほっほ。 まあ 楽しみにしとってや。 ほな、みなはん? ちゃっちゃと行きまほか。 」
「 あ・・・ 大人〜〜 急に元気になって・・・ 食への希望が彼のエネルギーなのか・・・? 」
「 まあ、いいじゃないか。 さあ、僕たちもがんばろうよ。 あとちょっとだよ。
ジョー? フランソワーズは大丈夫かい。 」
「 うん。 ・・・ね? 」
「 ええ。 このまま ・・・ まっすぐ、と言ってもなにもないけれど。
皆 方向指示機をこれから送るデータに合わせて。 ・・・ さあ、行きましょう! 」
「 おうよ! ・・・ は! もう〜〜 負けるぜ、このジャジャ馬姫にはよ! 」
「 な に か?? 」
「 な〜んでもね〜よっ! さ、もうちょっとだからよ、博士〜〜 頑張りなよっ 」
「 ・・・ さっさと歩け。 お前がウロチョロするから余計な砂埃がたつ。 」
「 っせ〜な〜 オッサン! あ〜〜二本脚でぺたぺた歩くなんざ 超うぜ〜〜! 」
「 エネルギーの無駄遣いをするな。 」
「 ・・・ へ。 いちいちうっせ〜 ・・・ お?? よォ〜 アレじゃねえの? ほら、あれ! 」
長身赤毛が指す方向に 砂が盛り上がって見え ― それは近づくにつれ < 丘 > になった。
そして
サイボーグたちの前に 崩れかけた石造りの建物が現れた。
「 − 建物 ・・・ いや、 要塞の廃墟か? 」
「 ふうん ・・・ そうだね。 これは随分と時代が旧いみたいだなあ・・・ 」
「 ほいでも 陰がありまっせ。 さあさ、皆はん、中に入らしてもらいまほ。
そやったら こっちの陰で火ィを焚きまひょか。 ああ ・・・ 奥のほうがええか・・・ 」
さっきまでのへたばり様はどこへやら、 大人は先にたってどんどんと建物の中に入っていった。
「 元気だね、大人は。 ・・・この要塞の中に水があればいいのだけど・・・
・・・ ん? どうしたんだい、 フランソワーズ。 」
「 ― 待って ジョ− ! ・・・ だれか ・・・いるわ。 こっちの奥よ! こっちよ! 」
「 ええ? あ・・・ 待てよ、フランソワーズ! ぼくが先に行く・・・! 」
ジョーは慌てて彼女の後を追い 岩山にも似た要塞跡をよじ登っていった。
「 これは娘の クリシータ ですじゃ。 」
老いた考古学者・モウ氏は心底ほっとした表情で そう言った。
岩だらけの廃墟の隅には 発掘調査に来たという考古学者の父娘が囚われていた。
「 ほっほ・・・ ええ案配に煮詰まってきよったで。 ほい、学者センセイ、どうぞ。
ギルモア先生はこっち。 学者はんのお嬢はんはこれや。 さあさ・・・ 皆盛大に食べてや! 」
「 うわ・・・すごいねえ・・・ 大人は本当に魔法使いだよ! 」
「 そうねえ ・・・ 本当に手品みたい・・・! 」
「 ほっほっほ。 魔法、てあんさん、そやなあ、料理はいつだってマジックやなあ・・・ 」
「 ・・・ 美味い・・・! 」
「 ああ。 凄いな。 」
「 ・・・ 最高だよ! 」
砂漠のど真ん中は ほんの一時、和やかな野営地となった。
要塞跡で そこをアジトにしていた盗賊団をいとも簡単に撃退し、彼らは囚われていた学者父娘を救出した。
― そして。
盗賊たちの焚き火跡を見つけと 張大人は歓声を上げて駆け寄った。
「 あいや〜〜! 鍋があるやないか! 水は・・・ このタンクやな。 ・・・ よっしゃ! 」
「 よっしゃ・・・って 食材なんかどこにもないぜ? 」
「 まあ、細工は流々仕上げをごろうじろ、やで、グレートはん。 」
大人はちっこい眼で ばちん! とウィンクをした。 そして・・・
防護服の袖の内側やら上着の裾から しゃらしゃらと乾燥させた米粒を山ほど取り出し。
背中の裏からは乾し肉や乾し海老が そして 最後に懐から乾し梅果肉と乾し鮑がでてきた!
彼は身体のあちこちに乾物を潜ませていたのだ。
「 な・・・ なんなんだ ・・・?? 」
「 ・・・すごいね・・・ まさにマジック・ショーだよ! そうか 今度僕も国に・・・ 」
「 これだけのものを よく・・・防護服に・・・ ねえ、ジョー、凄いわよね・・・ 」
「 うん ・・・ 結局昔からの知恵が役に立つんだね。 」
サイボーグ達が眼を見張っている中 たちまちあっと言う間に鍋一杯の雑炊ができあがった。
しかし
全員で舌鼓をうち、ほっと一息いれたのも束の間 ― サイボーグ達の闘いが始まった・・!
そして ・・・・
灼熱の地には ― なにもなかった。
いや 哀しみだけを 拾って 虚しさだけを 集めて。
彼らは もどってきた ・・・ 一人の女性を伴って
トントントン −−−−
軽い足音が 近づいてくる。
ジョーは その音を聞いていたくて じ〜っとキッチンのスツールに座ったままだ。
シンクの横の窓からは 朝日がまっすぐに差し込んできていて、晴天を約束していた。
ああ・・・! いい天気だ。 今日も ・・・ いい日になるといいな。
手元のカップから立ち昇るコーヒーの香りと 窓からの光。 そして 心地好い足音・・・
ジョーは 気に入りにものに囲まれ ほう・・っと満足の吐息まで洩らしている。
「 ・・・ お早うございます ・・・ あら?? ジョー・・・ 」
亜麻色の髪が きらり、と新しい日の光を集めて揺れる。
「 お早う! フランソワーズ 。 」
ジョーは彼女の笑顔があまりに眩しくて 思わず目を細めてしまった。
「 お早う♪ どうしたの? ずいぶん早いのね。 」
「 うん・・・ なんかさ、 ぽか・・・っと目が覚めちゃって。 あんまりいいお天気なんでもったいなくて。
そのまま起き出しちゃったんだ。 」
「 まあ そうなの? う〜ん・・・ 本当にいいお天気ねえ。 お日様が気持ちいい ・・・ 」
フランソワーズも射しこむ朝日に手をかざし 目を閉じてその温かさを味わっている。
「 ・・・ 随分 ちがうもんだよね。 」
「 え? なにが。 」
「 この光、さ。 あの砂漠ではぎらぎらと激しくて攻撃的で、そう、あれは凶器だったけど。
今は ほら・・・ ぼく達の微笑みのモトさ。 とても同じモノとは思えない・・・ 」
「 う〜ん ・・・ そうねえ ・・・こうやってウチに射し込んでくれる光は春の小川 ね。
あそこでは 炎の激流だったわ・・・ 」
「 うん ・・・ そしてぼくは今、やっと 安住の地に戻ってきた、のさ。
今朝 目が覚めて ・・・ 自分の部屋だってことがすごく嬉しかったよ。 」
「 そうねえ・・・ ジョーったら。 昨夜・・・さっさと先に寝ちゃって・・・ 淋しかったわ・・・ 」
「 あ ・・・ご、ごめん。 いつもみたくに夜中にきみの部屋に行こうって思ってたんだけど。
昨夜は ・・・朝までイッキ爆睡だった・・ ごめん! 」
「 いいの・・・ でもちょっぴり淋しかったから・・・ 今夜はわたしの部屋に きて・・・ね 」
「 ん。 ごめん ・・・・ フランソワーズ ・・・ 」
「 ・・・ あ ジョーったら ・・・きゃ ・・・ 」
ジョーは朝日の中で するり、と彼の恋人の腕を取り抱き寄せ ― 熱く唇を重ねた。
ああ ・・・! 帰ってきた ・・・
こうやって 無事に。 きみと一緒に 帰ってこれた・・・・
<新しい身体> も やっとぼく自身になったな
伝わってくる身体の温かさ そして 触れ合っている唇の柔らさ に、ジョーは己の生を
改めて確認していた。 そして 自身の内が熱くなる衝動も ・・・
それらは全て彼がヒトとして生きている証なのだ。
今回の <旅> は <初めて>のことばかりだった。
大気圏で燃え 半死半生の身から蘇り ・・・ 新しい彼自身となって仲間達と戦闘に赴いた。
外見上も そして 能力 も、以前の 009 と少しも変わるところはなかったから
仲間たちは彼の完全復帰に安堵し、ギルモア博士ですら ほっと胸をなでおろしてた。
ジョー自身は、一抹の不安を抱えていた。
果たして以前と同じに動けるのだろか。 闘えるのだろうか。
・・・ 仲間たちの足手纏いにならなければいいが・・・ !
彼は平静を装っていたが かなりナーヴァスになっていたのだ。
フランソワーズはそんな彼の不安をすぐに感じ取り 出来る限り側にいてくれていた。
特に話しかけるわけでもなく ― ただ黙って微笑み彼の側に いた。
ジョー ・・・ よかった・・・
大丈夫。 あなたはもう 大丈夫よ。
あはたは やっと あなた になったわね ・・・
彼女の無言の励まし、信頼に満ちた眼差しはなによりもジョーを奮い立たせ 支えた。
そして 今。 こうして無事に帰還したのだ。
「 ・・・ ジョー ・・・ もう ・・・ 朝ごはん ・・・つくらなくちゃ・・・ 」
「 んんん ・・・ ごめん やめ ・・・られない・・・! 」
「 だめよ、 朝 から ・・・ 」
「 ・・・ んんん ぼくは 元気 なんだ 」
「 ・・・! ・・・ ジョー ったら 」
二人はどちらからともなく腕を絡めあい 身を寄せ 深く口付けし 舌を絡め ・・・
― ガチャ ・・・!
「 あら。 失礼。 お早うございます。 」
突如 キッチンのドアが開き ― 黒髪の女性が入ってきた。
「 ・・・! わ・・・! あ ・・・ああ ・・・ く、クリシータさん 」
「 きゃ! ・・・ あ あ お、 お早うございます・・・・ 」
二人は慌てて離れ フランソワーズはジョーの後ろではだけたブラウスの襟元を直した。
「 お楽しみ中、 失礼。 ・・・ でも ここ。 キッチン ですわよね? 」
「 あ・・ は、はい。 こちらこそ・・・失礼しました。 あ! 今 すぐに朝食を・・・ 」
「 あら、結構ですわ。 私、いつも朝はコーヒーだけですの。 」
「 ・・・そ、それじゃ すぐにコーヒー、淹れますね。 ジョー? そっちの棚からカップをだして?
パーコレーターも一緒に お願い。 」
「 あ ああ ・・・ これ でいいかな。 」
ジョーとフランソワーズは 頬を染めたままキッチンをうろうろし始めた。
そんな彼らを 黒髪の女性はじっと見つめている。
「 あなた ・・・ フランス人? 」
「 え? あ ・・・ は、はい。 」
「 あら そう。 それなら ― 私、コーヒーは自分で淹れますわ。 」
「 ・・・ はい? 」
「 ミルクだのなんだの、入れたものを飲むくらいなら インスタントで結構よ。 」
「 え ・・・ あ ・・・ あの・・・ 」
女性はつかつかとシンクの前に歩み寄ると 水切り籠からカップを手にとった。
「 このカップ、拝借しますね。 インスタント・コーヒーのビンは こっちの棚かしら? 」
彼女はキョロキョロと付近を見回している。
「 あ あの ・・・ 今、ブラックで淹れますから・・・ 」
「 お気遣い 結構。 邪魔者はエア・チケットが取れ次第、失礼しますから。 」
「 あの。 クリシータさん ! 」
― バンッ!
「 ほっほ〜〜 ぐっども〜にんぐ はんですな〜〜 」
「 ・・・張大人 ・・・! 」
大きくキッチンのドアが開いて 張大人の丸まっちい身体が飛び込んできた。
「 おお〜〜 フランソワーズはん、 お早うさん。 ジョーはん、どうしはったん?
おお・・・ クリシータはん、えろうお早いお目覚めでんな。 」
「 あら。 え〜と ・・? そうそう、火を吹く中国人ね。 」
「 はいな。 ワテ、火ィを吹いていろんな美味しいモノ、つくりまっせ!
・・・なんや まだお湯も沸かしてェへんのんか。 熱い湯ぅ沸かすんは一日の始まりでっせ。
ほな ちょいと失礼して。 ささ・・・ お客人、リビングへどうぞ。
ジョーはん! 御案内しはって。 」
「 あ・・・ うん。 ・・・じゃ クリシータさんこちらへ。 今 コーヒー、ブラックでお持ちしますから。 」
ジョーは 少々むっとした様子で彼女をキッチンから連れ出した。
「 大人! ありがとう ・・・ 」
「 なんやね、なにかあったんか? ・・・ ほっほ。 朝方はご機嫌の悪いお方もおますやろ。
ほいでも美味しい朝御飯で 皆にっこり、やで。 」
「 そ そうね! それじゃ・・・皆の笑顔のモト、作りましょう。 」
「 はいな。 ほな まず 」
「 はい! まず お湯を沸かしますッ 」
二人は軽やかに笑いあい、ぱたぱたとキッチンの中で動き回りだした。
「 ― なんですの? 私、朝はコーヒーだけで結構、と申し上げましたでしょ。 」
「 ・・・ですけど。 すぐに食事作りますから。 ご一緒しませんか。
美味しいですよ、大人の朝食は。 ・・・ 貴女も存知でしょう? あの砂漠で 」
「 ・・・ なんのことかしら。 」
「 あ ・・・ す、すいません、ぼく ・・・ 」
「 無神経ね。 やっぱり機械だから仕方ないのかしら。 」
「 ・・・・ ! 」
ジョーが 珍しくもなにか言い返そうと口を開けたとき。
ぱたん ぱたん ぱたん ・・・
のんびりした足音がドアの外に聞こえ ― やがてゆっくりと入ってきた。
「 やあ お嬢さん。 おお ジョーもか、 おはようさん。 」
「 あ 博士! お お早うございます・・・ 」
「 ん? お・・・いい匂いじゃなあ・・・
お嬢さん、ウチの娘の淹れるコーヒーは絶品ですじゃ。 是非味わってやってください。
なにせあの口うるさい独逸人に鍛えてられましたからなあ・・・ 」
「 あは。 アルベルト、今頃くしゃみ してますよ。 」
「 はっは・・・ もう ベルリンに戻ってほっとしている時分よなあ・・・ 」
博士は日の当たるソファに座ると うう〜〜ん・・! と伸びをした。
「 ・・・ ああ ・・・ 我が家の太陽は 穏やかでいいのう・・・ 」
「 そうですね。 さっきフランソワーズも言ってました。
ここの日の光は 春の小川だって・・・ 」
「 ほう・・・ なかなか上手いことを言うのう、あの娘は。 」
「 あの ・・・ ドクター・ギルモア? 他の皆さんは? 」
「 他の? ・・・ ああ 他のメンバー達はな、もうとっくにそれぞれの故郷( くに ) に居りますな。 」
「 え?? だって あの・・・飛行艇で戻ってきたのですよね? 」
「 ・・・ 途中で降ろして来たんです。 ぼく達 ・・・ それぞれ皆出身地が違いますから。
あなたはキャビンにいらしたからご存知ないようですけど。 」
「 左様。 普段この邸におるのは このジョーとフラソワーズ、 赤ん坊のイワンとワシだけですじゃ。
あと・・・始終 料理人氏と俳優さんが顔をだしますがな。 」
「 出身? ・・・ 機械に出身地、なんてあるのですか? 」
「 ・・・ ! 君! 」
ジョーは思わず声を上げてしまったが 博士はやんわりと彼を押し留めた。
「 お嬢さん・・・・ いや 失礼、クリシータさん?
彼らはサイボーグ。 身体の機械を入れ能力をアップしていますが <機械>ではありませんよ。
ちゃんとした 人間 です。 貴女やワシと少しも変わりません。
全員、ワシの大切な息子達や可愛い一人娘です。 」
「 ・・・ 博士・・・ 」
「 あ あら・・・。 それは失礼。 ・・・ 私、はやり朝食は結構ですわ。 ・・・ 失礼! 」
クリシータ・モウ はいきなり立ち上がるとぱたぱたとリビングを出ていった。
「 ・・・ あ ! あの・・・朝食 ! 」
「 ジョー。 放ってお置き。 ・・・なに、長旅で疲れておるのじゃ。 ご不幸があったしの。
少々神経過敏になっておるのじゃろ。 静かに休ませてやるのが一番さ。 」
「 ・・・ は はあ・・・ 」
ジョーは日頃 あまり喜怒哀楽をはっきりとは表さないのだが めずらしく眉を顰めていた。
「 ・・・ ふう ・・・・ 」
クリシータは その邸の門を出て大きく深呼吸をした。
ずっと ― この家で目覚めてから息が詰まりそう・・・ だった・・・
もちろん、肉体的な苦痛からではない。
ああ ・・・ さっぱりした ・・・
あの家は 空気が、ううん 雰囲気が濃すぎるわ・・・
ぶるん、と首を振れば少々クセのある黒髪が鬱陶しいまでに多く纏わり着く。
サイズの合わない借り着、薄いブルゾンの裾をひっぱってみた。
家族・・・? それにしては空気が濃厚ね。 無理に濃くしているみたい
お互いを見る視線が 絡み合って ・・・・
いかにも 気にかけてます! 大切な家族です!って主張してて・・・
重いのよね。 ウザいの・・・ そう、ウザいのよ。
・・・ あああ 鬱陶しい・・・ !
昨夜、遅くにあの不思議な飛行艇から ここに降り立った。
一体どのような手続きをしたのか・・・皆目見当もつかないまま、エレベーターに案内され。
急上昇の後、ドアから出れば ― ごく普通の邸の中、だった。
「 どうぞ? えっと・・・クリシータさん? こちらのお部屋でお休みください。
あ・・・ 奥にバスルームがありますから・・・ご自由にお使いくださいね。 」
亜麻色の髪をした若い女性が しずかに案内してくれた。
「 ・・・ あの。 ここは・・・? 」
「 ギルモア研究所 ― わたし達の家です。 」
「 あ・・の。 どこ、ですか、ここ。 あの砂漠を発って ・・・そんなに時間は経っていないと・・・ 」
「 ここは日本です。 トウキョウの近くですわ。 」
「 ― ニッポン ??? ・・・ アジアの東じゃない? ?? 」
「 ええ アジアの東の隅っこですの。 」
「 ・・・ ! あの砂漠からアジアまで・・・あんな短時間で移動した、っていうの?? 」
「 はい。 わたし達の < 艇 > は特別なのです。 」
「 ・・・ 特別 ・・・? あの ・・・ あなた方も・・・? 」
「 はい。 ここは気候も穏やかな土地ですから。 どうぞごゆっくりお休みになって・・・・
あ、着替えとか・・・ クロゼットにあるもの、お使いくださいね。 それじゃ・・・ 」
彼女はドアは静かに立ち上がり部屋を出てゆこうとした。
「 ・・・あ! あの・・・! 」
「 はい? 」
「 あ・・・あなた方は・・・? どこかの国の・・・軍隊とか秘密部隊、なのですか・・・」
「 いいえ。 わたし達は ・・・ サイボーグなのです。 」
「 さ ・・・い ぼーぐ? え? 改造人間 ・・・? う、ウソでしょう・・・? 」
「 本当です。 あの砂漠での ― わたし達の闘いをご覧になっていたでしょう? 」
「 え ・・・ ええ・・・ 」
「 できるだけ 早くお国の・・・ご家族にご連絡します。 今夜はこれで。 ・・・ お休みなさい。 」
「 ・・・ お お休みなさい ・・・ 」
整った顔に淡い笑みを浮かべ、その女性は静かに出ていった。
ふうううう 〜〜〜〜
ドアが閉まるなり クリシータは大きな大きな溜息を吐いた。
・・・ なにもかも。 すべてが現実とは思えない ― 砂漠 戦闘 異形のもの。 そして・・・
・・・ パパ ・・・・! パパ ・・・・!!
一人、清潔なベッドに身を横たえ、灯りを落としたとき ― クリシータ・モウ は初めて泣いた。
毛布の下で 声を上げ泣いた。
・・・ 父の死が やっと今 現実となって感じられたのだった。
ザワザワザワ −−−−−−−
崖とそれに続く海岸線の松林が 海風を受けて鳴っている。
クリシータは改めて付近を見回した。
「 ふうん ・・・ 昨夜はこの崖下の海から入ってきた、ってわけね。
すごい ・・・ 設備だったわ。 これが・・・個人の研究所だというの・・?? 」
朝食の席に加わる鬱陶しさから逃げだし、彼女はぷらぷらとギルモア邸の周りを散歩していた。
「 ・・・ サイボーグ ・・・って言ってたけど。 本当・・・なのかしら。
ふん・・ 機械って言ったら あのヒト、顔色が変わってた。
あのオンナのコ ・・・ あんなにキレイなのに 機械なの??
でも ・・・ あの砂漠での戦闘・・・ あれはとても普通の人間ワザじゃなかったわよね・・・ 」
すこし歩くと 草地になり展望が開けてきた。 岬の先端に近くなったらしい。
クリシータは 崖地の端近くに立つ松の大木の側に立った。
ザワザワザワ −−−−−−−
葉擦れの音が 波の音をも打ち消してゆく ・・・
「 ・・・ ふん ・・・ヒトのこと、言えた義理じゃないわよね。
パパだって・・・ こんなモノに取り付かれて!
そうよ、こんな ・・・ こんなモノのおかげで パ パパは・・・・! 」
彼女はポケットを探り、掌に握れるものを引っ張りだした。
「 い、いいえ! パパの命だけじゃないわ。
みんな ・・・ みんな こんなモノが ・・・! こんな ・・・モノが! 」
クリシータは 手に握ったものを力いっぱい 眼下に広がる海原へと放り投げた。
「 ・・・ そうよ、こんなモノがあるからいけないのよ。
ママも 私も ・・・ 遺跡の犠牲者よ。 パパは家族より遺跡の方が大切だったの! 」
かくん ・・・ と膝を折ると クリシータは松の根方に蹲り声を立てずに 泣いた。
遺跡なんて なかった。 そうよ ・・・ そんなものはなかったって言うわ!
・・・ 言ってやる。 文字通り 闇に葬ってやるわ・・・!
それが ・・・ 私の復讐よ !
なにもかも・・・奪われて 失くしてしまった私の ・・・ 遺跡への復讐だわ・・・
耳元を 海風が 松風が 通りぬけてゆく・・・
さわさわ ざわざわ ・・・ 長い黒髪を愛おし気に 風達は撫でて通り過ぎてゆく。
― やがて 押し殺した泣き声も 滂沱と溢れていた涙も。 風達が持ち去っていった。
「 ・・・ これで もうお終い。 ウチに帰っても・・・誰もいないし。
遺跡のサンプルも捨ててしまった ・・・ 私 ・・・ もう いなくても いい、のよね。 」
そろそろと起き出せば 目路はるか広がる海原とそれに溶け合う空が待っていた。
「 ・・・ パパ ・・・ ママ。 そっちへ ・・・行っても いい・・? 」
ふらり・・・と彼女は立ち上がった。
そう ・・・ よね。 ここを 踏み出せば・・・
一歩 二歩 ・・・ 三歩目で 踏み切り 四歩目は ・・・踏むことはないの
あとは ・・・ 風に 海に 任せて ・・・
― ガサリ ・・・ 足元の草を踏み分け 足を踏み出した その時。
ピイピイピイ −−−− ピィピィピィ −−−− !
「 ・・・??? な・・・に? ・・・ 鳥? なにかの雛鳥 ・・・? 」
か細い泣き声が クリシータの足を止めた。
どうも足元の草の中に、どこかに雛鳥が身を潜めているらしい。
「 ・・・ こんな崖っぷちの草地に ・・・ ?? お〜い・・・どこにいるの?
さあ もう一度元気に鳴いてくれないかなあ。 」
彼女は 熱心の周りを捜し始めた。
ピイピイピイ −−−− ピィピィピィ −−−− !
「 ん〜〜? ・・・ あ 見つけた! あらまあ・・二羽も? あ。 もしかして。 」
そうっと雛鳥の側に立ち、彼女はすぐ上に広がる松の枝を見上げた。
「 う〜ん・・・・? あった! 君達はあの巣から落っこちたのね?
いいわ。 私が送り届けてあげる。 ええ こう見えても子供の頃は木登り、得意だったのよ。 」
クリシータは ハンカチを出すとまず付近の草をちぎってその中に そっと雛たちを掬いいれた。
「 ・・・ よし! それじゃ。 登るわ! ちょっとゴメンね・・・ 」
雛を包んだハンカチを そのまま首の後ろに結びつけた。
「 窮屈だけど・・・ ちょっとの間ガマンしていてね〜 ・・・ 急がなくちゃ・・・!
たしか・・・ヒトの匂いがついたらいけないって習った気がするわ。
え〜と。 まずは この枝に足をかけて・・・っと。 」
彼女は 危なっかしい恰好で松の大木に取り付いた。
「 ・・・ うわッ ・・・ あ〜 ・・・よ、よかった・・・ でも次の枝は・・・う〜ん・?? 」
<なんとかなった> のは初めのほんの1〜2本の大きな枝だけ。
たちまち彼女は 立ち往生 ― 登ることは勿論 降りることも出来なくなってしまった。
「 ど・・・ どうしよう・・・! ここの 上の枝の分け目にこのコ達を入れて・・・
わ・・私は飛び降りようかしら・・・ でも でも・・・ 巣はもっと上、よねえ・・・
こんな中途半端なところに置いたら、たちまちカラスとかに襲われちゃうし。 どうしよう・・・ 」
ウワァッ ・・・! ― がさり、と足下の松の樹皮が剥け落ちた。
「 ・・・ 落ちる ・・・このコ達をつぶさないように ・・・ しなくちゃ・・・! 」
落っこちる時には 雛を入れた包みだけは無事に・・!と彼女は胸に抱えた。
「 ― クリシータ・・・! 」
「 ・・・え?? 」
突然 足元から声が飛んできた。
「 だ ・・・ だれ・・・? 」
「 わたし! 降りられないの? 」
チラ・・・っと下を見た彼女の視界に、亜麻色の髪が写った。
「 あ、あなたは。 ち ・・・違う〜・・・わないわ・・・ あのでも これ・・・ 」
クリシータはしっかりと幹にかじりついたままハンカチの包みを指した。
「 これ・・・? ― あら まあ! 雛鳥さんがいるのね。
ちょっと待ってて! 今 ・・・ わたしも行くわ! 」
「 ・・・ え?? 」
ガサガサ ・・・ 松の大木がほんの少し揺れ ― 思わずクリシータは目を瞑ってしまったのだが・・・
「 ・・・ はい? 来たわ。 」
たちまち耳元で 元気な声がした。
「 ?? えっと ・・・ ふ、フランソワーズ さん ・・・ ! 」
恐る恐る目を開ければ 空を切り取ったみたいな青い瞳が微笑んでいた。
「 <さん> はいりませんわ。 ・・・ ねえ 雛鳥さんの包みは? ああ ・・ これね? 」
「 そ ・・・ そう。 でも どうしてわかったの? 」
「 あ あら。 ・・・ そう、声がね。 鳴き声が聞こえたの。
このコ達のお家は・・・? ああ、あそこね! それじゃ ・・・ 任せて! 」
「 任せてって。 あ、あなた・・・ あそこまで登るつもり?? 」
「 そうよ。 ふふふ・・・お転婆には自信があるの。 じゃ・・・雛さん達〜? 出発よ〜 」
「 うわ ・・・」
ぱらり ・・・ 樹皮の破片を一つだけ落として。 亜麻色の髪の乙女は ― さらなる枝へと登っていった。
「 クリシータさん? ・・・ 聞こえます? 」
「 ・・・ あ、 はい? 」
「 そこから 一人で降りられます? もし ・・・ ダメなら助けを呼びます。 」
「 ・・・だ、大丈夫 ・・・ です。 今から降ります。 」
「 うん ・・・しょ・・・っと。 はい、巣のところまで来たわ。
それじゃ・・・ 雛さん達? ただいま〜って。 お家に帰りましょうね。
・・・ クリシータさん? 降りられましたか〜〜 雛さん達は無事に <帰宅>完了♪ 」
「 ・・・ は、はい。 今・・・ なんとか地上に・・・ 」
「 そう、よかった。 それじゃ ・・・わたしも ・・・ うわッ !! 」
「 ど、どうしたの??? 大丈夫?? ・・・ きゃ・・・ 」
ガサ ・・・とすこしばかり大木がゆれ、ばらばらと枯れた松葉だの小枝が クリシータの頭上に降ってきた。
「 フランソワーズ・・・・!! 大丈夫? 」
「 ・・・ あ ・・・え ええ ・・・・ふう〜〜 ちょっと踏み外しちゃった ・・・ 失敗 失敗・・・ 」
「 ねえ? 他の皆さんを呼んできましょうか? 」
「 ・・・ あら 大丈夫よ。 もう降りるだけ、ですもの。 え〜と・・・ここに足を・・・
あ ・・・ッ きゃあッ !!! 」
バキッ ーーー ! 大きな音と一緒に かなり太い枝が落ちてきて。 ・・・ その瞬間
−−−−−シュ ・・・・ッ !!
一陣の旋風が吹き込んできた。
ぶわ・・・・っと落ちた枝だの葉っぱだの砂だのが 巻き上がる。
「 きゃ・・・ な・・・なに?? 」
クリシータは思わず 目を瞑り 両腕で顔を覆った。
「 まったく。 このお転婆が ・・・! 」
・・・ え ・・・?
不意に ― あのセピアの髪の青年の声が聞こえた。 恐る恐る目を開ければ ・・・
ちょっとばかり焼け焦げた服の青年が 亜麻色の髪の乙女をしっかり抱き止め、立っていた。
・・・ な なに・・・?
「 お転婆は程ほどにしておくれ! ああ ああ・・・顔にこんな傷をつけて!
嫁入り前の娘が〜〜〜 まったく! 」
家に戻るなり 博士の小言がばらばらと降り注いだ。
「 ごめんなさい・・・! でも 雛鳥さん達は無事におうちに戻れました。 」
「 ほう、 それはよかったな。 しかし ・・・ ああ こんなに擦り剥いて〜〜
目、目は大丈夫か? ああ ああ 瞼まで・・・ 痕になって残ったらどうするんだ! 」
「 ごめんなさ〜い・・・ あ・・・いたたた・・・滲みるぅ〜〜 」
「 こら ちょっとじっとしておいで。 ジョー? そっちのガーゼを切っておくれ。 」
顔と手脚、引っ掻き傷だらけのフランソワーズを前に 博士は手当てに大わらわだ。
ジョーに 治療用キットを持ってこさせ、リビングは臨時の医務室になった。
003の人工皮膚は 最高級の芸術品、傷がつけば生身の皮膚を同様にしっかり手当てしなければならない。
「 ・・・まったく・・・ いい娘がコドモみたいに! 以後、木登りは禁止じゃ。 」
「 はァ〜い ・・・ えへへ・・・叱られちゃったわ。 」
「 ふふふ・・・一人娘だもんなァ。 あ・・・ちょっと上、向いて。 ここも 擦り剥けてるよ・・・ 」
「 え〜 そう? ・・・ うわ・・・し、滲みるぅ〜〜 」
「 ふん・・・まあ、これに懲りてお転婆は慎むように。 いいな。 ああ あとは飲み薬をとってこよう。 」
残りをジョーに任せると 博士はメンテナンス・ルームに下りていった。
「 ・・・ 仲の宜しいことで 結構ね! 」
ソファの隅から 乾いた声が飛んできた。
「 ・・・え? 」
「 娘が心配でたまらない父親と 甘ったれなお嬢さん。 仲良し父娘 ぶらぼ〜〜 ! 」
彼女は 邸にもどると一番に小さな擦り剥けの治療をしてもらっていた。
硬い強張った頬をして じっと・・・見つめていたのだ。
「 クリシータさん ・・・ ! 」
「 ・・・ ジョー。 いいのよ・・・ 」
思わず腰を浮かしたジョーをフランソワーズはやんわりと引きとめた。
そして ゆっくりと口を開いた。
「 仲がいい? 甘ったれ? そう ・・・? そんな風に見える? 」
「 だってそうなのでしょう? 本当の親子じゃなくても。
他人同士でも思いやって。 愛情を尊敬に満ちて・・・! は! ・・・ご立派ね。 」
「 クリシータ。 あのヒトが 何をしたのか知っているの。 」
「 ・・・ あのヒト? 」
「 ええ。 アイザック・ギルモア よ。 」
「 あ あなたの お父さん ・・・ いえ お父さん代わりのヒトでしょ。 」
「 彼は。 わたしを殺したのよ。
フランソワーズ ・ アルヌール というたった19歳の娘を殺して切り刻んだの。
この目も この耳も この顔も この ・・・ 身体全部。 」
「 ・・・ う ・・・ そ ・・・ 」
「 うそじゃないわ。 」
「 そうじゃ。 全部本当のことじゃよ。 」
「 ― 博士・・・ 」
「 あ・・・ ギルモア博士 ・・・ 」
娘たちの後ろから 博士が ― アイザック・ギルモアが ― はっきりとした口調で言い切った。
「 フランソワーズの言うとおりじゃ。 ワシはこの手で彼女本人を殺めた。 」
「 博士 ・・・ ごめんなさい。 言いすぎましたわ。 」
「 いや。 その通りじゃもの。 理由はどうあれ、ワシの所業に言い訳などできんよ。 」
博士は厳しい顔をして、皆を見つめた。
「 ・・・ ど ・・・うして? どうして そんなヒトと一緒にいられるの?
どうして ・・・ 仲良しのフリなんか できるの?? 」
「 クリシータ。 簡単よ、 フリ、じゃないもの。 本当に仲良し なの。 」
「 うそ!! ウソツキか 偽善者ね、あなたって! 」
「 うそじゃないわ。 」
フランソワーズは ゆっくりと博士の側に寄りそって座った。
「 ええ。 憎んでいるわ 恨んでもいるわ ・・・当たり前でしょう!
でも それと同じだけ 好き。 大切な家族なの、 うんと甘えることもあるわ。
叱られることだってある。 だから 好き、なのかもしれないけど。
なによりわたしの大切な彼を 助けてくれたのですもの。 」
「 ・・・ フランソワーズ ・・・ 」
「 そ んな・・・ジョーさん? あなたは?? あなただって このヒトに・・・ 」
「 ぼくは。 この境遇にならなかったら ・・・ 彼女とは巡り逢えなかった。
全てを捨てても ぼくは今の境遇を 彼女との日々を 選ぶよ。 」
ジョーも静かに立ち上がると博士とフランソワーズの後ろに立った。
ぼくが 護る ・・・!
彼の意思が 迸りでていた。
「 ・・・ しあわせ、ね。 あなた ・・・ あなた達、家族 みんな ・・・
私 ・・・ もう一人ぽっちだわ・・・ 誰もいない ・・・ 」
クリシータは吐息と一緒に囁いた。
「 そうかしら? 待ち人 はちゃんといらっしゃるみたいよ? 」
「 ・・・ え? 」
「 昨夜 ジョーがね、お国の研究所に連絡してくれました。 ねえ、ジョー? 」
「 あ、 うん。 トーマスさん、という方がね、電話口でわあわあ泣いていましたよ。
チケットが取れ次第 すぐに行きます!って。 」
「 ・・・ トーマス ・・・さん ・・・が? 」
クリシータは ぱあ〜〜っと頬を染めると俯いてしまった。
「 あの、ね。 これ ・・・ どうぞお持ちになって・・・ 」
「 ・・・? なんですの、これ。 」
「 モウ博士の、いえ、あなたのお父様の・・・その、ご遺骨も持って帰れなかったから。
あそこの土と 遺跡のカケラをね、 すこしだけど採っておいたの。 」
「 ・・・ まあ ・・・! 」
本当はルール違反なんだけどね、と茶髪の青年がシブい顔をしてみせた。
あら いいじゃない、ナイショよ! と亜麻色の髪の乙女が 口を尖らせる。
ああ ・・・ こんな風になりたいわ ・・・
クリシータは 温かい涙と一緒に穏やかに微笑んでいた。
「 ねえ クリシータ? いいことを教えてあげるわ。 」
「 ・・・ なんですの。 」
「 あの、ね。 博士のムスメ ってね。 きっといつだって博士の助手とハッピー・エンドになるの。
勿論わたし達も、よ ♪ 」
「 ・・・ フランソワーズ・・・! 」
クリシータの目には 大汗かいてやってくる <彼> の姿がはっきりと見えていた。
フランソワーズがこっそり持ち帰ったカケラ、 クリシータが父の形見、と思う土くれが
大発見の糸口になるのは ― もっと後のこととなる。
***************************** Fin. ****************************
Last
updated : 05,11,2010.
index
************* ひと言 ************
原作・あのお話・・・なのですが。
え〜〜 93話、というよりは 埋もれた脇キャラ?にスポットを!って話になったかも(-_-;)
だって〜〜 彼女 ( クリシータ嬢 ) 可哀想じゃないですか〜〜
ちょい役なのにお父さん、死んじゃって ラストのコマに顔、出していますが
その後、どうしたのかな・・・ って 前後に話を妄想してみました♪
原作・ヨミ編後、なジョー君とフランちゃんは もうしっかり公認〜〜♪
いちゃいちゃならぶらぶ時代・・・なのです♪
ちょいと変わった趣向で書いてみました、ご感想、ひと言でも頂戴できれば嬉しいです〜<(_
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