『 そんないつもの日々 』 

 

 

 

 

 

*****  はじめに  *****

このお話は Eve Green 様宅の <島村さんち> の設定を拝借しています。

これはまだ双子ちゃんがお父さんとお母さんのところにやってくる前のこと・・・

そう、二人の 新婚時代 のエピソ−ドです。

 

 

 

 

 

「 ・・・ フラン? フランソワ−ズ ・・・ 」

 

  ・・・ あ ・・・ ?  お兄ちゃん ・・・ 

  もう ・・・ 朝ぁ・・・? ・・・ ねむゥいぃ 〜〜〜

 

「 ほら。 もう起きないと・・・ 遅刻するぞ。 」

 

  え ・・・ う〜〜ん ・・・ あと5分 ・・・

 

「 半のバスに乗らないと間に合わないんだろ ・・・ おい・・・ 」

大きな手が ゆさゆさと肩を揺すっている。

 

  あ ・・・ いい気持ち♪ お兄ちゃん・・・ もうちょっと・・・・

  え・・・バス? 何言ってるの、メトロでしょ・・・ 

 

「 先に出るから。 ちゃんと起きろよ。  ・・・んん  」

半分開きかけた眼の前にセピアの髪が そして 同じ色の瞳が映り キスがひとつ降ってきた。

 

  ・・・? お兄ちゃん ・・・ 髪と眼の色・・・ 変わった・・・の ・・・?

  ・・・ え ・・・ あ!!!!

 

「 ・・・ !! ジョ− ・・・!! 」

 

「 やあ、やっと起きたね、お早う〜♪ じゃ・・・ ぼくは出かけるから。 」

がばっ!!とベッドに跳ね起きたフランソワ−ズに ジョ−はもうひとつ、キスを残すと

すたすたとベッド・ル−ムから出て行こうとしたが・・・

 

「 ジョ− ! 今 何時・・・?! 」

 

追い縋った悲鳴に近い彼の新婚・細君の声に ゆっくりと振り返った。

「 うん? あと15分で半になるよ。  今日もいいお天気だね。  じゃ・・・ 」

「 うそ〜〜〜〜〜 !!! なんで、どうして??? 

 いつもの時間にちゃんと目覚まし、かけといたのに・・・!  あ・・・ ヤダ! 」

フランソワ−ズはベッドから飛び出そう・・・として咄嗟に毛布をアタマから引っ被った。

・・・ < 昨夜 > の痕跡、脱ぎ散らした衣類は一纏めにしてあったけれど、

彼女自身は 輝く裸身を覆うモノがなにもなかった ・・・ つまり、・・・なのだった。

そんな彼女を彼女の新婚・ご亭主は惚れ惚れと見つめている。

「 うん、ちゃんと鳴ってたけど? きみがあんまり気持ちよさそうに眠っていたから

 ぼくが止めたよ。 起こしたら可哀想だと思って・・・ 寝不足は美容の敵、なんだろ。 」

大焦りで 衣類を身に着けている妻に島村氏は実に優しく語り掛ける。

 

   ・・・ 可哀想だぁ?? だったら起こしてよ!

   もう〜〜 昨夜さんざん しつっこかったのはだあれ?? 

   誰のおかげで 寝不足だと ・・・ あ ・・・

 

「 ま、待って! ジョ−、朝御飯は?? ・・・ お弁当、いるのでしょう〜? 」

とりあえず下着をつけトレ−ナ−をアタマから被りつつ・・・ フランソワ−ズはジョ−を追いかけた。

「 ああ、コ−ヒ−、淹れたから。 まだ残っているよ。

 弁当は コンビニででも買うから ・・・ 気にしないで。 じゃあ行って来るね。 」

「 あ・・・ ご、ごめんなさい・・・! 奥さん、失格ね・・・ 」

「 いいから、いいから。 じゃ・・・ 」

しょんぼりしているフランソワ−ズを抱き寄せ、唇にキスを一つ盗むとジョ−はご機嫌で

出かけてしまった。

 

「 あ ・・・ い、いってらっしゃい ・・・  わあ〜〜! いけない!! 

 ぼ〜〜っとしてる時間なんてないのよ 〜〜 !! 」

ジ−ンズに脚をつっこんでフランソワ−ズはばたばたとバスル−ムに駆け込んだ。

 

 

「 お早うございます〜!! 」

「 ・・ おお、お早う、フランソワ−ズ。 」

「 きゃ〜〜 博士、朝御飯ごめんなさい〜〜 今、ト−ストを ・・・ 」

キッチンにいた博士に フランソワ−ズは声をかけ大急ぎで冷蔵庫をあけた。

「 ああ、いいよ。 ワシは自分でやるから・・・ ジョ−がコ−ヒ−を淹れてくれたしな。

 お前、もう出かけないと、間に合わないのじゃないかな。 」

「 え ・・・ ええ。 そうなんですけど・・・ でも ・・・ 」

「 フランソワーズが寝坊するのは珍しいのう・・・ さ、ここはいいから。

 イワンのミルクはジョ−がすませて行ったで、安心して行きなさい。 」

「 ありがとうございます! ホント・・・ ごめんなさい。 」

「 よいよい・・・ ああ、お前、何も口にせんのは感心しないぞ ・・・ どれ、一口・・・ 」

「 あら ・・・ 」

博士は自身で剥きかけていたネ−ブル・オレンジを一片、フランソワ−ズの口に押し込んでくれた。

「 ・・・ 美味しい・・・! う〜〜ん、すっきり元気になっちゃった。 」

「 ほい、早く行きなさい。 」

「 はい! それじゃ ・・・ すみません、 イッテキマス〜〜 」

「 ああ、気をつけて ・・・ 行っておいで。 」

博士の頬に軽くキスし、フランソワ−ズはぱたぱたと玄関を出て行った。

 

< 相変ラワズ 元気ダネ・・・ >

「 ん? おお、イワン、お目覚めかい。 」

< モウ ズット起キテイルヨ。 今朝ハ ふらんそわ−ず ノ賑ヤカナ思念デ

 ばっちり目覚メチャッタンダ。 >

「 ははは・・・ 新婚生活もちょいと疲れが出てきたのじゃろ。

 あの娘 ( こ ) が寝坊するなんて ・・・ もしかして初めてじゃないかな。 」

< フフフ・・・ ソレダケ幸セダッテ事サ。 >

「 そうじゃな。 ときにイワン君。 例の件じゃが。 今朝コズミ君から別口のデ−タが

 送られてきておってな。 」

< ・・・ フウン ・・・? >

博士とス−パ−・ベビ−はたちまち 自分達の世界に没頭していった。

 

だあれもいないリビングには 初冬の陽射しだけがいっぱいに溢れていた。

 

 

 

 

「 お早うゴザイマス ・・・! 」

「 お早う〜〜 フランソワ−ズ。 ああ、よかった〜 今朝はお休みかしら?って言ってたのよぉ。 」

「 え・・・ えへへへ ・・・寝坊しちゃったの・・・ 」

「 あれま、 珍しいね〜  まあ、アナタのトコ、遠いから大変だよね。 」

「 うん ・・・ でもね〜 目覚まし、ちゃんと鳴ったのに・・・ 」

フランソワ−ズが バレエ・カンパニ−の更衣室に飛び込んだとき、

すでにほとんどの団員たちは稽古場であれこれ <朝の作業> をやっていた。

「 みちよは ? お家、近いんでしょ。」

「 うん、30分くらいかな。 だから・・・へへへ ついつい朝、ぎりぎりになっちゃうの。 」

小柄で眼のくりくりした少女は 鏡の前で髪を結いにこにこしている。

「 そう ・・・ なんだ ・・・ 」

フランソワ−ズは大慌てで着替え始めた。

結局いつものバスには間に合わず、電車とメトロを乗り継いで都心にあるバレエ・カンパニ−に

駆け込んだ時は 朝のレッスン開始10分前だった。

 

フランソワ−ズは ひょんなきっかけで再び踊りの世界に戻り、都心にある

中規模なバレエ・カンパニ−の門をくぐることになった。

飛び越えてしまった年月やら 自分達の特殊な事情 ・・・ 彼女は二の足を踏み、さんざん躊躇して

いたのだが。 

一度 ポアントに足を入れ バ−を握ってしまえば 全ての懸念は消え去った。

 

  踊りたい・・・踊りたい!  踊りたくて 踊りたくてたまらないの・・・! 

 

彼女の中、奥の奥に閉じ込めていたダンサ−としての気持ちは 奔流となって迸り出た。

 

「 そうね。 あなた、ブランクがあるのね? 多分・・・結構長い・・・

 でも 踊りたいのならいらっしゃい。 いつでも歓迎しますよ。 でも 手加減はしません。 」

「 ・・・ はい! お願いします。 」

人生の前半を欧州で過したという初老のマダムは そのカンパニ−の主宰者だったが、

流暢なフランス語で フランソワ−ズに話かけてくれた。

 

その日から。 フランソワ−ズは毎朝海辺のギルモア邸からこのスタジオに通うようになった。

ジョ−と結婚してからも それは変わってはいない。

 

「 お早うございま〜す 」

「 はい、お早う。 それじゃ 二番から・・・ 」

ぴんと背筋の伸びたマダムの 張りのある声とともにピアノが鳴り始め ・・・ 

フランソワ−ズは 仲間達とともにバ−・レッスンに熱中していった。

 

「 はい、next ! 」

一旦止んだピアノが 再び軽やかなワルツを奏ではじめた。

稽古場のセンタ−に並んだ数名のダンサ−たちが 踊り始める・・・

 

「 そう ・・・ はい、エカルテ・デリエ−ル・・・ みちよ! 腕! 」

聞こえてくるのはピアノの旋律とマダムの厳しい声、そしてポアントの靴音・・・・

「 あらら ・・・ フランソワ−ズ、脚、逆よ! ・・・ そう、なにやってるの。 

 どこ見てましたか! セカンド・グル−プでしょ! 」

カツン ・・・! うすいピンクの稽古着のダンサ−が 慌てて脚を替える。

「 ・・・ ラストまで丁寧に〜〜〜 どっちの脚につけるの?? 

 そうよ、軸足につけて ・・・  はい、次ね。 」

音が止み、ダンサ−たちが入れ替わる。

 

 

「 はい、じゃあ今度は 6/8 で! ちゃんと音にあわせてね。 早取りもだめよ。 」

今度はアップテンポな曲に乗って ダンサ−たちが弾けるように跳ぶ。

細かい足捌きに みんな集中している。

「 そう、悪くないわ。 じゃ・・・ next  」

同じテンポだが違う旋律が流れだした。

「 ・・・ そうよ。 ・・・ !?  どっちへ行くの! フランソワ−ズ、あなたですよ!」

あ・・・ しまった!という表情で また、あの薄ピンクのレオタ−ドが一人、違う動きをしている。

「 もう ・・・。 あなた、どうしたの。 ヘンですよ、今朝。 寝不足? 」

音が終わり 亜麻色の髪のダンサ−が一人、立ちんぼで項垂れている。

「 しっかりして頂戴、 若奥様 !  はい、ラスト・グル−プ! 」

 

( ・・・ どうしたのよ? )

( ごめ ・・・ なんだか ぼ〜っとしてて・・・・ )

( いいけど。 また怒られるよ・・・ )

( ウン ・・・・ )

 

フランソワ−ズは後ろに下がり タオルでゴシゴシ顔をぬぐった。

みちよが隣でひそひそ声をかけてくれたが・・・ 恥ずかしくて仕方がない。

 

  ・・・ ヤダ・・・ 本当にわたし ・・・。  もう・・・ 最低!

 

 

優雅なレヴェランスと拍手で 朝のクラスは終る。

やれやれ・・・とダンサ−達はみんなほっとした表情だ。

 

「 フランソワ−ズ? このあとリハだよ〜 」

「 ・・・・ あ。 そうか・・・ あは。 そうだったわね・・・ 」

はあ ・・・・

フランソワ−ズは稽古場のすみっこに座り込み特大の溜息を吐いていた。

「 なあに、具合でも悪いの。 本当に今朝はどうしたっていうのさ。 」

「 ううん ・・・ 今朝ぎりぎりに駆け込んだから・・・

 もう朝目が醒めてから今まで ず〜〜〜〜っと走っていたみたいな気分よ。 

 やっぱり朝は余裕がないとダメだわ、わたし・・・ 」

「 あはは・・・ そりゃ お疲れサマ。 ふふふ〜ん・・・新婚サンはいろいろ忙しいネ 」

「 し、新婚って ・・・ もう半年も経つもの、違うわよ。 」

「 まだ・半年、でしょ。 いいなあ・・・ 島村サンってすご〜〜〜く優しそうだし♪ 

 あまぁ〜〜い日々だよね〜 そりゃ、寝坊もしますって。 」

「 みちよったら ・・・ もう ・・・! 」

「 あははは・・・ 真っ赤になっちゃって・・・ フランソワ−ズ、か〜わいいわねえ。

 とても人妻には見えないよん♪ 」

「 人妻って・・・ きゃ ・・・  ヤダ ・・・ 」

フランソワ−ズは耳の付け根まで赤くなり、もじもじしている。

そんな彼女をからかってみちよもにこにこ楽しそうだ。

みちよはジョ−とフランソワ−ズの結婚式にも手伝いに来てくれて、フランソワ−ズの

大切な仲良しさんなのだ。

 

「 ・・・えっと。 今日は アラビア なのよ、わたし。 一応ビデオの振り、覚えてきたけど・・・

 あれがここのカンパニ−の定番なの? 」

「 うん、だいたい。 モトはオペラ座版って聞いてるから、フランソワ−ズ、知っているでしょう? 」

「 え・・・ あの・・・ わたしが知っているのは その・・・ もっと ・・・ 古いのだったみたい。 」

「 そう? でもあんまり違わないんじゃない? 

 じゃね。 アタシは 芦笛 だから〜 」

「 あ・・・ うん。 じゃあ またね。 」

ひらひら手を振り、みちよは隣のスタジオに入っていった。

 

  ・・・ アラビアの踊り、 か ・・・ 

  昔 ・・・ 何回か踊ったけど。 振りが全然ちがったわ。 やっぱり40年以上経つと・・・

 

普段はもうすっかり忘れているコトを いやでも思い出さねばならない。

ふうう ・・・

ポアントを履き替え、足ならしをし・・・ フランソワ−ズは今度はそうっと溜息をついていた。

 

 

「 ・・・ そうそう、そんなカンジ。 いいんじゃない? 」

フランソワ−ズより少し年上の女性は ぱちぱちと手を叩いた。

「 いいセン、いってるわよ〜 華やかでいいわ。 うん、欲を言えばもうちょっと色っぽく・・・かな。

 まあ、それは段々と、ね。 そうだわ、えっと・・・ 最初のリフトだけど ・・・ 」

「 はい・・・ 」

タオルでごしごし顔を拭きつつ、フランソワ−ズは先輩の団員サンのアドヴァイスに

耳を傾けた。

「 今日のリハは初日でしょ。  マア・・・こんな具合で二人で煮詰めてゆくのね。

 マダムのリハはいつ?  」

「 来週の金曜です。 」

「 そう。 それまでに踊りこんでおけば ・・・ いいんじゃないの? 」

「 はい。 ありがとうございました。 ゆかりさん。 」

「 がんばってね〜♪ 可愛い奥さん。 」

「 や ・・・ だ ・・・ 」

軽口を叩き、先輩はスタジオをでていった。

 

「 ありがとうございました。 これから・・・ よろしく。 」

フランソワ−ズはパ−トナ−の男性に ぺこり、とアタマをさげた。

「 あ・・・ こっちこそ。 」

「 あのゥ ・・・ いま、ゆかりさんに教わったとこですけど。 最初のリフト・・・ 」

「 うん ・・・ あの、わるい、今日はちょっと・・・ コレで上がってもいいかな。 」

「 え・・・ あ、なにか予定が? 」

「 いや。 ・・・ うん、整体によって行きたいんだ。 」

フランソワ−ズのパ−トナ−は くきくきと肩を回している。

彼はまだプリンシパルではないが、最近めきめきと実力をつけてきた若手である。

彼と組むのは初めてだったが、かなり正確なサポ−トをしてくれた。

「 どこか傷めているの? 」

「 あ・・・ うん、ちょっと・・・ 肩がさ。 

 俺、想定外だったんだけど。  きみってみかけよりも重いのな。 」

「 ・・・ え ・・・ 」

「 あ、ごめん! いや、べつに太めとか言ってるんじゃないよ〜〜

 君ってすごく細身だから ・・・ うんと軽いかなって思ってたんだ。 きっと骨太なんだね。 」

「 ・・・・ ごめんなさい ・・・ 」

「 あ!! そんな顔しないでくれよ〜〜 今日はね、俺の見込みちがい。

 大丈夫さ、次からはしっかり、<そのつもり>でリフトするから。 アラビア、頑張ろうな〜 」

「 ・・・ 本当に ・・・ ごめんなさい ・・・ 」

いいって〜〜 ・・・と彼は笑ってスタジオを出ていった。

 

  ・・・ 重い ・・・ ? そうよ ・・・ わたしのこの身体の中には ・・・!

 

す・・・っと見据えた視線の先、すんなりくびれた胴の中には。 精密機械が見える。

冷たく固く ・・・ そして重い機械が詰まっている。

・・・ !!!

フランソワ−ズはあわてて眼を逸らせた。

 

  だめ。 ・・・ とらわれては ・・ だめよ。

  踊っているときは わたしは ・・・ わたしはただのフランソワ−ズ。

  バレエが大好きな女の子。  003なんかじゃない・・・!

 

きゅ・・・!

ポアントのヒモを結びなおし、フランソワ−ズは 「 アラビアの踊り 」 を

もう一回初めから踊り始めた。

 

わたしは。  わたし・・・ は ・・・ ! 普通の女の子 ・・・ !!

 

 

「 フランソワ−ズ? まだやってくのお〜 」

「 ・・・ あ ・・・ みちよ。 」

スタジオの入り口から みちよがひょいと顔を覗かせた。

「 もう 芦笛 は終ったの? 」

「 うん、とっくに。  あれ? 一人? なんだ、自習してたの。 」

「 え、ええ。  なんだか ・・・ 上手く出来なくて。 

 重いって言われちゃった・・・ ダイエットしなくちゃ。 」

「 え〜〜〜 あなたが??? そりゃ・・・ 贅沢ってもんだわ。 」

「 うん・・・ でも、やっぱり負担を掛けては悪いから。 今日からダイエットよ。 」

「 ふうん? あ、わかった♪ 島村さんに美味しい御飯、つくったげて一緒にぱくぱく

 食べているんでしょう?  これ、美味しい、ジョ−? うん、君が作れば何でも美味しいよ・・・な〜んて♪ 」

「 ・・・ みちよ ったら〜〜〜 」

「 あはは・・・・ そういうのね、<幸せ太り>って言うんだよ。 新婚サン♪ 」

「 も〜〜〜 ・・・・ 」

「 じゃ・・・ 先に帰るね〜〜 あんまり初めから飛ばさない方がいいよ。 」

「 ええ・・・ ありがとう。  また、明日ね。 」

「 バイバイ〜〜 明日は寝坊しないようにね。 」

 

   さあ、わたしも帰らなくちゃ。

   今晩はうんと美味しいモノ、作るわ。 う〜ん ・・・ ジョ−が好きなもの・・??

 

フランソワ−ズも荷物を持って更衣室に引き上げた。

 

 

 

「 わ・・・ さむ ・・・ お日様、ぽかぽかだから油断したわ。 」

フランソワ−ズは思わず首をすくめ、しっかりとマフラ−を巻きなおした。

カンパニ−の建物を出たころには 陽射しは少し斜めになって来ていた。

足元を吹き抜ける風は 思いのほか冷たくコ−トの裾を翻す。

 

  早く帰ろう・・・! そうだわ、今晩はオイスタ−・チャウダ−にしようかな。

  この国のオイスタ−、美味しいし。 ジョ−だってシチュウは好きよね。

 

そうだ、今晩はみんなでゆっくりと晩御飯を楽しもう・・・!

一日の締め括りを楽しく過せれば こんな < ついてない日 > だって帳消しになるだろう。

よいしょ。

フランソワ−ズは大きなバッグを肩に掛けなおし、午後の歩道をメトロの入り口めざし

歩き始めた。  カサカサカサ ・・・ 足元を色づいた葉が追い抜いていった。

 

 

 

「 は〜い いらっしゃい〜〜 今日のメダマは牡蠣だよっ! 取れ取れだよっ どう、そこの奥さん? 」

「 え〜 本当? だってここいらで採れる? 」

「 まあ〜細かいコトは言いっこナシ! でもちゃんと本場モンだよ〜〜 どっかの老舗じゃないよ、

 なんとか偽装なんかしちゃいね〜! 」

威勢のよい掛け声が響き渡っている。

地元の魚介類豊富な店頭に 人々は楽し気に群がっている。

そんな人々の後ろに 亜麻色の髪の乙女がひとりぽつんと立ち尽くしていた。

 

「 ・・・ お財布。 忘れたんだ・・・わたし。 」

 

バッグを開け、フランソワ−ズは呆然と呟いた。

そう ・・・ お気に入りのバッグの中には。 定期やティッシュにハンカチ、キ−ケ−スも携帯も

ちゃんと入っていたけれど。 

いつも一番ハバを利かせている赤いお財布の姿は ・・・・ なかった。

一瞬、落としたか・・・ はたまた盗られたか・・・とひやりとしたが・・・

・・・ そうだ! 今日は今の今まで一回も お財布を見た記憶がない。

お金を払うこともなかったし・・・

 

  えっと ・・・ そうよ、昨夜新聞屋さんが集金に来て ・・・ わたし、お財布持って

  玄関にでて ・・・ あ・・・!

 

その後、バッグに戻した ・・・ 記憶もなかった。

玄関に置きっ放しにしてきちゃったんだ ・・・  フランソワ−ズは大きく溜息を吐いた。

 

地元の商店街は 昔風の店が多く大賑わい、というわけではないが夕暮れ時には

かなりの買い物客が行き交う。

海に近いので新鮮な魚介類は豊富だし、野菜類も地元産の採れたてが並ぶ。

フランソワ−ズは勿論、近所の人々はほとんどがここで日常の買い物をすませていた。

「 おや? どうしたね。 牡蠣はどう? 今日の朝採れだよっ 」

「 あ・・・ ごめんなさい。 欲しかったんだけど。 あの ・・・ お財布、忘れちゃった・・・ 」

「 え? ・・・ ありゃりゃ〜 うん、ツケといていいよ? 

 あんた、岬の洋館の若奥さんだろ? 毎度どうも〜〜 」

「 ・・・ あ、いいの、いいの。 その ・・・ そういうの・・・ ジョ・・・いえ、しゅ、主人が嫌いなの。」

「 そうか〜  残念だね〜〜 そんじゃ また明日、頼みまっせ。 」

「 ええ・・・ごめんなさいね・・・ 」

 

「 ・・・ せっかく新鮮なオイスタ−を買おうと思ったのに・・・ 」

 

ふうう ・・・・ 

しょうがないわ。 今晩は えっと・・・ 冷蔵庫に何があったかしら。

お野菜は 多分、ストックがあるはず。

え〜っと ・・・ チキンの冷凍があったかな。 ビ−フは・・・ああ、昨夜使っちゃったわ。

あ〜ぁ・・・・ うんと美味しい晩御飯作って 今朝のお寝坊を挽回したかったのに・・・

 

もう一つ溜息をつき、大きなバッグを抱えフランソワ−ズは岬への坂道を登り始めた。

 

 

 

「 えっと ・・・ まだ早いけど。 ゆっくり煮込めばきっと美味しい味が出るわよね・・・

 材料がイマイチな分、 手間ヒマかけてカバ−だわ。  ・・・ あら? 」

冷蔵庫の野菜室を開け フランソワ−ズは思わず声を上げてしまった。

「 うそ。 え・・・・ もしかして底の方に一本くらい ・・・

 お〜〜い 人参さん。 人参さ〜〜ん ・・・ どこにいますかあ・・・ 」

ずっぽりアタマをつっこんで、ついでに少々ズルをして 眼 を使ってみたけれど。

島村さんち の野菜室に人参さんの姿はなかった。

「 ・・・ どうしよう ・・・ 人参の入っていないクリ−ム・シチュウなんて。 」

一昔前のCMみたいな呟きが フランソワ−ズの口から零れた。

「 いっそ ・・・ 肉ジャガにする? ううん ・・・ チキンで肉ジャガはねえ・・・ 

 チキン・ソテ−・・・? でも ジャガイモ、剥いてしまったし玉葱も切っちゃった。 

 チキン・カレ−? だめだめ! 人参の入っていないカレ−なんて! 」

う〜〜ん ・・・ 

フランソワ−ズは冷蔵庫の前にぺたり、と座りこんでしまった。

「 ・・・ あ! みつけ ・・・ なあ〜んだ ・・・ パプリカじゃない・・・ 」

セロリの下にオレンジ色を発見し、大喜びしたのだがころん、と出てきたのは

しなびかけたパプリカだった。

「 ・・・ これ。 いれちゃおう。 それで ・・・ クリ−ム・シチュウにするわ! 」

なんだか不揃いな材料で 残り物・シチュウ みたくなりそうな予感である。

「 そうだ! せめて素敵な器で食べましょう。 そうそう・・・ お客様用のベッキオの深皿。

 たまにはアレを使ってもいいわよね。 え〜と ・・・ 」

ぽん、と立ち上がり、 今度は背伸びして食器棚の奥を覗き込んだ。

 

「 ・・・ え〜っと ・・・ 」

「 フランソワ−ズ? 今・・・ いいかね。 」

「 ああ・・・ あったあった。 こんな奥に仕舞いこんで ・・・ はい? 博士。 」

突然 博士の声が後ろから降ってきた。

ちらり、と横目を使えば 博士はなにやら資料をがさがさ抱えている。

「 あ 〜 ・・・ 話かけてもいいかの。 」

「 はい〜〜 ちょっと待ってください ・・・ あら? 」

 

  RRRRR ・・・! RRRRR ・・・! 

 

突然 リビングで固定電話が鳴り始めた。

「 ああ、ワシが出よう。 」

「 あら、大丈夫。 わたしが行きます〜 ちょっと ・・・ ええと、このお皿、とりあえずここに ・・・ 

取り出したお皿を重ね、テ−ブルの隅に置いた。

「 は〜い はいはい・・・・ 今 でますよ〜〜 」

フランソワ−ズはぱたぱたとリビングに駆けていった。

「 ほ ・・・ 元気じゃのう。 」

 

「 ・・・ ( えっと ・・・ アロ− じゃなくて。 ) モシモシ。 島村でございます。 

 ・・・ あら ! ジョ−。 どうしたの。 ・・・え? 携帯 ? ・・・ああ! ごめんなさい〜〜 

 帰ってきてバッグごと ソファに放り投げたままだったわ。 なあに。 ・・・ まあ、嬉しいわ♪

 ええ ・・・ ええ ・・・・ ( うふふ ) ヤダわ、ジョ−ったら そんな大きな声で・・・

 オフィスの皆さんに聞こえてよ? ・・・ ええ、待ってるわ♪ アイシテル♪  」

気取って出た電話は ジョ−からだったらしい。

今度ははずむ足音が キッチンに戻ってきた。

「 ごめんなさい、博士。 なにかご用ですか? 」

「 ああ ・・・・ 急ぐことではないのだが。  電話、ジョ−からか?  」

「 ええ。 ただ 今晩は早く帰れるよって♪  さあ、はりきっちゃおうっと〜〜! 

  あ・・・ ! 」

勢いよくテ−ブルの脇を通った弾みで お皿がくずれ・・・

「 きゃ・・・! ・・・ あ〜〜〜 ・・・  」

咄嗟に押さえたので客用の深皿はなんとかセ−フだったが一番上に乗っていた

小皿が見事に床に落ちてしまった。

 

  ・・・ パッチャ ・・・ ン ・・・ !

 

「 ああ ・・・ !  小皿が〜〜 」

「 ありゃりゃ・・・ ああ、ケガはないか。 」

「 ・・・ 小皿が ・・・ ああ、あの小皿が 割れちゃった・・・ どうしよう・・・ 」

「 ? 小皿の一枚や二枚、気にせんことじゃ。 それよりケガは? ああ、大丈夫じゃな。 」

「 お皿 ・・・ あのお皿が ・・・ 」

「 おい? フランソワ−ズ! 」

フランソワ−ズは飛び散った欠片を前にしゃがみ込んでしまった。

博士は少し驚いて、彼女の肩に手を当てた。

「 どうしたね。 皿を落としたくらいで。 」

「 あの ・・・小皿だったんです ・・・ 頂いた ・・・ あの・・・ 」

「 ? あの小皿?  」

「 ・・・ ええ。 結婚のお祝いにって ・・・ 博士から。  ペアで素敵なブル−の・・・ 」

「 有田焼きのヤツか? ・・・まあ、でも割れてしまったものは仕方あるまいよ。 」

「 ・・・ せっかく頂いたのに・・・ 」

ぱた。 ・・・ ぱた ぱた ぽとぽとぽと・・・・

フランソワ−ズの足元に 水玉模様が散りはじめ ・・・ その数はどんどんと増えていった。

「 せっかく ・・・ 結婚のお祝いに ・・・ 割れちゃった ・・・

 寝坊したり ・・・ 美味しい御飯、つくれないから ・・・ きっと ・・・・ 」

なにを言っているのか ・・・ 自分でもだんだんわからなくなり ・・・

やがて フランソワ−ズはぼろぼろ涙をこぼし始めた。

「 ・・・ おやおや ・・・ 」

博士も彼女の側に立ったまま、困り顔である。

「 本当に どうしたのかね・・・ うん? そんなに泣かんでもいい。 」

「 ・・・ で ・・・ でも。 わたし・・・ こんなじゃ 奥さん失格 ・・・ 」

きれぎれの言葉が 涙と一緒に零れでてきた。

「 な〜にを言っておるかね。 ・・・ お前、ちょいとばかり疲れているのじゃないかね。 」

「 い ・・・え ・・・。 そんな ・・・ これくらい 出来ないってそんなだらしない・・・ 」

「 ・・・ ふむ? 」

エプロンを顔にあて、どうもなかなか涙が止まる様子がない。

溜息をついていた博士は ふと抱えていた資料に目をおとした。

 

「 そうじゃ。 なあ、フランソワ−ズ。 ちょいと頼まれてくれんか。 うん? 」

「 ・・・ え ・・・ なに ・・・・を、ですか・・・ 」

「 なに、たいしたことではないが。 このデ−タをな コズミ博士に届けてくれんかね。 」

「 ・・・ 今日 ・・・ ですか。 」

「 ああ。 すまんがの〜。 晩飯? ああ、よいよ、わしがやっておこう。 」

「 え ・・・ 博士が、ですか。 」

「 そんな顔するな。 ここにもう用意できている美味しそうなものを煮込んでおくから。

 ワシはここで 鍋の番をしながら本を読んでいるよ。 」

「 ・・・・ そんなこと ・・・ 」

「 さ。 頼んだぞ。  ほれ、日が落ちると冷え込むからしっかり着てお行き。 」

「 あ・・・・ は、はい・・・・ 」

フランソワ−ズは博士が差し出した封筒を受け取り、こくんと頷いた。

 

 

 

・・・ さむ ・・・。

フランソワ−ズはコ−トの襟をもう一度掻き合せ、マフラ−も引っ張り上げた。

温暖なこの地方でも この時期の風は冷たさをぐんと増す。

あんなに温かだった陽もあっという間に傾き始め、空一面茜色になってきている。

 

・・・ はあ ・・・ 〜〜〜 

 

今日中に、と言い付かってしまい少々重い足取りで出てきたのだが・・・

外の冷たい空気は案外気持ちがよかった。

腫れぼったくなった瞼も 火照った頬も ・・・ そして昂ぶっていた気持ちも

冬の風が やんわりと冷やしてくれた。

 

・・・ わたしったら。 イヤね・・・ 本当に。 コドモみたい・・・ 

 

フランソワ−ズは風に流れた髪をちょっと抑えてから コズミ邸のチャイムを押した。

 

 

「 おうおう・・・ 寒かったろう? ささ・・・上がって上がって! 」

フランソワ−ズはお玄関先で・・・と遠慮したが コズミ博士はどんどん彼女を家に上げてしまった。

「 まあまあ・・・ 暖かいモノでもいかがかな。 さ・・・ ちょっとここで待っていてくれるかの。 」

「 あ・・・ はい。 」

通されたいつもの和室は障子が開け放れていたが 寒々とした雰囲気ではなかった。

事実、空気がほんわりと暖かい。

 

  ・・・ ? どこか ・・・ ヒ−タ−でも?  

 

フランソワ−ズはきょろきょろして中庭に面した縁側に出てみた。

 

  あ ・・・ ここ。 まだお日様がいっぱい ・・・

 

すっかり斜めになってしまった陽射しだが、 縁側いっぱいにひろがっていて

空気までもが暖かい。

佇んだ足の裏からも ほんのり温かさが感じられる。

紙と木でできた不思議な空間に フランソワ−ズは思わず座り込んでしまった。

 

正座っていうんだ。

よくジョ−は器用に脚を折って座ったりしていたが、彼女はとても真似はできない。

スカ−トの裾をひっぱり ・・・ 脚を投げ出してみた。

 

  ・・・ あったかい ・・・ なんだか懐かしい気持ちなのは ・・・ なぜ?

  こういうお家には住んだこと、ないのに。

 

膝をちょっと抱えて顔を伏せるとやわやわとした夕方の光が彼女をすっぽりと覆った。

とくん ・・・ とくん ・・・

心臓の音が聞こえる ・・・ 気がした。

・・・ カチカチカチ ・・・

なにかの機械音が正確に響いている ・・・ ように感じた。

ハナの奥がつ・・・ん としてきて またまた涙がどっと盛り上がってきてしまった。

せっかく持ち直した気持ちが 今度はまっしぐらに落ち込んでゆく・・・

 

  ・・・ なにをやっても ・・・ ダメな ・・・ わたし ・・・

  やっぱり ・・・ ココに居るべきヒトじゃないから。 いちゃいけないヒトだから。

  ・・・ だから ・・・ だから ・・・ なんでも ・・・うまく行かないんだわ。

 

ぽたん ぽたん ぽたぽたぽたぽた ・・・・

縁側の木にまたまた水玉模様が増えてゆく。

 

「 おや。 ここがお気に入りかな。 」

「 ・・・・ あ ・・・ 」

いつの間にかコズミ博士が 隣に座っていた。

フランソワ−ズは涙だらけの顔が恥ずかしくて顔を膝に伏せたままだ。 

「 こんな日をなあ、なんというか知っているかな。 」

「 ・・・ え ・・・ ? こんな日? 」

「 さよう。 真冬の厳しい寒さが来るちょっと前にぽっかりと暖かい日がある。

 もちろん風は冷たいのじゃが・・・ 日溜りはぬくぬくとしてな。 

「 はあ ・・・ 」

「 小春日和といってな。 ちょっと冬の中休みみたいなものかもしれんなあ。 

 お嬢さん。 人生には まあ ・・・ いろいろあるというコトじゃよ。 」

ぽん ・・・ とコズミ博士の大きな手が フランソワ−ズの丸めた背中に当てられた。

 

「 疲れたら、休んだらいい。 こんな・・・廊下で日向ぼっこも・・・オツなもんじゃよ。 」

「 ・・・ あ ・・・・ え、ええ・・・ 」

「 ちょっと休んで英気を養って。 それからまたごとごと行ったらいい。

 焦っても急いでも 行き着く先はみ〜んな同じじゃ。 」

「 そ・・・ そうですね ・・・ わたし・・・ わたしったら ・・・ 」

フランソワ−ズはそろそろと顔を上げた。

眼の前に コズミ博士の丹前の背が見える。 夕陽が当たり暖かそうだ。

 

   そっか ・・・。 疲れたら 休む、・・・ね。

 

クシュン ・・・ !

涙を拭おうとハンカチをだしたら途端にくしゃみが出てしまった。

「 おや。 ・・・ どれ、もうここを閉めようか。 

 ああ、お嬢さん。 ひとつお願いがあるのですけどな。 」

「 はい? なんでしょう。 」

よっこらせ・・・とコズミ博士は立ち上がり縁側のガラス戸を引き始めた。

「 ちょいと台所を助けてくれませんかの。 

 もうすぐ ギルモア君とお嬢さん ・・・・ あ、いや〜すまんすまん。 

 奥さん、でしたな〜。 お宅のご主人さんがやってきますから。 」

「 ・・・えええ ?? 」

「 お嬢 ・・・ いや、奥さんのご用意なさった晩の御馳走を持参してくれるそうな。

 ワシはそれでは ・・・ 鍋ものでも作りましょう。 」

「 あ・・・ 。 ギルモア博士の <デ−タ> って・・・?? 」

「 さあ? なんのコトかの〜。  おや、表で車が止まったようですぞ。 」

「 え ・・・? あ、あの音・・・ ! 」

フランソワ−ズはぱっと立ち上がり 駆け出した。

 

「 ごめんくださ〜い! コズミ博士〜〜 」

すぐに玄関からジョ−の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「 ・・・ は〜〜ぁ・・・ ねえ? 息が白いわ〜〜 ほら。 」

「 ほんとだ。 ほら ・・・ もっとこっち、こいよ。 」

「 ・・・ ウン♪ 」

ジョ−はフランソワ−ズの肩を引き寄せ、二人はぴたりと寄り添って歩く。

 

結局コズミ邸で 晩御飯を御馳走になってしまった。

博士とイワンを乗せて ( フランソワ−ズの <作りかけシチュウ>も一緒に ) 

ジョ−がやって来て ・・・ いつのまにか 鍋パ−ティ− になっていた。

「 ごめんなさい、コズミ博士 ・・・ 」 

ほとんどコズミ家の食材を使ってしまい、フランソワ−ズは恐縮しっぱなしだ。

「 なに、ワシ一人では鍋物はなかなかできんから。

 それに大勢で食卓を囲むのは楽しくていいもんです。 」

「 うん、これは旨いのう・・・! 今度はコズミ君を招待して また鍋大会を やろうじゃないか。 」

「 あ、いいですねえ〜〜 」

熱燗を差しつ差されつ ・・・ コズミ博士もギルモア博士もジョ−も 男性陣はご機嫌である。

結局 ギルモア博士はイワンと共に <お泊り> となり、すっかり出来上がってしまったジョ−は

車を置いてぶらぶらと歩いて帰ることとなった。

二人がコズミ邸を辞去したときには もう満天の星空になっていた。

 

 

コツコツコツ ・・・ カツカツカツ ・・・

靴音がふたつ 冷え込み始めた夜気にデュエットしてこだまする。

所々にある街燈が 淡々と頼りない光を落としている。

「 なあ ・・・ いろいろ・・・気にするなよ。 」

「 ・・・ え ・・・ 」

ジョ−の腕にぐっとまた力が篭った。

「 ぼくはさ。 今の きみが。 そのままのきみがいいんだ。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・・ 」

「 泣いたり笑ったり ・・・ ドジ踏んだりするきみが いいんだ。 きみが居てくれればそれで いい。 」

「 でも ・・・ でも。 なにやっても上手にできないし ・・・ わたし・・・ 」

「 いいよ、ぼくだって一緒さ。 一緒に泣いたり笑ったりしてゆこうよ。 

 そんなきみがそばにいてくれれば ・・・ ぼくはそれでいいんだ。

 ぼくは別に完璧に家事をしてくれるヒトが欲しかったわけじゃないもの。 」

「 ・・・ わ・・・たしも。 ジョ−が ・・・ ジョ−がいてくれれば・・・ 」

「 ・・・ アイシテル・・・よ、奥さん 」

「 ・・・・ ジョ− ・・・ わたしも。 わたしも・・・・ 」

がっしりした腕が亜麻色のアタマを引き寄せる。

細い、しなやかな腕がしっかりと広い背中に取り縋った。

 

 

「 ああ! 星が綺麗だなあ〜〜 ・・・ ! 」

「 ・・・ ほんとう ・・・ イルミネ−ションなんか顔負けねえ。 」

「 そうだね。 ・・・ そうか〜 クリスマスまでもうあと一月なんだなあ・・・ 」

「 ええ ・・・ そうね。 」

「 結婚して初めてのクリスマスだね。 そろそろツリ−を捜してこようか。 」

「 わあ、嬉しいわ。 あのね、ちっちゃくていいの。 

 あ・・・ 出来れば鉢植えみたいのがいいな。 クリスマス終ったらお庭に植えましょう。 」

「 ああ、いいねえ。  」

「 ねえ 知ってる?  パリではね、プレゼントは靴下に、じゃないのよ。 」

「 へえ?? ぼくはてっきり外国はどこでも靴下の中、だと思ってた。 」

「 ふふふ・・・・ あのね、ツリ−の下にル−ム・シュ−ズを並べるの。

 そうねえ・・・日本のスリッパとも違うし・・・ おうちの中でだけ履く柔らかい靴なんだけど。 」

「 ふうん・・・ 」

「 そこにパパやママンがプレゼントをこっそり入れてくれるのよ。 」

「 へえ・・・ ちっとも知らなかった。 じゃあ・・・今年から我が家でもそうしようか。 

 ぼく、ずっと教会の施設育ちだったろ? クリスマスは大忙しでさ・・・ ゆっくり過したこと、なかった。 」

「 それじゃ、今年からはお家でのんびり。 家族揃って・・・ ね? 」

「 そうだね。   ・・・ なあ、今晩は二人っきり、だね♪ 」

ジョ−は彼の奥さんの耳元にこそ・・・と囁き桜貝みたいな耳朶にキスをした。

「 きゃ・・・   あら。 申し訳ありませんがわたし、今晩は早く休みますわ、島村サン。 」

「 え・・・ 」

「 レッスン、頑張らなくちゃ。 今度の 『 くるみ〜 』 では アラビアの踊り なの。 」

「 アラビア・・・・ って もしかして。 あのハ−レムみたいな・・・? 」

「 そうなの〜。 お腹、出すし透け透けのハ−レム・パンツでしょ。 

 ダイエットしなくちゃ! ですから。 早寝早起き! それが一番です。 」

「 透け透けって・・・ あの ・・・ そのゥ・・・? 」

「 二日続けてお寝坊するのはイヤだし。  さ、早く帰りましょ。  」

「 ・・・ あ ・・・ ! フランソワ−ズゥ 〜〜〜 待ってくれよ〜〜 」

ぱっと腕を解き、すたすた坂道を登り始めた奥さんを 島村サンは慌てて追いかけて行った。

 

 

 

*****  おまけ 

 

その年のクリスマス。 島村さんちのツリ−の下には 小さな部屋履きが一足。

「 イワンに? 」

「 ううん。 イワンには ・・・ こっち。 」

「 あ、そうか。 じゃあ・・・? 」

「 ふふふ ・・・ 次のクリスマスには ここにプレゼントを入れられたら いいな・・・って。 」

「 ?? 」

「 来年こそちいさな天使が我が家に来てくれますように・・・ってサンタさんにお願いしちゃった。 」

「 ・・・ そう ・・・ そうだね! 」

 

翌年のクリスマス。  島村さんち のツリ−の下には 小さな部屋履きが二つ、加わった。

 

 

 

***********    Fin.   **********

 

Last updated : 11,27,2007.                           index

 

 

*****  ひと言  *****

はい、お馴染み <島村さんち>、新婚時代♪ であります。

時間軸としては 『五月は花の花盛り』  の後くらい、かな。 まだ二人っきりの甘い日々です♪

え〜 プレゼントは部屋履きに 云々〜 はネット記事から拾った ( 教えていただきました ) ネタです。

あ、 クリスマス恒例公演の 『 くるみ割り人形 』 では いろいろな踊りがありまして

アラビアの踊り、 芦笛の踊り 中国茶の踊り(チャイナ) キャンディー・ボンボン、 トレパック 

花のワルツ  そして ラストに 金平糖の精の踊り( グラン・パ・ド・ドゥ )があります。