『   秋桜   − コスモス −   』

 

 

 

 

 

*******  はじめに *******

このお話は 拙作『 九月の雨 』 と 『 彼岸花 』 の間の時期の設定です。

もうひとつの <島村さんち>ストーリー・・・

タイトルは内容とほとんど関係がありません。

かの名曲を思い浮かべつつ お読みいただければ・・・幸いです。

 

 

 

 

   ― チリチリチリチリチ・・・・!

 

小さいけれど鋭い音が まだ薄暗い空気のなかに響きだした。

もぞもぞもぞ・・・・ 重なり合うリネン類の間から亜麻色のアタマが動きだす。

   ・・・ ぱた!

すぐに白い手が伸びてきて、きっちりと音の発生源を伏せてしまった。

薄暗い部屋には再び静寂が満ち、とおく潮騒だけが聞こえている。

亜麻色のアタマは今度はゆっくりと少しだけ起き上がった。

「 ・・・  あ ・・・ああ。 よかった・・・ 起こさなかった・・・わよね。 」

じっと覗きこんだ目の前には  穏やかな寝息をたてている顔があり、

頬には栗色の髪が纏わり・・・そこに落ちた睫毛は ぴくり、とも動きはしなかった ・・・

 

    ふふふ・・・ねえ?  睫毛、こんなに長いんだ? 女の子みたい。

    いいわね〜〜 ズルわね。 今度ビューラーで巻き上げてみようかしら・・・

 

おもわずキスを落としたくなり・・・彼女はあわてて顔を引いた。  そうして ・・・

そうっと そうっと。

身体に絡まっていた彼の腕をはずして。 ぴったり寄り添っていた身体を少しづつずらして。

彼女はようやっとベッドから起き上がった。

「 ・・・ ふう ・・・ あら・・・!  」

視線が落ちた白い胸には ― 点々と赤いアトが散らばっている。

「 きゃ・・・! いやだわ・・・ もう〜〜〜 ジョーってば、ジョーってば・・・ 」

ひんやり、どこからか朝の冷気が忍び込む中、 彼女はひとり首に付け根まで真っ赤になり・・・

ベッドの下に散乱した下着やら服をかき集め 大急ぎで身に付けた。

 

「 はっくしょん・・・! もう朝はずいぶんと冷えるのね。  今日のお天気はどうかしら。 」

ささ・・・っと髪を梳かし、洗い立てのエプロンもきゅ・・・っと紐を蝶結びにして。

彼女はそうっとカーテンを開けた。

「 うわ・・・まだ夜? ・・・ あ、あっち側の海の上がちょびっと明るくなってきたわ♪

 Bonjour  お日様♪ おはよ〜ございま〜す・・・! 」

東の空に極上の笑みとキスをなげると、彼女は静かにカーテンを閉じた。

そっとベッドの気配を窺ったけれど、 規則正しい寝息が聞こえてくるばかり・・・・

「 ・・・ ジョーォ? どうぞまだゆっくり眠っていてね・・・ アイシテル♪

 さあ。 それでは ― わたしは 〜〜 戦闘開始デス! 」

チュっと眠るヒトの鼻の頭にキスを落とすと、彼女は足音を忍ばせ、部屋の戸口に立った。

「 お弁当! 今朝も頑張るわ! 博士やジョーが起きる前に お洗濯もお掃除も・・・

 もちろん朝御飯の用意も。 み〜んな済ませておかなくちゃ。 」

「 そうそう・・・そろそろ冬用の厚いセーターやオーバーも出しておきましょう。 カーテンもだわ。

 あ・・・! お天気がよければ・・・お蒲団を乾して、と。 あとはえ〜と・・・? 」

ドアを閉める前にもう一回向き直ると コホン・・・とひとつ、咳払いをして ―

 

   「 ・・・ マダム・島村 ・・・ いきます! 」

 

高らかに宣言をすると、まだ薄暗い廊下をぱたぱたと駆けていった。

 

こっそりスキップで階下のキッチンにゆき、まだ暗いので電気をつけ。 

「 さあて。 これから 本番です♪ ええ、妻ですもの。 ・・・ 頑張ります! 」

自分自身で口にした一言が嬉しくて、彼女の頬は冷たい空気の中でさえもほんのりと染まっている。

  ふんふんふん・・・・  今朝は〜 な〜ににしましょうか〜

自然にハナウタを口ずさみつつ、彼女は冷蔵庫を開けた。

 

 

 

ジョーとフランソワーズは その年の秋、佳き日にめでたく華燭の典を挙げた。

博士とイワン、日本に住むグレートと張大人、そしてコズミ博士もお招きして 2人は質素にカタチばかりの

祝をした。  

それはひっそり地味なものだったけれど。 二人は ― 勿論仲間達も ― 充分に幸せだった。

海外に住む仲間達とは クリスマスに一緒に祝う予定だ。

 

   こうして フランソワーズは 島村ジョー氏夫人 となった。

 

 

そして ―  「 ええ、妻ですもの。  主婦として完璧に家事をこなします! 」

彼女は宣言し猛然と主婦業に着手したのだった。 

崖っぷちに建つ、ちょっと古びた外観のギルモア邸、ここに住み着いてからけっこう年月も経っているし、

<生涯のパートナー> とも 昨日や今日の付き合いではない。

結婚式を数日後に控えたある日、彼女は満面の笑みで 彼女の<もうすぐ・夫> に言った。

「 ふふふ〜ん♪ 家事なら任せて。 ず〜っとここを切り盛りしてきたもの。

 大丈夫、 安心して、ジョー? わたし、もっともっとここを住み易くするわ。 」

「 ・・・ でも ・・・・大変だろう? 

「 そりゃ・・・簡単じゃないわ。 でもね、それだけ遣り甲斐があるってことでしょう?

 だって・・・ ここはわたし達の おうち なんですもの。 」

「 きみがそう言うのなら・・・ 任せるけど。  ごめんね、ぼく、仕事がすごく忙しくなってさ。

 今までみたく、きみの手伝い、あんまりできなくなると思うんだ・・・ 」

ジョーはちょっとばかり心配顔でごめんね、繰り返すのだった。

彼の <もうすぐ花嫁サン> は 満面の笑顔で毎日大張り切り・・・なのだが。

「 あら。 だ〜から。 大丈夫って言ったでしょう? 

 ここに <みんな> が暮らしていた時でも、ミッションのとばっちりで半壊しちゃったときも、

 わたし、ちゃ〜んと家事をやってきたわ。 こんな平和な日々に、ジョーと博士をイワンだけ・・・

 の生活なんて 楽々〜〜よ。 任せてください ・・・ あ  な  た ♪ 」

「 う・・・う・・・うん ・・・ 」

その後、ジョーは口の中でなにやらもしゃもしゃ言っていたのであるが さすがの003の

<耳>をもってしても、その もしゃもしゃ を聞き取ることはできなかった。

 

   ふふふ・・・もう〜〜 相変わらずの照れ屋さんなんだから♪

   いいわ。 二人っきりの時に たっぷり聞かせてもらうから。

   ・・・ ううん、いいの。 フランソワーズ、アイシテルって言ってくれれば・・・

 

もうなんでも・かんでも周囲は薔薇色〜〜な <もうすぐ花嫁サン>には すべてが微笑みの源、

明日は、将来は、未来は。 限りないシアワセに光輝いて見えていた・・・のだった。

 

 

   そして。

 

簡素な挙式も無事に終わり、 崖っぷちの洋館には 普通の日々 がまた始まっていた。

 

 

「 ・・・ ん ・・・・? 」

ぼんやりした視界の中には あの亜麻色の髪は見えない・・・

「 ・・・ ん? あ〜あ・・・あ・・・? 

何気に、でも下心いっぱいでもぞり、とさぐった手に あのすべすべした柔らかい肢体は触れない・・・

「 ・・・ う・・・んん・・?? 」

ぱたん・・・と寝返りをうってみたけれど、反対側にも誰もいるわけもなく。

 

   ・・・ え?! だって確かにしっかり彼女を抱いて・・・??

 

がば・・・!っとリネンの海から身を起こしてみれば。

「 ・・・ あ〜・・・ なんだア 先におきちゃったのか・・・・ 」

ジョーは うううーーーーーん・・・!と伸びをし、ついでにぼわぼわ、特大のアクビをした。

ぱふん・・・・と仰向けに引っくり返り、天井をぼ〜んやり見上げる。

そこは長年、見慣れた彼の部屋とは 少しばかり違っていた。

彼らが結婚を決めたとき、 ギルモア博士は広い客用寝室を二人に開けてくれたのだ。

だから、たった一部屋だけれども、ここがジョーとフランソワーズの 新居 なのだ。

「 ・・・ちぇ・・・ 一緒に目覚めて・・・ 見つめあって・・・おはよう〜〜 なんてキスして、さ。

 ふふん・・・寝起きの彼女って可愛いんだよね〜 ちょびっとぼんやりしてて、さ・・・ 

 ああ〜〜 そそられる〜〜  柔らかい髪がこう〜〜乱れててさ。 それで・・・ 

 あ・・・だめよ?  ふふふ・・・いいじゃないかア♪   だめだってば。 朝から・・・

 朝ってのも新鮮でいいさ。 ・・・ぼく、元気だぜ?  きゃ・・・ヤだ・・・そこ・・・ 

 ・・・ なあ〜〜んてな♪ 楽しみにしてたのに・・・ 」

朝っぱらから楽しい?妄想に身を委ねつつ・・・ 島村ジョー氏はやっと新婚の寝床から起き出した。

 

ずっとひとつ屋根の下に暮らしていたし、夜を共にするようになってからけっこう長いけれど、

やはり 結婚生活 は違っていた。

<みせたくない部分> を一番 <みせたくない相手> に、曝すことになる。

日常生活とは そういうものだろう。 

 ― しかし まだ新婚ほやほや、湯気の立つ夫婦は気取った笑顔で寄り添っている。

そしてなにより第一に。  ジョーは目覚まし時計を多量に枕元に並べる・・・という生活とオサラバした!

寝起きの悪さはそうそう治るものではないが、現在の彼は <新婚さん> の楽しみの方が勝っている模様で

今のところ彼女に叩き起こされる、という不名誉な朝は迎えていない。

相変わらずのクセッ毛を それでもちょっと押さえつけるべく、彼はバスルームに飛び込んだ。

 

「 お早う! フランソワーズ。 」

すっきり顔も洗って・・・ ジョーは足取りもかるくキッチンに降りていった。

「 ジョー! お早う・・・! よく眠れて? 」

「 うん♪ ・・・ ふふふ・・・ 昨夜のきみ ・・・ 素敵だった♪ 」

近づいて こそ・・・っと耳朶にキスをして。 ついでに熱い吐息も吹きかける。

「 ・・・ きゃ・・・ん〜〜 もう〜〜 ジョーってば。 朝から・・・ イヤな・・・ヒト・・・ 」

「 きみがいけないんだよ。 こんなにカワイイから・・・こんなに魅力的だから。 くすっ・・・ 」

「 あ・・・ん・・・  あああ ダメだってば・・・ ・・・・ね 遅刻するわよ? 」

「 ・・・ う〜ん ・・・ 残念! ・・・それじゃ この続きは 今晩・・・ な? 」

「 ・・・・・・ 」

頬を染めてこっくり頷く姿がまたまた愛しくて。 ジョーは彼女の唇を思う存分に味わった。

 

「 ・・・ は・・・ア・・・・ もう・・・ジョー・・・ったら・・・! 

「 ふふふ・・・御馳走さま♪ えっと ・・・ 朝御飯、できてる? 」

「 ・・・ あ!  はい、もうちゃ〜〜んと出来ているわよ。 ジョーの好きなスパニッシュ・オムレツとね、

 ほうれん草のソテー。 あ、残しちゃだめよ? あと・・・納豆! 」

「 え・・・ それって。 朝御飯・・・・? 」

「 ええ、そうよ。 栄養満点・・・ふふふ 愛情も満点〜なの。 あ、パンがいい?御飯にする? 」

フランソワーズはウキウキして 彼女の夫を食卓の方へ追いやった。

「 う・・・うん。  ・・・うわ ・・・ 晩御飯みたいだ・・・・ 」

「 さあ、どうぞ? ジョーってば、朝はやっぱりコーヒー、って言うから。 はい・・・どうぞ。 」

「 あ・・・ども・・・ 」

いい香りにするマグ・カップが でん! とジョーの前に置かれた。

「 さあ、食べて 食べて。  ・・・ちょっと急いだほうがいいかも? な時間よ。 」

「 あ。 うん。  ・・・ あの、さ。 すご〜く悪いんだけど。 

 ぼく。 朝は今までどおり コーヒーとトーストでいいから。 自分でやるよ、きみだって忙しいだろ?

 これはさ、折角のきみの力作だもの、 晩御飯にとっておいてくれるかな。 」

「 ・・・え? ・・・・え ええ。 ・・・いいけど・・・ 」

「 ごめん〜  晩にはちゃんと食べるから、ね。  あ! いけね! 今朝は遅刻できないんだ〜! 」

「 ・・・ ええ ・・・ 」

しょぼん・・・と向かいの椅子にすわった新婚のオクサンに気を配る余裕もなく。

ジョーはあたふたと トーストをコーヒーで流しこむと、席を立った。

「 ごめん! 行ってくるね。 あ・・・今晩は多分・・・ 」

「 ジョー! 着替えなくちゃ。  あのね、わたし・・・昨夜がんばってジョーのワイシャツ、

 ピシッと アイロンかけておいたの。 あの濃紺のスーツにぴったりだと・・・ 」

「 え? ああ、スーツじゃなくていいんだ。 あの職場、知ってるだろ?

 特別な取材とか以外は ラフな恰好でいいんだよ。 結構汚れるしね〜 」

「 ・・・ そ・・・そうなの? 」

「 ウン。 だから、これからはワイシャツとかよりもカジュアルなもの、そろえてくれる? 」

「 え・・・ええ。 いいけど・・・ 」

「 頼んだね〜 じゃあ イッテキマス! 」

「 あ! ジョー〜〜! お弁当! これは ・・・絶対に持っていって! 」

ぱたぱたぱた ・・・・・

新婚・奥さん はスリッパを鳴らしてご亭主を追いかけていった。

 

 

 

二段重ねの大きな <お弁当> に、ジョーは絶句し目をぱちくりさせるだけだった。

ともかく持っていって・・・! と包みを押し付け 遅れるわよ! とその背を押して。

じゃあね、いってらっしゃい、気をつけて・・・と言った途端に ―

「 ・・・フランソワーズ? 」

「 え? なあに、ジョー・・・ あ・・・ !  ん  んんんん 〜〜〜 」

くるり、向きを変えたジョーにしっかり抱き寄せられ。 熱いキスが降ってきた。

 

     んんん ・・・・ ! もう・・・! なんなの、ジョーってば。 こんな道路で・・

 

     ふふふ・・・ 心配、いらないよ。 ギャラリーはお日様と紅葉だけ、さ。

 

     ・・・・ んんん ・・・ ジョーってば。 朝から・・・ んん・・・

 

     ああ・・・ 美味しかった、ご馳走サマ〜〜

 

秋の朝日の中で お早う + イッテキマス のキスを交わし、ジョーはご機嫌で車を出していったのだ。

 

「 ・・・ いってらっしゃ〜い・・・! 」

坂の下で、公道に出るジョーの車に 彼女は両手をわさわさと振った。

彼の愛車はちゃ〜んと約束どおり、必要もないのに テール・ランプを点滅してから道なりに折れていった。

「 あ〜あ・・・行っちゃったァ ・・・・ 

 朝御飯、あんなでいいのかしら。 身体によくないわよねえ・・・

 ま、しっかり頑張ったお弁当、ちゃんと食べてくれれば・・・必要な栄養は足りると思うけど。 

 ふふふ・・・・ 感想が楽しみだわ♪ 」

フランソワーズはしばらく ぼ〜っと門の前の坂道を眺めていた。

アタマの芯までくらくらするキスを貰い、新婚・奥さんが少々ほっこりしていたのも当然だろう。

  カサ・・・ 

門口にある桜が 艶やかに色づいた葉を、同じくらいに艶やかな若妻の上に落とす。

隠しても隠しても 唇に湧き上がる笑みをたたえ、フランソワーズは満足の吐息をもらしていた。

 

   ・・・ なんか・・・ ヘンな感じ。 疲れちゃった・・・の? わたし・・・

 

そんな物思いもほんの一瞬で、すぐに彼女は ぱん・・・!とエプロンを引っ張った。

「 さ。 お洗濯がもう終っている頃ね。 さっさと干してしまいましょう。

 ・・・でも便利になったものね。 セットしておけばあとは干すだけ、なんて ・・・ 」

この国に来た当初は戸惑っていた最新式の家電の扱いも、今は楽々とこなす。

「 あ・・・ お庭の掃除もしなくちゃね。 ご門の辺りの落ち葉も掃いておいたほうがいいわ。

 え〜と・・・箒は・・・  ああ いけない! 博士のお食事!! 

さりげなく襟元と髪を整え、 島村さんの奥さんは急いで玄関に戻った。

玄関脇の小路で 淡いピンクのコスモスが若奥さんのエプロン姿を見送っていた。

 

 

 

「 あ、博士。 お早うございます。 ごめんなさい、お食事・・・ 今すぐに・・・ 」

「 おお ・・・ お早う、フランソワーズ。  ジョーは今 出かけたのかな。 」

リビングに戻ると、博士がソファで新聞を広げていた。

朝日がいっぱいに差し込んできていて、 リビングは最高のサン・ルームとなっていた。

「 はい、たった今。  あの コーヒーでいいですか? 」

「 うん? ・・・ ああ、勝手に淹れさせてもらったよ。 」

「 あら。 すみません・・・・ それじゃ、お食事、どうぞ?  今朝はちょっとがんばって・・・ 」

「 うん? いつもの通り、でよいよ。 ワシはず〜っとコーヒーとトースト、じゃ。 

 それで十分じゃよ。 」

「 あ・・・ は、はい。 それじゃ・・・ 」

 

    ・・・ そうだったわね。 博士ってずっとコンチネンタル風の朝御飯だったっけ・・・

    あ・・・ でも。  この朝食 ・・・ どうしましょう・・・?

 

おかわりのコーヒーを マグ・カップになみなみと注いで、博士は早々に書斎に引き上げてしまった。

秋の陽射しいっぱいのキッチンで・・・ 目の前には手付かずの朝食が三人前、きっちり残っている。

「 ・・・ 仕方ないわ。 わたしがいけないんだもの。

 そうよねえ・・・ 考えてみれば 博士もジョーも。 ずっとそんな朝御飯だったわよね。 」

ふうう・・・と溜息をつき、彼女はとりあえず手近な皿に手を着けた  ― が。

冷えてしまったごろごろ具入りのスパニッシュ・オムレツは 当然美味しいはずもなく。

彼女は無理矢理・・・口に押し込んだ。

  

  ― やれやれ。 これも主婦の仕事、かしら・・・

 

朝から食べ過ぎ気味になり、彼女はこっそり溜息をついた。  

 

 

「 えっと・・・お掃除は終ったし、洗濯モノは ・・・ ああ、いいカンジね〜 

キッチンもぴかぴかに片付けて、フランソワーズはほっと一息をついていた。

うん・・・ ちょこっと予定外のコトもあったけど。

完璧主婦としては まずまずの出だしだわね・・・  と自然に口元もほころんでしまう。

「 さ〜て・・・ お買い物にでも行こうかしら。  あら、まだこんな時間なのね?

 それじゃ お庭のお掃除でもしましょうか。 」

時計を見上げれば まだまだ<朝>の領域だった。

 

    う〜ん・・・早起きすると一日が有効に使えるわね・・・

    ・・・あら。  ・・・ 皆、もうストレッチ しているかしら・・・

    レッスン ・・・ 行きたい ・・・ な。 

 

ちょびっとだけ。 ほんのちょっとだけ ―  甘くはない溜息が漏れてしまった。

せっかく通い始めていたバレエのレッスン、出来れば休みたくはなかった。

「 ううん ・・・ ! だってまだ新米主婦ですもの。 こっちに慣れるのが先だわ。

 完璧主婦になったら。 また レッスン ・・・ 行くわ。   ・・・あら? メール・・・? 」

お気に入りの着メロに携帯を引っ張り出してみれば ― 

「 まあ みちよからだわ。  え・・・ あら・・・ 」

タイミングよく、彼女のスタジオでの仲良しさんからメールが入っていた。

「 ・・・まあ ・・・ふふふ・・・・ あら、レッスン前にくれたのね。 それじゃ・・・ 」

リビングのソファの端っこで フランソワーズは熱心に返事を打ち始めた。

 

    お早う♪ みちよ。 はい、頑張って主婦してますよ〜

    クラス、もうちょっとお休みします。 まだまだ主婦もビギナーですから。

    来月からまたレッスン、行きたいな。 みちよも頑張ってね♪

    

そこまで軽快に動いていた彼女の指が ちょっとだけ、止まった。

そして ―  再びゆっくりと動きだし、文字をうつ。

 

    皆によろしく。  島村 ふらんそわーず  

 

平仮名になってしまったのはご愛嬌、というところだろう。

誰もいないリビングで。 ひとり、頬を染め・・・ 彼女はメールを発信した。

 

 

 

「 さあて。 今晩こそ、ジョーや博士が 美味しい!って言うメニュウにしなくっちゃ。 

 さ! お買い物に行きましょう! 」

はたはたと風に翻る洗濯ものに 満足気な視線を走らせ、フランソワーズはギルモア邸の門を出た。

家の前から続く急な坂を下りきると大きな車道にでる。

そこをしばらく海沿いに歩いてゆくと道は大きく右にカーブして内陸へと入ってゆく。 

ちょうどその辺りに  海岸通り商店街  が広がっていた。

いつもは車で通り過ぎ、横目でチラリと眺めていた町めざして、歩く。

  カラカラカラ −−−−

秋晴れのお日様が 買い物カートを引いてると少し暑くさえ感じた。

「 う〜〜ん・・・! いい気持ち。 安くてより美味しい食材をさがすって。 

 主婦の大切な使命よね。  健康家族はこころのこもったお料理から、ですもの。 」

ふわり・・・と 熱さの引いた海風が 元気なオクサンの髪を梳いて通りすぎた。

 

「 さァ〜〜 いらっしゃい いらっしゃい〜〜〜 朝獲れの秋刀魚だよォ〜〜 油が乗って 最高だよ! 」

「 はい〜〜〜 今朝畑から収穫したよ、産地直送〜〜レタスだよ! こっちは茄子だよ〜〜 」

お昼前の商店街は 意外・・・というか、かなり賑やかだった。

これまではたいてい午後、夕方ちかくに大急ぎで買い物をしていた。

レッスン帰りだったり、博士のお使いの途中だったり・・・ 彼女も忙しかったから。

国道沿いには大きなスーパーもあり、ついつい・・・そちらに寄ってしまう。

日本語にはもうほとんど不自由はなかったけれど、何でも一箇所に集まっているのが便利で 

フランソワーズは日常品の買い物はほとんどスーパーで済ませていたのだ。

 

   ・・・・ しかし。

 

「 賢い完璧な主婦としては。 新鮮な食材をより安く購入しなくちゃ。 

 今日はまだこんなに早い時間なんだし。 ・・・ え〜と? こっちの商店街、よってみよう・・・! 」

買い物カートを引っ張って、新米主婦は魚屋サンやら八百屋サン、肉屋サンが軒を連ねる、

昔ながらのご近所商店街に足を踏み入れたのだ。

 

「 ほら〜〜 そこのオクサン! どう、この秋刀魚! 活きがよくて油ものって!

 今なら刺身でも食べれるよ〜〜 ! 」

一番人だかりがしている店先を そうっと覗き込んでみれば。

ゴムの前掛けをしたオッサンが 威勢よく忙しなく動き回っていた。

「 ねえ! これ! こっち 5匹ちょうだい! 」

「 お、毎度! こ〜れは一番新鮮だよッ オクサン、目が高いね〜 」

「 ちょっとォ〜 こっちの鯵、おねがい。  捌いてくれるかしら。 」

「 はいはい、オッケーですよ、ちょいとお待ちを。  お〜い これ、開きにしてくれ、頼む! 」

「 はいよッ! 」

集まった客たちはてんでに注文をだし、いろいろな魚を買っている。

 

   わあ・・・すごい! ・・・お魚がいっぱいね・・・

   どうしよう。  ジョーってお魚、好きなのよね。 

   今まではずっとスーパーで パックになった切り身とか買ってたけど。

 

フランソワーズは おばちゃん やら おばあちゃん やら おくさん やらの後ろから一生懸命に

店先にならんだ <いろんなおさかな> を背伸びして見つめていた。

「 お。 そこの青い目のオクサン! どれがいいかな〜  あ、言葉、わかるかい? 

「 あ、はい。 あの・・・ 今いちばん美味しいお魚、ください。 」

「 一番美味しいヤツ? う〜〜ん・・・ウチの魚はなんでも一番美味いかんね〜〜 困ったなァ 」

「 あの! それじゃ・・・ さっきの さん ま? ください。 三人分。 」

「 お、秋刀魚にするかい? いいねェ〜 こりゃ外国のヒトにも美味しいぜ。 」

「 あ・・・しゅ、主人は日本人なの・・・ 」

「 なあんだ〜そうかァ。 そんじゃ・・・これ、塩焼きにしてやんな。 旦那、よろこぶよ 〜

 ほい、お待ち。 秋刀魚は鮮度、命! だかんね〜 氷、詰めといたよ! 可愛いオクサン! 」

「 あ・・・ あの。 これ・・・焼けばいいんですか? 」

ほい、とビニールに入った ぴんぴんした細身の魚を渡され、 フランソワーズは目がまん丸だ。

「 そうだよ〜〜 簡単、カンタン。 じゅじゅっと油がたれるまで焼いてあとは、大根オロシとか

 醤油をかけてみな。 スダチもいいぜ。 もう〜〜ほっぺがおっこちる美味さだよ! 」

「 まあ・・・そうなんですか。 ありがとうございます。 」

「 おうよ、また来てね〜〜 美人のオクサン♪ 」

どうも・・・と笑顔で会釈し、フランソワーズは次のお店にむかった。

「 えっと。 あとは・・・ そうそう、お豆腐! それと・・・ 大根なんとか・・って言ってたわね。

 ・・・ラディッシュ・・・とはちがうのかしら。  いいわ、そこの八百屋さんで聞いてみよう。 」

カラカラ買い物カートを引っ張って 亜麻色の髪のオクサンは商店街を進んでいった。

 

「 あ! 料理用のワインとお酒が切れそうなんだっけ。 

 それと・・・ お米! お米もだわ。 ジョーのお弁当にはどうしてもゴハンがいるし。

 う〜ん・・・ ちょっとこれは持って帰るの、キツいかも・・・ 」

最後に寄った米屋の店先で フランソワーズは立ち往生していた。

買い物カートはすでに満杯で いかにサイボーグ003でも積み込むのは不可能な状態だった。

「 あれえ どうしなすったね? 」

のそり、と店のおばちゃんが出てきてくれた。

「 あ・・・ すみません。 お店先で・・・ カートが一杯でどうやって持って帰ろうかな・・・って。 」

「 なァんだ・・・ 言ってくれれば配達しますよ? お宅はどちらです? 

「 え・・・まあ、そうなんですか? あの・・・海岸通りのはずれです、岬の上なんです。

「 岬の上? ・・・ ああ、あんた、あの白い髭のご老人とこの。 あんたのお父さんかな。

 時々 煙草を買いに寄られますよ。 」

「 まあ そうですか? ちっとも知りませんでした。 」

「 配達しますよ、お米にお酒も買っていただいたし。 え〜と・・・ お名前は? 」

「 あ、はい。 アルヌール・・・じゃなくて。 あの あ〜 ・・・ し  しまむら  です・・・ 」

「 ・・・へえ? ・・・ あれまあ、新婚さんかい? 

おばちゃんは 目敏くてフランソワーズの真新しい指輪にすぐに気がついた様子だった。

「 え・・・ええ・・・ 」

「 そ〜りゃめでたい。 旦那サンは日本人なんだね〜 うん、そりゃこれからもどうぞご贔屓に。 」

「 はい・・・ あの、じゃあ配達・・・お願いします。 」

「 はい、確かに。  夕方までにはきっとお届けしますよ。 若奥さん! 」

「 ・・・ あ ・・・ は、はい・・・ 」

真っ赤になった頬を押さえ、片手で山盛りのカートを引いて・・・ フランソワーズは米屋の店先から

駆け出した。  

  

     きゃ・・・ ヤダ・・・もう〜〜  

     ・・・あ! 急いでかえらなくちゃ! さん ま の氷が融けちゃうわ!

 

ぽたぽた水滴がおちる袋を持ち替えて、岬の洋館の 若奥さん は早足で商店街を抜けていった。

 

 

 

「 うわ・・・っとォ。  さすがに ちょっと買いすぎたかしら・・・ ふう・・・ 」

家の前のだらだら坂もなんのその、イッキに登りきり、門の前で立ち止まった。

海風が 汗ばんだ肌をすう〜〜っと宥めてくれる。

「 ああ・・・ やっぱりウチの風は気持ちがいいわあ・・・ えっと・・・郵便は・・・ 」

ポストを覗き封書やら雑誌を引っ張り出し、よいせ!とカートを引くと、フランソワーズは玄関に向かった。

 

「 ただいま戻りましたァ〜  ・・・ 博士? ああ、また熱中していらっしゃるのね。 」

玄関から声をかけたけれど、書斎からの返事はなく。 

まあ、いつものことだから・・・と彼女はそのままキッチンへむかった。

「 さあ〜て。 今夜は さん ま のしおやき です♪ ・・・ フライパンで焼くのかしら。

 大根なんとか・・・で食べるって言ってたけど。 ソースのこと?? 

 ウチにあるお料理の本では見たこと、ないし・・・ 」

食材をともかく冷蔵庫に仕舞いこみ、 フランソワーズはう〜〜ん・・・とアタマを抱えていた。

 

「 ・・・ フランソワーズ? 帰っておったのか。 」

キッチンの入り口から博士の声がして フランソワーズはあわてて立ち上がった。

「 あ、はい。 晩御飯のお買い物に・・・ あら、もうランチの準備しなくちゃ・・・

 あの なにか? ああ、コーヒーですかしら。 」

「 いやいや・・・ そのくらい自分でやるよ。 さっきなあ、ジョーのヤツから電話があっての。 」

「 え。  ・・・ あ! わたしったら。 携帯、リビングに置きっぱなし・・・! 

「 そうじゃろうな、と思ったわい。 ヤツめ、いくらかけてもお前が出ない・・・と焦りまくっておっての。

 すぐに戻る!と言うのを宥めるのに苦労したわい。 」

「 ヤダ・・・ もう〜 ジョーってば・・・ 」

「 ははは・・・大事なお前の一大事か!?と慌てておったよ。 ははは・・・お熱いのう。 」

「 博士まで〜〜 もう〜〜 」

「 ・・・ お前のこんな・・・幸せな笑顔を見られて・・・ワシは本当に嬉しいよ。 」

「 ・・・ 博士・・・ 

「 あ、いかんいかん・・・肝心の用件を忘れるところじゃった。 アイツなあ、今晩は遅くなるのじゃと。

 晩飯はいらんし、先に休んでいてほしい、とな。 」

「 え ・・・ あ。  ああ・・・ そう、ですか・・・ 

「 ま、忙しいのは結構なことじゃ。 オトコにはな、寝食を忘れて働く時期というものがあるんじゃ。

 ジョーもやっと・・・社会人・一人前になりかけているとうことだ。 」

「 はあ ・・・ 」

「 やれ・・・さてワシは続きをやるかな。  そうじゃ、イワンのミルクがそろそろ切れるな。 

 買置きは・・・ キッチンの戸棚じゃったか・・? 」

「 え・・・ イワンの・・・? ・・・ あ!! いけない〜〜 今のが最後だったんです。

 買ってくるの、忘れちゃった!  ― 今からもう一度、行ってきます! 

ガタン!と椅子を倒す勢いで フランソワーズは立ち上がった。

「 よいよ。 昼過ぎに散歩がてら ワシが行くよ。 お前・・・今、帰ったばかりじゃろう? 」

「 ええ・・・ でも! これは主婦のわたしの役目ですから! 」

「 まあ、ワシにもこのくらい、手伝わせておくれ? そうじゃ イワンもつれてゆこう。

 お前・・・ すこしゆっくりしておいで。 ずっと・・・忙しかっただろう? 」

「 ・・・でも ・・・わたし ・・・主婦ですから・・・・ 」

「 まァ まァ ・・・ 最初から飛ばすとな、後がキツいぞ? 

 ワシもちょっとはお天道様に当たらんとな。 こんなによい天気じゃし。 」

「 はい・・・ それじゃ・・・ お願いします。  あ! 博士、お昼ごはんは? 」

「 ん? ああ・・・ 冷蔵庫にあったチーズとハムでちょちょい・・・と食べてしもうた。 

 それじゃ・・・ 腹ごなしもかねて行ってくるぞ。 」

「 ・・・・ はい。 いってらっしゃい。 」

博士は慣れた様子でイワンを連れて出かけていった。

「 ・・・ ヤダ・・・ もう1時過ぎてるじゃない! 博士のランチ・・・ごめんなさ〜い!! 

 

    ・・・ これじゃ 完璧主婦 には全然だめじゃない!

    もう〜〜 ・・・ こんなんじゃ 奥さん失格よ!

 

ふう〜〜っと思わずキッチンのスツールに座り込んで盛大に溜息をついてしまった。

「 ・・・ ようし。 晩御飯でリベンジだわ! 今晩は さん ま よ!

 ジョーの分はとっておいて・・・明日の朝、食べてもらうわ。 よ〜し・・・! 」

気を取り直し、彼女はリビングにゆき、共用のPCを立ち上げた。

「 さん ま のしおやき  の作り方、調べなくちゃ・・・ え〜と・・・さ ん  ま・・・? 」

 

   カチャ カチャ カチャ ・・・・・

 

しばらくの間、リビングになキーボードの音が間遠に聞こえるだけだった。

「 ・・・・ ん・・・と。 わかったわ!  まず必要なのは  網 ね。 

 う〜ん ・・・ これは博士にお願いしてみようかしら。 廃材で使えそうなものがあるかもしれないわ。 」

うんうん・・・と頷き 島村さんトコの若奥さんは勢いよくPCの前から立ち上がった。

「 ようし。 それじゃ・・・お洗濯ものを取り込んで。 そうそう、ついでにリビングのカーテン、変えましょう。

 もういくらなんでも夏用じゃあねえ。 ・・・ こんなに良いお天気だけどもう10月ですもの。 」

ソファに放り出したあったエプロンを着け ―

「 マダム・島村〜〜 リベンジ開始です♪ 」

だ〜れもいないリビングに宣言すると  ― 誰もいないから大きな声で言えたのだけど・・・ ―

新米奥さんは裏庭に出ていった。

  

 

 

 

「 博士! 博士〜〜 網って。 ありません? 鉄製のがいいんですけど。 」

「 ・・・やれ、ただいま・・・ おや、カーテンを取り替えたのかい。 ご苦労じゃったね。

 ああ? なんじゃね、 あみ ??? 」

「 あ。 お帰りなさい。 イワンは・・・あらら すっかりネンネして・・・ 」

「 ああ、気持ちいい日和じゃて・・・イワンも途中からことん・・・と寝てしもうたよ。 

 ほい、ミルク。 この銘柄でよかったかな。 」

「 ありがとうございます〜〜 うわあ、助かりました。  それで博士、ウチに 網、 ありますかしら。 」

ぐっすり寝入った赤ん坊を抱き上げると、フランソワーズは熱心に訊いた。

「 ・・・ あみ? 網戸のことかな。 」

「 いいえ! あの ・・・ さん ま を焼く網です。 このくらいの・・・ そこにさん ま を乗せて

 しおやき にするんです。 」

「 ??? さん ま ??? なんだね、それは。 」

「 お魚なんです、この季節にシュンなんですって。 日本の人たちは大好きなんですって!

 今朝獲れの活きのいいヤツ! を買ってきたんです。 」

「 ほう〜〜〜?? それは知らなんだ。  きっとジョーが大喜びするなあ。

 さすが ヤツの奥方じゃ、よう気が回るのお。 」

「 うふふ・・・ 本当はね、魚屋さんから聞いた受け売りですけど。 

 それで、さっきネットで調べたら、調理法が出てました。 網 を使って焼くものなのですって。 」

「 ほう??? バーベキュウのようなものなのかの?  網、ねえ・・・?

 ・・・・ うん! あるぞ、あるぞ。 ドルフィン号の送風口カバーにつかった残りがある! 」

「 わあ、よかった! じゃ・・・それを このくらい・・・な四角に切ってください。 」

「 了解じゃ。 ああ、取っ手が必要じゃな? つけておいてやろう。 」

「 博士〜〜 ありがとうございます♪ うわ〜〜 今晩は さん まの塩焼き です。

 あと・・・大根なんとか。 う〜ん・・・? ネットの写真だと・・・多分アレはみじん切り、ね。 」

フランソワーズは大喜びで イワンをクーファンに寝かせに行き、博士も  網  を作成しに

研究室へと降りていった。

 

  ・・・・ もしも。

先ほど、彼女が検索した画面をジョーが覗いていたら。

「 ・・・ え〜〜 なんだい、これ?? いったいいつのことさ?? 」 と仰天したに違いない。

そうなのだ。

幸か不幸か。 彼女が探し出したサイトでは 伝統的な焼き方 を紹介していた。

つまり。 古典的に・昔風に・昭和風に・魚焼き用の網を使用した写真が載っていたのだ。

さらに。 ギルモア邸のキッチンは 博士とイワンが設計した万能システム・キッチンだが。

ジャパニーズ ではない二人の脳裏に  魚焼き用グリル の必要性など浮かびもしなかった。

したがって。

仏蘭西生まれのこの若妻は  さん まのしおやき とは網で焼くものだ、と信じたのだった。

 

「 よ〜し・・・これでいいわ。 博士ったらすご〜い♪ ちゃんと断熱材でカバーした取っ手が付いてる♪

 ふふふ・・・ 晩御飯が楽しみだわ。 ほっぺが落ちるぜ〜って魚屋さん、言ってたもの。 」

彼女は上機嫌で カセット・コンロをリビングに持ち出した。

「 あの写真だと もっと大きなコンロ使ってたけど。 これでも大丈夫よね〜

 冬に <なべ大会> やったとき使ったもの。 <なべ>って楽しかったわあ〜〜 

 そうね、また冬にやりましょう。 今晩は鉄板焼き風にしてみるわ。 」

リビングのテーブルに一応、キッチン・タオルをひろげ、カセット・コンロを設置して、博士特製の網を

その上に置いてみた。

「 う〜ん、いいカンジ♪ あとは〜〜  さん ま を並べるだけ、ね。 

 焼きたて が一番、なんでしょ。 楽しみだわあ〜〜

 それじゃ・・・大根なんとか  を用意しましょ。 え〜と?スライスしてみじん切りにすればいいわね。 」

ふんふんふん・・・・  ハナウタの一つも口ずさみつつ。

若奥さんは 自信満々・・・ 上機嫌だった。

空は真っ青な秋晴れ。 幸せいっぱいな午後がゆるゆると過ぎていった ・・・・ 

 

 

 

 

秋晴れの日は、夕焼けも紅葉色にくっきりと染まる。

眼下にひろがる海面にも ゆらゆら茜色の波が揺れていたがそれも僅かの間で、すぐに消えてしまった。

「 ・・・ おお。 すっかり暗くなってしまったのう。

 秋の日は釣瓶落とし ― か。 この国の人々は繊細な表現をするな・・・ 」

博士は ふ・・と本から顔をあげ 書斎の窓から暮れなずむ空を見上げた。

そろそろ一番星が 瞬きだすだろう。

今日も穏やかな一日だった  ―  感謝いたします・・・

博士は 誰にともなく呟くと天 ( そら ) を見上げるのだった。

 

 

 

「 ― 博士。 りびんぐデ すぷりんくらー ガ起動シタ。 」

 

突然 クーファンの中で寝入ってた赤ん坊が声を上げた。

「 なんじゃと!!? 」

「 煙探知機 モ作動シタ。 」

「 そ、それもリビングでか!? 」

「 ソウダヨ。 アト30秒デ、すぷりんくらー ハ全開スル。  」

「 な、なんじゃ〜〜 なにが・・・  フランソワーズ!!! 何があったんじゃ〜〜!! 」

博士は 勢いよく立ち上がるとなにもかも放り出しばたばたと駆け出していった。

「 ア・・・博士。 火事ジャナイヨ〜〜 ・・・ アア 聞コエナイカァ・・・ マ、イイカ・・・ 」

ふわ〜〜・・・っとアクビをし 寝返りをうつとスーパー・ベビーはすぐに寝入ってしまった。

 

 

「 ふ、 フランソワーズ!! どうしたッ?? 無事か! 」

博士は地下からの階段をふうふう言って駆け上がり、リビングのドアを開け放つと。

「 !? うわ〜〜〜 火事か?! ・・・ うん? ちょっと違う・・・ぞ? 」

白い煙がどどど・・・っと流れ出、同時にシュパーーーーとスプリンクラーの稼働音が聞こえ ・・・

さらに部屋の中から ― 悲鳴が上がった。

 

「 きゃァ〜〜〜   ジョー −−−− !!! 」

 

広いリビングの真ん中で。 なにやらまだぶすぶすと煙をあげているカセット・コンロの側で。

ずぶ濡れの若妻が 網 を抱えて座り込んでいた。

「 フランソワーズ!? 火元はどこじゃ〜〜 おい、無事か!? ・・・うわ・・・こりゃたまらん〜〜 」

博士は一歩踏み込んで 天井からの<豪雨>に悲鳴をあげてしまった。

「 なななな なんだ??  屋根が抜けたのか??  ・・・ あ スプリンクラー・・・か。 」

落ち着いてみれば、雨 ではなくスプリンクラーが噴霧する水なのだが・・・不意打ちされれば豪雨にも思えた。

「 ・・・ は ・・・ いや〜〜 アレはもうすぐ止まるはずじゃ。 うん、その設定のはず・・・ 

 おい、フランソワーズ? 大丈夫かね? 」

「 〜〜〜 さん まが! 今晩のオカズの さん まのしおやき が・・・ 」

フランソワーズは びしょ濡れのまま・・・呟いている。 

「 ・・・ ああ ・・・ さんま か。 」

シュワシュワシュワ・・・・ 濡れネズミの二人の頭上で <雨> は、いや スプリンクラーは静かに停止した。

「 あ・・・ 雨 ・・・ 止んだわ・・・ 」

「 ・・・ ああ。 止んだ ・・・な ・・・ 」

博士とフランソワーズは天井を見上げた ― その時。

 

    「  ― フランソワーズ ッ !!! 」

 

 バタンッ !!!

リビングのドアを蹴破る勢いで赤い旋風が 飛び込んできた。

「 フランソワーズ!! 大丈夫かッ !? 」

二人の前には。

黄色いマフラーを翻し、 きらめく深紅の防護服姿の。 最強戦士・サイボーグ009 が立っていた。

 

「 ・・・ ジョー ・・・・ お お帰りな さい ・・・ 」

「 ああ  ・・・ ジョー おかえり・・・ 」

 

「 ・・・ど ・・・どうしたんだい・・・? 」

009は。  目の前の惨状に ただ ただ・・・呆然と立ち尽くすのみ・・・!

すっかり馴染んだ・我が家の リビングは ―

<室内浸水> ・・・ 取り込みきちんと畳んであった洗濯物も 取り替えた カーテンも。

そして 博士も  ジョーの奥さんも  さんまも。   み〜〜んなびちゃくた  だった。

「 ・・・ あ いや、どうもな・・・その。 スプリンクラーが稼働したらしいのじゃ。 」

「 スプリンクラー??? リビングの、ですか??  ・・・ うわ・・・! 」

 ・・・ ぴちょん・・・と名残の一滴がジョーの頭上に落ちてきた。 

「 でも・・・どうしてです? リビングには火の気はないでしょう ? 」

「 ・・・ あの。 わたし が、ね。 網で焼いていたの。 晩御飯のオカズに ・・・ さん ま ・・・ 」 

「 !! 秋刀魚を ?? リビングで焼いたのかい?? 」

「 ええ・・・ 鉄板焼きみたいにしようと思って・・・ じゅじゅっと油が垂れるまで焼けばって魚屋さんが

 教えてくれたの。 ・・・それで ・・・ 焼き始めたら ・・・もくもく もくもく ・・・すごい煙・・・ 」

「 ・・・ そりゃそうだよ。 秋刀魚をリビングで焼く、なんて前代未聞だよ! 

 あれってさ、 すごい煙が出るし匂いもあるし ! 信じられない〜〜 !! 」

「 ・・・ ごめんなさい・・・ ごめんなさい・・・ 」

「 まあまあ・・・ジョー。 そんなにキツくいいなさんな。 ワシらは日本の食べ物にはまだまだ疎いし・・・

 フランはお前が好きだろうと思って張り切って用意していたのじゃし・・・な。 」

「 あ・・・ いや ・・・別に怒ってなんかいませんけど。 

 死にそうな<声> で呼ぶから・・・なにもかも放り出してすっ飛んで来ちゃったよ。 」

「 ・・・ ごめんなさい・・・ お仕事中・・・ 」

「 いや・・・ 火事でもなくてよかったけど。 でもなあ・・・スプリンクラーの水くらいでどうして・・・

 きみだって 003 じゃないか。 」

「 ジョー・・・ そりゃ戦闘中ならこんな水は何でもないがな。 

 まったくの日常、 頭上から水が落ちるはずがない空間におれば 誰でも仰天するものじゃぞ。

 現にワシも魂消てしまったしな。 」

「 ・・・ それはそうですけど。  ああ、ともかくここを片付けないと・・・

ジョーは びしょびしょのものを一纏めに集め始めた。

「 ・・・ ジョー。 わたしがやります。 あの・・・お仕事は。 」

「 仕事は・・・ 急用で、って早退してきた。 車に防護服、積んでおいてよかったよ、本当に。 」

「 ・・・ ごめんなさい・・・ ごめん・・・なさい ・・・わたし ・・・ ごめん な・・・ 」

ホロホロと びしょ濡れの頬に涙が転げおちてゆく。

「 ・・・ あ ・・・ そ、そんな・・・泣かなくても・・・ ごめん、ぼくこそ・・・ 」

「 ・・・ 泣いてる・・・場合じゃ ないわね・・・ ここ 片付けなくちゃ・・・ 晩御飯も・・・ 」

フランソワーズはぐちゃぐちゃになった洗濯ものやらカーテンやらを まとめ始めた。

「 あ、ぼくがやるよ。 きみと博士は着替えて・・・  あ。 電話だ。 」

ジョーは防護服の奥から携帯を取り出した。

 

「 ・・・ はい? ああ〜編集長! すいませんでした。  え? あ、急用は済みました。 」

仕事の話だろう、とフランソワーズはなるべく静かに 片付けを続けている。

「 ・・・え? そうですかァ〜 いやァ〜〜 ・・・ もうウチのは何も出来ないから・・・ 

 家事なんかてんでダメで・・・ いえ、いえ。  はい、明日はちゃんと。 はい、すみませんでした。 」

お辞儀までして ありがとうございました、を繰り返しジョーは電話を切った。

 

「 あの、さ。 弁当のことなんだけど。 あれな、今日ちょっと・・・ 」

「 ・・・ 口に合わなかったのね。 ごめんなさい・・・ わたし・・・お弁当も満足に作れないのね・・・ 」

「 そ、そんなことないよ! あの、そうじゃなくて・・・ 」

「 いいの。 気を使ってくれなくて。

 美味しいご飯もランチも作れなくて。 お部屋の中でさん ま を焼いたり。洗濯モノはべちゃべちゃだし。 

 ジョーの好みの服も用意できないし。  ・・・ 奥さん失格ね・・・ 」

「 フラン! そんな事! そんなこと、言ってないだろ。 」

「 ・・・ いいのよ。 こんな奥さん、いやでしょ。 ジョー・・・がっかりよね・・・ 」

「 なに言ってるんだよ? ばっかだなあ・・・ 」

「 ! ええ、おばかさんよ、わたし・・・ ジョー・・・ 奥さん、やめた方がいいわね、わたし。 」

「 フランってば。 ・・・ ァ おい ! 」

涙だらけの顔のまま ― フランソワーズは リビングを飛び出していった。

「 ・・・ おい・・・ フラン〜〜〜 

 

 

 

 タタタタタ ・・・・  バタン・・・!

 

泣きながら 彼女が無意識に飛び込んだその先は。 

「 ・・・・ あ。 

ドアを閉め、涙で一杯の瞳をあげてみれば  ・・・・ なにもない。 

「 ・・・ ここ ・・・わたしの ・・・ 部屋・・・ 」

その部屋に残っているのは ベッド・パットだけ。 

がらん・・・とした部屋の窓辺には 彼女のお気に入りのカーテンが揺れているだけだった。

そう、そこは娘時代の彼女の部屋だった。

「 ・・・ ! ・・・ わたし ・・・。 帰るところも ・・・ないの・・・ね・・・ 」

フランソワーズは 隅っこでお気に入りだったカーテンに寄りかかり膝を抱えて静かに泣き出した。

 

 

「 そんな・・・・ 一人で泣いたりしないでくれよ・・・・! 」

「 ・・・? ジョー ・・・?? 」

どれくらい経っただろう、不意に静かな声が降ってきた。

そう〜〜っと顔を上げれば、普段着のジョーが立っていた。

「 ぼく達の部屋にいないんだもの。 どこへ行っちゃったかと思ったよ。 」

隣、いいかな? とジョーはちょっとばかりはにかんだ風に言った。

「 ・・・・・・ 」

彼女は黙ったまま、ちょっとだけ身体をずらせた。 

「 ・・・ ごめん。 ぼく、言いすぎた。 ちょっとびっくりしちゃってさ。

 でも一番びっくりしてたのは きみだったのに・・・ね。 ごめん、フラン・・・ 」

「 ・・・ ごめんなさい ・・・わたしが ダメなの・・・ 」

涙声だけがやっと返ってきた。

「 あのさ。 今日のきみの力作・弁当はね。 編集長に進呈したのさ。 

 彼、忙しくてランチの時間、取れなかったから。  すご〜〜〜くすごく美味しかったって! 

 さっきの電話はね、 そのお礼だったんだ。 

「 ・・・ ほんとう? ・・・だって ジョーってば。 ウチのはなんにも出来ないって・・・ 」

「 あ。 う〜ん・・・あのさ、日本人って皆一応そんな風に言うんだ。 気にするなよ。 」

「 ・・・ でも。 だって・・・ わたし ・・・ ちゃんとやりたいのに・・・ ジョーの奥さんなのに・・・! 

 最初からこんなじゃ・・・奥さん・失格だわ・・・ 」

大きな碧い瞳からまたまた ポロン・・と涙が零れ落ちる。

「 ぼくだって。 きみのダンナさん、失格だよ。 きみ、レッスン、休んでたんだね? 

 博士に聞いて・・・ ぼくこそきみのこと、ちっとも見てなかった・・・

 一番側にいて 一番判ってなくちゃいけないのに。 何、みてるんだろう・・・! 」

「 ・・・ ジョー・・・! ジョーは ・・・ ジョーは ・・・ね・・・・ 」

「 なあ? そんな・・・一人ぼっちで泣いたりしないでくれよ。

 ―  一人で泣くのは ・・・ もうお終いさ。  だってぼく達 ・・・ 夫婦なんだか、ね? 」

「 ・・・ん ・・・ 」

「 笑ってくれる? ・・・ それで・・・ キスしても いいかな。 」

「 ・・・・・・ 」

島村ジョー氏の奥さんは 今までのどんな時よりも艶やかに・幸せいっぱいの笑みを見せた。

 

「 ・・・ジョー? ジョーはね・・・ 」

「 うん・・・? 」

あつ〜〜〜いキスのあと、彼の腕の中で彼女はこそ・・・っと囁いた。

「 ジョーはね。  世界一の旦那サマよ♪ 

「 ・・・ フランソワーズ・・・! 」

 

 

その頃。

ぐっちゃぐちゃのリビングから避難した博士は キッチンでぼ〜〜っとパイプを燻らしていた。

「 やれやれ・・・ 後はジョーに任せることにしよう・・・

 そうじゃ! 明日、イワンと 防煙・魚焼き機 を作ってみよう! うん、それがいい。 」

 

「 博士〜〜どこですかァ? これから 皆で張大人のトコに行きましょう! 」

二階から 明るい声が響いてきた。

「 おう! 了解じゃ。  ・・・ふふふ・・・ まさに雨降ってなんとやら、じゃなあ。 

 お・・・ いい月夜じゃ・・・ 」

博士は満面の笑みで テラスから庭を眺めた。

少々太めの三日月が 夜空に浮かび 秋の夜風に玄関脇のコスモスたちが可憐な姿を揺らしていた。

 

   ・・・ こうして ジョーとフランソワーズの新婚生活が始まった・・・

 

 

   *******  ちょこっとオマケ  ********

 

島村ジョー氏の趣味は  ― 意外とシブく釣りだったりする。

そんな氏の趣味を 島村夫人は頼もしい、と思っている・・・らしい。

「 ねえ、 ジョー。 今度、大人と釣りに行った時にね。

 さん ま をお願い。 今度こそ! ばっちり 美味しく塩焼きにするわ! 」

 

 ・・・ え。 さ、さんま???

 

花の都・パリ生まれの青い眼の若奥さんは。 

湘南の海にも 秋刀魚がすいすい泳いでいると信じて止まないのであった・・・

 

 

 

**********************      Fin.       ************************

 

Last updated : 10,20,2009.                              index

 

 

 

*************    ひと言   ************

え・・・ 前書き が全てに尽きるのですが。

一応平ゼロ設定です、でも平坊〜〜 がんばった! でしょ♪

秋の夜長・・・・こんな二人の <甘い・始まり> 小話は如何?

BGM は モモエさんの、というよりも さだまさし氏の 『 秋桜 』  デス♪

一言なりとでもご感想を頂戴できましたらすごく嬉しいです。

宜しくお願いいたします<(_ _)>