『 初陣 ・・・! 』
********** はじめに *********
このお話は 【Eve Green】様宅の <島村さんち>の設定を拝借しています。
ジョーとフランソワ−ズの双子の子供達はもう高校生になりました。
そして キリリク作品であります。
花林さま のリクエストにお応えして・・・
毎年楽しみにしている桜の花が散ると あっという間に季節は進み始める。
重いコ−トや厚いセ−タ−を脱ぎ、人々は足取りも軽く街を行き来するようになり
吹きぬける風も 若葉の匂いを運んで来、やがて新緑の木々を揺らす。
「 ・・・ あ〜・・・・ いい気持ちねえ・・・! 」
キッチンの窓をがらり、と開けフランソワ−ズはううう〜〜〜んと伸びをした。
海岸沿いの崖っぷちに建つこの家は たえず波の音がきこえ海風が通り抜ける。
ほとんどの部屋から海原が見下ろせるのだが、キッチンからだけは裏山が見えた。
山、といっても小高い丘に雑木林が張り付いている程度なのだが、
フランソワ−ズはこの景色がお気に入りだった。
「 う〜〜ん・・・ 随分緑が濃くなったわねえ・・・ ああ、もう5月ですものね。
風薫る五月、若葉もオトナになり始めるころ、か・・・ 」
とんでもない運命の逆風に翻弄されたその果てに この極東の島国に住むようになり。
とうとうセピアの瞳をしたこの国の青年と結婚した。
仏蘭西生まれの金髪碧眼の乙女は いつのまにやらこの国で過した時間の方が長くなりつつあるのだ。
「 さあて。 ウチの若葉ドモの食事の用意を始めないと・・・ね。 ・・・ あら?
・・・・ ああ、宅配さんね。 」
外見は少々年代モノの洋館にみえるこの邸、じつは要塞にも匹敵するセキュリティ・システムで
がっちりと護られているのだ。
門はもちろん、はるか坂の下、私道への入り口に隠しセンサ−が設置されている。
新聞や郵便の配達、ス−パ−のデリバリ―・サ−ビス・宅配便・・・ お馴染みの面々は
チェックの上、フリ−パス、 家族と<仲間たち> は勿論生体センサ−で素通りなのだ。
実はこの家には そんな機械よりもずっと精巧・緻密な <探索エキスパ−ト>がいるのだが、
日常生活で、ソレが稼働されることはほとんどなかった。
「 あら? なにか頼んだかしら。 あ・・・ また すばるがなにか通販で買ったのかな。
あ・・・ は〜い、今 行きますよ〜〜 」
センサ−の情報からほどなくして玄関のチャイムが鳴った。
「 は〜い・・・・ お待たせ。 まあ 大きな荷物ね? 」
「 まいど! はい、重いですよ〜 」
「 そうなの? それじゃ・・・ ここに置いてくださいな、 どうもご苦労さま。 はい、ハンコ。 」
「 ・・・ ども! ありがとございました! 」
顔馴染みになった宅配便のお兄さんは 美人のオクサンに微笑んでもらい、嬉しそうな顔で帰っていった。
「 あらら ・・・ なにかしら。 やだわ、すばる宛じゃないの。 ??? え〜〜??
〇〇〇印刷所? ジョ−宛との間違いじゃないの? ・・・ 島村 すばる 様。 へんねえ。 」
フランソワ−ズは荷物の送り状を眺めしばらく首をひねっていた。
何回見直しても <宛先> は 島村 すばる様。
出版社勤めの彼女の夫ではなく、高校2年になる彼女の息子なのである。
「 ・・・ まあ、ともかく。 こんな邪魔っけなの、玄関に置いておけないわ。
あのコの部屋へ突っ込んでおかなくちゃ。 」
島村さんのオクサンは 両手をそのダンボ−ル箱にかけるとひょい、と持ち上げた。
そしてそのまま・・・ 二階へ、子供達の部屋へと階段を登りはじめた。
「 あ・・・らら・・・前が見えないわねえ・・・ もう! 」
えい、かまうものか! と島村夫人はカンを頼りにがしがしと進んでいった。
長年住み慣れた家である、階段なんぞ目を瞑っていてもちゃ〜んと登れる。
「 いったい何かしら? ほんと、かなりこれは重いわねえ。 それもずっしり・・・すばる、持てないかもね。
う〜〜ん 中味、見たい! ・・・けど、ダメ。 」
それにしても・・・ フランソワ−ズはちょびっとブル−な溜息を吐く。
ついこの前までは お母さん お母さ〜ん・・・! とピイピイ連呼し彼女のスカ−トの端をぎっちり
握っていたのに。
同じ日に生まれた<姉> にやり込められ、やっぱりピイピイ泣いて彼女の膝に縋ったりしていたのに。
年中姉の後にくっついて、それでもいつもにこにこ・・・いつも平和で可愛い・すばるクン。
級友のお母様方にも近所のおばちゃん達にも 絶大な人気の可愛い・すばるクン。
そんな彼女の息子は 声変わりをする頃、髪も母と似た色に変わっていった。
そして。
「 ねえねえ、すばる。 お弁当、なにがいい? スコッチ・エッグにする? ハンバ−グ? 」
「 ・・・ なんでもいい。 」
「 オヤツ、出来てるわよ。 すばるの好きなオ−ツ・ビスケット、焼いたの。 今日はレ−ズンいり♪ 」
「 ・・・ うん。 」
「 ねえ? 部活って、試合とかないの? お母さん、見たいな〜〜 ねえ、教えてよ。 」
「 ・・・ ない。 」
「 え〜 そう? だってこの前、地区予選通ったのでしょう? 次はなあに、県大会? 」
「 来るなよ! ぜったいに来るな。 」
「 まあ、なんなの、その言い方。 いいじゃないの、邪魔しないし〜そうっと見にゆくだけよ。 」
「 それでもだめ。 来なくていいよ。 」
「 え〜〜 意地悪〜〜 ケチ〜〜 」
「 イッテキマス。 」
「 ま! もう〜〜 なんなの、あんたってば! 」
そう、中学も後半になった頃から 可愛いすばるクン はてんで彼女を相手にしてくれなくなったのである。
おまけに いつもにこにこ・・・・はどこへやら、年中むす・・っ!としている ・・・風に見える。
あ〜あ・・・! 息子なんてちっちゃいうちだけねえ・・・・
それに 折角娘がいるのに。 一緒にショッピングに行ける年になったら居なくなっちゃうし・・・
最近フランソワ−ズはキッチンで特大の溜息をつくことが多くなった。
顔立ちはなかなかよく似ていた彼女の娘は高校に入った年にパリへ留学してしまった。
見た目はそっくりでもてんで性格の違うこの娘と、子供のころからあまり上手く行ってはいなかった。
しかし 居なくなってみればやはり淋しい。
賑やかな娘と無口になった息子、そして相変わらず穏やかで優しい夫・・・
わたし・・・! 最高に幸せだわ。 こんなに幸せで・・・ いいのかしら
島村夫人は よく、独り言みたくに歎声していたものだが・・・
彼女の <幸せ> はすこしづつ変化し始めていた。
「 入りますよ〜〜 はい、失礼します。 」
フランソワ−ズは主のいない部屋にむかって声を張り上げると ばん!とドアを蹴飛ばした。
ギ ・・・ 多少軋みつつ、息子の部屋のドアが開いた。
― 本当は。
「 母さん! 勝手に部屋、はいんないでくれよ。 」
「 あら。 だってゴミだらけじゃないの! すばる、お掃除してないでしょう。 」
「 ・・・・・・・ 」
「 あなたの部屋からウチ中に埃を持ち出さないで欲しいの! 」
「 ・・・ なら、声、かけてからドア開けてくれよ。 」
「 わかったわよ。 ・・・ 本当に、整理整頓できないのはお父さんそっくり! 」
「 ・・・ オヤジと一緒にするなよ。 」
「 だってそっくりなんだもん。 やっぱり父子 ( おやこ )ね〜〜 」
「 ・・・ ( ふん )・・・ 」
「 ・・・ ( ・・・ あら? 全然乗ってこないのね? ・・・つまんな〜い・・・! ) ・・・ 」
息子ともなにやら最近はあまり上手くいっていないのだ。
・・・ というより、すばるの方が一方的に母を避けているみたいである。
ちょっとちょっと・・・! なんなの〜〜??
もしかして ・・・ 反抗期?? でも、いつまでたってもコドモねえ・・・
彼女が島村氏と初めて出会った時、彼は今のすばるとそんなに変わらない年頃だったけれど。
彼は ・・・ オトナだった。 外見は少年の面影を濃く残していたが
その中味は恐ろしいほど醒めた目をした孤独なオトコだった・・・・
それなのに。 彼の息子ときたら。
なによ なによ! 偉そうな顔、しちゃって・・・・!
アンタなんか つい最近までぴいぴい泣いて お母さ〜んて胸にすりすりしてたくせに
・・・あああ ・・・ 息子なんて つまらないわあ・・・
フランソワ−ズはまたまた溜息・溜息・・・である。
案の定 すばるの部屋は。
「 え〜と? ・・・ま、なんなの〜〜 この散らかりようったら! 紙だらけじゃないの?
なにやってるのかしら。 工作? まさかね、高校生にもなって。 」
どどん!とダンボール箱を机の脇に置くと 彼女はその部屋を見回しまたまた溜息である。
「 学業だけは真面目にやっているようだけど・・・ この紙っきれとこの箱と・・・
なにか関係があるのかしらねえ? う〜〜ん?? 」
高校生になってから すばるは友人が増えた。
文字通り・幼馴染の わたなべ君 とは今も仲良く行き来しているけれど、
最近は休みになるとちょっと・・・そう、少々毛色の変わった <トモダチ> が訪れる。
彼らは思いの外 礼儀正しくて、気持ちのよいワカモノ達だったけれど・・・・
すばるの部屋に篭ってなにをしているのやら、皆目不可解な存在なのだ。
「 ふうん?? 試験勉強・・・とも違いそう。 その時期じゃないし。 ワルイ事をしている風でもないし。
そうそう、この前なんかフランス人の男の子がいたわよねえ。 」
床の上にまで散乱した紙やら本やらDVDやらを片寄せ、フランソワ−ズは眉を顰めた。
「 やだわ・・・ 本当に埃だらけじゃないの・・・! 空気を入れ替えなくちゃ! 」
テラス側の窓を大きく開け放った。
こもった埃っぽい空気が さ〜〜っと追い払われてゆく。
「 う〜〜ん・・・・ いい気持ち! ・・・ふふふ、お兄さんの部屋もこんなカンジだった頃があったわ。
あのコ・・・ちょっと後ろ姿とかお兄さんに似てる、かな・・・ 」
窓の外に拡がる青い空に ふ・・・っと飛行機の影が見えた・・・気がした。
「 ・・・ こんな空だった。 ちっちゃい頃はパパの。 それからお兄さんの・・・・ 」
遠くの空を追う彼女の瞳には 父の 兄の。 機影が映っていたのかもしれない。
・・・ バタン・・・!
突然 階下からドアの開ける音 と しめる音 が響いてきた。
「 ・・・え!? 玄関のドア?? いっけない、ぼんやりしてて・・・ は〜い!? 」
フランソワ−ズは慌てて息子の部屋を飛び出した。
「 はい、どちら様?? ・・・ あれ? わたし、ロック解除していないわよ?
それにセンサ−のアラ−ムも聞こえなかったけど・・・ もしかしたら・・・ 」
素手であることに一抹の不安を感じ、階段の途中で彼女はスピ−ド・ダウンした。
そんなことは考えたくないが、万が一、ということもある。 慌てて飛び出せば標的になるだけだ。
できるだけゆっくりと玄関ホ−ルへのドアを開ける。
「 ・・・ どなた様ですか。 」
「 ・・・ ただいま。 」
「 こんにちは! お邪魔します〜〜! 」
「 コンニチハ。 」
玄関には 3人の少年が立っていた。
同じ制服で鞄を持ち どうみても学校帰りの様子だ。
「 あ・・・ な〜んだ・・・ すばるじゃない。 黙って入ってくるから・・・びっくりだわ。 」
「 ・・・・・・・・ 」
「 あ、こんにちは〜〜 お邪魔します。 」
「 あら、わたなべ君! どうぞどうぞ、 さあ上がって頂戴。 あら? こちらは・・・え〜と? 」
「 オレらのクラス・メイトで・・・ 交換留学生なんです。 あ、おばさんトコの国のヤツ。 」
お馴染み・わたなべ君の横には金髪碧眼の少年が立っている。
「 まあ〜〜 そうなの? わたなべ君、ありがとう!
Bonjour Monsieur ? Je m'appelle Francoise, maman de
Subaru. 」
「 失礼仕りまする。 拙者、くろ−ど・でゅぼあ と申すもの・・・・
すばる殿のご母堂様でいらっしゃいますか。 お見知りおきを! 」
「 はへ??? ・・・あ まあ。 どうぞ宜しくお願い ・・・ イタシマス ムッシュ・デュボア 」
突然 がば!っと最敬礼され、 フランソワ−ズはびっくり仰天してしまった。
「 ご母堂様! どうか・・・ 内蔵助、とお呼びください! 」
土下座までしかねない雰囲気でムッシュ・デュボア ・・・ いや くらのすけ少年はさらにアタマを垂れる。
「 あ・・・ は、はい・・・ あのう?? 」
「 おばさん ・・・ こいつ、オタクなんですよ〜 時代モノオタクで・・・
も〜オタクが高じてガリ勉して留学生試験に通ったっつ〜ヤツなんだ。 」
「 ・・・ オタク・・・? ・・・・でも凄いわね、勉強家なのねえ。 ああ。どうぞ、上がって頂戴。
すばる! ちゃんとご案内なさいよ。 ああ 昼間あんた宛に荷物きてたわよ?
なんだかすご〜〜く重たいの。 ナントカ出版・・・? 」
「 ・・・! 来た! おい、来いよ〜〜! 」
「 おう! ばっちし! 」
「 お見事、 いざ・・・見参! 」
少年たちは ぱっと顔をかがやかせ ― どどどど・・・っと二階のすばるの部屋に駆け上がっていった。
「 ・・・ な ・・・ なんなの ・・・? 」
玄関には。
脱ぎ散らかされたスニ−カ−が 3足 と 呆然と佇む母がひとり。
「 ・・・ もう〜〜〜 一体 なんなのよ??? 」
それはGWを目前に控えた 晩春の夕方だった。
結局その日、 3人はすばるの部屋に閉じこもり夕食の時間も過ぎそうになるころ
ようやくそれぞれ家路についたようだ。
「 失礼しま〜す! すばる、そんじゃ。 ・・・ 当日! 」
「 ・・・ ん! 」
「 しまむら氏! 拙者も応援いたす。 」
「 おう! お頼み申す〜〜だぜ! 」
少年達は別れ際も玄関でなにやらひそひそ・こそこそやっていた。
「 それでね。 なにがあったの? って聞いたんだけど・・・・ 」
「 例によって <別に> だったんだろ? 」
「 そうよ、そうなのよ〜〜 それでね、それっきり。 もう晩御飯の間中 ず〜っとムスっとしたまま・・
ほんとうに最近のあのコって なんなの〜〜 」
島村さんのオクサンは ぼすん!とふかふかの枕に拳骨をお見舞いした。
そんな彼女を島村氏はにこにこ・・・満面の笑顔で見つめている。
ジョ−は最近、いやこの数年仕事がどんどん忙しくなっていて、まともに帰宅する日は数えるほどなのだ。
今日も帰宅は日付変更線内、ギリギリ・・・
バスル−ムに直行し あとはベッドに倒れこむ、といった調子なのだが。
さすがにオクサンのただならぬ雰囲気に気が付いたらしい。
「 ははは・・・ 一応、勉強はちゃんとやっているんだろ、アイツ。 」
「 ええ、それは、まあ。 でもね! 聞いて。 学校からのプリントとか・・・ちっとも持ってこないの。
ねえ、男の子って みんなあんな風なの? 」
フランソワ−ズはがば!と起き上がり真剣な表情でジョ−を見つめた。
お・・・? なんだかかなり煮詰まっているかな?
いや〜〜 最近遅くて全然 相手してやってないからなあ・・・
ふふふ・・・ それにしても 相変わらずキレイだなあ〜 うん、ぼくのオクサンは最高だ♪
ジョ−はちょっとばかり申し訳ない気分で 彼女の真剣な眼つきを眺めていた。
「 う〜ん ・・・そうかもなあ。 ぼくはさ、親ナシっ子だからそういう体験がないけど・・・ 」
「 ・・・ ごめんなさい、ジョ−。 わたしったら・・・自分のコトばっかり・・・ 」
「 あは、いいっていいって。別にもう気になんかしてないし、事実なんだし。
ま、ヤツの気持ちも判らなくはない、けどね。 」
「 え〜〜 そうなの? ねえねえ、それじゃ どうして? どうしてすばるはあんなに無愛想なコに
変身しちゃったの? 」
「 変身か〜〜 あははは・・・そりゃそうかもな。 あのにこにこ笑顔のすばるクンだものな。 」
「 そうよォ すぴかは笑ったり怒ったり泣いたり賑やかだったけど、すばるは大抵どんな時でも
にこにこしてるコだったじゃない? ・・・あら、そうね、あんまり叱った覚えもないわねえ? 」
「 そう言えばそうかもな。 ヤツは大人しいイイコな坊主だったな。 」
「 そうよ! それが ・・・どうして・・・。 もう〜〜最近なんてほとんど口、きかないの。
なにか聞いても ううん とか いや。 とか。 別に〜 とかばっかり。
そうそう、部活の試合とかもね、 絶対に見に来るな! って言うのよ〜〜〜 」
「 あははは・・・ そうか、うん・・・ まあ、ヤツもまっとうな発育をとげてる青少年ってことさ。 」
「 どういうこと? 」
ジョ−は一人で大笑いしている。
フランソワ−ズはますます眉間に縦ジワで、夫の腕をゆさゆさと揺さぶった。
「 ねえねえ〜 教えてよ。 わたし、晩御飯の間も孤独なのよ〜〜 」
「 あは・・・・・ごめん、ごめん。 なるべく早く帰るようにするからさ。 」
「 お願いね。 いくらジョ−でも 身体、持たないわ。 ・・・ねえ、それで? 」
「 うん ・・・ ああ、ヤツはな、 照れ臭いのさ。 」
「 ・・・ 照れ臭い?? 」
「 そ。 高校生にもなってお袋サンにあれこれ世話を焼かれるってコトにムズムズくるんだろ。 」
「 だって! 放っておいたら 部屋はゴミだらけ、制服だってぐしゃぐしゃじゃないの! 」
「 うん・・・ そりゃ、そうなんだけど、さ。 オトコって妙なプライドみたいなのがあるんだ。
それにな〜 試合に来るなってのは・・・ 」
ジョ−は腕を伸ばし、頬を紅潮させている彼のオクサンを引き寄せた。
「 ・・・ あん ・・・・ なあに、それで? 」
「 こ〜んな美人のお母さんを皆に見せたくないんだろ。 ま、ヤツはマザコン、間違いナシ!だな。
・・・んんん・・・ ぼくだってさ〜 100%オクサン・コンプレックスさ。 」
いきなり熱いキスが フランソワ−ズの唇を襲う。
「 きゃ・・・・ んんん ・・・・ ジョ−・・・ったら・・・・ もう・・・
いやぁねえ・・・ オクサン・コンプレックスってなによ、それ〜〜 」
「 ふふふ・・・ それはねえ、オクサン以外の女性 ( ひと ) にはてんで関心を示さず・・・
そうだな、この女性 ( ひと ) のことしか考えられないってオトコのことさ。 」
するり、とジョ−の手がネグリジェの裾から忍び込み、捲りあげる。
「 あ・・・ なにを・・・ もう〜〜 ジョ−ったら。 ねえ、すばるのコトだけど・・・ 」
「 うん? ・・・ んんん ・・・ おい、こんな時に他のオトコのことなんか考えるなよ。 」
「 他のオトコって あなたの息子じゃないの。 ・・・ きゃ ・・・ もう〜〜 ・・・ 」
「 息子でもオトコはオトコ! 特にアイツはなあ〜 ぼくの生涯のライバルだからな! 」
「 ・・・ まあ、ヤキモチ妬いてるの? 可笑しなジョ−ねえ・・・ う・・・ や・・だ、そこ・・・ 」
「 ふん。 ヤツのことは放っておいても大丈夫さ。 ちゃんと友達もいるんだろ? 」
「 ええ。 わたなべ君とはず〜っと仲がいいし。 そうそう、フランス人のクラス・メイトも来たわよ。 」
「 へえ? なら 心配いらないよ。 もう・・・ヤツのことは忘れて ぼくに掛かりきりになってくれ。
・・・ 昔みたいに、さ。 アイツらが出現する前みたいに・・・ 」
「 ・・・・ んんん ・・・ あ ・・・・あぁぁぁ ・・・ もう・・・ヤキモチ ・・・ね 」
「 オトコはな、 み〜んなヤキモチ妬きなのさ。 ・・・ 今夜は 寝かさない・・・! 」
「 ・・・ ジョ ・・・- ・・・・! 」
もう・・・ このひと、真面目に息子に嫉妬しちゃうのよね・・・
・・・ あ ・・・でも。 ・・・あああ・・・ もう だめ・・・
く ・・・ゥ 〜〜 ああ、やっぱり。
ぼくには フランがいないと だめなんだ。 息子になんか・・・負けるものか!
夫婦の寝室はたちまち甘い吐息と熱い情熱でいっぱいとなり、 仏頂面の息子のことは
きれいさっぱり忘れさられてしまった・・・!
風かおる5月も近い晩 島村さんち は一足早く情熱の季節が 巡ってきたのかもしれない。
うわ〜〜〜・・・・・ん ・・・・・!
とてつもなく高い天井に とてつもなく沢山の音が立ち昇ってゆく。
・・・ すげ ・・・ なんか・・・負けそう・・・
あんまり巨大な建物の中にはいると、自分自身の矮小さを より一層自覚してしまうものだ。
少年は 呆然として周囲を 上を 見まわしている。
勿論、<初めて> ではない。 何回も訪れて、それなりに詳しいつもりだった。
しかし。
真っ向勝負を挑むのは今日がお初なのだ。
今日は 彼の、彼とそのしんゆう とのいわば初陣なのである。
「 おい、すばる! ぼんやりしてないで〜荷物、開けろよ。 」
「 あ・・・わりィ。 今 やるよ。 まずは・・・っと クロス! あれ、敷いたほうがいいだろ。 」
「 お、そだった。 え〜と・・・あれは俺がおふくろの戸棚から失敬してきたんだ。 ・・・あった! 」
「 うひゃ・・・・ 赤かよ。 」
「 いいじゃん、目立って。 あれ、そういえば、すばる、お前キャップ、被らんの。
アタマ、目立つのやだって言ってたじゃん。 」
<しんゆう>君は すばるの短く刈り込んだアタマを指した。
「 ・・・ オレ。 目立ってる・・? ここで。 」
すばるの指先を追ってわたなべ君は 改めて周囲を見回した。
「 う ・・・ いや。 お前・・・ってか俺ら ・・・ 思いっきり地味! 」
「 ふん、俺たちは <中味で勝負> なのさ! 」
「 そ、そうだよな。 よし! この棚、持ってきたんだ。 こっちで会計するだろ〜 それで・・・ 」
「 ・・・あ!! しまった〜〜〜 ! 」
「 なんだよ? どうしたんだ、すばる。 」
「 わたなべ〜〜〜 おれ!どうしよう・・・・ 忘れもの しちまった! すまん! 」
「 おい、何を忘れたんだよ? だって<主役>はちゃんとほら、ここにあるぜ。 」
「 ・・・すまん〜〜〜 釣り銭、忘れちまった〜〜〜 ! 」
「 ええええ??? ど、どうすんだよ〜〜 」
そうなのだ。
所謂 GWの一日、 島村すばる と 彼の親友・わたなべ君は 有明 ( ありあけ ) の有名イベントで。
同人サ−クル・デビュウ をしたのだった。
「 もうすぐ <一般>入場だぜ? オレらの本、ちょっきり値じゃないからつり銭必須だよ! 」
「 ううう・・・・すまん〜〜 おれ、取りに帰る! 」
「 んなことしたら戻ってくるの、昼頃じゃん? オレらの家、ここからかなりあるぜ。 」
「 ・・・くそ・・・ そうだ! オヤジに持ってきてもらうよ! まだ少し早いだろ。 」
「 え・・・ おじさん、家にいるのか。 」
「 ああ、今日は珍しく休みだって言ってたし。 お袋といちゃいちゃしてるんだろ。 」
「 お前ンとこ、仲いいもんな〜 あ、でも頼める? 」
「 今! 電話してみる! 」
すばるは大慌てで携帯を取り出した。
「 あ〜あ・・・折角のお休みで こ〜〜んなにお天気がいいのにぃ〜〜
ジョ−は急ぎの打ち合わせで出かけちゃうし。 すばるも朝早くから出かけたし
つまんないなあ〜〜 」
フランソワ−ズは テラスへの窓を全部開け放ち、カ−テンもきっちり絞った。
海を渡ってくる風も日ごとに軽くなってきていて 崖っぷちのこの邸に初夏の雰囲気を届けてくれる。
世間では GWとか海外旅行とか大いに湧き立っているのだが 島村さんの奥さんは
手持ち無沙汰で時間を持て余しているらしい。
夫も子供たちもいない家は がら〜ん・・・としていて淋しかった。
「 ・・・ お掃除もお洗濯もしちゃったし。 ああ、お庭の手入れ、しましょう!
そうそう 苺も摘んでおかなくちゃ。 ・・・ そうだわ、お墓にもお供えしてきましょうか。 」
フランソワ−ズは帽子を被ると籠と園芸ハサミに手をのばした。
ギルモア博士は数年まえ、その波乱に満ちた生涯を終えた。
最後は愛する家族、息子達や娘、そして可愛い孫たちに看取られ穏やかに旅立っていった。
そして いま。 岬のはるか大海原をみわたす地に眠っている。
ジョ−達は足繁くかよい花やら博士の好物を手向け 生前と同じように語りかけたりしている。
博士は今も しっかりと彼らと共に生きているのだ。
「 ねえ、博士 ? わたし ・・・ <お母さん> 卒業みたいなんですけど。 どうしましょう?
答えてくださると いいのだけどなあ・・・ あら? 」
庭サンダルを突っ掛けた途端に、携帯が鳴った。
「 ・・・ ヘンねえ? わたしのじゃないみたい・・・ あ! ジョ−ったら・・・また! 」
サンダルを脱ぎ飛ばし あわててリビングに戻ればソファの隅っこでジョ−の携帯が盛んに喚いていた。
「 やだわ、また忘れていったのね! 持ってきてくれ〜 かな?
・・・ もしも〜し? ジョ−ォ? 愛してるわ♪ ・・・?? ・・・・え? やだ! すばる?? 」
甘い声を出したのだが ・・・ 残念! 相手は <仏頂面の息子> であった。
「 ・・・え? なにを? ・・・・ええ ・・・・ええ。 どこに。 ・・・ アリアケ? それってなに。
え???番号??? なにの番号? すぺ−す?? お母さん、ナニがなんだかさっぱり・・・
ええ、ええ。 わかったわ、はい、ちゃんと書き止めたわよ? 東 さ − 93a ね?
はいはい、すぐに行きますよ。 うん・・・ じゃね。 」
フランソワ−ズは静かに通話を切った。 そして ・・・ 声高に宣言した。
「 ・・・ それでは! 緊急ミッション、開始!
まず、リ−ダ−の009に連絡しなくちゃ。 ・・・え〜と わたしの携帯、携帯は・・・ 」
「 なあ? どうだった? おじさん、持ってきてくれるって? 」
「 ・・・ ヤバい! ヤバいよ〜〜 」
「 ?? ヤバい? だってちゃんと話、してたじゃん、すばる。 」
「 ・・・ ヤバいよ〜〜わたなべ〜〜 お袋だったんだ。 彼女、来ちゃうよ〜〜 」
「 ああ、いいじゃん、べつにおばさんでも。 ともかくつり銭がくれば・・・
それにさ、お前んとこのおばさん、美人だし〜 若いし〜 ウラヤマシいよな。
オレっちの母ちゃんに爪の垢でも煎じて飲ませたいよ〜 」
「 ふん、イイトシこいてやたら若作りなんだ、もう〜〜勘弁してほしい! 」
「 お前な〜すばる。 そんなコト言ったらバチ、当たるぜ? あ、内蔵助だぜ。
お〜〜い! くらのすけ〜〜 ここ、ココ!! 」
「 おう! わたなべ氏 ( うじ ) しまむら氏! よいお日和でありますな。 」
日本オタクのムッシュウ・デュボアが人波を掻き沸けやって来た。
「 くらのすけ! 早いな。 ここ、すぐにわかったかい。 」
「 いやあ〜〜 大層な混雑で魂消てしまいましたが、皆の衆、ご親切でした。 」
「 くらのすけ、お目当てのサ−クル、どこだい。 ジャンプ系は〇〇の方だぜ。
この辺はオレら特撮モノばっかさ。 」
「 おい、わたなべ。 お前、くらのすけと回ってこいよ。 こいつ、一人じゃ迷うじゃないかな〜
オレ、つり銭くるの、待ってるからさ。 」
「 え、そうか〜すばる? それじゃ・・・・ あ、おれの小銭、置いてゆくよ、つり銭が来るまで・・・ 」
「 なんですか? 拙者もお役に立てますでしょうか。 え? コイン? え〜っと・・ 」
わたなべ君とくらのすけ氏は財布を取り出し 小銭とかき集めている。
「 あ〜〜 悪ィ〜〜 サンキュ、二人とも。 うん、多分お袋、もうすぐ来ると思うんだ。 」
「 そんじゃ ば〜〜っと回ってくるわ。 あ、お前の買い物もしてくるぜ。 」
「 おう、そんじゃ・・・ コレ。 」
「 ラジャ♪ じゃ・・・ちょっとな。 行こうぜ〜 くらのすけ。 」
「 ご同行、傷み入りまする。 」
「 ・・・ お前、立派なオタクだよ。 」
に・・・っと笑顔をかわし、わたなべ君とくらのすけ氏は人波の中に飛び込んでいった。
すばるは手持ちの小銭を数えている。
「 う〜ん ・・・ つり銭、足りるといいけどな・・・
あ、いらっしゃいませ〜 はい、こっちは資料集ですね〜 主にメカ関係。
これは脚本と演出・声優陣の資料です。 ・・・あ、ども。 両方で ・・・円です。 」
お客さんはひっきりなしに行き来し、すばるはあたふたと応対を続けていた。
・・・母さん、まだかよ〜〜〜???
ウチからだと・・・ うん、もう着いてもいいころじゃん。 あ、迷っているのかな・・・
まさかなあ・・・・ いざとなれば能力 ( ちから ) を・・・ いや そんなこと、しないか・・・
すぴかもすばるも。 今は両親の特殊な事情についておおまかには了解していた。
実際に目にしたことはないが、ギルモア博士が子供達のために残してくれた資料で知識を得たのだ。
「 あ〜〜すいません、細かいの、ありませんか。 あ・・・ほんと、すいません〜〜 」
お客さんが小銭をかき集め 支払ってくれなんとかなったのだが・・・
「 ・・・やべ〜〜 ちょっとコンビニで崩して・・いや、それは無理だなあ・・・
母さん〜〜 どこ、うろうろしてんだよ〜 ちょっと電話・・・ ん? 」
ざわざわざわ・・・・
人波の彼方からなにか微妙な動きが伝わってくる。
声にならないどよめきみたいな なんともいえない雰囲気が漂ってきた。
「 なんだ? 誰か ・・・ 有名人とか? あ・・・! 」
「 すばる〜〜〜!!! ああ、やっと見つけたわ!! 」
・・・ お、お袋・・・
島村すばるクンの目の前には。 金髪碧眼の美女がひとり、大きなバスケットを抱えて立っていた。
「 すごいヒトねえ! それにものすご〜〜く広いのね、ここ。 ねえねえ、なにの催しなの? 」
「 ・・・母さん。 オレが頼んだモノ・・・ 」
「 え? あ、ああ・・・ え〜と・・・ ああ、これね。 ずっしり重いけど、なあに? 」
重い、といいつつも彼女は片手でその包みをひょい、とバッグから取り出し、すばるに手渡した。
「 ・・・わ、重! あ・・・ありがと。 うひゃ〜〜これでなんとか・・・ 」
「 ねえねえ、すばる。 これって本のフリ−マ−ケット? あんた、本を書くの? 」
「 いや・・・本っていっても・・・。 あ、お袋、さんきゅ、もういいよ。 混まないうちに帰りなよ。 」
「 ま〜あ! わざわざ忘れモノを届けてあげたのに、なんて言い草?
お母さんはあなたをそんなコに育てた覚えはありませんよ? ありがとう、は?
それにね、帰りは大丈夫、お父さんの車で来たの。 今、パ−キングのとこにいるわ。
・・・ すばる君。 聞こえましたか。 ありがとう、は。 」
「 ・・・ さっき 言った。 」
「 じゃ、もういちど。 ・・・すばるクン、お返事は? 」
「 ・・・ ありがとうゴザイマシタ。 」
「 よろしい。 ねえ、これ。 差し入れなのよ。 あら、わたなべ君は? 一緒なんでしょう? 」
大きなバスケットをでん!とすばるたちのスペ−スに乗せ、フランソワ−ズはきょろきょろ辺りを見回している。・・・周囲のサ−クルさんたちも。 遠巻きにしているお客さんたちも。 じ〜っとこの美女を見つめている。
ああ・・・! マズいよ〜〜 皆 どん引きじゃないか〜〜
「 母さん・・・ それ、 そこに置かないでくれる。 お客さんが オレらの本、見れないじゃん。 」
「 あら! ごめんなさ〜い。 まあまあ・・・・みなさんの邪魔をしてしまったかしら。 そうだわ! 」
彼女はバスケットからなにやら小さな包みを取り出すと隣近所に配り始めた。
「 お邪魔してごめんなさいね。 これ・・・わたしが焼きましたの、いかが。 」
「 ・・・あ ・・・・あ、ども・・・ 」
「 すばるの母ですの、どうぞ すばるをヨロシクお願いしますね〜 」
「 しえ〜〜〜〜 ハハ・・・! 」
周囲ではまたまた声にならないどよめきが沸き起こる。
・・・な! なにやってんだよ〜〜〜!
オヤジ! お〜〜い、早くお袋、引き取ってくれよ〜〜
すばるは真っ赤になりあわてて母のスカ−トを引っ張った。
「 母さん〜〜〜 ほ、ほら。 他のトコにもお客さんがこれないって。
な、オヤジは? おれ、携帯で呼んでやるよ。 え〜と・・・ そだ、東の出口で待ち合わせたら?
な、な? ここいらは外が気持ちいいよ〜〜 海も見えるし。 な、な? 」
「 ・・・ 海なんて毎日見てるわよ。 でも・・・ま、いいわ。 ジョ−とすこしお散歩しようかな♪
それじゃね〜〜 すばる。 わたなべ君によろしく〜〜 」
「 あ・・・ああ・・・ 」
件の美女はひらひら手を振ると軽い足取りで去っていった。
「 ・・・ なんかさ、彼女。 な〜んかのキャラに似てない?? 」
「 うん。 さっきからそう思っているんだけど。 なんだっけか。 え〜と・・? 」
「 ガイジン、だよねえ? でも凄い日本語 ぺらぺら・・・ 」
「 そうだ! ほら・・・ 自動翻訳機ってのがあって・・・う〜〜ん??? 」
わ・・・! 思い出さなくていいよ!
知らない、知らない! オレはな〜〜んにも知らないからな・・・!
すばるはまさに穴があったらもぐりこみたい気分で自分のスペ−スの中で身を潜めていた。
「 ふう・・・ それにしてもすごいヒトだわねえ・・・ それも若いコがほとんど?
み〜んな荷物いっぱいねえ・・・ あの本、買ってるのかしら。
あ! すばるの本、貰っておけばよかったわ。 」
フランソワ−ズは 東ホ−ル出口 へ向かったのだが、人波に押されなかなか進まない。
「 ジョ−、待っているでしょうねえ。 連絡しておこうかしら。 あら? なあに? 」
突然人波の移動がとまり、皆が同じ方向に視線を向けている。
「 ・・・ なんなの〜〜 え〜 見えな〜〜い ・・・ あ、ごめんなさい・・・ 」
フランソワ−ズはそれでもなんとか首を伸ばし視線の中心を見つけた。
「 あら。 ・・・ カ−ニバル?? 仮装ショ−でもやるのかしら。 」
息子とは違い、普段まったくオタク世界とは縁のない彼女はまたまた目を丸くした。
人垣の中心には。
TVやら雑誌から抜け出してきた( 風にみえる )人物達が 凝った身なりで得意気にポ−ズしていた!
「 ・・・ まあ・・・・。 ・・・あら!? あれって ・・・ ええええ?? 」
< ・・・フラン? ごめん、きみ、今どこにいるのかい。 さっきから携帯にも出ないし・・・
悪いけど、こっちから通信するよ? >
「 あ・・・! ジョ−・・・! 」
突然 アタマの中で聞きなれた声がひびき、フランソワ−ズはあわててチャンネルを固定した。
< ジョ−! ごめんなさい! あんまりすごい人波でね、なかなか出口まで行き着けないの。
今ね、 東と西の別れ目あたりにいるのだけど。 とんでものないモノがね・・・ あ!!! >
< ??? おい? フラン? どうした?? おい・・・返事しろ。
フランソワ−ズ・・?? 003? ちっくしょう〜〜 回路を閉じちまった! ・・・ よし。 >
人混みの中というものは、 ヒトは大抵他人に無関心になるものだ。
連れでない限り、すぐ隣の人物にも大して注意は払わないだろう。
だから。
朝のラッシュ並にヒトが渦巻く出口付近で ある人物の姿が ふ・・・・っとかき消えたことに気がついたヒトは
まず、いなかったに違いない。
それほど、ひそやかに。 ほんの一瞬辺りの空気をゆらし、セピアの髪をした人物は 消えた。
そして 距離的にはあまり離れてはいない場所で・・・
シュ・・・ !
耳慣れた音と瞬間ただよう特殊な空気の匂い・・・ フランソワ−ズははっとして辺りを見回した。
あ! ジョ−・・・?
ぽん、と肩に大きな手が乗せられた。
「 ・・・ フラン! 」
「 ジョ−! どうしたの?? 」
「 どうしたの、じゃないよ〜 きみ、突然脳波通信、切ってしまうから緊急事態かと思って
加速装置を使ってしまったよ。 」
「 え・・・! 服は・・・? ・・・・ああ、耐加速服だったのね。 」
「 うん。 きみが 緊急ミッション! なんて連絡してくるから・・・・万が一って思ってね。
ヒトが大勢集まる場所らしいから防護服は遠慮したんだ。 」
「 ま〜あ そうだったの。 さすが・・・ 009! 」
「 ・・・あ、こら! 人前で・・・ 」
セピアの髪の人物はいきなり抱きついてキスしてきた金髪碧眼に大慌てである。
「 平気よ。 みんな なんだかべたべたしてるもの。 わたし達なんて地味なものよ。 」
こっそり見回せば仲良く手を繋いだり、くっつき合っているカップルが当たり前の顔をしていた。
「 ・・・あ ・・・へえ・・? 」
「 ジョ−! ギャラリ−なんかぼ〜っと見てないで頂戴! ねえ、ほら、あれ!
ちょっと・・・いくらなんでもアレは許せないと思わない?! 」
「 え? なんだ、なにをそんなに興奮しているのかい。 」
「 ・・・ あれよ! 」
「 ・・・? ( あ・・・っ!! ) 」
彼女の指差す方向をみて、彼は息を呑み ・・・ 一瞬 固まった。
・・・ ヤバい・・・!
「 ・・・ あ、ああ。 そうだね。 さ、お茶でも飲みにゆこう ・・・ もう帰ろうよ。 」
「 え? だって ジョ−! あなた、なんとも思わないの?? アレ! 」
「 ああ、判ったから。 さ、帰ろう。 ・・・な? ( え〜い 面倒だ! ) 」
「 いやよ、だって えええ?? きゃ・・・ ジョ−ったらなにを〜 」
茶髪の青年は金髪美女を抱き上げると そそくさ〜〜と人垣を縫って出て行ってしまった。
「 ・・・ なんか。 すごくない? 」
「 ロケとか? やたら美形カプだったじゃん。 」
「 あ、新手のコスさんかね〜 」
「 ・・・かも。 」
外野の呟きもやがて人波に埋もれ かき消えてしまったようだ。
その日、 好天に恵まれ有明の巨大イベント会場は大盛況だったという。
「 もう〜〜 ジョ−ってば。 急にびっくりするじゃない〜〜 」
「 あは・・・ ごめんごめん ・・・ あんまり混んでたから、さ・・・・ 」
「 い〜え、そうじゃなくて。 」
フランソワ−ズはお茶を淹れる手を止めて、また膨れッ面をした。
「 わたし、許せないわ! 」
「 え・・・なにが。 あのヒトたちのコスプレが、かい。 」
「 ああ、こすぷれ っていうの? ああいうの・・・ ふうん・・・ いえ! わたしは、ですね! 」
「 ・・・ はい。 」
ジョ−は興奮している彼女を抱き上げ車に転がり込んで 全速力で帰宅したのだ。
今 ようやくやっと落ち着き ・・・ 遅いティ−・タイムとなっていた。
「 ・・・ なあに、あの防護服! あんなぺラペラでどうして闘えるのよ? 色もね、違います。
あんな安っぽい色じゃないわ! マフラ−もよ、きちんと巻いてちょうだい、だらしない! 」
「 ・・・ は・・・・ ああ・・・ そ、そうだった・・・・かな? 」
「 そうです! どうせ真似するなら きちんと真似してほしいわ、わたし。 」
「 あは・・・・そ、そうだね。 」
「 ・・・・ ふん ・・・! 」
妙な具合に怒っている彼女が やっぱりとても可愛いくて・・・ ジョ−は自然に笑みがこぼれてしまう。
「 ジョ−? なにが可笑しいの? 」
「 あ・・・い、いえ。 なんでも。 ・・・ あ、うん、 きみがさ、やっぱりホンモノの003がさ。
一番キレイだなあ・・・って思ってたのさ。 」
「 ま・・・・ いやな ・・・ ジョ−・・・ 」
「 ふふふ・・・ ぼくの大切なタカラモノを苛めるヤツは許さない♪ 」
「 ・・・ きゃ・・・ ねえ、 お茶が・・・ ああ ・・・ 」
「 いいじゃないか。 誰もいないし。 仏頂面の息子はどうせ帰りが遅いに決まってるよ。 」
「 ・・・ や ・・・ こんな トコで ・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
その日、お茶はすっかり冷めてしまい。 オ−ブンから出したばかりのスフレはぺしゃんこに
しぼんでしまったのだった。
すばるが帰宅したのは 辛うじて同じ日付のうちだったけれど、玄関はすでに常夜灯だけになっていた。
そうっと足をしのばせ、真っ暗なリビングのドアをそろっとあけた。
「 ・・・・・? 」
「 おう。 やっと帰ったか、 このオタク息子〜〜 」
「 ・・・ 父さん・・?! 」
誰もいないと思ったリビングから 父の声が返ってきてすばるはびっくりしてしまった。
「 打ち上げ、すんだのか。 しんゆう君達とさ。 」
「 え・・・ ああ、・・・・ うん。 」
「 そうか。 ・・・ ちょっと付き合え。 」
「 え?? これから・・・? って・・・どこ、行くだよ、父さん。 」
「 いいから。 ついて来い。 」
「 あ ・・・う、うん。 」
ジョ−はにやっと笑い 息子の先に立って玄関を出ていった。
初夏の夜風がどことなく艶かしい。
潮の香りがだんだんと濃くなってきて、彼らの季節が近いことを告げている。
深夜だけれど ぽつぽつある街燈やら ごくたまに通りすぎる車のライトで真っ暗闇ではなかった。
夏の始まりを漂わせている夜の空気の中、二人はギルモア邸のすぐ近くに広がる松林までやって来た。
「 ・・・ なんだよ〜 なんの用さ。 」
「 うん。 ちょっと・・・・ 家では言いたくなかったんだ。 耳敏いのがいるからな。 」
「 へ? ・・・ああ、 母さんか。 」
「 そうだ。 ・・・・ < 母さんか> なんて気楽に言うな。 」
「 ・・・ だってオレの母さんじゃないか〜 ・・・・ え? 」
しゅ・・・っ!
ジョ−の鉄拳が空を切って太い松の幹を ・・・ 掠めた。
・・・ひゃ・・・・!
すばるは思わず首をすくめ 目を閉じてしまったのだが。
ぽこ ぽこ ぽこん ・・・ かつーーーーん !
「 ・・・? あ! いってえ〜〜 な、なんだなんだ?? 」
すばるの頭上にまつぼっくりがぼろぼろ降ってきたのだ!
ジョ−は指一本 松の木に触れてはいない。 大気を揺るがしただけなのだ。 それで・・・。
目の前に立っているのはいつもの 優しいウチの父さん だけど。
そのセピアの瞳には 笑みの影すら見えない。
すばるの背筋を冷たいモノが落ちてゆく。
父親の本質の一部を初めて垣間見た気がして すばるは固まってしまった。
父さんは、 いや島村ジョ−というオトコはきっと厳しい人生を歩んできたんだ・・・
「 彼女を悲しませるヤツは。 誰だって許さない。 ・・・いいな、誰だって、だぞ。 」
「 ・・・ と、父さん・・・ 」
「 本気だぞ。 たとえ ・・・ お前でも。
俺が世界で一番大切にしている女性 ( ひと ) を 悲しませるヤツは容赦しない。
そのことだけ ようく覚えておけ。 」
「 ・・・わ・・・わかった・・・よ・・・ 」
ごくり、とすばるの咽喉が鳴った。
良く似た父子だと思っていた。
子供の頃から 父が家庭で声を荒げたり乱暴な振る舞いをしたことは一度もなかった。
いつも穏やかで優しい父・・・ そんな風にすばるは思いこんでいた。
しかし。
あの瞳 ・・・ 冷たく澄んだ瞳は ぞっとするほど鋭く厳しかった。
父さん。 ・・・ 父さんの人生って・・・?
すばるは全身が強張り手脚の先から冷たくなってきた。
そのオトコが熱愛してるのが。 まさにすばるの母親なのだ。
「 ・・・ わかったよ。 」
「 よし。 それでいいさ。 ・・・ ほら。 」
「 ? ・・・・わ?! 」
いきなりぽ〜〜んとなにかがきらり、と鈍い光をみせすばるの手元に落ちてきた。
「 わわわ・・・ ?? なに??? えええ、缶ビ−ル??? 」
「 ・・・ 初陣、ご苦労さん。 ほら、乾杯だ。 」
ジョ−はにや・・・と息子に笑いかけると片手に持っていた缶のプルタブを引いた。
「 あ〜〜 いいのかなあ。 オレって一応未成年なだけど・・・ 」
「 ふん、保護者同伴、さ。 ・・・ 母さんには言うなよ! 」
「 らじゃ。 」
に・・・っとすばるは父親に笑いかけると 二人はチン・・・と缶ビ−ルをぶつけあった。
「 ・・・ ぬる〜〜〜〜 」
「 飲みなおすか? 国道に出るとこに自販機、あったよな。 」
「 あるけど。 ・・・やめとけ、親父。 お袋を侮っちゃダメだ。 」
「 そうだな。 天下の ・・・ だもんな。 」
ふふふ・・・・ ジョ−はばん!と息子の背を叩き 二人は笑い声を上げ坂道を登っていった。
「 ・・・ 父さん・・・ これ・・・ 」
「 え? なんだ。 ・・・あ! 」
そう・・・っと戻ってきたよく似た二人を迎えたのは。
リビングのテーブルに用意された サンドイッチ だった。
< お夜食どうぞ。 ・・・ お酒はウチで、だけよ! >
「 ・・・ 負けたよ、なあ父さん ・・・ 」
「 ああ。 やっぱり ・・・ 最強なのは ・・・ 」
そう、いつだって。 どこでだって。
一番強いのは われらが フランソワ−ズ・アルヌ−ルさん なのである。
**************************** Fin. ********************************
Last
updated ; 12,02,2008.
index
********** ひと言 ***********
はい、お馴染み・島村さんち・ スト−リ−、です。
今回はどちらかというと <すばる君スト−リ−> これはキリ番ゲッタ−様のリクエスト
でもありました。
へへへ・・・・サブタイトルは < すばる コミケにゆく > でありまして。
<島村さんち>生みの親様とおしゃべりしているうちに出来上がったお話なのでした♪
ちょっとコメディすぎてしまいましたか??
拙作ですが、280,000 ゲッタ−の花林さまに捧げます。
楽しんで頂けましたら 幸いでございます <(_ _)>
あ! なぜこんな季節にしたか・・・といいますと。 初参加で 夏・冬のコミケ はちょいと無理なので・
それで5月のアレに参戦した、という設定なのであります(^_^;)