『 思い出綴り 』
コツコツコツ ・・・ カツカツカツ ・・・・
石畳の道を 人々は様々な音を響かせて通りすぎてゆく。
重い音 軽快な音。 賑やかな音 密やかな音 ― 顔と同じくらい、足音も皆違っていた。
そして ― 彼らの身につけているものも 様々なのだ。
アナタの髪の色にはねえ こっちの方が あら、その口紅の色はちょっと ・・・
明るい瞳のヒトは ・・・ お? その組み合わせ、いいね!
皆 何気なくそんな言葉を交わし < 自分に似会う > 色だのカタチだのを覚えたものだ。
カタカタカタ ― 軽い足音が階段を登ってきた。
「 ・・・ ただいま〜 ママン? 」
「 はい お帰りなさい。 ファンション 」
小さな娘が学校から帰ってくると 母はどんなに忙しくても家事の手を止めて、
満面の笑みで迎えてくれた。
「 ただいま〜〜 ・・・ わあ〜〜 いいにおい〜〜〜♪ 」
くんくん ・・・・ と娘はハナを鳴らす。
「 うふふ ・・・ 今晩はねえ、とっておきのシチュウよ? 仔牛のいい肉があったから・・・
お野菜も一緒にたくさん煮込んでいるの。 」
「 わあ〜〜い♪ ねえねえ アタシ、お手伝いするわね! 」
「 はい お願いね。 あ ・・・ 着替えてちゃんと手を洗ってね。 」
「 はい♪ あ ・・・ ママン、新しいエプロン ・・・ いい? 」
「 ええ いいわよ。 出しておきます。 それとね もう一つ、イイモノがあるわ。 」
「 ? なあに? 」
「 うふふ・・・ とにかく着替えて手を洗っていらっしゃいな。 」
「 はあい〜〜 」
娘は亜麻色の髪を肩口でくるくるカールさせて バスルームに飛んでいった。
初冬の、そろそろ電気を点けたくなる空模様な午後だけど、アルヌール家はほんのり温かく良い匂いで満ちていた。
マダム・アルヌールは リビングのレースのカーテンを引いてクッションの位置を直した。
そこは彼女の夫のお気に入りの定位置・・・ クッションの具合は彼女が一番よく知っている。
「 ・・・ 今日も冷えこむわね ・・・ 風邪 引かないといいのだけれど ・・ 」
「 ― ママン ! 手、 洗ってきたわ! 」
「 ファンション。 はい ・・・ 約束していたでしょ、 出来立てほやほや よ。 」
母は 娘の前にこっくりした色のセーターを差し出した。
「 う ・・・ わあ〜〜〜〜 ・・・ キレイ〜〜〜♪♪ 」
「 ほら ・・・ ちょっと着てみてくれる? 」
「 ・・・ い いいの? 」
「 ええ。 ファンションのですもの。 多分寸法は合うと思うけど ・・・ どう? 」
「 うん! ・・・ すご〜〜い ・・・ ママン、もう編んじゃったのね! 」
「 今年の冬は寒そうだから急いだの。 ・・・ あら〜〜 いいわね やっぱりこの色、
ファンションにぴったりだったわ。 」
「 そう? うわ〜〜い♪ うれしいなあ〜〜 」
娘は母の手編みのセーターを着て 得意満面である。
「 ファンの髪の色にはね、 この色の仲間が似会うわ。 冬の空と一緒になってとても合うの。 」
「 とってもきれいでふわふわで・・・あったか〜〜いいい・・・・ふわふわ〜もこもこ〜〜
わ♪ お袖と襟にぽんぽん〜〜〜 ♪ 」
娘は大はしゃぎで リビングを飛び回る。 新しいセーターの飾りの毛糸玉が一緒に跳ねている。
「 うふふ ・・・ 気に入ってくれた? 」
「 うん!!! ママン〜〜〜 ありがとう! 」
小さな娘は ぱっと母に飛びついた。
「 まあ〜 うふふ ・・・ どういたしまして。 あとはね、 パパとお兄ちゃんのセーターよ。 」
「 ふうん ・・・ 何色にするの? 」
「 パパには新しい毛糸を買ってきたし。 ジャンにはパパのセーターを解いたのに
すこし温かいモヘアを足して編むことにしたわ。 ジャンったらどんどん背が伸びるから・・・
去年のセーターでは多分袖が短くなってしまっているわ。 」
「 ふうん ・・・ お兄ちゃん、喜ぶわね! パパのセーターだもの。 」
「 そうね。 ジャンはパパのもの、なんでも大好きだものね。 」
「 うん! アタシも〜〜 ママンのもの、だ〜いすき♪ 」
「 そう? あ 今年はマフラーも編み直ししようかしら。 」
「 ママン〜〜 ねえ アタシ・・・ 編んでみたい! 」
「 あら 挑戦してみますか? それじゃ ・・・ 解いた古い毛糸でまずは練習ね。 」
「 は〜い。 いつか ・・・自分でお稽古用のニットとかウォーマーを編んでみたいの。 」
「 あら それはいいわね。 レッスン用にするなら古い毛糸でいいでしょ。
好きなだけ使っていいわ。 」
「 わ〜〜〜 ありがとうママン〜〜〜 」
くるり ・・・ 少女はその場でひらひらと回ってみせた。
「 あ ・・・ ねえ ママン。 ママン 自分のは? 」
「 え? ああ ママンは去年ので十分よ。 ちゃんと洗ってあるし 」
「 え〜〜〜 ママンも新しいセーター ・・・ 」
「 いいのよ、ママンは 」
「 いや。 きみには明るいペイル・ブルーがよく似会うぞ。 」
二人の後ろから 低いけど陽気な声が飛んできた。
「 パパ!? 」
「 まあ あなた。 お帰りなさい。 ごめんなさい、気がつかなくて ・・・ 」
マダム・アルヌールは 夫の側に歩み寄り、外套を受け取った。
ムッシュ・アルヌールはそんな妻をすっと抱き寄せると軽くキスをする。
「 ただいま。 いやいや ・・・ ご婦人方のファッション談議が聞けて楽しかったですよ? 」
「 パパ〜〜〜 お帰りなさ〜〜い 」
妻の後からは娘が彼の腕の中に飛び込んできた。
「 ただ今 ファンション。 なあ? ママンは明るい bleu de ciel ( 空色 )が似会うよな。 」
「 うん! パパってすご〜〜くセンスいいのね! 」
「 ははは ・・・ ママンとジャンは同じ髪の色だからね。 ジャンもブルーが似会うし。 」
「 そうね! ねえねえ アタシはァ? アタシの髪ってパパと同じでしょう? 」
「 そうだね。 パリの冬の空の下でファンにはこっくりした深い緋色がいいな。
そのセーターは ファンにぴったりだよ。 」
「 うわ〜〜い♪ うれしいなあ〜〜 あ ねえ パパ!
明日 毛糸を買いに行かない? ママンの分よ、明るいブルー 」
「 おう いいぞ。 ・・・ それにしても実に魅惑的な匂いが流れてきますな? 」
ムッシュ・アルヌールは ふんふん ・・・と リビングでハナを鳴らした。
「 あ! ファン〜〜 急いでお鍋を見てきて! こげることはないはずだけど ・・・
煮詰まっていたら大変! 」
「 はい ママン! 」
娘は巻き毛を揺らして キッチンに駆けていった。
「 ・・・ 君の新しいセーターくらい、買ってやれるぞ? 」
「 うふふ ・・・ わかっていてよ。 でもね、ジャンのも新調してやらないと ・・・ 」
「 ふん、 伸び盛りのティーン・エイジにはな、俺のお古で充分さ。 」
「 まあ ・・・ 」
「 オシャレをするのは大人になってから だ。 ワカモノはチープ・シックでいい。 」
「 うふふ ・・・ そうね。 あ ・・・ ワインを選んでくださる?
いい仔牛肉が手に入ったの。 この匂い・・・ お好きでしょ? 」
「 メルシ〜〜 マダム。 さあ 僕も手伝うよ。 」
「 ええ お願いします。 ・・・ファンはお鍋の中身を覗いているのかしら? 」
夫の外套をクロゼットに仕舞うと、マダム・アルヌールは娘の後を追っていった。
外がどんなに寒くても ウチに戻りさえすれば暖かい部屋とおいしい食事 ・・・
そして愛する家族の笑い声やら泣き声やら時には怒る声なんかが待っている。
だから 家族は皆、元気をもらって勇気を補充して また明日に向かってゆけた。
・・・ そんな当たり前の冬の日。 そんな当たり前の日常。
誰もが 明日も 明日も 明日も そんな日々が続くと当たり前に思っていた。
「 おか〜さ〜ん アタシのセーター〜〜 どこ〜〜 」
子供部屋から きんきん声が呼んでいる。
「 いつものすぴかさんの引き出しに入っていますよ! 」
フランソワーズは 階段の下から声を張り上げた。
「 え〜〜〜 でもぉ〜〜〜 みじかい〜〜〜 」
「 ・・・ ?? 去年の ・・・ ほら すぴかが好きな青いセーター あるでしょう? 」
「 ・・・ こんなにちっちゃくなかったもん〜〜〜 」
「 ??? 」
母は パンをオーブン・トースターに放り込むと 階段を駆け登っていった。
ー バン。 子供部屋のドアが開いた。
「 うわあ〜 びっくりした〜〜 お母さんかあ〜 」
「 お母さんかあ〜 じゃないでしょ! 朝からきんきん怒鳴ったのはだあれ。 」
「 え・・・ だってェ〜〜 寒いのにィ〜〜 せーたーがさ〜 縮んでるんだもん〜 ほらあ〜 」
すぴかは 着ているブルーのセーターの裾を ぐい・・・っひっぱった。
「 縮むって ・・・ ちゃんとお母さん、洗った後に確かめましたよ?
元通りふわんふわん〜〜 になってたわ。 それで仕舞ったんですもの。 」
「 でもぉ〜〜〜 ほらあ〜〜 」
すぴかは 母の前でバンザイ〜〜をしてみせた。
「 え? ・・・ あらァ ・・・・ 」
去年の冬に編み上げたすぴかお気に入りの青いセーターは 裾丈も袖丈もつんつるてん だった。
すいぴかの腕とシャツのお腹がずず〜いと見えている。
「 え ・・・ やだわ〜〜 ちゃんと洗ったのに ・・・ えい・・! 」
フランソワーズは娘のセーターの裾をぐい・・・!っと引っ張ってみた。
「 あ〜〜〜 やだァ〜〜 びろ〜〜んってなっちゃうよ〜〜 」
「 だって縮んじゃったみたいだから ・・・ あら? ヘンねえ・・・ちゃんと元通りにふわふわねえ 」
「 裾だけじゃないよ〜 お袖もさ〜 これじゃ長袖じゃないよ〜 」
「 すぴかってばいつも捲りあげているからいいんじゃない? 」
「 が〜〜〜う! ねえねえ アタシの青いセーター 〜〜〜 」
「 う〜ん??? それなら他のにしたら? ほら おじいちゃまに頂いたピンクのとかは? 」
「 やだ〜〜〜 やだやだやだあ〜〜 」
「 こら。 朝からそんな声、出さないの。 」
「 だってェ〜〜 アタシのせーたー〜〜〜 青いせーたーァ〜〜 」
「 じゃあ ・・・ しょうがないわね、 今日だけすばるのを借りたら?
すばるのセーターってばブルーのが多いし 大きさはあまり変わらないでしょう? 」
「 ・・・ う〜〜ん ・・・ ホントはイヤだけど ・・・ いっかあ? 」
「 こら。 そんなこと、言わないの。 え〜と? ・・・ すばるにはグリーンのを着てもらいましょ。
だから 〜〜 ああ このブルーの、借りたらいいわ。 」
「 う〜〜ん ・・・ イマイチ、だけど ・・・ いっか。 」
「 ぶつぶつ言ってないで 早く着なさい。 ほら・・・ 」
「 うん ・・・ むにゅ〜 ・・・ あれ? これもちっちゃいよ?? 」
「 え?? そんなはずないわよ。 先週、すばるが着てたじゃない? 」
「 だけ〜ど ・・・ ほらあ〜 」
すぴかは 空中大の字 をやってみせたが ― 確かに袖は短いし、裾からシャツが見えている。
「 あらあ・・・ 」
フランソワーズはしばらく首を捻っていたが ・・・ あ! と声を上げた。
「 え なに なに〜〜 お母さん〜〜 」
「 わかりました。 どのセーター、着ても同じよ。 」
「 ??? 」
「 すぴかさん、あなたが大きくなったのよ。 去年よりか背が伸びたでしょう? 」
「 うん! えっとね〜〜 しんたいけんさではね〜〜 7センチおおくなってた。 」
「 大きく、でしょ。 だからね、 袖も裾もつんつるてんになったのよ。
セーターが縮んだのじゃなくて 中身のすぴかさんが 伸びた のよ。 」
「 あは そっか〜〜 あれ? でもさ、すばるってば昨日のせーたー着てたけど
ちっちゃくなかったよ? 」
「 そうね。 すばるはすぴかさんほど背が伸びなかったのじゃない? 」
「 あ そっか〜〜 うふふ〜〜ん♪ アタシの方が大きくなった〜〜♪ 」
ぱた ぱた ぱた ・・・・
のんびりした足音がしてクセッ毛の茶色アタマがバス・ルームから戻ってきた。
カチャリ ・・・ ドアまでのんびりと開く。
「 あ ・・・おか〜さん おはよ〜〜〜 」
「 はい、 お早う すばる君。 さあ はやく着替えて! ごはんよ。 はやく下にいらっしゃい。」
母はくるりん、とムスコの髪をなでると キッチンに戻っていった。
「 うん。 あれ ・・・ それ、僕のセーター だよね、 すぴか。 」
まだパジャマ姿の弟はにこにこ ・・・ 姉を眺めている。
「 あ〜〜 かえす〜〜 だってコレ〜〜 アタシにはちっちゃくて着れないも〜〜ん♪
アタシはね〜〜 おっきくなったんだも〜〜ん♪ 」
すぴかはくるり、とセーターを脱ぐと弟に押し付けた。
「 はい、 アンタはこれ。 ちゃ〜〜んと着れるでしょ。 」
「 うん。 僕、このせーたー すき。 ぶる〜でお父さんとおそろいだし〜〜 」
「 うふふ〜ん♪ チビっこにはちょうどいいよ〜 」
「 ・・・ チビじゃないもん。 」
「 チビだも〜〜ん♪ すばる、チビっこだも〜ん 」
「 チビじゃないもん。 たいいくの時、一番前じゃないもん。 」
「 だけど〜〜〜 ほらあ〜〜 アタシよか チビっこじゃ〜ん? 」
すぴかは同じ日に生まれた弟の隣に立ち すい・・・っと手で彼のアタマを撫でた。
― 確かに すぴかの方が目の高さ分くらい背が高い。
「 ほ〜〜ら〜〜〜♪ さ チビちゃ〜〜ん ちゃんとセーターきて ごはんよ〜ん 」
「 ・・・ ち チビじゃない ・・・もん! 」
「 ち〜びだってば〜〜 ほらあ〜〜 」
「 ちがわい! 」
「 ちがわくないよ〜〜だ。 アタシ、お姉さんだもん、背だっておっきいのさ♪ 」
「 ・・・ う 〜〜〜 ・・・・ うわあ〜〜〜〜〜!!!!! 」
珍しくも すばるは大声を上げて泣き出した。
「 ? おいおい ・・・ どうしたんだい? 」
「 あ! お父さん〜〜〜 おはよ〜〜〜 ♪ 」
ドアからお父さんが ひょい、と顔をだした。
「 お早う すぴか すばる。 朝っぱらからケンカかい? 」
「 え〜〜 ケンカなんかしてないもん。 すばるったらねえ かってに突然泣き出したの〜 」
「 へえ? すばる どうしたんだい。 お父さんに話してくれないかなあ。 」
すばるは <泣き虫> だけど、 大声あげて泣き喚く・・・ということはほとんどない。
同じ日に生まれた < 姉 > に突っ込まれてめそめそするくらいなのだが。
「 な? 泣いてたらなんにもわからないからさ 」
「 う ・・・ うわあ うわあ〜〜〜〜 ち ちびじゃ な ・・・ うわあ〜〜〜〜 」
「 え? なに? ちび? 」
「 うわああ〜〜〜〜 うわあ〜〜〜〜〜 おと〜さん 僕 うわあああ〜〜ん 」
すばるの涙は止まらない。
「 う〜〜 るさ〜〜い! アタシ、朝御飯 食べてくるも〜ん だ! 」
すぴかは あっかんべ〜〜をひとつ残してキッチンに行ってしまった。
「 あ〜 ・・・ もう ・・・ なあ ほら すばる。 泣くの止めろよ 」
「 ・・・だ だって 〜〜 ぼ 僕 ゥ 〜〜〜 うわ うわあ〜〜 」
「 はいはい ほら・・・ 涙拭いて。 チビって言ったのか、すぴかが。 」
「 う ううう〜〜〜 チビって いった ・・・ 」
「 お前たち、双子だろう? 同じ日に生まれたんだぞ? すばるがチビならすぴかだって 」
「 でも〜〜〜〜 ち ちび なんだもん 僕ぅ〜〜〜〜 」
「 はあ??? 」
ジョーはぐじゅぐじゅ泣き続けるムスコに お手上げ状態だ。
「 なあ ・・・ お父さんにわかるように話してくれよ〜 」
「 ぼ 僕 ゥ 〜〜 ち ちびなんだ 〜〜 うわああ〜〜〜 」
「 ・・・ おい 〜〜〜 」
「 うわあ〜〜〜〜 うわあ〜〜〜 」
相変わらず すばるは天井を向いて泣いている。
「 ・・・ う〜〜〜 最後の手段だ、 このまま下に抱えてゆく ・・・ か? 」
そ その時 ― カチャ ・・・ 子供部屋のドアが静かに開いた。
「 すばる〜〜〜? 御飯ですよ 早く降りていらっしゃいな。 」
「 あ お おか〜〜さ〜〜〜〜ん 〜〜〜!!! 」
すばるはぐちゃぐちゃの顔のまま 母のエプロンに突撃した。
「 あらら ・・・ なあに、どうしたのよ? ジョー、 どうしたの? 」
「 わからないよ。 ただやたらに泣いてるんだ。 すぴかは知ってるかも ・・・ 」
「 ・・・どうせまたくだらなコトでケンカしたのじゃない? ほら〜 すばる、御飯。 」
「 だって だってェ〜〜 僕 チビじゃないのにチビなんだもん〜〜〜 」
「 ??? なあに?? 」
「 な? 謎だろう? 」
「 ジョー、 先に朝御飯どうぞ? すぴかが食べているから見てきてくださる? 」
「 了解〜〜 」
ジョーはくりん、とムスコのアタマを撫でるとキッチンに降りていった。
「 さあて ・・・ ねえ すばる? 泣いてないでちゃんとお話 して?
それで御飯食べて 学校に行かなくちゃ。 」
「 ・・・ ぼ 僕ぅ〜〜 チビ〜〜ってすぴかが 〜 」
「 すぴかがチビって言ったの? 」
「 ん ・・・ ちびちゃあ〜ん って ・・・ ううう ・・・ 」
「 あ〜 わかった。 背の高さのこと、言ったのね? 」
「 うん ・・・ ぼ 僕のこと チビ〜って 僕 ・・・ チビだけどチビじゃない〜〜 」
またまたすばるの泣き声のトーンが上がってきた。
「 おっと〜〜 ストップ。 ねえ すばる? お母さんの話、 聞いて? 」
母は屈みこんでムスコと視線を合わせた。
「 う ・・・? 」
「 あのねえ。 あなた達は双子だけど 女の子の方がね、先に大きくなるの。
だから今はすぴかの方が背が高いけど。 そのうち すばるは追いついて・・・
多分 追い抜くわね。 」
「 え ・・・ すぴかよかおっきくなる?? 」
「 ええ。 お父さんくらいになるんじゃないかなあ〜 すばるは ・・・ 」
「 ほ ホント?? いつ? いつ〜〜〜 ?? 」
「 う〜ん ・・・ 多分 高校生とか大学生になった頃、 かな。 」
「 ・・・ こうこうせい? 」
「 そうよ。 中学に行ってそれから高校に行くでしょ。 」
「 ・・・ それ いつ?? らいねん? 」
「 ううん もっと もっと先。 でもね すばるはいつかはすぴかやお母さんのことも追い抜くわ。 」
「 え ・・・ ぼ 僕 ・・・ 」
「 だから < チビだけどチビじゃない > のよ、すばるクン。
さあ もう一回 顔 洗って〜〜〜 ごはん ! 」
「 ・・・ ずび ・・・ う うん ・・・! 」
泣き虫ボーイはやっとなんとか泣き止んだ。
涙でぐじゅぐじゅの顔をパジャマで拭っている。
「 ・・・ うわ ・・・ すばる! 顔 洗ってらっしゃい〜〜〜! 」
「 うん ・・・! 」
母の勢いにすばるは泣くのも忘れて飛んでいった。
「 ・・・ はあ 〜〜 ・・・ やれやれ ・・・ 朝から賑やかねえ ・・・ 」
フランソワーズは子供部屋の床に放り投げてあったセーターを手に取った。
「 この色 ・・・大好きなのよね。 でも ・・・ もうすぐすばるにだって小さくなるんだわ ・・・ 」
当たり前なのだけれど。 子供たちはどんどん、 日々成長してゆく。
去年 だぶだぶだったセーターが 今年はもう袖が短いのだ。
「 ・・・ 変わるって ステキなことよね ・・・
ああ この色・・・ 大好き♪ パパと兄さんのセーター ・・・ こんな色だったっけ ・・・ 」
来年にはこのセーターも すばるには小さくなってゆくだろう。
「 勿体無いなあ ・・・ 解いて他の毛糸を足して編み直すのよ。 ねえ ・・・ 」
ちょっと重い溜息をつき、彼女は息子の小さなセーターを引き出しに入れた。
「 編み物 ・・・ 頑張らないと・・・ ああ そうだわ! 編み直すときに
毛糸の端っこ、仕舞っておきましょ♪ 毛糸を見るたびに小さなすばるの笑顔が
思い浮かぶの。 泣き顔だっていいわ ・・・ 思い出になるもの。 」
「 おか〜〜〜さ〜〜〜ん !! パン、もっとない〜〜〜 ?」
階下から娘のきんきん声が響いてきた。
「 ! ・・・ はあい、 いま 行くわ・・・ 」
感傷に浸っているヒマはない。 ― まだまだ現実の日々の方が大切なのだ。
「 皆 〜〜 さっさと朝御飯〜〜 急がないと遅刻よっ ! 」
フランソワーズはきっちり 母の顔 になり キッチンへと駆け下りていった。
「 え〜と ・・・ お兄ちゃんのセーター・・・は っと ? 」
ガサガサ ― ゴソゴソ クローゼットの奥で捜索隊が活動している。
きちんと整理整頓されているのだが どこに何が仕舞ってあるのかイマイチわからないのだ。
「 う〜〜〜〜 ・・・・ ちゃんとママンに聞いておけばよかった ・・・ あ!これかな!? 」
ズ −−− ひっぱりだした包みの端から 青い毛糸が見えた。
「 み〜〜〜つけた! ああ そうよ、これこれ。 冬用一式、ね。 」
パリパリパリ ・・・ きちんと包まれた中から見覚えのあるセーター類が顔をだした。
「 あった あった・・・ありました♪ よ〜かった〜〜 明日から重ね着隊をしなくてすむわ〜 」
冬の支度はきっちりと調えてあり、いつでも使える状態になって ― これまたきっちりと保管してあった。
「 ・・・ ふう〜〜 さすが〜〜 ママン ・・・すごいなあ・・・ この前の冬の終わりの頃って
もう具合、よくなかったはずなのに・・・ 」
兄と自分の冬着をあれこれとりだしつつ、フランソワーズは溜息をつく。
父に続き母も病んだ日々を送ったあと、ようやく秋の風が感じられるころに天に召されていった。
残された兄と、いろいろ残っていた雑事を片付け なんとか通常の日々が戻ってきたのは
もう 公園のマロニエも散りつくしたころだった。
「 ありがとう ママン ・・・ あ。 今度はわたしの役目? う〜〜〜 ・・・ あら? 」
セーターやら厚手のシャツを取り出した後に 膝掛けくらいの布がしまってあった。
「 なに これ? え〜〜 パッチ・ワーク?? 」
取り出した布は さまざまな布の切れ端を丁寧につなぎ合わせた ― いわゆるパッチワーク
だった。
「 へえ・・・ ママンってそんな趣味、 あったっけ? どっちかっていうと編み物とかが
好きだったわよねえ。 あ ・・・? この布って ・・・ 」
よくよくみればその布たちは ―
「 あ〜〜 これ、チビの頃、好きだったワンピースのじゃない? ママンが縫ってくれた・・・
ほら 裾にレースが二段ついてて ・・・ あ〜〜 お気に入りだったのよねえ 」
「 ・・・ あ! これってお兄ちゃんのシャツじゃないかしら。 この色、いいなあ〜〜って
すごく羨ましくて。 同じ生地ないの? って何回も聞いたわよねえ。 」
ていねいに眺めてゆけば どの布もどの切れ端も皆見覚えがあった。
兄と彼女の服、そして父のシャツやら母自身の服も ほとんど母が縫っていた。
その布たちが仲良く並んでいる。
「 すごい ・・・ これ ・・・ きっとママンの思い出なのねえ・・・
あ。 ・・・ 亡くなったとき、持たせてあげたほうがよかったのかも ・・・ 」
父と母は仲良く市中の墓所に眠っている。
「 ― おい。 な〜にごそごそやってんだ〜〜 」
頭上から いきなり声が降ってきた。
「 うわ?? あ な〜〜んだ〜〜 お兄ちゃん ・・・ 」
「 帰ってきても返事がないからさあ ・・・ クロゼットから半分お前のケツが見えた。 」
「 や〜ん イジワル〜〜 冬物、出してたの! お兄ちゃんの分も よ! 」
ほら! と 妹は兄のセーター類を ごっそり持ち上げた。
「 お。 ここに仕舞ってあったのか〜〜 お袋らしいなあ 」
「 ね? きちんとしまってあったわ。 それに ねえ これ。 見てみて〜〜 」
「 あ ん ・・? 」
兄は妹が差し出した布をまじまじと見詰めた。
「 あ〜〜 よくちまちま縫ってたなあ〜 お袋。 」
「 え そうなの? わたし、全然知らないわよ? 」
「 あは ・・・ お前が寝ちゃった後とかだもの。 親父の帰りが遅い時とか ・・・
俺が夜食が欲しくてキッチンでうろうろしてる時とか ・・・ よく縫ってた。 」
「 え〜〜 ふ〜〜ん ・・・ ねえ。 これ。 ママンのお気に入り、だったんだよねえ?
墓地に一緒に ・・・ 」
フランソワーズは兄をじっと見上げた。
「 いや・・・ ママンはさ 置いていってくれたんだと思うな これ。 多分。 」
「 置いていった? 」
「 ああ。 俺たちのために、 さ。 」
「 わたしとお兄ちゃんのため? 」
「 そうだよ。 思い出をさ ・・・ 写真とかとは別に。 コレ、見ればものすごくいろんなこと、
思い出すだろ? 」
「 うん!! 楽しかったことだけじゃなく! 泣いたり怒ったり淋しかったり ・・・ も! 」
「 だろ? お袋にしか創れない < アルバム > さ。 」
「 ・・・ そうだね ・・・ パパとママンとお兄ちゃんとわたし だけがわかるアルバムだよね。 」
「 うん ・・・ 思い出綴り かな。 」
「 あ へえ〜〜 珍しくイイコト、言うのね。 お兄ちゃん。 」
「 なんだよ〜〜 その言い方〜〜 」
兄は くしゃり、と妹の髪をなでつつも 二人はほっこりした気分だ。
「 じゃ これは。 居間のソファに掛けておくね。 いいでしょ? 」
「 おう。 ・・・ なあ ファンション ・・・ シャツのアイロンだけど 頼めるか? 」
「 う〜〜〜 ママンみたくには出来ないわよ? 」
「 いい。 しかし最善の努力を期待する。 」
「 もう〜〜〜 ! じゃ コテ・ドールのショコラ、ひとつ。 」
「 ・・・ しゃあないなあ〜 よし。 明日の帰りに買ってきてやる。 その代わり〜〜 」
「 了解〜〜 」
アルヌール兄妹のフラットに 温かい空気が溢れ始めていた。
ここには 父も母も いる。 彼らの心はそこにもここにも感じられた。
そう ・・・ 二人きりだけど 二人だけじゃない。 家族はちゃんと、いるのだ。
― そして はるか彼方の場所で はるか彼方の時代 ( とき ) に。
大きくなった娘は やっぱり家族の為に冬支度をしていた。
編み物だけじゃなく、 季節ごとの服やら簡単な持ち物も彼女は出来る限り手作りしていた。
住み着いた島国には 豊かな色彩の毛糸やら布地が沢山あった。
秋の半ばには 一家の主婦は大きな荷物を抱えて帰ってくる。
「 今年の冬はねえ。 ジョーのセーターは ・・・ やっぱりブルーね。
それで・・・ すばるは当然お父さんとお揃いでしょ。 すぴかには ・・・ 少し明るい色のが
いいわねえ。 ああ 本当は深い牡丹色とか似会うのに ・・・ あの子の髪には ・・・ 」
「 あれ ・・・ フラン、毛糸かい? わあ〜〜 随分沢山あるねえ。 」
「 ジョー。 だって家族みんなの分ですもの。 さ〜あ 張り切って編むわ〜〜 」
「 手編みのセーターって ・・・ ぼく、憧れなんだ。 特にきみの手編み♪ 」
「 うふふ 嬉しいわあ〜〜 あ お揃いでマフラーも編むわね。 」
夏服も 春やら秋に着るシャツやらブラウスも彼女は縫い上げる。
「 どう・・・? ジョーの半袖シャツ ・・・ 縫ってみたの。 」
「 わあ〜〜〜 青のストライプだあ〜〜 え。 これ きみが縫ったの? 」
「 そうよ。 シャツくらい縫えるわよ。 」
「 あ ・・・ そういう意味じゃなくて さ。 買ったのじゃないんだ〜ってこと。
手作りって 超〜〜〜〜 レアものだもの。 」
「 え? だって ・・・ みんな そうでしょう? 」
「 ・・・う〜〜ん ・・・ 詳しいことはあんまりよくわからないけど ・・・
この国ではねえ既製品を買うひと、多いみたいだよ。 」
「 ・・・ あ ・・・ そういうもののほうが ・・・いい ? 」
「 ううん ううん!!! 」
ジョーは 大慌てでぶんぶんと首を振る。
「 ぼくには! きみの手作りが 一番さ。 」
「 そう? うれしいわ。・・・ でも ・・・ 既製品みたいに流行のものは作れないけど ・・・ 」
「 ううん ううん! 」
ジョーはさらに渾身の力を込めて首を振り続ける。
「 流行なんて! ぼくには世界で一枚しかないきみの手作りがベスト! 」
「 ありがとう ジョー♪ わたしもね 家族のものを縫ったり編んだりするって
ずっと憧れてたの。 ママン、 わたしの母みたいな < おかあさん > になりたかったから。」
「 立派なお母さんだよ きみは。 」
ジョーは満足気に彼の愛妻をみつめる。
彼の子供たちは 赤ちゃんの頃から母親の手縫いの服に包まれて育ってきた。
「 うふふ ・・・ 嬉しいな♪ でもねえ・・・ 子供たちは ・・・ 流行のモノが好きかも・・・ 」
「 いいや。 ウチの子供たちはお母さんの手作りの服っていう最高の贅沢を
させているんだ。 お母さんの服が好きに決まってる。 」
「 それなら ・・・ いいけど。 あ ジョー、パジャマ、ちゃんと洗濯に出してね。 」
「 はい〜〜 ただ今 洗濯籠に入れてきます〜 」
「 お願いします。 」
― ジョーはこんなごく家庭的な情景がめちゃくちゃに好きなのだ。
彼の周辺はいつでも洗いたてのぱりっとした! お日様の匂いのするものでいっぱいだった。
そう。 なんにでも きち! っとアイロンが掛かっている。
「 ・・・ うわ ・・・ ぱ パンツまで ・・・ 」
結婚当初は 目を見張ったものだ。
下着にアイロン ・・・ なんて ジョーの <辞書> にはなかったから。
折り山のきっちりついたワイシャツ。 ぴたり、と重なっているハンカチ。 きちんと二足一組で
プレスしてある靴下。 そしてぴっちり重なっているパンツ。
うわ 〜〜〜 ・・・・ う〜〜む 異文化との遭遇 だなあ〜〜
最初はいちいち目を丸くして 感動すらしていた。
ジョーにとって アイロンを掛ける とはクリーニング屋の仕事であり、
彼の日常着はアイロンの必要などないラフなものばかりだったから。
制服のシャツも形状記憶のものだったので 施設の寮母さんは洗濯機に放り込むだけだった。
しかし ― 彼の妻は 異文化の元でそだった人間だったのだ!
― パリパリ。
やがて ジョーは折り目のついたパンツを剥がして立体にしてから穿くのが いつの間にか習慣と
なっていた。
「 ― あ〜〜 いい湯だったァ〜〜 」
ジョーはバスタオルを頭からかぶったまま リビングに入ってきた。
「 うふふ ・・・ あったまった? 」
「 うん。 芯までこう ・・・ なんていうかぬくぬく♪ ふぁあ〜〜〜 」
「 麦茶? それとも ブランディでも少し召し上がる? 」
「 ・・・ う〜ん ・・・ すごい誘惑だなあ〜〜 ・・・ いや 麦茶にしておく。 」
「 はいはい。 」
フランソワーズは笑ってソファから立ち上がった。
「 きみもさ〜 早く入ってこいよ〜 ・・・ 一緒でもよかったのに〜 うん?
なに縫ってるんだ? 」
ジョーは腰掛けようとして ソファの上から細君の手仕事を拾いあげた。
「 ・・・ シャツじゃない ・・・ か。 すぴかの手提げとかリュック?? いや〜〜
あ これ 何て言ったっけか。 ちっちゃい切れ端をつなげてゆくヤツ ・・・? 」
手の中には さまざまな布が小さく切って縫いつなげてある。
「 ふうん? ・・・ あ これってすぴかのシャツだろ? ゾウさんプリント〜〜って
チビのころ すごいお気に入りだった・・・ これは〜〜 すばるのだ! うん うん
電車の模様の布で 上履き入れにしてたよなあ。 」
― コトン。 露を結んだグラスが目の前に置かれた
「 ジョー。 はい、麦茶。 」
「 お サンキュ〜〜 なあ これ・・・ すばるのだよな。 」
「 あら 覚えているの? この上履き入れ、ものすごくお気に入りで結局小学校卒業するまで
使っていたのよね。 最後はもう上履きははみ出していたけど。 」
「 そ〜だったっけか ・・・ チビに頃、すごい得意顔で持っての、はっきり覚えてるよ。
上履き入れより アイツの顔がさ めちゃくちゃ印象的で記憶に残っているんだ。 」
「 うふふ ・・・ ハナの穴、膨らませてたわよねえ〜 」
二人は布を真ん中に寄り添って座った。
「 あ これ。 もしかしてぼくのシャツ? ブルーとグレーのストライプのヤツ・・・
いつのまにか見えなくなったと思ってたけど ・・・ 」
「 うふふ ・・・ 実はねえ すばるが持っていってちゃっかり着ていたの。 」
「 あ〜〜〜 あのヤロ〜〜〜! 」
「 で ね。 部活でなんか破いちゃったのよ。 どうしよう〜〜ってこっそり持ってきたの。 」
「 ゆるせ〜〜〜ん! ・・・ で きみが縫い合わせた? 」
「 あ ・・・ あのね〜 実は。 破けたトコ、切り取って・・・ キッチンの出窓のカーテンに加工
して ・・・ 」
「 ・・・ がび〜〜〜ん ・・・ ぼくのお気に入りが ・・・ 」
「 これはその切り落とし部分ってわけ。 」
「 が〜〜〜ん ・・・ すごくショック★★ あ・・・じゃあ これって皆の服の? 」
ジョーは 膝掛けほどの大きさの布を両手で宙に広げた。
「 パッチワーク っていう方法なんだけど。 昔、 わたしのママンがやっていたの。
これは ・・・ そうね ・・・ 皆の思い出つづり かな 」
「 思い出綴り? あ ホントだ ・・・ どの布にも思い出があるもんなあ 」
「 ふふふ ・・・ 他のヒトにはただの端布だけど。 わたし達にはみ〜んな 」
「 そうそう 一枚一枚にストーリーがあるんだよなあ ・・・ ああ 懐かしいなあ〜
あ これ〜〜 きみのワンピースだろ? ・・・ 結婚式に着てた・・・ 」
「 あらあ ・・・覚えていた? 全然忘れちゃってると思ってた。 」
「 忘れるもんかよ。 ― 最高〜〜〜 にキレイだったもん。 今もキレイだけど♪ 」
ジョーは長年連れ添った愛妻を引き寄せ ちゅ・・・っと唇を盗む。
「 ・・・ んん ・・・ もう ・・・ ジョーったら〜 すばるが降りてくるかもしれないのに・・・ 」
「 はん。 あいつらはもう免疫さ。 いや 思い知らせてやろうかな?
お前のお袋さんはオレのオンナなんだ! って! 」
「 ・・・ ジョー。 シャツの恨み、晴らしたいの? 」
「 ・・・ わかった? 」
「 わかった。 あ・・・そうだわ、忘れてた。 」
フランソワーズはジョーの腕をやんわりとどけると立ち上がった。
「 なんだよ〜 」
「 お弁当よ。 明日は弁当〜 って言ってたから。 すばる。 」
「 ・・・ またヤツかよ。 なあ ・・・ 今度の正月は帰ってくるよなあ? ・・・ すぴか。 」
「 ふふふ ・・・ やっぱりムスメの方が可愛い? 」
「 ど どっちも可愛いさ! 家族で過せる正月って ― さ 多分 ・・・ 」
「 ・・・ うん ・・・ 帰ってきなさい! って手紙出しとくわ。
さ〜て! 冷蔵庫の残り物点検〜〜っと。 」
フランソワーズは陽気な声をあげて キッチンに入っていった。
― あと 何回 作れるかな ・・・ すばるのドカベン。
大きな弁当箱につめるべく食材を あれこれ考え準備しつつ ― 母はこっそり目尻をぬぐった。
サ −−−−− ・・・・ レースのカーテンが ふんわりと揺れる。
風はきつくはなかったけれど ― もうかなりの冷たさだ。
「 窓 閉めようか。 」
ジョーは 気がついて窓辺に寄っていった。
「 ジョー ・・・寒い? 」
「 いや ぼくはそれほどでも。 きみは ? 」
「 わたしは平気。 遠くても波の音、聞いていたい ・・・ 懐かしいから。 」
「 ・・・ ああ そうだね。 」
彼は微笑んでソファにもどって来た。
ここは 海の見える高台にあるフラット。 いわゆるセレブが住む異国のリゾート地だ。
ジョーとフランソワーズがここで暮し始めて もう数年が経っている。
「 寒いなら ・・・ ほら 膝掛け、どうぞ。 」
「 うん ・・・ もらおうかな。 」
「 はい ・・・ 」
妻は 手作りらしいパッチ・ワークの膝掛けを差し出した。 凝ったデザインと技術で縫ってある。
「 ふ〜ん ・・・ 腕、上げたねえ。 ・・・ なあ アレ は? 久し振りに見たいなあ 」
「 アレは ― ないわ。 」
「 ・・・ え。 持ってこなかったのかい。 」
「 あれは ― あの子たちのものだもの。 」
「 だけど ・・・ 思い出にって。 縫っていたんだろう? 」
「 ええ。 その思い出は ・・・ あの子たちのもの でしょ。 」
「 それは そうだけど ・・・ 」
「 わたし達には 抱えきれないほどの想いがあるわ ・・・ ここに ・・・ 」
フランソワーズはしっかりと胸に手を当てた。
「 ・・・ ああ そうだね。 うん ・・・ 山ほどあるさ。 」
「 でしょ。 ジョー、あなたのこころの中に ・・・ 」
「 うん。 フランワーズ。 きみの微笑みの中に。 」
一見若い恋人たちは 年降りた熟年夫婦の眼差しを交わし静かに唇を重ねた。
思い出綴り ― それはこころの中にある
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Fin.
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Last
updated : 08,13,2013. index
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島村さんち・シリーズ 番外編? いつかくる・こんな日々・・・
ジョー君のぱんつはパリパリです♪ (^.^)