『 Voulez - vous du chocolat ? − チョコレ−トはいかが? − 』
***** はじめに *****
お馴染み・<島村さんち>スト−リ−です。 設定は【Eve Green】様宅から拝借しています。
このシリ−ズはいつもめぼうき様とのおしゃべりが素になっている協同作品です。
今回のお話は 『 王子サマの条件 』 の続編になります。
「 お帰りなさい、ジョ− 」
「 ・・・ ただいま フランソワ−ズ 」
今日もジョ−が玄関のポ−チに立つと同時にドアが開き、
彼の一番大切な女性 ( ひと ) が満面の笑みで立っている。
二人は腕を伸ばし抱き合い微笑んで ・・・ 熱いキスを交わす。
真冬の外気に冷え切ったジョ−の唇が ふんわりと温かく柔らかく包まれ
やがて
ジョ−は ほとんど自分自身のモノになっている香りと味をたっぷりと楽しむ。
・・・ああ ウチに帰ってきた・・・
フランソワ−ズと結婚し、文字通り寝食を共にするようになり
彼は初めて ホ−ム というものを五感で、そして肌で知ることが出来た。
どんなにくたくたになり、どんなにささくれ立った思いを抱え、どんなに落ち込んでいようとも
一歩そこに戻ってくれば 全てはたちまちのうちに雨散霧消する。
自分の帰るべき場所、 自分の居場所、 ・・・・ そう、<ぼくの家>。
ジョ−は今 やっとそれを見つけたのだ。
小さないざこざやら、その時はかなり深刻に向き合った夫婦喧嘩も
ちょっと後から振り返れば 自然と微笑みが浮かんでくる。
イイコトも イヤなことも。
きみが一緒に受け止めてくれるから。 ぼくは・・・
毎日のキス、でもそのたびにみつける彼女の魅力に
ジョ−は今でもくらくらと軽い眩暈をおぼえ、彼の身体には虹色の電流が通過する。
お帰りなさい、のキス
それは島村さんちではとても大事なイベントで
教会で誓い合ったその日から ・・・ 雨の日も風の日も雪の日も・・・晴れの日は勿論、
二人だけの時も 奥さんの大きなお腹がいささか妨害気味な日々も
色違いの小さな頭をだっこにおんぶの時代も ・・・
ず〜〜〜っと ず〜〜っと続いているのだ。
そして ・・・ 今。
小学生になった双子の姉弟は両親の熱〜い姿にはすっかり慣れっこになっている。
ウチのお父さんとお母さんは いつだってらぶらぶ♪
島村さんちの すぴか嬢とすばる君はごく当たり前にそう思っていた。
「 ・・・ 今日のデザ−トは チョコレ−ト・ケ−キ? 」
「 あら・・・ ここまで匂うかしら? 」
ジョ−はやっと名残惜しそうにフランソワ−ズを離し、くす・・・っと笑った。
「 いや。 きみの唇 ・・・ チョコの味がした。 」
「 ・・・まあ・・・ さっきちょっとお味見したから・・・ 」
「 ふふふ・・・ 美味しかったよ。 晩御飯が楽しみだな〜 」
「 あ、ジョ−。 違うのよ。 今日のデザ−トはカスタ−ド。
チョコレ−ト・ケ−キを作っているのはすぴかなの。 」
「 へええ??? アイツがケ−キ作り?? どういう風の吹き回しだい。 」
ジョ−は本気で驚き、眼を見張った。
小学二年生になったすぴかはますますお転婆、相変わらず外で跳ね回るのが好きだ。
今は 鉄棒と木登りに<ハマって>いる。
「 あのね。 ほら・・・ 来月の14日。 例の・・・あの日よ。 」
「 うん ・・・? ・・・ああ! ヴァレンタインかぁ。 」
「 そうなのよ。 今日突然、チョコレ−トの作り方教えて!って言うの。
チョコレ−トって案外難しいのよね、だからまずはケ−キにしたのよ。」
「 へえ・・・・ だって アイツ、まだ二年生だぜ? そんなヴァレンタインなんて・・・
早すぎるよ。 」
「 まあ ジョ−ったら。 なにを怒っているのよ。
今時、幼稚園の子だって ぼ−いふれんど にチョコをあげてるわ。 」
「 ふうん ・・・ でも、すぴかは・・・ まだ木登りや鉄棒に夢中の・・・子供だよ。 」
「 まあね。 我が家には素敵な男性が二人もいますから・・・ その方々向けかも
しれなくてよ? とにかく、今日は<リハ−サル>なの。 」
「 あ・・・ そうか。 ・・・ そうだよな〜・・・うん♪ 」
− ま。 あっという間に機嫌が直ったわ。
もう ・・・ ジョ−っていつまでたってもヤキモチ焼きなんだから・・・
お互いの腰に腕を回しジョ−とフランソワ−ズはリビングに入っていった。
「 おか〜〜さ〜〜〜ん! 次はぁ〜〜?? 」
「 はいはい・・・ 今行きますよ。 」
キッチンから すぴかのきんきん声が響く。
「 ちょっと見てくるわね。 」
「 うん。 ・・・ あ、 ぼくも行こうかな・・・ 」
軽く頬にキスをすると フランソワ−ズは小走りにキッチンに向かった。
・・・ 初めて会った頃と 全然かわらないな・・・
ほっそりした彼女の後姿を見送って、ジョ−は淡い笑みを浮かべた。
自分達が<変らない>、いや変れないのはわかりきっていることだけれど、
フランソワ−ズはいつになっても、そう、いつまでも
ジョ−にとってちょっとどきどきする・永遠の恋人なのだ。
・・・ ふふふ。 きみには言わないけど。
あの頃・・・ ぼくはきみが怖かったんだぜ?
なにせ、出逢ってすぐいきなり睨みつけられちゃったからなあ、とジョ−は今では
楽しい思い出のように<あの頃>を振り返る。
とんでもない状況だったが・・・ ともかく a boy meets a girl、 なのだった。
それが、さ。 今は ・・・ 二人の子持ちだよ?
・・・ でもきみは いつまでもぼくの恋人さ・・・
今夜は ・・・ きみを眠らせないよ。
「 お父さんッ お帰りなさ〜い♪ 」
すばるの高声が ジョ−のあま〜い思いをイッキに消し去った。
同時に どん、と小さな身体がジョ−の脚に飛びついてきた。
「 ただいま〜 すばる。 お、良い匂いだね〜 」
「 うん! すぴかがちょこれ−と・け−きをつくってるんだ〜
お母さんがわたなべ君のお母さんに教わった作り方なんだって。」
「 へえ〜 それは楽しみだな。 」
「 あのね。 ばれんたいん・で− にお祖父ちゃまと〜グレ−トおじさんと
張おじさんにもあげるんだって。 」
「 そうなんだ〜 」
「 うん。 今日はね、<りは−さる>なんだって。 」
「 ふうん・・・ ちょっとお父さんも味見したいな〜
フランソワ−ズ? <りは−さる>の進み具合はどう? 」
「 ジョ−・・・ もうすぐ今のをオ−ブンに入れるのよ。 」
「 あ、お父さん〜〜 お帰りなさ〜い♪ 」
母とお揃いのエプロンをつけた小さな亜麻色の頭がキッチンから飛び出してきた。
「 ただいま、すぴか。 ・・・ ふふふ・・・ ほっぺにチョコが付いてるよ? 」
「 あ いっけな〜い 」
「 なあ、お父さん、味見したいんだけど。 すぴかのケ−キ、食べたいなあ〜 」
「 ・・・! だめ! お父さんは 入っちゃだめ! 」
「 ・・・ へ ?? 」
すぴかは急に真剣な顔になり、キッチンのドアの前で両手を広げてとうせんぼ、した。
「 今日は だんしきんせい、なの。 」
「 ・・・ 男子 ・・・ え〜どうしてなのかな〜 」
「 だって! アタシは女の気持ちをこめて愛のしるしのケ−キをつくってるの。
他のオトコノコに見られたくないもん。 」
「 ・・・ オトコノコ、ねえ・・・ 」
ジョ−はちょっと感心した面持ちで娘の顔をみつめた。
− へええ・・・? ついこの前まで赤ん坊だったのになあ。
女の気持ち、だって。 へええ・・・ 女の子ってのはオマセさんなんだな〜
「 だ〜か〜ら。 お父さんはアタシのケ−キ作りをみちゃ、ダメなの。 」
すぴかは一人でうんうん・・・・と頷いてみせた。
− ・・・ ふふふ・・・・ なんだか、この顔・・・
そうだよ、フランソワ−ズそっくりだ。
自然と口元に浮かびあがる笑みを隠そうとジョ−はかなり苦心してしまった。
「 すばる〜 そんなにつまみ食いをすると晩御飯が入らなくなるわよ!」
「 ・・・ うん ・・・ 大丈夫。 」
キッチンの中からは妻と息子の声がする。
「 あれ。 すばるはキッチンに入っていいのかな〜 だんしきんせい なんだろ? 」
「 すばるはお味見係りなの。 アタシ、チョコってあんまし好きじゃないし。
じゃね、お父さん。 御飯が出来たらお母さんが呼んでくれるわよ。 」
すぴかはぱたぱたとキッチンに駆け込んでいった。
− ・・・ ふ〜ん ・・・・ ぼくは本日仲間外れ、ってわけか。
ふうん〜〜〜
疎外された父親は 仕方なしに新聞をつかんでリビングのソファにひっくり返った。
「 ジョ−? ジョ−ォ・・・? お食事よ。 ・・・ あら。 ヤダ ・・・ ジョ−ったら 」
島村さんちの奥さんは ソファの上で新聞紙の下で寝入ってしまった彼女のご主人をみつけ
思わず頬を染めてしまった。
彼は 置いてあった彼女のカ−ディガンをにぎりしめしっかり顔を埋めていたのである。
温暖な気候のこの海沿いの街も、深夜ともなれば大気はかなり冷えてくる。
でも・・・
その部屋は その部屋にいる二人には ・・・ 寒さなど感じなかった。
常夜灯が淡い光を投げかけている。
ぼんやり浮かび上がる壁紙に 伸びたり縮んだり・・・重なった影が映る。
大分前から 囁きすら聞こえない。
熱い吐息が ・・・ 甘い吐息が ・・・ 空中に舞い上がり部屋中に満ちてゆく。
ジョ−は 絹ビロ−ドよりも柔らかいフランソワ−ズの内腿に頬を当て
彼女自身の花園の蜜の甘さを 満喫していた。
時折・・・ 甘い呻きが漏れ細い指がジョ−の髪を梳る。
・・・ ああ・・・ ここはいつだって 春 だ ・・・
彼の舌はますます饒舌になり、彼女の呻きは次第に揚まり ・・・
「 ・・・ あ!? 」
不意に ジョ−は小さく叫ぶと顔を上げた。
「 なあ、フラン? フランソワ−ズ? あのさあ? 」
「 ・・・ え ・・・・ な ・・・ に ・・・ 」
急に揺さぶられ、フランソワ−ズは膜がかかったみたいな瞳で
ぼんやりとジョ−の顔を見た。
「 あのさ。 すぴかのチョコレ−ト・ケ−キだけど。
あれって・・・ 勿論ぼくに、だよね? 」
「 ・・・ チョコ ・・・? 」
「 そうだよ! 今日、<りは−さる>してたアレ・・・ 本番はぼく用だよね? 」
フランソワ−ズはやっと上体を起こし 目の前で真剣な顔で言い募っているジョ−を見つめた。
− ・・・ チョコレ−ト・ケ−キ・・・? なんなの〜〜〜このヒトって・・・!
「 ジョ−。 あなた・・・わたしとの夜よりも娘のケ−キの方が気にかかるの?! 」
「 ・・・あ ・・・ あのゥ ・・・ いや、そのゥ・・・ 」
「 信じられない・・・! そんなヒトだったの?! ・・・もう、今夜はイヤよ。 」
「 あ! ・・・ああ、あの、フランソワ−ズゥ・・・ 」
フランソワ−ズはばさり、と毛布を引き上げ身を包み反対側を向いてしまった。
「 あの〜〜?? ・・・ すいません、ごめんなさい〜〜
きみが・・・ そのゥ ・・・ あんまり<甘い>から・・・・つい、その・・・ 」
「 ・・・・ ふん ・・・・ 」
「 ・・・もしも〜し? フランソワ−ズゥ〜〜 きみはチョコレ−トよりもケ−キよりも
甘くて美味しいよ。 ちょっと連想しただけだよ〜〜 ねえ・・・? 」
「 ・・・ 真面目に なりますか。 」
「 うん! ・・・ いえ、はい。 ね〜〜ね〜〜 機嫌直して・・・ 」
「 ・・・ もう ・・・ ジョ−ったら・・・ 」
毛布の端っこが少し捲れて ・・・ 青い瞳がジョ−を見つめた。
ピンクに上気した頬が美しい。
「 ・・・ こんな中途半端な気分にしておいて・・・放っておくなんて・・・ 本当にイヤな・・・ジョ−・・・ 」
「 フランソワ−ズ♪ ・・・ ごめん、ごめん〜〜〜
・・・ ね? お詫びに今夜は ・・・ 眠らせないから・・・ね? 」
ジョ−はくるり、と毛布を剥ぎ取ると、白く輝く肢体をぐ・・・っと抱き締めた。
「 ・・・ もう。 本当に ・・・ ジョ−ったら・・・! 」
奥さんのご機嫌は無事、もとに戻りご主人は密かに胸をなでおろし・・・
二人は共に熱い夜を満喫したけれど。
・・・とうとう ジョ−は娘のチョコレ−ト・ケ−キの<宛先>を聞きそびれてしまった。
「 ジョー? わたし、またしばらくお昼すぎまで留守にしますから。 」
「 うん、いいよ。 ・・・あ、またなにか舞台? 」
「 そうなの。 一回きりなんだけど・・・<ヴァレンタイン・コンサ−ト>。
小さいコンサ−トなの。 わたし達の勉強会も兼ねて・・・ってね。 」
「 へえ・・・ 大変だね。 」
「 なんかね〜 <愛のパ・ド・ドウ 特集>ですって。 ・・・ ほら、すばる〜〜
早く食べちゃいなさい。 すぴかに置いていかれるわよ。 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
朝、キッチンの窓から一杯に注ぐきらきらのお日様の元、
島村さんちは朝御飯の真っ最中である。
ジョ−の隣では小さなセピアの頭が懸命にト−ストを頬張っている。
フランソワ−ズの隣の席は とっくにマグカップもトレイも空っぽ、ご本人の姿も見えない。
「 子供たちが帰るまでには戻っているわ。 すぴか〜〜! ちょっと待ってて。
すばる、もうすぐごちそうさまするから・・・ 」
「 や〜だ! アタシ、一番に学校に行って鉄棒するんだも〜ん。
お父さ〜ん、お母さ〜ん、 行ってきま〜す!」
ばった〜〜〜ん !!!
盛大な音をたて、玄関のドアが閉まった。
「 あ〜あ・・・ もう・・・ 」
「 ふふふ・・・ すばる、ほらお父さんと一緒に支度しような? 」
「 ・・・ うん ・・・ ・・・ ごちそうさまッ! 」
すばるは、こくこくこく・・・とようやく飲み干したマグカップを置いた。
「 あ、ジョ−? ブルゾン、洗濯したの、出しておいたから・・・・着替えていってね? 」
「 了解。 ・・・ あ。 < 愛のパ・ド・ドゥ >・・・って。
きみ ・・・ なにを踊るの。 パ−トナ−は・・・もしかして・・・? 」
「 すばる〜〜 びっこたっこなソックス、履いて行かないでよ。 」
「 うん・・・ ソックス〜〜〜♪ 僕のソックス〜〜 は、ど〜こ〜かな♪♪?? 」
「 そこに、ソファのとこに置きました。 ・・・え、なに、ジョ−。 」
「 だから ・・・ きみは何を踊るの。 」
「 え? ああ・・・ 舞台のこと。 今度は『 ジゼル 』 ちょっと大変なのよ。 」
「 へえ・・・。 それでさ、相手は誰。 ・・・例の・・・? 」
「 きゃ〜〜 もうこんな時間じゃない。 わたしも急がなくちゃ。
ほらほら・・・ あなた達も〜〜 ジョ−、今日はバスなんでしょ? 」
「 お父さ〜〜〜ん、僕、もうお支度できたよ〜〜 」
「 おう、今ゆくよ。 なあ、アイツかい、<王子サマ>は。 」
「 王子サマ??? ・・・ああ。 そうよ、今度もタクヤと。 ふふふ・・・ちょっと彼の
アルブレヒト ( 注: 『 ジゼル 』 での王子サマ ) が楽しみなのよ。 」
「 ふうん ・・・ アイツとねェ・・・ ジゼルって、タラシの王子に騙されるヤツだろ? 」
「 まあ、タラシ、だなんて。 ま、今度は<悲恋>なわけ。 」
「 わ〜〜 タクヤお兄さん、また<おうじさま>? お母さんと踊るの? 」
「 そうなの。 すばる、また見にきてくれる? 」
「 うん!! 僕、あのお兄さん、カッコイイおうじ様だし〜大好き♪ 」
「 そうね〜 ・・・ あ! 大変大変〜〜 ほら、30分のバスが来ちゃうわよ? 」
「 うん・・・ お父さ〜〜〜ん、僕、先に行くよ〜〜〜
行ってきます〜〜 お母さん。 」
「 はい、行ってらっしゃい。 」
すばるはほっぺにお母さんのキスを貰い、ニコニコ顔で出て行った。
「 お〜〜い、すばる。 待ってくれ。 一緒に行こう!
あ、 フランソワ−ズ、それじゃ・・・ 行ってきます〜 」
「 はい、行ってらっしゃい♪ 」
ジョ−はばたばた走ってくると、それでも彼の奥さんを抱き締め、ちゃ〜んと
唇に熱いキスをして 息子の後を追いかけていった。
・・・ ああ ヤレヤレ・・・
フランソワ−ズは食卓に戻って思わず溜息をついた。
朝の戦闘は ようやく終了である。
・・・あ! いけない、のんびりしている時間はないわ。
皆の食器をキッチンに運び、いささかお行儀が悪いが
ト−ストの一片を齧りつつ ・・・ 島村さんちの奥さんは食器を洗い始めた。
ふんふん〜〜♪♪
・・・? なにか ジョ−が言ってたわね・・・? パ−トナ−がどうだかこうだか??
ま、いいか。 タクヤってちょっと興味があるコなのよね。
リハ−サルが楽しみだわ。 そうそう、すばるとも仲良くなってたみたいだし・・・
すばるはこの前、お母さんのお供でバレエ団まで一緒に行き、
お母さんのパ−トナ−の<王子さま>を踊ったタクヤ青年と 仲良し になったのだ。
<かっこいい・おうじさま>だね〜・・・とすばるはひどく彼がお気に入りである。
・・・ そうかぁ ・・・ きみの ・・・ お母さん、なんだよな ・・・
タクヤはなんだかがっかりしたみたいな、疲れたみたいな・・・・
力のない笑顔を見せていた。
そういえば・・・ あの時タクヤもなんかちょっとヘンだった・・・かしら?
う〜ん・・・?? きっとリハ−サルで緊張して・・・くたびれてたのよ。 そうよ、そうに違いないわ。
<おうじサマ>の密かな想いに この子持ちの姫君は全然気が付いていないようである。
キッチンをざっと片付けると、フランソワ−ズは二階の寝室に駆け上がった。
荷物はもうちゃんと用意してあるし。
大急ぎで着替え、ドレッサ−の前に座ってささささ〜〜と簡単にお化粧をする。
これで よし、と。
え〜と・・・ 博士がお帰りになるのは・・・明後日ね。 今度は長かったわ・・・
お誕生日にもお留守だったわよね。
<土産があるよ> ・・・ってなにかしら・・・
スイスでの学会に出掛けた博士からの絵葉書がカレンダ−に留めてある。
メ−ルじゃないところがいかにも古風な博士らしい。
レマン湖の大噴水の写真はいったいいつ写したモノなのだろう・・・
壁の絵葉書をちらり、と眺め・・・ 鏡の中の自分をもう一回点検し。
− さあ。 行って来ます!
<島村さんちの奥さん>から。 <すばる君とすぴかちゃんのお母さん> から。
一人のダンサ−、 フランソワ−ズ・アルヌ−ル へ!
彼女は パンッ と小さく自分の頬を叩いた。
そうして・・・
亜麻色の髪の乙女は 大きなバッグを抱えると玄関を飛び出しすごい勢いで
バス停めざし、前の坂を駆け下りていった。
もしも。
彼女の戦友である最強のサイボ−グ戦士・009がその様子を見ていたのなら。
・・・・ 003にも加速装置がついていたのか ・・???
− 彼は本気で首を捻るかも ・・・ しれない。
「 ・・・ぁ〜〜〜〜 !! なあ、ケン? 今日、呑みに行こうぜ? 」
「 パス。 オレ、バイトあるし。 明日からリハだし。 」
「 ・・・ちぇ〜〜! 」
ボ−イズ・クラスが終り 自習している仲間もまばらになったスタジオで
山内 拓也は ばんっと大きくジャンプして・・・そのまま床にころがった。
「 な〜に荒れてるんだよ? オマエ、クラスでもヘンだったぞ。 」
「 ふん ・・・ いいんだ、どうせ。 」
「 ??? 」
そうだ! タクヤは飛び起きて不思議そうに眺めているケンの腕を引いた。
「 おい、ケン! 代わってくれないか。 オマエ・・・ 『 海賊 』 だろ? いいなあ〜〜 」
「 ・・・ なんだよ〜 それで機嫌が悪いのかよ。
ヤだね〜。 オレ、ず〜っと 『 海賊 』 ちゃんと見てもらいたかったんだ。 」
「 う〜〜・・・ あ、ヒロ〜〜 オマエ、オレと代わってくれ〜 」
タクヤはスタジオの隅で熱心にブリゼ・ボレの練習をしていた少年に声をかけた。
「 ・・・え? 冗談じゃないっすよ、タクヤ先輩〜〜
僕、 初めて ブル−バ−ド、貰ったんですよ? 先輩は 『 ジゼル 』 じゃないですか〜 」
( 注: 『 ブル−バ−ド 』 はグラン・パ・ド・ドゥの入門的作品。
ブリゼ・ボレ は男性ヴァリエ−ションの中での見せ場で踊るステップ )
「 ・・・くゥ〜〜〜 その ・・・ 『 ジゼル 』 が・・・よ〜〜
オレ、もっと派手に跳んだり回ったりするのが好きなんだ〜〜 」
またまた タクヤは床にひっくり反ってしまった。
「 『 ドン・キ 』って希望だしたんだけどな〜〜〜 くそゥ〜〜〜!! 」
・・・ あのヒトとドンキを踊りたかったのに・・・!
タクヤの目の前には 笑みを含んだ青い瞳が、しなやかな白い腕が浮かぶ。
ああ・・・ 彼女とドンキだったら。 テクニック合戦で最高のコンビになれるかもしれないのに。
オレのこと・・・ 彼女もきっと見直してくれるよな。
この前の舞台、迎えに来た すばるのお父さん は滅茶苦茶カッコいいヤツだったけど。
でもな。 でも。
舞台ではオレが 王子サマだぜ? 彼女のハ−トをゲットするのは・・・オレさ。
だから ・・・ 絶対インパクトがある 『 ドンキ 』 が良かったのになぁ〜〜
・・・ くゥ 〜〜〜〜 !!!
タクヤは盛んに天井に向かって悪態をついた。
「 ま〜な〜 マダムの決定は絶対だし。 『 ジゼル 』 嫌いか? 」
「 嫌いってか・・・あ〜ゆ〜辛気臭いのって好みじゃないんだ。
亡霊と愛のパ・ド・ドゥが踊れるかよ〜〜 」
「 アルブレヒトって、でも難しいぜ? いい練習になるじゃん。 」
「 そうだけどさ・・・ オレはこう・・・ トキメキが欲しいワケ。 」
「 へえ? な〜んか乙女チックなこと言ってるぜ。 」
「 う〜〜〜 なんとでも言えよ〜〜 」
「 相手は? ジゼルは誰だ。 」
「 知らね。 昨日、見た時にはまだ発表になってなかった。 」
「 あ〜 タクヤ先輩? 女子の方も配役表、掲示してありましたよ? 」
「 ・・・ ふうん ・・・ 」
「 オマエね〜〜 」
「 オレ ・・・ 今日は帰って・・・寝る。 」
呆れ顔の仲間を残し、タクヤ青年はぷい、とスタジオから出て行った。
廊下の鍵の手の向こうから華やかな笑い声が響いてくる。
女子の団員達が数人、壁の掲示板の前で笑いさざめいてる。
− ・・・ああ、 女子も発表になったって言ってたな・・・
タクヤは関心もなさそうに、彼女らをよけて更衣室に向かった。
・・・ ふん。 相手が誰でも たいして変わりはないぜ・・・
憂鬱・王子は 苦手だ〜〜〜!
「 ・・・あ? タクヤ? 」
突然 天からファンファ−レが響いてきた ・・・ ようにタクヤには聞こえた。
脚が ぴたり、と床に吸い付いて一歩も進めない。
「 ?! 」
「 今度もよろしく。 ふふふ・・・こんなオバチャン・ジゼルで ごめんなさいね? 」
「 ・・・ あ ・・・ へ ・・・ あ、あ・・・いえ・・! よ、よろしく・・・!!! 」
彼の大事な想い人、タクヤ君のマドンナ ・・・ フランソワ−ズ・アルヌ−ル嬢が
艶然と微笑んでいた・・・!
「 あれ? オマエ、帰るんじゃなかったのか〜 」
「 いや。 このあと、ココ空いてるよな? 」
「 ああ・・・。 今日は夕方までなにも無いはずだ。 」
「 ラッキ−! 」
「 ・・・ タクヤ・・・??? 」
勢いよくスタジオに戻って来たタクヤにケンとヒロは顔を見合わせた。
さっきの不貞腐れ気分はどこへやら・・・
タクヤ青年は 鏡に前で6/8拍子の急テンポでの連続のブリゼを練習し始めた。
「 ・・・ どうなってるんだ? 」
「 アルブレヒト、ですよね・・・ 先輩。 」
仲間らの視線などてんで眼のはしっこにも入らず、
タクヤは懸命にステップを繰り返す。
彼の脳裏には もうちゃんと − 恋するあのヒトのジゼルの姿が描かれていた。
・・・ オレ ・・・ 踊るよ、いや、踊らせてください・・・!
今のオレにしか踊れない アルブレヒトを。
今のオレの ・・・ 気持ちの全てを篭めて 踊るよ。
・・・ オレの ・・・ ジゼル ・・・! ありったけの想いを篭めて。
きみが ヒトの奥さんでも 二人の子持ちでも ・・・ そんなコト関係ないさ。
きみは ・・・ オレの永遠の<ジゼル>・・・
・・・ オレの ・・・ フランソワ−ズ・アルヌ−ル ・・・・!!
パパンっ!!
小気味のよい音がスタジオに響き、タクヤ青年は高い位置でのバッチュを決めた。
「 お疲れ様でしたわね・・・ 博士。 どうぞ今夜はごゆっくりお休みになって・・・
今夜は カモミ−ル・ティを淹れましたわ。 」
「 いや・・・ おお、ありがとう。 う〜ん・・・この香りをかぐと
ウチに帰ってきたんじゃなあ・・・と思うよ。 」
ギルモア博士はソファにゆったりと身体を埋め紅茶の香りに目を細めた。
「 二週間、でしたか。 今回は長かったですね。 」
「 うむ・・・・ 学会が二つ続いたからのう。 しかし収穫は大、じゃったよ。
懐かしい顔にも久々出会ったしの。 」
「 そうですか、それはよかったですね〜。 スイスはまだ寒かったでしょう。 」
「 ああ、まだまだ真冬じゃった。 そうじゃ、お前たちに土産があるよ。 」
「 お土産って ・・・ さっきチョコレ−トの詰め合わせとジンジャ−・クッキ−を
頂きましたわ。 すぴかがあのクッキ−、大好きなんです。 」
「 そうかそうか。 いや、アレはチビさん達用でな。
お前たちには ・・・ ちょっと待っていておくれ。 」
にこにこして博士は席を立った。
二月に入って、ようやくギルモア博士は帰国した。
<おじいちゃま>の美味しいお土産と外国の絵葉書に双子は大喜びだった。
「 ねえ、ジョ−。 博士、ご自分のお誕生日にはお留守だったでしょう? 」
「 ああ・・・ そうだね。 きみの誕生日もね。 」
「 ええ。 ちょっと遅れたけど、ウチだけでもお祝いしましょうよ。
すぴかがチョコレ−ト・ケ−キを焼いてくれるわ。 」
「 うん、そうだね。 あ・・・ そういえばすぴかのケ−キだけどさ。
あの ・・・・ 14日にさ、 ぼくに貰える・・・ 」
「 ・・・ ほい、コレじゃ。 コレはジョ−に。 こっちはフランソワ−ズに・・・ 」
博士はなにか嵩張る大きな袋を持って戻ってきた。
「 まあまあ ・・・ なにかしら。 」
「 え・・・ ぼくにも、ですか。 」
「 うんうん・・・ 気に入って貰えると嬉しいんじゃが・・・・ 」
「 ・・・ わぁ 〜〜 ネクタイだ? ・・・ え? タグにぼくの名前が入ってる! 」
「 ふふふ・・・ お前、青系統が好きなようじゃから。
帰りにロンドンにまわってオックスフォ−ド通りの専門店で誂えてきたよ。 どうじゃな・・・
お前も 仕事でちゃんとした席に出る機会も増えよう? 」
「 すご・・・ この色合いと手触り・・・ 世界で一本だけのネクタイですね!
・・・ どう、似合うかな? 」
ジョ−はそうっとネクタイを両手で持ち上げ胸の前に翳した。
「 とってもよく似合うわ〜ジョ−。 ぴったりよ。 」
「 えへ・・・・ 嬉しいな〜 ありがとうございます、博士。 」
「 ・・・ 博士・・・ これ ・・・ ! 」
三人の前に 白い霞みみたいな布地がふわり・・・と広がった。
「 ジュネ−ブの街を歩いていて・・・ たまたま見つけての。
絹のレ−スじゃ。 なんか ・・・お前の舞台衣装に加工できんかな、と思ってな。 」
「 すごいわ・・・ 雲で出来ているみたい・・・ ! 」
ふわり、と宙に放てば、その布は華麗な軌跡を描いて舞い降りる。
それは シルフィ−ドの羽にもなり ジゼルの経帷子にもなり ・・・
目にも彩なる光と影を織り成してゆく。
「 綺麗だね〜〜〜 雲ってか ・・・ 蜘蛛の糸だ・・・ 」
「 ありがとうございます、博士! ちょうどよかったです、今度の舞台、『 ジゼル 』なんです。 」
「 おお・・・・そうか。 」
「 ・・・ ウィリ−の衣裳に ・・・ 」
フランソワ−ズは頭からベ−ルのようにその布を被いた。
亜麻色の髪に 白い頬に ふんわりと優しい霞がまといつく。
「 きれいだよ〜 フランソワ−ズ・・・ 」
「 ・・・お前には 花嫁衣裳も着せてやれんかったから・・・なあ・・・
その代わり、と言ってはナンじゃが。 」
「 博士 ・・・ そんな ・・・ 」
ジョ−とフランソワ−ズは 所謂豪華な結婚式は挙げていない。
地元の教会で、ジョ−は一張羅の背広にグレ−トからホワイト・タイを借り、
フランソワ−ズは一番好きな白いフレア・スカ−トのワンピ−スを着て式を挙げた。
博士と 仲間たちに囲まれた質素だけれど温かい挙式だった。
花嫁のブ−ケは優しいマ−ガレットで 初夏の陽射しに花までがにこにこと微笑んでいた。
・・・ あれから ・・・ あっという間ね。
もう ・・・ 10年も経ってしまったわ ・・・
「 博士! ありがとうございます。 わたし・・・ この生地のお衣裳で
大好きな 『 ジゼル 』 を踊りますわ。 」
「 そうか ・・・ そうか ・・・ では、またみんなで観にゆこうなあ。
ジョ−、お前はソレを締めてばっちり決めろよ? 」
「 あは。 ・・・一番難しかったりして・・・ 」
「 14日か。 楽しみにしているよ。 」
「 はい。 ありがとうございます・・・ 」
・・・ あ。
ジョ−はまたしても 娘のチョコレ−ト・ケ−キの行方を聞きそびれてしまった。
「 お疲れ様でした〜 」
「 お疲れ! よかったよ〜 頑張ったね! 」
「 ・・・えへへ ・・・ ありがとうございます〜〜 」
ロビ−も廊下も楽屋も。
どこもかしこも 賑わって華やかな空気に満ちている。
「 お母さん、お母さ〜〜ん! すご〜いきれいだった! 」
「 ・・・ わぁ・・・ お母さん 黒い髪だとお母さんじゃないみたいだ・・・ 」
「 素敵なジゼルだったよ。 アルブレヒトと息もぴったり合ってたし。 」
「 よかったよ ・・・ ワシはなんだか 涙が出てしまってなあ。 」
「 あら・・・嬉しいですわ。 みんな、ありがとう♪ 待たせてごめんなさいね〜 」
「 ・・・さあ、 じゃあ。 みんなで張伯父さんのお店に行こう! 」
「 わぁ〜〜い♪ 僕〜〜 カニタマがいい♪ か〜にた〜まぁ〜〜♪ 」
「 おじいちゃま、はい、これ。 あいをこめて♪ 」
「 ?? ・・・おお! チョコレ−トかい。 」
「 チョコレ−ト・ケ−キなの。 アタシが作ったのよ。 あとね、張伯父さんと〜
グレ−ト伯父さんにも♪ ふふふ〜 ほんめい のヒトにもあげたし♪
すばるの分はね、もうとっくにお腹の中なの〜。 」
「 そうかそうか ・・・ ありがとう、ありがとう・・・ 」
「 さあ・・・ みんな、車に乗って? 」
「 はあ〜い!! 」
賑やかに家族づれが帰ってゆく。
ざわざわと大勢のヒトが出入りし ・・・・ やがて潮騒みたいに喧噪は遠のいていった。
「 お〜い、打ち上げだって! タクヤ〜〜 お前、行くだろ?? 」
ケンが楽屋のドアを開け、廊下から叫んだ。
「 ・・・あ・・・ ああ。 先、行っててくれ。 」
「 ん? タクヤ〜〜〜 早く着替えろよ!
お前のアルブレヒト・・・・ 正直、よかったぜ。 オレ・・・感動した!」
「 ・・・ サンキュ! 」
早くしろよ〜、とケンは出ていってしまった。
誰も居なくなった楽屋で タクヤはまだ・・・化粧前に座り込んでいた。
鏡の前には 半分開けた小さな包みが一つ。
手作りらしいチョコレ−ト・ケ−キとメッセ−ジ・カ−ドが見える。
カ−ドの筆跡は ・・・ なんだか子供っぽい。
山内 拓也はそっとカ−ドを取り上げた。
< やまうち たくや さま
すてきなアルブレヒトで どきどきしました。
アルブレヒトは 本当にジゼルをあいしていたのですね。
二人のあいはしをこえて えいえんのあいになったのです。
これは すぴかがやいたチョコレ−ト・ケ−キです。
すぴかは たくやさんをあいしています。 しまむら すぴか より >
< たくや おにいさん へ
かっこいいおうじさま! とぅ−る・ざん・れ−る、すごくじょうずでした。
たくやおにいさんは お母さんのおうじさまだね。
ぼくは たくやおにいさんが 男の子ではお父さんのつぎにすきです。
わたなべ君とおなじくらい、すきです。 しまむら すばる >
< 素敵なアルブレヒト、ありがとう。
あそこのサポ−ト、わたしがやり易いように変えてくれて メルシ♪
また組めたらいいわね。 Francoise A.
>
最後のメッセ−ジの文字を タクヤはそっと指で撫でた。
チョコレ−ト・ケ−キは ちょびっと真ん中が凹んでいた。
・・・ そうだよな。 これって ・・・ あのヒトも手伝ったんだよ、うん、そうだよ。
オレのために 焼いてくれたんだ。 きっと・・・ いや、絶対に。
一口 かじったチョコレ−ト・ケ−キは ・・・ 甘くて・・・ちょびっと苦っぽかった。
「 ・・・ あ〜 ・・・ あら。 ごめんなさい、起こしちゃった? 」
「 ううん ・・・ まだ寝てなかった。 」
「 待ってて・・・ くださったの。 」
「 ウン。 」
落としたフロア・ライトに元、ジョ−はベッドで雑誌をぱらぱらとめくっていた。
フランソワ−ズはバスル−ムから出てきて、すこし驚いた風だった。
舞台のあと、家族みんなで大人のお店にゆき ・・・
帰りの車の中で 子供たちはつぎつぎに沈没してしまった。
紹興酒でいささか足元がふらついていた博士も 無事に寝室に送った。
ゆっくりとバスに浸かり、染めた髪を洗い・・・
くたくたに疲れていたけれど、フランソワ−ズは楽しい気分でいっぱいだった。
「 ・・・ お疲れさま。 きみ、腕をあげたね。 本当に素敵なジゼルだった・・・ 」
「 ありがとう、ジョ−。 あなたにそう言ってもらえるのが一番嬉しいわ。 」
するり、と彼の腕が伸びてきて、簡単に彼女を引き寄せる。
シャンプ−とボディ・ソ−プの仄かな香り、 そして 彼女自身の甘い香りがジョ−を包む。
「 ・・・ ぼくのお姫様 ・・・ 今晩、きみを食べたい♪ 」
「 まあ ・・・ う〜んと働いたあとだから ・・・不味いかもよ? 」
「 ・・・ んんん ・・・ 美味しいよ?
ああ・・・ やっぱりきみにはこの髪が似合うね・・・ 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ったら。 」
不意に強く唇を吸われフラソソワ−ズを軽くて甘い眩暈が襲う。
「 ・・・ね? ちょっとだけ聞いて。 ぼく、振られてしまったんだ・・・
ぼくの大事な小さなお姫サマは ・・・ とうとうぼくにチョコをくれなかった・・・ 」
「 ・・・え ・・・ まあ・・・ 」
「 去年は一番にくれたんだけどな。 お父さん、愛してる〜〜って。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・? わたしのチョコでは ・・・ いや? 」
「 ・・・ チョコよりも きみ がいいな。 」
「 ふふふ ・・・ どうぞ。 ぜんぶ ・・・ ジョ−のものよ・・・ 」
「 いただきます。 」
セイント・ヴァレンタインの愛の夜 ・・・ 島村さんちは今晩も熱々〜〜♪♪
**** 20年以上後の話 ****
「 はい〜 それでは本番、よろしく〜
山内先生、どうぞよろしくお願いしますっ 」
「 あ〜 どうぞよろしく・・・ 」
声を枯らしている舞台監督に軽く合図をして、山内 拓也は楽屋に戻った。
彼の個室には・・・
化粧前にも脇の小机にも そして床にも豪華な花束やら凝った花かご、
派手なラッピングの小包やら有名ブランドの紙袋がトコロ狭しと並べてあった。
・・・ ふう ・・・
彼はちら、とそれらに一瞥を投げるとどさり、と化粧前に座った。
今日で 最後。
ダンサ−としての最後を飾る日に 彼はあの演目を選んでいた。
− ・・・ あ ・・・ ?!
メイク道具の脇に地味なラッピングの包みがあった。
その・・・ 包み紙には見覚えがある。
いや、忘れたくても忘れられず・・・ 大切にとってあるものと同じなのだ。
・・・ ま ・・・さか・・・?
タクヤの震える指先が細い紺色のリボンを丁寧に解いてゆく。
そこには。
手作りのチョコレ−ト・ケ−キと メッセ−ジ・カ−ドが一枚。
素敵なアルブレヒトを!
あそこは やっぱりもう少し腕を伸ばした方がいいわ。
なぜか 署名はなかったけれど。
・・・ この字 ・・・ きっちりとした綺麗な筆跡。
ちょっとだけ右肩上がりの字と ・・・ やさしいメッセ−ジ
オレは ・・・ よ〜く知っている・・・・ ああ、知ってるとも。
だって暗記するほど読み返したもの。 そう ・・・ あの日。 あのヴァレンタインの日。
青春の日、胸をときめかせた年上の、あのひと。
決して消えることなどない、彼女の面影、彼女の微笑み・・・
今はもう 会うことも叶わないけれど。
・・・ 見ててくれ。 オレの最高の踊りを。
空の上から 雲の彼方から・・・
オレの ・・・・ ジゼル。 ・・・ フランソワ−ズ・アルヌ−ル ・・・!!
遠くで一ベル ( いちベル : 開幕を出演者に知らせる最初の合図 ) が鳴った。
翌日、各新聞の芸能・芸術欄では前日のとあるバレエ公演が絶賛されていた。
【 山内 拓也氏の引退を惜しむ 最高の 『 ジゼル 』 】
【 まさに <有終の美> 山内氏、最後のアルブレヒト 】
*********** Fin. **********
Last
updated: 02,27,2007.
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***** ひと言 *****
はい〜〜〜 お馴染み・のほほ〜〜ん話でございます♪
島村さんち はいつも微笑みで満ちているのです。
すぴかがどうしてお父さんにチョコをあげなかったか・・・?
それはまた・・・別の機会にお話しできればな〜 と思っています。
『 ジゼル 』 につきまして、ご存知ない方・・・
僭越ではございますが 拙宅 <あひる・こらむ> 内に バレエ 『 ジゼル 』 の解説を
載せてあります、ゼロナイ変換してありますので・・・ お暇でしたらどうぞ♪