沈黙

 

 

    その夜

    星は 音もなく 流れ

    海は なにもいわずに 全てを包みこんだ

 

    彼女の絶叫も

    彼女の鳴咽も

 

                    ***

 

    おはよう・・・

   「 お早う、アルベルト。 相変わらず早起きなのね 」

  いつも通りの時間にダイニングへ降りてきたアルベルトに

  フランソワ−ズはキッチンから声を掛けた。

  昨夜遅く彼は久しぶりで来日していた。

 

  二人の仲間を失ったあの闘いから戻った後、彼らはまずとりあえず研究所を建て直した。

  そして 老人と女・子供の生活が一応落ち着くのを見届けてから 皆それぞれに

  帰国していった。

 

  あれから二ヶ月。

  温暖なこの地域でも海風が冷え冷えとして来たころ 彼がひょっこり現れた。

  

   おはようございます。」

   ああ、 おはよう。 よく眠れたかね・・?

  赤ん坊と共に現れた老人を迎え 食卓につく。

   「― あれ・・・。 まだ・・?

   眠っている赤ん坊を抱き取り リビングへ出て行く彼女の背を見やりつつ

   声を落として彼は問うた。

   ああ。   ずっと・・・

   食卓には四人分の朝食が並んでいた。 

 

   永遠に 手の付けられることのない 一人分・・・

 

    三人の視線は僅かずつだが逸れ合う

  交わす言葉も微妙に影を帯びていた。

 

  昼も夜も ひとり分多い食卓。

  昼も夜も 手が空けば彼女は出かけて行く

 

    焼け落ち跡形もなくなった あの家の跡へ。

 

 

                            ***

  

  崩れ始めた瓦礫の中で佇み また しゃがみこむ彼女に

  彼はつとめてさりげなく声をかけた。

  

  「 なにを捜しているんだい ? 」

  「 なにも・・・。なにもないの、ないのよ!

    思い出になるものが。釦のひとつ バックルの欠片も残ってないのよ!」

  「 もう・・・止めたらどうだ・・・? 」

 

  振り向いた蒼い眼がきつく彼を見据える。

  

    だって! こうでもしなくちゃ・・!

  忘れて行くの、すこしずつ。

    あの人の事、考える時間が毎日毎日少しずつ減ってゆくのよ!

    ・・・指の間から砂がこぼれおちるように・・・・

    いつか。もしかしたら いつか 完全に考えなくなる日がくるかもしれない!

    それが怖いのよ!

    わたしが 覚えていなければ

    あの人がこの世に存在し何をしていったか・・・・

  誰も気付かないでしょう?

  だめよ、そんなの だめよ

    知ってる人がいなくちゃ!

 

  それを アイツは望んだと思うかい

    いつまでも 君が同じ所にとどまっている事を求めたと思うかい

    忘れられるはずなんかないだ

    どんなカタチにしろ きみが生きている限り アイツは居るよ、君のなかに。

  だから。

  もう 囚われるのは・・・止めたらどうだ・・?

  

    淡々とした声音にはさりげない、しかし限りなく優しい気持ちが込められていた。

  ためらいがちに差し出された手が触れる前に しかし 彼女は自分から詰め寄った、

  怒りに燃えた瞳をさらに大きく見開かせ 彼の胸元を指差して。

 

  あなたには ソレが、形あるモノがあるじゃない!

  わたしには・・・・なんにもない・・・思い続ける事以外、なんにも残されていないのよ・・・

  あなたに わたしの気持ち、わかるわけないでしょうっ!

 

 

                  ***

 

  気付けば ひざを抱えたままで夜をむかえていた

  足許に波音を聞き

  頭上に満天の星をいただき

  

  これだけ、ね。 手元に残ったのは・・・

  全てを失って やっとたったひとつ得たと思っていたのに

  また みんななくしちゃった・・・

 

  掌で懐中時計は 密やかに時を刻む

 

  兄さん

  あなたも こんな気持ちで

  あなたも こんなやりきれなさと共に

  時を過ごしていったの・・・?

  ごめんなさい、

  どうか・・・わたしのことは 忘れてください

  どうぞ・・・囚われないで 生きてください

 

  − わ ・ す ・ れ ・ て −

 

 

  ・忘れて欲しい・

  あのヒトも同じことをのぞんでいるのだろうか・・・・

  ・囚われないで・

  あの微笑みはそんな気持ちを含んでいたのだろうか・・・・

  

  お願い!! 答えて!! 

  なんとか 言って

  わたしは どうすればいいの

          

    わたしが生きているかぎり あなたを想い続ける

    でも。

    忘れて・・ほしいと思ってる・・?

    いつか・・・思い出の中に埋めて欲しい、と思ってる・・・?

       

         わからないわからないわからない

 

  ・忘れること・への

  わたしの怖れが  あなたの望みが

  二本の螺旋となって ぎりぎりとわたしを絞めつける

  両刃の剣となって  ざくざくとわたしを切り刻む

 

    ねえっ!!

    答えて!! ・・・おねがいよ・・・なにか・・・言って・・・ 

  

  星にも  尋ねた 尋ね続けた

    海にも  問うた 問い続けた

    でも。   

  星も海も  ひっそりとわたしを取り巻いているだけ・・・・

  きのうも きょうも あすも。

 

    ねえ・・・そこへ 行けばあなたの声が聞ける?

  ねえ・・・そこへ ゆけばあなたに会える ?

 

  ・・・ねえ そこへ いっても・・・いい?

 

                        ***

 

   その夜

   星は 音も無く 流れ

   海は なにもいわずに 全てを包み込んだ

   彼女の呟きも

   彼女・・・自身も

 

  ~~   FIN   ~~

 

  後書き by ばちるど

 

  ラストのフレ−ズを < 彼女の嘆きも > にすると

  無限地獄、さてどちらがお好みでしょうか・・・?    Last update : 11,18,2002

 

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