『     橋の下    』

 

 

 

 

*********  はじめに  ********

このお話は 【Eve Green の めぼうき様宅の 島村さんち 設定を拝借しています。

ジョ−とフランソワ−ズの双子の子供達が小学3年生のころのこと・・・・

 

 

 

 

よいしょ・・・ よいしょ・・・・

すぴかは <お買いもの・カ−ト>のハンドルをしっかりと握って押した。

カゴの中は満員なのだ。

大根ににんじん。 じゃがいもに玉葱、ぶろっこり− に きゅうりにとまと。

下の方にはハムとミルクと ・・・ そうそう、お塩にお砂糖、まよね-ず も入ってる。

カ−トのハンドルは ちょうどすぴかの目の高さだから、ハンドルを握ると前は全然みえない。

 

「 すばる〜〜 前方かくにん、よ〜し! をやって! 」

「 うん! すぴか、ちょいまち。 はい、一時ていし〜。 」

すばるは得意になって カ−トの前に立ち <ゆびさし・前方かくにん> をやっている。

これはこの前 ヨコハマに出かけたとき、大きな駅で覚えてきたものなのだ。

「 はい、発車オッケ−。 真っ直ぐにねがいま〜す。 」

「 りょうかいしました、 しゅっぱ〜つ! 」

ぐん・・・とチカラいっぱい押すと お買い物・カ−トはするする動き始めた。

おっとっと・・・・ 今度は行きすぎないようにしっかり引っ張っていなければならない。

すぴかはお口を真一文字に噤んで 一生懸命足を踏ん張った。

「 すばる! 前方は! レジまで なびげ〜と やって! 」

「 うん! え〜っとぉ このままのすぴ〜どがいいです〜 ぴっぴっぴっ 」

すばるは得意気にカ−トを先導している。

「 ・・・ あ! と、止まらない・・・かも・・・! すばる〜〜 とめてえ〜 ! 」

「 え? うわぉ〜〜 げんそく ねがいま〜す〜 」

「 わわわ・・・・ すばるってば! ねがいま〜す、なんて言ってないで、おさえてよ〜 」

「 え〜 ・・・ だって僕〜 そんなの出来ない〜〜 」

「 わ・・・! ど、どうしよう〜〜・・・・ あ?? あれれ?? 」

いきなり カ−トはがたん、と止まった。

「 いった〜〜い !! 」

すぴかは ごちん! とハンドルにおでこをぶつけてしまった。

 

「 よ? 大丈夫かい。 すぴかちゃん? 」

「 ・・・・ いったァ・・・・ あ、オジサン!  こんにちは〜 」

「 カ−トの向こうから半分グレ−ト伯父さんみたくなアタマが ぬ・・・・っと現れた。

このス−パ−の店主 兼 レジ担当のオジサンである。

「 お母さんのお使いかい? へえ・・・ こんなに沢山、大丈夫かい、配達にしようか 」

「 大丈夫〜〜 お店のまえでね、まっている約束なの。 お父さんがお迎えにくるんだ♪ 」

「 そうか〜 ふうん、でもお使い、えらいね〜。 ちょっとまって・・・すぐにレジを打つからさ。 」

「 うん♪ すばる〜〜 オジサンがピピッ! ってやったのから、ウチの買い物カ−トに乗っけて〜

 あのね、重たいモノを下にしてね〜 

「 ・・・ ん。 ・・・ えっとぉ〜 お砂糖、に塩。 あ・・・っとまよね〜ずも・・・! 」

すばるはレジの反対側で つぎつぎに < お買い物> の中身を移し変えてゆく。 

なかなか手馴れた様子で通る大人たちが皆、 にこにこと眺めている。

「 ほい、これで全部かな。 はい〜 すぴかちゃん、 すばる君、お使いご苦労さん! 」

「 オジサン、ありがとう! え〜と・・・カ−ドはこれです。 」

すぴかは首から下げてきたお花模様のパス入れからカ−ドを取り出した。

「 はい、まいど。 うん、 すぴかちゃんって本当に偉いねえ・・・ すごいや。 」

「 すぴか〜〜 全部、ウチのカ−トに入れたよ。 」

「 あ、ありがとう、すばる。 それじゃ、ばいばい、オジサン。 」

「 お。 毎度ありがとうサン。 

 いやあ・・・ それにしても すばる君〜〜 君ってお父さんによく似てきたねえ〜〜

 今に あんな風にかっこよくなるのかな。 」

「 え〜〜 ?? そんなコト、無理にきまってんじゃん !

 すばるなんか お父さんみたくになれっこないもん。 泣き虫でさ〜弱虫でさ〜 」

すぴかはちょっとお口を尖がらせてしまった。

すばるは大事な弟だけど、お父さんの方がず〜〜っとかっこイイもんね! 

でも ・・・ でも、ホントのことを言うと、すばるはお父さんとよく似ているのだ。

 

   髪の毛の色はさ。 すばるの方がちょこっと明るい色だけど。

   お目々がさ〜〜 ・・・ 同じなんだよね、赤っぽい茶色なんだ・・・

 

さらにホントを言うと すぴかはちょびっと羨ましいのである。

でも 言わない。 そんなこと、絶対に言わない、すばるにもお父さんにも お母さんにも。

これはすぴかだけの大事な大事な ひみつ なのだ。

オジサンはそんなすぴかの <おとめごころ> なんかぜ〜んぜん気がつかずに

にこにこ笑って はい、と二人にキャンディ−をくれた。

「 いやいや、わらかないよ? ところでさ、今日はその・・・お母さんは? 」

「 お母さん? 今日はまだ帰ってきてないよ。 」

 ・・・ ふうん。お仕事か。 いやあ、淋しいねえ、一日に一回はあんたの綺麗なおかあさんを

 眺めたいんだけどなあ。 」

「 お母さん、忙しいんだ〜 おけいこやおしえ もあるの。 だからアタシ達がお使い、するんだ。」

「 ふうん・・・ そうかい。 あんた達のお母さん、いつも若くて綺麗でさ・・・こう〜品があって 

 フランス人形みたいだねえ。 あんた達のお父さんがほっんとうに羨ましいよ〜 」

「 すぴか〜〜 出発しんこ〜う、するよ! 」

すばるがカ−トの前で ぶんぶん手を振っている。

「 おっけ〜 ちょい待ち!。  オジサン、キャンディ、ありがとう。 じゃあね〜 ばいばい。」

「 おう、 ばいばい。いつも元気なすぴかちゃん、 綺麗なお母さんによろしくな〜〜 」

「 うん。 」

すぴかはたたた・・・っとカ−トのところに走っていった。

 

すぴかとすばるのお母さんはくるりんとした外巻きカ−ルのクリ−ム色の髪と碧い瞳した ふらんす人だ。

そして。 とってもとっても 綺麗、なのである。

すぴかも お母さんってきれいだな〜〜といつも思っているし、お父さんはいつだって

蕩けそうな目でにこにこお母さんを見ている。

弟のすばるは ごろにゃん〜ってにゃんこみたくお母さんのお膝に甘えたりして、お父さんが

時々ヤキモチを焼いているくらいだ。 

すぴかは・・・ すぴかだってお母さんのこと、とっても好き、だ。

好き・・・ なんだけど。 ホントのこと言うと、大好き♪ なんだけど。

すばるみたく ごろにゃん〜ってはできない。 どうしてなのかすぴか自身にもよくわからないんだけど、

出来ないのだ。 

 

    アタシの髪の色と目の色はお母さんと同じだけど・・・さ。

    アタシはお母さんみたく 薄いピンク色のお顔じゃないし。

    ・・・・ お母さんみたく キレイじゃない・・・

 

年中ショ−ト・パンツで走り回っているすぴかは お日様のお友達なので

こんがり焼けたト−ストみたいなお顔の色をしている。

背中には水着の日焼けの跡がばってんになって秋になった今もしっかり残っている。

そう・・・ そして

みんな、言うのだ。 近所のおじさん・おばさん達、 お使いにゆくお店のヒト達、

おじいちゃまのお友達のコズミ博士 ( せんせい )  学校の先生、 クラスの友達・・・

み〜〜んなみんな そう言うのだ。

 

  すぴかちゃんって。 いつも元気だね!

 

そうなのだ、だ〜れも。 誰一人・・・ < すぴかちゃん、綺麗だね > とは言わない・・・

別にいいもん、って思っているけど。 どうしてお母さんとは違うのかなあ〜といつもこころの奥で

こっそり思っている。 でも。 言わない。 だれにも絶対に言わない。

どうしてか・・・よく判らないけど、言っちゃいけないって気がしているから。

 

「 すぴかってば〜〜 カ−ト、一緒に押してよぉ〜 」

ほっぺをピンク色にして すばるが一所懸命カ−トと闘っている。

どうやら ス−パ−の出口の角で 苦戦しているらしい。

「 あ〜 ごめん。 ・・・ すばる、そんな急にはダメなんだってば〜 」

「 うん・・・う〜〜ん・・! だめだ〜 すぴか、これ、曲がらないよ〜 」

「 貸して! こうやってさ〜 ちょっとづつちょっとづつね・・・ あれ、すばる〜〜 」

「 僕! お父さん、捜してくる! きっと駐車場の方にいるよ〜 」

「 あ、ずる〜い・・・! すばる、ずる〜い〜〜!! ずるっこ〜〜 」

駆け出してゆく弟の背中に 思いっきり悪口を言ったつもり・・・ なのだが。 

どうも全然・・・ 本人には聞こえてなかったらしい。

「 もう・・・! すばるってば〜〜 ! 」

すぴかはぷんぷんして でも一生懸命カ−トを押して お父さんとの約束の場所へ移動していった。

 

 

この辺りはお家の数もそんなに多くない。

海に沿ってず〜っと大きな道が通っているいけれど、びゅんびゅん車が行き来するわけでもない。

要するにとってものんびりした町なのだ。

今、 すぴか達がお使いに来たス−パ−は その大きな道の端にあるのだけれど、

近所には全然 ス−パ− とか  こんびに は見あたらないので結構繁盛している。

もっともお客さんはほとんど地元に人々で どちらかというとお買い物よかおしゃべりに熱中している。

のんびりした田舎のよろず屋さんの親玉みたくな店なのだ。

 

よいしょ・・・ よいしょ ・・・

すぴかは一人で大奮闘してカ−トをお店の外にまで押していった。

「 うんしょ、えいえい〜〜  !  えっと・・・? あ、ここだここだ! こっちにカ−トを止めてっと・・・ 」

カチン・・・ !

カ−トの車輪にブレ−キを掛け、すぴかはカ−トのそばにしゃがみこんだ。

うわ〜〜 汗、かいちゃった! もう秋なのに・・・ 

すぴかはポケットからハンカチをひっぱりだして お顔をごしごし拭いた。

汗ばんだお顔に 秋の冷たい風がと〜っても気持ちがいい。

「 お父さん・・・ まだかな〜〜。 ふうう・・・ いい気持ち〜〜♪ 」

うん! と伸びをして、駐車場への出口に向かって すぴかはとてん、と腰を降ろした。

 

   ・・・ お父さん 〜〜 まだかなあ〜〜

   すばる、ちゃんと見つけられたかなあ・・・

 

すぴかはちょっとだけ ぼんやり・・・ お買い物・カ−トと一緒にお日様を浴びていた。

 

「 あら・・・ ふふふ・・・・ 気持ちよさそうねえ。 さっきのチビちゃんでしょう? 」

「 え?  あらホント。 パパかママのお迎えを待っているのかしらね。 」

「 そうみたい。 あのオトコのコは弟かしらね。 すごく可愛いの、見た? 」

「 見た見た! クセっ毛がひょん!て跳ねてるボクでしょ! にこにこ笑ってて天使みたいなコ。 」

「 そうそう。 <お持ち帰り>したいくらい、可愛いかった! 」

「 あんまり似てない姉弟みたいね〜   あ、駐車場はあっちよ。 」

ス−パ−のお客さん達がおしゃべりしながら すぴかの後ろを抜けゆく。

すぴかはなんとなく < たぬきねいり > をしてやり過ごしてしまった。 

 

   すばるはアタシの弟だよ!

   アタシ達は双子だけど 似てないの! きょうだいがいっぺんに一緒に生まれただけなの!

 

すぴかは心の中で大きな声で お返事をしていた。

 

そう。

弟のすばるは 可愛いのだ。 泣き虫の弱虫の甘えん坊〜なんだけど。 可愛い。

どんなにケンカしてても すばるの赤っぽい茶色のお目々でにっこり笑いかけらると、 

あ、 か〜わい〜って思ってついつい笑っちゃう。

これはすばるには絶対内緒だ。 宿題忘れたり、お寝坊したり・・・ほっんとうに頼りない男の子なんだけど。

勿論、そんな弟が大好きだし、ヨソのヒト達が 可愛いね〜 と言っているのを耳にすると

えっへん! アタシの双子の弟なんだよ! って胸を張りたくなっちゃう。

でも。 必ずあのコトバがくっついてくるのだ。

 

「 あら・・・ 双子さん? ・・・ へえ、全然似てないのねえ・・・・ 」

 

百万回聞いて来ているから べつになんとも思わない。

<ふたご> には二種類あってそっくりさん同士っていうのと、そうじゃなくてたまたまきょうだいが

一緒に生まれてきた同士っていうのがある、ってこともおじいちゃまが教えてくれて よ〜くわかってる。

・・・ でも。 ときどき ちっくん・・・ってすぴかの胸はヘンは気持ちになるのだ。

 

   ・・・ アタシ。 すばると本当にきょうだい なのかな。

   アタシ・・・ お父さんともお母さんとも すばるとも・・・似てないよ・・・

 

このちっちゃなイガイガは ず〜っとすぴかの心に中に転がっていて だんだん大きくなってきた・・・

みたいに思えるのだ。

アタシ・・・ ウチの皆とちがう・・・? 

誰かに聞いてみたいんだけど。 コズミのおじいちゃまなら教えてくださるかなあ、と思うのだけど。

でも。 ・・・ 聞けない。 聞いちゃいけない、みたいな声がどっかで聞こえて誰にも聞けない。

おかげでこころの中の イガイガ がごちん、とぶつかる回数が増えた・・・ような気がする。

 

プワァ〜 プワッ!

す〜ぴ〜か〜〜!!

 

・・・あ!  目の前にウチの車が止まってお父さんとすばるが窓からにこにここっちを見ていた。

すぴかは <たぬきねいり> をしているつもりが本当にちょびっとお昼寝してしまったらしい。

「 いっけない!  お父さ〜〜ん!! すばる〜〜、カ−ト運ぶの、手伝だってよ! 」

「 うん! 今いくよ〜〜 」

すばるはぶんぶん手を振って お父さんと一緒に車から降りてきた。

「 お父さ〜ん! 待ってた〜〜 」

「 ごめん、ごめん。  わあ、お買い物いっぱいだねえ・・・ すぴか、よく一人で運べたなあ。

 う〜ん・・・ 壊れないモノはトランクに入れるか。 すばる? トイレット・ペ−パ−とティッシュは

 トランクのとこに置いてくれるかい。 」

「 は〜い、お父さん。  」

「 食料品は・・・ うん、とりあえず後ろの座席だな。 」

「 お父さん、アタシ、後ろでお買い物袋、押さえてるよ? 」

「 そうかい。 う〜ん・・・ 卵とかはないよな? 」

「 うん。 卵はね〜 コドモには無理って、お母さんが。 だからこっちの袋はお野菜とかだよ。 」

「 お父さん! 持って行った! 僕〜〜 助手席に座っていい? 」

すばるがにこにこして駆けてきた。

お父さんの車のじょしゅせき は。 お母さんだけの特別席 で

他のヒトは いつだって後ろの席に座るのが すぴか達のお家でのお約束なのだ。

 

   あ〜 すばるったら! お父さんが いいよ って言うはず、ないじゃん?

   ソコはお母さんの・・・ え・・・?

 

すぴかはお野菜が入った袋を持って後ろのドアのトコに立っていたけど。

一瞬 びっくり・・・ お耳がヘンになったのかと思ってしまった。 だって・・・

「 ああ、いいよ。 すばる。 お前はそれじゃミルクやジュ−スの袋を持ちなさい。 」

「 わあ〜〜い♪ やったァ〜〜 」

 

   ・・・! お父さんってば! そこは ・・・ お母さんの・・・

 

すぴかはお口を開きかけた。 でも。 なぜかそのまま・・・噤んでしまった。

すばるなら ・・・いいの? すばるがお願いしたから・・・?

すぴかは黙って お野菜や果物でいっぱいの袋を持って後部座席によじ登った。

「 ほら、すばる。 しっかり持ってろよ。 パックやボトルが壊れたら大変だからな・・・

 ここで お父さんも一緒に押さえているからね。 」

「 は〜い。 」

お野菜入りの大きな袋をしっかり押さえていたので、 すぴかにはお父さんの言葉はちっとも

耳にはいらなかった。

 

   ・・・ お父さん・・・ すばるなら いいの? アタシが座りたいって言っても

   いいよって言う? 

 

おうちに帰るまでの短いドライブの間中、 すぴかはお口をきゅっと結んだままだった。

 

 

 

「 お帰りなさい! 」

お父さんの車からおりて、もう一回よいしょよいしょ・・・とお買い物を運ぶ。

ガレ−ジから戻ってきたお父さんが お玄関のドアに手を伸ばすと・・・

す・・・っと中からドアが開き、綺麗な声と一緒に綺麗なお母さんが飛び出してきた。

「 やあ・・・ フランソワ−ズ。 もう帰ってきていたのかい。 」

「 ええ! せっかくジョ−がお休みなのですもの。 一分でも一緒いたくて・・・

 ふふふ・・・ 大急ぎで帰ってきちゃった。  ねえ・・? 」

「 ・・・うん? ああ、ただいま フランソワ−ズ・・・ 」

「 んんん ・・・・ 」

山盛りのお買い物も。 二人の子供達も。 な〜んもか〜んも放り出したまま。

お父さんとお母さんは しっか抱き合って ちゅ〜〜〜ってキスをしている。

・・・ これが、 長いのだ。

双子の姉弟は慣れっこになっていてそんな両親のお熱い様子などには目もくれない。

すぴかとすばるは よいしょ、よいしょ・・・とお買い物をお家の中に持って入った。

 

「 すぴか。  僕、お砂糖やお塩やおり〜ぶ・おいるを戸棚にしまうね。 」

「 うん、お願い。 アタシ、冷蔵庫にお野菜達をいれるから、さ 」

「 ・・ おっけ ! 」

そんなわけで お父さんとお母さんが仲良く腕を腰にまわして居間に戻ってきたとき、

本日のお買い物はすべてなんとか収納されていた。

「 お。 すごいな〜 お前達。 ちゃ〜んとお手伝い、最後まで完了だな。 」

お父さんはにこにこして 両手で二人の頭をくるりん・・・と撫でてくれた。

「 まあ、ありがとう! ・・・・ あら? ねえ、ジャガイモと玉葱は冷蔵庫に入れなくてもいいの。

 あらら・・・ トマトの上にキャベツを乗せてはダメでしょう? 

 やたらと突っ込むだけではダメなのよ。 ようく考えてしまってね。 これはすぴか? 」

「 ・・・ うん 。 ・・・ わかった。 」

「 そう。 今度からは気をつけてね。 あら、すばる。 お塩とか重たいのにありがとう。嬉しいわ。

「 えへへへ・・・・ お母さん、お使い、任せて! 」

「 嬉しいなあ〜〜 お母さん、本当に助かっちゃうわ。 」

お母さんは二人を抱き寄せてほっぺにチュ・・・ってキスをしてくれた。 ・・・くれたのだけど。

 

   ・・・ お母さんってば。 やっぱり すばるの方が好きなのかなあ。

   そうだよね、 すばるはお父さんそっくりで 可愛いもん。

   ・・・・ アタシ・・・は? アタシのこと ・・・ 好き、じゃないのかな・・・・

 

すぴかは思わず ぶるん・・・!とアタマを振った。

そんなのは絶対にイヤなのに。 どうして考えちゃったのだろう・・・

「 さあさ。 お昼ごはんにしましょうね。 あなた達〜〜 お手々、洗って来て頂戴。 」

「 はあい! 僕、 いっちば〜ん! 」

すばるはお返事しつつ もうバスル−ムに駆け出していった。

「 すぴかさん? 聞こえたの。 お手々 洗っていらっしゃい。 」

「 あ・・・う、うん。 」

ビク・・・・ッ! とした顔を見せてすぴかもリビングを出て行った。

「 ・・・ ヘンねえ? ねえ、ジョ−。 なにかあったの。 

「 え? なにかって・・・ なにが。 

ジョ−はミネラル・ウオ−タ−のボトルを取り替えていた手を止め、ちょっと不思議そうな顔をした。

「 すぴかよ。 あのオテンバさんが やけに大人しいじゃない?  」

「 そうかなあ? ・・・ ああ、そういえば、買い物カ−トを押してきて、ぼくを待っている間に、

 居眠りしてたよ。 ふふふ・・・その恰好がさ、きみそっくりで・・・ ホント、可愛いかった! 」

「 え・・・いやねえ、居眠りの恰好なんて。 そう・・・ それなら、いいけど。 」

「 まあ、アイツだってたまには疲れたりするんだろ。 なにせお手伝い・大活躍だったから。 」

「 そうね。 ああ、 でももう少し女の子らしい細かい心遣いができたらねえ・・・

 いったい誰に似ているのかしら。  女の子はやっぱり難しいわ。 」

フランソワ−ズは ほう・・・っと大きく溜息をついた。

 

すぴかは待ち望んでいた娘なのだ。

長い間 <紅一点> だったフランソワ-ズは 女の子に恵まれたことが本当に嬉しかった。

もちろん、すばるも可愛い我が子だけれど、すぴかはやっとめぐり合った< 同士 >なのだ。

大きくなったら。 可愛いお洋服を着せて 髪にリボンを結んで。

一緒にショッピングを楽しめるようになるには どのくらいかかるのかしら。

バレエ、教えてあげる。 ピンクのお稽古着がいい? それともアナタはブル−が好きかな。

・・・ ああ 本当に楽しみだわ・・・!

やっとぽやぽや生え始めた亜麻色の髪をもつちっちゃなアタマに何回もキスをして。

フランソワ−ズは 本当に本当に日々、引き伸ばす思いですぴかの成長を待っていた。

そうして。

力強い泣き声で生まれきた彼女の娘は ・・・ とんでもなく元気なオテンバさんになった!

「 あははは・・・ 今はまだ、な。 でもそのうちにきっと淑やかなレディ−になるよ。 」

「 さあ?? それは・・・ ちょっと無理かもしれないわね。

 せっかくの女の子なのに。 ・・・ あああ ・・・ 本当に女の子は難しい・・・ 」

ふうう ・・・ またまた長い溜息が漏れてしまった。

 

「 お母さ〜〜ん! お手々 洗ったよ! ねえ、お昼はなに〜〜?? 」

すばるがばたばたとバス・ル−ムから走ってきた。

「 こ〜ら。 今日はね・・・ あら、すぴかは。 すぴか〜〜 何してるの? 」

「 ・・・ ここにいるよ。 ちゃんとお手々 洗ってきた。 」

すばるの後ろから すぴかがのそりとリビングに入ってきた。

「 すぴか。 どうかしたの? 」

「 ・・・ ううん、どうもしない。 」

「 そう? ・・・ ちょっとこっちへいらっしゃい? ・・・・ う〜ん、お熱はないわねえ・・・ 」

のろのろとやってきた娘を抱き寄せ、 フランソワ−ズはオデコとオデコをごっちん♪した。

「 なんでもないってば。  」

「 ・・・ それなら・・・ いいけど。 さ! はやくテ-ブルについて。 御飯よ。 」

「 ・・・ うん ・・・  」

「 すぴか〜〜 はっやくゥ〜〜 僕、お腹 ぺっこぺこ〜〜 」

「 こら、すばる! 行儀、悪いぞ!  

スプ−ンでお皿を叩いていたすばるが お父さんに叱られている。

「 ほら・・・・ 皆待っていたのよ。 御飯にしましょう。 」

フランソワ−ズはなぜか むっつりしている娘の小さな背中を優しく押した。

 

   おんなのこは むずかしいわ 

 

すぴかのお耳には お母さんの声ががんがんと響いていた。

そう、リビングに戻ってきて。  ドアを開けたときに 聞こえちゃったのだ。

オンナノコハ ムズカシイ・・・・

何が どういう意味なのか すぴかにはさっぱりわからなかったけれど。

ひとつだけ うん、絶対 ・・・って思っちゃったのだ。 それは・・

 

   アタシ。 もしかして。 

   ・・・ お父さんとお母さんのホントのコドモじゃ・・・ない・・・かも?

 

その日のお昼御飯、 すぴかは何を食べたのかちっともわからなかった。

お父さんも一緒の土曜日のお昼なんて本当に久し振りで お母さんもすばるも、勿論お父さんも。

み〜んなにこにこ・・・ 美味しいお昼をいっぱい食べて お喋りをいっぱいして ・・・・

でも すぴかにはそんな皆の姿が全然別の <おはなし> みたくに見えたのだった。

 

 

 

「 ・・・ ねえ ・・・ ジョ− 起きてる ・・・ ? 」

「 ・・・ うん?  なんだい ・・・ 」

眠っているかな、と思ったジョ−の手がフランソワ−ズの胸の上でゆるり、と動いた。

「 あ・・・ だめよ、そんな。 ・・・ねえ きいて。 」

「 聞いてるよ。 ・・・ ああ ・・・ いい気分だ ・・・ 」

「 久し振りにゆっくりできた土曜だったわね。 ・・・ジョ−、もうダメだってば・・・ 」

「 いいじゃないか〜 ぼく、まだ全然元気だぜ?  で、なんなのかい。 」

「 ・・・ ええ ・・・ あのねえ。 すぴか、ちょっとヘンじゃない? 今日のお昼から。 」

「 ヘン? 別に元気だったじゃないか。 お使いにも行ってくれたし。 」

「 ええ、朝は元気だったわよ、いつものすぴかだったわ。 でも・・・ ランチの頃から

 ず〜っと・・・ なんだかぶすっとして お喋りもあんまりしないし。 」

「 そうだったかなあ? すばるとケンカした風でもなかったよ。 」

「 ええ。 すばるはず〜っとご機嫌だったものね。 ・・・ なにか学校であったのかしら。 」

「 う〜ん・・・? オンナノコだからなあ、アイツも。 乙女心はフクザツなのかもしれないよ?

 なあ、 元・乙女さんのご感想はいかがかな。 」

「 ・・・ だめだってば・・・ あ・・・ や・・・・ そこ、だめ・・・  」

「 ふふふ・・・ 土曜の夜はまだまだ長いよ♪ ねえ・・・・もう一度 いいだろ?

 すぴかは明日になれば きっとけろっとしているよ。 コドモってそんなモンだろ。 」

「 ・・・ あ・・・ん・・・  それなら・・・いいけど・・・ 

 ああ・・・ ジョ− ・・・ 久し振りだから なんだかわたしも ・・・ ヘン・・・ 」

「 おいで。 ヘンじゃなくしてあげるから。 」

ジョ−は微笑んで 彼の恋人であり彼の子供達の母を引き寄せた。

夫婦の寝室は再びたちまち熱い吐息が満ちてきて 心配のタネはどこかへ飛んでいってしまったのだった。

 

コドモってそんなモン ・・・ じゃない、ってことを ジョ−もフランソワ−ズもきれいさっぱり

忘れていたのである。

 

 

 

「 すぴかちゃ〜ん! どこ、行くの〜 お家ってこっちだっけ? 」

「 ・・・あ ・・・ ゆみちゃん〜〜 ううん、お使いに行くの。 

翌日の午後、すぴかはお使いを言い付かっていた。

ぼ〜っとしていて、お醤油差しを倒しテ−ブル・クロスからすぴかのトレ−ナ−から み〜んな

お醤油色 に染めてしまったのだ。

「 ぼんやりしているからでしょ! ほら、それ、脱いで。 すぐに水洗いしなくちゃ・・・ 」

「 ・・・ ごめんなさい。 テ−ブル・クロス も取るね・・・ 」

「 ええ、お願い。  ・・・ あ! 待って! まだ小皿が  ・・・ あ〜あ・・・ 」

 ・・・・ カチャ−ン・・・!

すぴかがぐい・・っと引っ張ったので 上に乗っていた小皿も一緒に落ちてしまったのだ。

「 ・・・ あ ・・・ 」

「 あ〜あ・・・ この小皿・・・4枚セットだったのに。 一枚割れちゃったわ・・・

 ああ ちょっと退いてなさい、怪我したら大変・・・ すぴか、掃除機を持ってきて。 」

「 ・・・ はい。 」

「 ぼく! もってくる〜〜 」

すぴかは ぼんやりお皿の欠片を見ていた。

 

   割れちゃった。 4枚セットの一枚・・・ 一枚だけ違うの、買うのかな・・・

   一枚だけ・・・ ちがうお皿。 一枚だけ・・・

 

「 ほらほら・・・ぼんやりしてないで。  はやくお洗濯しなくちゃ。  あ! しまった〜

 漂白剤、 ちょうど切れてたのよね・・・ 」

「 ・・・ あたし。 買ってくるよ。 」

「 そう? じゃあ、お願いね。 これと同じのを買ってきてちょうだい。 

 今日は寒いから・・・ちゃんとブルゾン着て! マフラ−もしてゆきなさい! 」

「 ・・・ うん ・・・ 」

 

   お皿。 割れちゃった。 割れちゃった分、買わなくてもいいのかな・・・

   ・・・ もう いらないのかな。 ・・・ いらない ・・・ のかな。

 

すぴかはマフラ−をぐるぐる巻きにしてお家のご門を出ていった。

ぽろん・・・と落ちてきた涙は マフラ−が受け止めてくれた。

 ― ひょうはくざい はいつものス−パ−にはなかった。

「 ごめんな〜 すぴかちゃん。 雑貨ってあんまり置いてなくてさ。  

 ああ、国道の向こうの駅に近い商店街にあるドラッグ・ストアなら 置いてあると思うよ。 」

「 ありがとう、オジサン! 」

いつものス−パ−のオジサンは ごめんな〜を繰り返して またキャンディをくれた。

 

あんまり車が通らない広い道を それでもよ〜〜く右も左も見て渡り・・・

どんどん歩いてゆく途中で お友達とであったのだ。

 

「 へえ・・・? お使い? お買い物はママがするんじゃないの? 」

「 ううん、ウチは・・・ちがうの。 」

「 ふうん・・・ すぴかちゃんちって変わってるね〜 ねえねえ、すぴかちゃんて

 2組のシマムラ君と 双子って本当? 」

「 うん。 すばるはアタシの弟だけど双子だよ。 」

ゆみちゃんは今年転校してきたコなので すぴか達のことをあまりよく知らないらしい。

「 へえ??? 全然似てないじゃん! え〜〜 本当に双子ぉ?? 」

「 あのね・・・ 」

双子にはね〜〜 といつもの <かいせつ> をしようと思ったのだけれど。

なぜかすぴかのお口はいつもみたく上手く動いてくれなかった。 そして ・・・

「 うん・・・・ 似てないね。 」

「 双子ってさ〜〜 なんかドラマよね! もしかして別々のトコに貰われていったり〜

 ヨソから貰われてきたコだったりさあ。  」 

ゆみちゃんは 面白そうにあははは・・・・って笑った。

「 ・・・ 貰う? 」

「 そうよ。 貰いっ子。 それとも拾われたりして〜♪

 橋の下に捨てられているのを親切なヒトが拾ってくれて お家の子にしてくれるの。

 きゃあ〜〜 どらま よねえ〜〜 」

「 ・・・ 橋の下から ・・・ 拾うの? 」

「 ウチの ひこたろう ねえ、 あの子も拾って来たの。 ママは最初ダメって言ったんだけど、

 ワタシがお願い〜〜って言ったら パパが いいよって♪ それでひこたろうはウチのコになったのよ。 」

「 ・・・ ふうん ・・・ 」

すぴかはゆみちゃんちのひこたろう君に会ったことはなかったけれど、

なぜか 青い眼で黒っぽい髪の男の子の姿が目の前に浮かんだ。

「 あ! ワタシ、ピアノのおけいこだった! じゃあね〜 またね〜 バイバイ〜 ! 」

「 ばいばい・・ ゆみちゃん 」

ゆみちゃんは ピンクのふわふわが付いたコ−トで駆けていってしまった。

 

   ・・・ 橋の下 ・・・ から拾った・・・の?

 

すぴかはなんだか急に ぴゅう〜〜っと風がお胸の中にまで入って来た気持ちになってしまった。

・・・ぶるぶるぶる・・・・ 

寒い・・・よう・・・・  

さっきまでぽかぽか暖かかったブルゾンが急に薄くなったみたく感じてしまった。

「 ・・・ アタシ・・・! 」

もう滅茶苦茶に泣きたくなって来た ・・・ けど。

お使いはまだ終っていない。 すぴかは きゅ・・・っとお口を閉じて ― ついでにブルゾンの袖で

きゅう〜っと涙を拭いて ― 商店街めざして歩き始めた。

 

 

 

「 ・・・ただいま〜 」

「 ああ! やっと帰ってきた・・・ すぴか、どこまで行っちゃったの? 」

「 ただいま。 ・・・ はい、これ。 」

すぴかは商店街の どらっぐ・すとあ の袋をお母さんに渡した。

今月に入って夕方暗くなるのがぐっと早くなった。

すぴかがお家に帰ってきた頃には 道路の端っこには灯りが点き始めていたし、

お家のご門のトコの灯りもちゃんと明るく光っていた。

「 ああ、ありがとう。 ご苦労様・・・ あら・・・ ? 」

お母さんは受け取った袋を見て びっくりしている。

「 ・・・ すぴか。 これって 国道の向こうの商店街のお店でしょう? そこで買ったの。 」

「 うん。 いつものス−パ−になかったんだもの。 」

「 そう・・・ ありがとう! ごめんね、遠くまで大変だったでしょ。 」

お母さんは す・・・っと屈んですぴかのほっぺにキスをしてくれた。

 

   ・・・ お母さん ・・・ お母さんはすぴかの お母さん・・・じゃないの??

 

「 お母さん・・・・ 」

「 なあに。 」

「 ・・・ お母さん。 あの ・・・ あの、ね。 アタシ・・・ 」

「 なあに、どうしたの?  すぴか、なにかあったの。 お母さんにお話してちょうだい。 」

お母さんの綺麗な碧い瞳が じ〜っとすぴかを見つめている。

・・・ 聞いても ・・・ いいのかな。  いいのかな・・・・

すぴかは そろ・・・・っとお口を開いた。

「 お母さん。  アタシのこと・・・ 拾ったの? 」

「 ・・・ えええ ??? 」

「 アタシ。 拾われたの? ・・・ 橋の下から ・・・ 」

「  ・・・ すぴか! 

 

    パン ・・・・!

 

小さな音が聞こえて 急にほっぺがかあ〜〜っと熱くなった。

すぴかは何が起こったのか全然わからない。

ただ ・・・ ほっぺが熱くて・・・ 目の前でお母さんがすごく すごく 真剣なお顔ですぴかのことを

見つめていた。 ・・・・ お母さんは泣いていた。 ぼろぼろ、ガラス玉みたいな涙が零れている。

「 ・・・ お母さん ・・・ 」

「 すぴか! そんなコト・・・言ったらだめ。 絶対に絶対に言ったらいけない! 

 いい!? このお家でそんなこと・・・絶対に言っちゃだめ。 」

「 ・・・ う・・・ うん ・・・ 」

「 さ・・・! お顔、洗っていらっしゃい。 ・・・ ごめんね、ぶったりして。 」

「 ・・・・・・・ 」

アタシ ・・・ ぶたれたのか・・・ 

すぴかは熱いほっぺに手をあてた。  なぜかちっとも痛くはなかったけど。 でも・・・・

 

   ・・・アタシ。 やっぱり拾われたんだ・・・ 

   お父さんとお母さんのコじゃないんだ。 だから・・・ お母さん、ぶったんだ・・・ 

   だから ・・・ アタシ、すばると似てないんだ  だから・・・ 綺麗じゃないんだ・・・

 

すぴかのお胸に中にいる イガイガ は最大級に、そう 雪だるまさんみたくどんどんと

大きくなっていった。

 

 

 

 

次の日の月曜日、お空は綺麗な青にもどった。

ぴかぴかのお日様がお顔をみせてくれたけれど、一緒にぴゅう〜っと吹く冷たい風もやって来た。

「 ちゃんと厚いセ−タ−を着て! ほら、すばる、お帽子は? すぴか! ショ−ト・パンツはもう

 止してちょうだい。 」

お母さんは朝からず〜っときんきん言い通しだった。

「 フランソワ−ズ。 そんなに着せなくても大丈夫だよ。  子供は風の子っていうだろ。 」

「 あら! でもインフルエンザとか・・・悪い風邪にかかったら大変じゃないの。

 この辺りは風が強いから気をつけないと・・・ 」

「 ま〜ったく ・・・ 相変わらず心配症だなあ、きみって。 」

「 あなたもよ、ジョ−! いくら車でもコ−トを持って行ってね。 もうその季節なのよ。 」

「 はいはい。 今 取ってきます。 」

お父さんはそれでもにこにこ・・・お母さんを眺めている。

白いエプロンでぱたぱたキッチンとリビングを行ったり来たりしている お母さん。

キッチンの窓から入る朝日に お母さんの髪がきらきら輝いている。

ほっぺがちょっとだけ薄いピンク色になっていて・・・ とっても綺麗だ。

 

   ・・・ お母さん ・・・ きれいだなあ・・・

   アタシ、お母さんの本当のコだったら こんな風にキレイだったかも・・・

 

すぴかはマグ・カップと握ったまま、またもやぼ〜っとお母さんを見つめていた。

「 あら?! すぴかさん! 早くしなさい、すばるはもう食べ終わったわよ。 」

いつもどんどん朝の支度をして 時には弟を置いてきぼりにしそうな姉娘が

今朝はぐずぐずと食卓に残っている。

フランソワ−ズは思わず声を張り上げてしまった。

「 早く! 遅刻しますよっ! 」

「 ・・・・ 行ってきます。 」

すぴかはまぐ・かっぷをことり、と置いてリビングを出て行った。

「 あ・・・ すぴか! ちゃんとマフラ−を巻いてゆくのよ! 」

「 ・・・ はあい。 」

すぴかはお母さんが編んでくれた真っ白なマフラ−をきゅっと巻いてお玄関を出た。

 

 

 

 

「 おやおや・・・ すぴか嬢ちゃん。 学校の帰りかい。 」

「 ・・・え? あ! コズミのおじいちゃま。  ・・・ こんにちは。 

お背中をぽん・・・と軽く叩かれ、すぴかはびっくり、振り返った。

「 はい、こんにちは。  今日も寒いのう・・・ すぴかちゃん、誰かを待っておったのかな。 」

大きなオ−ヴァ−を着込んだコズミ博士は きょろきょろ辺りを見回した。

・・・ ここは橋の上。

小学生の女の子がぼんやり立っている場所ではない。 

まして 今日は吹きぬける風がかなり冷たく、外で遊ぶ子供達の姿は見えなかった。

「 うん? なにか見ていたのかね。 」

コズミ博士の大きな手がふわ〜っとすぴかのアタマに置かれた。

「 ・・・ ううん。 あ、 見てたかも・・・・ アタシ、 橋の下、見てたの。 」

「 橋の下??? なにかあるのかい。 ああ、魚でも見えるのかな。 」

「 そうじゃないけど。 ・・・・アタシ ・・・ 」

「 ほい、どうした? さあ・・・ よかったらワシをお喋りしながらお家に帰ろう?

 ギルモア君はお家におるじゃろう? 」

コズミ博士は 黙ってこっくり頷いた少女を抱き抱えるみたいにして歩き始めた。

 

   なにか ・・・ あったのかの。 お母さんに叱られたのかい。

   いつもにこにこ元気印が 涙の痕だらけとはのう・・・

 

「 すぴかちゃんはいつも元気じゃなあ。 お母さんにそっくり・・・ おや、どうしたね? 」

すぴかが急に立ち止まったので コズミ博士はびっくりしてしまった。

「 ・・・ コズミのおじいちゃま。 教えて・・・! 」

「 ほい、ワシでわかることならばなあ。 」

すぴかは一旦、きゅ・・・・っとお口を閉じ、そして思い切って開いた。

 

「 ・・・  アタシ。 貰いっ子?  」

 

 

 

「 ・・・さ〜あ。 これでいいかの。 ・・・ほい、お目々を開けてごらん。 」

「 ・・・  あ ・・・・ 」

すぴかはきゅう〜〜っと瞑っていたお目々をそうっと開いた。

目の前には。

お家のお玄関に置いてある大きな鏡があって。 そこにすぴかの顔が映っていた。

そして すぐその上には。 

 

   ・・・ お母さん・・・!

 

 

 

吹きっ曝しの橋の上でコズミのおじいちゃまはすぴかのことをふわり、と大きなオ−バ−の中に包み込んだ。

「 さ。 こんな寒いところにおったら。 風邪をひくだけじゃ。  お家に帰ろう。 」

「 でもでも・・・アタシ、貰いっこかも・・・ 」

「 お家に帰ったらワシが教えるから。 嬢ちゃんはお目々を瞑っておいで。 」

「 ・・・う ・・・ん ・・・ 」

コズミのおじいちゃまのオ−バ−は ほっこり暖かくて・・・すぴかはほわ〜んと眠くなってしまった。

だから それから多分タクシ−でお家まで送って頂いたのを 全然覚えていない。

目が覚めたら もうお家の居間にいた。

 

 

「 ほうら。  そっくりじゃのう。 お目々の色も。 ぱっちりまんまるお日様みたいな形も。

 お口もそうじゃな、端っこがきゅ・・・っと上がっていつでもにこにこしているお口だ。  」

「 ・・・ お鼻、似てないもん。 」

「 お鼻はなあ。 お父さんにそっくりじゃぞ。 今晩よ〜く見てごらん。 」

「 ・・・ すぴか ・・・ お母さんみたく 綺麗じゃないもん。 」

「 嬢ちゃんがの、お母さんくらいになった時お母さんみたいに綺麗になっておるよ。 」

「 ・・・ ほんとう・・? 」

「 ああ、本当じゃ。 なあ、 お母さん? 」

コズミ博士は くつくつ笑ってフランソワ−ズの顔を覗き込んだ。

「 ・・・・・・ すぴか・・・! 」

お母さんはそれだけ言うと きゅうう〜〜〜っと すぴかを抱きしめて頬ずりしてくれた。

 

   あ・・・・。 お母さん、 泣いてる・・・

 

お母さんも。 コズミのおじいちゃまもそれっきりな〜〜んにも言わなかったけれど。

すぴかのココロの中であっちこっちにぶつかっていた大きなイガイガは あっという間に溶けていった。

お母さんの涙が 溶かしてくれたのかもしれない。

 

   お母さん  ごめんなさい ・・・

 

すぴかはいい匂いがするお母さんの胸の中でちっちゃく・ちっちゃく・・・そうっと呟いた。

 

 

 

「 あははは・・・・ そりゃ・・・ ウチのお姫サマは思いっきり悩んじゃったんだなあ。

 どうりでぼくの顔、じろじろ見ていると思ったよ。 」

その夜、妻からすぴかの <貰いっこ・ハナシ> の顛末をきき、ジョ−は声を上げて笑った。

夫婦はマフラ−をぐるぐる巻きにして星明りのテラスに出ていた。

「 ジョ−! 笑い事じゃあないわよ? 

 それに ・・・ その。 あ・・・ そのう ・・・ 拾われた、だなんて・・・! 」

フランソワ−ズは何度も言い澱んだ末、ぽそり、とその言葉を口にした。

ジョ−はまだ笑っていたが、 彼女の様子にピンときたらしい。

ふわりと彼女の肩に腕を回した。

「 ヘンに気を使わなくていいんだよ。 だってさあ・・・ぼくが拾われた子供だったのは事実なんだもの。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・!

「 やだなあ、そんな顔、しないでくれよ。 ぼくはあの教会の前で神父様に拾われたんだ。

 そのことを隠すつもりはないよ。 」

「 でも・・・ でも、ジョ−・・・ 」

泣きべそ半分のフランソワ−ズを ジョ−は優しく抱き寄せた。

「 そりゃ、あんまり歓迎できない出発だよね。 その後のことだって、普通に考えれば最低以下の人生だ。 」

「 ・・・・・・ 」

だまって見上げている碧い瞳は涙でいっぱいである。

「 ほらほら 泣くなってば。 以前のぼくだったら、絶対に口には出さなかったと思うよ。 

  拾われた、なんてさ。 」

ジョ−はくすくすと小声で笑う。 しかし その笑みに自嘲の影は微塵も含まれてはいない。

フランソワ−ズはますます大きく目を見張り、彼女の夫を見つめた。

「 でも、今は言える。 そりゃ まったく平気なんかじゃないけどね。

 どうしてか わかるかい。 」

「 いいえ。 いいえジョ−。 」

「 それはね。 今、ぼくが幸せだから。 ぼくには愛する家族がいるからなんだ。 」

「 ジョ− ・・・! 」

「 酷い過去も辛い思い出も 今、ぼくは目を逸らさずに見つめることができる。

 そして・・・ たとえこれからどんなに過酷な運命が待ち受けているとしても ・・・ 逃げない。

 立ち向かってゆく。 その勇気を ぼくの家族が ・・・ きみと子供達がぼくにくれたんだ。 」

「 ジョ−・・・ ジョ−! それは あなたがくれたものでもあるのよ。

 あなたの愛がこの家族を作ったのよ、そうでしょう? 」

「 ・・・ ありがとう。 きみがいてくれて、いや、きみに巡り会えてぼくは・・・・ 」

ジョ−の言葉が途切れた。

きゅう・・・っと白い手がジョ−の大きな手を握り締める。

涙を含んでいた碧い瞳は、いま 冴え冴えと星明りにも勝る光を湛えている。

 

   この瞳だ。 ぼくは あの日からこの瞳についてきた・・・・

 

大きな手が 白い華奢な指を握りかえす。

言葉なんかなくても 二人の想いはちゃんと伝わっていた。

「 ねえ ジョ−。 わたし・・・ あの子達を生んで・・・よかったのかしら。

 こんな ・・・ わたしが。 ヒトの親になっても よかったの・・? 」

「 ぼくもきみと同じ立場なんだよ。 

 その答えはさ、 あの子達がいつか・・・ 出してくれるんじゃないかなあ。 きっと。 」

「 ・・・ そう、そうね。 ・・・ きっと・・・ 」

二人はぴたりと寄り添って 満天の星空を見上げた。

 

 

 

*******   こっそり・おまけ   *******

 

「 え・・・ ゆみちゃんちの ひこたろう君 って ・・・ にゃんこなの?? 」

「 そうよ〜 橋の下から拾ってきたあたしの大事な大事な 弟 なの♪

 すぴかちゃんはいいなあ〜〜 ちゃんとニンゲンの弟がいてさ。 」

「 うん♪  」

すぴかは すきっぷ・すきっぷ でお家まで帰っていった。

 

   よ〜〜し♪ こんど すぴかも!

   にゃんこ か わんこ を拾ってくるんだ♪ 橋の下からね〜〜

 

北風が ぴゅう〜〜〜っとすぴかの亜麻色のお下げを揺らしていった。

 

 

 

*****************************    Fin.   *********************************

 

Last updated :  11,11,2008.                                  index

 

 

**********    ひと言   *********

はい、お馴染み・のほほん・島村さんち・スト−リ−でございます。

例によって な〜〜んにも起きません、当ったり前の普通の日々の風景です。

すぴかちゃんは 流石?フランちゃんの娘なので 思い込んだらまっしぐら〜〜♪みたいなトコが

ありまして・・・・ 一人で突っ走ってしまったようです。

思春期の入り口に立つ女の子、 そんな不安定な気持ちのすぴかちゃんでした。

男の子はまだまだ赤ちゃん、すばる君はのほほ〜〜んと平和です。

フランちゃんの <問い>に 双子ちゃん達は10年近くの後、 家族でパリに行ったとき

答えてくれるのでした(^.^)   生まれ変わってもあのお父さん・お母さんの子供になりたいって・・・

 

寒い夜、ほっこり温まっていただければ幸いでございます <(_ _)>