『 想い人 』
***** はじめに *****
このお話は拙作の 『 彼岸花 』 の続編になります。
だいたい平ゼロ設定なのですが <島村さんち> とはまた
ちょっとちがった二人の世界なのです。 勿論、らぶらぶ♪
二人が まだ新婚サンの頃のこと・・・
見送ったその人の背は すこしだけ淋しそうだった。
いつもと変わらずぴんと伸びた背筋、しゃんと起こした首は 優雅な影を落としていたのだが・・・
ああ・・・・ お歳をとられた・・・
ジョ−は軽く頭を垂れつつも ちらりと思っていた。
そう、長年彼を女手ひとつで育ててくれた。
たいそう忙しいのは彼自身もよくわかっていたのだが、それでも幼い日のどの思い出を辿っても
かならずジョ−の側には 彼女の優しい微笑みと温かい手が抱き締めてくれる胸があった。
そして <仕事>。
それは生半可な気持ちでは到底手に負えないものだし、並の人間に務まるものではない。
幼子をかかえ、一人ぼっちで ― でも彼女は敢然として<仕事>に取り組み、
そして 決して <負ける> ことはなかったのだ。
ジョ−はいつしかごく自然に 尊敬の念を持ち敬意の視線で彼女自身をそしてその仕事ぶりを
見つめつつ これまで生きてきた。
その彼女が。
「 た、大変です。 あの御方がいらっしゃいます! ・・・ <ジョ−> 」
「 なんだって? 」
「 今、先触れから連絡が・・・ もうすぐこちらに着かれるはずです。 」
「 なんと。 今日の宴は無礼講、親しい仲間達だけのもの、とお話しておいたのだが。 」
「 しかし・・・ ああ、大変だ、こんな有様をお目にかけることはできません!
そなた達、この・・・酒瓶を片付けるのだ。 ああ、こっちもあっちにも・・・ 」
浅黒い肌をした若者は いつになくジョ−の側で右往左往している。
集まっていた者たちも ざわざわと落ち着かない雰囲気になってきた。
「 ああ、よい。 このままで構わぬ。 」
「 ・・・ しかし ジョ−様! 」
「 <ジョ−>だろ、ピュンマ? ははは・・・しかしお前でも焦ることがあるのだなあ。 」
「 当たり前です! こんな・・・ 杯盤狼籍のなかに陛下がご臨席になるとは!
ああ・・・、もう先触れが! 」
「 このままでよいよ。 お叱りはぼくがすべて引き受けよう。
ああ なにか軽い飲み物を用意してくれ。 それだけで構わぬ。 」
「 ・・・ は。 畏まりました、ジョ−様 」
ああ・・・ やっぱり <ジョ−>ではないんだな、ぼくは・・・
片膝をつき、頭を垂れる彼をながめ ジョ−はこっそり溜息をついていた。
楽しい誕生日の宴、 同じ年頃の青年やら乙女達との集まりは 俄かに緊張した
雰囲気に包まれていった。
そして その女性 ( ひと ) は姿を現した。
・・・ 家督、か・・・・
まだ頭を垂れたままジョ−は口の中だけでぼんやりと先ほどの言葉を繰り返した。
いずれ その日はくると思っていた。 でも まだまだ先のこと・・・と気楽に構えていた。
青春の日々は素晴しく、自由な世界が待っている・・・つもりだった。
それが。
成年に達する慶びを祝う日は そのまま自由な日々の終わりを告げることとなった。
気楽な時間は終わり、彼の双肩にはどっと・・・<仕事>が譲り渡される。
ああ・・・! ああ、わかっていたけれど・・・・
それに 結婚だって? ・・・・ ぼくはまだ運命の女性 ( ひと )とは巡りあっていないのに・・・
溜息だけが自然に零れてしまった。
「 ・・・あの ・・・ <ジョ−>? いい弓じゃないか、見せてくれるかい。 」
銀髪の若者が <いつもの雰囲気>を装い話かけてくれた。
「 ん? ああ、ハインリヒ。 うん、なかなかいいね。 ほら・・・ 」
ジョ−は今、受け取った大層立派な弓を 彼に渡した。
萎えた心持の中、 彼の気遣いがうれしく声がすこし震えてしまった。
「 おお、流石に・・・ 次の狩にはジョ−に一番の獲物を奪われるな。 なあ、ジェット? 」
「 う? ・・・あ、ああ。 俺にも見せてくれ。 お、凄え〜〜 」
すこしばかり上ずった調子だが 赤毛ののっぽも口調を合わせた。
「 よかったら君達で使ってくれ。 ぼくは ・・・ もうあまり狩にも出られなくなりそうだから。 」
「 <ジョ−> 。 んなこと、ねえよ。 俺たち、ずっとトモダチだぜ。
その ・・・ どんなコトになったってよ。 」
「 ああ。 ジョ−、いつだって俺たちはジョ−の味方だぞ。 」
「 ・・・・ ありがとう・・! ハインリヒ。 ジェット・・・ 」
ジョ−はセピアの瞳を瞬かせ でもすぐに微笑を浮かべた。
「 だらしないね、ぼくは。 こんなに頼もしい仲間がいるのにさ。 」
「 そういうこと。 さあ、宴を続けようぜ。 今晩はまだ 無礼講、だろ? 」
「 あ、ああ。 皆・・・・ せっかくの楽しみを中断して悪かったな。
どうぞ 存分に食べて飲んで 踊って楽しんでくれたまえ。 じい? ワインの追加を! 」
「 かしこまりました。 料理もとっておきのデザ−トを運ばせましょう。 」
片隅に控えていた初老の男性が 禿頭を振り立て大仰にお辞儀をした。
「 うん、頼んだよ。 ・・・ ああ、そこの黒い瞳のお嬢さん? お隣の金髪の方もご一緒に・・
一曲お願いできませんか 」
わあ・・・
華やかな歓声があがり ジョ−と二人の女性が楽しげに踊り始めた。
やがて はるか西の山々から華やかな夕映えがかかりだした。
「 ・・・ さあ、パ−トナ−・チェンジだ。 ハインリヒ、続きを頼む ・・・ 」
ジョ−は二人の女性の手を友に委ねると そっと宴の席から離れていった。
・・・ ああ ・・・鳥たちが帰ってゆく・・・
あの方角は湖だな。 そうだ ・・・ この弓で最期の狩を楽しもう・・・
夕焼け空に羽ばたく白い鳥達の姿を追って ジョ−はどんどん森の中に入っていった。
ゆさゆさ・・・ ゆさゆさ・・・
誰かが 肩を揺すっている。
なんだか懐かしい香が ジョ−の鼻腔にとどく。
・・・ う ・・・・ん? この香り・・・ えっと・・・ どこか、いや 誰の・・?
「 ・・・ジョ−? 起きて。 」
「 う・・・ う〜〜ん・・・ ばあや、いま少し・・・ 」
「 ?? なに、寝ぼけているの? ジョ−ったら。 」
「 ・・・うん・・・ああ・・・ 母上? 失礼を・・・ いま ・・・ いま、起きます・・・ 」
「 ジョ−ォ!! ほら、目を覚ませて! なに言ってるの〜〜 」
「 ・・・いや 本当に失礼を・・・ 母上・・・ 」
「 ジョ−−−−−!!! 遅刻するわよっ!! 」
「 あ! あああああ・・・・ 」
・・・ ズン ・・・!
思いっきり夏掛を引っ張られ ジョ−はもろともにベッドから転げ落ちた。
「 ・・・ってえ〜〜〜 」
「 痛くてよかったわね! ほらほら、急いでよ。 もうこんな時間なのよ! 」
「 え・・・ あ。 ふ、フランソワ−ズ ・・・? 」
ジョ−は床にシリモチをついたまま じ〜〜っと目の前の人物を見つめていた。
亜麻色の髪がやわらかく肩の腕でカ−ルしている。
いつだってくっきり見開いている青いひとみは今朝も明るい光を湛えている。
パジャマ姿のジョ−の前には もう出かける準備も整えた彼女が仁王立ちになっていた。
「 ・・・ ああ ・・・ オハヨウ・・・ 」
「 オハヨウ、じゃないでしょ? ち ・ こ ・ く するわよっ!! 」
「 え・・・ あ? あ〜〜〜 いけね〜〜〜 」
ぼんやした目は枕元の時計を見た瞬間に、 バチっと焦点が合った。
「 わわわ・・・ 今朝は遅刻厳禁なんだ〜〜 編集会議がさ! 」
「 ・・・ もう! 何回起こしたと思っているの? だから昨夜 もうだめって言ったのに・・・ 」
「 ・・・ あは♪ でも きみ ・・・ 素敵だったよ。 」
「 もう! ほらほら・・・ シャツはここだから。
わたし、もう出かけるけど、ジョ−、ちゃんと朝御飯食べて行ってね。 」
「 え! だってそんな時間〜〜 」
「 大丈夫。 ちゃんと時間はかって起こしているから。
で〜も! のんびりしているヒマはもうないわよッ 」
「 あ・・! う、うん・・・ ありがとう〜〜〜 フラン〜〜 愛してる! 」
ジョ−はようやく立ち上がると フランソワ−ズを抱き寄せかるくキスをした。
「 はいはい。 わかりましたよ。 ほら〜〜 急いで! 」
「 うん。 」
「 じゃあ、わたし、行って来ます。 」
「 あ、ああ。 レッスン、頑張れよな。 」
「 メルシ。 ・・・ ねえ? ジョ−。あなた、お母様の夢、みたの? 」
「 ・・・ え ・・・ ? 」
「 だって 寝言かな、ず〜っと 母上・・・・って言ってたわよ。 」
「 ・・・ よく覚えてないや。 」
「 そう? じゃあね。 」
「 うん・・・ 」
ひらひら手を振って フランソワ−ズは早足で出掛けていった。
・・・ なんだ・・・? なんだって あんな妙な夢、見たのかなあ・・・
あ! そうか。 コレかあ・・・
パジャマを脱ぎつつ、 ジョ−は何気なくナイト・テ−ブルに目をやった。
そこには何枚かのMDのケ−スが散らばっていて、優雅な白鳥姫の写真が見えた。
そっか・・・ 昨夜 フランが聞かせてくれたよなあ・・・ そうそう
それでかあ。 ははは・・・ ぼくってなんかすぐに影響されるんだな・・・
そのケ−スの一枚を摘まみあげ、ジョ−はなんとなく可笑しくなってしまった。
へへへ・・・ 王子サマ、か。 それにしても皆結構サマになっていたじゃん?
それに <母上> か。
夢の面影を辿ってジョ−は宙に視線を凝らせてみたけれど、なぜかかの女性 ( ひと )の
顔を思い描くことはできなかった。
濃い色の髪・・・ だったと思う。
顔かたちは全然浮かばないのだが微笑みだけはしっかりと感じていた。
おかあさん ・・・ って あんなカンジなのかな・・・・
・・・ヤバ! のんびりしている時間じゃないよッ !
シャツを引っ掛けると ジョ−もばたばたと寝室を出てった。
眼下に海を臨む岬の突端にたつギルモア邸。
そのちょっと古びた洋館で 島村ジョ−は亜麻色の髪の乙女と暮らすことになった。
ジョ−の人生での戦友にもなったその女性 ( ひと ) とは とんでもない状況でであったけれど
二人は、老人と赤ん坊と共に なかなか快適な日々を送っている。
この地に落ち着いたころから フランソワ−ズは再び踊りの世界の門をくぐり、レッスンに通い始め
それは今も変わらずに続いている。
ジョ−はアルバイトで始めた出版社勤めが今では本職となり、彼もまた日々都会のオフィスに
出勤し、 カタギの勤め人としての日々を送っていた。
「 へえ・・・? そうなんだ? 」
「 ふうん、これって ちょっと触ってもいいかな? ・・・わ、カチカチだねえ 」
「 すごいねえ・・・ よく そんなに覚えていられるなあ。 」
「 ・・・ なんかさ〜 大変だね・・・ 」
フランソワ−ズと一つ屋根の下で暮らすようになってから ジョ−はいろいろなコトを知った。
勿論、まったく世界を異にしてきたヒトとの生活だから <新しい発見> は山ほどあったけれど・・・
それはお互い様であり、楽しい発見でもあった。
特に 彼女の世界 についてはジョ−にはほとんど予備知識がなかったから
何を見ても へえ??? ふうん・・・? の連続だったのだ。
なにせ、ジョ−がそれまでもっていた印象は・・・
バレエ? ・・・ああ、あの女の子がくるくる回ったり頭の上まで脚、上げたりするアレだろ。
・・・ 程度だったのだから。
でも もう大分知識は増えた。
彼女がリビングでしばしば拡げている針仕事も 見慣れた光景となり
彼女が口ずさんだり、MDから流れてくる音楽にも ああ・・・ これか、と馴染んだ曲が増えてきていた。
あまり舞台やらDVDを見る機会はなかったけれど、日常レベルで彼女の仕事 はジョ−とも
近しいものとなって来ていた。
「 フランソワ−ズ・・・? なにかさ、いいこと、あった? 」
「 え? あ、あら、どうして? 」
「 うん ・・・ なんか、すごくいい顔してるから。 」
「 そう? ・・・ いつもとそんなに違うかしら。 」
ジョ−はソファによりかかりお茶を運んできた彼女をじっと見つめた。
昨夜、ジョ−が遅い晩御飯を終えやれやれ・・・とリビングで寛いでいた。
博士はもうとっくに寝室に引き取っている。
「 はい、ミルク・ティ−。 お仕事、遅くまでご苦労さま。 」
「 ありがとう。 わあ・・・いい香りだね・・・・ ああ、美味しいなあ。 」
「 ふふふ・・・ ジョ−ってば相変わらずお砂糖もミルクもたっぷり、が好きなのねえ。 」
「 だってさ、きみのお茶は美味しいもの。 コレを飲むとなんだかすごくほっとするんだ。
なんて言うかな・・・ ああ ウチに帰ってきたなあ・・・って気分。 」
「 そう? よかったわ。 」
「 ・・・ ねえ、教えてよ。 なにがあったのさ。 」
「 え・・・ あ、あのね・・・ わたし、今度の公演でね・・・ 」
ほんのり頬を染めて フランソワ−ズはぽつぽつ話し始めた。
ああ・・・ 綺麗だなあ・・・ それに可愛いし。
・・・ お化粧とかほとんどしてないのに・・・ なんて綺麗なんだろう・・・
こんな可愛いヒトがぼくのカノジョだなんて・・・まだ信じられないよ・・・
ジョ−はひたすら ぼ〜〜っと彼女の横顔に見とれていた。
「 ・・・ でね。 だから・・・ふふふ・・・ちょっと張り切っているの。 」
「 ・・え? ・・・ あ、ああ、そうなんだ? え〜と・・・ 」
「 ジョ−。 ちゃんと聞いてたの? 」
「 え、ああ、うん。 もちろん! え〜と・・・ こんどの舞台のことだろ。 」
「 そうなの。 ねえ、それでちょっと聞いてもいい。 」
「 え?! ぼ、ぼくに?? ぼく・・・バレエのことは全然わからないよ? 」
「 いいの。 その <全然わからない>ヒトの意見が聞きたいの。 」
「 ・・・・ あの ・・・な、なんでしょうか。 」
ジョ−はおもわずソファに座り直してしまった。
「 やあだ・・・ そんな真剣な顔、しないでってば。 可笑しなジョ−ねえ・・・・ 」
「 だってさ。 ・・・ そ、それで・・・ ? 」
「 ええ。 あのね。 オトコのヒトって、好きなコのことはどんな時でも見分けられる? 」
「 ・・・ な、なに??? 」
「 だからね。 どんな状況でも ・・・ そう、たとえばそっくり見えてもね、
ああ、これは自分の恋人じゃない! とか・・・ わかるわよねえ? 」
「 ・・・ た、多分・・・ でも ・・・どうして? 」
どきん ・・・!
ジョ−の人工心臓は 一瞬引っくり返るか??と思うほど大きく打った。
そっくり・・・でも? ・・・ そ・・・それは・・・その・・・・!
「 なんで・・・・かな。 そそそ そんなバレエがあるのかい。 」
「 ? どうしたの? なにかヘンなこと、聞いたかしら、わたし。 」
「 い、いやいや、そんなコトないよ! 全然!! 」
ジョ−はぶんぶん首を振る。
「 ・・・ そう? あのね、 多分ジョ−は知らないと思うけど・・・・ 」
フランソワ−ズは立ち上がりリビングの隅にあるMDプレイヤ−の側に立った。
「 ちょっとだけ・・・曲、聴いてくれる? ああ、それよりもDVD、見る? 」
「 うん、いいよ。 ぼくってさ、ごめん・・・ちゃんと見たことないんだ、『 白鳥の湖 』 ってさ。 」
「 いいのよ、ジョ−。 普通・・・そんなものよ。 えっと・・・ ああ、これがいいわね。 」
「 ・・・あ! この曲なら知ってるよ! 」
リビングの大型TVに 華やかな劇場の様子が現れ物哀しい音楽が流れだした。
「 そうね、この曲が皆の 『 白鳥〜 』 のイメ−ジかもしれないわね。
・・・ 一幕・二幕は飛ばしましょうか。 わたし、踊るのは三幕だから。 」
「 え?? きみってそのう・・・白鳥のお姫様 じゃないのかい。 お姫様は三幕にでるの? 」
「 ・・・ ジョ−。 やっぱりわたしのはなし、聞いていなかったでしょう?
わたしが今度踊るのは <黒鳥>よ。 黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ。 」
「 ・・・ ごめん・・・ きみの顔、ぼ〜〜っと眺めてて。 そのゥ ・・ 綺麗だなあってさ・・・ 」
「 ・・・ まあ ・・・ ジョ− ・・・ 」
「 毎晩遅くて・・・ごめん。 ねえ・・・今晩・・・ いいだろ?
いつもより少し早いしさ・・・ ね? 」
「 ・・・ もう ・・・ ジョ−ったら・・・ 」
するり、と襟元から差し込まれた指に彼女の身体がぴくん、と揺れた。
「 ・・・ね・・・ ぼくのお姫さま・・・ 」
「 あとで、ね。 ほら・・・始まるわよ。 ちらっと一幕とか見てみる? 」
「 う ・・・ うん・・・ 」
早くベッドに行きたいんだけど・・・
あ・・・でも、きみの今の顔、綺麗だなあ。 活き活きしててすごく・・いい!
ジョ−は肝心のDVDは上の空で フランソワ−ズの横顔にばかりチラチラ視線を流していた。
「 一幕ってね、王子さまのプライベ−ト・パ−ティ−みたいなものなの。
同じ年頃の若者たちと楽しんでいるのよ。 でも・・・カレって悩めるハイ・ティ−ンなのよね。 」
「 ・・・はあ? 」
「 まだ気楽に遊んでいたかったけど、成人を期に家督を継がなくちゃならない、そして
お嫁さんを決めなくちゃならなくなったわけ。 」
「 ふうん・・・気の毒にねえ・・・ 」
「 カレの場合は王位を継承して王妃を貰うわけだから、かなり気が重かったのでしょ。 」
「 そりゃまた 大変だな。 好きなコとかいないのかい。 」
「 この時点ではね。 ・・・ それで・・・ 二幕の、言ってみれば <とんでもない状況> で
カレは運命の女性 ( ひと ) に出会うのよ。 」
「 と・・・ とんでもない状況・・・? 」
・・・ どきん・・・! またしてもジョ−の人工心臓は大きく跳ね上がった!
とんでもない状況で・・・運命のヒトと・・・??
それって ・・・ それって!! まるで・・・さ・・・・
たら〜〜〜り・・・ ジョ−の背筋を冷たい汗が転げ落ちてゆく。
ふ、フランソワ−ズ?? 自分が何、言ってるか判っているの・・・かい??
そ〜っと盗み見た横顔は いつもと同じ、いや・・・うっすらと頬が上気して
いつもよりずっとずっと魅惑的だった。
夏のワンピ−スは襟ぐりも深く、真っ白なすべすべした肌がジョ−の目を捕えて離さない。
ジョ−は ・・・ 知っている、あのもうちょっと下にある優しいふくらみを。
ジョ−の指は もう感じている、あの可憐な蕾の存在を・・・
ごくり・・・とジョ−の咽喉が鳴った。
要するに ジョ−はかなり一人で盛り上がっていたのだ。
「 そうなの、その出会いが 二幕なのね。 皆のイメ−ジの 『 白鳥の湖 』 なわけ。 」
「 あ・・・ ホントだ。 ぼくもコレならどこかで見たことあるよ。
あ! この衣裳を着た写真、あったよねえ? フラン、きみの部屋にさ。 」
「 アレはわたしじゃないわ。 ・・・ 昔、憧れていたバレリ−ナよ。 」
「 そ、そっか・・・ ごめん・・・ 」
「 やだわ、なんでジョ−が謝るの? そうね、いつかオデットも、ああ、この白鳥のお姫様の名前ね。
踊ってみたいわ。 」
「 そうだね! ・・・ きみにぴったりだと思うよ? わ〜〜〜きれいだねえ・・・
王子サマと幸せそうじゃん。 」
「 そうなのね。 それで・・・ 王子サマは永遠の愛を誓います、って約束するの。 」
「 ふんふん・・・ 運命の女性 ( ひと ) に巡り会えたってわけか。 よかったなあ。 」
あなたも一緒にいらっしゃい ・・・
いつだって忘れることなんかできない、あの一言がジョ−の耳の奥に甦った。
あの情景がまるでついさっきのことみたいに 目の前に浮かんでくる。
そうだよ。 ぼくは。 ・・・ ぼくはあの時。
とんでもない状況だったけど ぼくはぼくの運命の女性 ( ひと ) と巡り会ったんだ・・・!
「 そうね。 それで・・・ ジョ−? 聞こえてる? 」
ジョ−はまたまたぼ〜〜っと在らぬ方を見やっていたらしい。
ちょっと・・? このヒト、大丈夫かしら。
最近 デスク・ワ−クとか慣れないコトが多過ぎてどこか回線がショ−トしたの・・?
「 ジョ−。 眠いなら・・・ 」
「 ! う、ううん! それで・・・ それで二人はどうなったのかい。
<きみ> はいつ出てくるのさ? そのう ・・・ <黒鳥>はさ。 」
「 あのね。 手早く言うと・・・そっくりサンと彼女と。 片方は悪魔の娘なんだけど
王子サマは見分けがつかなかったの。 」
「 ・・・ え ・・・! 」
「 あら、そんなにびっくりする? 」
「 え・・・ あ・・・ ま、まあね。 ふ〜ん、けしからんヤツだな! 」
ジョ−の語尾が心なしか震えている。
「 そうね〜。 それでね、ジョ−に聞きたかったの。 」
「 ・・・ な、・・・なにを ・・・ 」
「 だから、オトコのヒトって、どんなにそっくりサンでも自分の恋人を見分けられるわよねえ?
惑わされたりしないわよね。 」
「 ・・・ う ・・・うん ・・・ 」
「 ああ、よかった。 この王子サマはやっぱり甘チャンなのよね〜 」
「 ・・・ カレ ・・・ 見分けられなかったのかい・・・ 」
「 そうなのよ! それがわたしが今度踊る <黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ> の内情というか
おハナシなんだけど。 ・・・ ほら、ね? 」
「 ・・・・・・・ 」
画面では黒鳥姫が魅惑の眼差しで王子を惑わし、妖しい笑みを浮かべ誘惑している。
な、なんだ、なんだ? この軟弱ヤロウ〜〜
このオンナは愛を誓ったオデットとは別人じゃないか〜〜
ジョ−は気がつけばぐ・・・・っと拳を握り締めていた。
そんな彼の強い応援も虚しく、王子は蕩ける笑みで黒鳥姫と踊っている。
そして。
ぼんぼん王子はとうとう天に向かって誓いのポ−ズをしてしまう。
あ! このバカヤロ〜〜
ジョ−は思わず叫びそうになった時
「 ジョ−・・・・! 選ぶのはお前さんに任せる! 」
不意に ・・・ 懐かしい声が聞こえてきた。
・・・あ ・・・!? ここは ・・・ ああ、あの時の・・・!
「 フランソワ−ズを一番よく知っているのはお前さんだ。 」
さすがのグレ−トの声も語尾が震えている。
ど・・・っと放り投げられた見慣れぬカタチの銃がずしり、と腕の重い。
ゴゴゴゴ・・・・
大気が不気味な音をたて軋み 黒雲が渦巻いている。
「 ジョ−・・・! ま、まさか わたしを・・?! 」
なんだ?! なんだって・・・また、あの場面を見なくちゃいけないんだよ?
フランソワ−ズは、いや 二人のフランソワ−ズは大きく目を見張り、ジョ−を見つめている。
そこには驚愕と恐怖と疑惑とが暗く重い影となり潜んでいた。
ジョ− ・・・ ! わたしよ! ・・・ねえ、わからないの? わたしがホンモノよ・
ジョ−!! しっかりして。 惑わされてはダメよ。 わたしが本当のフランソワ−ズよ!
同じ声・同じト−ン・同じ響きが がんがんとジョ−の頭の中に鳴り響く。
ジョ−はしたたか冷たい汗を流す。
眼をこらしじっと見つめ ・・・ そうして。 ・・ いや それなのに。
・・・ フランソワ−ズ・・・・! ぼくは ・・・ ぼくは・・・!
どんなにみつめても ・・・ ぼくは ・・・ わからなかった・・・
最期の瞬間に 彼はトリガ−を引いた。
そうさ。 ぼくは ・・・ ただ、スカ−フを目印にしただけなんだ。
ぼくには ・・・ 愛する <きみ> を見分けることが できなかったんだ・・!
ジョ−はたらたらと冷や汗とそして涙まで流し続けた。
「 ・・・ ジョ−? どうしたの。 」
「 ・・・ え ・・・? 」
「 急に黙ってしまって・・・ なにか気になることでもあるの? 」
「 え! え・・・ あ、ああ。 いやなんでもないんだ。 ちょっと考え事・・・ 」
「 ごめんなさい、疲れていたのね? 今晩はもうお終いにして休みましょう。 」
フランソワ−ズはリモコンのスイッチを手にとった。
「 フラン・・・ フランソワ−ズ・・・ ! ごめん、ごめんな・・・! 」
急にジョ−の長い手が彼女の白い手を押さえる。
「 え? あ・・・ きゃ・・・ ジョ−? ちょ、ちょっと・・・ こんなトコで・・・・ 」
「 ごめん ・・・ ごめんね・・・ 」
「 ・・・ あ・・・・ああ・・・・ んんん ・・・・ 」
「 フラン・・・ フラン・・・ ぼくのフランソワ−ズ・・・! 」
「 ・・・ ジョ−・・? ねえ、 どうしたっていうの? きゃ・・・あ ・・・ああ・・・」
カタン・・・
彼女の手からリモコンのスイッチが床に落ちた。
ジョ−はソファの上に彼女を押し倒し、 毟り取る勢いでワンピ−スを剥ぎ取っていった
・・・ かさり ・・・
ジョ−の腕のなかで 衣擦れの音が微かに聞こえた。
「 ・・・ ん ・・・? あ・・・ 」
「 もう ・・・ ジョ−ったら。 いったいどうしたの? あなたったら・・ちょっとヘンだわ。 」
「 ・・・ そ、そうか ・・・な ・・・ 」
「 ・・・ ああ、やだわ。 みんな こんなに散らばって・・・ 」
床に落ちたランジェリ−に フランソワ−ズはそっと手を伸ばす。
「 あ、 はい、これ。 あれ、可愛い花模様だったんだ〜? 」
「 きゃ・・・ や、やだ・・・・そんなしげしげと見ないでよ。 」
フランソワ−ズはあわてて彼の手から取り戻した。
「 ・・・ふふふ ・・・ きみってさ、オンナノコなんだな〜って・・・ 」
「 もう・・・! 当たり前でしょ。 ・・・ああ、こんな時間!
ほら、ジョ−。 もう寝ないと明日起きられないわよ。 」
「 う・・ん ・・・ それじゃベッドに直行だね。 よいしょっと・・・ 」
「 あ・・・ きゃ。 ヤダ、ジョ−ってば。 降ろして・・・ 」
「 あれ? いいのかい。 きみ ・・・ その恰好で寝室まで行く? ・・・ぼくはいいけど。 」
「 ・・・ あ。 も〜〜〜ジョ−ったら! 」
素肌のままでフランソワ−ズはジョ−の腕の中、なのだ。
振り回した腕が ぽん、とジョ−の胸を打つ。
「 いて。 それじゃ〜 このまま出発で〜す♪ ふふふ・・・ねえ、もう一回〜 」
「 ・・・ ジョ−! 明日、本当にお寝坊してよ。 わたし、知りませんから。 」
「 平気だよ。 ぼくの体力、知ってるだろ? ふふふ〜ん♪ 夜はまだ長いからね〜 」
「 ・・・ もう ・・・! しょうがない甘えん坊さんねえ・・・ 」
「 ふんふんふふ〜〜ん・・・♪ 」
あら、やだ。 ジョ−ったら ・・・ あの音が耳についてしまったのかしら・・
ジョ−は無意識に 黒鳥のGP の出だしの旋律を口ずさんでいた。
ご機嫌ちゃんで 彼は彼の恋人を抱いてベッド・ル−ムに歩いていった。
カックン カックン ・・・ コン ・・・
なんだかゆらゆら、とても気持ちがいいや・・・ まだ目覚ましが鳴らないといいなあ・・
ジョ−はぼんやり頭の片隅で考えていた。
う〜ん ・・・ あと、5分・・・ 5分だけ・・・ だから、さ・・・
「 島村クン? ・・・島ちゃん? 島村 ジョ− −−−!!! 」
「 ・・・は! な、なんだ?! 緊急事態か?! 」
突然 耳元で大音声が鳴り響き、ジョ−は跳ね起きた。
「 バリヤ−を張れ! ドルフィン号を起動しろ。 博士とイワンは・・・ ・・・あ? 」
「 ・・・ 博士は・・・なんだって? 」
「 ・・ あ ・・・・ う ・・・ ( まずった〜〜〜 ) 」
か!っと開いたはずの眼の前には 仏頂面の女性が腕組みをして立っていた。
「 あ・・・ へ、編集長〜〜 いえ・・・あのゥ・・・ 」
「 島ちゃん! あんた・・・ オタク? 」
「 え・・・・いいいい いえ、そのう ・・・・いえ・・・ 」
「 この忙しいのに! 暢気に居眠りなんかしてないでちょうだい!
昨夜、何時? そりゃ・・・あの可愛い奥さんとらぶらぶやってたのでしょうけど! 」
「 あ・・・ いえ・・・ そのう・・・ すいませんでした! 」
ジョ−はがばっと立ち上がるとぺこり、と頭をさげた。
「 ・・・よし。 顔、洗ってきなさい。 それで〜 その校正、絶対に今日中だからね!
一字のチェック漏れもなし、よ。 いいわね。 」
「 は、はい! 編集長。 」
「 よし、では作業にかかれ! 」
「 はい! ・・・ あ、あのゥ・・・ 」
「 ?! まだ、なにか? 」
「 は、はい。 あのゥ ・・・ ぼく達はそんなんじゃ・・・なくて・・・ 」
「 はあ?? 」
「 はい、あの。 ぼく達、い、いえ フランソワ−ズは・・・<奥さん>じゃなくて、ですね・・・ 」
「 ? 奥さんでしょう? ひとつ屋根の下に住んで、いつかささやかですが
ごく内輪で挙式しました、って報告したじゃない、島村くん。 」
「 は、はい。 え・・・でもォ ・・・ あのゥ・・・・ 」
「 だから!? アタシは江戸っ子でね、気が短いのっ! 」
編集長の彼女は すでにバクハツ寸前の顔である。
「 あの ・・・ 入籍 してませんから。 ウチのフランソワ−ズは <奥さん>じゃ・・・ 」
「 ・・! 島村〜〜 ! あんたんチの内情はいいから! し ・ ご ・ と !! 」
「 は、はい!!! 」
ジョ−は今度こそ本当にちょいと飛び上がってからばち!っと椅子にはまり込んだ。
「 はい! いま すぐに! 」
「 よし。 君の腕を信じよう。 」
「 ・・・ はい! 」
ジョ−は脇目もふらず、目の前のモニタ−をひた!と見つめ始めた。
「 あ・・・・っと。 そうだ。 島ちゃん? 」
「 ?? はい ?? 」
「 あんたさあ。 ・・・ 早くちゃんとしてあげなさいな。 」
「 はい? 」
「 彼女よ、 彼女。 はら・・・ココにも一回挨拶に来たじゃない。 ちゃんとさ、<奥さん>にしてあげなさいよ。 」
「 は・・・ はあ ・・・ 」
「 本気なんでしょ。 一時の同棲じゃないって思えるけど? 」
「 勿論です。 ぼく達はずっと・・・一緒です。 」
「 ふふふ・・・ そんなに大真面目に力まないで? だったら尚の事、正式に
マダム・島村 にしてあげなさいって。 彼女がなんと言おうともね。 」
「 はあ、フランは 別に拘らないわっていつも言うのですけど・・・ 」
「 ほ〜らそれそれ。 彼女、本心では拘っているの。 無関心な顔、しててもね・・・
ばん!と婚姻届を準備して < ここに名前を頼む > とか言って欲しいのよ。 」
「 ・・・ そんなもん、ですかね。 」
「 ええ。 素直にお姐サンの言うことを聞いてごらん。 キミの株はぐっと上がるわね。
うん、請合うわ。 」
「 はい。 フランが喜ぶならぼく、なんだって・・・ 」
「 へ〜い、お惚気、ごちそうさん。 さ! 仕事!! 」
「 はい〜〜! 」
そっか。 うん・・・ ぼくとしても 嬉しいよな。
へへへ・・・ 島村夫人、かあ〜♪ へへへ・・・・
あ、いけね。
ジョ−は口元をきゅっと引き締めてモニタ−に向かいあった。
「 オハヨウございます〜〜 ああ、間に合ったわ! 」
「 お早う〜〜 フランソワ−ズ。 ぎりぎりなんて珍しいのね。 」
「 ふうう・・・ そうなのよ。 も〜〜〜イヤになっちゃうわ・・・ 」
「 どうしたのさ、寝坊? 」
「 あ、お早う〜 みちよ・・・ ええ、そうなの。 ・・ジョ−がね。 」
「 うふふふ・・・ 相変わらずお熱いですねえ。 」
「 そんなんじゃないのよ。 もう〜〜〜 どうしてあんなに寝起きが悪いのかしらね?
信じられないわよ。 もう知らないわ、明日から起こしてなんかあげないわ! 」
「 ふ〜〜ん 優しいんだね〜 ちゃんと起こしてあげてるんだ? 」
「 だって・・・ わたしが起こさなかったらいつまで寝てるかわからないもの。 」
フランソワ−ズはぷりぷりしつつ 着替え始めた。
再び足を踏み入れた踊りの世界、フランソワ−ズは毎日都心近くにあるバレエ・カンパニ−に
通っていた。
まだまだ練習生で現実は厳しい・・・というところなのだが彼女は張り切っていた。
たまたまバ−が隣になった小柄な少女と仲良しになり、レッスン帰りにお茶をしたりするようになった。
ああ・・・! この雰囲気! 変わらないのね、あの頃と・・・・
また踊れるだけでも嬉しいのに・・・・ 幸せだわ、わたし・・・
何気ない日常の日々が 穏やかで平凡な日々が 本当に嬉しかった。
首都圏とはいえかなり辺鄙な場所にあるギルモア邸からは フランソワ−ズは熱心に
レッスンに通い同じ道を志す仲間たちと共に汗をながしている。
「 ・・・ フランソワ−ズ ・・? あの、さあ。 」
「 え? なあに。 」
鏡に向かって髪を結っている最中に みちよが遠慮がちに声をかけた。
「 うん。 あのう さあ。 ・・・ 隠したほうがいいんでない、それ。 」
「 ・・・ え、なにを? 」
「 だからさ。 バンドエイド貼るとか・・・ 」
「 ?? 別に怪我してないわよ? 」
「 ・・・ うん。 Tシャツ着るのはイヤでしょう? 」
みちよは そっと彼女自身の胸元を指差した。
「 だから なあに・・・? ・・・・ あ・・・・!! 」
鏡越し自分の胸に視線を移し フランソワ−ズは途端に真っ赤になってしまった。
・・・・も〜〜〜!! ジョ−ってば ・・・ジョ−ってば〜〜〜!
「 ヤダ・・・! ど、どうしよう・・・・ 」
胸元の赤い痕に ぱっと手を当てれば結いかけの髪がはらり、と落ちた。
「 だからさ。 ・・・・まあ、仲がよくていいわねえ〜〜 あ、ほら、早くしないと始まるよ〜 」
に・・・っと笑ってみちよは小走りにスタジオに出ていった。
「 も〜〜〜! えっと・・・絆創膏・・・いえ、テ−ピングの方が目立たないか・・・ 」
大きなバッグをかき混ぜ、フランソワ−ズは大慌てだった。
「 フーランソワーーーーズ ! 始まるよ〜〜 」
「 はぁい!! 今、行きます〜〜 え、ええ〜〜 困ったわ・・・
もう ・・・ いいや、コレで! 」
・・・ べったん!
やっと探し出したテ−ピングを大きく切ると 彼女はそのまま稽古着の下に貼り付けた。
「 う・・ん ・・・ ちょっと引き攣れるけど・・・ま、いっか。 わ! 大変! 」
パタパタパタパタ・・・・・
足音も軽やかに 亜麻色の髪の乙女は更衣室を飛び出していった。
「 ・・・ う〜〜ん ・・・ ココがどうもね。 よし・・・ もう一回・・・ 」
カツン・・・!
ポアントの音を鳴らし、フランソワ−ズは勢いをつけてピルエットに入った。
・・・ と、アチチュ−ドでとめて! パ・ド・ブレ アント−ルナン・・・
誰もいないスタジオの隅で 黒鳥が一羽、懸命に踊っている。
「 フランソワ−ズ・・・? あ、ごめん! 」
「 ・・・ちゃらら・・・っと。 あら、なに〜 みちよ? いいわよ、自習だもの。 」
ひょい、と顔をだした仲間に フランソワ−ズはステップを踏みつつ声をかけた。
「 あ ・・・ ごめんね〜 あのさ、プログラムの写真だけど・・・
ふうん、やっぱり上手だね〜〜 」
「 そんなことないわ。 もう〜〜 上手くゆかないトコばっかりよ。 テクニックもだけど・・・
気持ちもね。 なかなか難しいわよ・・・ 」
「 う〜ん ・・・ 黒鳥はね〜〜 フランソワ−ズはオトコを誘惑したコトなんかないんでしょ。
そりゃ、大変だわよねえ。 」
「 あ、あら。 そんな ・・・ こと ・・・ う〜ん・・・ 」
「 あはは・・・ 真剣に悩まないでよ? でもね、あの王子サマも、ちょっとねえ
誓いまで立てようとした恋人を見間違えるかしらね。 」
「 そうよねえ。 そんなヒト、恋人として頼りにならないわよね。
全幕だったらちょっと気分的にフクザツかも。 今回はGPだけだからいいけど・・・・」
「 アタシなら ごめんなさい、だわね。 ふふふ〜〜ん、 島村サンはそんなヒトじゃないんでしょ。 」
みちよがつんつん・・・!とフランソワ−ズの胸のテ−ピングを指した。
「 あ・・・ え・・・・ そ、そんな コト・・・ 」
あら?? 結局、 ジョ−はわたしの質問に<応えて>くれてたっけ??
なんだか妙に慌てていたジョ−の顔が思い浮かんだ。
ホントに・・・ あのヒト、このごろちょっとヘンねえ??
「 まあさ、ともかく頑張ってよ。 アタシも 金平糖 ( 『 くるみ割り人形 』 の主役の踊り )
頑張るからさ〜〜 」
「 そうよォ、 みちよにぴったりですもの。 小品集だってチャンスよ! 」
「 そだよね。 ああ、いけない! 事務所からの伝言なんだけど・・・ 」
・・・ 次だ・・・!
ジョ−はぐ・・・っと拳を握りしめシ−トに座りなおした。
華やかな音がながれ ぱっと照明が明るくなった。
・・・ く! こ、これは。 どんなミッションよりキツイぜ・・・!
たらたらと冷たい汗が背筋を、脇の下を そして額から流れ落ちる。
ジョ−は瞬きもわすれ前方を食い入るように見つめ続けた。
・・・ すごい ・・・!
舞台の上では黒鳥が王子相手にすばらしい踊りをみせていた。
魅惑の笑みをたたえ 王子を誘惑し翻弄する。
確かなテクニックはもちろん、彼女の豊かな感情表現にジョ−だけでなく客席全部が虜になっていた。
・・・・ う ・・・ ん ・・・・ ??
ジョ−はぼんやりと周囲を見回した。
・・・ どこだ?? ここは・・・ うん? 随分豪華な部屋だなあ ・・・
豪華・・??? あれ? だってさっきぼくはシャワ−を浴びて寝室に戻ったよ・・・な?
見上げる天井は吹きぬけに近いほど高く、いくつものシャンデリアが煌いている。
なんだか ・・・ えらく時代がかった場所でどこからか優雅な音楽まで流れてきた。
な・・? なんだなんだ?? ここって大広間・・・なのかな。
あれ?? だって見覚え、あるよ???
・・・ あ! さっきの、フランソワ−ズの公演の舞台じゃないか!
「 踊ってくださいません? 」
黒い衣裳の乙女が嫣然とジョ−に微笑みかけてきた。
「 ・・・・ きみは ・・・ 誰ですか。 」
「 まあ。 お分かりになりません? わたくしですのよ、王子さま 」
「 ・・・ もしかして ・・・・ 湖の畔であった姫ですか。 」
「 さあ? どうぞご自分で判断してくださいな。 ・・・ わたくしの手を取って・・・ ほら・・・? 」
ジョ−はいつしか彼女の世界に引き込まれてゆく。
「 わたくしを花嫁に選ぶ・・・と天に誓ってくださいませんの? 」
「 え・・・ あ・・・? 」
・・・ これは・・・ フラン? いや・・・ ちがう ・・??
でも よく似てる・・・ そっくりだ。 いや、彼女自身なの・・・か?
ジョ−は輝くばかりの笑みをたたえた彼女をじ・・・っと見つめた。
どこかに 手がかりないか。
今度こそ! 見分けるんだ、ぼくの・・・ ぼくだけのフランソワ−ズを・・・!
あ。
ジョ−の目がほんの小さなポイントにとまった。
・・・ わかった・・・!
「 ちがう! きみは フランソワ−ズじゃない! 」
蕩ける笑みを浮かべていた黒鳥姫の表情がさ・・・っと変った。
「 そんなこと言わないで・・・ 誓ってください、ねえ・・・ ジョ−? 」
「 ・・・ ちがう! お前は・・・フランソワ−ズじゃない! 」
妖しく迫る黒鳥を押しのけ ジョ−は大広間を抜け森の湖の畔に走った。
「 ・・・フランソワ −−−−−ズ !! 」
「 ・・・? あっ!! ジョ−・・・! 」
湖の畔に佇んでいた白鳥姫が ぱっと顔を輝かせた。
「 フランソワ−ズ! 安心してくれ、ぼくは・・・ ぼくは誓いなんか立てたりしないよ! 」
「 ・・・ え・・?? だって ・・・ あのヒト、わたしにそっくり・・・ 」
「 ああ。 でも アレはきみじゃないもの。 ぼくにはわかったんだ、ちゃんとわかったんだ! 」
・・・だってさ。 あのヒトの胸元には ぼくが付けた 跡 がなかったもの!
ジョ−はそっと。 心の中でもぽそぽそと呟いた。
「 まあ!! 嬉しいわ、ジョ−! やっぱりジョ−ね、素敵!! 」
「 お・・・っと ・・・! 」
ぱっと腕に飛び込んできた白鳥姫を ジョ−は軽がると抱きとめた。
「 さあ! 城へ戻ろう。 そうして ぼくは母上をはじめ皆に宣言するよ。
そして 誓うよ!
・・・ このヒトが。 この白鳥姫が ぼくの花嫁です! ってね。 」
「 ・・・ ジョ − ・・・ ! 」
「 あははは・・・ そんなにしがみ付いたら歩けないよ! ねえ、フランってば・・・ 」
「 ・・・なあに? ジョ− ・・・? どうしたの。 」
「 ほらほら・・・落ちそうだよ、ちゃんと抱きなおして・・・ 」
「 ジョ−−?? 大丈夫? ・・・ 枕をそんなに抱き締めたら破けてしまうわよ。 」
「 ・・・ 破けても愛してる・・・ って ・・・・え・・・ええ?? 」
ボスン・・・ 腕の中から枕がベッドの下に転がりおちた。
あ・・・・・・・
目の前には薄物のガウンを羽織ったフランソワ−ズが立っている。
まだ湿っている髪が はらはらと頬に、額にかかりなんとも可愛いらしい。
・・・ う ・・わ♪ か〜わいいなあ・・・・
それに・・・ そのガウン・・・ 身体の線、丸出しじゃないか
ジョ−はひそかに ごくん、と咽喉を鳴らした。
「 あらら・・・ ふふふ・・・寝ぼけちゃった? ごめんなさい、遅くなって・・・ 」
「 ・・・・あ ・・・・ ああ・・・ ここ。 ・・・ ウチ、かあ・・・ 」
「 なあに、どうしたの? 待ちくたびれて寝ちゃったのかと思ったわ。 」
「 ・・・ 白鳥姫 ・・・ じゃないんだよなあ・・・・ 」
「 え、なあに? 」
「 あ! う、ううん・・・なんでも・・・ そうだ! きみの黒鳥! すごかったよ〜〜
すごくよかった!! ぼく ・・・ 本当のコトいってぞくぞくしちゃったんだ。 」
「 ふふふ・・・ ありがとう。 ねえ、あんなオンナに誘惑されたら、どうする? 」
「 ・・・ え??? 誘惑って・・・ぼくが? 」
「 ええ、そう。 あんな風に、わたしそっくりになって誘ったら、ジョ−はどうする? 」
「 えへん。 ぼくは。 島村ジョ−は、ですね! 」
「 はい? 」
ジョ−はさ・・・・っとベッドから立ち上がると す・・・っと右腕を天にむかって差し上げた。
「 ぼくは コレです! 」
「 ・・・ どうしたの? ジョ−・・・ あの・・・特撮ヒ−ロ−の真似?
え〜と、ほら。 うるとらなんとか。 しゅわっち!っていうヤツ 」
「 フランソワ−ズ! ち、違うよ! あのさ。 ぼくは・・・誓うよ! だから ・・・ 」
「 ・・・・? ジョ−・・・・大丈夫・・・? 」
ジョ−は今度は枕元の小引き出しをごそごそやっている。
「 ・・・と ・・・ よし。 フランソワ−ズ。 これ! 」
「 ・・・ コレ・・・? 」
「 これ! ここにサイン、してくれ! 」
ジョ−は ぱん!と広げた用紙の 一角をびしりと指さした。
「 まあ・・・・ ! ジョ− ・・・・ すてき!! 」
えへへへ・・・ これからもきみの胸にはキス・マ−クを絶やさないからな!
・・・ うん、 アレがあればちゃんと見分けがつくさ。
婚姻届を ばばん!と拡げつつ・・・ ジョ−はもう一回こっそり心の中で呟いていた。
**************** Fin. ****************
Last
updated : 08.26,2008.
index
******** ひと事 ********
冒頭にも書きましたが・・・ <もうひとつの 新婚時代> 話であります♪
ど〜もこのジョ−は妄想癖が強いようです。
でもね! 『 時空間移民編 』 でのあの所業・・・・ きっとジョ−自身も
かなりトラウマになっているんじゃないかな〜〜と思うのです。
それで♪ ちょいとコメディっぽく後日談です♪
婚姻届は・・・イワンがちょちょい!とやってくれるはず。
なんだか 『 白鳥の湖 』 解説みたくなってしまいました・・・ (^_^;)
ふふふふ〜〜〜 ってにんまり楽しんで頂ければ嬉しいデス♪
⇒ それで!!! この小噺妄想のモトになった・頂きモノの
超〜〜〜〜 素敵イラスト♪♪♪