『 星の壊れる音 ― (1) ― 』
ギシ ギシ ギシ ・・・
足元から響く音はだんだん大きくなってきた。
「 あ〜〜 もうほっんと、ココっていい加減ボロだからなあ〜〜
今にウチの辺りから壊れるんじゃないか ・・・ 」
ジャンはため息をつき 大きく上げた足を ・・・ そうっと下ろしてみた。
― ギシッ!
「 あ〜〜〜 ・・・ 」
足元には古びたこのアパルトマンに相応しいすり減った階段が続いている。
「 ・・・ ふん ・・・ 五階くらい駆け上がるの、なんてことね〜けど。
しかし建物の方が危ないか? ・・・ そろそろ引っ越し時ってことかな うん ? 」
め ・・・ め 〜〜〜 ・・・
細い ほんとうにか細い音が、どこからともなく聞こえてきた。
たった今、ほんの一瞬足を止めたから耳に入ったのだろう。
「 ?? すきま風 か? いや ちがうな〜〜 あ 赤ん坊か ・・・ って
今 このアパルトマンにはいない か ・・・ 」
ギシ ギシ ギシ。 空耳か・・・と首を振り 彼は最後の数段を大股で上がった。
「 ただいま ― ファンション ・・・ 帰ったぞ。 」
コン コン ・・・ ノックをしたが ドアは開かない。
「 あ? まだ帰ってないのか?? ・・・ リハーサルでも長引いているのかね?
ま いいけど・・・ え〜と ・・・ 鍵 は
」
ジャンはごそごそポケットをまさぐり、鍵を引っぱりだした。
「 ・・・ ってことは飯はまだできてないか〜〜〜 ・・・ あん?? 」
鍵を回そうとした時 ・・・
ガタッ !! いきなりドアが動いた。
「 お お帰り〜〜〜 お兄ちゃん 」
なぜか上気した妹の顔がさっとドアの間から現れた。
「 なんだ〜 ファン いたのか。 」
「 え う うん ・・・ あ さっさと入って〜〜 」
「 は?? 」
妹は 兄の手を引っぱり部屋にいれると大急ぎでドアを閉めた。
「 なにやってんだ お前? 」
「 え ・・・ あ だって。 逃げ出したら困るもの。
」
「 逃げる??? だれが。 」
「 え 誰もいないわよ? 」
「 ?? お前 なにしたんだ? 正直に言えよ。 」
「 まあ 失礼ね! コドモじゃあるまいし〜〜 なんにもしてな 」
に ぃ 〜〜〜〜〜〜
二人の足元に 真っ黒な毛糸玉が転がってきてがじがじ絡みついてきた。
「 ・・・ これ ? 」
「 ! あの〜〜 な なんにもしてま ・・・ す ・・・ 」
「 ファン〜〜〜〜 !
」
「 はい! ジャンお兄さま 」
かぷ。 毛糸玉がジャンのズボンの裾にかぶり付いた。
「 こ! これは なんだ! こら 離せ〜〜 」
「 ・・・
猫 子猫よ お兄ちゃん、
犬に見える?
」
妹はすっと屈みこむと 毛糸玉をぽんぽん・・・となでてジャンのズボンから取り外した。
「 そ そ〜ゆ〜意味じゃなくて! コイツ どっから入ってきたんだ〜 」
「 ドアからよ もちろん。 ウチは五階なのよ
忘れた?
いっくら猫でも五階の窓までは登ってこれません。 」
「 ち が〜う! そんなこと 聞いてるんじゃない!
ファン お前〜 な〜〜
説明しろ! 」
にぃ 〜〜〜〜
真っ黒な毛糸玉、いや 仔猫は金色の瞳でじ〜〜〜っとジャンを見上げている。
「 そんなに怒鳴らないでよ? ほら〜〜 呆れているじゃない、 ねえ? 」
むみゅう〜〜〜 仔猫はフランソワーズの腕の中ですっかりくつろいでいる。
「 ・・・ ! この! チビ助 どこから連れてきたんだ! 」
「
だから ね。
稽古場の脇にある 八百屋さんの店先に … 落ちてて 」
「 ― 落ちてて?
」
「 そう。 それでね〜〜
目がばっちり合って …
」
「 拾ったってのか! 」
「 あら ちゃんと合意の上 よ? ウチはアパルトマンだけど・・・いい? って
聞いたら お空は見える? って聞くから 見えるわよって。 そしたら・・・
じゃ いい 行く。 って。 」
「 コイツが言ったのか! 」
「 あのね ものすご〜く賢いの!
ヒトの言葉 ちゃ〜〜んとわかるの。
それにね、 レッスンの間 ちゃんとわたしのバッグの中で待っていたのよ〜
ねえ
ニュクス? 」
「 みにゃあ〜〜 」
仔猫がタイミングよく鳴く。
「 ・・・
にゅくす? 」
「 ええ 夜の女神の名前よ ギリシア神話の ね 知ってた、お兄さん? 」
「 こ
この黒チビのことか? ギリシア神話??? 」
「 そうよ もうウチの子ですもん ね〜〜 ニュクス。 」
「 にぃ〜〜 」
「 ファン! だいたいな〜 アパルトマンで猫なんか飼えると思って ・・・ 」
「
あらぁ 大家のオバサントコに
コニャック がいるじゃない? 」
「 あ
あれは〜 大家の猫だし〜 もうずっとここに居るし 」
「 じゃ いいわけよ。 猫 飼っちゃいけない、なんて規則 ないでしょ? 」
「 ・・・ そ それは まあ ・・・ 」
「 ね? さあ〜〜 ニュクス? このヒトが ジャン・アルヌール。
わたしの兄さんでね〜〜 空軍のパイロットなのよ、これでも。 」
「 ― これでも は余計だ! 」
「 ・・・ みゅう〜〜〜 ? 」
ぱふ。 もふもふの前足がジャンの手に乗せられた。
「 うふふ・・・ よろしく って。 」
「 ・・・ う〜〜〜 ジャンだ。 えっと・・・? 」
「 ニュクス。 」
「 ニュ・・・ にゅくす。 」
「 にぃ〜〜〜〜 」
「 あ・・・ 」
「 なあに? 」
「 コイツ 星だな〜 目が さ ・・・ 」
「 うふふ〜〜 金色の瞳が素敵よね〜〜 夜空の一番星みたい♪ 」
「 ああ ・・・ 確かに一番星だ な? 」
碧い瞳と金の目がばっちりと合い ― 仔猫のニュクスはアルヌール家の一員となった。
― バン ッ !
「 ただいまあ〜〜〜 ・・・ 遅くなってゴメン〜〜〜 」
大きな買い物袋を抱えて フランソワーズが帰宅した。
「 今 すぐ食事作るわね あのね 駅の横でおいしそうなトマト〜 」
「 ! シ −−−−− ・・・・! 」
「 はい? 」
窓際のイスに座っていた兄が口の指を当て、彼女のおしゃべりを制止した。
「 ・・・ 寝てるんだ。 」
「 ? お兄ちゃん、起きてるじゃない? 」
「 ち が〜〜う! にゅくす が さ。 」
つんつん。 兄は彼の膝の上を指してから そう・・・・っとなでた。
「 あ ・・・? 」
そちらを見れば ― ふわふわの黒い毛皮が丸まっている。
「 え あ 〜〜 ・・・ ホント〜〜〜 」
あ〜〜ら。 飼っていいと思ってるのか?? な〜〜んて言ってたのはだあれ?
ふふふ・・・・ オトコ同士、仲良しになったのかな?
ちょっと可笑しかったけれど声を上げるのはやめておいた。
「 ご飯、今作るわね〜 ニュクスの分も! ・・・ ねえ ところでなんだって夜に
窓なんか開けてるわけ? 」
帰ってドアを開けた時から気になっていたのだが ― 部屋の中の空気が冷たいのだ。
「 まだ夜に窓を開けていて気持ちがいい・・って季節じゃないと思うけど? 」
閉めていい? と彼女も窓辺に立った。
「 ・・・ あ〜〜 まあ いいぞ。 」
「 窓開けてなにしてたの? 」
「 ・・・ だから〜〜 煙草 さ。 」
「 ?? なんで。 換気扇、回しておけば部屋で吸ってもわたし、平気よ? 」
「 お前は平気だろうさ。 でも 」
つんつん。 兄は再び膝の上を指した。
「 ・・・ あ。 ニュクス。 」
「 そ。 ヤツはまだ < チビ > なんだから 配慮してやらんとな〜 」
「 ふふ そうね。 あら でも寒いんじゃない、 < チビ > には 」
「 ふん。 よく見ろよ。 」
「 ? ・・・ あ 〜〜〜 」
兄の膝の上で 黒猫ニュクス は 兄の職業用・マフラーにくるまれていた。
「 それって〜 」
「 絹100% だからな! 保温性は抜群だ。 」
「 だわね〜〜 」
むにゅう〜〜 ・・・ みにゃ!
兄の膝の上で黒い毛糸玉がもぞもぞっと動きだし う〜〜〜ん・・・! と前足を思いっ切り
伸ばし ふぁ〜〜〜〜〜〜 顔中を口にして大あくび。
「 みにゃあ〜〜〜ん ! 」
「「 あ お腹すいた?
」」
兄妹で同時に聞いて兄妹で顔を見合わせ 笑ってしまった。
「 さあ〜〜〜 ご飯にしましょ! お兄ちゃん、窓閉めて。
あ ニュクスのトイレ、キレイにしてやってね〜 」
「 そんなのとっくに掃除済み! コイツの飯は? 」
「 缶詰とカリカリをあげて。 あ お水も取り替えてね。 」
「 へいへい 」
「 ま。 ニュクスのためならすぐにやってくれるのね〜〜 」
「 コイツは ちび なんだからな〜〜 さ 飯だぞ〜〜 チビ〜〜 」
「 にゅくす! 」
「 チビでいいさ。 なあ チビ? 」
「 ニュクス よねえ? 」
「 みにゃにゃ〜〜〜〜あ 」
兄妹のこれまた同時の問い掛けに 黒い仔猫はご機嫌で返事をするのだった。
はっ はっ はっ カンカンカン ・・・・
石畳の歩道を金髪の少女が必死で走っている。
「 ・・ は 早く帰らなくちゃ・・ も〜〜〜 なんで急にこんなに暑くなるの〜〜 」
額にはぎっちり汗 ・・・ はもう足元にも零れ落ち、水玉模様を描いている。
強い日差しの下、街を行き交う人々は木陰やら建物の屋根の下を選んでいる。
少なくとも 炎天下に好き好んで駆けている人物はいない。
若者たちも カフェのパラソルの下に寄ったり書店に逃げ込んだりしている。
はっはっはっ ・・・・ !
少女は歯を食いしばりそうに真剣な形相だ。
「 う〜〜〜 窓も開けてこなかったし〜〜〜〜 お水だって十分じゃないのよっ
あ〜〜〜〜 お願い〜〜〜 元気でいて〜〜〜 」
はっ ・・・ カツカツカツ ・・・ !
石畳の道を金髪の青年が大股で歩いている。
「 くっそ〜〜〜 早く帰るんだ! ああ 天気予報屋なんてアテにすべきじゃないな! 」
額に汗をにじませ それでも制服の襟元はきっちりと詰め、乱してはいない。
俄に強くなった陽射しを人々は避けて歩いているので 舗道も人影まばらである。
所用で仕方なく出歩く人々は 襟を緩め腕まくりをし、しきりにハンカチを使ったりしている。
ふっ ・・・ !
青年の脚が一際 速まった。
「 ・・・! 水入れをいっぱいにしておかなかった。 窓もきっちり閉めちまった。
許せ! ともかく全速力で戻るから ・・・ それまで耐えてくれ! 」
― その日。 パリはまだ初夏ともいえない頃なのだが 昼前からいきなり暑くなった。
はっ はっ はっ はっ ・・・!
カンカンカン ! カツカツカツ ・・・ !
派手な足音が二つ、それぞれの方向から近づいてきて・・・古びた建物の前で止まった。
「 !? あ お お兄さん ・・・・! 」
「 ! ファンション !
」
「 ニュクスが 」 「 チビが 」 「「 この暑さ〜〜 」」
兄と妹は鉢合わせをし 一瞬同じ色の瞳を大きく見開いて固まっていたが・・
「 いそげ! 」
「 うん! 」
ダダダダ ・・・ タタタタ・・・ 賑やかな足音が二つ 先を争うように響いていった。
バンッ ドアを開け二人は自分たちの部屋に飛び込んだ。
「 ニュクス ! 」
「 ! う〜〜〜 なんだ この暑さ〜〜 」
ジャンはすぐに窓を大きく開け放つ。 暑いとはいえいくらかは爽やかな風が入ってくる。
「 ? ニュクス〜〜〜? どこなの ? 」
ベッドにしている籠の中には 黒い毛糸玉の姿はなかった。
「 いないわ ・・・ ニュクス〜〜〜 」
「 お前の部屋は? 」
「 しっかりドア 閉めて出たのよ ・・・ 衣装、直しで広げてあるから ・・・ 」
舞台衣装は ふわふわ フリフリ・・・ 猫には魅力的すぎる。
手を出すな、という方が無理で 目の、いや 手の届かないところに隔離しておくのが賢明だ。
「 いつもなら ドア、少し開けておくのに ・・・! 」
「 しょうがないさ。 俺の部屋も煙草のニオイがダメかなと思って今朝 しっかりドア
閉めたしなあ 」
「 いつもならお兄ちゃんの部屋、 ドアはぼわ〜って開いてるわよね〜 」
「 ぼわ〜って・・・ 空気の流通を だな! 」
「 いいから! ニュクスを探しましょ! 」
「 おう。 あ 俺 探すから。 お前 冷たい水とか氷の用意、しとけ。
なに 狭いウチだしすぐにみつかるさ。 」
「 そう願いたいわ! ・・・ ああ もう〜〜 なんて暑いの〜〜〜 」
「 チビ〜〜〜〜 ! どこだ〜〜〜 」
「 ニュクス です! 」
兄妹でどたばた・・・広くもないアパルトマンの中を探したが ― いない。
「 キッチンの中 みたか! シンクの下 とか! 」
「 入れないわよ 」
「 ・・・だな。 う〜〜〜 あと、探してないところなんてないぞ! 」
「 ・・・ あ! 」
「 なんだ? 」
「 バス・ルーム !!
「 まさか ・・・ 猫ってヤツは水、嫌いだろう? 」
「 でも まだ探してないわ! 」
妹は た・・・っと兄の脇をすり抜けてバス・ルームのドアに突進した。
「 まてよ おい! 」
「 ! ニュクス 〜〜 」
「 いたか?? あ ・・・ 」
二人はバス・ルームの入口で呆然と立っていた。
「 ・・・ にぃ 〜〜〜〜 ・・・? 」
バス・タブの中から 黒猫が首を傾げ金色の瞳で二人を見上げていた。
「 にゅ ニュクス 〜〜〜〜〜 」
「 チビ〜〜〜〜 」
「 ああ よかった〜〜 そうね、バス・タブならすこしはひんやりするから ・・・ 」
「 そうだなあ ・・・ ちょこっと水が残ってたのもラッキーだったかも 」
にゃあ〜〜〜〜〜ん ・・・ 仔猫は大あくびを伸びをしてから とん! とバスタブの縁に
飛び乗った。
「 みゃあ〜〜? 」
「 あ ・・・ お腹 ぺこぺこね? 」
「 おう もうちゃと用意してあるぞ〜〜 お前の好きなチキンの缶詰だぞ〜 」
「 みゃ〜〜〜 」
「 ふふふ ・・・ さ 行きましょ。 冷たいお水もね 氷で冷やしたタオルも
籠に入れてあげるわ。 」
「 にゃ にゃあ〜〜 にゃ 〜〜〜 ♪ 」
ふわ〜〜り ・・・ 生暖かい風が レースのカーテンを揺らす。
「 ・・・ よかったわあ〜〜 」
「 ああ よかったな。 ふふふ あの満足そうな顔 見ろよ 」
「 うふふ・・・ ね〜〜 もうニュクスはウチの猫よね〜 」
「 わかった わかった ・・・ チビはウチの家族さ。 」
満腹し、冷やしたタオルの上で毛繕いする仔猫を 兄妹は微笑みで眺めていた。
ぐ 〜〜〜〜 ・・・・?
「 なに? 今の音 ・・・ 」
「 ・・・ すまん 俺の腹の虫が 」
「 あ。 ご飯 ! 」
「 う〜〜〜 超スピードで頼む〜〜〜 」
「 今 作るわね〜〜 あ お兄ちゃん、ジャガイモお願い。 」
みゃおう〜〜 ・・・ 仔猫はフランソワーズの脚に絡んできた。
「 あら ニュクス〜手伝ってくれるの? 」
「 お〜〜っと こっちこい、チビ〜〜 一緒にジャガイモの皮、剥くぞ 」
ジャンは仔猫を抱き上げると キッチンの隅にイスを引っ張っていった。
「 うふふ・・・ お願いね〜 」
「 任せとけ〜〜 なあ チビ? 」
「 ニュクス! 」
「 チビ〜〜〜 ほら こっちこい 」
「 ・・・ もう・・・! 」
黒い毛糸玉みたいな仔猫が兄と妹二人だけの静かな日々に 笑いの花を咲かせてくれるのだった。
ヒュウ ・・・ ガタガタガタ ・・・・
ここ数日来朝夕はぐんと冷え込むようになっていたが ついに木枯らしが吹き始めた。
パリの通りを抜けてゆく風が アパルトマンの窓に音をたててぶつかってゆく。
「 ・・・ 風がでてきたな。 おい やっぱり医者を呼んで 」
「 いい ・・・ 大丈夫 だから ・・・ 」
ベッド・サイドに寄せたイスで兄がムズカシイ顔をしている。
「 大丈夫じゃない、この熱で! ひとっ走りして角のデュボア先生を引っ張ってくる。 」
「 だめ お兄ちゃん 夜中よ? ・・・ おじいちゃんの先生にはお気の毒 ・・・ 」
「 医者に気の毒もなにもないだろ!? お前の熱は気の毒じゃないっていうのか! 」
ベッドの中で熱でくったりしている妹よりも 兄の方がよほどぽっぽと熱くなっている。
「 大丈夫 ・・・ 朝になれば下がるわ ・・・ きっと 」
「 朝までどうするっていうんだ! 」
ジャンはますます激しつつ 溶けかかった氷嚢を妹の額に乗せなおした。
「 くそ〜〜 氷が ・・・ ちょいと角のマルセルの店まで行って 」
「 今 夜中 よ ・・・ 」
「 ・・・う〜〜〜 ウチのぼろ冷蔵庫じゃ次の氷はまだできてないしな〜〜
おい 水で濡らしたタオルで冷やすか? 」
「 ・・・ どうしよう ・・・ 熱いのか寒いのか よくわからないの 」
「 う〜〜〜〜 」
このところ数日来、フランソワーズはセキをしていた。
咽喉が痛いだけだから大丈夫、すぐ治るわ・・・ と絹のスカーフをぐるぐる巻いたりしていたが
・・・あまりかんばしくはなかった。
その日はちょっと早めに休むわ、と早々にベッドに入ったのだが ― 夜中に高熱を出した。
トン トン ・・・ トン トン ・・・
低い音がずっと続いている。
・・・ う〜〜〜ん ・・? うるさいなあ ・・・
北風 か ・・・? 窓枠、緩んでるからなあ ・・・
ジャンはベッドの中でまだまだ夢うつつだ。
トントン ・・・ 音は止まない
「 ・・・ うるせ ・・・ ぞ 〜〜〜 」
「 ・・・ お兄ちゃん ・・・? 」
「 !? あ ?? ファン?? 」
ジャンはぱっとベッドから跳び起きた。
反射的に時計を見たが とっくに日付は替わっている時刻だ。
「 ・・・どうした ファン? 」
「 お兄ちゃん ごめん。 あの さ ・・・ 氷嚢 どこにしまった? 」
「 ひょうのう??? 」
「 あの ほら ・・・ 氷入れてアタマとかに当てるヤツ・・・ 熱がある時とかに 」
「 ― お前 熱があるのか? 」
「 う〜ん ・・・ ちょっち熱いかな〜〜って ・・・ わ?? 」
ジャンはがばっと戸口に立っていた妹のオデコに手を当てた。
「 ! なにが < ちょっち > だよ! めちゃくちゃ熱いぞ! 」
「 そ そう? そんなに感じない ・・・ はっくしょんっ! 」
「 おい〜〜〜 さっさとベッドに戻れ! 」
「 あ ・・・う うん ・・・ 」
「 今! 探して氷、もってくから! 寝てろ〜〜〜! 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
ドタドタ ガタガタガタ〜〜〜 ゴソゴソゴソ ・・
クロゼットの奥でしばらく派手な音をたてていたが やがてはち切れそうな袋をもって
妹のベッド・サイドに現れた。
「 ほら ・・・ これで冷やせ。 」
「 ・・・ あ お兄ちゃん ・・・ 」
「 タオル置いて ・・・ ? さっきよか熱 上がってないか? 」
「 そ んなこと・・・ない と思う けど ・・・? 」
フランソワーズは潤んだ瞳で 兄を見上げている。
「 薬 ・・・ 飲んだか? 」
「 ・・・・・ 」
「 あ ・・・ 買い置き、ねえか 」
「 ・・・・・ 」
「 ともかく大人しく寝てろ。 」
「 ウン 」
「 ずっと風邪っぽかったからなあ ・・・ ちょいとデュボア先生、呼んでくるか。」
「 いい・・・ 寝てれば治るわ。 冷やしてるし ・・・ 」
「 う〜〜〜 ・・・ 」
そんなやりとりを 兄妹はずっと続け ― 肝心のフランソワーズの熱は下がる気配はなかった。
「 にぃ 〜〜〜〜 ・・・
」
ベッドの足元で黒猫がこそっと鳴いた。
「 うん? ああ チビ・・・ 移るぞ・・・ 俺の部屋にいってろ。 ベッド、使って
いいから さ 」
「 ニュクス ・・・ ね お兄ちゃんの部屋で寝てね? 」
「 みゅう〜〜〜 ! 」
すたっ ・・・・! 黒猫は床から軽やかにフランソワーズのベッドに飛び乗った。
「 あ こら チビ〜〜 」
「 うにゃあ 〜〜〜 ああん 」
「 まあ・・・ ニュクス ・・・ 」
「 みにゃ みにゃあ〜〜〜 」
彼はすぐにフランソワーズの布団の中に潜りこんできた。
「 ― あ ? 」
「 ・・・ え あらら ・・・ 」
もぞもぞ。 黒猫はフランソワーズの咽喉元に寄ってくるとぱふん っと巻き付いた。
「 あ こら〜〜 退けよ〜〜 苦しいだろ 」
「 平気よ ・・・ でも あ ・・・ 気持ち いい かも ・・・? 」
「 え? そ そうなのかい? 」
「 ・・・ ええ ああ いい気持ち・・・ ニュクスってとっても暖かいのね・・・
なんだか咽喉の痛みが少し楽になってきたみたい 」
「 へえ〜〜〜〜?? 咽喉は温めた方がいいのかなあ 」
「 ・・・ お兄ちゃん ありがとう ・・・ね もう寝て?
ごめんね ・・・ こんな時間まで付き合わせちゃって ・・・ 」
「 ば〜〜か なに言ってるんだ。 今夜はずっとここにいるよ。 」
「 だめよ ちゃんと寝て? わたし 大丈夫 ・・・ ニュクスがいるし 」
みゅう 〜〜〜 ・・・ 黒猫も妹の襟元から口を揃えて返事をする。
「 ふ〜〜ん? 俺はお役御免ってことかい? 」
「 ・・・ ありがと、お兄ちゃん ・・・ 」
「 ま それなら ・・・ おい チビ? ファンションを頼んだぞ 」
みゃああああ〜〜ん ・・・・ 金色の星がじっとジャンを見上げていた。
「 お兄ちゃん! 朝ご飯 できてるわよ〜〜 」
翌朝 いつもと変わらぬ妹の声といつもと変わらぬオムレツの香で ジャンは目覚めた。
「 ・・・ うお 〜〜〜 い ・・・・ 」
は はは ・・・ ウチには守護星がいますってことかあ ・・・
さっさと顔を洗って食卓につく。 すぐに熱々のオムレツの皿が出てきた。
「 メルシ〜〜 って ファン、大丈夫なのか ? 」
「 ! 失礼ね〜〜 ちゃんと食べられるわよっ 」
「 あ コレじゃなくて お前。 」
ジャンはフォークを手にとりつつ 妹の方を指した。
「 え? ああ うふふ・・・ ニュクスが治してくれたわ。」
「 ふ〜ん? あ じゃあ チビに移っちまったんじゃないか〜〜 どこにいる?
今度はアイツが風邪っぴきなんじゃ ・・・ 」
「 ノン ノン ・・・ そこでミルク飲んでます〜 」
「 え? 」
妹が指した窓際の日溜りで 黒猫ニュクスは口の周り中を白くしてミルクを舐めていた。
「 あ は ・・・ チビも食事中 か 〜
うん ・・・ ありがとな〜〜〜 ってかご苦労さん。 一晩中、ファンのマフラー、
やってくれてたんだろ? 」
「 うふふ・・・・ 目が覚めた時ね ぱち・・・っとニュクスも目を開けてて・・・
二人で見つめ合ってにっこりしちゃった♪ それで ― 全快デス。 はい、オ・レ。 」
「 そうだな〜〜 おう メルシ。 」
「 わたしも食べる。 レッスン、遅れちゃうもん。 」
フランソワーズはエプロンを外すと 食卓で兄と向き合った。
「 おい〜〜〜 今日は休んだ方がいいんじゃないのか 」
「 なんで。 」
「 なんでって 昨夜体温計の一番上まで突破しといて お前 ・・・ 」
「 もう治ったわ。 それにね〜 わたし達は汗を掻いて元気になるの。
汗と一緒に風邪菌の残りも洗い流してくるわ。 」
「 ・・・ また熱 出てもしらんぞ。 俺、明日っから泊まりだからな。 」
「 だ〜〜いじょうぶ。 ニュクスがいるもん。 」
「 まあな〜〜 おい、チビ。 ファンを頼んだぞ? 」
「 みにゃあ〜〜 」
黒猫は ミルク皿から顔をあげジャンをしっかり見つめている。
「 まあ ・・・ わかってるみたい。 」
「 わかっているのさ、ちゃんとな。 な〜〜 チビ。 」
ジャンは黒猫の顎の下をちょちょ・・・っと撫でると じゃあな〜と食卓を立っていった。
「 い〜ってらっしゃ〜〜い お兄さ〜〜ん 」
「 みにゃあ〜〜〜ん 」
フランソワーズは黒猫と並んで、窓辺から出勤してゆく兄を見送った。
「 ・・・・・ 」
角を曲がるまえに 兄はちらりと振り返ると大きく手を振ってくれた。
「 うふふ〜〜〜 珍しいなあ ジャン兄さん 」
「 みにゃ? 」
「 あのね、下から手を振ってくれることなんかほとんどないの。
あ ニュクス〜〜 あんたに振ってくれたのかな? ニュクスの金の星に ね? 」
「 にゃ にゃ〜〜〜 」
「 そう? あ! わたしも急がなくちゃ! レッスン、遅刻厳禁なの〜〜 」
「 み〜〜にゃ・・・ 」
ぱたぱた部屋に走ってゆく妹の姿を 黒猫はちょっと首を傾げつつ眺めていた。
― そして。
「 きゃ〜〜〜 遅くなっちゃったあ〜〜 」
フランソワーズはジャケットをつかむと、小走りに玄関に向かった。
「 みにゃ? 」
自分の籠の中にいた黒猫が 首を伸ばし見ている。
「 お兄ちゃん、駅まで迎えにいってくるわ。 今日 帰ってくるのよ〜〜
ニュクス〜〜 お留守番 お願いね 」
「 にゃあああ〜〜〜〜〜 」
とん。 黒猫は籠から降りると彼女の脚に飛び付いた。
「 あらら ・・・ そんなに脚に絡まないで・・・ ほらほら 離してよ 」
「 にゃ〜〜〜 にゃああ〜〜〜ん 」
くるくる ・・・ くるくる・・・ 離れない。
「 どうしたの? いつもは聞き分けがいいのに ・・・ こら〜〜ストッキングが破れるでしょう?
あら わたしに出かけてほしくないのかしら? 」
「 にゃ にゃ にゃあ〜〜〜 」
「 ほうら・・・ ね? オヤツ あげるから・・・ 大人しく待っててね〜〜 」
よいしょ・・・と彼を抱き上げ籠に入れ ドライ・フードを少し出した。
「 にゃ! 」
「 あら いらないの? ね 本当に遅れちゃうの〜〜 イイコだから大人しく
待っててよ〜〜 ね? 」
ついにドア口まで付いてきた黒猫を 彼女は押し込めるみたいにしてドアを閉めた。
「 ごめ〜〜ん ・・・ すぐに帰ってくるから〜〜 ね? 」
「 にゃあ〜〜〜〜〜〜 」
カン カン カン ・・・・
彼女の足音が階段を降りてゆく。 二度と 戻ってくることも なく・・・・
なぁ 〜〜〜〜〜〜 ん
哀し気な鳴き声が 古いアパルトマンの中にいつまでもいつまでも響いていた。
Last updated :
06,09,2015.
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******** 途中ですが
え〜〜〜 原作設定じゃなくて一応平ゼロ設定です。
前編は ジョー君出てきませ〜〜ん すいません <m(__)m>