『 硝子の小瓶 』 

 

 

 

 

********  はじめに  *******

この物語は 【 Eve Green 】様宅の <島村さんち> の設定を拝借しています。

ジョーとフランソワーズと。 すぴかとすばるの 物語・・・

 

 

 

 

 

ガサガサガサ ・・・  ゴソゴソ ・・・・ ドン・・・!

「 うわ・・・! あちゃ〜〜〜・・・・ 」

納戸の奥からは なにやら大きな物音とそれに負けない叫び声が時々聞こえてくる。

もう小一時間、 続いているだろうか。

 

「 ・・・ あのう。 お手伝い、しましょうか・・・? 」

エプロン姿の女性はおそるおそる声をかけた。

日頃はまあまあ普通に掃除をしている家なのだが、 その納戸だけは<治外法権>・・・

彼女の夫も あそこは放っておいていいよ・・・と言っている。

 

   でもねえ・・・。 やっぱり、ここはみんなのお家なんだし。

   キレイにしておきたいのよね。 古いモノとかを仕舞ってあるみたいなんだけど。

   私が首を突っ込んだら ・・・ いけないのかなあ・・・

 

彼女はこの家の現在の主婦としてちょびっとだけ淋しい気持ちを抱えていたのだ。

しかし、あまりの物音と ・・・ドアの隙間から漂うホコリに、彼女はついに声とかけたのだった。

いつもは締め切りの納戸も 半開きになっている。

「 あのう・・・ 入ってもいいですか? ・・・すぴかさん。 お義姉さん・・・? 」

「 はい?! なに〜〜〜???  」

ようやっと中から くぐもった声で返事が帰ってきた。

「 あの! 私もお手伝いします〜〜 」

「 ああ・・・ いいわよう〜〜 こんなトコ、入ったらほこり塗れになっちゃうから。

 うん・・・なんとか見つかったわ、あの本と資料と。 あとは・・・あ・・・・ あれぇ・・・ あらま。 」

 

   ドン・・・!

 

ひときわ大きな音がしてついでに  ぎゃお! という悲鳴まで聞こえてきた。

「 すぴかさん!? どうしたんですか!  大丈夫?? 

彼女は あわてて一歩、踏み込んだ。

かなり広いはずの納戸の中は ― 灯りが薄暗く見えるほどのホコリが舞っていた・・・

「 ・・・う・・・く。 いてて・・・ 平気平気 ・・・シリモチ、突いただけよ。 ああ、歌帆ちゃん、汚れるよ! 」

「 すぴかさんこそ。 ねえ、掃除機、持ってきますね! 」

「 そうだね〜 こりゃいっくらなんでもちょこっとは掃除したほうがいいかも・・・・ 」

「 はい、ちょっと待ってて! 」

「 ごめんね〜 ・・・ あ〜あ・・・すげ・・・。 お母さんが見たら大変だよ。 

 すぴかさん! お掃除はどうしたの? ってまたきんきん怒鳴られたりして・・・ 」

ホコリだらけの顔で、ホコリだらけのなにやら書物を数冊抱え島村すぴかは一人でくっくと笑っていた。

「 しっかし・・・ コレがここに、ねえ。 ・・・ <持っていった> と思ってたのになあ。 」

「 すぴかさん、掃除機かけますから。 ちょっと入ってもいいですか。 」

黒髪の女性がドアの外から遠慮がちにのぞきこんでいる。

「 ああ、ありがとう、歌帆ちゃん。 汚れるよ〜 すごいホコリだから。 アタシがやるわ。 」

「 ・・・ やっぱり・・・私・・・入ったらだめですか。 」

「 え・・・? そんなコトないって。 あんまりホコリだらけだから・・・ 

 あ、でも。 もし手伝ってくれるのなら嬉しいわ。 」

しゅん・・・とした声音に、すぴかは慌ててドアを大きく開いた。

「 うわ・・・っぷ。 ごめんね〜 汚しちゃうね。 ざっとでいいのよ、ざっとでね。 」

「 ええ・・・ でも、せっかくの機会ですから。 一応床のホコリは掃除しておきますね。 」

「 う〜ん・・・ いいよ、いいよ。 後でアイツにやらせよう。 なんたってココの世帯主なんだからね。 」

「 まあ・・・。 ふふふ・・・最近ね、ちっとも家事を手伝ってくれなくて。 それじゃ・・・入り口の辺りだけ。 」

「 うん、それでいいわよ。 え〜なに〜 アイツったら歌帆ちゃんにウチのことみんな押し付けてるの?

 歌帆ちゃんだって仕事があって忙しいのに! 」

「 ええ。 でも病院だけじゃなくて教会の仕事も引き受けたりしてて・・・大変みたいなんです。 」

「 ふ〜ん・・・ でもやっぱり! ココはいっぱつ、がつん!っと言ってやらなくちゃね。 

 ふふふ・・・ ひさびさに泣かせてやるかな。 歌帆ちゃん、まっかせておきなさ〜い♪ 」

「 うわ♪頼もしい〜〜 すぴかお義姉さん、よろしく♪ あ・・・ウワサをすれば・・・ 」

「 ・・・うん? チャイム、鳴った? 」

「 いいえ。 でも ・・・ 多分門の開く音がしたと思います。 ちょっとごめんなさいね。 」

「 ・・・ ああ、いいわよ、ここは。  ・・・ふうん・・・? 」

歌帆は掃除機を置くと ぱたぱた玄関に走っていった。

「 ・・・なんか、さ。 懐かしい光景、みたいな気分だなあ。

 お母さんっていつもあんなカンジに玄関に飛んでいって ・・・ふふふ ちゅ〜・・・ってやってたもんね。

 お父さん お母さ〜ん! ウチの伝統はちゃんと受け継がれているみたいだよ〜〜 」

すぴかはホコリ塗れの納戸で にんまりしていた。

 

「 ・・・ よ? 来てたんだ。 

「 あら、お帰り。 オジャマしてます〜〜 へへへ・・・ちゅ〜 は終ったの? 」

「 ちゅ〜って・・・ ば、バカ。 親父たちじゃあるまいし。 我が家にはそんな習慣はないよ。 」

「 へえ? わが愚弟よ。キミはお父さんを超えられなかったってわけか。 」

「 なんとでも言えよ。 なんか捜しものだって? 見つかった? 」

「 うん、ちょっとあの納戸に潜らせてもらったわ。 ありがとう、本、見つかったわ。 」

「 そりゃよかった。 なあ、アネキが必要なもの、全部もっていっていいよ?」

「 う〜ん・・・まあ、ぼちぼち、ね。 それよかさ、見つけちゃったんだ ・・・ これ。 」

すぴかは なにか手に持っていたものを翳してみせた。

「 ・・・ なんだ? ずいぶん埃だらけだけど。 ・・・ あ! もしかして お袋の? 」

「 そうよ。 お母さんの <大事ビン> 」

「 へえ・・・! <持って行った> と思っていたよ。 」

うん・・・ うん ・・・ と 双子の姉弟は 色違いの瞳を見つめあいほんのりと笑っていた。

 

リビングのテーブルの上には。 煤ぼけた硝子の小瓶が ひとつ。

 

 

         

 

 

 

  ― カチン ・・・・

 

小さな音がして、小さなボタンが 小さなビンの中に落ちた。

フランソワーズはサイド・ボードの上のビンを眺めていたけれど、そうっと手を伸ばした。

 

    ・・・ あら。 ホコリがついているのかな。 

 

きゅ。 ・・・ きゅ、きゅ。

エプロンの端で擦れば 小さなビンはたちまち硬質な輝きを取り戻した。

彼女の唇にも笑みがもどり、しばらくは固い滑らかさを掌で楽しんだ。

 

    ふふふ・・・ またひとつ、増えました・・・

 

色とりどり、大きさもまちまちな中身をカチリ、と揺すってからもとの場所に置く。

 

    また ここに 居てね。 

 

ほう・・・っと小さな溜息をつくと、フランソワーズはソファから勢い良く立ち上がった。

さあ・・・!

縫い物を片付けて。 ざっとお掃除したら・・・ オヤツを出しておかなくちゃ。

いっけない、洗濯モノももうとっくに乾いているわね・・・!

双子の母は エプロンの紐をきりりと結びなおすと ぱたぱたとリビングから出ていった。

 

 

誰もいない、真昼のリビングで。 

サイド・ボードの上の硝子の小瓶が ちかり、とお日様に挨拶を返していた。

 

 

 

「 おかあさ〜ん、 ぼたんがとれちゃった〜〜 」

「 おかあさん、 おかあさん、 アタシのむしとりあみ がない〜〜 」

「 ・・・ おあかさ〜ん 僕のしゃつ、どこ。 ぼたんがみんなくっついてるの、どこ? 」

「 ねえねえ、 おかあさん! むしとりあみ〜〜 アタシのむしとりあみ、は〜〜?  」

洗濯モノを両腕いっぱいに抱えて裏庭からもどった母を迎えたのは ・・・

 

―  ピイピイピイ ピイ ・・・・!

 

四六時中、囀っている二羽のひよこ、いや、彼女の双子の子供達の声だった。

「 はいはい ・・・ ちょっと待ってね。 お母さん、この洗濯物を片付けなくちゃ・・・ 」

「 は〜い。 わあ・・・いいにおい〜〜♪ ねえ、アタシ、これ、きてもいい。 」

「 うわあ・・・ おひさまのにおいだ〜〜 くんくん♪ 僕もこれきる! 」

子供たちはたちまちぱりぱりに乾いた洗濯物をひっくり返し始めた。

「 ストップ! これはだめ。 キレイに乾いたばっかりなの! 

 すばる、シャツどうしたの? え・・・ ボタン? あらら。 ちょっと待ってね。

 すぴかさん、あなたの虫取り網はお玄関に置きました。 あんな長いモノをお部屋に持って

 入らないでね。 危ないでしょ。 」

母はあわてて子供達のねばっこい手から 洗濯物を取り返した。

「 ぼたんがない〜〜 あはは バフバフバフ〜〜って はねみたい〜 」

「 あ〜 すばるむし だあ! とっちゃうぞ〜〜 えい! ・・・ えい! 」

「 わい〜〜 すぴかったら わ〜〜 わ〜〜 み〜んみんみんみん・・・! 」

姉娘はさっそく玄関から取ってきた補虫網を振り回し、弟はシャツを半分だけ着て

きゃいきゃいリビング中を逃げ回る。

・・・ きゃあきゃあ わあわあ 大騒ぎが繰り広げられていた。

 

「 あ〜〜〜! もう・・・! あなた達! 静かにしてちょうだい。

 ほらほら・・・すぴかさん、ホンモノの虫はお外でみんみん鳴いているでしょう?

 すばるクン・・・しょうがないわ、ボタンをつけるまで・・・これ、着ていいわ。 」

母は不承不承に乾きたてのシャツを息子に差し出した。

「 み〜んみんみん・・・・ おかあさ〜ん、僕、このシャツのがいいなあ〜 バフバフバフ〜〜 」

「 アタシ〜〜  せみとりにいってくる! はやてクンとやくそくしたんだ〜〜 いってきま〜す! 」

「 あ! すぴか〜 お帽子、被っていって! すばる、ちゃんとシャツを着て頂戴。

 裸ン坊は赤ちゃんですよ。 」

「 ・・・ん 〜〜〜  このしゃつ、すきなの。 」

「 でもボタンがとれちゃったのでしょ? ・・・取れたボタンは? 」

「 ないよ〜  なかったよ〜 」

「 いやだわ、そんなことないでしょう? 今朝はちゃんととまってましたよ。 」

「 ・・・ん 〜〜〜 でも、ないよ? 」

「 ・・・ しょうがないわねえ・・・どこで失くしたのかしら。 ほら、こっち、着て。 」

「 うん ・・・ あれ? ぼたん、はいらない・・・ うんしょ・・・・ 」

「 あらら・・・そんなに引っ張ってはだめよ。 あ〜! すばるっていつでもそうやってシャツを着るの? 」

「 え〜 う〜ん ・・・ うんしょ ・・・ えい! ・・・・あれえ? 」

「 ちょっといらっしゃい。 ・・・ ほら、こうやって・・・・ボタンの穴がある方を持ってね・・・ 」

「 ・・・おかあさん、 やって〜〜 」

「 ま、甘えん坊さんねえ。 こんなこと、出来ないのは本当に赤ちゃんよ。 」

「 いいもん、僕。 赤ちゃんでいいもん。 おかあさ〜ん・・・! 」

すばるは母に寄りかかると そのままお母さんのお胸にぴと・・・っと顔をつけてしまった。

「 まあ、本当に赤ちゃんなんだから。 暑い〜〜 暑いってば すばる。 」

「 えへへへ・・・・ おかあさん、いいにおい 〜〜 ♪ 」

 

「 ・・・ 見〜たぞ。 見ちゃったぞ。 赤ちゃんには お土産はいらないな〜 」

 

「 あ! おとうさん〜〜! 」

「 あら、ジョー! 」

不意にリビングの戸口から声がかかり・・・ 母と息子は驚いて振り向いた。

「 まあ、お帰りなさい。 ずいぶん早いのね。 ちっとも気がつかなかったわ。 」

「 わ〜〜 おとうさん、 おとうさ〜〜ん おかえりなさい〜〜 」

すばるは 珍しく母より先に父に飛びついていった。  

「 おう、ただいま、すばる。 なんだ、シャツが脱げてるぞ。 ほら・・・ボタン、はずれてる。 」

ジョーはひょい、と彼の息子を抱き上げ 片手で起用にシャツのボタンを留めてやった。

「 ジョー・・・ あ、いいのよ。 自分でやらせてちょうだい。 

 もう幼稚園の年長さんなのに ・・・ 甘えん坊さんの赤ちゃんで困ってしまうわ。 」

「 ふうん? そんならお土産よりもミルクの方がいいな。 すばるクンは。 」

「 そうね。 それじゃ・・・赤ちゃんはオムツしてねんねしてなくちゃね〜 よしよし・・・ 」

フランソワーズはジョーから息子を抱き取ると ぽんぽん・・・オシリを軽く叩いた。

「 オヤツもゴハンもいらないわよね。 今晩はスコッチ・エッグなんだけど・・・赤ちゃんには無理ねえ。 」

「 お♪ そうだなあ。 それならぼくがすばるの分のスコッチ・エッグも食べちゃうよ。 」

「 お願いね、ジョー。 

「 わ〜〜〜 ヤダ! 僕〜〜 あかちゃんじゃないよ〜〜 」

すばるは大慌てで母の腕から逃げ出した。

「 ・・ 僕〜〜 せみとりにいってくる〜 ごはん、たべるからね!! おとうさんにはあげない〜 」

「 はいはい、わかったから。 ・・・ほら〜〜お帽子、かぶって〜〜 」

バターン ・・・と 玄関のドアが派手に閉められた。 ・・・ すばるにしては珍しいことなので

父と母は顔を見合わせ思わず吹き出してしまった。

「 ぷは・・・ ごはん、ナシは当堪えたのかな、甘えん坊すばる・・・ 」

「 ふふふ・・・さあねえ。 ま、元気に外で跳びまわってくれた方がいいわ。 

 ジョー・・・ お帰りなさい♪ 早く帰ってくれて嬉しいわ♪ 」

「 たたいま、フランソワーズ♪  ああ、たまに早く帰ってみれば ぼくの奥さんの胸に

 ぼくの指定席に、顔をこすりつけてるオトコがいるんだものなあ・・・! 」

ジョーはつい・・・っと長い指を細君のブラウスの合わせ目に差し入れた。

はらり、とボタンが外れ、前が開いてゆく。

「  ・・・ あ、ヤダってば、ジョー! なにやってるの、昼間っから・・・ 」

「 ふんふん♪ ほうら ・・・ アイツめ〜 やっぱりボタンが外れてるじゃないか〜♪ 」

「 きゃ・・・外しているのはジョーでしょう? ・・・もう〜〜 就学前の自分の息子にヤキモチ妬くなんて。 」

「 ふん! 息子でもチビでも。 オトコはオトコ! ・・・やあ、フロント・ホック歓迎♪ 」

微かな音と共にうすいピンクのレースが外れ ぷるん、と白い果実が零れ出た。

「 ・・・ちょ・・! こんなトコで! ジョーったら、本当に・・・ 」

「 いいだろ、ちょっとだけお楽しみ♪ ふふふ〜〜昼間に眺めるのもまた格別だね・・・ちょいと味見・・・」

「 きゃ! ・・・ すばるのこと、笑えなくてよ? 大きな赤ちゃん・・・ 」

「 ・・・・・んん ・・・ 」

ジョーは妻の肌蹴た胸に 顔を埋めてしまった。

「 ・・・最近・・・ ゆっくり・・・してないから、さ。  ・・・たまにはいいだろ ・・・? 」

「 あ・・・ん ・・・ ここじゃ・・・ いつあのコ達が・・・ ぁ ・・・ 」

「 大丈夫、蝉取りに夢中さ、ウチのお嬢さんも坊ちゃんも・・・・ あはぁ・・・ 」

 

「 おかあさんッ! アタシのむしかご は?!? 

 

バターーーーン !!!

勢い良くリビングのドアがあいて 亜麻色のお下げの少女が飛び込んできた。

「 ねえ! むしかご〜〜!! 」

「 !!? ・・・あ ・・・え・・・ええと ・・・? 」

≪ ジョー! 隠して〜〜  ≫

≪ ・・・あ、ああ・・・ ≫

「 ・・・す、すぴか。 あの・・・む、虫かご? え〜と ・・・ あ! ソファの向こう側だ、ほら! 」

ジョーは慌てて振り返り、細君の前に立つと反対側を指さした。

「 え〜・・・どこ?  どこ、おとうさん! 」

「 だから・・・ソファの向こう側 ・・・ あ。 ちがった。 あそこに落ちてる! 」

「 え〜・・・・ああ! あったぁ〜 」

すぴかは飛んでいってソファの脇に転がっていた虫かごを拾い上げた。

「 ・・・ ちゃんと片付けておかなければダメよ? 網と一緒にお玄関の端っこに置いておきなさい。 」

「 は〜い。 せっかく せみ、つかまえたのに〜〜 」

「 それじゃ 早く籠を持ってゆかなくちゃ。 」

「 うん! じゃね! はやてく〜〜〜ん! すばる〜〜〜 かご、あったよ〜〜 」

リビングの中からもう叫びつつ すぴかは駆け出した。

≪ ・・・ああ ・・・ びっくりした・・・ ≫

≪ いやぁ・・・お転婆め・・・ 冷や汗モンだ・・・≫

フランソワーズは襟元を調えソファから立ち上がった。

 

「 あ。 おかあさん。 」

 

「 ・・・え!? ななななに?? 」

戸口でちいさな娘はぴたり、と止まる振り返った。

「 おかあさん。  ぶらうす のぼたんがはまってないよ。 すばるといっしょだね。 」

大真面目な顔で言うと、ぱたぱた娘は駆けていってしまった。

「 あ! ・・・ ああ ・・・・ ヤダ・・・ 」

フランソワーズは慌ててブラウスを掻き合わせ ジョーは思わず細君の胸元を凝視した。

「 ご、ごめん! え〜と・・・? あれ・・・ ボタンがない・・・よ? 」

「 え。 ヤダわ〜〜 ジョーってばすばるとおんなじコト言って。 ねえ、どこかに落ちてない?

 このブラウス、ず〜〜〜っとお気に入りなのよ〜〜 」

「 ごめん ・・・ さっき、飛ばしちゃったのかなあ・・・ あ! あったよ、ほら・・・ 」

ジョーはサイド・ボードの陰から小さなものを摘まみ上げた。

「 まあ、よかった・・・ あら? これ、ちがうわ。 これ・・・ああ! すばるのよ。 」

「 え・・・そうなんだ? なんだ、アイツも飛ばしてたのか。 」

「 そうなのよ。 や〜だ、そんなトコまで父子で似てるなんて。 」

「 ・・・ なんだかフクザツな気分だ。 ああ、きみのボタン。 捜しておくからさ。

 着替えておいでよ。 ・・・ 続きは今夜♪ おじゃま虫たちがぐっすり眠ってからな。 」

「 もう・・・ 本当に・・・ 困った坊やねえ、ジョーってば。 

 このブラウス、お気に入りだから、ボタン、絶対に見つけてね。 」

「 うん・・・ごめん。 お気に入り、か。 へえ・・・? 」

「 なあに? ・・・ これってね。 ふふふ・・・忘れちゃった? 」

「 え。 そのブラウス? ・・・ う〜ん??? よく似合ってるけど・・・? 」

「 そりゃそうよ。 だってコレ・・・ ジョーが一番初めに選んでくれたブラウスよ。 」 

「 ・・・え!? ・・・そ、そうだったっけか??? 」

「 そうよ。 一緒にモトマチを歩いてて。 これがいいよ! ってジョーが・・・ 」

「 ・・・ う? え〜と・・・? いつ・・・ 去年の誕生日だっけ? 」

「 ぶ〜〜〜! ヤダわ〜〜本当に覚えていないのねえ。 

 これは。 あのコ達がまだ天使のトコに居て・・・わたしもマダム・島村、じゃなかった頃!

 わたしの大事な思い出なんだもの。 」

「 ・・・ ごめん。 初めて一緒に出かけた時のコトは思い出したけど・・・

 なにをやったか全然覚えてないんだ。 ・・・多分、ぼくはぎんぎんに緊張していたんだと思う。 」

「 そうねえ・・・ そうだったわ。 モトマチでず〜っとかちこちになって歩いてたもの、ジョーってば。

 腕も組んでくれないし。 それどころか50センチくらい間を開けてて・・・ 

 わざわざあのカフェまで来て誘ってくれたのにって・・・ちょっとがっかりしていたのよ、わたし。 」

「 やだなあ・・・情けないよなあ。 でも・・・ずっと着ててくれて嬉しいな。 

 普通さ、お気に入りとか大事なモノって仕舞っておくことが多いだろ。 」

「 う〜ん・・・ そういうモノもあるけど。 わたしは・・・こう、いつも身近に置いておきたいわ。

 特に服とか・・・ハンカチとか日常品はね。 好きなモノと一緒にいたいの。 

 だって・・・クロゼットの奥に閉じ込めておいたら可哀想でしょう? 」

「 ふふふ・・・ きみらしいよ、フランソワーズ。 このブラウスは幸せモノだね。 」

「 ず〜っと一緒に居るんですもの、もう大親友よ。 だからボタン・・・見つけてね。 」

「 了解! 最優先のミッション発動! 」

「 ふふふ・・・ お願いします。 」

「 ブラウスはまだ現役だけど。 ・・・コレはもうリタイヤだなあ・・・

ジョーはぶつぶつ言いつつ、ポケットからなにか小さなものを取り出した。

「 あら、なあに。 どうしたの。 」

「 うん ・・・ これ。 やっぱりぼくのお気に入りでさ、 ず〜っと使ってたんだけど。

 今朝、ぽろり、さ。 多分もう金属疲労で寿命だったんだろうな。 」

「 え・・・ あら。 これって・・・タイピンね? 」

「 うん。 覚えてる? 」

「 ええ、勿論よ! コズミ先生の、でしょう?

「 当たり。  今の出版社に面接に行くときに 貸してくださったのさ。 

 結局就職祝いだよって頂いてしまったんだけど。 ぼくにとっては仕事上での御守なんだ。 」

「 まあ、そうなの? ・・・ 直せないかしら。 せっかく大切に使ってきたのに・・・ 」

フランソワーズは掌に受けとったタイピンを しげしげと眺めている。

「 う〜ん・・・ ここの、クリップのとこがダメになってるからな。 ちょっとなあ・・・・

 無理してつけていて、落として失くすのはイヤだから。 」

「 そうねえ・・・ じゃあ。 ここに居て貰いましょう。 貸して? 」

「 ・・・ いいけど? 」

フランソワーズはちらっとタイピンを陽に翳すと サイド・ボードの横に立った。

そして 上に置いてある小さな瓶の蓋を開け かちり、と振ってジョーに見せた。

「 ほら。 ここがタイピンさんのこれからのお家 ・・・にしましょうか。 」

彼女は瓶を手にとって 夫に見せた。

口の広い、どこにでもある平凡なビンで、なにやらラベルの切れ端が残っていた。

「 なに・・・ その瓶。 」

「 え・・・ あら。 ふふふ ・・・ ナイショ。 わたしの思い出の瓶詰めなの。 」

「 思い出の ・・・瓶詰め? 」

「 そうよ。 大事なものがもう使えなくなった時とか・・・ 壊れてしまった破片とか・・・

 そんな小さなものを入れておくの。 ううん、もう使えないものばかり。

 でも ほら・・・この中身ひとつひとつにみ〜んな違う思い出が染み込んでいるの。

 だってね、み〜んな・・・ この中のものはみ〜んなわたし達と一緒に生きてきたんですもの。 」

「 ああ、それで瓶詰め、か。 うん・・・なんとなく判る気もするね。 」

「 でしょ♪ コレはわたしの <大事ビン> なの。 」

「 そうか・・・ それじゃ・・・ぼくのタイピンの欠片も仲間に入れてくれる? 」

「 ええ、喜んで。 どうぞ? 」

「 ありがとう・・・! それじゃ。 」

 

カチン・・・ また 硝子の小瓶 に思い出が増えた。

 

「 きみって楽しいなあ。 」

「 え? どういうこと。 わたし、毎日二つの台風相手にどなったり怒ったりばっかりよ。 」

「 いや・・・ きみはいつだって、なにをする時も楽しそうだもの。

 一緒にいると、きみのそんな雰囲気が移ってきてぼくまで楽しい気分になる。

 どんなに疲れていても こう・・・気持ちが軽くなるんだ。 」

ジョーはするり、と彼女の身体に腕をまわした。

「 ぼくはさ。 運がいいオトコだ・・・ こんな素敵なヒトをオクサンにできて・・・さ。 」

「 ジョー・・・ わたしが楽しいのは 幸せだから、よ。

 ずっと側に居たい・・・!って願ったヒトと一緒になれて 天使たちまでやって来て・・・」

「 フランソワーズ・・・ ああ、本当にきみってヒトは・・・ 」

ジョーは堪らなくなり 腕の中のヒトの唇を奪った。

「 ・・・ んんん ・・・ ふふふ・・・もうお邪魔ムシは飛び込んでこないわね。 」

「 ああ。  ・・・う〜ん!夜まで待つのは・・・キツいなあ・・・ 」

「 だ〜め。 本当にジョーってばすばるよりも甘えん坊なんだから!

 甘えん坊の赤ちゃんには晩御飯はなし!です。 」

フランソワーズは笑って夫の腕の中から 逃れた。

「 ちぇ・・・ きみのスコッチ・エッグは捨てがたいしなあ。 しょうがない、夜までガマンするよ。 」

「 はいはい、そうしてくださいな。 着替えていらして? 冷たいもの、用意しておくから。 」

「 うん。 あ・・・冷たいものより、そうだな〜 あつ〜いほうじ茶とか・・・いいかい? 」

「 ええ、勿論。 そうそう先月頂いたのがあるから。 あれ、淹れるわね。 」

「 サンキュ。 ・・・ああ・・・ 久々ゆっくり晩飯が食えるなあ・・・ あ〜あ・・・ 」

ジョーはう〜〜ん!と伸びをして。 ついでにぼわぼわアクビなんぞも連発しつつ階段を上がっていった。

 

「 さあて、と。 チビっこ台風達が戻ってくる前に、片付けておかなくちゃ。 

 あ・・・ ブラウスのボタン、見つかるといいなあ。 これ・・・本当に大好きなのよね。 」

島村さんちのオクサンは はだけかけたブラウスをきちんと直し襟元をきつくあわせた。

「 ブラウスはダメになったら・・・このビンに入れるわけにも行かないもの。 ねえ・・・? 」

テーブルの上には 小さなビンがひとつ。

煤呆けたラベルの切れ端には リンゴのジャム の字が辛うじて読める。

 

   ふふふ・・・コレはジョーにもナイショなんだけど。

   この瓶も。 いえ、この瓶がわたしの一番の <たからもの> なの。

   あの日 ・・・一緒に出かける前に寄った喫茶店で もらったジャムの瓶・・・

   わたしにとって ジョーの側にいる・最初 だった日の思い出よ。

 

フランソワーズはそうっとビンを頬に当て。 すぐに戻すとスリッパを鳴らしてキッチンに戻っていった。

硝子の小瓶  ― ちいさなビンは だまって・静かに。 なんでも見てきた・・・のかもしれない。

 

 

 

 

 

    ****  さて ここでこの ちいさなビン と フランソワーズの<出会い>を どうぞ♪

  

          ⇒  『 記念日 』   by めぼうきさん @ 【 島村さんち 】

 

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( 『 記念日 』 の続きになります ) 

 

「 おまたせ、ジョー。 」

「 ・・・ やあ。 」

「 ・・・ なあに? あの・・・わたしの恰好・・・ヘン? 」

階段を降りてきた細君を ジョーは目をぱちぱちさせて見つめている。

急いで来た彼女は リボンでも解けているのか・・・とブラウスの襟元を確かめたりしてしまった。

「 あ・・・ ううん! 全然・・・・ あの、 その・・・。 見とれてたんだ・・・

 きみが あんまりキレイだから・・・ 」

「 まあ・・・。 ジョーったら。 あなたがそんなこと言うのって珍しいわねえ。

 雨でも降るんじゃない? 」

「 あ〜 酷いなあ、もう。 きみはいつだって最高さ、たとえ雨でもね。 愛する奥さん♪ 」

わざわざ玄関脇の細窓から空を見上げている妻を ジョーはくい、と抱き寄せた。

「 ・・・ あん・・・ もう。 ダメよ、せっかくのドレスが皺になっちゃうわ。 

 どう・・・? これ。 ジョーが好きな色のにしたのよ。 あの・・・似会うかしら・・・  」

フランソワーズは玄関ポーチでくるり、と回ってみせた。

淡いブルー・グリーンのドレスの裾がふわり、と広がる。 初夏に相応しい爽やかな色だ。

それでいて重なる襞やスカートの裾は色が濃くなっている。

彼女が歩くたびにその色合いは微妙に変わってゆく。

その照り返しが白い頬にほんのりと映り、搨キけた人妻をいっそう魅惑的にしている。

 

   ・・・ 風だ。  そうだよ、五月の風、薫風だ ・・・ 

 

ジョーは改めてほれぼれと彼の細君を見つめていた。

 

「 ・・・ ジョー・・・? あの。 気に入らなかった? あの・・・着替えてきましょうか。

 あの・・・ この前幼稚園の父母会に着ていったブルーグレイのスーツの方が・・・? 」

「 え・・・あ! そ、そんな・・・! ダメだよ、着替えちゃ! うん、ぜったいにダメだ ! 」

ジョーはは・・・・っと我に返るとぶんぶんと首を振った。

「 ごめん・・・ さっきも言ったけど。 あんまりきみがキレイだから見とれてしまったんだ・・ 」

「 まあ・・・ ジョーがそんなこと、言うなんて。 」

「 あ・・・ご、ごめん・・・ 気を悪くした? 」

細君を前に一人で焦っている彼の様子が可笑しくて。 でもすごく愛しくて。

フランソワーズは クスクス笑いだしてしまった。

「 うふふふ・・・ 本当にもう・・・ ジョーってば。 いつまでたってもジョーはジョーなのねえ。 」

「 ・・・ は ??  な、なんのことかい? 」

「 ふふふ・・・ いいのよ、いいの。 気にしないで・・・ さあ、出かけましょ。 」

「 あ・・・う、うん。 それじゃ ・・・ 奥様、お手をどうぞ? 」

「 Oui  Monsieur  ・・・ 」

蕩ける笑みを浮かべ、島村夫人は夫君の腕に白い手を絡めた。

そして。

初夏の風に吹かれて、二人は二人の記念の日を祝いに出かけていった。

 

 

 

結婚記念日を祝い、ジョーの誕生日を祝い。

<家族> のお祝いの日は すこしづつ増えてゆく。

日々は 季節は あっという間に巡り ― 子供達はどんどん大きくなり ・・・

硝子の小瓶 は部屋の片隅ですこしづつ中身を増やしていった。

 

 

子供達は蝉取りに熱中し、晩御飯をお腹いっぱい詰め込めば。 あとは早々に沈没してしまった。

夜の灯りに儚い虫が寄ってくる時分には 夫婦も寝室に引き上げていた。

「 ・・・ っと。 これでよし・・・っと。 わたしのブラウスもすばるのシャツもボタン オッケー。 」

フランソワーズはぷちん、とハサミで糸を切った。 針はまだ針刺しに休んではいない。

「 え〜と・・・ すぴかのショート・パンツのカギ裂きは繕ったし。 博士の甚平もホツレは直しました。

 あとは・・・ あ! ジョーのブリーフ! 確か、ゴムが緩くなっていたのよね・・・ 」

「 ・・・ おくさ〜ん・・・ まだですか〜。 針仕事はまだ終わりませんか〜 」

ベッドの中からジョーの声がとんできた。

「 ・・・えっと・・・  え? ああ、もうちょっと待ってちょうだい。 ジョー、あなたのブリーフ・・・ 」

フランソワーズは立ち上がると チェストの前にかがみこんだ。

「 ねえ、ぼくのなんていいからさあ・・・ 早くおいでったら。 」

「 だめよ、ついでの時にやってしまわないと・・・・ ああ、これだわ。 ほら、ゴムが伸びてる・・・ 」

「 ・・・ はいはい。 どうぞお願いいたします。 」

「 ふふふ・・・ そうです、イイコはちゃんと待っていてくださいね。 」

「 ・・・ は〜いはい・・・ 」

ぼすん・・・!とベッドに引っくり返る音がする。

くすくす笑いつつ、フランソワーズは夫の下着のゴムを入れ替え、ついでに解れた箇所も縫い直し

始めた。

「 ・・・ ふふふ・・・ こうやってジョーの下着なんか繕うようになるなんて・・・

 あの日には到底考えもつかなかったわ。  ・・・ でも 予感 はした・・・かな。 」

手早く針を運びつつ・・・ 彼女は懐かしい思い出を辿っていた。

 

 

   ― そう、 <あの日> の帰り道。

 

 

仕事のあと、カフェで一息いれていた彼女を ジョーが誘いだしてくれたのだ。

 

「 ・・・一緒に来てくれて・・・ 嬉しかった。 ありがとう。 」

すっかり暗くなった帰り道、 やっぱり少し間を開けて歩きつつジョーがぽつり、と口を開いた。

「 え・・・ あ、わたしこそ。 誘ってくれてありがとう。 

 それにこのブラウス! すごく嬉しいわ。 ジョーが選んでくれたのって初めてね。 」

「 あは・・・ 気に入ってくれてよかった。 アレを見たときから 絶対フランソワーズに似会う!って

 確信してたんだ。 でも・・・ ぼく一人で買いに入るの、ちょっとさ・・・ 」

「 まあ ・・・ うふふ・・・そうねえ。 女の子でいっぱいのお店だったものね。 」

フランソワーズはブラウスの包みを胸にだいて、にこにこしている。

「 う、うん・・・ きっと似会うよ・・・ね? 」

「 ええ! 帰ったら早速着てみるわね。 きゃ〜〜楽しみ・・・!

フランソワーズは小さくスキップをした。

道でスキップをするなんて ・・・ 何年振りだろう? なんだか自分自身が可笑しくなってきて、

フランソワーズはくすっと小さく笑い声をたててしまった。

「 ・・・あ。 ぼく、なんかヘンなこと、言ったかなあ。 」

「 え? あ・・・ううん、ううん! これはね〜 嬉しくて・楽しくて、笑ったの。 」

「 へえ・・・ あは。 それじゃぼくも笑っちゃおうかな。 」

「 まあ。 そうね、二人で笑っちゃう? 」

「 ・・・ ん。 」

ジョーに誘われて出てきた街で 二人はウィンドウ・ショッピングを楽しみ、

こじんまりしたレストランで 食事をし ― のんびりと旧い港街を散歩していた。

宵闇に涼をもとめて、人々はゆったりと石畳の道を行き交っている。

並んで歩いているつもりでも、ゆっくりしているつもりでも、気がつくと少し 彼に遅れてしまう。

 

   ・・・ ジョー ・・・。 腕を組んだら イヤ? 手を繋ぐのは きらい?

   この国にはそんな習慣はないのかしら。

   あ ・・・ でも、ほら。 あそこの二人も ・・・ こっちのカップルも・・・

 

フランソワーズは小走りにジョーに追いつき  ―  ついつい溜息が零れてしまう。

「 あ。 ごめん。 速すぎる? もっとゆっくり行こうか。  あ・・・ ちょっと。 」

「 ・・・え? 」

ジョーはくるり、と振り向くと す・・・・っと彼女の前に立った。

道の中央をなにやら声高なワカモノの集団がわらわらと通っていった。

「 こっちの道にしようか。 あんまりヒトが多いと ・・・ ね? 」

「 そうね。 あ・・・ほら。 ここを渡れば海の方にでられるみたいよ? 」

「 あ、そうだね。 じゃ・・・行こうか。 」

「 ・・・ ええ。 」

またしても ジョーはスタスタと先に行ってしまった。

 

夜風がちょっぴり火照った頬をやさしく撫でてゆく。  海の匂が微かに漂ってくる。

コツコツコツ  ・・・  カツカツカツ  ・・・

二人の足音がちょっとだけずれて響いている。

 

   ― この足音って。 ジョーとわたし、そのまま・・・みたい。

   でも。 ・・・ こんなのって ・・・ こんなのって。

 

フランソワーズが不意に足を止めた。

「 ・・・? どうかしたのかい。 」

「 ・・・ あの、ね。 あの・・・ 正直に言ってくれる? 」

「 え。 ・・・なに を? 」

「 ええ ・・・ あの。 ジョー ・・・わたしのこと、 ・・・ きらい? 」

「 ええええ??! ど、どうして・・・ 」

ジョーは振り返ったまま、硬直している。

「 だって。 ・・・ わたしが側にいるの、イヤみたいだから。 」

「 ?? な、なんで・・・?? 」

「 え・・・ だって。 いっつも先に行っちゃうでしょ。 腕、組むの、イヤなのかなあって。 」

「 ・・・ そ・・・そんなこと! 」

ジョーは言葉に詰まり、ただただ首をぶんぶんと横に振っている。

「 ・・・ この国では 腕組んだり、手を繋いだりはしないのかな・・・って思ってたけど。

 皆 ・・・あのぅ ・・・ カップルは ・・・ 仲良しにくっ付いていたわ。 」

「 あ・・・ ご、ごめん。 ・・・でも ぼく。 恐いんだ。 」

「 恐い・・・? わ・・・わたしが?? 

「 ううん ううん ううん!!! 」

ジョーはまさに ちぎれんばかりの速度で首を振る。

「 ちがうよッ! ぼくが恐いのは ぼく自身だよ。 」

「 ・・・ 自分が ・・・怖いの? 」

「 ああ! そうさ。 好きなヒト、それもず〜っと好きで好きで ・・・ もうガマンもぎりぎりで。

 そんなヒトの手なんかにぎったら。 ぼく・・・なにをするかわからない。 

 だから ― 自分で自分が怖いんだ。 

ジョーは一息に捲くし立てると真っ赤になって ― それでもしっかりとフランソワーズを見つめていた。

「 ・・・ ジョー ・・・・ 」

「 あ! ごめん・・・ ぼく、勝手にべらべら自分の気持ちばっか言って・・・

 こ、こんなの、キライだよね。 本当に ごめん ・・・ 」

「 ジョー!  ううん ううん! 」

今度はフランソワーズが ぶんぶんと首を振る。

「 え・・・ 」

「 そんなコト、ないわ! あのね、女の子はね。 はっきり言って欲しいの。

 はっきり言ってくれないと・・・ 不安になっちゃうの。 嫌われているのかな・・・って思っちゃうの。 」

「 そ・・・そうなんだ・・・? ごめ・・・ん ・・・ 」

「 ジョー。 もう ・・・ごめん、って言わないで。 ・・・・ね? 」

するり、と白い手がジョーの前に差し出された。

うん・・・と頷くと ジョーはその手を そうっと握った。

 

  きゅ。 ・・・ 白い手が握りかえす。   ほわ。 ・・・ 大きな手が包みこむ。

 

そして。

二人は なんにも言わずに ― しっかり見つめあって 微笑あって ― ゆっくりと歩き始めた。

 

 

「 ・・・あ。 」

海に近い道で またもや不意に彼女の脚が止まった。

「 ん? どうした。 」

腕を引かれた形になり、ジョーが振り返る。

「 あ・・・ あの。 ジョー ・・・ 薬屋さん、ある? 」

「 クスリヤさん???  ・・・ ああ、ドラッグ・ストアならあると思うけど。 え、どうかしたのかい。 」

「 あの ・・・ あのう〜〜 急にね、必要なモノが出来ちゃったの・・・ 

「 え・・・今、どうしても必要なのかい。 」

「 ええ! どうしても! ・・・ だって・・・ 全然用意なんかしてなかったし。 まだ先だから・・・ 」

「 ??? ドラッグ・ストアに行けばあるのかい? 」

「 ええ!  ・・・ あ。 で、でも ・・・ちょっと ・・・ 」

フランソワーズは頬を強張らせ 少しづつ少しづつ道の端に寄ってゆく。

「 おい、大丈夫かい?! そんなに具合が悪い ・・・ ・・・・え・・・ 」

思わず彼女を引き寄せたジョーの耳に フランソワーズはぼしょぼしょと囁いた。

「 ・・・え ・・・ そ、そうなんだ・・・ はあ ・・・ え? なにがいるって。 ああ・・・そ、そうなんだ? 

 よ、よし! ぼくが買ってきてやる。  あ ・・・ で、でもなんて言えば? 」

再び ぼしょぼしょナイショ話が続いた。

「 ・・・わ、わかった! ぼくが 行って来るから! きみはここで待ってろ。 」

「 ・・・ お願い・・・ ありがと・・・ジョー・・・ 」

俯いたきりの彼女の手を、ちょっとだけ握ると ジョーはがしがしと大股で道を横切り・・・

ワンブロック先に見える ドラッグ・ストアに駆け込んで行った。

 

「 はあ? ・・・ああ。 そこの棚ですよ、ご自由に見て選んでください。 」

中年の男性店員は 事も無げな顔で店頭の棚を指差した。

真っ赤っかの顔の少年に いきなり耳元でぼそぼそ言われて一瞬面食らったが

ごく日常品を捜しているだけだったので 拍子抜けがしてしまった。

「 今、この新製品がキャンペーン中で安いですよ! 羽つき・コンパクト、長時間おっけ〜 です。 」

「 ・・・ は  ・・・はあ・・・ ( 羽??? な、ななな なんだ?? ) 」

少年はそそくさと指定の棚の前に行き ― またまた固まってしまった。

 

   ・・・ こ・・・・ この中から 選ぶのか?? こんなに種類があるなんて・・?

   いったい どこがどう違うんだよ〜〜

 

しばし呆然と一面の<オンナノコ専用ざぶとん> を眺めていたが、は!っと我にかえり

手近な一袋を取ると 一目散にレジに突進していった。

 

 

 

「 ・・・ ジョー ・・・ ごめんなさい・・・! でも本当に本当にありがとう〜〜 !! 」

「 あ・・・ いや。 ううん ・・・ でも ・・・ ハア・・・ 」

二人は 海に面した公園で ― 夕闇も果てた夜の中 ぼ〜っとベンチに座っていた。

「 あは・・・ うん ・・・ ああ、きみって オンナノコなんだなあ〜〜って。 

 すごく こう・・・納得しちゃったんだ・・・・ 」

「 まあ・・・! それじゃ 今までどう思っていたのよ? 」

「 え・・・ あ・・・ ご、ごめん ・・・ 」

「 ・・・ ジョーってば。 もう ・・・ 」

ことん ・・・と亜麻色のアタマがジョーの肩に寄りかかった。

 

「 あの、さ。 ・・・ あの。 」

「 ・・・なあに。 」

「 うん ・・・ あの・・・ こんなコト、言ってもいいかな。 」

「 なに・・・ 」

「 ・・・ うん。 ずっと。ず〜〜っと考えて それで決めてたお願いなんだけど。 」

「 まあ、なあに。 一大決心ってことなのね。 」

「 うん。  あの。 ・・・一緒にさ、歩いて・・・くれる。 」

「 え? 勿論よ、一緒に帰りましょう。  あの、もう大丈夫だから・・・本当にさっきはごめんなさいね。 」

「 あ、う、うん・・・  あの。そうじゃなくて・・・いや、そうなんだけど。 」

「 ・・・ ?? 

ジョーは思い切って顔をあげ、 首を傾げている彼女の瞳をはっきりと見つめた。

「 だからなんなの、ジョー。 」

「 うん。 その・・・ 一緒に・・・ずっと。 ずっと隣を歩いてくれるかな。 ぼ、ぼくの・・・ 」

「 ・・・ ジョー ・・・! 」

「 あ! 今すぐ・・・ってことじゃないんだ。 その・・・そんな風に考えて欲しいなって思って。 」

「 ・・・・・・・ 」

「 ・・・ あ ・・・ ごめん。 いきなりこんなこと、言い出すなんてデリカシーに欠けるよな。

 さっきやっと手を握ったのにさ。  でも! 絶対にいい加減な思いつきなんかじゃ・・・ 」

「 ジョー・・・! ジョー・・・! 」

「 え・・・うわ?! 」

ジョーはいきなり抱きついてきた彼女に 目を白黒させている。

「 ご、ごめん! 気分、悪い? もうちょっと、その辺で休むかい? 」

「 ううん、ううん!  嬉しいの・・! わたしも・・・わたしもそう思ってたから・・・ 

 ジョーの・・・ジョーの側にいたいって。 ジョーと一緒に、ジョーの隣を歩いて行きたいって。 」

「 ・・・ フランソワーズ ・・・ 」

「 でも こんなオンナ、嫌かなあ・・・って思って。 だからさっき、キライなの?って聞いてしまったの。 」

「 あ・・・ああ。 そっか。 そっか・・・ そうなんだ・・・

 あ ・・・ ははは ・・・ 女の子って。 フクザツなんだなあ! 」

「 ふふふ ・・・ そう、そうなのよ。 女の子はね、とってもとってもフクザツなのよ。 」

ジョーは返事の替わりに きゅ・・・っとこの<女の子>を抱き締めた。

 

 

 

「 ねえ・・・ 小瓶さん? あの日、わたしの手元に来てくれた日・・・

 わたし達のこと、ず〜っと見ていてくれたのは アナタ だけなのよ。  可笑しかったでしょう? 」

フランソワーズは針仕事から顔を上げると、チェストの上に置いた硝子の小瓶に微笑みかけた。

「 さ・・・て。 これでお終いかな。 皆、元気なのは嬉しいけど。 もう繕い物ばっかり・・・ 」

針箱を片付け、ドレッサーの前でさささ・・・っと髪を整えると、 フランソワーズは気取った足取りで

ベッドに近づいていった。

「 え〜 もしもし? ムッシュウ・島村は こちらかしら。 」

ジョーのお気に入りのナイティに ジョーの好みのコロンをすこし。 亜麻色の髪を揺らして

彼女は魅惑の微笑みを浮かべ スリッパを脱いだ。

「 ・・・ ジョ − ・・・ォ♪ あ ・ い ・ し ・ て ♪   ・・・あら? 

そうっと捲った夏掛けの下で。 彼女の愛しいヒトはセピアの髪をくしゃくしゃにして・・・

くるりと丸まりぐっすりと寝入っていた。

「 あ・・・らら・・・・ 待ちくたびれてネンネしちゃうなんて。

 ・・・ ふふふ ・・・ すばるのこと、笑えないわねえ・・・ 大きな赤ちゃん・・・ 

それじゃ。 お休みなさい・・・とフランソワーズは彼女の夫の頬に軽くキスを落とした。

「 ジョー ・・・ 明日はきっと愛して・・・ね♪ 」

ふわり、と彼の隣に潜りこんで。

島村ジョー氏のオクサンは彼の横にぴたり、と寄り添い ― すぐに眠りに落ちてしまった。

チェストの上には。 二人の穏やかな寝顔を見つめる 小瓶がひとつ。 

常夜灯に にぶく光を返していた。

 

 

 

 

 

 

「 ねえ、歌帆ちゃん。 」

「 はい? 」

キッチンで食器を洗いつつ、すぴかは義妹に声をかけた。

「 あの、さ。 ひとつ、お願いがあるんだけどなあ・・・ 」

「 あら、なんでしょう? あ、あの納戸のことですか。 」

お皿を拭いていたクロスを止めて 歌帆はすぴかを見つめている。

「 ううん、そうじゃなくて。 ほんのちょっとだけなんだけどさ・・・ あのビンのことなの。 」

すぴかは目で キッチン・テーブルに置いた古ぼけた小瓶を指した。

「 はい? 

「 うん ・・・ あれ、さ。 ここの、キッチンの窓のとこに置いておいてくれるかな。 」

「 ・・・窓に、ですか。 あの・・・大事なものじゃ・・・ お母様の・・・ 」

「 うん。 邪魔かもしれないけど・・・ごめん、いいかなあ。 」

「 ええ、勿論。 ぜんぜん邪魔じゃないです。 でも・・・いいんですか。 」

「 いいの。 あ・・・それでね、いつか ・・・ 見えなくなっても気にしなくていいから。 」

「 ??? はあ・・・ 」

「 すばるもさ、多分同じこと、言うと思うよ。 だから・・・お願いします。 」

「 はい、わかりました。 あら・・・ いろいろ小さなキレイなものが詰まってるんですね。 」

「 ふふふ・・・ みんな使えないモノばかりなんだけど、ね。 

 さあ〜〜て。 ふっふっふ〜〜〜それでは不埒な愚弟を泣かせてやるかな♪ 」

「 きゃ〜〜 お義姉さん♪  待ってました〜〜♪ 」

「 すばるク〜ン? きみはいくつまでお母さんの胸にスリスリしていたんだっけ? 

 アタシはちゃ〜〜んと見ていたんだよ〜 」

すぴかは歌帆と一緒に にんまりしつつリビングに戻っていった。

 

 

 

いつか ある日。

島村家のキッチンの窓辺から 古ぼけた硝子の小瓶が見えなくなる・・・かもしれない。

 

   ― いいよね。 だって あれは。

 

   ― ああ。 あれは 母さんの <大事ビン> だものな。

 

双子の姉弟はこっそり・こっそり 微笑あった。

 

 

 

 

***********************    Fin.    *********************

 

 

Last updated : 08,04,2009.                           index

 

 

 

***************     ひと言   *************

はい、例によって のほほん・島村さんち・ストーリー でございます(^_^;)

例によって な〜〜んにも起きません、普通の日々がゆるゆると流れてゆくだけです。

めぼうき様の 『 記念日 』  を拝読し もわもわもわ〜〜っと妄想が膨らんで・・・

お許しを得て 前後つけたし風・・・にさせて頂きました <(_ _)>

どなたの心の中にも <硝子の小瓶>が、 <大事ビン> がありますよね♪

ふ・・・っとたまには覗いてみませんか。

・・・ 蛇足ですが。 二人は 脳波通信  という手段をすっかり忘れているようです・・・

ぼしょぼしょ耳打ちばっかり・・・ (^_^;)

一言なりとでもご感想を頂戴できましたら 幸いでございます <(_ _)>