『 Fly me to the moon !』  

 

 

 

*****  はじめに  *****

このお話は 【 Eve Green 】様宅の <島村さんち> の設定を拝借しています。

ジョ−とフランソワ−ズの子供達、すばるとすぴかがよちよち歩きの頃のお話です。

 

 

 

 

   ・・・ う〜〜ん ・・・

 

ジョ−は車の窓を全開にし、流れ込む冷たい空気を胸いっぱいに吸った。

馴染んだ潮の香りと 聞きなれた波の音と。 

もう半ば彼自身ともなっている <自然> が どっとジョ−の中に入ってきた。

 

   ただいま ・・・・!

 

ジョ−はそのまま減速してゆき、海側の路肩に車をよせた。

 

   <ウチ> って いいよな。

 

幹線道路からうんと外れた海岸通りに出るたびに、ジョ−はいつも思うのだ。

この地にやってきて、岬の突端に仲間達との住処を構えた。

そして 彼が切望していた <家庭> を持ち、<家族>を持ちしっかりと根を張った。

すっかりこの地に馴染んだはずなのに 彼は今だにわくわくして家路につくのだ。

 

いかに温暖な気候のこの地方とはいえ一月の半ば過ぎ、窓から吹き込む海風は冷たく肌をさす。

しかし ようく味わってみると

ながれる冷気になかに ほんのわずかだけだが、春の息吹を感じる。

小鳥のさえずりや ほのかにまじる梅の香り ・・・ 春は少しづつ近づいてきている。

ジョ−はもう一度 深々と息を吸い込んだ。

 

   春 ・・・ か。

   ああ、そうだよな。 ウチはいつだってぽかぽかだから。 

 

濃い藍色の海はまだ微かに夕焼けの色を浮かべ穏やかに揺らいでいる。

眼を転じれば東の空には白い月が すでにぼんやりとだが姿を見せていた。

 

   ああ・・・ 昼の月ってのも いいなあ・・・・

   う・・・ん・・・・月って 夜にしか見たことないかもしれない・・・・

 

彼にとって月はいつでもひとりぼっちの夜の相棒だったのだ。

どんな時にでも光を投げてくれる大切なたった一人の友でもあった。

辛い涙、悲しい溜息、切ない想い・・・・

ジョ−はずっと 胸のうちを月ひとりに打ち明けてきた。

月は 黙って彼のすべてを受け入れてくれた・・・とジョ−は信じている。

それは 彼が本来の身体を失ってからも続いていた習慣だった。

ある時には戦場で ぼろぼろになって見上げたこともあった・・・

やがて辛いことだけではなく、心弾む想いを持て余しこっそり月に呟く日もでてきた。

そして、歓喜の報告をし ・・・

 

   ごめんな。 このごろ・・・ 君のこと、しみじみ眺める時間もなかったね。

 

しばらく振りでゆっくりと見上げた月は あの頃と少しもかわらず

穏やかに、静かな光をジョ−に注いでくれるのだった。

冬の入日は早く、茜色だった西の空もどんどん色を失い始めてきた。

 

   いけない・・・ 道草を喰ってしまったよ。 ふふ・・・ 小学生みたいだな。

 

珍しくまだ日のあるうちにここまで帰ってきたのだ。

ジョ−はしばらく水平線に視線をとばし、名残の夕焼けを追っていたがやがてアクセルを踏んだ。

海沿いの道を軽快に飛ばしてゆく。

ふんふんふん ・・・・

自然とハナウタのひとつも零れ出て海風に乗って流れていった。

最後の急坂を登ればすぐにちょっと古びた洋館が見えてきて・・・

オ−ト・セキュリティを通過して門を開け、ガレ−ジに回って車を入れて。

庭を突っ切って玄関へ。  彼の足取りはどんどん軽くなり、ついにはほとんど跳びはねて

玄関のドアに到着する。

一見、年季の入ったマホガニ−の玄関扉に − 実は相当な銃器の攻撃にもびくともしない

ツワモノなのだが − 彼は駆け寄って インタ−・フォンに呼びかける。

 

   ただいま・・・!

 

と、ほぼ同時に扉は軽やかに開かれ  ―  満面の笑みをたたえた女性が現れる。

 

   お帰りなさい・・・!

 

どちらからともなく腕を差し伸べ、二人は視線を、腕を絡めあいそのまま熱く唇を重ねるのだ。

お帰りなさいの・キス  ただいまの・キス

結婚式を終えたその日から。

毎日毎日毎日 ・・・・ ずっと繰り返され これからもずっと繰り返してゆく島村さんちの習慣である。

 

 

「 お帰りなさい。 今日は早いのね、嬉しいわ。 」

「 ただいま。 うん、たまには日のあるうちに帰りたくてさ。 」

「 このごろずっと遅かったものね・・・ お仕事、お疲れ様・・・・ 」

「 うん。 きみとゆっくり話もしたいし、チビ達とも付き合いたいし。 」

「 ふふふ・・・・ 丁度ね、ご機嫌で遊んでいるわよ。 」

「 お、やったあ♪ この頃寝顔しか見てないもんな〜 」

「 リビングにいるわ、相手してやって?  その間に晩御飯の仕上げをするから。 」

「 おっけ〜。  すばる〜 すぴか〜♪ ただいま〜〜 」

ジョ−はたちまちかなりホドケた笑顔となり、そそくさとリビングに行ってしまった。

 

  ・・・ ふふふ。  こんなに子煩悩なヒトだとは思わなかったわ・・・

 

ぽん、と渡されたコ−トを抱いてフランソワ−ズもにこにこ顔のまま、クロ−ゼットの扉を開けた。

 

 

「 ・・・ ただいま〜 すばる〜 すぴか〜? おとうさん、ですよ〜 

リビングのドアをちょっとだけ開けて。 隙間から顔を覗かせて。

ジョ−はそうっと声をかける。

「 ・・・?? ・・・ あ〜〜 おと〜しゃん 」

亜麻色のアタマがきょろきょろあたりを見回し、すぐに戸口の彼を見つけた。

「 おと〜しゃん ・・・ おと〜しゃん〜〜 」

「 すぴか〜〜 ただいま♪ 」

ぱたぱたけっこう達者な足取りで駆け寄ってきたわが娘を ジョ−はひょいと抱き上げ頬ずりをする。

「 きゃ〜〜〜 おと〜しゃん 〜〜 」 

くるくるとカ−ルした亜麻色の髪が柔らかく頬に当たり、ジョ−はくすぐったさと愛しさに

思わず涙が滲んできてしまう。

「 ・・・ おと〜しゃ〜ん 〜〜 」

とん・・・! ともうひとつ、柔らかくて暖かいモノがジョ−の脚にぶつかってきた。

「 あは♪ すばる〜〜〜 ただいま♪ 

「 おとうしゃん〜〜 だっこ〜〜 すばるも 〜〜  」

紅葉よりももっと小さな手がきゅ・・・っとジョ−のズボンをつかんで彼と同じ瞳がじっと見上げている。

「 ほいほい。 ・・・ ほ〜〜ら、高いぞ〜〜〜 」

ジョ−は片手にすぴかを抱え、空いた手ですばるを軽がると持ち上げる。

「 おと〜しゃ ・・・・ う・・・うぇ ・・・ うえ〜〜〜ん・・・ 」

「 あれえ? どうした、すばる。 泣いたりして可笑しいなあ〜 」

「 あたちも、あたちも〜〜〜 おとうしゃん!! 」

片手で高い高い〜〜をしてもらい泣き出した息子と自分もやってとせがむ娘と。

ジョ−はもう満面の笑みで大わらわである。

「 よォし。 ほおら〜〜 すぴか〜〜 高い高い〜〜〜 」

「 きゃ〜〜〜〜 きゃ〜〜〜〜 おとうしゃん〜〜 きゃ〜〜〜♪ 」

「 うっく ・・・・う ・・・・  おと・・しゃん ・・・ 」

息子は父親の胸にしがみ付きようやく泣き止み、娘はジョ−の頭の横ではしゃいでいる。

 

「 ・・・あらあら・・・ 大騒ぎね〜〜 」

「 あ、フランソワ−ズ。 ほら、すぴか〜〜 お母さんより背が高いかな〜〜 」

「 まあ、すぴか、いいわね〜〜  あら?! すばる、どうしたの? 」

「 いや・・・ 高い高いはお気に召さなかったようだよ? 

「 もう・・・ 恐がりなんだから。 いらっしゃい。 」

すばるは差し出された母親の腕をつかむと、あっという間にその胸に縋りついてしまった。

「 あ〜れ。 すばるはお母さんがいいのかなあ。 」

「 ふふふ・・・ ね? もう平気でしょう。 お父さんと一緒なら怖くなんかないのよ? 」

「 ・・・ おかあしゃん〜〜 」

「 さあ、お母さん、御飯の支度があるから。 ほうら・・・ぶうぶで遊んでてね。 」

フランソワ−ズは息子をソファに下ろすと、車のオモチャを手渡した。

「 うん。 ぶ〜ぶ・・・! ぶ〜〜〜 」

「 ジョ−? ごめんなさい、もうちょっと二人を見ていてくださる。 すぐにお食事よ。 」

「 ああ、いいよ。 ゆっくりで構わないよ〜 」

「 おとうしゃん〜〜 もっと〜もっと〜〜  」

父親の肩にとまって、すぴかがぐらぐら身体を揺すっている。

「 いててて・・・ おい、耳をひっぱるなってば。  よおし。それじゃな〜 」

ジョ−は娘を肩から下ろし両腕で支えた。

「 行くぞ〜〜 飛行機 ぶ〜〜〜ん♪ ほら〜〜どるふぃん号だぞう〜〜 」

「 ?! きゃ〜〜〜〜〜♪♪ きゃ〜〜〜〜 」

「 ぶっぶ〜〜〜 行きますよォ ・・・ぶっぶ〜〜 

頭上では娘が、足元では息子が それぞれご機嫌で父親に纏わりついていた。

 

フランソワ−ズと結婚して、思いがけなく双子の子供達に恵まれた。

替わりばんこに泣き出しては母を困らせていた姉弟は いまよちよち歩きの年頃になっていた。

 

   ・・・ 可愛いなあ ・・・! もう〜〜 ぼくはどうしたらいいかわからないよっ!

 

フランソワ−ズそっくりな碧い瞳が笑顔全開で擦り寄ってくる。

大好きな自動車のオモチャとつかんだままいつの間にかセピアの瞳が見上げている。

片言でしゃべりかけ、小さな手脚がジョ−に向けていっぱいに差し出される・・・・

 

 おとうしゃん〜〜 おかあしゃん 〜〜〜

 

ジョ−自身が一生素直な気持ちでは口に出せない・・・と思っていた言葉を

幼子たちは満面の笑顔で日に何十回となく繰り返す。

大嫌いだった言葉がいつの間にかジョ−の身近に溢れるようになった。

それは彼自身の呼び名でもあったから、ジョ−は次第に馴染んでいった。

愛に餓えていた少年は 父親となり愛する存在を得たとき、やっと眼が開いた。

そう・・・ 愛されることが全て、ではないのだ。

 

   ああ ・・・。  この子達がぼくの心の棘を溶かしてくれるのかな・・・

  

ジョ−は家庭を持ち父親となり ・・・ 彼自身の呪縛から解放されたのかもしれない。

 

 

「 さあ〜〜 御飯ですよ。 すぱる、すぴか。 お手々を洗ってきましょうね。 」

「 ああ、ぼくがやるよ。 」

「 そう? じゃあお願いね。  あ、子供用のハンド・ソ−プが歯磨きの横にあるから・・・

 それで綺麗に洗ってやってね?  」

「 了解。  さあ〜〜 お手々洗うぞ〜〜 すばる? ぶ〜ぶは後にしようね。 」

「 ・・・ おてて・・・? 」

「 そうだよ〜 御飯の前にはキレイにしなくちゃね。 すぴか? ほら下ろすぞ。 」

ジョ−はまだ背中にへばりついていた娘を下におろした。

「 おとうしゃ〜ん、もっと〜 もっと〜〜 たかいたかい〜〜 する〜〜 」

「 御飯の後な。 さ〜あ今日の御飯はなにかな? ご〜はんだ ごはん〜だ〜〜♪ 」

「 ごはん ♪ ご〜〜は〜〜ん〜〜〜♪♪ 」

ちょっとご機嫌斜めになりかけた双子は ジョ−のハナウタにたちまち一緒に歌いだした。

 

   やれやれ・・・・ 賑やかだなあ。 ま、そこがウチらしいんだけど

 

「 ほうら・・・ キレイになったろ。 それじゃ。 御飯にしゅっぱ〜つ♪ 」

「 ・・・っぱ〜つ! 」

「 ご〜はん ごはん〜〜〜♪ 」

可愛い二組の手をキレイに洗いタオル拭いて。 そのままバスル−ムで遊びだしそうな二人を

ひょい、と担ぎあげジョ−は食堂にむかった。

 

 

 

「 え? 明後日? 

「 うん。  ・・・ フランソワ−ズ、明後日は何の日だ? 」

「 ・・・ え? だって・・・普通の日よねえ。 ??  ・・・ あ。 」

「 ふふふ・・・ やっと気がついた? き ・ み の誕生日♪ 」

「 ・・・ そうだわね。 やだわ、すっかり忘れてた・・・ 」 

 

久し振りの家族揃っての夕食 ・・・ のんびり、などというわけには行くはずもなく。

二人で交代で なんとか子供達に食べさせ、両親が自分達の食事に手を付ける前に

双子は色違いの頭をゆらゆらと傾がせ始めた。

なんとか御飯を終らせ、歯磨きさせてパジャマを着せてベッドに寝かしつけ・・・

ジョ−とフランソワ−ズが再び差し向かいで食卓についたとき、二人の夕食は完全に冷め切っていた。

 

「 だから、さ。 たまには外で食事しないか。 お祝いっていってもささやかで申し訳ないけど・・・ 」

「 あら、お祝いなんて・・・ このトシで今更・・・ 」

「 そんなコトない。 きみが教えてくれたじゃないか。 誕生日ってのは

 生まれてきて・ありがとう・・・って感謝する日だって。 」

「 え、ええ・・・・。 」

「 ぼくは。 きみのご両親に感謝したいな。 こんな素敵なヒトをこの世に送りだしてくれて

 ありがとうございますって。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ 」

ぱたり ・・・ ぱたぱた・・・

フランソワ−ズのエプロンに涙が零れ落ちる。

ジョ−はさ・・・っと彼の細君の唇をかすめ、涙を吸い取ると、レンジを火を止めた。

チン・・・と電子レンジも完了の合図をよこした。

「 ・・・ っと。 こっちは温まったよ〜 」

「 ああ、はいはい。 ス−プもオッケ−だわ。 ジョ−、御飯は? 

「 うん、一緒によそって。 」

晩御飯を温めなおし、子供達の食器の後片付けもついでにして・・・

改めて いただきます、と二人は箸を取り上げた。

 

「 あら・・・ なんだかいつもとあまり変わらない時間になっちゃったわねえ。 」

「 でもさ、チビ達とも遊べたし。 ゆっくりした気分で食べられるのは嬉しいよ。 」

「 そうね。 あ・・・ それにはレモンを絞ってみて? 」

「 うん・・・ ああ、それでさ。 明後日、どうかな。  ・・・ あ、コレ美味しいね〜〜 」

「 そう? よかった〜〜 昼間からずっと煮込んでみたの。 いい味が浸みたかしら・・・ 」

「 うん、最高。  あ、それで明後日さ? 食事、どう? 」

「 ・・・ 嬉しいわ、すごく嬉しいわ〜〜 でも ・・・ 子供達を置いては行けないわ。 」

「 う〜ん ・・・ じゃあさ。 寝かしつけたら博士にちょっとお願いして。

 街まで出ようよ? 駅前までなら・・・いいだろ? 」

「 いいけど ・・・・ でも、博士、ご迷惑じゃないかしら。 」

「 大丈夫だよ。 明日はアメリカから戻られるからきっと喜んで子守をしてくださるさ。

 子守りっても・・・ 寝てるアイツらを見ていただくだけだけどね。 」

「 そう? それなら・・・ でも・・・・ 」

「 な?  駅の向こう側、最近ずいぶんお店が増えてきてさ。ちょっといいビストロをみつけたんだ。

 たまには外で食事しないかい。 」

「 ええ・・・ そうね。 駅の側ならそんなに長い時間じゃないし・・・ 

 いいわ、わたしからも博士にお願いするわね。 」

「 うん♪ やったあ〜〜 二人っきりで外出なんてすごく久し振りだよね。 」 

「 そうねえ・・・ 子供達が生まれる前・・・以来かしら。 」

「 そんなになるかな。  ・・・ なあ、今晩。 ゆっくりできるだろ。 」

「 ええ・・・  ジョ−がこんなに早く帰ってきてくれるなんて。 嬉しいわ・・・ 」

「 ・・・ ぼくもさ。 きみの顔をゆっくりながめて話して・・・ それで。

 あ〜あ ・・・ 早くきみを食べたいなあ♪ 」

「 ま・・・・ 食いしん坊のせっかちさんね。 

「 ふふふ・・・ きみに関してはぼくはいつだって貪欲なのさ。 」

ジョ−は食卓ごしに熱い視線を送る。

テ−ブルの下からするりと腕がのび、彼の奥さんの恰好のいい膝をなでた。

「 ・・・ きゃ。 もう・・・ 相変わらずお行儀も悪いし・・・ 」

「 もっとお行儀悪くしたいな・・・ ね? 」

「 ・・・・ ジョ−ったら・・・ 」

熱いまなざしを注がれ、フランソワ−ズはぽ・・・っと頬を染めた。

「 ・・・ ごちそうさま ・・・ それで イタダキマス♪ 」

食卓を立つと ジョ−はフランソワ−ズの肩を抱き熱く唇を重ねそのまま・・・

 

「 ・・・ あら・・・・? ちょっと待って、ジョ−。 泣いてるわ〜 あれは・・・すばるね。 」

「 え・・?? ぼくには聞こえないよ。 だってちゃんとねんねしてるはず・・・・ 」

「 あらら・・・起きちゃったな〜  ちょっと見て来るわね。 」

「 あ・・・ 」

フランソワ−ズはするりとジョ−の腕をはずし小走りに子供部屋に行ってしまった。

「 ・・・ あ〜あ ・・・ 」

ぼすん・・・とジョ−はソファに腰を落とした。

 

  いいけどさ。 きみは育児熱心で優秀なお母さんだし。

  子供達はいつも清潔な服で、部屋はぴかぴかゴミひとつなくて、

  食事はできるだけ手作りでしかも美味しいし・・・

 

「 ・・・ でもなあ ・・・・ 」

ふうう・・・・ 思わずジョ−の口から溜息が漏れた。

そう、我が家は清潔できちんと整頓されていて、子供達は元気でにこにこ・・・・

毎日帰宅するのが嬉しくて・たのしくて たまらない・・・ けれど。

「 たまには、さ。 二人っきりで ・・・ 海岸の散歩でもいいんだけどな・・・・ 」

ジョ−は幸せ半分、一抹の淋しさにも気づいていた。

 

  ・・・ こんなコト言ったら きみに笑われるよな、きっと。

  可笑しなジョ−・・・って。 ヤキモチ焼きねって・・・

 

可愛い二人の子供を授かってしっかり島村家の主として頑張っているのだが、

ジョ−にはいまだに、フランソワ−ズに対してちょびっとだけ引け目を感じていた。

 

彼女の前ではさ、あんまり子供っぽいトコは見せられないな・・・ 

 

彼は彼なりに一生懸命背伸びしているのかもしれない。

 

「 ・・・ ぼくって。 子供達にヤキモチ、焼いているのかなあ・・・ 」

ふうう・・・ またひとつ。 ジョ−は微妙な色の吐息を洩らした。

 

 

 

「 ・・・ フラン? 」

そうっと子供部屋のドアが細目に開いて、ジョ−の囁きが聞こえてきた。

かさり・・・と亜麻色のアタマがそっと起き上がった。

フランソワ−ズは息子の側でうとうとしていたらしい。

「 ・・・ ジョ−。 なあに。 し〜〜 静かにね。 」

「 う、うん  ・・・  あの、すばる・・・ 泣き止んだみたいだね。 」

「 ええ。 ちょっと目を覚まして側にわたしがいなかったから泣いたのよ。 」

「 え・・・? 」

「 いつも添い寝をしてるから。 淋しかったのよね〜 すばる・・・ 」

フランソワ−ズはくうくう寝息をたてている息子の髪を愛し気に撫でた。

「 え・・・ 添い寝って・・・ きみ、いつもそうしてるの。 すぴかは一人で寝てるよ? 」

「 あの子はね、一人でも平気なの。 それにね〜〜 もうすごい寝相で・・・

 わたし、蹴飛ばされてしまうのよ〜 だから一人でいいの。 」

「 ・・・ ふうん ・・・ 」

「 これは日本の習慣なのですってね。 この子達は日本人だもの、皆と同じように育てなくちゃ。 」

「 へえ・・・そうなんだ?  ふうん ・・・ 」

「 あら、なあに。 」

「 いや ・・・ べつに。 なあ・・・ もうぼく達も休もうよ。 」

「 そうね。 ・・・ さ、お休みなさいね、すばる。 」

フランソワ−ズはもう一度すばるの髪を撫で、ベッドから離れた。

「 すぴか、すばる〜 お休み・・・ 」

ジョ−も子供達の柔らかな頬をそっと撫でお休みなさい、をした。

 

 

 

「 ・・・ なんだかさ ・・・ 」

「 ・・・ え ・・・ ? 」

まだ汗ばんだ肌を寄せあい、熱い吐息の名残をすこしづつ冷まし・・・

ジョ−はぽつり、と呟いた。

時折戻ってくる波に身体を任せつつ、フランソワ−ズはまだぼうっとしていた。

「 ぼく ・・・ ああ、笑ってもいいよ ・・・ 」

「 ・・・ なに ・・・ 」

ジョ−はくしゃり、と自分の髪をかき上げ・・・ そのまま天井を見つめている。

「 ・・・ なに、ジョ−。 」

「 うん ・・・ ぼく、アイツらが羨ましい ・・・ んだな、多分。 」

「 アイツら? 

「 そ。 きみの息子と娘がさ。 」

「 ・・・ええ? 」

フランソワ−ズはやっとはっきりとした声を出した。

「 羨ましい・・・って なにが。 」

「 ・・・ うん ・・・ アイツらにこんな素敵なお母さんがいるってこと、かな。 」

「 ・・・ まあ。 」

「 いつも側にいてくれて・・・。 アイツら、僕が欲しかったものをぜ〜んぶ持ってるもの。 」

「 ジョ−・・・。 」

「 うん。 だからさ。 明後日はきっと。 ・・・ ドレス・アップして欲しいな〜〜

 そうだ、ほら、あの白いワンピ−ス♪ ふわ〜〜って拡がるスカ−トの。

 あれ、着てくれる? 」

「 ? ・・・ ああ、フレア・スカ−トのね? いいわ。 

 あ・・・ でも着られるかしら。 わたし ・・・太っちゃったかも・・・ 」

「 ふふ〜〜ん♪ 」

「 きゃ・・・・ ジョ−、なに・・・? 」

ジョ−は身を屈めると彼の腕に抱いていた身体の胸から下へすう〜〜っと手を触れていった。

「 大丈夫♪  この身体はいつものとおりに ・・・ 細くてしなやかさ。  な? 」

「 ・・・ きゃ・・! ヤダ・・・ そこ! 」

「 そして感度も良好♪♪ 」

「 ・・・ もう・・・ 」

「 きみはぼくのモノだもの。 これは子供達にだって譲れないよ。 

 ともかく ・・・ 明後日はぼくだけのフランソワ−ズでいてほしいな。 」

「 わたしは ・・・ あ ・・・ や・・・ そこ・・・だめ・・・・ 」

「 いいだろ・・・? ねえ ・・・ ぼくのお願い、聞いてくれる? んんん ・・・ 」

「 ・・・ く ・・・ 

ジョ−の唇に、巧みな指に誘われてフランソワ−ズは白い肢体をほんのり染めあげる。

「 ね・・・? 子供達のお母さん、はたまには休業して・・・・ 」

「 ・・・ ジョ− ・・・・ ! 」

く・・・!っと細い指がジョ−の背中に食い込んだ。

「 ああ・・・ きれいだね。 ふふふ・・・・ きみのこんな顔を眺められるのはぼくだけさ♪♪ 」

「 ・・・・ お  ・・・ ねがい ・・・・ ! 

フランソワ−ズは自分の言葉にさらに頬を染め固く眼を閉じてしまった。

「 うん ・・・・ いい? 」

「 ・・・・・・・ 」

小さくうなずいた彼女の身体に手をかけると ジョ−は一気に彼自身を埋没させた。

ふたたびベッド・ル−ムは熱い吐息でいっぱいになっていった。

 

 

 

 

ふんふんふん ・・・ ♪

今日もジョ−はハナウタまじりに車を走らせている。

相変わらずの寒空だが 彼の心はヒ−タ−全開の暖かさ、いや熱さだった。

もうとっくに太陽は沈んでしまったけれど、海岸通りへと大きくガ−ブを切って

ジョ−はますますご機嫌である。

ちら・・・と眺めた助手席には大きな花束。 

女性へのバ−スデイ・プレゼント、と聞いて店員の薦める赤いバラは断固、断った。

 

   ・・・ ちがうんだな〜。 ぼくの奥さんには似合わないんだよ。

   彼女には、ね・・・

 

ジョ−が指定したのは 真っ白なチュ−リップ。 清楚でそれでいて華やかさを秘めていて。

彼は大いに気に入っている。

 

   ふふふ・・・ あの白いワンピ−スにぴったりだと思うんだ♪ 

   あ〜 楽しみだな〜〜

 

子供達が生まれてから・・・ 忙しくて楽しい日々だけど、でも。

ドレス・アップして二人っきりの甘い夜・・・とはとんと縁がなくなってしまっていた。

彼の奥さんはいまも変らずキレイだけれど ・・・ 愛でるヒトはジョ−だけ。

ジョ−はオトコとして美人なカノジョを見せびらかしたい気分もおおいにあるのだ。

 

   さ〜て♪  今日は素敵な美人がお出迎え・・・ってわけさ。

 

ジョ−自身も目をつけていたシャツを買い、お気に入りのネクタイでばっちり決めたつもりだ。

本当なら華やかな港の見える街やら、高層ホテルのラウンジで星空でも一緒に眺めたいのだが・・・

まあ、今日のところは地元の小粋なビストロで楽しもう。

ジョ−はかなりのスピ−ドでぶっとばし、我が家へ到着した。

 

   もしかして。 髪を結っているかな。 いや肩で揺れてるあの髪が好きだよ。

   きみはもともとキレイだけど 薄化粧するとすごく色っぽいって知ってるかな〜〜

 

ジョ−のアタマの中は沢山の妄想パタ−ンでぎゅうぎゅうになっていた。

 

「 ・・・ ( うぉっほん ) あ〜 ただいま〜・・・ 」

 

   ・・・・ あれ? 

 

いつもは彼の声と同時に開く玄関のドアが なぜだか今日はぴたり、と閉まったままだ。

すごいね〜 どうして判るの?

ドアの開くその絶妙のタイミングに感心して 真面目に尋ねたこともある。

どうしてって・・・わたしにもよくわからないけど・・・ と彼の奥さんはちょっぴり恥ずかしそうに言ってた。

「 あ、ジョ−が帰ってきたわって感じるの。 勿論、門の開く音が聞こえるときだってあるわ。

 でも ・・・ 裏のキッチンにいても わかるのよ。 」

「 へええ〜〜 さすが・・・ 

「 あら 勿論目も耳も使ってなんかいないわよ? 」

「 わかってるって。 それにしても ・・・ 女性のカンはすごいな。 」

「 でもね、当たるのはこれだけ。 すばるがオモラシしちゃったのも、すぴかがイタズラして

 博士の大事な盆栽をひっくり返しちゃったときも ・・・ 全然気が付かなかったもの。 」

「 あははは・・・ そりゃ・・・困ったね。 でも ・・・ ぼくだけ、か。 ふう〜ん♪ 」

ジョ−はなんだか滅茶苦茶に嬉しかったのであるが・・・

 

「 あ・・・ただいま〜〜  フランソワ−ズ・・・? 」

セキュリティ・ボックスにちらり、と視線を向けるとドアはすぐに開いた。

「 ・・・ 出かけているのかな・・・ お〜い ・・・? 」

玄関フロアに入り、ジョ−はもう一度 奥に向かって声をかけた。

 

  バタ〜ン ・・・!  パタパタパタ・・・・

 

「 ・・・ お帰りなさいッ! ジョ−・・・・! ごめんなさい〜〜〜 」

慌てた声と一緒に ・・・ ジョ−の奥さんが駆け出してきた。

・・・ ああ、おめかしに熱中してたんだな〜 ・・・ ぼくのきれいなフランソワ−ズ♪

ジョ−はわくわくして彼女の登場を待ったのだが。

「 ただいま、フランソワ−ズ・・・??? 」

お出掛けの、ドレス・アップで。 真っ白なふわふわのスカ−トを優雅に揺らせて。

亜麻色の巻き毛がくるくる肩で踊って。 なにより素敵な笑顔で 現れる ・・・ はずの彼女は。

 

「 ・・・ すぴかがね! ねんねしないのよッ。 」

 

ジョ−の奥さんは現れるなり叫んだのだった。

「 ・・・ あ ・・・? 」

亜麻色の髪は額に縺れ相変わらずキレイな顔は化粧ッ気などまるでなく。

いつものエプロンはよれよれになって肩紐が片方外れかけていた。

「 どうしましょう〜〜 もう・・・全然ねんねしてくれないのっ! 」

「 あ・・・・ ああ。 別に熱があるとじゃないんだろ? 」

「 ええ。 まったく、全然、ものすご〜〜く元気よ、あのコは。

 だけど。 だけどね〜〜 ねんねしてくれないのよっ 」

「 ・・・・あ  そ、そうなんだ・・・・ 」

フランソワ−ズはくしゃり・・・と髪をかきあげきゅ・・・ッと引っ張った。

「 どうしたらいいの? ねえ・・・ これじゃお出掛けできないわ・・・ 

 ああ・・・ また呼んでる・・・ ああ、そんなに大きな声だしたらすばるが起きちゃうわ! 」

ぱっと振り向くと彼女は再び奥に駆け込んでいってしまった。

 

「 ・・・ あの ・・・ これ ・・・・ 」

ジョ−はやっと思い出して花束を持ち上げたが・・・ 受取人は目の前から消えうせていた。

 

 

 

その日の夕方。

子供達の晩御飯もなんとか終わり・・・ すばるはもうこっくりこっくりセピア色の可愛い頭が

つんのめりそうに揺れている。

 

  さ〜てと♪ 二人ともお腹、いっぱいね。 歯磨きもしたし・・・・

  あとはねんねしてくれれば・・・ 

  ふふふ・・・ 今日は久し振りに髪を結ってみようかな・・・

 

子供部屋へと娘と息子の手を引いてフランソワ−ズはご機嫌だった。

久々の ジョ−とのデ−ト、 彼女はもうちょっぴり頬をさくら色に染めていた。

 

「 さ〜あ・・・ すぴか、ねんねしましょうね。 ほ〜らすばるはもうお休みなさ〜いって♪ 」

「 ・・・ おかあしゃん。 ごほん、よんれ。 

「 え? あ、あら。 まだおねむじゃないのかな。 じゃあ・・・ ちょっとだけね。 」

「 うん。 にゃんこのごほん、よんれ。 」

「 にゃんこの? あ〜 はいはい。 にゃんこのごほんは ・・・どこかなあ? 」

「 にゃんこのごほん〜♪ ながぐぐのにゃんこのごほん〜〜 」

「 ・・・あ、あったわ。  すぴか、ほらちゃんとお蒲団にはいって・・・ 

 えっと。 むかしむかし ・・・ あるところに〜〜 」

絵本箱からより出した本を フランソワ−ズはすぴかの傍らで読み始めた。

 

 

「 もうひとつよんれ。 」

「 ・・・ すぴか。 もうねんねしましょう? お母さん、くたびれてしまったわ。 」

「 ごほん、よんれ、 おかあしゃん。 」

「 ごほんって・・・ もうみんな読んでしまったわよ? 」

「 ・・・ じゃあ おうた、歌って、おかあしゃん。 」

「 ・・・ いいわ。 」

となりのベッドですばるはもうとっくにくうくう可愛らしい寝息を立てている。

しかし。

母が子供部屋の本棚の絵本を端から端まで全部読み。

知ってるかぎりのお歌を − ついにはフランス語のまま − 歌っても。

すぴかの碧い瞳は ぱっちりと開いてじ・・・・っと母を見つめていた。

 

   ・・・ あら?! もうこんな時間じゃない! 

   いけない〜〜 もうすぐジョ−が帰ってくるわ。

   あ〜〜ん、ゆっくり熱いシャワ−浴びて念入りにお化粧したかったのに・・・

 

フランソワ−ズはあわててぽんぽん・・・とすぴかの蒲団を叩いた。

「 さ。 もうねんねしましょうね。 眠くなったでしょう? すぴか。 」

「 ううん。 おかあしゃん。 お話、して。 」

「 ・・・ え ・・・ あら? ジョ−だわ!  ちょっと・・・ちょっとだけ、待っててね、すぴか。

 お父さんがお帰りなの。 お出迎えしなくちゃ。 」

「 おとうしゃん〜〜  あたちもあたちも〜 お帰りなさい〜〜すゆ〜〜 」

「 ちょっとまってて? ね? 」

ベッドからこぼれおちそうなすぴかをフランソワ−ズはあわてて押し戻した。

「 すぴかも〜〜〜!!! おかあしゃん ・・・ 」

「 いい子だから・・・ お父さん、きてもらうから。 ねんねしててちょうだい! 」

フランソワ−ズはもう、後も見ないで子供部屋を飛び出していた。

 

 

 

「 それで ・・・ ずっと起きているってわけ? こ〜らすぴか〜〜 」

「 おとうしゃん〜〜 おとうしゃ〜〜ん♪  ひこ〜きぶ〜〜ん、やって〜〜〜  」

妻の後を追って駆けていった子供部屋では すぴかが大きな瞳をぱっちりひらき

父親を待っていた。

「 おとうしゃ〜〜ん ♪ だっこ〜〜 ひこ〜き、ひこ〜き〜〜〜 」

「 あ・・・ もう・・・。 ベッドからでちゃダメでしょう? 」

すぴかはするりとベッドから脱走するとジョ−の脚にしがみ付いてきた。

「 ひこうきは明日な。 こら〜〜 どうしてねんねしないのかな〜 」

「 たかい たか〜い して。 おとうしゃん、たかいたかい〜〜〜 」

ジョ−はよいしょ・・・・っとすぴかを抱き上げた。

「 なあ? 今日はどうしてた、子供達。 」

「 どうって・・・普通にいい子で遊んでいたわよ? 今すばるはぶうぶがお気に入りでリビング中

 が〜が〜やってたわ。 もうソファの下まで入っちゃうから・・・ ホコリだらけよ。 」

「 はははは・・・ ヤツも男だなあ。 それですぴかは? 」

「 すぴかは絵本を眺めたり・・・ソファに上ったり飛び降りたりしてたわ。 

 もう乱暴なのよ〜 女の子なのに・・・ 」

「 ふうん。 ねえ、外へはつれて行かないの。 なんだっけ・・・・? 公園デビュ−っていうんだろ。 」

「 そんな風に言うみたいね。 でも・・・ ウチは地域の公園からは離れすぎているの。

 こんなに寒いし・・・ 悪い風邪やら怖いウイルスも蔓延しているってニュ−スで言ってるから・・・

 子供たちはお外へ出したくないのよ。 」

「 え・・・ もしかして。 すばるとすぴかはず〜〜っとウチの中にいるのかい 」

「 ええ、だいたいね。 暖かくて風の弱い日にはお庭で遊ぶけど・・・ 」

「 ・・・わ! こら〜〜 すぴか〜〜 痛いよ! 髪の毛、ひっぱったら痛いったら〜〜 」

「 あらら・・・・ 」

両親が話しあっている間に、すぴかは父親の身体を <登り> 始めていたのだ!

「 きゃ〜〜 おとうしゃん♪ たか〜〜い〜〜 」

「 おっとっととと・・・・ こら、暴れるな〜〜 」

背中から肩までよじ登りご機嫌である。

「 うん、そっか。  ねえ、フランソワ−ズ。 すぴかにそうだな〜セ−タ−でも着せておいてくれる?

 ああ、パジャマの上からでいいからさ。 」

「 ? なあに、どうして? 

「 うん・・・ ちょっと思いついた。 すぐにこのお転婆さんをねんねさせてみせるから。

 ちょっとぼくは着替えてくるから。 頼んだよ。 」

「 え・・・ ええ、いいけど・・・ 」

ジョ−はすぴかをフランソワ−ズに渡すとさっさと子供部屋から出ていってしまった。

「 あ〜〜 おとうしゃん〜〜 」

「 ほらほら・・・ なんだかわからないけど。 セ−タ−、着ましょ。 はい・・・お手々通して。 」

「 むにゅ 〜〜 」

「 はい、アタマが出ますよ〜って。 」

「 ・・・ むにゅ〜〜 」

「 やあ。 上手に着られたかな。 

「 あら、もう着替えたの。 ・・・・ジョ−??? 」

フランソワ−ズは娘を抱いたまま。 絶句してしまった。

そこには。 

ジョ−が防護服姿で マフラ−を揺らして立っていたのだ。

「 ・・・ ジョ− ・・・ どうしたの・・・・ なにか・・・? 」

「 うん。 大事なミッションさ。 ああ、きみの防護服、上着だけ借りるね。 」

「 ???? 」

「 さ〜て。 すぴか〜〜おいで。 お母さんの防護服・・・ あははは・・・だぶだぶだねえ♪ 」

「 ジョ− ・・・! 」

「 さて、と。 それじゃ・・・・ちょっと二人でミッションに出動してくるよ? 

 すぴか、お母さんに行ってきま〜すって。 」

「 ・・・ま〜す おかあしゃん♪ 」

「 それじゃ。 」

「 あ・・・! ジョ− 〜〜〜 !! 」

シュタ・・・・ッと窓枠に足をかけると。 ジョ−は、いや009は

防護服にくるんだちっちゃな女の子をだいたまま・・・ 夜空に飛び出していってしまった。

 

「 ・・・・・ 」

置いてきぼりを喰ったフランソワ−ズは、いや003は慌てて開け放した窓に駆け寄った。

「 ・・・ ジョ− ?! すぴか ・・・?? 」

真冬の空には煌々と銀の月、冷たい夜風にのって笑い声が聞こえてくる。

 

   ・・・ ほうら。 すぴか〜〜 高い高い〜〜〜

 

   きゃ〜〜〜 おとうしゃん たかい〜〜 お月様〜〜 

 

   あはははは ・・・  きゃ〜〜〜〜

 

「 ・・・ ジョ− ・・・  すぴか ・・・・ 」

フランソワ−ズはぺったりと窓辺に座りこんでしまった。

 

 

 

 

「 ほうら。 うちのお姫様はもう・・・ぐっすり、さ。 

「 ジョ− ・・・・! 」

突然戻ってきた赤い影は 窓辺で待つ母親にすうすう寝息を立てている娘を渡した。

「 空をジャンプしているうちに ・・・ はしゃぎ疲れてあっけなく沈没さ。 

「 ・・・ ほんとう。 よく寝てるわ・・・・ 」

「 防護服に包んでたから・・・ 寒くはなかったと思うよ。 」

「 ええ、ええ・・・ そうね。  でもびっくりしたわ〜〜〜 」

「 あははは・・・・ ごめんごめん。 うん、すぴかはね、もっと遊びたかったんだよ。

 エネルギ−を持て余して・・・ だからちっとも眠くなんかなかったのさ。 」

「 ・・・ そうなの。 女の子だからお家の中がいいのかと思ってたわ。 」

「 ふふふ・・・ この子はお母さんに似てさ。 活発なお転婆さんなんだ。

 昼間は外で思いっきり遊ばせてみようよ。 」

「 そうね・・・ 」

「 この服もさ。 妙なトコで役にたつもんだね。 」

フランソワ−ズはぐっすり眠り込んで娘を そっとベッドに寝かせた。

「 ・・・ ジョ−。 怒らない? 」

「 え。 なにが。 」

「 ふふふ ・・・  あの、ね。 わたし・・・ 嫌いじゃないのよ、アナタのその姿♪ 」

「 ・・・・ フランソワ−ズ ・・・! 

フランソワ−ズはぱっと 防護服姿の彼女の夫に抱きついた。

独特の肌触りの布地が 冬の夜気にひんやりと冷たい。

「 ごめん、せっかく出かけるつもりだったのに・・・ 」

「 いいの。 外でのお食事はまたにしましょう。 」

「 でもな〜〜 せっかく・・・ 今日は君の誕生日なのに。 」

ジョ−の方がなんだかがっかりしている。

「 それじゃ、ね。 一つだけお願いがあるの。  ・・・ いいかしら。 」

「 うん、いいよ。 なに? 」

「 あ ・ の ・ ね ♪ 」

フランソワ−ズは背伸びして ジョ−の耳に口を寄せた。

 

   わたしも。  Fly me to the moon ・・・ ! ( わたしを月まで連れていって! )

 

「 ・・・ 了解! それじゃ5分後に。 」

「 了解 !! 」

 

 

 

「 ・・・ 博士? 」

遠慮がちなノックとともにジョ−の低い声がギルモア博士の書斎のドア越しに聞こえてきた。

博士は活字の世界に没頭していたが、すぐに顔をあげた。

「 ジョ−かい。 これから出かけるのかね。 」

「 ・・・ はい。 遅くなってしまったのですが・・・ それで子供たちを・・・・  」

「 おお、おお。 ちゃんと覚えておるよ、今日はフランソワ−ズの誕生日だものなあ。

 こんな時間からでいいのかね。 」

よっこらしょ・・・と博士は肘掛け椅子から立ち上がり戸口にむかった。

「 大丈夫、ワシでもチビさん達の子守くらいできるわい。たまには夫婦二人で楽しんできたらよいよ。

 なあ・・・ ・・???」

可愛い孫達の寝顔を眺める楽しみに、博士は相好を崩しドアを開け・・・ 固まってしまった。

 

「 お、お前たち・・・! どこへ行くのかね?! ・・・ まさか・・・ 」

 

「 ちょっと・・・・ そこまで行ってきますから。 」

「 すみません、お休みのところ・・・ 子供達をよろしくお願いします。 」

「 だから ・・・ その形 ( なり ) で ・・・ 」

てんでにアタマを下げるすぴかとすばるの両親は ・・・ いや、博士の目の前には。

防護服に身を固めた二人のサイボ−グ戦士が、 009と003がにこやかに立っていた。

「 はい、ちょっと・・・ 月の側まで行ってきます。 」

「 すぐ帰ってきますから・・・ すみません、二人ともぐっすりねんねしていますから

 心配はいらないと思いますわ。 」

「 ・・・あ、 ああ ・・・ それなら いいが・・・ 」

「 それじゃ・・・ 行って来ます! 」

 

   ・・・ シュ ・・・ッ!!

 

独特の音がふわり、と辺りの空気をゆらした。

009と003はにっこりと笑い・・・ 次の瞬間に二人の姿は消えていた。

「 ・・・ 行っておいで。 楽しい夜を・・・な。 」

ギルモア博士は 窓からはるか夜空の月を見上げてつぶやいた。

 

 

その夜。

岬の端っこにぽつんと建つ洋館から、赤い影がふたつ夜空に飛び出した。

フランソワ−ズを大事に大事に抱え ・・・ ジョ−は跳ぶ。

おだやかな夜空を 凍て付く夜気を切って 高く たか〜く ・・・・ そう、月にまで。

そうして 彼はちょっと自慢してみせる。

お月さまに、星々に。 彼の大事な恋人を、彼の子供達の母親を おおいに見せびらかして・・・

寒いでしょうって?

いえいえ・・・ お熱い二人、しっかり抱き合っていれば 寒さもたちまち逃げてゆく。

 

二つのシアワセの赤い影が まんまるお月様の下を横切っていった。

 

 

************      Fin.     ************

 

Last updated : 01,22,2008.                              index

 

 

*****   ひと言  *****

はい、お馴染み・島村さんち・のほほんスト−リ−で・・・一応フランちゃんのお誕生日話です。

えっと♪ タイトルはアレやらコレやらのパクリです、もうあまりに有名ですから〜〜

どうぞ目を瞑ってくださいませ。<(_ _)>

例によってな〜〜〜んにもおきません、でもそんな平和であったかい日々を

プレゼントしたくて・・・ こんなお話になりました(^.^)

ジョ−君には飛行能力はありませんが、ジャンプ力は30メ−トルだそうですので( 原作資料による )

加速してじゃ〜〜〜んぷすれば・・・ お月さまにも届くかな??

フランちゃんをお姫様だっこして♪ ジョ−君は跳ぶ〜〜〜のでした♪♪

お転婆・すぴかはすでにもうその片鱗を見せております(#^.^#)