『 あさき夢みし 』
その夜は ― 新月。
漆黒の闇は星々の煌きで満ちていた。
普段は月の光に飲み込まれてしまう、かすかな瞬きもその夜は鮮明に見えた。
降るような星空・・・ とはよく言ったものだが、
残念ながらその見事な天体ショ−を眺める人間はほとんどいなかったようだ。
まだオ−ヴァが必要な季節だったのも一因だろう。
ともかく、星々の饒舌な瞬きを飲み込んで真冬の夜空はきしきしと音をたて凍て付いていた。
その時。 音もなく東の空をひとつの星が大きく尾を引いて・・・ 流れた。
一瞬尋常ならぬ強さの光で地上を照らし、たちまちそれは砕け散った。
ただ それだけ。 それだけのことだったのだが。
「 ・・・ いったい何がおこったの・・・? 」
フランソワ−ズは自分の声で は・・・っと目を開けた。
「 ・・・ ??? ここは ・・・??? 」
見上げれば生い茂る木々の間から木漏れ日が射しこみ、足元は低い潅木で埋まっている。
見渡す限り ・・・ 緑、みどり みどり ・・・
いつの間にか纏っている防護服も袖の端から緑色に侵食されそうだ。
「 ・・・ おかしいわね。 なにも ・・・ 聞こえないわ。 ヒトの立てる音が・・ないわ。
ここで聞こえるのは 水と風と木々のざわめきだけ。 」
徐々にレヴェルをアップしていった 耳 にも、 レンジを最大にした 目 にも
なにも、 ・・・ そう、ヒトの姿も人為的な音すら捉えることはできなかったのだ。
「 ここは ・・・? 静か過ぎるわ。 異様な静けさ・・・ 」
フランソワ−ズはゆっくりと歩き始めた。
ブ−ツの下は柔らかい地衣類に覆われた大地がずっと続いている。
「 どうしてわたしはここにいるの・・・ なぜ ・・・? 」
巨木の陰から陰へ・・・ 周囲を警戒しつつ、フランソワ−ズはその小暗い森を進んでゆく。
「 おかしいわ。 生き物の音がしない。 虫の羽音や小動物の足音・・・
こんな森には沢山いるはずなのに。 」
勿論どんなにサ−チしても怪しげな建造物やトラップの類は発見できない。
それどころかまさに文字通り 人っ子一人・・・いないのだ。
「 ・・・ どうしちゃったの・・・ わたし ・・・ わたしがおかしくなってしまったの・・・ 」
樫の大木に身を寄せて、フランソワワ−ズはふう・・・と溜息をついた。
淡い木漏れ日に翳す手は いつもと少しもかわらない。
首にあたるマフラ−の感触も ふかふかした落ち葉の地面を踏みしめるブ−ツも
そして 身にまとうこの赤い特殊な服の肌触りも ・・・ いつもと<同じ>なのだ。
・・・ え? わたし、いつ防護服を着た・・・??
腰に当たるホルスタ−に無意識に手を当てス−パ−ガンの存在を確かめたとき・・・
フランソワ−ズは愕然とした。
わたし ・・・ 昨夜は ・・・
そう・・・ 昨夜はごく普通のなんの変りもない夜だった。
一年で一番冷え込むこの時期、温暖な気候の地にあるギルモア邸でも
夜になると寒さがしんしんと染み透ってくる。
リビングの灯りを消して廊下に出たとき、ジョ−はぶる・・・っと肩をすくめた。
「 ・・・ わぁ ・・・ 廊下にでるとやっぱり寒いね。 」
「 そうね。 今夜は温かくして早く休みましょう。 ・・・ あら、綺麗なお星様・・・ 」
階段を上がって突き当たりの窓にカ−テンが引かれていなかった。
灯りを落とした廊下に 星々が冷たい光を忍び込ませている。
「 ・・・ ほんとだ。 今晩は新月なんだね・・・ だから余計に星がはっきり見える。 」
「 綺麗ねえ・・・ あ! 見た? 流れ星・・・ 」
「 ・・・ もう寝ようよ。 」
「 ええ。 ・・・ クシュン ・・・ 」
「 そら・・・ こんな冷えるトコロにいつまでもいるから。
・・・ おいで。 暖めてあげる・・・ 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ や ・・・だ 廊下で ・・・ 誰か来たら・・・ 」
「 きみとぼくしかいないだろ。 博士はとっくにお休みだしイワンはまだまだ 夜 さ。
・・・ んん ・・・ ぼくも冷えちゃったよ・・・ 一緒に暖まろう。 」
「 ・・・ ぁ ・・・ ああ ・・・ ジョ ・・・ − ・・・ 」
「 ・・・・・ 」
突然のジョ−の愛撫にフランソワ−ズはふらり、と足元が揺らめいてしまった。
そんな彼女をしっかり抱きあげ、ジョ−はだまって自室へ歩いていった。
・・・ あ。 スリッパ ・・・
ぱこん、と音がしてフランソワ−ズのスリッパが片方廊下に落ちる。
なんだか 寒そう ・・・
ジョ−の部屋のドアが閉まるとき、目の端でとらえた片っ方だけのスリッパが
妙に心に残った。
しかし そんな感覚もすぐに ・・・ 熱い揚まりの波に押し流されてしまった。
「 ・・・ そうよ ・・・ ジョ−の腕を枕にして・・・ 」
眠りの底に落ち込む寸前にぼんやりと見えたのは 恋しいヒトのセピアの髪。
ぴったり閉じたまぶたに 軽く唇を寄せてからもぞもぞと彼の脇の下に潜り込み
そのまま・・・ ことん、と寝入ってしまった。
そして。 気が付いたら ここ にいる。
「 ・・・夢・・・? でも、どちらが夢? 今のわたし、それとも ジョ−と一緒だったわたしが夢なの・・・ 」
・・・わからない・・・
でも ちゃんと 覚えてる・・・
ほら、温かく大きなジョ−の掌がわたしの胸を覆って
ほら、長くてしなやかなジョ−の指がわたしを夢中にさせ
・・・ ほら。 熱くて巧みなジョ−の唇がわたしの中に火をともしたわ。
・・・ ふう ・・・・
フランソワ−ズはもう一度、深く溜息を吐いた。
「 ぼんやりしていても仕方ないわね・・・ 」
ぶるんと頭を一振り、彼女は樫の根方を離れ 慎重に歩き始めた。
周りの大木やら潅木はごく普通の、当たり前のもののようだ。
特に人為的に加工されたり、武器やら監視装置が組み込まれてる様子もない。
「 とにかく・・・ この森を出てヒトが住んでいるところを捜さなくちゃ。 」
木々の間を透かすと 前方に明るい部分が見つかった。
「 こっち・・・かなあ・・・。 ・・・ ? 」
カサリ。
微かな音に振り向いたが、枯葉が固まって落ちてきただけだった。
・・・ でも。
「 ヘンだわ。 ・・・ 何かに、そう誰かに見られている・・・みたい・・・ ? 」
もう一度 フランソワ−ズは慎重に周囲をサ−チした。
・・・ ヘンねえ・・・ 気のせいかしら。
< 眼 > を普通に戻した途端・・・
「 ・・・ きゃ〜〜〜〜ッ!! 」
すぐ前に迫る樹が顔を持ち、落ち窪んだ目で自分を見下ろしていた。
あっちも、こっちも。 むこうもそのまた奥の樹も・・・
森全体が じ・・・・っと彼女を見つめていた。
「 ・・・ やだ! 」
フランソワ−ズは森の出口らしき明かりめざし夢中で駆け出した。
・・・ ハア・・・ ハア・・・・
木立のトンネルをぬけると 明るい野原に出た。
ここは春なのか・・・ 一面に見慣れない花が咲き乱れている。
「 ・・・ あ・・・ よかった・・・ なんとか・・・ 」
フランソワ−ズは思わず、がくりと花の中に膝を着いてしまった。
「 やだわ、わたしって・・・ あんなコトで。 だらしがないゾ、003! 」
明るい陽射しに照らされて、すこし気持ちが落ち着いた。
おどろおどろしい森の中 ・・・ さっき見たアレはもしかしたら錯覚だったのかもしれない。
「 そうよ。 きっと・・・ あんまりびくびくしてたから。
怖がっていると枯れ木もお化けに見えるって・・・大人がそんな諺、教えてくれたっけ。 」
ふう・・・ 大きく一息。
「 ・・・ああ ・・・ いい気持ち。 ここの空気・・・美味しいわ。
緑の葉っぱやお花かしら、甘い香りもする・・・ ふう・・・ 」
あれ。 今って ・・・ 確か真冬だった・・・わよね?
不意に 冷たい冬の夜、ふんわりと覆ってくれたジョ−の体温が肌に蘇った。
そして ・・・ 熱い彼の情熱の塊に身体の芯が疼く・・・
・・・ やだ! わたしったら・・・!
一人、火照った頬を持て余しふと・・・ 目をあげると。
「 ・・・ きゃあ〜〜〜 」
踏み込んだ野原で、彼女は花々に取り囲まれ・・・ じ・・・・っと見つめられていた。
花弁の中からきょろり、と覗いたメダマはなんとも不気味で、
フランソワ−ズはまたしても悲鳴をあげ、野原を駆け抜けた。
「 ・・・ なんなの。 ここは ・・・ いったい・・・?
全然別の世界なのかしら・・・ パラレル・ワ−ルド?? 」
野原の奥は湿地帯に繋がっていて、羊歯に囲まれた小さな沼があった。
睡蓮を浮かべた水に フランソワ−ズはそっと手を浸した。
「 ・・・ わたし ・・・ どうして? わたし自身がどうかしてしまったのかしら・・・ 」
沼とはいえ、湛える水は澄んでいて汗ばんだ手には冷たく気持ちがよかった。
目をこらせば小さな魚影もちらちらと見え、フランソワ−ズは少しほっとした。
少なくとも生き物はいるらしい。
・・・ ほう ・・・・
水草の透ける水面に 白い顔が眉根を寄せて揺れている。
「 これ・・・ 夢なの? でも・・・ 水が冷たく感じるわ。 そうよ、さっきはお花の香りもしたわ。
・・・ 誰もなんにも応えてくれない・・・ 」
フル・オ−プンにした脳波通信には もちろん誰のレスポンスもない。
ジョ−だけに開いてみても まったく何の反応も返ってこないのだ。
フランソワ−ズはぼんやりと水辺に屈みこんでしまった。
「 本当にヘンねえ。 ・・・ ここで言葉を喋れる人は誰もいないのかしら。
動物同士だって・・・鳴きあったりするのに。
みんな、なにもかも魔法にでもかけられてしまったのかしら。 」
「 ・・・ その通り。 」
突然、ヒトの声・・・ いや、人間の言葉が返ってきた。
「 !! だれッ? ・・・ どこから話しかけているの? どこにいるの? 」
フランソワ−ズはぱっと立ち上がり慎重に湿地帯を見回した。
「 ・・・ ここだ。 」
沼の水面がゆれ・・・ 睡蓮の葉にぴょこりと一匹のカエルが現れた。
「 ・・・! うそ・・・! カエル?? 」
「 そうだ。 ワタシは邪悪なる意志によりこのような醜悪な存在にメタモルフォゼさせられてしまった。 」
「 ・・・ 邪悪なる意志 ・・・? 」
「 そうなのだ。 奴等はこの星を占拠しあらゆる人間を木々や花、そして動物や鳥達に変えた。 」
カエルは妙に抑揚のない中性的な声で応えた。
「 まあ・・・! ひどいわね。 でも・・・・なぜアナタだけが口がきける? 」
「 それが奴等の復讐なのだ。 ワタシはこの星の王家を継ぐ者。
最後まで奴等に抵抗したのでこのような姿にされてしまった。
ワタシ以外に言葉を発するモノは ・・・ この星にはいない。 」
「 ・・・ そうなの ・・・・ ねえ、なにかわたしに出来ることはない?助けてあげたいの。 」
「 口付けをしてくれるか。 」
「 ・・・ え ・・・? 」
「 奴等はこんな姿になったワタシを嘲笑い、いつの日か人間に口付けしてもらえれば
もとの姿に戻るだろう、と言い捨てて行ったのだ。」
「 ・・・ まあ ・・・ でも、この世界には人間は一人もいないのでしょう? 」
「 そうだ。 だから・・・ ワタシは永遠にこの醜い姿のままか、と諦めていたが。
どういうワケか突然、そなたが現れた。 」
「 ・・・ そう ・・・ なの・・・ 」
「 力になってくれると言った。 ・・・ キスしておくれ。 」
げこ。 カエルはぎょろり、と大きなメダマをまわしてフランソワ−ズをじっと見つめた。
・・・ どうしよう ・・・ カエルと ・・・ キス??
う〜〜ん ・・・ ちょっと〜 気持ちワルイ かも ・・・
フランソワ−ズはほんのしばらく俯いてもじもじしていたが。
そうよ、これは・・・ きっと夢なんだわ。 そうに決まってる!
だったら・・・ カエルと ・・・ キスしても ・・・
「 ・・・ いいわ ・・・ 」
意を決して、フランソワ−ズは沼のほとりに膝をつき目の前のカエルに顔を近づけた。
・・・ え〜い! ジョ−なら ・・・ えっとなんだっけ・・・?
そうそう。 < あとは勇気だけだ! > だったわね!
大きく息を吸って。 止めて。 目を瞑って ・・・・
「 だめだっ! 003、やめろ。 」
「 ・・・ ジョ−?! 」
聞き馴染んだ声に驚いて振り返ると・・・
009がマフラ−を揺らしやはり防護服姿で いつのまにやら彼女のすぐ後ろに立っていた。
「 ダメだよ。 ぼくが許さない。 きみがぼく以外のオトコとキスするなんて・・・! 」
「 ジョ−・・・! どこから来たの、いつ? わたしの脳波通信が届いたの? 」
ジョ−は固い表情で首をふった。
「 わからない。 ・・・ 気がついたらここにいた。 ここがどこかもわからない。
それできみ達の話が聞こえてしまったんだ。
とにかく! キスはダメだ。 」
「 ・・・ でも、ね。 この・・・・カエルさんは困っているのよ。 いいでしょう? 」
「 ・・・ふむ。 さっきの<呪いを解く>方法によれば 人間にキスしてもらえばいい、と言ってたよね。 」
「 ええ。 でも・・・ ここには誰も人間はいないの。
みんな奴等・・・ 邪悪なる意志、の呪いで動物やら草やら樹に変えられてしまって・・・ 」
「 それが真実かどうかはすぐに判るさ。
・・・ ぼくが替わりにキスする。 」
「 ・・・え〜〜〜 ジョ−が??? だって ・・・ ふつう、おとぎ話ではね。
カエルの呪いを解いてあげるのはお姫サマとか・・・女の子なのよ。 」
ジョ−はフランソワ−ズの言葉などてんで意に介さず、ぐい、と彼女を引き戻した。
「 <人間に>と言ったろ、お前、カエル君。 <人間の娘> とは言わなかった。 」
「 それは ・・・ そうだけど。 」
げこ。 カエルは相変わらず、彼らの足元に蹲っている。
ジョ−の申し出にも ほんの一瞬ぎろり、と目を回しただけだった。
「 ほ〜ら、異議なし、ってカンジだよ。
ようするに、人間がキスさえすれば<呪い>が解けるんだろ? 」
「 そう・・・らしいわ。 」
「 それじゃ。 さっさと呪いを解いて、ここから脱出する方法を聞かなくちゃ。 」
「 あ・・・! そうね。 そうだったわね。 」
「 うん、じゃ・・・ 」
ジョ−は気軽にさっと身を屈め、ブチのあるでっかいカエルと 口付けをした!
「 ・・・ あ ・・・・ ( ・・・ なんか ・・・ しばらくジョ−とキスしたくない・・・かも ) 」
・・・・ ぼぼぼ〜〜〜ん ・・・・・
ジョ−とカエルの唇がふれあった瞬間、辺りは薄紫の煙で覆われた。
「 きゃ・・・・ なんなの・・・? 」
003? 脳波通信を使うんだ。 なにか ・・ 見える?
え ・・・ ああ、009。 ちょっと ・・・ 待って ・・・
慎重にサ−チしてくれ給え。
ええ。 ・・・・ええええ??? うそぉ〜〜〜〜
003? おい、フランソワ−ズ? どうした? なにが うそぉ〜 なんだ??
おい?
「 ・・・ お待ちしておりました。 009 ・・・ 」
収まりつつある煙の奥から ・・・ 聞き覚えのある声が響いてきた。
「 な・・・ なんだ・・・? ・・・あ! ・・・ き、君は・・・! 」
「 ・・・ちょっと、待ってジョ−。 ヘンだわ。 」
「 なにが? ああ・・・そうだったんだ、この星は・・・あの星で・・・
邪悪な奴等らは性懲りも無く今度は君を あんな醜い姿にしたんだね!
・・・なんということだ! 」
ジョ−はふらふらと声の主に向かって歩き出し・・・ 急にがくっと仰け反った。
「 ・・・わっ! な、なんだよ、003? 」
「 ジョ−? ちょっと待ってったら。 」
ジョ−のマフラ−をしっかり握り、フランソワ−ズも声の主を見つめている。
「 なにを待つんだ? ほら・・・ 彼女だよ、きみも覚えているだろう?
彼女は死んではいなかったんだ・・・! ここに、この世界に・・・ 生きて・・・! 」
「 ジョ−。 落ちついて。 だって・・・ヘンじゃない? 」
「 変でもなんでも・・・ 彼女はここにいるんだ。
ああ・・・ カエルになんかされて・・・可哀想に!
今度こそ! 本当に今度こそぼくは君を救ってあげたいんだ。 」
「 009 ・・・ 嬉しい・・・。 長い間 ・・・ ひとりぼっちは淋しかったですわ・・・ 」
カエルから変身した人物は ほろほろと涙をこぼした。
「 大丈夫だよ、ぼく達で奴等の<呪い>を解いてあげる。
この星の人々を元の姿にするにはどうしたらいいのかい? 」
「 まあ・・・ ありがとうございます。 そう・・・民衆達がもとの姿にもどったら。
009・・・ 今度こそ、どうぞこの地に留まって・・・ 一緒にこの王国を統べてください。
・・・ わたくし達の素晴しい子孫が この地に満ちてゆきますわ・・・ 」
「 ・・・ それは ・・・ 」
「 ちょっと! お話中、申し訳ありませんが。 」
フランソワ−ズはジョ−のマフラ−の端をしっかりと握ったまま、
見つめあっている二人の間に割って入った。
「 そこのあなた。 あなたはついさっきわたしに キスをしてくれって言いましたね? 」
「 ・・・ さあ・・・・ わたくしは呪いにかかっていた間のことは ・・・
よく覚えていないのです。 気がついたら・・・ 懐かしい009の唇が・・・ 」
「 君 ・・・ ごめんよ。 長い間さびしかっただろう?
・・・ この前は ・・・ 本当にごめん。 ぼくだってあの星に留まりたい気持ちは・・・ 」
「 えっと。 」
えへん!と咳払いをして フランソワ−ズはもと・カエルだった人物と向き合った。
「 わたしとキスをしていたら やはり <あなた> になったのですか? 」
「 ごめんなさい ・・・ わたくしは この方の強い思念に引かれたのです。
009 ・・・ あなたがわたくしを救ってくれました・・・ 」
「 ・・・・・ 」
「 !! ちょっと! じゃあ・・・あなたの国の民衆達はどうするの?
彼らの呪いも解いてやらなければ。 邪悪な意志 ― 悪い魔法使いを退治しなくちゃ! 」
「 え・・・ でも。 そんな・・・恐ろしいこと・・・ 」
「 でも! あなた、この国を統べるモノ、なのでしょう? 」
「 ええ・・・ だから ・・・ 009、あなたにこの星の王になって頂きたくて・・・
そして わたくし達のすばらしい・・・ 」
「 え〜〜〜っと! 」
フランソワ−ズは再び大きな咳払いをした。
・・・ その続きは ・・・ もう沢山。 聞きたくない・・・
「 それではわたし達が悪い魔法使いをやっつけに行きます。 」
「 まあ・・・! 危ないわ。 魔法使いは恐ろしいチカラをもっていて・・・不死身なのです。
殺すことは出来ません。 」
「 でも! このままでは、 この星は・・・! 」
「 ええ。 ですから 009とわたくしが協力しあって新しい子孫・・・ 」
「 え〜〜〜〜〜っと! 」
「 ・・・ ちょっと待ちたまえ。 」
それまで 黙って聞いていたジョ−が今度は二人の女性の会話を止めた。
・・・ なんか このヒトは妙だな。 おなじコトばかり繰り返しているし。
「 フランソワ−ズ、きみの言う通りだね。 ぼく達はその魔法使いとやらを退治に行こう。 」
「 ジョ−! そうよね、それがわたし達のミッションだわ。 」
「 ・・・ 009 ・・・ あなたがこの星に留まって頂けない理由( わけ )がわかりましたわ・・・ 」
「 さ、行きましょう。 あ・・・ ごめんなさい、いつまでも握っていて。 」
フランソワ−ズは少し頬を染め、しっかりと握り締めていたジョ−のマフラ−を離した。
「 うん、ちょっと・・・ その前に・・・ 」
「 ・・・?? ジョ− ・・・!? な、なにをするの〜〜! 」
「 ・・・ 009 ・・・? あ ・・・ああ〜〜 」
ジョ−は腕を伸ばし、なよなよと立っていた女性を素早く引き寄せ ・・・ さっとキスをした!
「 ! ジョ− −−−−−−− ! ・・・ え ?!」
ぼぼぼぼ〜〜〜〜〜ん ・・・・ !
フランソワ−ズの悲鳴はまたまたもくもくと上がった煙に呑み込まれてしまい・・・
やっと薄紫の煙が収まったとき、二人の前には。
げこ。
一匹のカエルが きょろり、と目を剥いて座っていた。
「 やっぱりな。 」
「 ・・・ な、なに〜〜 どうして? なんでまたカエルなの???
あの ・・・ ヒトは??? 」
目をまん丸にしたまま、フランソワ−ズは固まっている。
「 フラン? ほら・・・しっかりしろ。 ・・・おい、003? 」
ピタピタとジョ−はフランソワ−ズの頬を指の腹で軽く叩いた。
「 ・・・ え ・・・ あ? ああ・・・ ジョ−・・・ 」
「 ねえ、落ち着いて。 あのカエルをサ−チしてごらん?
きみ、周囲の木立や沼地はしっかり探索しても肝心のコレを<見て>いないだろう。 」
「 あ! そうよ、そうだわ。 ・・・・ あら ・・・・ 」
「 ・・・ わかったね? 」
「 ジョ− ・・・ あなたも <見える> の? 」
「 いや。 でもコレの応答があまりに画一的なのでね、もしかしたら、と思ったのさ。 」
「 そうなの・・・ イヤね、わたしったら。 これじゃ探索型サイボ−グとしては失格ね。
こんな・・・ 初歩的なロボット・カエルに引っかかるなんて。 」
「 ちょっと意表を衝くテだからなあ・・・ 多分、沼地の畔に近づくと反応して
コレが姿を現す仕組みなだろう。 」
フランソワ−ズはつくづくと 足元のカエルを眺めた。
「 ・・・ そうよねぇ ・・・・ いくらなんでもカエルが口を利くなんて・・ 」
「 キスをすると相手の表層意識を瞬時に読み取って
そのヒトが想い描いているヒトのカタチになる・・・って設定なんだろうね。 」
「 ・・・! ジョ− ・・・ あなた、あのヒトのことを ・・・ 想っていたの・・・ 」
「 え!? ・・・い、いや。 なに、そのぅ〜〜〜 ・・・
なんだか以前にもこんな状況があったな〜ってチラっと思っただけだよ。 」
「 ・・・・ ほんとう ・・・ ? 」
「 ほ、本当だよ、当たり前じゃないか・。 ・・・ さ! 早くワルイ魔法使いを退治しにゆこう! 」
「 え、ええ・・・。 カエルさん・・・? もし。 わたしがキスしたら。
誰が現れるのかしら・・・・ 」
「 さ! さあ! 早く行こうよ。 え〜と・・・ こっちの道でいいのかな?
003、ナヴィゲ−トしてくれたまえ。 」
ジョ−は一生懸命でフランソワ−ズをカエルの側から引っ張りだした。
・・・ 冗談じゃないよ! なんて・・・ イヤミな装置なんだ。
そりゃ、あのヒトのこと・・・ 忘れることはできないけど・・・
「 ・・・ わかったわ。 ・・・ここから北北東に妙な形の岩屋があるの。 」
「 岩屋? 」
「 ええ。 わざわざ髑髏のカタチになってる・・・ きっとそこだわ。 」
「 ふうん・・・? でもどうしてわかるんだい。 」
「 ・・・ いいの! だって・・・多分おとぎ話的展開が 正解 なのよ。 」
「 ??? そうかなあ?? 」
「 そうなの! だから行きましょう。 あ・・・ カエルさん ・・・ 」
げこ。 009 ・・・ わたくし達の素晴しい子孫が・・・
「 ! さ! 早く行こう! 北北東・・・ こっちだね。 」
ジョ−は また同じことを繰り返し始めたカエルの前から一刻も早く立ち去りたかった。
なんだよぉ〜〜 もう! ここはいったいどういう場所なんだ!
フランソワ−ズの肩を半ば押す気分でジョ−は急いで沼地を離れた。
・・・あのカエルは ・・・ 案外ヒトの気持ちを正直に読む装置だったのかもしれない。
「 ・・・ ねえ、ジョ−。 」
「 なんだい。 」
二人は湿地帯を抜け、花畑を横切りひたすら北北東を目指し歩いた。
野原は次第に山道となりさくさくと足元の石ころが音をたてる。
時折、フランソワ−ズの目はウサギやらリスの影を捉えることができたが、
彼らは二人の姿をみると一目散に逃げていった。
・・・ なにもしないのに ・・・ 本当に彼らは魔法にかかった人間達なの?
「 さっきの ・・・ カエルさんね。 どうしてあんなトコにいるのかしら。
あれも 魔法使いの罠なの・・・? 」
「 さあ・・・。 でももとはこの国を治めていたんだろ? 」
「 そうらしいけど。 でも・・・ 魔法の呪いを解くことにはあまり熱心じゃなかったみたい。 」
「 そ、そうなんだ? ぼくにもよく判らないよ。 」
「 そうよねぇ ・・・ でも。 ジョ− ・・・ どうしてあのヒトのこと、思い出していたの。 」
「 え・・・ あ・・別に・・・ あ! ほら状況が似てるな〜ってチラっと・・・ 」
「 ・・・ そう ・・・ 」
「 さ、ほら! あれだよね、ワルイ魔法使いの住処って! 」
「 ええ。 ・・・ 周囲には ・・・ トラップや攻撃用の装置は・・・見当たらないわ。
アレはただの、普通の岩屋よ。 」
「 ふうん・・・ あの中に、いるってコトか。 」
「 らしいわ。 でも ・・・ ココから岩屋の中はサ−チできないわ。 」
「 バリアでも張ってあるのかな。 」
「 ・・・ そうじゃなくて・・・ あの中には誰も 何もいないのよ? 」
「 ふん。 そう見せかけているだけかもな。
003、油断するな。 サ−チを続けてくれ。 」
「 了解。 」
・・・ 二人きりのミッションって久し振りだわ。
こんな時なんだけど ・・・ なんだか嬉しい・・・♪
ジョ−はフランソワ−ズを後手に庇いつつ、慎重に髑髏岩に近づいていった。
「 本当にガランドウだな・・・ このカタチは単なるこけおどしのハリボテか。 」
「 なにもないわ。 ただの岩屋よ。 」
「 ふん。 でもどこかに潜んでいるはずだ。
さあ・・・ 行くよ。 」
「 ええ。 ・・・ きゃ! 」
「 どうした?! 」
「 ・・・あ、あの・・・ コウモリ・・・が・・・ あ、 きゃっ!! 」
「 なんだ、どうしたんだ? 」
「 ご、ごめんなさい・・・ ネズミが・・・ 」
「 ははは・・・ 003らしくないなあ。 もっとひどい場所で野宿したこともあったじゃないか。 」
「 そうなんだけど・・・ もっとロマンチックな世界かな〜って期待してたから・・・ 」
「 充分ロマンチックだよ。 ・・・ きみと二人っきりで <探検ロマン> だな〜コレって。 」
「 ふふふ・・・ そうねえ。 この<魔法使いの髑髏城>には主はいないようだし。 」
「 あのカエルの出まかせさ、きっと。
・・・ やあ、ひんやりして気持ちがいいね。 中は案外綺麗だ・・・ 岩も砂も乾いてる。 」
「 ほんとう。 岩の間から光も入るし・・・ ロマンチックね・・・ 」
「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ 」
「 きゃ・・・ やだ、ジョ−ったら急に・・・ こんなトコで・・・ 」
ジョ−は後ろからフランソワ−ズの身体にふわりと腕をまわした。
身を屈め、彼のお気にいりの亜麻色の髪に顔を埋め・・・ 彼女の耳に熱い吐息を吹きかける。
「 ・・・ もっとロマンチックしようよ・・・ 昨夜の続き ・・・ 」
「 あ・・・ ぁ ・・・ や ・・・ そこ・・・ 」
「 ・・・ そこって ・・・ どこ。 ここ ・・・? 」
「 ・・・! や・・・めて・・・ 誰か来たら・・・ 」
「 大丈夫、人間はだれも ・・・ いないんだろ? 」
ジョ−はフランソワ−ズを抱いたまま、そっと大きな岩に腰かけた。
「 おとぎ話でイチバン強い<武器>って ・・・ なんだか知ってる? 」
「 ・・・ なに ・・・ ? ・・・ きゃ ・・・ ジョ− ・・・! 」
防護服が背中からはらり、とはだけ薄明かりのなかに白い素肌が浮かび上がる。
「 綺麗だ・・・ 」
ジョ−は円やかな肩先に、温気のこもる白い谷間に、唇をよせ ・・・
「 どんな邪悪な悪魔も妖怪も魔法使いも。 たちまち力を失うんだ ・・・ 」
「 ・・・ く ・・・ ぅ ・・・ それって・・・? 」
「 うん、それはね。 」
ジョ−の手で防護服もブ−ツも なんなくすべて彼女の身体から抜け落ちた。
昼の光にもなお、白く輝く肢体を 彼はしばらくほれぼれと見つめていたが・・・
「 ・・・ なによりも強い・・・ それは。 ・・・ 真実の愛 ・・・! 」
「 ・・・ ジョ ・・・− ・・・ 」
ジョ−が しっかりと恋人を抱き締め共に岩の褥に倒れこんだ ― その瞬間。
−−−−−− う 〜〜〜 む 〜〜〜
中空から大きな呻き声がひびき、突如大きな龍がど・・・っと地面に倒れ落ちた。
「 ! ・・・ な、なに ・・?? 」
「 きゃ・・・ ! 」
ジョ−は慌てて、フランソワ−ズを抱きかかえその裸身を隠した。
−− う 〜〜 む ・・・
賢くて ・・・ 愚かな人間め・・・ よくワシの弱点を見破ったな・・・!
龍は断末魔の痙攣を起こしのたうちまわってる。
「 これが ・・・ ワルイ魔法使い ・・・ なのかしら・・・・ 」
「 た、多分 ・・・ おい? お前の弱点ってもしかして。 」
ジョ−は片手でフランソワ−ズを抱き締めつつ、ス−パ−ガンを構えた。
・・・ 左様 ・・・ 魔界一の魔法使いであるワシの ・・・ 弱点は
・・・・ し、真実の愛 ・・・ !
「 ふうん。 それじゃ・・・こんなモノよりも ! 」
「 きゃ! ・・・ ジョ−ったら ・・・んんん ・・・ぁ ・・・ ぁ・・・・ん・・・ 」
ジョ−はがばっとフランソワ−ズを抱きなおし唇を奪った。
う〜〜〜む 〜〜〜 ううう ・・・・
のたうちまわりつつ龍は次第に力を失ってゆく。
「 これで魔法は解ける! 人々は元の姿に戻れるんだ。 」
「 まあ! そうなのね。 ジョ−? もう一回キスして・・・ 」
「 もちろん♪ ・・・ んん ・・・・ 」
・・・ 愚かなヤツめら・・・
そんなコトをしたら ・・・ また この地には ・・・ 争いが満ちるだけ ・・・
う〜〜〜む、と一際深く伸吟すると 龍はばたりと息絶えた。
「 やった・・! 」
「 ええ! ワルイ魔法使いを退治したわね! 」
「 うん。 でも・・・ 」
「 でも? ・・・・あら・・・? なんだか急に外が騒がしいわ。 」
「 本当だ。 なんだろう・・・ あ、ちょっと待ってて。 」
ジョ−は落ちている防護服を拾ってフランソワ−ズに渡した。
「 ・・・ ありがとう。 ・・・ ああ! 」
「 なに、どうしたの? なにが見える? 」
「 ・・・ 人間が 野原にも森にも・・・ いっぱい。 それで・・・ 」
フランソワ−ズはす・・・っと顔色を変えた。
「 それで・・・ ? 」
「 ・・・ ジョ−! わたし達 ・・・ 間違っていたのかしら。
彼らを人間に戻したのは ・・・ 余計なコトだったの・・・?
みんな ・・・ 争っているわ。 動物達を殺したり獲物を奪いあったり・・・ 」
「 ・・・ そうか。 」
「 あのまま・・・ みんなウサギや鹿や・・・森の木やお花のままだったら
皆平和に暮らしてたのに。 ・・・ わたし達、とんだお節介の疫病神だったのかも。 」
「 そんなことはないよ。 」
「 ジョ−・・・? 」
ジョ−はぱさり、と赤い上着をフランソワ−ズに羽織らせた。
「 これはぼくの一人よがりかもしれないけど。
どんな結果になろうとも人間の方がいいよ。」
「 そう思う? 」
ああ、とジョ−は彼の愛しい人の髪をやさしく撫でる。
「 すくなくともぼくは。
人間だったからこうやって・・・ きみとめぐり合えたし、愛しあえるんだもの。 」
こんな身体でもね、とジョ−はちょっと肩を竦めてみせた。
「 人間ってさ。 不器用で愚かでどうしようもないヤツだけど・・・
最悪な状態からでも ・・・ きっとなにか光を見つけ出すよ。 」
「 ・・・ そうね。 わたしとあなたが巡り逢ったみたいに・・・ね。
どんな時でも 愛は生まれるわ。」
・・・ そう信じたい ・・・
ジョ−とフランソワ−ズは見つめ合い、微笑みあう。
「 真実の愛が最大の武器、か・・・ なんか・・・照れるね? 」
「 あら、いいんじゃない? だって コレはメルヘンなんだもの♪
・・・ でもね、あの。 ジョ−? ・・・ あのヒトのことは ・・・ わたし・・・ 」
「 ごめん! もう忘れたよ〜〜〜! 」
「 ・・・ そう? それなら・・・ 」
フランソワ−ズは白い腕をジョ−の首に絡めた。
羽織っていた防護服がするり・・・と脱げ落ちる。
・・・ わ ・・・! こりゃ ・・ 目の毒だよ・・・
「 もう一度キスして・・・ 」
「 ・・・ ん。 」
岩屋の薄明りに フランソワ−ズの肢体がしなやかに撓んだ。
「 ・・・ あら。 」
「 え? ・・・ あれ。 」
再び目を開いたとき、二人は白いリネンの上に身を寄せ合っていた。
「 ・・・ 夢を ・・・ みたわ。 」
「 きみも・・・? 」
「 ジョ−も一緒だったわ・・・ そうよね? 」
ああ・・・。
ジョ−は頷いて、フランソワ−ズの身体に腕を回した。
「 二人で見るゆめはいつだって甘い夢さ。 いつだって ・・・ きみに夢中だよ。
ぼくはきみに ず〜っと酔っているよ・・・! 」
「 わ ・ た ・ し も・・・・! 」
「 おいで・・・。 まだ夜は長いよ。 」
「 え・・・あら。 随分明るいとおもったけど・・・星明りだったのね。 」
フランソワ−ズは床に零れる明りにちらり、と目を向けた。
そして ・・・ すぐにジョ−の広い胸に顔を埋めてしまった。
「 ・・・ もう一度 ・・・ 愛して ・・・ 」
「 ・・・・・ 」
ジョ−は黙って微笑み身体の向きを変えた。
カ−テンの隙間からこっそりと訪れ、夢を運んだ星明かりの使者に
ジョ−もフランソワ−ズも気がつかなかった。
あさきゆめみし ゑひもせす ・・・ ん ・・・んん ・・・・ ぁ・・・・
その夜。
名もしれぬ星が ・・・ 流れた。
******** Fin ********
Last updated
: 05.22.2007. index
**** ひと言 ****
え〜〜・・・ あのお話を93メインのらぶらぶ・モ−ドに捏造してみました♪
これならジョ−君も満足・・・・かな?(^_^;)
タイトルは かの古典の時間の必須副読本の某長編大河有名漫画・・・・からではなく、
単純に いろは歌 であります。
あのお話って・・・ 季節、冬ですよねえ?? ・・・ 多分 ・・・