『　　そして　　それから　　』　

 

 

 

 

 

　　　　　　*****　　一応　『　りんごの唄　』　の続きになりますが　

　　　　　　　　　　　　　　　 　別話　と思ってくださってもいいかも・・・　　

                    　　　　　　　　  『　プレパレイション　』　の前後かな？　　　****

 

　

 

 

　　　パン　・・・・！！　

 

リネン類が　ぴしっと皺をのばして朝風に翻っている。

シーツに枕カバーに。　パジャマの上下やバスタオルなどの大小様々なタオル類がずらりと並び

物干しは　満員御礼　　―　　フランソワーズは満足そうに眺めていた。

 

「　よし・・・・っと。　これでお洗濯はオッケーね。　　あとは・・・　そうそうお蒲団！

　できれば毛布類も干したいわねえ〜〜　このお日様の暖かさを使わないのは勿体無いもの　」

ギルモア邸は一見　ただの旧い洋館だが　実体は小要塞、さらに立地位置も計算し尽くされている。

夏は風通しよく爽やかに、　冬場はいっぱいに陽射しを楽しみ暮らせるのだ。

一年を通して海からの風は直接物干しがある裏庭には当たらない。

「　まずは・・・　それじゃお蒲団、運んできましょ。　皆のお蒲団、持って来ようっと。　」

この冬、　ジョーに頼んで物干し場の横に蒲団専用の頑丈なバーを打ち付けてもらった。

そこも彼女のお気に入りの場所となり、　＜冬場の布団干し＞　の楽しみも覚えた。

陽射しさえあれば　彼女は毎朝嬉々として家中の布団類を日向に運ぶ。

「 　あ。　　・・・　ジョーを起こさなくちゃ・・・！　　

　週末のお休みだからっていつまでも寝ててもらっちゃ困ります！　」

口ではぶつぶつ言っているが、彼女は知らず知らずに満面の笑みを浮かべ、ほんのり頬も染めている。

「　ふふふ・・・なんだかお兄ちゃんの休暇の時みたい。　＜家族＞　がそろうって。　やっぱり素敵よね♪　」

フランソワーズは腕まくりのまま　空になった洗濯籠を抱えて家に戻っていった。

　

ひゅるり　―　高い高い青空を北風小僧が横切ってゆく　・・・

 

 

 

ジョーが聴講生として通学を始めてからそろそろ一月ちかくになる。

新しい生活のリズムにも慣れ、　彼は張り切っていた。

「　はい、　お弁当。　　リクエストにお応えして　目玉焼きごはん　です。　」

「　うわ〜い♪　ありがとう！　・・・へへへ・・・　昼がた〜のし〜み♪　」

「　ね・・・　なんでもリクエスト、あったら言ってね？　

　わたし、いろいろ勉強したの、ちゃんと日本風な　＜　たまごやき　＞　も作れるわ。　」

「　わ〜　いいな　今度、頼むね。　目玉焼きごはん、超〜〜気に入ってるんだ〜

　あの　・・・さ。　　ぼく　・・・　今度バイト、始めるんだ。　新聞配達なんだけど・・・」

「　あ、見つかったのね？　よかった〜　　あ！　もしかして朝とか早いの？　」

「　うん、ありがとう。　　それでね　・・・　そうなんだ　朝　・・・　」

「　あら　平気よ？　それで何時に出かけるの。　朝御飯もお弁当もオッケーよ。　」

「　ありがとう・・・すごく　すごく嬉しい　・・・！　

　だけど　これ以上きみに負担かけられない。　　

　バイト先の店長も薦めてくれたんだけど。　配達所に併設したアパートがあるんだ。

　そこに下宿すれば家賃もすご〜く安いし　朝御飯付きでさ。　狭いトコなんだけど。　 」

「　・・・　ジョー。　下宿　・・・するの。　」

「　うん。　あの　・・・　誤解しないで。　きみの御飯がどうの・・・ってことじゃない。

　ぼく、時間が惜しいんだ。　」

「　―　時間？　　だって・・・わたし達には　・・・　」

「　うん。　ぼくは、ぼく達には　＜普通＞　の人よりも・・・ずっと長い時間的余裕がある。

　急ぐことない・・・って思ってた。　　５０年経っても　このままだからね。　」

「　・・・　ええ。　」

「　だけど。　　周りの人、普通の人たちは違う。　ぼく達を置いていってしまう　・・・。

　だから　―　時間が惜しい。　無駄にできる時間って　ないんだ。　」

「　・・・　！　　　・・　そうね・・・　そうなのよね・・・

　考えたくないけど・・・　ギルモア博士やコズミ先生は　―　確実にわたし達より先に　・・・　」

「　―　うん。　　それが現実なんだ。　

　ぼくは　できるだけ早く　まずは両博士からできるだけ多くの　＜知識＞　を受け取る。

　そう　しなくちゃならないんだ。　」

「　・・・　わかったわ。　　ジョー、通学に時間を掛けるのは不合理よ。　

　下宿したほうが時間も節約できて勉強時間が増やせるわね。　」

「　うん。　　ありがとう　―　！　わかってくれて嬉しいや。　」

「　ジョーだけの問題じゃないもの。　　あ　でも・・・　お弁当・・・どうするの？　」

「　うん　・・・　それだけがすご〜〜く残念なんだ〜　これ、ほっんとうに美味いもんな・・・　 」

ジョーはしみじみ・・・弁当箱を撫でている。

「　あ！　でもね。　週末にはここに帰ってくる。　　・・・う〜〜んと美味しい御飯　たのみます。　」

「　了〜〜解！　　あ、　その時に洗濯物、持ってかえってきて？

　ここにはスーパー洗濯機があるでしょ、いっぱい溜めても大丈夫。でも持って帰るの、忘れないで！

　いい？　これ・・・　　約束よ！　」

「　・・・　へ〜い・・・　　ありがとう・・・！　フランソワーズ。　」

ジョーは　満面の笑顔になった。

 

　　　　　　　あ・・・　最高に　いい顔・・・・！

　　　　　　　目的をみつけて一直線！って顔ね

　　　　　　　・・・　羨ましいな　・・・　ジョー　・・・

 

「　あ　・・・　あ　あの。　そのくらいしか　わたしに応援できることってないんですもん。　」

「　―　週末　さ。　ものすご〜〜く楽しみに帰ってくるよ。　

　ぼくの好きなモノ、いっぱい作ってくれる？　フランの御飯、美味しいんだ〜♪　」

「　了解〜〜！　」

「　ありがとう！　あ・・・　きみの方は？　　コズミ博士の秘書さん♪　」

フランソワーズはコズミ博士のたっての希望で　今、秘書兼助手を務めている。

もっとも自宅での私設秘書だから　所謂　＜勤務＞　よりは緩い仕事・・・　のはずだったが。

「　ええ　・・・　慣れないことばっかりで　大変。　コズミ博士の研究についてもっと勉強しなくちゃ・・・

　もうひとつひとつ　覚えてゆくしかないわ。　」

「　そっか〜　　大変だよねえ。　頑張れよ！　」

「　・・・　ん！　　メルシ！」

「　じゃ・・・エールの交換・・・ってことで。　」

ジョーはすっと右手を出し　―　爽やかに笑った。

 

　　　　　　あ　・・・　この笑顔　・・・！

　　　　　　このヒトは　・・・　なんて温かく微笑むのかしら

 

きゅん・・・と胸の奥が、疼く。　―　疼くといってもそれは甘い痛み・・・

フランソワーズは　紅潮した頬が恥ずかしくて俯いたまま　手を出した。

「　が　・・・がんばりましょ・・・　」

「　うん♪　」

 

　　　―　　きゅ。　　　二人は明るいリビングで握手をした。

 

その週のうちに　ジョーは町のアパートに引っ越していった。

そして約束どおり　週末にはにこにこして　＜帰宅＞　するようになった。

 

 

 

 

「　博士〜〜　お蒲団、干しますから〜　掛け布団もお願いします。　」

リビングに戻ると、彼女はギルモア博士に声をかけた。

博士はコーヒーを啜りつつ新聞を広げていたが　笑って立ち上がった。

「　ほいよ・・・　フランソワーズ、　お前　＜布団干し＞　に填まったなあ。　」

「　ええ、だってこの陽射し・・・・　こんな明るい冬の陽を利用しないなんて勿体無いですわ。

　本当に・・・　いい気持ちですもの。　」

「　そうじゃなあ・・・　ヨーロッパの冬とは比べものにならんものな。　

　お日様の匂いがする布団はほんに気持ちがいいものじゃ。　太陽のエネルギーを貰える気がする。

　ほい　　それじゃちょいと担いでくるか・・・　」

「　お願いします。　　さ〜て・・・！　ジョーを起こしてこなくちゃ！　」

「　なんじゃ〜　アイツ、まだ寝とるのか。　」

「　ええ。　　もう〜〜　何時だと思っているのかしら。　朝御飯だって片付かないし・・・

　ジョーのパジャマも洗いたかったのに！　」

「　ははは・・・　やはりウチに戻ってお前の顔を見ると気が緩むのじゃないかな。　」

「　・・・・・・・　」

「　昨夜の晩飯の食べっぷりといい・・・　ヤツにとってやっとこの家が　＜ホーム＞　になったのだな。　

　お前の手料理とお日様の匂いのする布団で　安心しきっておるじゃろ。　」

「　それにしても。　　お寝坊のしすぎですわ！　　布団だけでも奪取してきます！　」

再び腕まくりすると　彼女はがしがし階段を登っていった。

「　・・・　お　・・・　美女を怒らせると怖いのお・・・　ま、怒った顔も可愛いがな。

　ふふふ・・・ジョーよ？　覚悟しておいたほうがいいぞ〜〜　」

博士はくつくつ笑って　　―　　明るい陽射しに視線をうつした。

 

「　・・・　こんな日が　来るとはなあ・・・　　ありがたいことじゃ・・・　」

 

 

 

　―　コンコンコン　・・・　　ドンドンドン！　　　ガンガンガンッ　！！！

「　ジョー？　　開けていい？　・・・　開けるわよ？　―　開けますっ　！！　」

いっくらノックをしても　一向に返事がない。

ひとつ屋根の下に暮らしているとはいえ、兄弟でもない若い男性の部屋に入るのはやはり躊躇いがある。

だから　礼儀正しくノックしていたのだが。

 

　　　　　　　このままじゃ・・・ドアに穴が開いちゃうでしょ　・・・

　　　　　　　え〜い！　　お兄ちゃんの部屋だと思って・・・！

 

コホン・・・と咳払いをひとつ。　

「　―　失礼しまっすっ！！！　」

　　バン・・・！！

ドアを開ければ　―　陽も高くなってきたというのに。　燦々と太陽が輝いているというのに。

ジョーの部屋は　きっちりとカーテンが引かれ薄暗い中には規則正しい寝息だけが響いていた。

「　・・・　いやだ・・・　まだ本気でぐうぐう眠っているってわけ？？

　もう〜〜〜・・・　このヒトって。　いったいどういうヒトなの〜〜　　」

初めて出会った日からの　彼の一分のスキもない闘いぶりを思い浮かべ

フランソワーズは盛大に溜息をついた。

 

ダン　ダンダン　・・・！　なるたけ足音も荒く？　彼のベッドに近づいた。

 

　　　　　　あ　・・・・　なんて・・・無防備な寝顔なの〜〜

　　　　　　うわ〜・・・　可愛い　・・・

　　　　　　っと！　　いっけない・・・！

　　

「　コホン　・・・！　　　あの　・・・　ジョー？　もしもし？　　あの〜〜　」

「　・・・・　・・・・　・・・・　」

「　！　　ジョー　　もしも〜し？　島村さ〜ん・・・あの　もう朝よ？　起きてください？　」

「　・・・　・・・　・・・　・・・　」

「　！！　ジョー！　　そろそろ起きたらいかが？　」

「　・・・　・・・　・・・　・・・　」

「　！！！　　ジョーッ　！！　　起きなさい！　」

「　・・・　・・・　・・・　・・・　」

「　！！！！　　　お　　き　　てッ　！！！　　　えいッ・・・！　」

ついに彼女は力ヅクで　―　　彼の枕を　彼の頭の下から引き抜いた。

「　・・・・　あ・・・・　」

 

　　　　　　　―　　ごん　・・・！

 

ジョーはしっかり羽根布団を抱えたまま　―　床の上に落ちた。

「　！　だ・・・　大丈夫？？　ジョー・・・？　」

「　・・・　う〜ん　・・・？　　・・・　　ふぁ〜　・・・　」

「　・・・？？？　」

ジョーは一瞬　目を開けたがすぐにまた羽根布団を抱き締め頬をすりすり・・・している。

彼女は慌てて羽布団ごと　彼の頭を膝に抱き上げた。

「　・・・　あの　・・・？　ジョー・・・？　大丈夫・・・？　」

「　・・・　ん　・・・　フラン〜〜〜　う〜〜ん・・・きみがいい〜〜　」

「　ええ？？　・・・ちょ、ちょっと・・？　ジョーってば！　」

「　むにゃ〜〜　アイシテル　・・・・ちゅ♪　・・・　」

「　え・・？？　」

さっと頬を染め　それを隠したくて両手を頬に当て　―　当然　膝の上の＜お荷物＞は　フリーとなり・・・

 

　　　　　　・・・　ごろり。　　どん！

 

ジョーの身体は再び　床にころがり落ちてしまった。

「　・・・あ・・・！　」

「　・・・　う？　　あ・・・あれ？　　ぼく・・・？　　」

「　・・・・・　」

ジョーはようやく目を開き、巻き付いた羽根布団の中でごそごそやっている。

「　あれ？　・・・　よ・・・っと・・・　　あれ？　フラン？？　　」

「　あ　　ああ　　　あの　　　お　おはよう・・・　」

「　あ　うん　おはよう・・・　いい天気・・・っぽいね。　」

「　そ・・・そうね。　　！　あ！　そう！　そうなの！　いいお天気なのよ！　だから　」

「　・・・だから？　 」

「　そ　そのお布団！！　干しますから！　　貸してください！　」

えい・・・！　と彼女はジョーの布団を引っ張った。

「　うわッ　！　　・・・　あ　　・・・　ありが・・・と　・・・　」

再び　ごろりん〜と床にころがされ、パジャマ一枚のジョーは目がまん丸だ。

 

　　　　　な　・・・　なんで　彼女がぼくの部屋にいるのかな〜〜

　　　　　・・・　これは夢かなあ〜・・・　

 

「　それじゃ！　これ・・・　庭に干してくるわ。　

　それと！　朝御飯　・・・　もうと〜〜っくに出来てますから！　

　わたし、　今日はこれからコズミ先生のお供ででかけます！　

　お昼はお弁当が作ってあります！　　ジョーのお気に入り・目玉焼きごはん　です！　」

「　あ・・・　は　　はい　・・・　」

「　それじゃ！　あとはよろしく願います！　」

えいや・・・っと羽根布団を抱え　フランソワーズはジョーの部屋から出ていった。

「　・・・　は〜い　・・・・　ありがと〜う・・・・　あれ？？　　やっぱ・・・夢　・・・かなあ〜・・・　」

ジョーの間延びした声が　冬の陽射しの中に響いていた。

 

 

 

 

電車は空いていた。

土曜日の午前中、ということもあるのだろう。

コズミ博士とフランソワーズは　都心に向かう電車の中でゆったりと座っていた。

「　ほうほう　・・・　今日は空いておるのう。　いやラクチンでいいが・・・、　」

「　はい　・・・　電車に乗るのは久し振りですわ。　」

「　ま・・・たまには都会にでるのもいいじゃろ。　」

「　はい。　トウキョウのことはあまり知りません、お役にたてるかどうか・・・　」

「　いやいや・・・遊びにゆくとでも思っていなさい。　」

「　・・・　ありがとうございます。　」

海岸通りの町からバスで駅に出て。　電車とメトロを乗り継いでゆく。

 

　　　　　ふうん　・・・　随分暖かいのねえ・・・

　　　　　それにしても　毛皮にブーツのヒトが多いわ。

 

　　　　　へえ　・・・　そういうメイクが流行っているの？　ふうん　・・・

　　　　　あら。　日本人って。　黒髪ばかりじゃないのねえ・・・

　　　　　・・・　ジョーより薄い色の髪の人、・・・いっぱいいるじゃない？

　　　　　ほら　　あそこにも　ここにも　・・・

　　　　　こんな中じゃ　ジョーは全然目立たないわよねえ？

 

コズミ博士の隣に控えつつ　彼女はじっくりと周囲を観察していた。

地味なコートを着て帽子を被っているけれど　彼女をチラチラ・・・振り返る姿もある。

やはり美女のオーラは　隠せない、というところらしい。

フランソワーズはマフラーに頤をうずめ、オーバーの襟をたてた。

「　・・・　お嬢さんや。　お寒いですかの。　」

「　あ　　い、いいえ　・・・　あの　・・・　周りの人たちが・・・　」

「　うん？　　・・・　あは　そりゃあ仕方ないですな、こんな美人さんは誰もが振り返りたくなりますわい。」

「　え・・・　そんな・・・　」

「　ほっほっ・・・お気になさるな。　なに、都心に入ってしまえば大丈夫じゃよ。

　きっとワシは嫉妬の目で見られておりますな。　ただならぬ美人と一緒でなあ。　」

「　・・・　まあ　コズミ先生ったら・・・　」

コズミ博士は暢気に笑ったがホームに下りるとさりげなく彼女を後ろに庇ってくれた。

メトロを乗り換える頃には　もう周囲に目は気にならなくなっていた。

「　さて・・・　お嬢さん。　」

「　はい？　」

「　ワシはここから本郷のキャンパスに回るでの、　君はぷらぷら・・・買い物でもしてゆきなさい。　

　ほい、これはワシからの　＜　差し入れ　＞　、　なにたいした金額じゃないがな。　」

「　え　・・・　そんな・・・それにお手伝いは・・・・　」

「　ははは・・・　今日はな、君にもたまにはのんびり時間を過してほしくて誘ったのじゃ。

　ま・・・　ボーナスってところかなあ。　　毎日ほんによくやってくださるでな。　」

「　・・・　コズミ先生・・・！　」

「　ほれほれ・・・行っておいで。　そうじゃなあ・・・

　若いお嬢さんなら・・・銀座よりも　六本木や表参道がいいかの・・・　

　ここに　・・・　ほれ簡単な路線図ですじゃ。　参考になると思うよ。　」

「　まあ　・・・　ありがとうございます。　」

「　それじゃ　楽しんでおいでなさい。　」

軽く左手を上げ、コズミ博士は赤いラインのメトロに乗換えていった。

手渡された地図は　ちゃんとフランス語表記になっていた。

 

 

「　えっと・・・　ここで　・・・オレンジ色のラインが入ったのに乗り換えるのね・・・　」

コズミ博士と別れ、路線図片手にフランソワーズは歩きはじめた。

「　あら・・・　なんとなくパリと似ているわね？　　

　・・・メトロ？　あら　名前まで一緒ねえ、ふふふ・・・　真似っこしたのかしら。　でも判り易いわ。」

少し気が楽になり、彼女は数駅乗ってから地上に上がっていった。

 

「　・・・　う〜ん　・・・　いい天気・・・　」

地上に出ると　都心でも青い空がひろがり、海辺の街よりは風が吹いていないので暖かく感じる。

行き交う人々の姿は　それでもしっかりオシャレな冬支度・・・

ファーを所々に取り入れたファッションがあちこちに見られた。

「　ふうん・・・　どこへ行こうかなあ・・・　お小遣いまで頂いちゃったし・・・

　お買い物・・・　マルシェみたいなところがあるかなあ・・・　」

大きな通り沿いに歩いてゆけば　左右にはこじゃれた店舗が並ぶ。

「　わ・・・　素敵なバッグ♪　　・・・　うわ〜〜　でも高い〜〜　

　あら？　このキラキラ・・・可愛いわねえ〜〜　　いいな　いいな　わたしも携帯にキラキラしたいわ。

　入ってみようかなあ・・・　え？？　ウソ・・・　これも　高い！　」

ウィンドウ・ショッピングしつつ　フランソワーズは溜息をつきっぱなしだ。

　　―　小奇麗な店に並んだ品々は　・・・　恐ろしく高い値札がついていた。　

「　・・・　お買い物は・・・無理みたいね

　きっと　サン・トノーレ街みたいなところなのね　きっと・・・　」

散歩して　どこかのカフェにもでも入って・・・と　再び歩き始めた。

 

「　・・・　んん　？　 」

「　・・・　あ　・・・　ごめんなさい　・・・　」

「　あ　・・・　いえ　・・・　あら。　」

　―　トン　・・・　　彼女の腕に軽いショックがあった。

追い越し様に後ろからきた人物のバッグが当たった・・・らしい。

持ち主はちゃんと謝り　そのままフランソワーズの先を歩いていった。

若い　フランソワーズとあまり変わらない年代の女性だ。

 

　　　　　　あら・・・　なんか　　この雰囲気　・・・？

　　　　　　知ってる　・・・？

 

　　　　　　ううん　・・・　懐かしい　・・・　かんじ・・・

 

フランソワーズは　遠ざかってゆく女性の後姿をじっとみつめていた。

大きなバッグを肩に、細身のすっと伸びた背筋の姿がとても印象的だ。

あの姿　・・・　あの歩き方。　　わたしも　・・・　わたしと　同じ！

「　・・・　多分。　　きっと。　　そうよ！　―　行ってみよう・・・！　」

フランソワーズはバッグを小脇に抱えなおすと　急ぎ足で道を辿っていった。

 

 

＜そのひと＞を追って表通りから　二本裏通りに入った。

すこし　引っ込んだ所に地味な建物が見えた。　

遠目に　さっきの女性が入ってゆく・・・

「　・・・！　　まって　・・・！　　」

フランソワーズの足はどんどん速まってゆき、気が付けば門の内側まで入っていた。

 

　　　　　あ　・・・　わたしったら・・・

　　　　　・・・　ああ　　でも　ピアノの音が聞こえる・・・！

 

もうここまで来てしまったのだ、と腹を括り彼女は入り口のドアを押した。

 

　　＜　Ballet   Studio ＞　　―　思ったとおりのレリーフがドアの上に見えた。

 

ドアの中は　ホールみたいな空間がひろがっていた。

すぐ脇にカウンターがあったが　誰もいない。

「　・・・・　あの・・・・？　　入っても・・・いいのかな・・・　　」

そっと首を差し伸べてみれば　―　　彼女がよく知った風景がみえた。

 

　　　　　やっぱり。　　ここはバレエ・スタジオだわ。

 

右手に廊下が伸びていて　おそらくその先に稽古場があるだろう。

行って見たい・・・！　ああ　この音　・・・　この曲　・・・

 

　　―　突然　彼女は身体中が　音で潤ってくるのを感じた。

それは長いながい間　忘れていた感触だった。

砂漠に降った雨が大地に溶け込んでゆくがごとく・・　音のシャワーがゆっくりと彼女の全身に降り注ぐ・・・

 

　　　　　・・・　ああ　・・・　あああ　・・・・

　　　　　わたしがずっと　・・・ずっと探していたモノは・・・

　　　　　失くしたとおもっていたモノは　・・・　　　こ　れ　・・・！

 

手脚が自然に音と一緒に動きだす　―　

　                                 ・・・・　踊りたい　・・・！

 

　　　―　　青いりんご　　はここにあった、と思った。

 

「　あら・・・　オーディションの下見ですか？　」

突如　後ろから声がかかった。

びく・・・として振り返れば　普通のスーツ姿の女性が立っていた。　どうも事務所の人らしい。

「　―　え？　あ　あの・・・　」

「　そちらがメインのスタジオです、廊下から見学なさって構いません。　ご自由にどうぞ。

　ただしレッスン中ですから・・・撮影は禁止です。　」

「　あ・・・　は　はい　・・・　」

「　オーディションには時間厳守でお願いします。　ああ　スケジュールのプリントです、どうぞ？　」

「　はあ・・・　」

事務所の人は　彼女にプリントを渡すとそのまま奥に引っ込んでしまった。

 

「　・・・　あ　・・・・？　」

手元には　渡されたプリントが一枚。

「　・・・　お　でぃ　しょ　ん　・・・　　ばれえ　す　たじお　・・・　」

プリントを持つ手が　小刻みに震えている。

「　・・・　にちじ　　〇月〇日　（　土　）　　じかん　・・・・　あ！　まだ　募集中ね！　」

 

　　　　　―　　ピキ　−−−ン　！

 

この瞬間、　彼女のスイッチがオンになった。　　　

背筋を伸ばし　―　そう、　膝の後ろものばして。　忘れていた筋肉が目を覚ました。

初めてバレエ・シューズを履いた日から言われ続けてきたことがごく自然に身体中に甦った。

 

　　　　　わたし。　　み　　つ　　　け　　　た　・・・！

 

「　あの　・・・　このオーディションですけれど？　　まだエントリー、できますか。　」

彼女は事務所の中に声をかけた。　

　

ずっと・・・なにをしていいのかわからなかった。　　いや　わからない、と思っていただけだ。

もうなにもできない、できっこない・・・と一人で思い込んでいた。

そう　―　　自分ではなにもせずに　ジョーを羨んでいただけ・・・

それじゃ　なにも進展しないのだ。

ジョーだって　―　あの１８歳の少年だって自分で決めて自分で歩き始めてる。

 

　　　　　　　　―　わたし・・・！　わたしも　　夢を　・・・　追うわ！

 

 

その建物を出てあと、　フランソワーズはまっすぐにバレエ用品の店にむかった。

ウィンドウ・ショッピングをする気も　カフェに寄る気持ちも　きれいさっぱり消えていた。

「　さあ。　必要なものを買って。　あとは　今晩のお買い物ね。

　ジョーの好きなもの、いっぱい作りましょ。　　そうだわ！　ママンのシチュウも！

　博士とジョーにわたしのウチの美味しい御飯を紹介したいもの。

　レッスンするわ、出来る限り！　ええ　ジョーに負けない、負けたくないわ。

　　―　出発よ、フランソワーズ！　」

 

帽子の陰に俯いて。　さらにマフラーを引き上げ顔を隠していた　女の子。

暗い目をして　溜息を飲み込んでいたマドモアゼル　・・・

居場所をさがしてうろうろしていた　＜過去から来たヒト＞　

帰り道、　そんな女の子はきっぱりさっぱり消えうせていた。

 

両手に買い物を包みをもって、きりっと背筋をのばし彼女は歩く。

「　あら？　こっちにこんなお店があったかしら？　　靴下ショップね〜　可愛い〜　寄ってみようかな。

　ふ〜ん　・・・　お魚、美味しそうね・・・　新鮮でいいかも・・・　　」

だいたい知っている、と思っていた地元駅前商店街が　全然違って見える。

いつも　そそくさ・・・とスーパーで買い物を済ませていた。　　じろじろ見られたくなかったので。

いつも　必要最低限なものだけカートに放りこんでいた。　　知らないモノには手をだせなかったので。

いつも　＜外＞の世界を避け　ウチに篭って隠れていた・・・　いつも　いつも　・・・

 

　　だ　け　ど。

 

今朝まで　俯いて足早に通り過ぎていた道を　彼女はゆっくりと抜けてゆく・・・

大きな碧い眼をもっとかっきり見開いて　きょろきょろあちこちを見回しつつ。

「　わたし。　やるわ、やってみる。　　ジョー？　わたし・・・　負けないわよ。　」

ちょっと顔を上げてみれば。　ちょっとだけ眼を見開いてみれば。

周りの世界は　ぱあ〜〜〜っと明るく広がった。

朝、通ってきた道さえ　ちがって見えた。

 

「　あら　・・・　ここに花壇があった？　わあ〜〜　真冬なのにお花が・・・きれい・・」

「　まあ〜　このお家　・・・素敵。　日本のお家ね、コズミ先生お家と違うけど　・・・エンガワがある！」

 

足早に過ぎていた地元の町や商店街は　じつは魅惑に満ちた場所だった。

 

「　お魚〜〜すごいわ。　そうだ！　ブイヤベース、作ろう！　　あの〜〜　えび、ください！　」

「　・・・へえ〜〜　このお魚、このまま・・・煮込んでいいのですか？　まあ　〜〜　これも貝？　

　美味しそう〜　　え？　・・・まず塩を出すのね？　」

「　あら！　あのチーズがある！　　うわ〜〜　バジルもちゃんとあるわ！　」

 

慣れ親しんだ食材なんてありっこない、と思い込んでいたが・・・探せばそこここに見つかったし

代わりになるものも　ちゃんとあったのだ。　

 

「　さぁて。　今晩は地元の新鮮は魚介類のブイヤベースです♪

　博士、　ジョー？　　楽しみにしていてね。　」

フランソワーズは軽い足取りで　家の前の坂道を登っていった。

 

 

 

 

「　あ　お帰り！　　コズミ先生の助手、お疲れ様！　」

「　ただいま・・・ジョー。　　あら　・・・　」

玄関を開けてくれたのは　ジョー。

ピンクのフリフリ付きエプロンをひっぱり、相変わらずにこにこしている。

両手の荷物を床に置き　フランソワーズは思わず・・・じっと見てしまった。

「　それ、　持つよ。　　もしかして夕食の材料？　今晩、なにかな〜　」

「　ジョー　・・・　それ。　　似会うわ、　とっても・・・　」

「　え？　あ　・・・　は。　ごめん、きみのエプロン・・・　借りてた。　えへへ・・・　」

ほわん・・・と、無邪気に彼は笑う。

 

　　　　　うわ〜〜　可愛い　・・・！　　この笑顔・・・！

 

フランソワーズも釣りこまれ　思わず微笑んでしまう。

「　それは全然いいけど・・・　ふふ・・・ぴったりよ？　」

「　えへへ・・・そうかい？　　うん、今　洗濯物と布団を取り込んでたとこなんだ。　」

「　まあ　ありがとう！　　干しっぱなしにしてたから・・・　助かったわ。

　それじゃ・・・　この荷物、キッチンにお願いできる？　わたし、洗濯モノを畳んでおくわ。」

「　ああ　それはぼくがやっておいた。　　え〜と　・・・　これは博士でこっちがきみの。　」

リビングに入り　ジョーはあっけらかん・・・と畳まれた洗濯物を指した。

「　え・・・！　　あ　・・・あの　わたしの　・・・　し　　下着　とかもあったでしょ・・　」

「　・・・　あ！　ご　ごめん　・・・　あの・・・ぼく、施設にいる時って・・・

　皆の洗濯物とか畳んでたから・・・つい　・・・　ごめん！　ヘンな意味じゃなくて　・・・　」

「　い　いえ　・・・　いいのよ・・・　あ　でも。　次からはわたし　自分で・・・　」

「　う　うん　・・・　ごめん・・・・つい。　」

今度はジョーが真っ赤になって俯いてしまった。

 

　　　　　　！　いっけない・・・　

　　　　　　ジョーのせいじゃない、　ジョーは親切でやってくれたんだもの

　　　　　　　わたしが気にしていちゃ・・・ダメよ・・

 

「　あ　あの。　ジョー？　御飯つくり・・・手伝ってくださる？　」

フランソワーズは　雰囲気を変えたくてことさら明るい声をだした。

「　あ　うん！　勿論。　　これ・・・運ぶね。　」

「　ありがとう　ジョー。　　・・・ひとつ　お願いがあるの。」

「　うん、なに？　ぼくに出来ることなら・・・　」

「　ええ　　あの　・・・　海老とイカなんだけど。　下ごしらえ・・・お願い。　」

「　おっけ〜・・・ってあんましやったことないけど　・・・　」

「　わたしも、なの。　　あのね、今晩はブイヤベース・・・わたしの故郷のお料理にしようと思って。　」

「　う　わ〜〜〜すげ〜・・・！　　た〜のしみ〜〜♪　 」

ジョーは買い物袋をもってちょんちょんキッチンへと飛んでいった。　

 

　　　　　　ふふふ・・・　本当にピンクのエプロンが似合いわね・・・

　　　　　　

普通に食事の用意をするだけなのだが　なんだかうきうきする・・・

　

　　　　　　ジョー・・・と一緒だから　かしら？　

　　　　　　このヒトって　・・・　不思議なひと・・・

　　　　　　にっこり笑ってもらうと　なんだか力が沸いてくるわ。

 

フランソワーズも軽い足取りでキッチンに向かった。

 

　　

　その夜は　大騒ぎの結果できあがったブイヤベースを　＜家族＞全員が舌鼓をうった。

「　ココは海に近いから。　　新鮮なお魚がいっぱいね。　」

「　うん。　・・・　ああでも美味しかった〜〜　　ねえ、博士。　」

「　うんうん、　フランソワーズ、料理の腕を上げたな。　 」

「　これは、わたしの母のお得意料理だったんです。　　皆のお口に合って嬉しいわ。　」

「　ふうん・・・　お母さんの味かあ。　いいなあ・・・　」

ジョーは　満足しつつちょっと羨ましそうだ。

美味しい晩御飯を食べつつ、今日あったことをいろいろおしゃべりする・・・

やっと　＜家族＞　っぽい雰囲気が流れる。

 

フランソワーズはオーディションの件を　―　モジモジしつつ　―　打ち明けた。

「　ほう　・・・　それはチャンスだな、　フランソワーズ。　」

「　受かるかどうか・・・　多分　ダメだと思います、でも。　わたし　挑戦したい・・・！　」

「　それって　入社試験みたいなもの？　」

「　そうねえ・・・　そんな感じ、かな。　受かればその作品に参加できるの。　」

「　それじゃ公演に出られるんだ？　　うわ〜〜　よかったね〜〜　」

「　まだよ、ジョー。　まずはオーディションに受からないと、ね。　」

「　あ・・・そうか、そうだよねえ。　　あ、練習するだろ？　　この　・・・　リビングとか使えるかな。　」

ジョーはこの邸の広いリビングを振り返った。

「　・・・そんな・・・　このキレイな床が傷だらけになっちゃうわ。　

　いいの、地下のロフト　・・・　あそこの隅っこでやるわ。　博士、使っても構いませんか？　」

「　おお勿論。　　ジョー、片付けを手伝っておやり。　」

「　はい。　　明日はフランの練習場作りだね〜　　がんばりなよ、フラン。　」

「　ええ　・・・　！　ありがとう〜〜　」

 

　　　ぎこちなかった＜寄せ集め家族＞　が　ちょっとだけ　ホンモノっぽくなってきた。

 

 

 

翌日、　ジョーに手伝ってもらいロフトの隅にスペースを確保した。

博士が壁紙式の鏡を作ってくれたので、　かなり稽古場らしくなった。

ともかく　ストレッチとバーだけでもできれば　御の字だ。

なにしろ　・・・　何十年も意識の外に追い出していたのだから。

買ってきたばかりのタイツと稽古着になった。

フランソワーズはポアントを履き、ゆっくりと立ち上がった。

 

　　　　きゅ　・・・　。

 

結んだリボンが足首に食い込む　　―　　この感触・・・！　本当に久し振りだ。

すこしづつ　すこしづつ　・・・　足慣らしをし、バー・レッスンを始めてゆく。

爪先が　痛い。　　でも彼女にはその痛みはすぐに快感に変わった。

 

　　　わたし。　　踊っているの・・・・！　踊れるのよ　・・・・！！！

 

薄暗いロフトの隅っこで　　ガタガタな床の上、　普通の観賞用の音をながし

　　―　　妖精が　ひとり。　　最上の笑みを浮かべ舞っていた。

 

 

「　フラン　床の具合、どうかな〜　・・・　（　　あ・・・！　）　　」

ジョーは様子を見に降りてきたが　ドアの前で一瞬棒立ちになった。

 

　　　　　うわ　・・・　き　きれい・・・だ・・・

　　　　　え？？　ほ　　本当に　フランソワーズ　なのか・・？？

 

彼はドアの脇に寄るとうっとり　・・・　彼女の舞姿にみとれていた。

 

 

一週間はあっと言う間だった。

毎朝　早起きし、家事を片付け　―　洗濯ものも布団もちゃんと干す。

午前中は　コズミ博士の秘書を勤めにでかけてゆく。

「　おお　お早う・・・　さっそくで申し訳ないが、こちらのチェックを頼むよ。　」

「　はい。　　あ　その前のお茶、淹れますね。　」

「　おお　おお・・・いつもありがとう。　」

「　そして　ミケちゃんにミルク♪　　さあ！　お仕事、開始です、コズミ先生。　」

「　うむ。　よろしく頼みますぞ。　 」

「　はい　先生。　」

午後も遅くまで秘書を勤め　　夕風が吹き出すころ、彼女は息せき切って岬の家に帰ってくる。

夕食をつくり　博士といろいろお喋りをしつつ食べ　・・・　夜、彼女はレッスンに没頭した。

ジョーがつけてくれた音響装置のボリュームを絞り、　彼女は踊り続けた。

　　・・・　クルクル　くるくる　・・・　鏡の中の自分に　背一杯に微笑んで！

 

「　おや・・・　まだ稽古をしておるのかな・・・　」

就寝前、博士は戸締りをチェックしてふと地下への入り口に眼をやった。

ドアの先　暗い中に一筋灯りがもれている。

「　ああ　・・・電気を消し忘れたのか。　　どれ・・・切っておくか。　」

博士は気軽に階段を数段おりた。

「　―　消すぞ・・・　　うん？　　おやおや・・・・　これは・・・　」

そっとドアを開けてみれば　―　　ロフトの隅でショールに包まり眠り込んでいる姿があった。

ほんの少し休憩　・・・そんなつもりで寝込んでしまったのだろう。

「　熱心なのはいいがな。　　こんな所で転寝をしては風邪を引くぞ？　

　おい　・・・　フランソワーズ？　」

そっと肩を揺すってみたが　目を覚ます気配はない。

「　・・・まあなあ・・・　疲れておるんじゃろう。　　どれ・・・部屋まで連れてゆこうか・・・　」

よいしょ・・・と博士は彼女を抱き上げると　えいほ　えいほ・・・と階段を上がっていった。

 

 

その週の土曜日　　―　　やっとお日様の暖かさが地上に届き始めたころ。

「　・・・　それじゃ。　イッテキマス　」

だれもいないリビングに声をかけ　フランソワーズはちょこん、レヴェランス（　お辞儀　）をした。

「　荷物・・・・ちゃんとポアントもパッドも　・・・　オッケー。　オーディションの受付票　・・・　オッケー。

　お水もあるし　・・・　オレンジもチョコもいれた。　　お財布　オッケー・・・　よし！　」

最後にもう一回荷物を点検すると　彼女はそ〜〜っと玄関のドアあけた。

 

　　　　　ふう　・・・　寒　・・・　この時間ですものね・・・

　　　　　・・・あら？

 

外からの風に煽られ、ひらりとメモが足元に飛んできた。

「　？？　あら、ジョーだわ。　　え・・・　出かけてたの？？　まだ寝てると思ってたのに・・・　　

　ちょっと出かけてきます・・・って。　　あら　言ってくれたら朝御飯つくったのになあ。　」

ジョーはまだ　時々・・・　遠慮する。

もっとなんでも言って欲しいのに・・・とフランソワーズは思うけど　・・・　彼女も言えないのだ。

かるく溜息をついて　彼女は出発した。

 

　　　　　やれるだけ　やってみる・・・！　

　　　　　ええ　もう決めたんですもの。　

 

すう〜〜っと大きく深呼吸して　フランソワーズは家の前の坂を駆け下りていった。

 

 

 

 

　　　カシャ　・・・・

 

アイアン・レースの門を開け　道路に出た。

ふうう〜〜〜　・・・と大きな溜息をひとつ。　　よいしょ・・・と荷物を持ち直した時・・・

 

「　あの　・・・フラン？　」

「　！？！？　ええ？？　　　・・・　あ　ああ　・・・　ジョー　・・・　」

突然　後ろから声をかけられ　フランソワーズは飛び上がりそうになった。

ジョーが　・・・　だぶだぶのトレンチ・コートを身体に巻き付けて立っていた。

「　・・・　どうしたの・・・　あ！　下に着てるの・・・防護服？　」

「　ウン　・・・　ちょっと　・・・遠出してきたから・・・　

　あの　それで　きみ・・・　今日　その　・・・オーデイション　？　」

 

「　　結果からいいますね。　　落ちました。　　」　

 

「　あ　・・・　そ　そうなんだ・・・　あ　　　ざ　　残念だったね・・・

　あ！　そう！　これ！　　これ　好きだろって思って。　・・・　はい！　」

ジョーはコートのポケットから真っ赤な林檎を取り出すと　彼女に渡した。

「　・・・え？　　まあ　・・・　　こうぎょく、ね？　」

「　うん！　　あ　・・・　よく覚えてたね〜　あの・・・産地直送、だから美味しいよ？　」

「　え・・・　産地・・・って。　これ、買いに行ったの？？　・・・　その・・？　」

「　うん・・どうしてもきみに食べてほしくて。　がんばれ！って思って。

　加速装置、駆使したんだけど産地でもあまり見かけなくてさ・・・遅くなっちゃった・・・　」

「　・・・　まあ　・・・　ありがとう〜〜〜　♪　」

手の上には輝く紅い林檎。　　眼の前にはセピアの瞳が微笑む。

フランソワーズは　心のそこからぽかぽかしてきた。

 

「　・・・　あ？　フランソワーズさん　・・・？　お疲れ様〜〜　　」

「　あ。　みちよさん。　今日はいろいろ　教えてくださってありがとう！　」

「　うう〜ん、　これからよろしく♪　　あら・・・　お迎え？　　弟さん・・・かなあ〜　」

後ろから出てきた女性が　ジョーをちらちら見ている。

「　あ　あの。　わたし　・・・　そのぅ〜　姉じゃなくて・・・」

「　！！　あの！　ぼくの姉・・・じゃなくて。　　ぼくの大切なヒト　です！　」

ジョーが　一歩前に出て　・・・　慌ててまた引っ込んだ。

 

　　　　まあ　　ジョー　・・・

　　　　・・・ふふふ　そうよ。　　このヒトは　―　仲間だけど　仲間だけじゃない。

　　　　弟でも兄さんでもないの。

　　　

「　そうなの。　　彼はね　わたしの　大切なヒト　です。　」

「　わあ〜〜　いいなあ〜〜　　あ〜　ごめんごめん　・・・　おジャマムシだよね・・・

　それじゃ・・・　来週からよろしくね！　」

「　あ・・・　わたしこそ。　ありがとう〜〜〜　　」

「　うん、　ばいばい♪　」

「　バイバイ　〜〜〜　」

小柄で丸顔の彼女はにこにこして手を振って帰っていった。

「　・・・あ　　あの　・・・　ごめん　・・・・　その　勝手に・・・　」

「　ジョー？　」

ジョーは相変わらず耳まで赤くなり困った顔をしている。

 

　　　　　ふふふ・・・　いやぁだ・・・　

　　　　　すぐに真っ赤になっちゃうのね。

 

「　ジョー？　わたし　・・・　真っ赤なりんご、大好きよ！　」

「　え？？　あ　・・・　うん、ぼくも・・・好きだけど・・・　」

「　こうぎょく、でしょ、紅い玉・・・って書くのでしょ。　　　さ〜〜　これ食べて元気つけて・・

　また来週から頑張るわ。　オーディションには落ちたけど・・・レッスン生になれそうなの。

　ね　頑張れるわ、わたし。　・・・　ジョーと一緒にね。　」

 

　　　　―　　ちゅ♪

 

桜色の唇がジョーのほっぺに舞い降りてきた。

「　わ　・・・　うわ〜〜　・・・・！！！　」

 

　　　　林檎のほっぺになったオトコノコ　と　林檎を齧っているオンナノコ。

 

ジョーとフランソワーズは　手を繋いでゆっくりと歩き出す　―　　そう　・・・　一緒に！

 

 

 

*************************　　　　　Fin.     *************************

 

Last updated : 12,28,2010.                          index

 

 

****************　　　　ひと言　　　*****************

今年最後の　お話は　平ゼロな二人の　＜初めの一歩＞？

お互いに意識しあっていることを　お互いやっと知りました・・・って頃かな。

時系列では　『　りんごの唄　』　の続編です。

同じ林檎でも　別世界の大甘カプになる日は・・・　いやなれないかな？

微甘〜〜な二人もいいかなあ・・・と思いまして。