『 おともだち 』
****** お馴染み【 島村さんち 】設定です ******
「 じゃ ・・・ お先に ね・・・ 」
フランソワーズは小さな声で挨拶をすると そそくさと更衣室のドアを開けた。
「 でね〜〜 あ・・・ フランソワーズ〜 お疲れ〜 バイバイ・・・ 」
話し込んでいる仲間達の間から みちよが振り向いてひらひら手を振ってくれた。
「 あ・・・ うん。 またね・・・ ごめん・・・ 」
みちよの笑顔が嬉しくて フランソワーズもちょっぴり手を振り微笑んだ。
― カタン ・・・・
バレエ・スタジオの玄関から出ていったのは レッスン仲間たちの中では多分一番最初 ・・・
皆、自習したりちょこっとおしゃべりしたり・・・すこしばかりのんびりしている。
「 ふうう ・・・・ ああ 疲れたァ・・・ あつ〜いオ・レでも飲みたいなあ・・・ 」
昔・・・ 故郷に居たころ、こんな季節にはクラスの帰りにカフェの外の席に座って
コートにくるまったまま空を眺めていた。
どんよりした灰色の空だけど、冷たい空気が気持ちよかった。
あ〜あ ・・・ ぼ〜っとしてみたいなあ・・・
な〜んにも考えないで のんびり時間を潰すの
・・・ 1時間でもいいわ、 そんな時がほしい
ひゅるん、と北風が亜麻色の髪を揺らす。 汗ばんでいた身体がす〜っと冷える。
「 ・・・だめだめ。 早くウチに帰らなくちゃ。 あの子達が待っているもの・・・ 」
見上げる空は、濃い青で黒い枝ばかりになった木立がよく映える。
この国に冬空は故郷のとはまるで違った顔をしていた。
こんなに青い冬の空って ・・・ 本当に すてき・・・!
このきらきらした冬のお日さまと 遊んでいたい・・・
フランソワーズはほんのしばらく見とれていた。 でも すぐに ―
「 さ。 帰るのよ、フランソワーズ。 帰りにスーパーに寄らなくちゃ
・・・ 今晩 ・・・ 何にしようかなあ・・・ 」
重いバッグを持ち直し。 彼女はすたすたと大通りへと歩いていった。
― もう一度 踊りたい ・・・!
ずっと彼女は想い続けていた ― そう、どんなに過酷な運命の嵐に巻き込まれている時も。
・・・ そしてやっと普通の日々、を手に取り戻したとき、彼女は踊りの世界に再び足を踏み入れた。
都心ちかくのバレエ・カンパニーにレッスン生として通い始めたのだ。
それは ジョーと結婚してからも そして二人の子供を授かった後も続いている。
双子の子供たちはやっと幼稚園に通う年齢になっていた。
フランソワーズは自分自身のレッスンとそして教えのアシスタントに、と活動の輪を広げた。
家計を助ける意味もあった。 なにしろ <双子>、 全てが ×2 ・・・
兄弟姉妹と違って <おさがり> はなく、同時に同じものが二組必要なのだ。
「 わたしも出来ることをするわ。 少しでも余裕があった方がいいでしょ。 」
家事に育児に自分自身のレッスンに教え ・・・ 彼女は張り切って取り組んでいたが
それは ― ものすごく忙しい日々の連続でもあった。
「 ・・・ っと ・・・間に合った! この電車に乗れれば随分早く帰れるわ。 」
乗換え駅でJRに飛び乗り、 ほ・・・っと一息。 真昼間の下り線なのでガラガラだ。
「 よ〜いしょ・・・ ああ〜 シアワセ・・・♪ う〜ん ・・・ 」
隅っこの席にすわって彼女はこっそり伸びをする。 空席だらけなので大きな鞄も横に置く。
「 ふ〜・・・ あ、そうだわ、今日のアレグロ・・・振りを復習しておかなくちゃ・・・
う〜ん どうしてわたし、遅れちゃうのかなあ・・・ シャンジマン3回、カトル、サンク、
抜いて ピルエット・アンディオール ・・・ クッペで降りて 〜 ブリゼ・ボレ・・・ 」
彼女は手を使いぶつぶつ順番の復習をしていた。
「 ・・・ ここがわからないなあ・・・ 誰かに聞いておけばよかったわ・・・
そうねえ ・・・ みちよたちとお茶しながら復習できたら・・・
そう ・・・ 昔 ・・・ バレエ学校の帰りによく・・・カフェに寄ったわよね・・・
お金がない時には安いコーヒーを買って公園にいったり
ふふふ・・・カトリーヌとず〜っと話し込んで 風邪を引いたこともあったっけ。 」
なつかしいな ・・・ 自由気侭に笑っていたころ・・・
全ての時間が わがままなわたしのものだったころ・・・
・・・ 戻りたい ・・・ な ・・・ ちょっとだけでいいから
勿論、今はとても幸せ。 時間 ( とき ) と 場所を遥かに隔てた地で愛するヒトに巡り会い・・・
結婚して子供たちにも恵まれた。
「 ええ そうよ、今 ・・・ 幸せ。 わたし、欲しかったものを皆 持っているわ・・・ 」
でも。 ― 自由気侭な日々はやっぱり 羨ましいのだ。
「 〜〜でね・・・ あ、フランソワーズも行く? 」
「 ・・・あ ごめん。 わたし、帰らないと・・・ 」
「 あ〜 そっか。 チビちゃん達がいるものね。 」
「 え ええ・・・ ごめんなさい・・・ 」
「 や〜だ あやまることないでしょ。ねえねえ〜 バーゲン、行くよ? 誰か〜 いっしょ する? 」
カンパニーの友達はそれなりに彼女の事情を理解してくれている。
でも ・・・ やっぱり淋しい。
前もって約束していても ・・・
「 ごめん! 今朝ねえ、急にすばるが熱、出しちゃって・・・ 」
「 すぴかが椅子から転げ落ちたの。 へいき〜って言うけど、一応病院に連れてゆかないと・・・ 」
とっても楽しみにしていた時に限って ― 何かが起きた。
泣きたくなるけど 泣いてるヒマなんかない。
溜息を飲み込んで、だまって <お母さん> の役割に徹しなければならない。
あ〜あ ・・・・ あの子達は宝モノよ、勿論。
― でも ・・・ね ・・・
それに、稽古場で同じ年頃に見える仲間達には 子育ての悩み は通じない。
彼らはまだ 自分自身だけにかまけていていい年齢なのだ。
「 ・・・ 贅沢言っちゃいけないわよねえ。 ええ わかっているわ ちゃんと・・・
でも ね ・・・ ふぁ 〜 ・・・ 」
こっくり こっくり ― 電車の心地好い揺れに彼女はたちまち居眠りを始めた。
お母さん は忙しいのだから ・・・ この国で一番疲れているのは お母さん かもしれない。
よ・・・いしょ・・・ 両手のスーパーの袋を持ち直し。
フランソワーズは急な坂を登りきり、我が家の門を潜る。
やっと根付いた庭木たちの様子をちら・・・っと眺め 花壇の様子にも気をくばる。
温暖な気候のこの地域では 冬でも花壇はにぎやかだ。
今、彼女は庭の垣根にもなっている椿の花が気に入っている。
鮮やかな花弁、そして ぽたり、と落ちる散り際に心引かれる。
「 ただいま ・・・ 」
そう・・・っと玄関のドアを開けると ―
上り框には ちっちゃな運動靴が二足跳ね飛んでいて 側には幼稚園鞄が置きっぱなし。
フローリングの床にはくっきり・・・小さな足跡がそこここに散らばっている。
ああ ・・・ ともかく帰ってはいるのね・・・
母は溜息つきつつ靴を揃え、園鞄を二つ一緒に持ち上げた。
床の足跡は ― 自分の足でストッキングごときゅきゅ・・・っと拭っておいた。
トトトトト ・・・・・! タタタタタ ・・・・!
小さな足音が聞こえてきた。 ドアの向こうに駆け寄ってくる。
― カチャ ・・・
「 おかえりなさい〜〜 おか〜さ〜ん! 」
「 おか〜さ〜ん!! 」
リビングへのドアを開けるや、ちっちゃな手がフランソワーズのスカートにしがみつく。
「 はい ただいま。 二人ともいいこにしてた? 」
「 うん! あのね〜〜 すばるったらね〜 おべんとうさんねえ〜 おのこし 」
「 あ〜 僕 ちゃんとたべたもん! 」
「 へえ〜〜 いつ? 」
「 ・・・ い いま! 」
すばるは慌てて母が持っているかばんの中から小さな弁当箱を取り出した。
「 い いま たべるもん 僕! 」
「 あ〜〜 すばる! いいのよ、食べなくても。 明日は全部たべましょうね。 」
フランソワーズは慌てて息子の弁当箱を取り上げた。
じょ 冗談じゃないわよ〜〜
半日以上お弁当箱の中に居たモノなんか食べないで ・・・
ふう ・・・・ もう 子供って油断もスキもありゃしない
「 アタシ〜〜 ぜんぶたべたんだよ〜〜 」
「 そうなの? えらいなあ〜 すぴかさんはさすがにお姉さんねえ・・・ 」
「 えへへへ・・・ ねえ おかあさん、あしたも たこさんうぃんな〜 いれて! 」
「 はいはい。 そうだわ、今日はねすぴかの好きなぷち・とまとを買ってきたの。
明日のお弁当にいれるわね。 」
「 うわ〜〜〜い♪ あ〜 きゅうりも♪ きゅうりもいれて〜 ぱりぱりきゅうり♪ 」
「 いいわよ。 すぴかさんはすききらいがなくて 本当にいいこねえ。 」
「 ・・・僕。 きゅうり いらない。 ぷちとまと ・・・ すぴかにあげる ・・・ 」
「 あらら・・・ なんでも食べないと? すばる君。 大きくなれないわ。 」
「 や〜い すばるのちびっこぉ〜〜 」
「 ち ちびじゃないもん!! 」
「 ふう〜ん? アタシよかちびっこじゃん。 」
「 もうすぐおっきくなるもん、僕! 」
「 へえ〜 いつ? 」
「 ・・・ も もうすぐ! 」
「 もうすぐ っていつ? なんがつなんにち? 」
「 ・・・ う ・・・ 」
同じ日に生まれた姉は言葉も達者で3センチの身長差を言い立て弟をやりこめる。
父親似で口の重い弟は どうしても勝てない。
「 ・・・ う うっく ・・・うぇ 〜 ・・・ 」
たちまち雲行きが怪しくなってきた。
「 ほらほら・・・ ケンカしないの。 それよりもね、あなた達。
幼稚園のおカバンをお玄関に放り出しておいたらだめ。 それにね、お家に帰ったら
お弁当箱はすぐにキッチンに持ってゆくの。 いつも言ってるでしょう。 」
「「 は〜〜い! 」」
二人そろってお返事だけはいつもいい。
ふう ・・・ 本当にわかっているのかしらね・・・
「 おか〜さ〜ん オヤツ! アタシ、おなかぺこぺこ〜〜 」
「 僕も!僕も おやつ〜〜 」
たった今ケンカしていた姉弟は すぐに共同戦線を張ってくる。
「 はいはい ・・・ ちょっと待ってね。 ほらこのお買い物を片付けなくちゃ・・
あら。 ねえ おじいちゃまは? 」
「 おじいちゃまはね〜 おせんたくもの、とりにいった〜 」
「 おにわにいるよ、おじいちゃま 」
「 え。 なんですって?? ・・・ すぴかさん、これ・・・冷蔵庫に入れておいて。 」
フランスワーズは生鮮食料品の袋を娘に渡した。
「 はい! お母さん 」
「 ・・・僕 ・・・ 」
「 あ すばるはねえ ・・・ ( え〜と? ) これ! パンとたまごなの。
そうっとそうっと ・・・ キッチンのテーブルの上に置いて? 」
「 はい! おか〜さん!」
子供たちに買い物を渡し、フランソワーズは慌ててテラスから裏庭に出た。
ギルモア邸の裏庭はかなりの広さがある。
直接海風が当たらないので 大人の野菜畑やらフランソワーズのハーブ園、
そしてジェロニモの温室などが並んでいる。
その奥に洗濯物やら布団を干す場所が設えてあった。
フランソワーズは庭用のツッカケを履いて 畑の横を突っ切ってゆく。
「 ― 博士 〜〜 」
広い物干し場で 博士が洗濯物を取り込んでいた。
「 ・・・ うん? おお フランソワーズ ・・・ お帰り。 」
「 ただいま戻りました。 子供たちのお迎え、ありがとうございました。 」
「 いやいや ワシが出来るのはそのくらいじゃからなあ・・・
うん、チビさん達の元気を分けてもらったぞ。
園の他の子達もなあ、このヒゲが面白いのか・・・たくさん寄ってきよるよ。
好奇心にみちた子供の目は いいのう。 」
「 ・・・ また大騒ぎしたのじゃありません? 本当にもう・・・ 」
「 子供というものはな、ケンカして騒いで・・・ 育ってゆくものさ。 」
「 そうでしょうか ・・・ あ 洗濯モノ〜〜 わたしがやりますから。 」
「 よいよ、ワシもなあ こうして・・・ 陽や風に当たっていると アタマの切り替えが出来るのじゃよ。
発想の転換、とでもいうことかの。 」
「 まあ・・・そうなんですか? でも・・・ ここは風通しがいいだけあってとても寒いです。
どうぞ、あとはわたしがやりますから。 」
「 ありがとうよ。 それではここはお前に譲って・・・どれ ワシはチビさん達を見ていよう。 」
「 あ お願いします〜〜 またケンカしていないといいのですけど・・・」
「 あはは・・・ ほんとうににぎやかじゃからなあ。 しかしケンカも大切だぞ。 」
「 あら そうですか? 」
「 ああ。 ああやってケンカして勝ったり負けたりして、こう・・・なんとういうかなあ
人間関係の基本みたいなものを学んでゆくんじゃよ。 泣いたり怒ったりしつつ な。
フランソワーズ、お前だって同じだったのじゃないかね? 」
「 え ・・・ う〜ん ・・・・? そうでしたかしら・・・・
わたしは兄とはすこし年齢も離れていたので ・・・ 本気でケンカしたことなかったかも・・・
というより本気で相手にしてもらえなかった、というか・・・」
「 あははは・・・ そうか。 しかしな、それもまたひとつに経験なのさ。 」
「 はあ・・・ でもうちのチビ達は ― ほとんどすぴかが勝ってますからねえ 」
「 そうじゃな。 しかしな、あの姉貴は <外敵>に対しては絶対的に弟を護っているぞ。
しっかりモノ は母さんの遺伝のようじゃな。 」
「 まあ そんな。 ・・・・でもますますすばるが心配です。」
「 心配はいらんよ。 そのうちに弟は姉貴の第一のナイトになるさ。 」
「 ・・・ いつのことやら・・・ 」
「 あっという間さ。 さあ ではちょいとケンカの仲裁をしてくるか。 」
「 お願いします。 ― まあ 気持ちよくかわいたわね〜 」
フランソワーズはいっぱいに棚引いているシャツやらリネン類を 次々に取り込んでゆく。
うふふ・・・・ いい匂い ・・・ これ、お日さまの香りよね
今夜のお蒲団が楽しみね♪
この国に来て、天日に洗濯モノを干す快感を知った。
冬空の爽快さも、真冬の日溜りの暖かさも覚えた。
いい気持ち ・・・ あら ? これって ・・・・
そうよ ジョーの笑顔に似てるんだわ。
彼の笑顔って そうなのね、この陽射しと同じ
こんな大気の中で育ったから ・・・ 彼の微笑みは温かいのね!
このごろ、愛するヒトの新しい面なんかも発見できて、嬉しい。
そう ・・・ 楽しいことを沢山みつけたし、愛する家族もできたし ・・・ 素敵な人生だ。
― けど 時々はひとり、ぼ〜〜っとしてみたい、と思う。
「 ・・・ フランソワーズ、あんたって本当に贅沢モノねえ。 」
両手いっぱいに抱えた洗濯物に ちょっとだけ顔をうずめて、気を取り直した。
「 さあ! オヤツの用意して。 晩御飯 ・・・ ね! 」
ひゅるる −−−− ・・・・ ! 北風がお母さんの背を後押しし、吹きぬけてゆく。
「 ― ごちそうさま。 ああ 〜〜〜 美味かったァ〜〜 」
ジョーは箸を置き、ちょっと手をあわせた。
「 うふふ・・・・ よかったわあ〜 昼間からず〜っと煮込んでいたのよ。 」
ジョーの笑顔にフランソワーズも釣り込まれ一緒に微笑む。
深夜に近い食卓で ジョーはやっと遅い晩御飯を終えた。
安い食材でも時間と手間をかければ 美味しい御馳走になる。
フランソワーズは日々そんな気持ちで夫の食事に心を砕いていた。
「 あ〜あ ・・・ シアワセ ・・・・ う〜ん・・・これでチビたちともっと会えればなあ〜 」
ジョーはヒモが解けた顔で のんびりお茶をすすっている。
「 子供たちもね、 おとうさんは〜 いつ 会えるの? って・・・ 」
「 う〜〜〜 一日・・・ いや半日でもいい! チビ達と二人、いや三人きりで過したい〜〜 」
「 ・・・ わたしは 半日、 ううん、2時間でいいから ― 一人でぼ〜〜っとしていたい・・・ 」
へえ? と少し驚いた顔でジョーは細君の顔を見た。
「 え ・・・ だって。 起きている間はほとんどず〜〜〜っとべったり、なのよ? ほら・・・ 」
フランソワーズは自分自身のスカートを指した。
普段着の冬用のスカートが左右の裾近くが ぼよん、と膨れて伸びている。
「 あは・・・ 二人の指定席 か。 」
「 伸びてるだけじゃないのよ、汚れも酷いし。 いくら普段着でも・・・ね 」
はあ・・・・っと大きな溜息をつき、フランソワーズはお茶を飲む。
ふうん・・・・? なんか あったのかな。
ちょっと疲れているみたいだなあ・・・
ジョーは新聞を取り上げていたが、そのまま横に置いた。
「 ねえ フラン。 ちょっと休み、取ってみればどうだ。 」
「 え・・・ そんなの、できないわ。 教えは勝手に休めないもの。 」
「 いや・・・ そうじゃなくて。 その ・・・ チビ達の世話から <休み> 取れよ。 」
「 どういうこと? 」
「 うん、たまにはさ、のんびり ・・・友達とお茶とかしてくれば ?
ほら・・・バレエ団の友達なんかと さ 」
「 ! そ そんなヒマ、ないのよっ チビ達が待ってると思うと・・・ 」
「 ぼくが休暇を取る。 たまにはぼくが 主婦 する。
ぼくにはそれが休暇だからね。 家にいえてチビ達と過したいんだ。 」
「 そんなこと、だめ。 ジョーには大切なお仕事があるでしょ。 」
「 ぼくにはチビ達との時間の方が大切なんだけど・・・ 」
「 ・・・ ありがとう、ジョー。 でも ・・・ 大丈夫、わたし 頑張るから。 」
「 う〜〜ん ・・・ やっぱり気になるんだろ チビ達がさ。 」
「 ・・・ うん ・・・ごめんなさい、ジョーに任せられない、とかそういうことじゃなくて・・・
どうしようもない母親の心理、なの。 心配症すぎってこともわかっているわ。 」
「 そうか・・・ うん、そうだよねえ・・・ だけどそれじゃきみが擦り切れてしまうよ?
あの・・・ 怒らないで聞いてくれるかな 」
「 ? なあに。 わたし、そんなに怒りんぼじゃないわよ。 」
「 うん ・・・ あの。 このごろ さ。 そのう・・・ 」
「 なあに。 はっきり言ってちょうだい。 」
「 うん。 きみの眼の下・・・ クマができてる 」
「 ― え。 」
「 ぼくのことは放っておいていいから。 ゆっくり寝てくれ。 たのむから さ 」
「 ・・・ わかったわ。 あ でもその前に子供部屋を覗いてくるわね。
どうせ すぴかはお蒲団を蹴飛ばしているでしょ。 すばるは潜っているかもしれないし・・・ 」
フランソワーズは せかせかと立ち上がった。
「 ストップ。 子供部屋はぼくがみてくるから。 きみは寝なさい。 」
「 でも ・・・ ほらキッチンの後片付けも ・・・ 」
「 わかったよ。 それじゃ・・・一緒にぱぱっとやっちまおう。 それからチビ達だ。
それならいいだろ? きみは安心できるね。 」
ジョーは彼女の背をぽん・・・っと軽く叩いた。
「 ・・・・ ありがとう ジョー・・・ ご ごめんなさい ・・・ 」
「 ほらほら・・・ さっさと片付けようよ。 心配性なぼくの奥さん♪ 」
「 ・・・・・・・ 」
二人は 久々にシンクの前に並び、洗い物をはじめた。
結婚前には よくこうして二人で後片付けをしたり、時には食事の準備もしたものだ。
「 ・・・ ごめん 」
「 え? なあに。 別に水は飛んできてないわよ? 」
ぽつり、ともらした言葉に ジョーの細君は驚いた様子だ。
「 あ ・・・ そうじゃなくて。 あの ・・・ なにもかもきみに押し付けて さ。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ だってあなたにはお仕事があるじゃないの。
ウチのことや子供たちのことはわたしが引きうけて当然でしょう? 」
「 <当然 > じゃないよ。 きみも仕事してるだろ。
忙し過ぎるよ・・・ やっぱりすこしのんびりしなくちゃ。 友達とおしゃべりするとか? 」
「 でもそんな時間、無理よ。 もし出来たとしても ― 今度は子供達のことが心配で
たまらなくなるわ。 やっぱり・・・二人がもう少し大きくなるまでは 」
「 フラン ・・・ 」
「 ジョー。 ありがとう・・・ ジョーにわかってもらえれば それで十分だわ、わたし。 」
「 だめだよ、フラン。 <気持ち> だけじゃ解決しない。 」
「 でも ・・・ 」
夜更けのキッチンで二人は洗いかけのお皿を持って大真面目で向き合っている。
「 う〜ん ・・・・? なにかいい方法はないかなあ〜・・・
あ! じゃあ さ。 ここに来てもらえば? 」
「 ・・・・ 来てもらう? 」
「 うん。 きみの友達さ、それもチビ達関係の友達、いるだろう?
ほら・・・ すばるのしんゆう君とか。 すぴかの仲良しもいいじゃないか 」
ジョーが所謂 ママ達 という言葉や実体を知っているとは思えない。
細君のことを考え、彼なりに達した結論なのだろう。
「 すばるのしんゆうって わたなべ君のことよね。
そう ね・・・ わたなべ君のお母さんとかなら誘ってもいいかも ・・・ 」
「 だろ? チビ達がウチで遊んでいる間に きみ達はおしゃべりできるよ。
すぴかの友達のお母さんだって 」
「 ・・・う〜〜ん ・・・?? 」
フランソワーズは絶句してしまった。
すぴかの友達 ・・・ は なぜかオトコノコばっかりだ。
彼女は幼稚園で大勢のオトコノコの真ん中にいるヒロイン、いや彼らのリーダーなのだ。
すぴかの口から聞こえる <おともだち> の名前は ―
タイキ君 てっちゃん ヒロキ たくみ君 サトシん などなどなどどう考えても男名だ。
ヤバ ・・・ こんなこと、ジョーに言ったら大変よね・・・
「 そ そうねえ・・・ 明日、 すぴかに聞いてみるわ。
あ ・・・ でも ウチの他人を通しても ・・・ いいかしら。 」
「 大丈夫だと思う。 一応博士に了承を頂いておくよ。 」
「 そうね お願い・・・ 」
「 かまわんよ。 お前のママさん友達を招いたらいい。 」
「「 ?? 博士・・・? 」」
二人がびっくりして振り向くと、博士がキッチンの入り口に立っていた。
「 驚かせてすまんな。 ちょいと熱いお茶が欲しくてな。 」
「 あ はい! ジョー、お湯沸かして。 熱いほうがいいわ。 」
「 うん。 博士 ・・・ すぐに用意しますからね。 」
「 ありがとうよ。 それでさっきの件じゃが、勿論オッケーだ。
フランソワーズ、 チビさん達のママさんとお茶会でもしたらよいよ。 」
「 ありがとうございます、博士。 それじゃ・・・ まずわたなべ君のお母さんを誘ってみますわ。」
「 博士、 はい、お茶。 熱いですよ〜 気をつけて・・・ 」
「 おう すまんな、ジョー。 わたなべ君・・・というとすばるといつも一緒にいる坊主じゃな。
なかなかいいコンビのようじゃぞ、あの二人は。 案外生涯の友、になるかもしれん。 」
「 まあ お詳しいですわね 博士。 」
博士は子供たちのお迎え を担当しているので彼らの交友関係になかなか明るい。
「 あはは・・・ 子供の社会というものはなかなか面白いよ。
ま、 お前もすこしのんびりしたらどうかな。 」
「 あ ・・・ はい ・・・ ジョーもそういってくれました。 」
「 うむ うむ ・・・ ワシは そうじゃな、フランソワーズ、お前の親父、ということにしておこうか。 」
「 はい。 」
「 なに、ワシの顔は園では知られておるからの、大丈夫じゃよ。
あの坊主のお母さんも安心だろう。 」
「 それじゃ フラン、 何気に誘ってみたらいいよ。 」
「 ええ ありがとうございます、博士。 ジョー・・・!
楽しみだわ! シフォン・ケーキを焼いて・・・ そうそうお庭のいちごも♪ 」
頬を染め眼を輝かせ ― 生き生きとした表情になったフランソワーズに 博士もジョーもほっとしていた。
よかった・・・! ずっと顔色が冴えないなあ・・・って思ってたんだ
・・・けど、ちょっと心配だな・・・ その日、半休とかとれるといいんだが・・・
ほい、眉間の縦ジワが消えたのう・・・
うむ ・・・ 本来ならまだまだ遊んでいる年頃じゃからなァ
「 おっと・・・お茶がさめてしまうな ・・・ じゃ お休み 」
「 おやすみなさい、 博士。 」
かんかん冷える夜中のキッチンで フランソワーズは温かい気持ちでいっぱいだった。
その月が変らないうちに < ママ達 とのお茶会 > は実現した。
「 ― お邪魔します ・・・ 」
「 こんにちは〜〜〜 」
「 さあさあ どうぞどうぞ、お上がりになってくださいな。 」
相変わらずのかんかん晴天のお昼時、わたなべ君とそのお母さんがやって来た。
幼稚園が早く さようなら になる日にあわせた。 ・・・フランソワーズはレッスンをパスした。
「 遠いところまで ありがとうございます。 」
「 いえいえ・・・こちらこそ、お招きくださってありがとうございます。 」
「 あら・・・うふふ・・・ 教えて頂きたかったのですもの。 あの袋物の縫い方! 」
「 うふふ・・・じゃ おしゃべりしながら 」
「 はい、ケーキ、焼きましたから 」
「 あらあ〜〜 それは楽しみです〜〜 」
お母さん二人はころころと笑いあい 日当たりのよいリビングに寛いだ。
― 一方 チビ達は・・・
すぴかは弟とその親友を率いてお庭に出た。
「 ふ〜〜ん ・・・ だいち君〜〜 きのぼり、できる? 」
「 え・・・ き きのぼり ・・・ やったこと ない。 」
「 へ〜〜!?? しんじらんな〜い! じゃ てつぼう しよ!
アタシ〜〜 あしかけまえまわり、8かいできるんだ♪ だいち君は? 」
「 ・・ ぼ 僕ぅ〜〜 てつぼう・・・ すきじゃない んだ 」
「 へ〜〜〜!? しんじらんな〜〜い! すばるみたい〜〜 」
「 ぼ 僕ぅ〜〜 ・・・ 」
「 すぴか〜〜 だいち君は 僕のしんゆうだもん! いじめるなよぉ〜 」
「 ふ〜ん? だいち君はァ うちのおきゃさまじゃん。
アタシだってもいっしょにあそぶもん! 」
「 だいち君、 なかせたら 僕 お母さんにいうも〜〜ん ! 」
「 あ〜〜〜 いいつけっこぉ〜〜 すばるのいいつけっこぉ〜〜 」
「 ち ちがうもん! 」
「 ちがわな〜〜い! お母さんにいうっていったじゃん! 」
「 う〜〜 う ・・・僕ぅ〜〜 」
「 す すぴかちゃん ぼ 僕・・・きのぼり・・・する! 」
「 ほんと?! じゃ〜 うらにわにいこ! あそこにねえ おっきな木があるんだ♪ 」
「 う うん ・・・ す すばるも ・・・いこ? 」
「 ・・・ う うん ・・・ だ だいちくん・・・ 」
すぴかは弟とその親友を引き連れて悠々と 裏庭に向かった。
「 まあ ・・・・ ここに立つと海が見えるんですね、すてき・・・ 」
わたなべ君のお母さんは リビングからの風景に感心している。
「 ええ ・・・ なにせ田舎ですからね〜 」
「 きれい・・・ あら・・・? 子供たちは・・・ 」
「 ・・・ ああ 裏庭に行ったようです。 大丈夫、庭から外へは出られませんから。 」
「 ふふふ ・・・まあまあ仲良くしているみたいね。 」
「 すぴかが・・・いじめてないといいんですけど・・・ ほんとうにもうお転婆で・・・ 」
「 いいのよ、子供同士ですもの。 泣いたり笑ったりして大きくなります。 」
「 そうですよね・・・ さあ お茶、どうぞ? わたしのケーキも味わってください。 」
「 まあ 嬉しい♪ 」
お母さん同士は にこにこ・・・お茶タイムを始めていた。
「 そっちじゃない〜〜〜 こっち ! 」
「 う うん ・・・ うわあ〜〜 お おちる〜〜 」
「 ばっかじゃない? おちないよ! ほらァ〜〜 こっち、つかむ〜 」
「 う うん ・・・ 」
裏庭の大きな樫の木の中で すぴかとだいち君が大枝に取り付いて仲良く?遊んでいる。
すぴかはさっさと天辺目指して登っているのだが ・・・ だいち君は中ほどで立ち往生だ。
すばるは ・・・ 木の下でうろうろしていた・・・
「 すぴか〜〜〜 だいちく〜〜ん あぶないよ〜〜 もうおりてきて〜〜 」
「 すばる〜〜〜あんたこそ、のぼっておいで! 」
「 や・・・やだ! そこ・・・けむし、いるもん! 」
「 へ〜〜ん だ。 ふゆにけむしなんかいないよ〜〜 だ!」
「 す すぴかちゃん ・・・ け けんか しちゃだめ 」
「 けんかじゃないもん! ね〜〜 すばる ?! 」
「 ・・・ すぴかァ〜〜 おやつ だよぉ〜〜 」
「 ふうん・・・? そんじゃ おりよう、だいちくん。 」
「 え・・・ど どうやって・・? 」
「 あのね〜〜 そこのぉ ふっといえだまでおりるの。 」
「 う うん ・・・ よ ・・・いしょ・・・ 」
「 ほらァ〜〜 そこ、つかまる! いい? そんでねえ〜 」
「 ・・・ う うん ・・? 」
「 つぎはねェ いっせ〜の〜せ ! で とぶぅ〜〜〜 うわ〜〜い♪ 」
「 ?? う うわあ〜〜〜 す すぴかちゃん?! 」
太い枝にしがみ付いているだいち君の目の前から すぴかが消えた。
― すぴかは大木の枝から ぽ〜〜ん・・・と飛び降りたのだ!!!
「 お〜〜い だいちく〜ん? とびおりてぇ〜〜 」
下の草地に見事に着地し、すぴかは上に向かってに・・・っと笑った。
「 ひぇ 〜〜〜〜ん ・・・ すぴかちゃ〜〜〜ん ・・・ 」
「 へいきだよ〜〜 ぽん、ってとんで〜〜 」
「 す すぴか ・・・ 僕、 お母さん よんでくる〜〜 」
「 なによ〜〜 よわむしっ! とべ、とぶんだ〜〜 だいち! 」
「 ・・・ひえ 〜〜〜〜〜〜 おか〜〜さ〜〜〜ん ・・・ 」
「 そうそう・・・ そこを縫い縮めて 」
「 あ ・・・ なるほど 〜〜 あらこれでできますねえ・・・ 」
「 ね? ちょっとコツがのみこめれば簡単でしょ? フランソワーズさん、お上手よ。
・・・ うわあ・・・ このシフォン・ケーキ、すごく美味しいわあ〜 」
リビングのお茶会は 縫い物を広げて雑誌を開き大盛況だ。
わたなべ君のお母さんは手先が器用な人で、小物類はもちろん子供服も上手に縫ってしまう。
フランソワーズは熱心に教わっている。
「 さすがですねえ ・・・ そっか、これでわたしも完成できそうです。 」
「 フランソワーズさん、器用だから・・・ ねえ、 このケーキ! レシピを教えてくださいな。 」
「 まあ ・・・ レシピなんて そんな。
昔 ・・・ 母が作ってくれたもので ・・・分量はうろ覚えなんです。 」
「 ああこれってフランスの味、なのね。 美味しい・・・ すごく懐かしくて暖かい味です。 」
「 嬉しい! そんな風に言って頂けて・・・
すぴかは 甘いのいやだ〜 だし すばるはもっと甘くして! なんですよ。 」
「 あら ・・・ それじゃ甘いのが好きな人には クリームやジャムを添えたらいかが?
このいちご・・・すごく美味しい♪ これをクリームの上に乗せてもいいし・・・ 」
「 まあ そうですね〜〜 わあ さすが・・・ 」
「 私、食いしん坊ですから・・・ 今度ウチでも作ってみますね。
きっと主人が この味に合うコーヒーをブレンドしますわ。 」
「 わあ 楽しみ〜〜 是非いただかせてください。 ・・・あら? 」
「 どうかしました? 」
「 ・・・ ええ。 裏庭で ・・・ 子供たちが騒いでいるんですけど・・・ ちょっとヘン? 」
「 え? ・・・ ウチの子が転んで泣いてるんじゃないかしら・・・ 」
二人はすぐに リビングを出ていった。
裏庭に出ると すばるが半ベソで飛んできた。
「 お おか〜さん!! おりれない〜〜 」
「 え? なあに。 」
「 だ だいち君・・・木のうえ ・・・ 」
「 ― なんですって?? 」
「 うっく・・・ お おか〜さ〜〜ん ・・・ こわいィ〜〜〜 」
樫の大枝でだいち君は立ち往生、こちらも半ベソである。
「 だいちく〜〜ん! とぶの! ぽん・・・ってとぶ〜〜〜 」
下ではすぴかががんがん怒鳴っているのだが・・・
ぼ 僕 ・・・ こんなトコからとんだコト ・・・ ないんだもん〜〜
だいち君はがちがちになり、枝にしがみついて大泣きになりそう ・・・と、その時。
― ほら。 ささえているから。 一緒に飛ぶんだ。
ゆったり優しい声が だいち君の耳元で聞こえた。
「 ・・・ え?? だ ・・・だれ?? 」
― ちゃんと支えているよ。 大丈夫だ、できる。
男だろ!
だいち君は背中から抱えてくれる頼もしい腕を感じた。
「 う ・・・ うん ・・・ 僕 ・・・ とぶ! 」
― よし。 それじゃ・・・ゆくぞ!! あとは勇気だけだ!
「 はい・・・! せ〜〜の・・・! 」
ぽ〜〜〜ん ・・・・ だいち君は枝を蹴り、へっぴり腰だったけど宙に舞い・・・
<だれかさん>の援護でかっこよく しゅた・・・!っと着地した。
「 だいちく〜〜〜ん!!!! かっこいいい〜〜〜〜〜!! 」
「 ・・・す すぴかちゃん ・・・・ へ へへへ・・・ 」
「 だいち君 すごい・・・ 」
「 すばる君 ・・・えへへへへ・・・ なんか とんじゃった、僕 ・・・ 」
「 だいち!!! 大丈夫? 」
「 お母さ〜〜ん♪ えっへん。 僕、跳んじゃった〜〜 」
フランソワーズは少し樫の木からはなれて見ていた。
・・・微かになにかが燃えたみたいな、焦げ臭いにおいがした・・・
「 ・・・ ジョー ? ありがと・・・ 服、もえちゃったのね・・・
加速装置、上手に使ったわねえ〜 」
≪ ・・ フラン〜〜〜 ぼく、寝室に隠れているから・・・ ≫
≪ 了解♪ ありがとう〜〜 お父さん♪ でも いつ帰ってきたの? ≫
≪ 午後休もらって・・・ あの坂道でさ、すぴかたちの声が聞こえた・・・ ≫
≪ ありがとう〜〜 最高のお父さんね♪ キス♪ ≫
≪ ・・・あとで 頼む〜〜 ♪ ≫
≪ はいはい ・・・ ≫
夫婦の会話 を終えて、フランソワーズは皆に声をかけた。
「 まあまあ ・・・ だいち君、すごいわ〜〜〜 さあさ オヤツにしましょう! 」
だいち君は美味しいお菓子食べて、にこにこ顔でお母さんと帰って行った。
なんだかいつもより ぐん・・・と背伸びしているみたいだ。
「 ま〜たね〜〜〜 !! ばいば〜〜〜い! 」
「 ばいば〜い すぴかちゃ〜〜ん 」
「 あしたな〜〜 すばるく〜〜ん ! 」
「 ばいば〜〜〜い だいちくん〜〜 」
お母さん同士は 会釈してやっぱりにこにこ顔で大きく手を振っていた。
「 さ。 晩御飯 作るわね。 」
「 あ 僕〜〜〜 おてつだい、する〜〜 」
「 アタシ ・・・も ・・・ 」
「 ありがとう、二人とも。 お父さんの好きな美味しい肉じゃが、つくりましょうね。 」
「「 うわ〜〜〜い♪ 大好き〜〜 」」
双子がぴったり母の両脇にくっつく。 子供達の体温がほわん・・・と伝わってくる。
しあわせ ・・・って。 この温かさ ね・・・
ありがとう! ジョー ・・・ 博士 ・・・
・・・ ありがとう、 わたしのお家
フランソワーズは我が家に向かって極上の笑みを送った。
― ただいま ・・・・
カチン、とドアのロックを解除して我が家の玄関に入る。
「 ただいま。 ・・・だれもいないの? 」
どさり、と荷物を置いてフランソワーズは奥に続く廊下へと視線を飛ばした。
「 すぴか すばる? ・・・ ああ まだ帰って来ていないのかしら ね・・・ 」
確かに家の中からは物音ひとつ、聞こえてこない。
リビングにある鳩時計が時を刻む音が やけに大きく聞こえる。
「 ふうん・・・ ついこの間まではウチで大騒ぎだったのに ・・・ 」
フランソワーズは吐息半分 愚痴半分でのろのろと家にあがった。
「 よい・・・しょ・・・っと。 はいはい、それじゃ腹ペコさん達の御飯を作りますか 」
スーパーの大袋二つに肩からはずっしり重い大きなバッグ ・・・ そして反対側にハンドバッグ。
「 ・・・おっと ・・・ 」
さすがの003も 思わず脚がよろけてしまった。
「 ・・・ はあ ・・・ やっぱりわたしもトシなのかしらね?
そうよねえ・・・チビたちが一人で遊びにいっちゃうようになったのですもの・・・ 」
嬉しいような 淋しいような ほっとしたみたいな ― ちょっぴり複雑な気分だ。
「 − おかえり〜 すぴか ( または すばる ) 」
「 ・・・ ただいま ・・・ 」
やっと学校から帰ってきても チビ達、 いや・・・中学生になった双子たちは
< 腹減った! > しか言わず、晩御飯が終れば自室に篭ってしまう。
「 ・・・ なんなのよ〜〜 ・・・ 」
誰もいないリビング ― ソファの上にすぴかのスニーカーが放り出してあることも
テーブルの下にすばるの靴下が丸まっていることも ・・・ ない。
きちんと片付いて ゴミひとつない。
ふう ・・・ 今朝 お掃除したまんま よね・・・
つなんない、かも。
ウチ中がひっちゃかめっちゃかで わたしのスカートがぼわぼわだったころ
なんだか 懐かしい な・・・
「 ・・・ フランソワーズ? あんたってば ほっんとうに欲張りさんねえ・・・ 」
がらん、としたリビングに立ち、 この家の主婦はぼそ・・・っと呟いていた。
********************** Fin. ************************
Last
updated : 12,13,2011.
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*********** ひと言 ***********
この事件?をきっかけに だいち君 はすぴかちゃんの
<気になるあのコ> になったの・・・かも???
相変わらず全然 009 していませんねえ・・・