『  わが心にも・雨上がり ・・・ ! 

 

 

 

 

 

******  はじめに  ******

これは 【島村さんち】 が 

まだ 【 島村さんち 】  になる ずっと前のお話です。

 

 

 

 

 

§  ジョー

 

 

   ・・・ また 雨 か ・・・・

 

ジョーはカーテンを開けて思わず溜息がもれてしまった。

雨音こそ聞こえないが 外は霧雨が煙っている。  どおりでべたべたするわけだ。

「 ・・・ もう6月だもんな ・・・ 仕方ないか ・・・ 」

もう一つ、盛大に溜息をつきジョーは窓開き そして 閉じ、一応空気の入れ替えをし。

 う〜〜〜ん ・・・と伸びをしてた。 ボキ ・・・と関節が鳴った、のはどうやら気のせいらしいが。

「 ・・・ あ〜あ・・・ これじゃ どっか行くのもなあ・・・ かったるい・・・ 

やれやれ・・・とまたベッドに戻り ― もう一回寝ようかなあ・・・などと思っていると ―

 

   ―  ドンドンドン ・・・!!!

 

敵襲・・・ではないことだけは確かだが。 非常呼び出し、みたいなノックが響いた。

そして 直後に ―

「 ジョー?!  起きて! もうとっくに朝御飯はできているのよっ  」

  ― 歯切れのよい声が響いてくる。

 

   ・・・ あちゃ ・・・・

 

慌ててベッドを飛び出すと、ドアに向かって返事をする。

「 今 ・・・ 行くよ!  今!!! 」

「 そう? あ、あとお洗濯するから。 パジャマと枕カバー 持ってきてね。 」

「 ・・・ 了解〜〜 」

「 あ! シーツ ! シーツもよ、わすれないで。 」

「 ・・・ へ〜い ・・・ 」

「 じゃ よろしく!   ― 早く ね! 」

  トントントン ・・・・ 軽やかな足音が遠ざかってゆく。

 

   ・・・・  はあ 〜〜〜〜 ・・・・

 

ジョーは またまたベッドに戻ると ぱたん、と後ろに引っくり返る。

 

   ・・・ うっせ〜な・・・  こそっと口の内でつぶやいてみるけれど実は何となく楽しい。

そんなコトが言える相手がいるってことがジョーには滅茶苦茶に嬉しい。

「 ・・・ かあさん とか ねえさん って。  あんなモンなのかなあ・・・ 」

ぐしゃぐしゃぐしゃ。  髪をかき回し、えいや!と起き上がり。  

彼はやっと ・・・ のろくさとパジャマを脱ぎ着替えはじめた。

 

 

島村ジョーは 崖っぷちの洋館に住んでいる。

ひとつ屋根の下に住む <家族> は 老博士と赤ん坊と。 亜麻色の髪のパリジェンヌ。

もちろん 赤の他人同士、いろいろ・・・滅茶苦茶な到底信じ難い理由によりこうなったのだ。

同じく信じがたい事実なのだが 彼はサイボーグなんぞに改造されてしまったりしている。

そして 今は ― そう、とりあえず穏やかな日々を送っている、というわけなのだ。

 

 

「 ・・・おはよう ・・・ 」

「 お早う  ジョー。  洗濯ものは? ああ そこに置いてね。 」

「 お早う ジョー。 なんじゃ そのアタマは・・・ 

リビングに降りてくれば <家族> たちは とっくに一日の活動を開始していた。

「 えへ・・・ 寝癖がどうも・・・ 」

「 いつまでも寝ておるからじゃぞ。 フランソワーズは洗濯も済ませたのに・・・・ 」

「 あら 博士、 お洗濯なんて洗濯機が全部やってくれますもの。

 あ ジョー? あとで干すのを手伝ってくれる? 

 あなたが朝御飯を食べている間に のこりのシーツやらも洗ってしまうから。 」

「 う うん ・・・ いいよ。 」

「 そうそう、しっかり手伝ってやれよ?  ああ フランソワーズ、それじゃワシは

 出かけてくるから。  」

「 はい 行ってらっしゃい。   コズミ先生に宜しくお伝えください。 」

「 おお、 それじゃ・・・戸締り、をしっかり な。 」

「 はい。 」

「 おっと そうそう・・・ この前のコズミ君からの話。  あれ な・・・ 今日じゃったろ? 」

「 はい、そうです、ありがとうございます。  そのことですけど・・・ 」

フランソワーズは博士を見送りに ぱたぱたと玄関について行ってしまった。

 

    ふうん ・・・ 仲がいいんだな〜 ・・・

 

ジョーはちょっとばかり不貞腐れた気分で ダイニングのテーブルに前に座った。

目の前には 目玉焼きとサラダ。  トーストはすっかり冷めていた。

「 ・・・ ふん。  」

コーヒーは・・・と 彼はキッチンに入っていった。

インスタント・コーヒーのビンを探し出し シンクのお湯の蛇口からそのまま注いだ。

ちょっと・・・温めっぽいけど いいや ・・・

ジョーはなみなみ注いだマグ・カップを持ち ダイニングに戻る。

 

「 え〜と? ・・・あら、ジョー。 コーヒー、挽きたての、淹れるのに・・・ 」

フランソワーズが またぱたぱたと戻ってきた。

頬がすこしピンク色になり 目がきらきら・・・輝いてみえる。

 

    ・・・ なんだァ?  なんだか嬉しそうだな・・・

 

「 え。  これでいいよ、べつに。 」

「 あら・・・ インスタント?  あの ・・・ 淹れ直すわよ? 」

「 いいってば。  ぼく、こっちの方しか飲みなれてないから・・・ 」

「 そう?  ・・・ それじゃ・・・。  あ  ジョーは今日、出掛ける予定はある? 」

「 え? あ ・・・ さあ・・・ 」

「 あの。 特に予定がないのならお留守番 頼んでもいいかしら。 」

「 いいよ べつに。 」

「 そう? それなら・・・・ ちょっと予定があって。 ヨコハマの方まで出たいの。 

 ええ お昼には戻れると思うから・・・ 」

「 うん ゆっくりして来れば。  昼なんて適当に済ますからさ、 心配しなくていいよ。 」

「 ごめんなさいね・・・ 」

「 どうしてきみが謝るのさ? 皆さ、好きなことするべきだろ。 」

「 そ そうね・・・ あ、ジョーも出かけるのなら どうぞ? 鍵だけはちゃんと掛けていってね。 」

「 了解〜〜  時間、急ぐんじゃないの?  」

「 え ええ ・・・  」

「 なら さっさと行く!  あとは大丈夫、任せてよ。 」

 それじゃ・・・と フランソワーズはまだなんとなく申し訳なさそうな顔をして出かけて行った。

 

    ふうん ・・・?  なんだ、なんかでっかいバッグ持って?

    ま ・・・ いっか ・・・・

 

ふぁ〜〜〜・・・・と遠慮なしに大欠伸をし。 とりあえず皿の上のモノを平らげ ( うま〜♪ )

やれやれ・・・と、自分の朝食の後片付けだけはして。

お皿を洗ってしまえば もうやることはなかった。

別にそんなに欲しくはなかったけど、冷蔵庫からコーラのペットを一本取り出すと、

リビングのソファに引っくり返った。 習慣的にTVのスイッチを入れる。

「 ・・・・ なんだァ ・・・ な〜〜にも面白いモンやってね〜〜 」

TVのリモコンをがちゃがちゃやっていたが、すぐにテーブルに上に放り投げた。

「 ふん ・・・・ 」

 

    あ。  洗濯もの! 最後のヤツ、干していったっけか??

 

ジョーは反動をつけて起き上がるとぱたぱたランドリー・ルームに飛んでいった。

  ― 結局 洗濯モノを干し、ついでにバス・ルームの掃除までして。

ジョーの午前中は終ってしまった。  

 

「 ・・・ はふ〜〜〜 ・・・・ あれ もう正午 ( ひる ) か・・ 」

ぱふん ・・・  再びリビングのソファに 座ったとき、時計の針は真上を向いていた。

「 なんか・・・ 家事やって終っちゃったなあ・・・

 ま、起きた時間が時間だから しょうがないか。 」

ソファに置きっぱなしにしていたコーラのペットを ぐい、と飲んでジョーは盛大に顔をしかめた。

「 うぇ〜〜〜 ぬ ぬるい〜〜〜 ★ 」

パサ ―。 新聞が床に落ちた。

 

    これからどうしよっかなあ・・・ 

    街まで ぷらぷら出ようかな ・・・ あ バイクもチャリもないんだっけ

 

    地元じゃ なあ・・・ あんな田舎の商店街ぶらついてもしょうもないし。

    ・・・ それに ぼくのこと、知っているヒトに会わない、とはいえないしな・・・

 

のんびりした吐息は 次第に重苦しいものに変わる。

ジョーは、 いや島村ジョー、という少年は ― 恩人殺しの被疑者 だった。

濡れ衣を着せられ、連行される最中に彼は崖から身を躍らせた ・・・

 

「 ソンナ事、モウ誰モ オボエテイナイヨ。 安心シタマエ。 」

「 え ・・・だって。 あんな火事もあったし ・・・ 」

この邸に住み始めたころ、 <家族> の赤ん坊が自信たっぷりに言った。

日常品の買出しに 地元のスーパーへ行くためにもジョーはキャップを目深にかぶり、マスクをしていた。

「 ・・・ 皆に迷惑かけたくないし。  」

「 じょー? ソレジャマルデ銀行強盗ダヨ? 普通デイインダヨ。 」

「 でも ・・・ イワンには当然判っているんだろう? 

 その・・・ ぼくがこんな恰好をするワケが さ・・・ 」

ジョーの口調がちょっとばかり嫌味っぽくても仕方ないだろう・・・ なにせ、初対面に近い頃、

皆の前で生い立ちを すっぱ抜かれたのだから。

「 僕、言ッタヨ?  誰モ覚エテイナイ  ッテ。 」

「 ・・・ え。 そ それじゃ まさか ・・・? 」

「 アア。 神父殺人事件ノ犯人ハ 逃亡シタ黒服ノ男達。 タダシ行方不明。 

 ツイデニ 島村じょー モ火災ニマキコマレ行方不明。   コレナライイダロウ? 」

「 ま ・・・まさか ・・・ イワン、き 君が・・・? 」

「 ダカラ大手ヲ振ッテ、安心シテ暮ラシ給エ。 学校ヘ行クナリ、働クナリ、君ノ自由ダ。 」 

超能力ベビーは事も無げに言い切った。

「 皆ノ パスポート モ大丈夫ダヨ。 誰モ不審ニハ思ワナイカラ。 」

「  ・・・ イワン。 ハッキングしたのか。 」

「 人聞キノイ悪イコト、言ウナヨ。 チョット訂正シタダケサ。 

 ふふん ・・・と 自信たっぷりに赤ん坊はちっちゃなハナをヒクヒクさせている。

「 訂正・・・ か・・・ 」

ジョーはかなりフクザツな溜息をはき ― やっぱりキャップを深く被りなおした。

 

イワンの < 訂正 > のおかげでメンバーたちは安心してそれぞれの故郷にもどった。

彼らは嬉々として祖国に戻り < 生きたかった> 人生、を生きるべく奮闘している。

そして。 ジョーは生まれ育った国でひっそり生きてゆくことになった。

   ・・・新しい <家族> と一緒に。

 

 

「 ・・・ あ〜あ・・・・ それにしても  ヒマだなあ〜〜  」

悩んでいても仕方ない、と割り切ってはいるが。  

今日まで 彼はなんとなく家の中で悶々と過していたのだ。

 

「 ・・・ フラン、 どうしたのかな。  彼女っていつでも元気だよなあ・・・ 」

ぼ〜〜〜っと。 誰もいないリビングのソファで ジョーは声に出してみる。

「 ・・・ あんだけ美人なんだもん、モテるよなあ。 どこでだって人気ものだよね。 きっと。 」

あの時、 クリスマスイブの巴里で 彼女はなぜかふっ切れた顔をしていたっけ・・・

夜空にはじける花火を見上げている彼女は ぞくぞくするほど美しかった。

彼女はひっそりと微笑んでさえ、いた。  その淋しい微笑みがジョーの心を打った。

彼はそんな彼女の横顔をほれぼれと見つめていた ・・・ のだが。

 

    可愛い ・・・! すごく すごく すご〜〜く可愛い!

 

抱き締めてキスして ― 彼とて年頃のオトコノコ、そんな衝撃に身を任せてしまえたら・・・

二人の仲はぐ・・・っと縮まったのだろうけれど。

ジョーはあの時。 少し距離を置いて彼女の隣に ぼ・・・・っと突っ立っていただけ、だったのだ。

気の利いたセリフのひとつも言えればまだしも、 ジョーが口にした言葉はたったひとつ。

 

    めりーくりすます ・・・

 

イヴの夜なのだ、当たり前すぎてナミダも出てこない。

遠く夜空を染める冬の花火、花の都・巴里 ・・・ 朽ちかけた教会で亜麻色の髪の乙女、の側で

彼がいった言葉はこともあろうに  めりーくりすます  だったのだ。

  ― あの時。  ほんのひと言  好きだよ と言えていれば ・・・ !

二人の関係はもうちょっと変わっていたであろうに。

 

「 ・・・ 思い出したくない・・・! 」

  

ジョーは今でもあの夜の出来事については口を閉ざしている。

お蔭で周囲は結構は妄想をしているらしいが、彼としてみれば己の間抜けさ加減に頭痛がしてくる。

さらに、 失敗を上手に手玉にとり、

「 ― だから もう一度花火を見ようか・・・二人っきりで さ 」

とか発展させてゆくことも できない自分が歯がゆい ― 歯痒すぎる・・!

 

  かくて 島村ジョーは自己嫌悪の海にどっぷり漬かり、いまだに浮上できていない・・・らしい。

「 ・・・ あ〜あ ・・・ もう最低だよなあ・・・! 」

何かしなくちゃ。  働きたいんだ、バイトしたい。 

  ―  できれば 勉強もしたい・・・!

これは彼としてはかなり真剣な問題なのだ。

ついこの前までずっと続いていた必死の闘いの最中、ジョーは <そのこと>を痛感していた。

 

    このままじゃ・・・ダメだ!  ぼくは ダメだ!

 

そう、そして希望はいろいろと持っているのだけれど。 

でも もし。  あの事件との関わりを世間の人々に知られたら。

< 家族 > に、そして皆に迷惑をかけたくない  そんな気持ちで

ジョーは自分自身を縛り上げ 悶々としていた。 

 

     ・・・・ こんなヤツ ・・・ キライだよね フラン ・・・

     こんな 鬱陶しい、雨降りの空 みたいなヤツ ・・・

 

     ちまたに雨の降る如く・・・なんて詩があったよなあ

     

霧雨けぶる空をみつめ 海に落ちる雨を眺め ― わが心の梅雨空に溜息ついているジョー なのだ。

 

 

 

§  フランソワーズ  ( ジョー  も少し )

 

 

    Ri !  ぱた。

 

アラームが初めの1〜2音を発したところで 白い手がぱたり、と止めた。

「  ― 今日 なんだわ・・・! 」

きゅ・・・っともう一度、目を瞑ってから  ― フランソワーズはがば・・・っと跳ね起きた。

窓辺まで駆け寄り さっとカーテンを払い 窓を開ける。

朝の海風が 亜麻色の髪をさらら・・・と揺らす。

「 ・・・ ああ ああ 本当に本当 なの? 夢じゃないわよね?  」

うん! と伸びをして。  アタマの上の手を優雅に第三ポール・ド・ブラで降ろして。

  ― ぱん、と両手で頬を張った。

 

「 そうよ、また ・・・ 踊れるの。 ねえ 聞いて? わたし、 踊れるのよ・・・! 」

 

空に海に報告してから 彼女はてきぱきと活動を開始した。

フランソワーズ・アルヌールは 今日からまた踊りの世界に足を踏み入れる。

 

 

「 お嬢さんや。 ちょいとギルモア君から聞いたのじゃがな。 」

「 はい? なんでしょうか、コズミ博士。 」

ギルモア博士のお供でコズミ邸を訊ねたときのこと。

研究室の隅で控えていた彼女に コズミ博士が声をかけた。

フランソワーズは なにか? とメモとペンを取り上げたが博士は笑って手で制した。

「 いやいや・・・ お嬢さん、アナタ自身のことですがな。 」

「 ・・・わたし ですか。 」

「 そうです。  ・・・また 踊ってみる気はありませんかな。 」

「 ・・・ はい ? 」

意外な人物からの意外な提案にフランソワーズはまさに目が点になる状態だった。

「 なに、ワシの知り合いからの情報での。   ・・・・・ 」

   そして フランソワーズは都心近くにある中規模なバレエ・カンパニーが主催する

オーディションに挑戦することになったのだ。

「 なんでも 東京とヨコハマで開催して次回の公演の出演者を何名か募集、だそうですぞ。 」

「 まあ ・・・  」

「 で どうじゃな、ヨコマハでのオーディションに応募してみませんかな? 

 ああ 勿論 気が向かれたら、ですがな。 」

「 ・・・あの! 挑戦してみたいです! 」

「 そりゃいい、 それじゃ詳細を送らせましょう。 」

「 はい、お願いします・・・! 」

その日から フランソワーズは廊下の隅で地下のロフトの空きスペースでレッスンを始めた。

文字通り寝食を忘れて。

 

「 あ あの・・・フランソワーズ?  あの・・・ 食事なんだけど・・・ 」

ジョーはロフトの戸口で何回も躊躇ってからおずおずと声をかけた。

「 ・・・ あの・・・? 」

薄暗い灯り、埃っぽいロフトの隅で彼女は踊っていた。

博士に言い付かり、ジョーが据えた大きな姿見をじっとみつめたまま 彼女は踊っていた。 

もちろん それが何の踊りなのか 何の曲なのかジョーに判るわけがない。

それでも彼女の必死な雰囲気は痛いほど伝わってくるので 声を懸けられず ・・・

「 ・・・ ここに置くから さ。 後で食べてくれよな。 

 ァ・・・あの。 レトルトものでごめんね ・・・ 」」

コトン。  ・・・ トレイを置くとジョーは足音を忍ばせて戻っていった。

 

    ・・・ なんか ・・・ すごいな、

    あんな真剣な彼女って  初めてみるかも・・・

    フランソワーズって・・・ すごいよ

 

    ・・・ なんか 羨ましいな。 目標に向かってるってさ 

    ぼく、ふらふらしてて・・・ 恥ずかしいや

 

ジョーは階段をのぼりつつ、きゅ・・・っと拳を固めた。

「 ジョー。 お前、 オトコだろ?  いい加減 ぐ〜たらするのは やめるんだな!」

彼女の汗まみれの顔が その真剣な眼差しが、 今のジョーにはたまらなく眩しい。

 

    おい ジョー。  いつまで過去に囚われているんだ?

    イワンが保証したじゃないか。

    

    お前も 顔をあげて ― 出発しろよ・・・!

 

「 うん? フランソワーズはまだレッスンかい。 」

リビングに戻ると、博士が本から顔を上げた。

「 ええ。 なんだかすご〜〜く集中していて・・・邪魔できなくて。

 夕食、置いてきました。 」

「 ふむ、そうか。  ま 彼女も真剣なんじゃ、協力してやっておくれ。 」

「 はい、勿論 ・・・ そのオーディションっていつなんですか。 」

「 3日後じゃ。  ある公演のキャストをな、一部公募するのじゃよ。

 コズミ君の話じゃと この国ではそういったことは少ないらしいな。 」

「 へえ ・・・・ ぼくはその方面にはまったく疎くて・・・ 」

「 ワシも似たりよったりじゃが。 詳しくはウチの千両役者に教えてもらったよ。 」

「 ? ・・・ああ グレート!  」

「 そう、彼によると、そのオーデイションに合格し、舞台に立てば次のステップへの足がかりになる、

 ということじゃ。 」

「 そうなんですか。 彼女 ・・・ 受かるといいですね! 」

 

    ―  踊りたい  ずっと踊っていたいの ・・・ !

 

ジョーはあのイブの夜に聞いた彼女の悲痛な声を今でも忘れることができない。

その後、彼女はあの夜のことをまったく話題にしてはいない、 でも。

「 ずっと ずっと ・・・ 踊りたかったんだよな。 うん ・・・ 」

「 そうじゃなあ ・・・ 」

博士が ぽつん、と言った。

「 あ いけね。 博士、 食事にしましょう! すいません、遅くなって。 」

「 おう ・・・ワシもすっかり忘れておったよ。 

 ジョー、お前の料理もなかなか ・・・ 上手いじゃないか。 」

「 あは。 お褒めの言葉なら 〇〇食品にどうぞ。 ぜ〜んぶ チン! ですから。 」

「 それをわざわざ言うな。 せっかく褒めてやったのに。 」

「 え えへへへへ ・・・・ 」

そんな無駄口を交わしつつ テーブルにつくのもジョーには楽しいことだった。

「 ・・・博士。 あの。  ぼくからもお願いがあるんですけど。 」

食事があらかた終ったとき、ジョーは姿勢を正して博士に言った。

「 うん? なにかな、改まって・・・ 」

「 はい。 あの・・・ぼく、勉強がしたいんです。 」

「 ほう? それはいいな・・・どこか大学でも目指すか? 」

「 ・・・ いや その ・・・ 勉強ってぼく・・・いや、ぼく達自身のことなんですけど。 」

「 お前達自身?  ― サイボーグ工学を学びたいのか。 」

「 はい。 ぼくは ・・・ なんにも知らないんです。 」

「 ・・・ それは 」

「 博士。 博士はぼく達はロボットじゃない、と仰いましたよね。 」

「 そうじゃ。 お前たちは機械じゃない、ロボットでもアンドロイドでもないぞ。 」

「 でも − ぼくは。 ぼく自身のこと、なんにも判らず・・・

 ぼくのメカの部分の指示通り、言いなりに動いて ― た 闘ってた ・・・

 そんなの・・・ それじゃ 機械そのもの、ですよね。 」

「 ・・・ ジョー ・・・ それはお前が最後に改造されて 」

「 はい、ですから。  ぼくはぼく自身のことをしっかり認識しなくちゃ ・・・ダメですよね。

 このメカの身体をぼく自身がしっかりコントロールしなければ ―  サイボーグじゃなくてロボットです。 」

「 ・・・ ジョー。 本当にそう思うのかい。 」

「 はい。 」

ジョーはかっきりと頷いた。

「 それでは ・・・ まずロボット工学の基礎から学ぶか? 」

「 はい! 」

博士はすこしばかり悲しそうな顔をしたが がしっとジョーの肩を叩いてくれた。

「 頑張りなさい。  応援するぞ。 」

「 ・・・ はい! 

じ〜ん・・・となにか暖かいものが湧き上がってきた。

 

     ・・・ 目標が できた!  よし ・・・!

 

「 あ ・・・ もう一回、フランソワーズのこと、見てきます。 」

「 おお そうしてくれるかい。 あまり無理せんように言っておくれ。 」

「 ・・・ 聞いてくれる かなあ・・・ 」

「 そうじゃな。  ・・・ ま 徹夜せんように言っておけ。 」

「 一応・・・伝えておきます。 」

 

 

   そして。  

 

ガチガチ緊張しているだろうに、彼女はきちんと朝の仕事をしてから出かけて ― その日の午後。

お茶とケーキを前にして ― 

「 ・・・ あの。 あのね ・・・ ダメでした。 見事に落ちちゃいました。 」

フランソワーズは 頬を真っ赤にして報告した。

「 そうか そうか。 それは残念じゃったなあ。 また次のチャンスを な? 」

「 そうだよ! あんなにレッスンしてたじゃないか。 」

「 ありがとう、ジョー。  でも ・・・ やっぱり付け焼刃はダメね。 」

「 ・・・ そんなこと・・・ 」

「 ううん いいの。 でも ね。 そのかわり♪ 」

オーディションには落ちたけれど、そのバレエ・カンパニーに誘われたのだ、と

フランソワーズはますます顔を上気させて報告した。

「 ほう〜〜 それはよかったなあ! 」

「 え じゃあ もしかしてずっと舞台に出れるの? 」

「 あ ううん ・・・ レッスン生ですもの、本公演にはまだまだ、よ。

 でも ・・・! またレッスンできるなんて・・・!  嬉しくて  」

ほろほろ ― 大粒のナミダが上気したほほを転げおちる。

「 あ あの。  それで・・・ これからレッスンに通ってもいいですか、博士。 」

「 なにを言っておるのじゃ? お前が自分の手で掴んだチャンスじゃ、頑張りなさい。 」

「 はい・・・!  あ ・・・ ジョー、ごめんなさい、いろいろ迷惑かけるかもしれないわ。 」

「 な〜に言ってるんだよォ  ― 夢が叶った ね。 よかったね。 」

「 ・・・・ ん ・・・・ 」

頷いて。 微笑つつもフランソワーズはぽろぽろ涙を零し続けた。

 

    あ  あれれ ・・・

    フランって。 こんな風に笑うヒトだったんだ?

 

    へえ ・・・・ なんか 可愛いなあ・・・

 

そんな彼女をジョーは心底ぼ〜〜っとみとれていた。 

 

 

 

  ― 彼女がレッスンに通い始める ・ その朝。

「 ワシも一緒に行くぞ。 」

博士はばっちり身支度を整え 宣言した。

「 ・・・え? 」

「 ええ?? 」

朝のリビングでジョーと そして当のフランソワーズもびっくり、顔を見合わせた。

「 え ・・・ あの博士。 わたし、今日からは普通のレッスンに参加するだけですから・・・ 」

「 そうじゃな。 それでそのカンパニーに入るわけじゃろう?

 それならばきちんと主宰者の方に挨拶をせねばならん。

 これは 保護者 としての当然の仕事、義務じゃと思うが。 」

「 ・・・ あ  保護者同伴 ってことかあ。 」

ジョーがちょっとばかり間の抜けた声でいった。

「 ま、 そんなことか? この国ではきちんとしておかねばいかん、と思ってな。 」

博士はきゅっとネクタイを調える。

「 そんな 博士 ・・・ ご迷惑 ・・・ 」

「 迷惑とはちがうぞ。 さ お前も早く仕度しなさい。 バスに遅れるぞ。 」

「 は はい・・・ 」

「 あ それじゃぼくが駅まで車、出しますよ。 なんなら都心まで送って 」

ジョーはもう車のキーを取りに 部屋へ戻りかけた。

「 いや、ジョー。 ありがとうな、 しかしな、保護者としては通学路も確認しておきたい。

 フランソワーズがこれから毎朝通う道を一緒に行かねば な。 」

「 は はあ・・・ そうですねえ・・・ 」

「 うむ。 それじゃ ジョー。 しっかり留守を頼むぞ。 洗濯と掃除、 な。 」

「 は はい・・・!  あ  行ってらっしゃい・・・ 」

「 うむ 」

「 ・・・ 行ってきます、 ジョー。 」

ジョーは 門の前で坂道を下ってゆく二人を見送った。

父娘に 見えないこともない。 

 

     ・・・ あは ・・・ な なんか。 ちょっと ・・・

     羨ましい ・・・ かな ・・・

 

いってらっしゃ〜い・・・!  ジョーは坂道の下に大きく手を振った。

波の音が少し大きくなってきた。  そろそろ梅雨も明けが近いのかもしれない。

 

 

 

 

「 ― それじゃ ワシはこれで帰るからな。 

「 は い ・・・ 」 

「 おやおや・・・なんて顔しとるのかな。 うん? 」

「 ・・・ え ・・・ええ ・・・ 」

博士は ぽん・・・とフランソワーズのアタマに手を当てた。

都心に程近いバレエ・カンパニー、 入り口のエントランスホールで二人はぼそぼそ話していた。

 

一緒にバスに乗り最寄の駅から電車で都心に向かい、さらにメトロに乗換えて。

博士とフランソワーズは 無事?目的地に到着した。

「 ふう・・・ こりゃかなりな道程じゃな。  フランソワーズ、大丈夫か。 」

「 はい ・・・ た 多分 ・・・ 」

「 ほい、こっちが受付じゃな。  どれ ・・・ 恐れ入りますが? 」

博士はスタスタと事務所らしき部屋に近づき ノックした。

 

そして ― フランソワーズは更衣室を教えてもらい、大急ぎで着替えた。

「 ・・・博士 ! 」

「 おお 着替えたかい。  安心しなさい、ここの先生方によっくお願いしておいたよ。

 お前はしっかりレッスンしておいで。 」

「 え ・・・ ええ  あの? 」

「 ああ ワシはお前の親代わり、ということにしておいたからな。 

 帰り道は大丈夫だな?  」

「 は はい ・・・  」

「 うむ。 それではワシはこれで帰るから。  しっかり頑張りなさい。 」

「 はい。 あの  ・・・ ありがとうございました 」

「 なに言っとるか。  父親が娘のことを心配するのは当たり前だろう? 

 あはは・・・こりゃすこしばかり過保護親父と思われたかもしれんが・・・ 」

「 まあ ・・・ 」

 

「 あら。 もうすぐクラス、始めますよ。  

 ムッシュウ、 それではお嬢さんは確かにお預かりしますからご安心なさって。 」

「 あ ・・・ 先生 ・・・ 」

後ろから張りのある声が響き 初老の女性が大股でやってきた。

このバレエ・カンパニーの主宰者で、プロフェッショナル・クラスを教えている。

彼女は流暢なフランス語で二人に話しかけた。

「 どうぞ宜しく ・・・ 」

博士は軽く頭をさげると ちょい、とフランソワーズの頬に手を当て エントランスから出ていった。

「 ほら スタジオはあっちよ? いいお父様ね。 」

「 は はい! 」

フランソワーズは ぱたぱたと駆けていった。

 

    頑張るわ・・・!  こんなに幸せで いいのかしら 

 

こうして彼女の < 新しい日々 > が始まった。

 

 

 

「 ・・・ ただいまァ ・・・・  あ  いい匂い・・・ 」

ばたん。 玄関のドアを閉めると同時にフランソワーズはバッグを床に落とした。

「 ・・・ あ ・・・ つ かれた・・・ 」

のろのろと靴を脱ぎ ―  ああ この習慣はいいことだわ、と今更ながらに思った。

 

    つ ・・・ゥ・・・ 足 ・・・いったァ〜〜い・・・

 

「 あ! お帰り!! 御飯、出来てるよ 」

ジョーが駆け出してきた  ― 手に菜箸を持っている。

「 あ ・・・ ジョー・・・ あの お箸 」

「 え? あは いっけね〜  あのさ、張大人がきてくれたんだ、そんでもって

 勿論差し入れ付き、でさ。  もうすぐ出来るよ、 ほらきみもはやく〜 」

「 え ・・・ああ このいい匂いって もしかして。 」

「 そ。 今日はぼくの チン・・・!料理じゃないよ〜 

 さ 早く手を洗っておいでよ、 ああ このバッグ、ぼくが持って行っておくから。 」

「 そう・・・? それじゃ ・・・ わたしの部屋に放りこんでおいてくれる? 」

「 おっけ〜〜  ? 重いねえ。  」

「 ん 〜〜〜 」

フランソワーズは生返事をし、ふらふらしつつバスルームに向かった。

 

    あ ・・・ ああ 疲れた ・・

 

ざばざば顔を洗ったら 髪が濡れてしまった。

帰り道で汗ばんだ肌に飛んだ水滴が気持ちいい ・・・  浴びちゃえ・・!

彼女は手早く服を脱ぐと シャワーの下に立った。

 

    ・・・ ああ  ・・・ いい き も ち ・・・ 

 

このままいつまで〜〜もシャワーを浴びていたい・・と思った。

手を洗ってウガイをするだけ、と思ったのだけれど。 

レッスンのあと、スタジオでちゃんとシャワーを浴びたけれど。

気がつけばフランソワーズは ぼ〜〜っとノズルの下でお湯を受けていた。

 

 

毎朝 都心近くのバレエ・カンパニーへレッスンに通うようになり、ほぼ一月が過ぎた。

 ― フランソワーズは無我夢中だった。

通う道程が遠いのは覚悟の上、早起きも朝のラッシュもしっかり慣れた。

大抵の日本語は理解できるし、スタジオでもお喋りできる友達もできた。

踊れるのなら何だって、どんなことだって平気!  ・・・ そう思っていた。 

いや 今だってそう思っている。 辛いことなんかなんにも ない・・・と。

 

   ― けど。  

 

「 ・・・ うう ・・・ ああ 足 ・・・ やっぱり剥けてるゥ・・・ 

 ふうん ・・・ サイボーグの皮膚も損傷するなんて ポアントって凄いわねえ・・・ 」

( 注 : ポアント ・・・ トウ・シューズのこと )

フランソワーズは思わずバスルームで自分の足を見つめてしまう。

「 ・・・ ダメだわあ・・・ どうして 出来ないのよ 〜〜〜 」

シャワーの音に隠れて遠慮なく泣き言をいう。

 そう、フランソワーズは肝心の踊りで、 というよりレッスンで苦戦していたのだ。

 

「 フランソワーズ。  仏蘭西語で 貴女の母国語で言いましょうか。 

レッスンの初日、 バーレッスンが終わりセンター・ワークを始める前に 指導者のマダムが訊いた。

「 い いえ・・・ 日本語で わかります。 」

「 そう。 それならばきちんと顔をあげて! はっきり前を見る! 」

「 は はい ・・・ 」

「 ここへいらっしゃい。 」

指定されたのは最前列の中央。 

「 は はい。 」

たった今まで流した熱い汗がすすす・・・っと冷たいモノに変わる。

彼女は ギクシャクと前にでた。   

 

 ・・・・ 初日は集中攻撃だった。

判っている、と思っていたステップも 少しは得意だ、と思っていたパも 全て注意され

焦れば焦るほど、音を外し、取りこぼしが増える。

アップ・テンポの振りには 完全についてゆけなかった。

最後のグラン・フェッテは半分の16回でリタイヤした。

   ― そんなのは彼女一人だけ、だった。

「 ・・・・・・   ・・・・ !! 」

レヴェランス ( お辞儀 ) の後、フランソワーズは顔を上げることができなかった。

  ボト ボト ボト ・・・  水滴が 汗と涙が 床に散らばる。

「 はい お疲れサマ 〜〜 」

他のダンサーたちが ほっとした顔でお喋りしている中で

フランソワーズはタオルに顔を埋めるのが 精一杯だった。

 

    ・・・ だめ だわ!  こんなんじゃ わたし・・・!

 

カンパニーの同僚たちは そんな彼女を黙って見守っていた。

  ― 翌日から 新人のフランソワーズ・アルヌール嬢 は最後までスタジオに残り、

空いて場所がある限り自習を始めた。

「 フランソワーズ〜〜 あれ まだ着替えてないのォ〜 」

「 あ ・・・ みちよサン。  ええ あのちょっと・・・今日のアレグロ 全然できなかったから  ・・・  」

「 え〜〜 あんなの、完璧に出来るヒトなんて少ないよ? 」

「 ええ でも ・・・ もうちょっと自習してゆくわ。 」

「 ふ〜ん じゃ 先に帰るのね、今度お茶しよ? 」

「 メルシ みちよサン 」

「 ・・・サン はいらないってばさ。 」

「 みちよ! 」

「 そ〜です♪  じゃね〜〜 また明日♪ 」

「 はい、 また明日。 」

ひらひら手を振って 小柄な乙女が先に帰っていった。

 

    ありがとう みちよサン!

    一緒に帰りたいけど。  でも ・・・ 

    わたし、 やらなくちゃならないこと、山ほどあるの!

 

 

 そんな日々の繰り返し、彼女は毎日ぼろぼろになって崖っぷちの家に帰ってきた。

 

   とん とん ・・・?

「 ・・・ あの・・・? フランソワーズ?  まだ・・・シャワー、浴びてる? 」

遠慮がちなノック、そしてさらにもっと遠慮がちな声が聞こえてきた。

「 ・・・ あ ・・・ わ わたし ・・・ 」

気がつけば、ず〜〜っとシャワーの中に立ち尽くしていた・・・!

「 やだ・・・ ! 

「 あの・・・フランソワーズ?  も もしかして具合、わるい?  あの・・・ 」

「 ・・・ ジョー! ご ごめんなさい!  今、 いま すぐに出ます! 」

「 あ ・・・ よかった〜〜  心配しちゃったよ。 」

「 ・・・ ごめんなさい ・・・ 」

「 あの ゆっくりでいいからね〜〜 皆で美味しい晩御飯、食べようよ。 」

「 ごめんなさい・・・!! 」

フランソワーズは夢中で シャワーから出てタオルに包まった。

 

「 アイヤ〜〜 フランソワーズはん、お疲れさん。  」

「 大人〜〜 ごめんなさい! 折角のお料理が・・・ 」

濡れた髪のまま リビングに飛び込むと、<家族> は笑って迎えてくれた。

「 な〜んの、按排ええ時間でっせ。  ほな、熱々を運びまひょな。 」

張大人はいつもに変わらぬ笑顔でキッチンに入ってゆく。

「 あ・・・ わたし、手伝います。 」

「 きみは、座って? ぼくがやるから。 ほら、熱々でヤケドしたら大変だから ね。」

ジョーは彼女の肩を押して椅子に座らせた。

「 でも ・・・ 」

「 いやいや フランソワーズ。 ジョーに任せておけ。 なかなか上手いぞ? 」

「 あ ・・・ はい ・・・ 」

「 大人にいろいろ習ったんだ♪  キュウリの千切りとかばっちりさ、期待してて。 」

ジョーは笑ってばち・・・!とヘタクソなウィンクを残し、キッチンに消えた。

「 ・・・・・・・・・・ 」

フランソワーズはぼんやり彼の後ろ姿を眺めていた。

「 大分 苦戦しているようじゃな? 」

「 え・・?? 」

「 毎晩 下のロフトで練習しているじゃないか。  うん? 」

「  え ええ ・・・ クラス・レッスンに 全然ついてゆけなくて。

 叱られてばっかり ・・・ 」

「 ほうほう・・・ あのマダムはなかなかきっちりした御仁のようじゃからの。 」

「 はい ・・・ もう厳しくて。 」

「 素晴しいことじゃよ、フランソワーズ。  本心で怒ってくれるヒトがいる、ということはな。 」

「 え ・・・ だって それは。 わたしがあんまり下手だから・・・ 」

「 本気で怒るのは本気でお前のことを考えてくれているから、じゃろう?

 人間、 どうでもよい相手には真剣に怒ったりはせんよ。 」

そうだろう? と博士はゆったりと笑う。

「 ・・・あ ・・・ そ そうですよ ねえ・・・ 」

「 頑張ってしっかり着いてゆけるようになりなさい。 」

「 ・・・ そう したい、ですけど。  わたし ・・ どうしたら ・・・ 」

テーブルに俯いて フランソワーズはぽとぽと涙を落とす。

「 ワシは踊りには門外漢じゃがな。   ― 顔をあげてごらん? 」

「 ・・・?? 」

フランソワーズは思わず顔をあげて博士を見つめた。

「 ははは ・・・ そういうことじゃ。  おお? なにやらいい匂いがするぞ? 」

「 あ ・・・? 」

「 お待たせ〜〜  さあ どんどん運ぶからね! 」

ジョーが両手に大きなトレイを持ってキッチンの扉を蹴飛ばして現れた。

「 ジョーはん! 行儀悪うおまっせ!  はい〜〜フカヒレやでェ〜〜 」

後ろから大人が熱々の銅鍋を捧げてやってきた。

「 わ わあ〜〜 美味しそう!  あ ジョー、受け取るわ。 」

フランソワーズは急いで涙を払うと、立ち上がった。

「 これは熱いからぼくがやるよ。  フラン、冷菜を持ってきてくれる? 」

「 はい、了解。 」

「 フランソワーズはん? ほんならついでにお小皿、持ってきてや。 」

「 は〜〜い。 」

「 博士〜〜 御酒はどないしはります? 」

「 そうさな・・・よしよしとっておきの老酒を出そうかの。 」

「 アイヤ〜〜 おおきに♪ 」

「 ・・・ わたしも飲んでみようかしら。 」

「 あ。 ぼくも・・・ いいかな? 」

「 よしよし・・・ただし、ウチの中だけ、だぞ、いいな? 」

「 あっは♪ ほいでもって御酒との付き合い、覚えなはれや。 」

「「 は〜〜い 」」

賑やかな声が崖っぷちの邸に響いていた。  今夜もまだ 雨・・・

 

 

 

§ ジョー と フランソワーズ

 

 

カチャ カチャ ・・・ ザザザ ・・・

シンクの前でジョーとフランソワーズは食器を洗っている。

楽しい晩餐の後片付けは ワカモノ達の仕事、というわけだ。

   ジャ −−−−−− ・・・・

「 あの さ。 笑ってもいいんだけど。 」

ジョーが洗い物の手を休めずに 言う。

「 ?  なあに。 」

  ― カチャ カチャ   ザ ・・・・・

水道の音で よく聞こえない。

「 なあに。 ジョー。 」

「 うん ・・・ あの さ。 ぼく、勉強しなおそうと思うんだ。 」

「 勉強? 」

「 うん。  少しづつでも博士に基礎から教わって。 うん、どこか専門学校、行ったほうがいいかな。 」

「 え ・・・ あの、サイボーグ工学 ・・・? 」

「 うん。 ロボットにならないために さ。 」

「 えええ??? 」

フランソワーズは洗いかけのお皿を持ったまま、目がまん丸だ。

「 それでね。 きみにもいろいろ・・・教えてください。 」

ジョーも拭き掛けのお皿を持ったまま、ぺこり、とアタマを下げた。

 

   きみを見てて 思ったんだ。  一生懸命な きみが眩しくて・・・

 

「 わ わたしなんか ・・・ダメよ。  全然ダメなのよ! 」

フランソワーズは俯いてしまった。

「 え? ・・・なにか あったのかい。  」

「 出来ないことばっかり ・・・ レッスンにもついて行けない。

 皆 見るのよ、ジロジロ ・・・ 

 やっぱりわたしって ヘンなのよね。  ・・・ む 昔のヒト だから・・・ 」

ぱた ぱた ぱた ・・・ 大粒の涙が足元に落ちる。

「 あの ・・・ジロジロ見る、って レッスンでかい。 」

「 ・・・ ううん ・・・ 道とか駅とか。  街中で・・・ 」

俯いたきり、亜麻色の髪が震えている。

「 ・・・ 皆がジロジロみるんだもの。  やっぱり・・・ヘンなのよ・・・ 」

「 え!? ・・・ やだなあ・・・ こんなにキレイな女の子、皆ふりかえるよ? 」

「  ・・・ え ・・・? 」

「 当ったり前じゃん? きみとすれ違って振り返らないオトコなんて いるかい?! 」

「 ・・・ え ・・・ でも ・・・・ 」

「 いやだなあ、フランソワーズったら。 

 きみがあんまりキレイで素敵だから 皆、見るんだよ?

 でもなあ、 うん、今度からはぼくが隣でガンつけてやる! 」

「 ・・・ ジョー ったら ・・・ 」

 

   顔をあげなさい。  はっきり前を見る!

 

博士にもレッスンでも指摘されたっけ・・・・

フランソワーズは 髪をかきあげ涙だらけの顔を ・・・ あげた。

  ― 目の前に 。 

ジョーの ちょっと照れた眼差しがみえた。

 

   あ ・・・?  このヒト ・・・ こんな暖かい眼差し、してた・・・?

 

「 でも。  わたしは 違う時代のヒトだもの。 

 ジョーとは全然・・・ 何十年もムカシのヒトなのよ それは本当のことだわ ・・・

「 違う時代、じゃないよ。 」

「 違うわよ! 」

「 ― でも  今 ここで生きてるだろ? 一緒に さ。 」

「 ・・・ あ ・・・ 」

「 それでいいじゃないか。  あ〜〜 ねえ、ごらんよ、星がすごい。 」

「 え? 」

二人はキッチンの窓から 裏山の上に広がる空を見上げた。

「 雨、上がったんだな。  う〜〜ん ・・・よく見えるね。 」

「 ・・・ 本当にきれい ・・・  」

洗いかけの、 拭き掛けの お皿を握ったまま。 

ジョーとフランソワーズは ぼ〜〜〜っと星空を見上げる。

「 ・・・ 同じ、 だろ。 きみが見ていた星と さ。 」

「 うん  同じ。 」

「 この空気だって 同じだろ。 」

「 うん ・・・ 」

「 ・・・だから さ。  その・・・ きみが 好き なんだ。 」

「 え ・・・ そんなの、ヘンじゃない? 」

「 ヘンじゃないさ。  ぼくはきみが 好き 」

「 ・・・ あ  わ わたしも  よ ジョー ・・・ 」

 

 二人は黙って星を見上げたまま ― こそ・・・っと肩を寄せあった。

明日は 晴れる、きっと  晴れる! 晴れるわね。

 

  それは 【 島村さんち 】 のいっとう初めの出来事・・・

 

 

 

******************************      Fin.    ******************************

 

Last updated : 06,14,2011.                              index

 

 

 

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【 島村さんち 】 以前・・・というか 【 島村さんち 】 未満??

いちおう 平ゼロ設定で、 や〜〜〜っと二人が意識し始めた頃・・・かも。

フランちゃんの苦戦ぶりにつきましては 拙作 『 A  demain ! 』 などなど

ごらんくださいませ <(_ _)>