『 Rencontre ( めぐりあい ) − 亜麻色の髪の乙女 − 』
*** 拙作 『 めぐりあひ 』 の逆?ヴァ−ジョン ***
ドビュッシ−というより島〇ひとみの方のイメ−ジになってしまいました。
その日 僕がそのカフェに入ったのはほんとうに偶然だったんだ。
編集者と次の企画の打ち合わせにちょっとばかり早すぎた僕は 時間つぶしに裏通りで見つけた
そのカフェの扉をおした。
平日の午後、昼どきは過ぎティ−タイムにはまだ、という半端な時間、
案の定 店の中は人影よりも観葉植物の鉢のほうが多くその場所を占めていた。
ヒトよりたくさんの揺れる緑が ふんわりと醸し出すちょっと不思議な空間、
自分の胸のうちにもある、似たような空白を僕自身持て余してる気分で。
僕は 書きかけのラフ・原稿をテ−ブルにひろげ でもなんとなくボンヤリとそんな空気を眺めていた。
「 ごめんなさい! 遅くなっちゃったわね? 」
一瞬、聞き間違いかと思った。
はずむ足音といっしょに 聴き慣れた懐かしい声が扉を開けて入ってきた。
− まさか・・・ フランソワ−ズ ・・・・・!
僕の指から ペンがすべり落ちる。
全身を耳にしながら、 でも僕は転がるペンを追う事も視線を動かすことすらできなかった。
・・・こんな偶然って。 本当なんだろうか。
白昼夢ってヤツかな。
ちょっとでも動いたら たちまち目覚めてしまうんじゃないかな、僕は・・・。
僕らは大分まえから別々に暮らしていた。
喧嘩をしたとか、感情のすれ違いがあったわけでもない。
お互いに大切に思い合っている気持ちに変わりはなかった、と僕は思っているのだけれど。
あのころ。
僕は車関係のフリ−・ライタ−の仕事で方々出かけることが増えてきていたし、彼女もダンサ−として
所謂<油の乗った>時期で忙しい日々を送りはじめていた。
仕事優先の時があってもいいのかもしれない、そんな思いから僕らは独立することにしたんだ。
かなり 淡々と別れた僕達はそのうち連絡もなんとなく間遠になっていた。
冷却期間というのでもないけれど。 離れている時期も必要なのだ、と自分自身に言い訳をして、
雑誌や ステ−ジでのお互いの活躍を遠く目にしているだけの日々だった。
「 なかなかリハ−サルが終わらなくて・・・。 ええ、今度は全幕モノだから<通し>は時間がかかるの。 」
「 うふふ・・・そうなのよ、ちょっと頑張ってるでしょう? それで、ね。 次の・・・ 」
いままでそこに人が居るなんて気付かなかったが 大きく葉を広げるグリ−ンの向こうに
フランソワ−ズは僕の知らない男性とテ−ブルを挟んでいる。
踊り関係の友人かな・・・。
こ ・ い ・ び ・ と ・・・・?
・・・・まさか、 でも ・・・・
でも。 僕には、いまの僕には どうこう言う資格なんてないんだ。
それは ようくわかっている、勿論・・・・・。
普段の日々で 彼女がけっして<能力>をつかわぬことなんてわかりきっていたけれど、
僕は なんとなく身を縮め緑の葉陰からできるだけそっと二人の方へねじ向いた。
みどりの間から 楽しそうな声とともにきらきらと彼女の髪の輝きがこぼれてくる。
ああ・・・髪を切ったんだね・・・・
いつだったかな、僕らが知り合ってから初めて髪を切った時、
「 ね? ヘンでしょう、・・? 切らなければよかったかしら・・? 」
きみは 露わになった白い項にちょっと寒そうに 手を当てて しきりに気にしていたっけ。
切りそろえた亜麻色の髪の裾から のぞく桜色の耳たぶが とっても可愛くて 色っぽくて。
その年。 きみの誕生日にガ−ネットのピアスを贈ったっけ・・・。
夢中になると しきりと髪のさきっぽを弄るクセ。
相変わらず きみはうなじの半ばにゆれるその髪をしきりと指に巻きつけたりほどいたり。
そのたびに ちかり、とちいさな紅い光が僕の目にゆらめく。
「 え、そう? うれしいわ、このピアスはお気にいリなの。 」
「 そうなのよ、誕生石。 それもあるけど。 タカラモノなの、わたしにとっては。」
「 思い出っていうよりも、そうね、<御守>っていうんでしょ? 」
向き合う相手の顔も声も はっきりとはわからないけれど、
きみの微笑みとちょっと高めのト−ンの声が ふたりの親密さをものがたっているようで。
妙にいらついている自分自身に僕は苦い笑みを唇にのぼらせた。
ヤキモチをやく資格なぞ いまの僕にはないんだと気を紛らわそうと窓の外に目を転じれば。
北がわにも大き開け放ったそこからは 裏手のパ−キング・エリアが見下ろせた。
− あれ・・・? くす・・っ
ああ・・・相変わらずだね・・・・へたくそな縦列駐車。
あのオフ・ホワイトの車は ・・・ きみのだろ?
はた迷惑になって苦情が出るまえに 加速装置で こっそりなおしておこうか・・?
そしたら。 気が付くかな、きみは・・・。
楽しそうな空気を背に 僕は出来るだけさり気無く席を立った。
多分、いや 絶対。
フランソワ−ズは気付かなかったと思う。
ちょっと後ろ髪をひかれる思いで ドアを開け 裏どおりに足を踏み出した。
初冬の午後、 薄い陽射しはそれでもきらきらとしていて、ふと彼女の髪を連想させる。
わざと 目を細めてその光の元を見上げてみれば。
目の奥から ちかり、と紅い光がよみがえる。
−ああ・・・。 今も。 あの耳には あのピアスが揺れてた・・・
< タカラモノなの、 わたしにとっては > きみの声がもう一度聞こえてきたよ・・・
僕の唇に あの時の甘い感触が突然 甦った。
不意に飛び込んできた 明るい煌き − 再会の予感 ・・・?
そうさ、 きみとの距離がイッキに縮まった気分だよ・・。
そう・・・ また あの白い項に揺れる亜麻色の髪に触れるのも・・・そう遠い日ではないようだ・・・
もう大分低くなってきた陽射しは それでもやさしい表情で僕を包み込む。
いつしか 僕がずっと持ち倦ねていたしらじらとした塊が胸のうちで ゆっくりと溶けてゆく。
それは。
初冬の淡い陽射しのおかげかな ?
いや、 きみの髪、
亜麻色の甘いかおりのする髪の煌きの 魔法だよね?
今晩 電話をいれていみようか。
さすがに 冷たさを増してきた風にコ−トの襟を立て 僕はぼんやりそんなことに想いを巡らしていた。
♪♪♪ Fin. ♪♪♪ top
Last updated: 12,04,2003. afterword