『 いつも ここに ・・・ ― あるいは、島村ジョ−氏の日常 ― 』
「 ・・・ え？ なんだって？ 」
ジョ−はまじまじとフランソワ−ズの顔をみつめた。
今のは・・・ 今の発言は。 自分の聞き間違い・・・だろうか。
それとも。
いくら最新式最強のサイボ−グとはいえ・・・ とうとう各機関にバグがでてきたのだろうか。
この前、加速装置のメンテナンスの時も ちょいとした不具合があったけれど・・・ ついに・・・
やっぱりなあ・・・ 機械にだって寿命はある、よな・・・
ジョ−は奇妙な安堵の気持ちを感じていた。
猛きものも ついには滅びぬ、か・・・
昔、中学で暗記させられた日本の古典が こんな時になって不意に蘇る。
うん・・・ うん、そうか。
この感覚だったんだな。 ああ ・・・ やっとわかったよ・・・・
そう ・・・ 諸行無常、そんなテ−マだった・・・
やたら遠い眼をし、なんだか自己陶酔しているみたいなジョ−に
フランソワ−ズは いたって冷静な言葉を浴びせた。
「 だから。 マフラ−を貸して、って言ったのよ。 」
「 ・・・ただ 春の夜の夢のごとし・・・ うん？ なんだい。 」
「 ジョ−。 あなた、ちゃんとメンテナンス、受けているの？ なんだかヘンよ。
わたしが言っていること、きいてるの？ 認識できている？ 」
「 え ・・・ あ、ああ。 ちゃんと定期メンテは欠かさず受けているよ。
ああ、 え〜と・・・ なんだっけか？ 」
本当かしら・・・とフランソワ−ズは疑いのマナコでこの夢見るボ−イを見つめている。
「 あのね、 防護服のマフラ−を貸して頂戴ってば。 」
「 ま ・・・ ふら ・・・・・？ 」
「 そう、マフラ−。 」
「 あの ・・・ 黄色くて ひらひら・・・ 長くてちょい邪魔な・・・ あれ？ 」
「 そうよッ！ あれよ！ あれ、貸して。 貸してください。 」
「 ・・・・ フランソワ−ズ、いや ００３。 単独ミッションなのかい。 極秘任務なのかな。
でも・・・水臭いなあ、ぼくには打ち明けてくれたっていいじゃないか。
きみとぼく、夫婦は一心同体だろう？ ・・・まあ、そりゃまだ、いわば内縁関係だけどさ。
でも・・・！ 愛人関係って夫婦よりかもっとピュアに甘い〜〜って知ってたかな。 それに・・・ 」
「 ジョ−。 か し て ちょうだいッ 」
フランソワ−ズはかなりな低音で ジョ−の浮かれたお喋りを遮った。
普段、澄んだ高声の彼女からは想像もつかない、低いドスのきいた声がビン！と響く。
「 わ・・・！ あ、は、はい！ 今、たった今 ！ 持ってきます〜〜 」
茶髪ボ−イは一瞬本当にソファから飛び上がると、階段を二段飛びで自室へ駆け上がっていった。
「 ・・・ ったくもう・・・。 本当に、時々 よく判らなくなるわ。 いったい・・・ どういう神経なの？ 」
果たして、あのオトコに一生着いていってもよいものだろうか・・・
いつになく、フランソワ−ズの溜息は真剣な色合いが濃くなっていった。
ガチャン・・・！
キッチンで またなにか食器がこわれる音がした。
「 ・・・ 大丈夫かの。 この分じゃと家中の瀬戸物がみんな不揃いになってしまわんか・・・ 」
ギルモア博士は リビングで本を広げていたが、キッチンの方に伸び上がり眉を顰めた。
「 まあ・・・公演初日は明日じゃからなあ。 そろそろ疲れが溜まってきても無理はないが。 」
・・・ カチャ ・・・ カチャカチャ・・・ガシャーーーン！！
「 やった・・・！ おおい、大丈夫か？ 」
博士はついに本を置いて立ち上がりキッチンに入っていった。
キッチンの床には 瀬戸物の欠片が散乱していた。
博士愛用の有田焼の湯のみ、 グレ−ト秘蔵のボ−ンチャイナのティｰ・カップ、
大人こだわりの白磁のちりれんげ ・・・
だいたい、今晩使っていないものがなぜ割れているのか？？
いったいどういう片付けをしていたのか、博士には皆目見当がつかなかった。
・・・ まあ、割れてしまったものは仕方がない。
「 おい？ 我が家の食器は全滅してしまったのではないかな。 」
「 あ・・・ すみません、博士。 すぐ・・・片付けますから。
つい ・・・ 手が滑ってしまって・・・ 」
「 ふむ。 まあ・・・ この程度のモノで怪我をするお前達ではないがの。
どうも 疲れているようじゃのう、 ジョ−。 」
博士は割れ物の真ん中で ピンクのエプロンで突っ立ったまま頭を掻いているジョ−をじっと見つめた。
「 いやあ・・・ どうも・・・ やっぱり慣れないコトをするとダメですねェ・・・ 」
「 ははは。 日頃、フランソワ−ズになにもかも任せっ放しの罰が当たったかの。
ま、 これを教訓に ちょっとは手伝ってやりなさい。 」
「 はあ、そうですねえ。 ・・・ あ〜あ ・・・ これじゃ本当にマトモに揃っている食器は
ほとんどないや・・・ う〜ん、フランに叱られそう・・・・ 」
「 よしよし・・・ ワシがスポンサ−になるでの。
あの娘 （ こ ） の舞台が終ったら一緒に食器を一式、新調しておいで。 」
「 え・・・ あ、そ、そうですね・・・
でも ・・・ 家事って大変なんだなあ。 たった一週間、引き受けただけでぼくはもう・・・くたくたですよ。 」
「 そうじゃなあ。 まあ、イワンが ＜夜＞ で少しは助かったのう。 」
「 本当に。 ・・・ でも、今までず〜っと。 彼女は当たり前の顔してやってきたのですよね、全部。
それも、 時には戦闘中にだって。 」
ジョ−は 床の割れ物をひつとひとつ拾い集め始めた。
・・・ そうだよ。 それでもきみはいつだって とびきりの笑顔を絶やさない。
すごい、すごいよ！ ・・・ やっぱりきみは最強の戦士だ・・・！
カチン ・・・ カチンカシャ・・・・
手元のバケツに 瀬戸物の欠片がどんどん溜まっていった。
フランソワ−ズはレッスンに通っているバレエ団の定期公演に 出演することになった。
「 へえ・・？ スゴイなあ。 よかったね！ 」
「 ええ。 もう ・・・ なんだか夢みたい！ レッスンできるだけでも嬉しかったのに・・・ 」
「 毎朝 一生懸命通っているから、そのご褒美だよ、きっと。 」
「 ・・・ 止めないでよかった・・・！ 」
フランソワ−ズは頬を染め、きらきらした瞳には涙も陰も覗いている。
ジョ−はそんな彼女をほれぼれと見つめていた。
「 偉いよ、本当に。 それで・・・ 何を踊るのかい、主役？ 」
「 まあ、まさか！ わたしはただの研究生ですもの。
『 パキ−タ 』 のコ−ルド （ 群舞 ） 。 あの、ね。 一応コルフェなの。 」
「 コルフェ・・・？ 」
「 あの・・・・ コ−ルド・バレエの先頭のこと。 ・・・ ソリストなの。 」
「 わ〜〜 やったね！ ひとつステップアップじゃないか！ 」
「 うん、やっと・・・ でも、すごく嬉しいの。 がんばるわ わたし。 」
「 よかったね、熱心にレッスンに通っているからだよ〜、わあ、すごいなあ。 」
「 まだまだだけど。 ・・・ 嬉しいわ、わたし。 」
うんうん ・・・ ジョ−は自分のことみたいに嬉しかった。
ＢＧの魔手から逃れ、なんとか人並みの生活 （ くらし ） を取り戻してから後、
フランソワ−ズは 再び彼女の夢を追い始めた。
だが しかし それはしばしば中断せざるをえなかった・・・・
それでも。
彼女は 細々と踊ることへの情熱を保ち続けていたのだ。
もう一度踊りたい・・・！
その願いが どんな厳しい過酷な日々でも彼女を支えていたのかもしれない。
ジョ−は 彼女の密かな望みを一番よく知っていた。
だから 今、彼女が夢の実現への第一歩を踏み出したことが自分のことと同じに嬉しかったし
ココロから応援したい！ と思えるのだ。
「 ・・・ それでね。 あの・・・ 本当に申し訳ないんだけど。
お願いがあるの。 ・・・ 聞いていただけるかしら。 」
「 え？ うん、いいよ。 きみの望みなら なんだって。 それで・・・？ 」
「 ええ。 あの、ね・・・・ 」
「 うん、いいよ。 任せてくれたまえ。 きみは安心して本番に備えたらいいよ。 」
ジョ−は頼もしげに どん、と胸を叩き鷹揚に頷いた。
フランソワ−ズの＜お願い＞は 即刻ききいれてもらえたのだ。
「 そう？ わ〜〜嬉しいわ。 ジョ−って頼もしいのね〜〜 」
「 えへへへ・・・・ そうかな？ うん、でもこんなコト、お安い御用さ。 」
「 まあ〜〜 凄いわ。 本当に、結婚するならこんな頼もしいヒトが最高ね！ 」
「 け、けっこん ・・・！？ え、ええ・・・ま、まあ・・・そんな。 うん、ぼくはいつでも・・・ 」
「 それじゃ。 お願いね。 あ、必要なものは一応揃っているけど。
足りないものがあったら自由に買ってきてね。 」
「 必要な モノ ・・？ 」
「 ええ。 冷凍食品とかジョ−の好きなカップ麺とか。 あ、あとイワンのミルクに博士の煙草。
一週間分の家事に必要なもの、よ。 」
「 ・・・ あ・・・・ そっか。 」
「 わたしは多分、ず〜っと帰りは遅くなるから。 晩御飯はいいわ。
そうそう、博士はね、二泊三日ほどお留守のご予定よ。 コズミ博士と香港ですって。 」
「 へえ？ 学会かな。 あ、でもちゃんときみの本番には帰っていらっしゃるんだね。 」
「 ええ。 どうもわざわざご予定を切り上げてくださったみたい・・・ 申し訳なくて。 」
「 いや〜〜 ぼくだってそうしているよ。 」
「 なんだか・・・恐いわね？ そうそう、だから夜はわたしを待たないで。
先に寝ちゃってね、お願い。 」
「 そんな。 遅くなるならぼくが駅まで迎えにゆくよ！ だって最終のバスは何時だと思っているのさ。 」
「 ・・・ それじゃ、ね。 本番の日だけ、迎えに来てくださる？ あとは大丈夫よ。 」
「 でも・・・ 夜遅くに女の子が一人で危ないよ！ ダメだ、ダメだよ。 絶対にダメだ。
博士だって心配するよ？ 迎えにゆくから。 最後の乗換えの時に連絡してくれ。 」
「 わかったわ。 ・・・ でも本当に ・・・ いいの？ 」
「 オトコに二言はないよ。 任せておきたまえ、フランソワ−ズ。 」
「 きゃ〜〜〜 素敵♪ ジョ−ってば やっぱりわたしが思っていた通りのヒトだったのね！ 」
「 ・・・いやぁ〜〜 それほどで・・・え？ うわ・・・ 」
フランソワ−ズはジョ−に ぱっと抱きついて、それはそれは熱く唇を重ねたのだった。
「 ジョ−・・・・！ 最高〜〜 アイシテルわ〜〜 はい、じゃあこれ。 」
満面の笑顔で 彼女はジョ−に愛用のピンクのエプロンを渡した。
こうして 島村ジョ−氏は丸々一週間、ギルモア邸での全てに家事を引き受けたのだった。
フランソワ−ズと同じ屋根の下、一緒に日々を送ることとなってから、
ジョ−は随分といろいろなコトを知った。
ことに文字通り寝食を共にする関係になってからは 眼を見張ることが多かった。
それまで 近い距離で女性と暮らした経験のない彼とってはかなり新鮮な生活だった。
へえ・・・・？ 彼女って。 こんな オンナ なんだ？
ふうん ・・・ それがきみの素顔なんだね〜〜
多分、フランソワ−ズとて同じ思いだったに違いない。
もっとも彼女はそれをあからさまに態度に表したりことさら言い立てたりはしなかったけれど。
大きな青い瞳を さらに見開いてじ〜〜っとジョ−を見つめている程度だったが。
一番気をゆるし 自分をさらけだす時に一緒にいるのだからオアイコ、というところだろう。
二人は今更な同棲生活を特別な波乱もなく送っていた。
そして。
ジョ−は彼曰くの ＜ 一番大切なミッション ＞ を遂行することになったのである。
フランソワ−ズの本番前、一週間の初めの日。
定刻どおりに彼女を送り出し、ジョ−はやれやれ・・・とキッチンに戻ってきた。
そう。
今朝は目覚まし時計で 一人で！ 起きた。
（ いつもは何回も何回もフランソワ−ズが起こしにきてくれる。 時には彼女をベッドにひっぱり
込もうとして 一発くらったりもするが・・・ ジョ−には楽しい一時なである。 ）
ちゃんとオムレツの朝御飯をつくり、美味しいコ−ヒ−も淹れた。
駅まで送ってゆく、と言ったのに いつものとおりがいいのよ・・・・ とフランソワ−ズは笑って
バス停まで走っていってしまった。
その細い後ろ姿を見送り、ジョ−はひとまずほっとしていた。
「 うん。 これはぼくにしか出来ない最も重要なミッションだからな。
立派に家事をこなし、この邸を護らなくては！ そうさ、ぼくが銃後の護りを固めるから、
フランソワ−ズ、 きみは存分に羽ばたいてほしい。 」
ジョ−はぐっと手を握り、決意も新たに ・・・ 家事に取り組みはじめ・・・るつもりだった。
だった、が。
そうだ、今朝はまだ朝刊を読んでないや。 ちょっとだけ・・・
博士のお帰りは明日だし。 まだこんな時間だからな〜 余裕さ、余裕〜 ふんふん♪
新聞片手にちょいとソファに腰を下ろしたのが 運の尽き。
・・・ ばさり ・・・
ものの２分としないうちに朝刊はジョ−の真上に舞い落ち・・・ ご本人はいとも安らかに寝入ってしまった。
≪ 島村さ〜〜ん？！ もしも〜し。 宅急便で〜〜す ≫
どんどんどん・・・ 玄関のドアが鈍い音をたてている。
・・・・ あ ・・・・？
ぼ〜〜っと目覚めれば 視界はいやに狭く塞がったカンジだ。 なにかが覆いかぶさっている？？
む・・・！ 敵のトラップか！？ 宇宙生物か？！ ＮＢＧの新兵器か？！
しまった、油断した ・・・！ ち！ ヤバいな、ス−パ−ガンが手元にないぞ。
・・・よし こうなったら白兵戦を挑むだけだッ！
スキを狙って ば！と飛び起き、眼の前のモノを振り払えば。
・・・ がさがさ と新聞紙が足元に落ちていった。
「 ・・・ あ？ あれ・・・？ 」
油断なく構えたサイボ−グ００９は ・・・ 敵を見失いキョロキョロして・・・
気がつけば 陽が燦々と差し込むリビングに ひとり突っ立っているのだった。
・・・？ あ、あ〜〜〜！ 寝ちゃったんだ・・！！ 今、何時だよ？？
振り向いたリビングの柱時計は すでに１０時を回っている。
≪ 島村さ〜〜ん お留守ですかあ〜〜〜 ≫
「 あ！ は〜〜い はい！ 今、 いま行きますッ 」
ジョ−は足に絡まる新聞紙を蹴飛ばし、玄関まですっ飛んでいった。
・・・さすがに加速装置は使わなかったようだが。
さんざん待たされて仏頂面の宅急便屋の兄ちゃんに 平謝りに謝って。
やれやれ・・・ キッチンに戻ってくれば。
朝食の食器はまだシンクに積み上げたまま。 リビングの掃除も終っていない。
お日様も高い時間なのに洗濯物にも手着かずだ。
・・・ フランソワ−ズはいつも全てを楽々とこなし、さらに博士やジョ−の朝食もつくり、
イワンの世話をして ・・・ レッスンに出かけているのだ。
よおし。 今からイッキに挽回するぞ！
ジョ−はきりり・・・！ とピンクのエプロンの紐を結びなおした。
「 ・・・ フランソワ−ズ！ ここだよ〜 」
ジョ−は車から降りると 大きく手を振った。
ギルモア邸 地元の駅はロ−タリ−も広く、夜も遅い時間なので車を寄せてもじゃまにはならない。
今さっき着いた電車から降りてくるヒトもまばらである。
「 ・・・ ジョ−。 ただいま。 どうもありがとう・・・！ 」
「 お帰り〜〜 お疲れさんだったね。 」
フランソワ−ズは大きなバッグを肩に 駆け寄ってきた。
「 ジョ−こそ。 わざわざ ごめんなさいね。 ジョ−だって疲れているでしょう。 」
「 さあ、乗って乗って。 いや〜 全然。
余裕で本日のメニュ−を終らせたよ。 あ、そうそう。 風呂場の掃除も完璧だ。 」
「 まあ、すごい！ やっぱりジョ−は最高に頼りになる男性ね〜〜 」
「 いやぁ〜〜 へへへ・・・ 」
助手席に乗り込み、 フランソワ−ズはジョ−のほほにキスをした。
「 ありがとう・・・！ 最高に感謝してます。 ジョ−のおかげで安心してリハ−サルに集中できたわ。 」
「 そりゃ よかった。 ・・・ なあ、風呂場、磨いといたから、さ。
・・・ 今晩まで二人っきりだし。 そのう ・・・ あのゥ ・・・ 一緒に風呂・・・ はいらないかい。 」
「 ・・・・・・ ・・・・・ 」
「 ・・・ イヤかい？ ぼくら、もう夫婦も同然なんだし。 なあ、たまには・・・
フラン？ ・・・ フランソワ−ズ？？ 」
「 ・・・・・ ・・・・・ 」
ジョ−が耳の付け根まで真っ赤になって でも頑なに前だけをみて。
彼としては 勇気を振り絞り ＜誘いのセリフ＞ を述べているあいだに・・・・
彼のお姫様は いとも安らかな寝息を立て始めていた。
「 フラン ・・・？ あ、 ・・・ 寝ちゃったのか・・・ 」
せっかくきみとの夜を楽しみにしていたのに・・・とジョ−はぶつぶつ言ってみせたが
やがて 彼自身も大あくびをしてしまった。
「 ふぁ〜〜〜〜 ・・・ 危ないね〜。 安全運転、〜〜と。 」
ジョ−はパンと自分の頬を叩き シ−トに座りなおした。
ぐ、ぐううう〜〜〜
「 ・・・ やべ。 う〜〜ん、途中でコンビニでなんか買うかなあ。 いや、ダメだ！ 」
じつは。
フランソワ−ズから 帰ったコ−ルを貰った時、ジョ−はアイロンと格闘していたのだ。
出遅れた ＜一番大切なミッション ＞、 ジョ−はず〜〜〜っと。 ほぼ一日中 家事 と格闘していた。
「 全部洗濯機がやってくれるから。 簡単よ、ここに洗剤をいれて、ね・・・ 」
「 うんうん ・・・ 」
フランソワ−ズの説明を思い出し 洗濯ものを山と放り込み さて。
あれ。 あの洗剤・・・・・ ？ どこだ、どこだ〜〜？？
さんざん捜しまわり、キッチンの棚まで全部開けてみたのだが見当たらず。
それじゃ 国道沿いのドラッグ・ストアまでひとっ走りいってくるか！ と奥歯を噛み締め・・・ ようとした瞬間。
「 ・・・ あ。 あった・・・ 」
件 （ くだん ） の洗剤は洗濯機の横にちょこん、鎮座ましましていた。
― 全てがこんな調子であったために 通常の二倍・三倍の時間がかかってしまったのだ。
これからも 帰ったらアイロンかけの残りを片付け、明日の朝食の準備をしなくてはならない。
「 ・・・ ま、いいか。 カップ麺でも啜ってちゃちゃっと済ませてしまおう。
明日には博士もお帰りになるし。 ・・・ 今晩までなんだ、二人っきり♪ なのは〜〜 」
ジョ−は気をとりなおし、ぐん！とアクセルを踏み込んだ。
「 フランソワ−ズ・・・！ 帰ったら起きてくれよな。 」
星空にまで駆け上がらんばかりのスピ−ドで ジョ−の愛車は岬の洋館目指し
すっ飛ばしていった。
その夜も。 つぎの夜も そのまた次の夜も。
結局 ジョ−は ＜おあずけ＞ を喰らってしまったのだ。
「 ねえ、 ジョ−。 やっぱり申し訳ないからお迎えはいいわ。
なんとか最終のバスに間に合うように帰れそうだから。 ジョ−、先に休んでちょうだい。 」
翌朝、ジョ−の調えたオムレツ ・・・ というより洋風卵焼き ・・・ を口に運びつつ、
フランソワ−ズはきっぱりと言った。
「 え・・・ だってそれは。 危ないからダメだって言っただろう？ 」
「 大丈夫、最終バスで帰る人たち、結構いるわ。 ・・・ それに、わたしだって００３なのよ？ 」
「 ・・・ でも ・・・ 」
「 ジョ−。 あなたこそちゃんと食べて寝ている？ 一人だからってカップ麺で済ませちゃだめよ。
・・・ あなた、昨夜エプロンつけたまま・・・ ベッドに引っくり返ったでしょう？ 」
「 う ・・・ うん、まあ・・ね。 」
どうしてわかったんだ・・？？ とジョ−は密かに首を捻った。
朝からシワシワのエプロンをつけていれば 当然バレてしまうことなのだけれど・・・
「 お願い、無理しないで？ 」
「 む、無理なんかしてないって。 ただ ・・・ ちょっと・・・ 慣れないから手際が悪かっただけさ。
今日からは、もうばっちりさ。 」
・・・ もう 居眠りなんかしないぞ！ とジョ−は固く決心していた。
「 そう？ ・・・ 本当に無理しないでね。
今日は博士もお帰りになるし。 他のことはどうでもいいけど博士のお食事だけは
ちゃんとご用意してね。 」
「 うん、了解。 あ、ほら！ フラン〜〜 急がないといつものバスの時間だよ。 」
「 あら。 ありがとう。 美味しかったわ、ごちそうさま。 」
フランソワ−ズはにっこり微笑むと 席を立った。
・・・ う ・わ 〜〜 この笑顔〜〜！ もう最高だよ〜〜
あ ・・・ 食べてしまいたい・・・！ ううう ・・・ 昨夜は オアズケ だったからなあ・・・
ジョ−は盛んに元気さを主張する彼自身を少々持て余していた。
昨夜。
「 ・・・ フラン？ おい、ついたよ〜〜 フランソワ−ズ？ 」
「 ・・・ う ・・・ う〜〜ん ・・・ 」
「 ねえ、フランってば！ ・・・ しょうがないなあ・・・ 」
ジョ−は車から降りると助手席にまわり、すっかり寝入っている彼女を抱き上げた。
「 やっぱりナ。 緊張と疲れでくたくたんなんだよ・・・ うん！ 今夜はきみに譲ろう。
ぼくは がまんする。 すご〜〜く残念だけど。 そのかわり 明日の夜は♪ 」
よいしょ・・・っと彼女の大きなバッグも肩にかけ、
ジョ−は彼の大事なお姫様を楽々と 二人の寝室に運んでいった。
・・・ なあ、フラン。 舞台、楽しみにしているから。
最高に輝くきみを見つめるために ・・・ 今晩はガマンするよ・・・・
おやすみ ・・・ ぼくのフランソワ−ズ
ジョ−は 隣の美しい女性 （ ひと ） の穏やかな寝顔にこころをからのキスをした。
しかしながら。 ジョ−の望みはあえなく潰えてしまった。
次の晩、ジョ−がかなりイライラしつくしたころ、やっとギルモア邸の玄関のチャイムが鳴った。
博士はとっくに自室に引き取っている。
すこしばかり家事に手馴れてきたジョ−は なんとか食事の後片付けも終らせていた。
・・・ もっとも、 チン・・・！ するモノがほとんどなので、
二人が使った食器を洗うくらいなものだったけれど・・・
「 フランソワ−ズ、お帰り！ 疲れたろう？ お風呂、沸いているよ。 」
「 ・・・ ただいま ジョ−。 まあ うれしいわ・・・ ありがとう ・・・ 」
「 うん。 あ、食事は？ お茶くらい、のむだろう？ あれ・・・？ 」
いそいそとで迎えた彼に ちょっと微笑み、お姫様は彼の前を素通りしていった。
そして そのままバス・ル−ムへ直行してしまった。
「 ・・・ ああ。 早く疲れを流したいよな、うん。 きれいさっぱり、シャンプ−の香り、か。
じゃ ・・ ぼくはベッド・ル−ムを快適に調えておくよ。 ふふふ、リネン類も洗い立てだぞ♪ 」
ジョ−は足取りも軽く 二階に駆け上がっていった。
・・・ カチャリ・・・
「 あ、フラン！ いいお湯だったかい。 」
「 ええ。 あ ・・・・ 疲れたわ〜〜 」
ジョ−がいそいそとベッドを整え、ル−ム・ライトを調節し。
彼自身も パリっとしたパジャマに着替え・・・ そわそわ室内を行ったり来たりしている最中に
やっと フランソワ−ズがバスル−ムから戻ってきた。
「 そうだね〜、お疲れさま。 ああ・・・ いい匂いだなあ・・・ 」
「 そう？ いつもと同じボディ・ソ−プとシャンプ−だけど・・・？ 」
「 そ、そっかな〜〜 」
「 ・・・ あ〜ああ ・・・ もうお風呂で沈没するかと思ったわ〜〜 あ〜ああ・・・ 」
「 大変だね〜。 日本式のお風呂ってこんな時には疲れが取れていいだろう？ 」
「 そうね〜 助かるわ・・・ あ・・・ わたし、もう・・・だめ・・・ 」
「 え！？ あ、そ、そうなのかい？ （ 随分早いんだナ〜〜 ） それ・・・じゃ・・・
さあ、おいで。 ・・・ あ、あれれ？？ 」
フランソワ−ズはふらふらとベッドに近づくと ぱふん、とそのまま倒れこんだ。
「 あ！ 待って、待ってくれよ。 ぼくが・・・ 」
「 ・・・ ジョ−？ ・・・ おや・・・すみ ・・・なさい ・・・ 」
ぱさぱさ・・・ 軽く手を振り、フランソワ−ズはそのまま。 ほんの一瞬、ちらり、とジョ−に
微笑んだきりで 枕に突っ伏し長い睫毛はしっかりと頬に落ちてしまった。
「 ・・・ あ ・・・れ？ あの・・・ フランソワ−ズ？ ・・・ もしも〜し？ 」
「 ・・・・ ・・・・ ・・・・ ・・・・・ 」
ジョ−の呼びかけも虚しく、ただ聞こえてくるのはいとも穏やかな寝息だけ だった。
「 ・・・ 寝ちゃった・・・のか、 今夜も・・・ 」
ぺたり、と彼女の隣に座ったまま、ジョ−は呆然と呟いていた。
そう・・・ そんな夜が ずっと。 次の日も次の日も。 そして次の日も続いたのだった。
・・・ ガチャン ・・・！
「 ・・・ あ、しまった、また・・・ 」
ジョ−を嘲笑うがごとく、泡だらけの皿は彼の手からすべり落ちた。
首をすくめ、ジョ−はそっとリビングの方を伺ったが 博士の姿は既に見えなかった。
・・・ ああ、よかった・・！ また、なにか言われたら・・・
「 ジョ−、お前・・・ 」
「 ・・・ わ？！？？ は、博士〜〜 」
突如 後ろから声をかけられ、この最強の戦闘用サイボ−グは飛び上がらんばかりに驚愕してしまった。
「 な、ななな なんですか？？ 」
「 ・・・ どうしたね。 なにをそんなに焦っておるのかね。 」
「 い、いえ ・・・ べつに・・・ 」
「 ふむ？ お前、今日はもう休め。 バイクでも飛ばすか、街に出て気晴らししてこい。 」
「 博士・・・？ 」
「 疲れているのぉ。 ・・・ 慣れないコトをやってストレスも溜まっておるようじゃの。
今晩は食事の支度はせんでいいから。 気晴らし、してこい。 な？ 」
「 ・・・ 博士。 」
ジョ−はいずまいを正すと ぺこり、とアタマを下げた。
「 ありがとうございます。 でも。 フランソワ−ズとの約束ですから。 」
「 じゃがの。 ほれ・・・・ この注意力散漫はストレスが原因ではないのか。 」
「 いえ。 ぼくの不注意です。 あと二日、立派にフランの替わりを務めさせて頂きす！ 」
ジョ−はどん、と胸を叩いてみせた。
そうさ！ ここで投げ出したら オトコの面子、丸潰れじゃないか・・・！
やるぞ、あと二日、立派にこの家の主婦をやり遂げるからな！
ひとり、うんうん・・・と頷くジョ−に博士はそっと溜息を吐いた。
張り切っておるのは結構じゃがの・・・・ ワシの愛用の湯飲みや食器が全滅しそうじゃ・・・
・・・ 仕方ない、後で隠しておくか・・・・
「 そう・・・か。 ま・・・ お前自身がそれでいいのなら。
フランソワ−ズに迷惑をかけるでないぞ。 ・・・ 今日は前日ゲネ、とか言っておったな。 」
「 はい。 あと二日ですからね〜 頑張って欲しいです。 」
「 ふむ、そうじゃな。 お前の家事修行もやっと終るな。 」
「 えへへへ・・・ いやぁ ・・・ フランソワ−ズって本当に凄いなあって改めて感心しました。
やっぱり彼女が ＜最強＞ ですよ。 」
「 ははは、そうじゃろう、そうじゃろう。 彼女ナシには我々は満足に活動できんよ。 」
「 そうですね。 これから もっとぼくが家のことやらなくちゃな。 」
「 そうしてやっておくれ。 明日はワシも楽しみじゃよ。
お前、彼女を送ってゆくのか？ 」
「 ええ、なんか、明日は始発のバスで出る・・・・って言ってましたので。
それなら是非駅まで送るから、って言っておきました。 」
「 そうか。 うん、しっかりガ−ドを頼むぞ。 」
「 はい！ 勿論。 」
ジョ−は今度こそ、自信満々でどん！と胸を叩いた。
お皿洗いや御飯つくりは苦手だが、＜護り＞は得意ワザなのだ。
・・・ よぉし。 あと２日、がんばるぞ〜〜
防護服は着ていなくとも、ジョ−はミッションに臨む戦士に気持ちを切り替えた。
「 あれ・・・？ そういえば、昨日の夜。クロ−ゼットから防護服のマフラ−、引っ張り出していたけど。
・・・ 何に使うなかなあ・・・・？ 」
「 ・・・ クシュン・・・！ 」
「 あら。 そっち、寒い？ ・・・ 冷房は切ってもらったけど。 」
「 あ・・・ ううん、大丈夫・・・だと思う。 ありがとう、フランソワ−ズ。 ・・・・ ハックシュ！ 」
「 大丈夫じゃないんじゃない？ みちよ、なにかもっと着ていたら・・・ 」
フランソワ−ズは 心配顔で隣の鏡を覗き込んだ。
劇場の楽屋は 主役級やゲストが使う個室以外はどこも似たり寄ったりだ。
だだっ広い部屋のぐるりに化粧台と鏡が設置され 鏡の周囲を丸いライトが囲んでいる。
大部屋は鏡の数などあまり関係なく人数で割り当てられてしまうから、
鏡を共有したり、ひどいときには真ん中のテ−ブルに各自スタンド・ミラ−をおいたりする。
「 ・・・ びっくりした？ 日本のってこんななのよ〜 狭くて不便でしょ 」
「 あら、パリでも似たようなモノよ。 広い化粧前が使いたければ ・・・ エトワ−ルにおなりって。 」
「 あはは・・・ どこでも同じなのか〜 クシュン！！ 」
「 ほらほら、やっぱり寒いんでしょ。 今日具合悪くなったらつらいわよ。 」
フランソワ−ズは大部屋のすみっこで同じコル−ド（ 群舞 ） 仲間達と手早くメイクをしている。
さっきからさかんにクシャミをしているお隣は眼のまん丸な笑顔が魅力のみちよサン。
このバレエ団にレッスンに通うようになってからずっとフランソワ−ズの仲良しなのだ。
「 うん ・・・ ちょっと風邪っぽいかな〜 もうこれ以上着るもの、持ってきてないのよね。 」
「 そうなの？ じゃ・・・ よかったら ・・・コレ 」
「 ？？ 」
フランソワ−ズは足元の大きなバッグの中から なにか派手な色彩の生地を引っ張り出した。
「 これ・・・ マフラ−、なんだけど。 結構 温かいのよ。 」
「 え・・・借りていいの。 フランソワ−ズ、 使うつもりだったんでしょ。 」
「 ううん、予備のために持ってきただけ。 わたしはそんなに寒くないから・・・・どうぞ。 」
「 ありがとう・・・！ わ・・・長いね。 それじゃ・・・ 」
小柄なみちよは そのなが〜いマフラ−を二つ折りにするとスト−ル風に羽織った。
「 あ・・・ あったか〜い♪ へえ・・・？ すごく軽いのね、これ。 シルク？ 」
「 ・・・ う〜ん ・・・ シルク、ではないと思うけど。 」
「 なんだろうね、この素材。 でも・・・温かい〜〜 ありがとう！フランソワ−ズ。 」
「 どういたしまして。 ・・・あ、早くメイク終らせないと、そろそろじゃない？ 『 パキ−タ 』 の
音あわせと場当たり。 」
「 あ、そだね。 遅れたら大目玉だわぁ〜〜 」
二人は口を閉じて 化粧前に向かった。
「 ・・・ お疲れ〜・・・ 」
「 お疲れさまあ〜〜 明日、クラスは９時からだってよお〜 」
「 うん、聞いた。 今日は ともかく ・・・ 早く寝る・・・！ 」
ゲネプロを終えたダンサ−達が 次々と楽屋に戻ってくる。
芸術監督からのダメ出しも充分に喰らい、 あとは明日の本番に臨むだけだ。
「 フランソワ−ズ！ これ。 ありがとう！ 」
みちよが羽織っていたマフラ−をきちんと畳んで差し出した。
「 あら、もういいの？ 大丈夫？ 」
「 うん！ これ・・・ 凄いね〜 ものすごく保温性があるけど、蒸れないし。 軽いからしっかり
羽織っていても肩が重くないのね。 」
「 具合、よくなってよかったわね。 明日、頑張りましょ。 」
「 ホント、助かったわあ〜〜。 ねえ、これ。 どこで買ったの？ 」
「 ・・・ え・・・・ ？
」
「 あ、ねえねえ。 アタシにも教えて！ さっきね、ちょっとみちよに借りたんだけど すご〜くいい！
アタシも欲しいな〜〜 ねえ、どこで買ったの。 」
同じコ−ルド仲間の一人も 話に加わった。
「 あ・・・ あの ・・・ 。 それ・・・ 買ったのじゃないのよね・・・ 」
「 あら、そうなの？ ちょっと いい？ 」
彼女はフランソワ−ズの手元からマフラ−を借りた。
「 ほら・・・ こ〜んなに大きな生地なのに軽いのよね〜 ふわふわ・・・ いったいなんなの？
え・・・っと・・・？ あら？ タグがないわね。 」
「 どれ？ ・・・ あら、ほんと。 これ、非売品とか試作品なのかなあ。 」
「 さ、さあ・・・・ 」
・・・確かに 試作品、よね。 それに ＢＧは別に成分表示はしないと思うわ・・・
フランソワ−ズはほろ苦い思いをそっと噛み締めていた。
「 ね。 これ、欲しいなあ。 ・・・ できたら違った色がいいな。
肌触りも最高なのに、どうしてこう・・・強烈な色なの。 あ、ごめん、フランソワ−ズ、この色好き？ 」
「 ・・・ あ ・・・・ あの〜 ううん、それって・・・ 貰いモノなのよ。 」
「 ふうん？ こういう色ってあんまし売れないと思わない？ 」
「 そ、そうねえ・・・ 」
「 ねえ、フランソワ−ズ。 これってもしかしたら・・・ あの茶髪のカレシのプレゼント？ 」
「 え・・・・ あ〜 ち、違うんだけど・・・ でも あのゥ ・・・ お揃い、なのよね・・・ 」
「 お揃い！？ ・・・ これ、ペアでするの！ なんか、強烈じゃない？ 」
確かに日常の生活には マフラ−の色は馴染まないだろう。
これははやり、現実とはかけ離れた世界に属するものなのだ。
「 そうね・・・ 」
「 とにかく、ありがとう！ 助かったわ。 風邪、酷くならないですみそうよ。 」
「 まあ、よかったわね。 ・・・ねえ、帰り、大丈夫？ よかったら・・・これ。 使って帰って？ 」
みちよは元気そうだが、メイクを落としてみると、なんとなく顔色が悪い。
寒い季節ではないが 乗り物の冷房には気を配ったほうがいいだろう。
「 え・・・ いいの？ だってこれ。 大事なものなんじゃない？ 彼とペアなら余計にさ。 」
「 それは・・・そうだけど。 また明日会えるし、いいわ。 みちよが調子崩したら困るもの。 」
「 そう？ ありがとう！ 明日・・・ 頑張ろうね。 」
「 ええ。 あ！ いっけない、急がないと最終バス・・・ じゃね、明日〜〜 」
「 バイバ〜イ あ、明日、朝のクラスは９時だってよ〜〜 」
「 はぁい〜〜 」
劇場の楽屋口を飛び出すと、フランソワ−ズは小走りに地下鉄の駅に向かった。
マフラ−・・・ねえ？ そうだわ！ 明日はジョ−のも借りてゆこう！
なんとか最終バスには間に合いそうである。
「 マフラ−を 貸してちょうだい！ 」
この一言に飛び上がり・・・
もしかして加速装置を稼働させたのでは・・・？ と疑いたくなる早さで ジョ−は戻ってきた。
・・・ あらまあ。 服が焼け焦げていないところを見ると
自分の脚をつかったのね。 ふ〜ん ・・・？
眼の端ですばやくジョ−の様子を観察し、 フランソワ−ズは満面の笑みを浮かべた。
「 ありがとう、ジョ−。 明日一日、拝借します。 」
「 ・・・ いいけど。 あの・・・ 聞いてもいいかな。 」
ジョ−は彼のマフラ−を差し出し、おそるおそる尋ねてきた。
先ほどのフランソワ−ズの一声に よほどビビったに違いない。
「 あら、なにかしら。 どうぞ？ 」
「 うん ・・・ あのゥ ・・・ これ。 何に使うのですか。 」
「 え？ ・・・ ああ、あの・・・ やっぱりヒミツ！ 」
「 え・・・？ 」
「 ヒ ・ ミ ・ ツ♪ ちゃんと明日返しますから。 いいでしょ？ 」
「 そりゃ・・・フランのことは信じているからいいケド・・・ 」
「 なら、いいでしょ。 ・・・ あ〜ああ ・・・ 疲れたあ・・・ やっと明日だわ・・・ 」
「 あ！ そ、そうだよね！ すご〜く楽しみにしてるから！
あの ・・・ 一緒に劇場まで行こうよ。 」
「 ・・・ ジョ−。 あのね。 わたし達、明日は朝９時にクラスが始まるの。
それまでにいろいろ・・・ メイクとか髪とか・・・ 準備しておかなくちゃならないのよ。 」
「 だって・・・ マチネ− （ 昼公演 ） は１時だろう？ 」
「 １時に来るのは お客様でしょう？ だから余計にわたし達は忙しいのよ。
大丈夫、始発のバスで行けば間に合うわ。
・・・ ああ、もう寝なくちゃ。 お休みすみなさい・・・ 」
「 ・・・ あ ・・・・ お、お休み・・・ フランソワ−ズ ・・・ 」
ジョ−は今夜も。
愛しいヒトの隣で 流れてくる香りと伝わってくる温か味をイヤというほど味わいつつ・・・
ジョ−は今晩も。
くるり、と背を向け できるだけ彼女から離れて 無理矢理に眼を閉じるのだった。
・・・ くう〜〜！ 眠れるかなあ・・・
「 お疲れさま〜〜〜 ！！ 」
「 お疲れ！ 終ったね〜〜〜 終ったぁ〜〜 」
「 あは ・・ 終った、終った・・・ 」
ソワレ （ 夜公演 ） のカ−テン・コ−ルも無事終了し、ダンサ−達が賑やかに戻ってきた。
どうやら、大きな失敗もなく公演は幕を下ろしたらしい。
「 フランソワ−ズ！ これ、ありがとう！ すご〜く助かったわ。
あ・・・ いろいろなヒトが拝借しました、本当にどうもありがとう！ 」
「 役にたちました？ よかったです。 」
先輩格のダンサ−が ジョ−のマフラ−を返しにきた。
長時間の公演の場合、待ち時間も多くダンサ−達は身体が冷えないよういろいろ苦心するのだ。
ジョ−のマフラ−は 次々と借り手が現れ大活躍していた。
「 ・・・ それでねえ・・・ 本当に申し訳ないのだけれど、すこしド−ランが付いてしまったの。
紅とか ・・・ 砥粉 （ とのこ ： 注 本番では指先まで身体の露出している部分に塗る ）とか。
あの、よかったら持って帰ってクリ−ニングに出すわ？ 」
「 え？！ あ、あの・・・！ 平気です、大丈夫。 ウチでがらがら洗っちゃいますから。 」
こんなシロモノをおおっぴらにはできない。
それに クリ−ニング屋のいわばプロの目には 奇妙な布 とすぐに看破されてしまうだろう。
「 でも・・・ 」
「 ほら、わたしのも汚れてしまったし、ついでに洗濯機に放りこみます。
どうぞ、気になさらないでください。 これ・・・ 普通の時には使いませんから。 」
「 そう？ ごめんなさいね、汚してしまって。 本当にどうもありがとう！ 」
いいえ・・・と、フランソワ−ズはにこやかにマフラ−を受け取った。
どれどれ・・・？ あ・・・ ここと ・・・ここにも・・・ 地色が地色だから、目立つかもね〜〜
街中で使うわけじゃないから・・・ ま、いっか♪
フランソワ−ズはウキウキと帰り支度をし始めた。
終った〜〜〜♪ これで 今夜はゆっくり♪♪
久し振りで ジョ−と過す夜に、フランソワ−ズはちょっぴり頬を染め自然に唇が綻んでいた。
その夜、フランソワ−ズは お風呂タイムを満喫していた。
ジョ−の好きなバス・オイルを使った。
シャンプ−も彼が いい匂いだね、と言ったものにした。 でもあまり香りがキツいのは苦手だそうなので、
湯上りのコロンは ほんの一吹き・二吹き。
これは彼女のお気に入り、 ゲランの ≪ 夜間飛行 ≫♪
ジョ−と一緒に買いにいったネグリジェに久々、腕を通した。
これで よし、と。
きっと待ちくたびれてるわね〜〜 ふふふ・・・ずっと一人にしてて ごめんなさいね。
フランソワ−ズは小走りに寝室に戻ってきた。
「 ・・・ ジョ−・・・？ 」
そ・・・っと ほんのすこしドアを開けてみる。
琥珀色のやさしい光が漏れきた。 彼女が好きなル−ム・ライトに切り替えたらしい。
「 ・・・ お待たせ。 ・・・ ？ 」
薄いガウンを脱いで そうっとそうっとベッドに近寄れば。
セピアの髪を枕に散らばせ ・・・ パジャマの背中が見える。
ふふふ・・・・ 寝たふりしているのでしょ。 わかっていてよ♪
それで 急にひっぱりこむ、のがジョ−のお得意よね〜〜
いいわ、今日は何をやっても許してあげる・・・と フランソワ−ズはネグリジェの裾をつまみあげてみせた。
「 ジョ−。 どう？ ・・・ これ、久し振りに着てみたの〜〜 」
「 ・・・・ ・・・・ ・・・・ 」
「 ねえってば。 ・・・ 一週間、ごめんなさいね。 ・・・？ ねえ、ジョ−？？ 」
やだ・・・！ ちょ、ちょっとォ〜〜〜
「 ・・・・ ・・・・ ・・・・ 」
かすかに ・・・ ほんの微かに。 彼女の耳に 低いイビキが聞こえてきた。
「 ・・・ あは。 寝不足は わたしだけじゃないのね。
それじゃ ・・・ おやすみなさい、ジョ−。 いい夢を ・・・ 」
フランソワ−ズは もぞもぞとジョ−の隣にもぐりこむと。
たちまち、いとも安らかに ・・・ 穏やかな寝息を立てはじめた。
特異なモノは 目的以外の事には案外と融通が利かないものだ。
結局、ジョ−のマフラ−は。
普通の洗剤は勿論、漂白剤も ・・・・ そしてサイボ−グ専用の洗浄液でも
まっさらな状態には戻らなかった。
「 ジョ− ・・・ ごめんなさい。 」
「 え？ ああ、ちょっとシミがあるけど 別に構わないよ。 」
ジョ−は大して気に留める様子はなかった。
そして ・・・
ド−ランのシミと化粧品のアトがついたマフラ−を靡かせ・・・ ００９はミッションに赴く。
彼の後には いつも黄色い影が華麗に流れている。
いいさ・・・！ いつでもきみと一緒だ、と思えば・・・！
そうさ、 いつも、ここに！ ずっと一緒さ。
「 ・・・ な！ 」
先をゆく００９は ちら・・・っと振り返り００３に向かって に・・・！ っと笑ってみせた。
「 なあに ？ いきなり、どうしたの。 」
「 いくぞ！ 」
「 了解！ 」
フランソワ−ズはもうなにも訊ねることなく、彼の後ろにぴたり、と付いた。
眼の前に 黄色いマフラ−が揺れている。
眼を凝らせば。 ちょっと注意深くながめれば。 点々と残る紅の跡。
それは 女性にならすぐにわかる口紅のあと・・・
これ、浮気封じになる・・・かもしれないわね
いつでも ここに居てくれるマフラ−さん？
どうぞ ・・・ ジョ−の行いを監視していてね♪
フランソワ−ズは、いや ００３は。
大股で先をゆく、頼もしい姿に追いつくべく、歩をはやめていった。
*********** Fin. **********
Last
updated : 05.27.2008.
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******* ひと言 *******
一応原作設定 ・・・ 『 赤い靴 』 編前後のころ、と思ってくださいませ。
とっくに公認の仲、同棲生活も板についていますな (^.^)
いつも一緒なのは マフラ−かフランちゃんか・・・ってそれはジョ−君に聞いて頂くことにしまして・・・
実は 楽屋ネタを読みたい、と某様が仰いました。 う〜みゅ・・・ 面白いかなあ？？？
ベタに書くのもナンですから、ちょいとコメディ仕立てにしてみました♪
ひたすら・家事に励む島村サンもなかなか 見上げたモノですよね？
・・・・ 結構シツコク、マフラ−ネタ、でもあったのでした。
（ バックは 防護服カラ− にしてみました♪♪ ）