『 あきの日のヴィオロンの 』
**** このSSは 平ゼロ設定でお読み下さい。****
「 ああ・・・・毎年思うけど、秋になるとここからの景色はほんとうにすばらしいわね! 」
小高い丘からなだらかに拡がる秋の野を眺め フランソワ−ズはほうっと吐息をついた。
− そうだね・・・。 ここに住む事にして本当によかったね。
「 でしょう? 」
極上の微笑みを浮かべ彼女は太陽を振り仰いだ。
「 葡萄畑が色付いゆくのって何回見ても飽きないし・・・ あら 楽しそうね 」
− また、あの栗林で遊んでるんだろう? この辺の子供たちは幸せだよ。
「 もう少ししたら 栗拾いしに行きましょうよ 」
− 栗もだけど。 キノコも採れるんじゃないかい、ホラ、張大人がさ・・
「 アイヤ〜〜 フランソワ−ズ、あんた達は素晴らしい所に住んでるアルよ!
宝の山、いや宝の林アルねっ」
息を弾ませ戻ってきた張大人は 泥だらけの手で得意げにハンカチを広げてみせた。
「 ? なにかね、こりゃ・・土塊じゃないのかい ? 」
「 グレ−トはん!なに寝ぼけてはるネっ これは西洋松露、大地の宝石アルよ〜」
「 西洋松露? あら、これはトリュフじゃない? 」
「 そうアル。あの林は宝の林ネ、もうすぐ栗の実も熟するアルし・・・
毎年、この時期にはちょくちょく来るアルよ! ココはほんとうに素晴らしい土地! 」
得意げに胸を反らし張大人はまた<宝の林>へと丘を下っていった。
「 う〜む。まさに 『七年の凶作の後に 七年の豊作がやってくる』ですなあ。
人生の収穫期、そう、 七年ではなく永遠の豊作、と我が輩はしるしたい・・・」
張大人の短躯を見やりつつ グレ−トがつぶやいた。
「 あら・・・逆でしょう?聖書では、 先にくるのが豊作じゃなかった? 」
「 いやいや・・・。 この地はこの後永遠の豊作に恵まれる・・<現実に勝る真実はない>」
「 うふふふ・・・なあに、ソレもシェイクスピア? 」
「 No. 【 グレ−ト・ブリテン 】 」
― ほんと、あの時は笑っちゃたね。
「 そうだったわね。 あの年以来すっかりあの林は張々湖飯店御用達になったわよね。」
― 天と地の恵みをみんなで楽しめて・・・いい土地だよ。
ゆっくりと<宝の林>へと 丘を下って行った。
段々と低くなってゆく午後の陽射しに影が草地にその丈を伸ばしてゆく。
「 土地っていえば、一番始めにココへ来てくれたのはジェロニモJr.だったわね 」
― うん、ちょっとビックリしたよ。 うちに入るなり、さ。
「 『 大丈夫、この家は真の精霊に護られている、とてもつよい 』ってね?
・・・彼には、ちゃんとわかったのよ。」
― さすが、って感心したよ、僕は。
彼らがこの土地に移ってはじめての秋、ジョロニモJr.はのそり、とその巨躯を現した。
担いできた木彫りの飾り柱をカタンとポ−チに立て掛けると大きく息を吸い込んだ。
「 大丈夫。 この家には 精霊がいる。 」
フランソワ−ズは玄関を大きく開け放ちにっこりと微笑んだ。
「 でしょう? だから、安心してね。」
「 ・・・ああ。 真の精霊、それもとても強い精霊がこの家を、お前達を護っている。」
「 みんな一緒だし・・・。わたし達、とってもシアワセなのよ」
簡素だがゆったりとしたリビングでジェロニモJr.はまた呟く。
そっけ無い程ぼそりと、でも湧き出てくる温かさは隠しようもない。
「 お前たちは 俺らみんなの希望、みんなへの癒しだ。 お前たちの平安が俺らへ
安らぎをもたらしている・・・」
― 君には なにもかもお見通しだね・・ そう、思ってもらえて嬉しいよ。
「 わたし達こそ・・あなた達みんなが居てくれるから、みんなが見守ってくれる
からこうしていられるのよ。 ほんとうに・・・シアワセ、よ 」
彼は静かに微笑むと小枝を一掴み暖炉に放った。
いい匂いが立ち上る。
― 香木かな・・? ああ・・なんか懐かしいような匂いだね
「 精霊への奉げ物だ。」
穏やかな沈黙と微笑みがリビングに満ちていった。
「 あのいい匂いの木は、ここいらにもあるのよね。今度摘んできましょう 」
― そう、葉が落ち出すころに 行ってみようよ
収穫の終った葡萄畑を通り抜け 秋たけなわの野を眺め・・・
前方の林はゆっくりと近づいてくる。
「 もうこんなに葉が落ちる季節になったのね。 ホラ、夕陽にきらきらしてる。
そうだわ、学校で暗唱させられた詩があったわ・・ 」
綺麗なフランス語が秋の空に流れる。
−ああ、それ、僕らも習ったよ。 日本でも有名だ・・・
<秋の日の ヴィオロンの ため息の・・・>
「 う〜ん、 でも < うら悲し >という雰囲気じゃないわねえ?ここは。」
― そうだね。 あ、あれ、落ち葉も舞っているよ、君の様に・・・
「 葉っぱのダンスが終る頃、きっとアルベルトが来るわね! 毎年そうだもの。
彼はここの静けさがいいんですって 」
− らしい、ね。
「 淋しく・・・ないのか・・?」
初めて彼らの家を訪れた夜、アルベルトは暖炉の前でぽつりと言った。
確かにパチパチと薪の燃える音が全ての夜の静寂(しじま)・・・
「 いいえ? とってもにぎやかよ、ほら・・・ 」
「 いや、俺は君とは違うから・・・・ うん ?」
「 ・・・・ね? 」
ふと言葉をとぎらせこころもち首を傾けたアルベルトにフランソワ−ズは微笑みかけた。
薪の爆ぜるおと 落ち葉の降るおと 橡の実が屋根を転がるおと
しんしんと更けてゆく晩秋の夜は意外に賑やかだった。
「ああ。 こりゃあ・・・ 天然のオ−ケストラだな。」
− 君のピアノが参加してないのが残念だよ
「こんどピアノを入れておくわ。 セレナ−デでもノクタ−ンでも・・・参加して頂戴。」
「自然の楽士たちとの共演は俺には荷が克ち過ぎるぜ・・・・ 」
― 最高のハ−モニ−だと思うんだけどなあ 空気の精も大地の精も踊りだすよ、きっと。
「 楽しみにしてるから、ね? 」
「 お前たちへの 引越し祝いだな 。 せっかくの静寂を破って申し訳ないが。」
アルベルトは暖炉に踊る炎をみつめ 口の端を少し上げて笑った。
「 今夜は少し冷えるけど、お部屋の毛布を足しましょうか?」
「 いや、充分。 ― それより、出来ればあの屋根裏の部屋を使いたいんだが。 」
「 うふふ・・皆そういうのよ?我が家ではアティックがいつの間にか客用寝室に
なってしまったわ。」
リビングのドアを開けて、フランソワ−ズはクスクスと笑った。
― 広くはないし、階下(した)より冷えると思うよ?
「 あそこは、いい。 それこそ、天と地の想いが満ちているようで。なんだ ?」
― ジェロニモJr.みたいなコト言うなあって思ってさ。 君らしくない、よ?
「 ううん・・ みんな、わかるのね。 」
滲むように微笑んだフランソワ−ズに アルベルトは黙って頷き階上(うえ)へむかった。
ぱちっ・・・華やかな火花を散らし小さな熾(おき)が燃え崩れた。
「 今年も薪をたくさん備えておかなくちゃあね。 ちゃんとヒ−タ−があるのに
みんな なんだかんだ言って暖炉を使うじゃない ?」
― う〜ん、火ってさ、なんか落ち着くんだよね。身体だけじゃなくて、なんかこう
こころも温まるようでさ。 還ってくる場所っていう気がするんだ。
「 火は・・・絶やさないわ。目印、 そうでしょう? 」
― うん・・・
秋の入り日がそれこそ炎さながらの色を見せはじめた。
そんな西日を受けて燃えるように見える林からは 子供たちの歓声が漏れ聞こえてくる。
「 すごい・・夕陽ね・・。 ね、ピュンマの故郷の夕陽もこんなカンジだったわ、
覚えてる? 」
― あの広い草原が染まってみえたよね
「 ふふふ・・・水にも棲めるヒトの故郷が草原だ、なんて面白いわね。
水ってば、彼もやっぱりうちのアティックがお気に入りで、ほら、ベッドの真上に
天窓があるでしょう、あそこから泳ぐんですって 」
― 泳ぐ? だって天窓から?
「 そうなのよ。 あのね・・・」
「 ピュンマ? リネン類はそこのクロ−ゼットに・・あら、どうしたの?」
屋根裏に入ったきりの彼の様子を見に来たフランソワ−ズは目を見張った。
ピュンマはベッドに仰向けになり、両手を大きく天窓へとひろげていた。
「 やあ・・びっくりした? 泳いでるんだ、あの窓から飛び込んで、ね。」
姿勢を変えず 彼女の方を見やりもせず彼はこともなげに言った。
「 泳ぐですって? 」
「 ウン。 こうしていると・・・海の底とおんなじだ。 僕はきっと 星の海に
飛び込んで そして 銀河を泳いでくるよ・・・ そして。」
「 そして。 よろしく、ね。」
「 ・・・海は どへでも繋がっているもの。 宇宙(そら)へだって。」
「 そう、よね・・・」
今度ははっきりと彼女を見つめ・・・二人は静かに微笑みあった。
「 葉が落ちきれば、冬が駆けてくるわ。
・・・あの、ね。 今度のクリスマスには パリへ帰って、いえ、行ってみようと思うの・・・」
その街を探すかのようにフランソワ−ズは彼方に視線を投げかけた。
― 決心したの・・・?
「・・・・ええ。 パパにもママンにもお兄さんにも・・報告するコト、いっぱい
あるじゃない? 」
― こら、今頃!って、叱られそうだね
「 うふふ・・アナタはお兄さんからの一発を覚悟したほうがいいかもよ? 」
― う・・まあ・・しょうがない、かな
足元では枯れ草と落ち葉が色彩豊かなタピストリを織り成している。
雪が来てそして溶ければ また 緑が萌えいずるのだろう。
自然の饗宴は 果てることなく繰り返されて行くのだ。
フランソワ−ズは足元を見、まっすぐに顔をあげた。
「 次の春には 日本へも、研究所へも行きましょう?
博士ともイワンとも もう随分会ってないもの 」
− えらく 前向きだね? うれしいけど。
「 海がみたい、潮騒をききたいな・・・って。 やっぱり・・・ 懐かしいから。」
― あそこも 僕らの、みんなの故郷だからね
「 そう・・・ わたし達のすべて、があるから。 」
大きな夕陽はほとんどその姿を葡萄畑の彼方へ隠そうとしていた。
林に近いせいか 樹々の影がひんやりとかんじられる。
― さあ・・・もう、そろそろ帰ろうか・・・
「 そうね。 あ、ここよ〜〜 」
フランソワ−ズは林にむかって大きく手を振った。
「 ママ−−ン !! 」
セピアの瞳の少年が入り日に髪を煌かせ駆けて来る。
「 いっぱい 遊んだ? さあ、お日様も沈むし、帰りましょうね 」
「 うんっ! ジャック〜、マルセル〜 また明日な〜〜〜 」
少年は遊び仲間に声を張り上げると、くるりと振り向いて母の手を握った。
手を繋いだ母子の影が長く長く丘に伸びてゆく。
幼い息子と家路をたどりながら、フランソワ−ズはふと詩を口ずさむ。
少女の日 教室で暗記したかの優雅なる古の詩
− あきの日のヴィオロンのため息の・・・・
・・・・・ 過ぎし日の思ひ出や −
「 ねえっ ママン、今夜はとっても綺麗に晴れるんだって!パパ達の星、見れるねっ!!」
「 ええそうね 特別にはっきりわかるわよ、きっと。 お〜いって呼んであげましょう?」
「 ウン! パパにも僕のこと、見えるよねえ? 」
返事のかわりに彼女は屈んで息子を抱きしめその頬にキスをした。
「 あ〜 お腹すいた〜〜 晩御飯、なあに? 」
「 おうちへ帰ってからのお楽しみ☆☆ あなたの好きなモノよ? 」
「 うわ〜い ♪♪ 」
太陽は完全に地平線へと姿を隠し、黄昏のヴェ−ルがあたりを覆いはじめた。
フランソワ−ズは つうん・・・っと 冷えてきた空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
とっても空気が澄んできた・・きっと今夜は満天の星空だろう・・・
あなたの星、きっとすぐにみつけられるわね・・・
・・・・あれから 何年・・・?
ジョ−、
わたしは こんなに元気です
わたしは こんなにしあわせです
あなたがわたしに遺してくれた最高の宝物と一緒に
そして
あなたとともに生きています・・・いまも いつも これからも
ずっと・・・ずっと・・・
− 過ぎし日の思ひ出や −
*** FIN. ***
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後書き by ばちるど
★★★ トリュフっていつごろ採れるんだろう・・?土中のを掘るってのは聞いてますが・・
え〜〜ん、もしかして超・季節違いかも・・ スミマセン、見逃して〜張大人サマ ★★★
お判りだと思いますが。ヨミ編完結以前にジョ−君は<ヤルべきコト>を完遂していた、という設定です。
Last update:
12,22,2002