『  休暇の終わり  』   

 

 

 

 

 

 

 

「 ・・・ 38度4分。  は! これで <大丈夫> なのかい!? 」

ジョ−はベッドサイドで体温計をかざし、大きく溜息を吐いた。

「 え・・・ だって本当に大丈夫、起きられるわ。 ・・・ 晩御飯、つくらなくちゃ・・・ 」

「 だめだよ、フラン。 起きてはだめだってば。 ちゃんと寝てろよ。 」

「 ・・・ だって ・・・ ジョ−、御飯・・・ あ・・・! 」

「 ほ〜ら・・・ 熱が高いんだから! な・・・ 」

ジョ−は起き上がろうとしたフランソワ−ズを抱きとめて そのまま寝かせた。

手に触れる細い身体が パジャマを通してもかなり熱く感じられる。

頬が赤らんでいるのも熱の影響にちがいない。

ジョ−は亜麻色の髪を掻きやり、白い額に手をあてた。

   ―  熱い。

「 今、保冷剤、もってくるから。 とりあえず冷やしておこうよ。 」

「 ・・・ ごめんなさい・・・ 」

「 なんで謝るのさ。 具合が悪いときには無理をしたらだめだ。 」

「 ・・・ ごめんなさい・・・ 」

「 ほら、また! いいからさ、きみに今一番必要なのは休息だよ。 大人しく横になっていろって! 」

「 ・・・ ごめ・・・あ、・・・あの・・・  はい。 」

「 そうそう。 いいコだね、フランソワ−ズ。 あ、お腹すいてないかな。 」

「 ううん・・・ 大丈夫。 あ・・・あの。 お水が欲しいわ。 」

「 OK。  ちょっと待ってろよ。 ちゃんと寝ているんだぞ、いいね。 

「 ・・・ はい。 」

「 よし! 」

ジョ−は に・・・っと笑いかけると階段を二段とびでキッチンへ降りていった。

 

 

フランソワ−ズが珍しく体調を崩していた。

その日。

ジョ−はアメリカでの学会に出席するギルモア博士を 空港まで送っていった。

ここ数日、フランソワ−ズは博士の出立の準備  ―  細々とした日常品の準備 ― にずっと手を貸し、

荷物を手際よくまとめあげ、笑顔で彼らを見送っていたのだが・・・

 

「 ただいま〜 ・・・ 博士、予定どおりに出発されたよ。 」

 

   ・・・ あれ? 出かけたのかな・・・

 

ジョ−はギルモア邸の玄関で首をかしげた。

家の中からは物音ひとつ、聞こえてこない。  人の気配も 感じられなかった。

 

普段はどんなにジョ−が遅く帰っても 必ずフランソワ−ズが笑顔で迎えてくれている。

「 ・・・ ジョ−のクルマの音、判るんですもの。 」

「 そりゃ・・・ きみは・・・ 」

「 あら。 ちがうわ、わたし、ウチでは・・・使ったりしないわ。 なんとなく、ね・・・

 あ・・・ ジョ−が帰ってきた・・・って感じるの。 それで、門の方を見ているとジョ−のクルマが

 坂道を上がってくるのよ。 」

「 ・・・ へえ・・・・! すごいな〜〜 ・・・でも嬉しいや。 ありがとう ! 

 ウチに帰って来た時に <おかえり>って言ってもらえるのって、ちょっと夢だったんだ。 」

「 え・・・ だって。 お家の方は・・・ あ・・・ ごめんなさい・・・ 」

「 いいよ、別に。 ぼくが施設で育ったってのは事実だしそれを隠す気持ちはないもの。

 そりゃね、神父様や寮母さん達も <お帰り> って言ってはくれたけど。

 でも・・・さ。 やっぱ・・・ ぼくだけに言ってくれる人がいるって・・・ すごく嬉しいんだ。 」

「 ジョ−。 わたしもね。 ず〜っと、誰かを待っていて誰かに <お帰りなさい> って言える

 生活がしたかったの。  」

「 ・・・ < 誰か >? 」

「 ・・・ 意地悪・・・ !  そのう・・・ 好きな ・・・ヒトに、ね。 」

「 ぼくもさ♪ 」

やっと想いが通じあった二人は腕を絡め合い、そっと唇を合わせた。

「 ・・・ ねえ、 お願いしてもいい。 」

「 なんだい。 」

「 あの、ね。 ・・・ こうやって・・・ キスしてほしいの。 」

「 いつだってしてあげるよ? 」

「 ううん・・・ そうじゃなくて。 ジョ−が帰ってきた時いつもね お帰りなさい、のキスをして欲しいの。 」

「 ・・・ え ・・・ こ、ここで? 

ジョ−はきょろり、と玄関を見回した。

勿論 日頃は二人っきりだし外から見えることもなく ( たとえ見えても周りに民家はないし )

気にする必要はないのだが。  が・・・ 日本男児といたしましては少々気恥ずかしいのである。

「 そう。 わたしのパパとママンも 玄関でいってらっしゃい と お帰り のキスをしていたわ。

 ちっちゃい頃から あんなカップルになりたいな〜 って憧れていたの。  」

「 ・・・ そっか・・・・ 」

「 ねえ・・・ だめ? 」

「 う ・・・ う、ううん! ダメなんかじゃない。 ( よぉし・・・! ) ・・・ ただいま〜 フランソワ−ズ。 」

「 え?? ・・・あ ・・・ 」

ジョ−は殊更、声を上げて <あいさつ> をし、目を見張っている彼女をするり、と引き寄せた。

そして・・・。

「 んんん ・・・・  これで・・・ いいかなあ。  」

「 ふふふ・・・ええ、嬉しいわ♪ お帰りなさい、ジョ−。 」

フランソワ−ズはもう一度 彼の首に腕を絡めると 伸び上がって頬にかるく唇を寄せた。

「 へ・・・へへへ・・・ こ〜ゆ〜のも大歓迎ですケド。 」

「 やあだ、 これって家族のキスよ。 ・・・でもいいわよね。 わたし達、 家族ですもの。 」

「 うん。 そうだね。 ・・・ うん ・・・ 家族、か。 うん、いい響きだよな。 

 

この時から二人の <お帰りなさいのキス> が始まったのだ。

 

そんな経緯があるので、ジョ−はあれ・・? と思ったのだった。

「 夕食の買い物かなあ・・・ 今晩は一緒に張大人のとこに行こうと思ってたんだけど・・・ 」

ジョ−はコ−トを脱ぐとスリッパを鳴らしてリビングに向かった。

 

「 ・・・ ふ〜ん・・・ やっぱり留守か。 買い物だな、これは。 出掛ける前に今晩は張々湖飯店

 だよ〜って言っておけばよかったな。 あ、それじゃお茶の用意でもしておこうか・・・ 」

誰も居ないリビングは広々・・・・というよりも寒々としていて、ジョ−はそのままキッチンに入った。

「 カフェ・オ・レと・・・  あれ?! 

フランソワ−ズが キッチンの床に座り込んでいた。

いや、 シンクを背に蹲っていたのだ。 

「 フラン! おい・・・ どうした?! 」

ジョ−は大慌てで彼女の側に飛んでゆき そっと肩に触れた。

 

   ・・・ あれ? なんだか・・・熱い・・??

 

「 フラン。  フランソワ−ズ・・・! どうしたのかい、気分わるいのかい。 」

「 ・・・ あ ・・・ ジョ− ・・・・ 」

くたり、と力のない身体は 揺すればそのままジョ−の腕に倒れこんできた。

「 おっと・・・ なあ、どうした? 大丈夫かい。 」

「 ・・・ いけない・・・! さっき すごく咽喉が乾いて・・・ お水を飲んだのだけど。

 なんだか足元がゆらゆらして・・・ 座り込んでしまったの。 もう大丈夫よ・・・ 」

「 大丈夫・・・って ほら! まだふらふらしているじゃないか! おっと・・・・! 

シンクにつかまってようやく立ち上がったのだが、 彼女の身体が大きく揺れている。

「 ・・・ あ・・・! ・・・ああ・・・ ありがとう、ジョ−・・・大丈夫よ・・・ ずっと熱っぽくて。

 ちょっと風邪ぎみなだけだから。  ・・・晩御飯、つくらなくちゃ・・・ 」

「 いいよ! ともかくこんな寒いトコじゃなくて。 ちゃんとベッドで休め。 」

「 ・・・ 本当に大丈夫・・・あ・・・・ きゃ・・・ ! 」

ジョ−は問答無用! とばかりに彼女の軽々と抱き上げた。

 

   やっぱり。 これは <ちょっと熱っぽい> なんて段階じゃないぞ?

 

「 このところずっと忙しくて・・・ 全然気が回らなくて ごめん。 きみだってくたくただよね・・・・

 ああ・・・・ 博士がいらっしゃればすぐに診ていただけるのに・・・

 あ! そうだ、携帯に電話して薬の在り処を伺ってみようかな。 」

「 ・・・ ジョ−。 今は・・・きっと無理だわ。 飛行機の中には ・・・ 無理でしょう? 」

「 う〜〜ん ・・・ それじゃともかく熱を測ってみよう。 暖かくすることが第一だよ。 」

「 ・・・ また迷惑をかけてしまうわね。 ごめんなさい、ジョ−・・・ 」

「 ストップ。 具合の悪い時くらい、わがまま言ってくれよ。 さ・・・ともかくちゃんとベッドに入ってくれ。 

 え〜と? 体温計、あるかな。 」

「 ええ・・・ その引き出しの一番上。 」

「 開けるよ?  ・・・ ああ コレか。 あ・・・ そのう〜自分でやれるよね。 」

今度はジョ−が赤い顔をして体温計を差し出した。

「 ふふふ・・・ありがとう。 」

 

 

なんとか彼女をベッドに押し込んで、ジョ−はキッチンに取ってかえした。

「 え〜と・・・ 風邪の時、風邪の時には・・・っと。 水だけ、なんてとんでもないよな〜〜 」

神父様のお得意はなんだったっけ・・・? 

しばらくジョ−は首を捻っていたが、やがてぽん!と手を打った。

「 そうだよ。 思い出した、あれだよ! 」

ジョ−は冷蔵庫に頭をつっこみ しばらくごそごそ・がたがたやっていた。

やがて トレイの上になにやら湯気の立つカップと氷水入りのタンブラ−を乗せそろそろ歩きだした。

 

「 ・・・ ごめん、なんか手間取っちゃってさ。 ご注文の冷たい水です、お待たせしました。 」

「 ・・・ あ ・・・ ジョ− ・・・・ 」

「 ごめん、眠ってた? ・・・ あれ、汗、掻いてるな〜 タオル・・・あるかい。 」

「 ジョ−、そのトレイ、置いたら。 」

「 あ、いけね。 ・・・ ここに置くね。 タオルはこの引き出し? 」

ジョ−はあぶなっかしく捧げていたトレイをナイト・テ−ブルに置いた。

屈んでチェストの引き出しを開ける。 色とりどりのタオルがきちんと詰まっている。

「 ええ、一番下。 」

「 これでいっかな〜 ・・・ ほら、おでこ、拭くよ。 ・・・ それから、これ。 風邪の特効薬さ。 」

「 特効薬? 」

「 うん。 絶対効き目 保証つき!  ちょっとごめんね・・・ 」

ジョ−はフランソワ−ズを毛布ごと抱き起こすと マグカップを彼女の口元に運んだ。

「 なあに・・・?  ・・・ あら ホット・レモン ・・? 」

「 あたり♪ チビの頃風邪ひくといつでも神父様が コレ、作ってくれたんだ。

 熱々でイイ匂いがして ・・・ 酸っぱくて甘い不思議な<お薬> を飲む。 わざとゆっくり飲むんだ。

 ぼくが飲んでいる間、ず〜っと神父さまは側にいてくれたから・・・ね。 」

「 ・・・ これ ・・・ 美味しいわ ・・・ 」

「 そう? 神父さまのと同じ味にしようとおもって苦心したんだけど・・・ よかった。 」

「 ・・・ ああ・・・ なんだか身体がぽかぽかしてきたわ。 」

「 うん、それが効くみたいなんだ。 さ・・・それじゃちゃんとベッドに入って・・・ うん、これでよし。 」

ジョ−はもういちど そうっと彼女を寝かし、ぽんぽん・・・と羽根布団を叩いた。

「 保冷剤、見つけたから。 これ・・・ ほら、オデコに貼るよ? 」

「 ああ・・・ す〜っとしていい気持ち・・・・  ね、ジョ−、晩御飯・・・  」

「 大丈夫! 適当に済ませるから。 カップ麺ならお得意さ。 」

「 カップ麺は晩御飯じゃないわよ。 やっぱりわたし、作るわ・・・ もう 随分楽になったし。 」

「 わ! ストップ! 起きちゃダメだってば〜〜  」

「 ・・・・ でも ・・・ ! ・・・! ・・!  」

急に起き上がり動いたので 彼女はひどく咳き込んでしまった。

「 ほら・・・ 言わんこっちゃない・・・ 大丈夫かい・・・ 」

「 ・・・ ! ! ・・・! ・・・!  え・・・え ・・・ お水 ・・・ ちょうだ ・・・! ・・・! 」

「 ああ、 ・・・ はい。 ・・・ ゆっくり ・・・ 」

「 ・・・ あ ・・・ ありが・・・ とう ・・・ 」

「 ちゃんと寝てろって。 きみの分の食事もあるしな〜 ・・・ うん、ちょっと一っ走り張大人のところに

 行ってくるよ。 応援たのんで・・・なにか栄養価の高いもの、作ってもらってくる。 」

「 ・・・ え ・・・だって大人だって忙しいのじゃない? 」

「 大丈夫、きみの一大事っていえば 大急ぎで作ってくれるよ。 」

「 そんな ・・・ 」

「 ともかく! ベッドから出ることは禁じるからな! いいね。 」

「 ・・・ はい。 」

「 よし。 それじゃちょっと大急ぎで行ってくる。 きみ、携帯は? ・・・ うん、枕元に置いておけよ。 」

「 わかったわ。 ・・・ ジョ−、気をつけてね。 」

「 はいはい。 う〜ん・・・加速装置でならすぐなんだけど・・・ 行ってくるね。 」

「 ・・・ ええ ・・・ 行ってらっしゃい・・・ あ、ねえ? 」

「 うん? なんだい・・・   わぉ〜♪ 」

屈みこんだジョ−の頬に 彼女のちょっと乾いた唇が寄せられた。

「 ・・・ 移しちゃうと困るから・・・ ほっぺで我慢してね・・・ 」

「 サンキュ♪ ・・・ じゃあ、ね。 」

ジョ−はくしゃり、とフランソワ−ズの髪を撫でると足早に部屋を出て行った。

 

   この時間だと・・・車は途中までだな。 

 

年末の渋滞で副都心付近ではクルマでの移動はかえって時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

その年の冬、例年になく寒い日が続いた。

 

   ・・・ また曇りか。  お天道様はどうしちまったんだ・・・!

 

チラリ、と空を見上げ重い溜息を吐き。 そのままコ−トの襟に顔を埋め・・・

人々は一様に背を丸め、俯きがちになり時に乾いた咳をし足早に通り過ぎてゆく。

灰色の雲がぴたり、と蓋をしたように空にひろがり、冷たい空気を閉じ込めている。

 

ビル風が吹きぬける副都心、その一角にある店を青年が一人足早に目指していた。

時折風に栗色の髪が大きくあおられ、 驚くほど端正な横顔が見え隠れする。

タレントにもなれそうな容貌で 時折すれ違う人が振り返る。

しかし 青年はまったく無表情ですたすたと歩いていった。 

やがて 大きな店構えの中華飯店の前で彼は足をとめた。

 

   中華飯店  張々湖

 

一枚板の看板にどっしりとした文字が浮かびあがっている。

彼はしばらくその堂々たる文字を眺めていたが、意を決した風にドアの前に立った。

「 ・・・・・・・ 」

「 いらっしゃいませ。 ・・・ お一人様ですか。 失礼ですがご予約は・・・ 」

「 ・・・ い、いえ・・・ 」

「 申し訳ございません、お客さま。 本日はすでに満席でございまして・・・ 」

「 あ・・・あの。 張・・・さん、いますか。 」

「 は? ・・・ わたくしどもの社長の 張 でございますか。 」

「 そうです。 張 ・・ さん、に取り次いでください。 」

「 少々 お待ちを・・・ 」

 

慇懃に腰をかがめ蝶ネクタイのオトコはすっと愛想笑を消し奥に引っ込んだ。

 

   ・・・ マズかったかなあ・・・ 裏から入ればよかったかな・・・

   迷惑がかからないといいんだけど・・・

 

 

彼らの仲間の敏腕・料理人は その腕を存分に生かし、着々と<事業>を拡大していた。

地元・ヨコハマを本店に 今では副都心にも大きな中華飯店を構えている。

 

   凄いよな・・・ ぼく達の中で一番逞しいのは大人かもしれない・・・

 

ジョ−は豪華な店の装飾を眺め、心底感心していた。

張大人はいわゆる儲け第一主義などではない。

ただただ、ひたすら美味しい料理を多くの人々に・・・! と身を粉にして働き、結果

人々を惹き付けますます客が押しかける、というわけなのだ。

 

   いきなり来ちゃって・・・ やっぱりマズかったか・・・な。

   なんだか忙しそうだし・・・・このまま帰ろうかなあ。  夕食はコンビニでなんとか・・・

 

まだ奥からヒトが現れる気配はない。

ジョ−はそろそろと出口へと移動していった。 音をたてないように・・・と昇竜を模ったドアノブに手をかけ。

 

 ―  バン ・・!

 

奥へと通じる扉が勢いよく開いた。

中国風に彩色されたドラゴンが飛び出す・・・かもしれない、とジョ−は一瞬本気で思ってしまった。

「 ジョ−はん! ま〜〜 えろうお待たせしてしもうて・・・ささ、 奥にお通りなはれ。 」

「 ・・・ 大人〜〜 ! 」

「 支配人、スペシャル・ル−ム、開けてや。 御馳走、バンバンだしまっせ。 

 おや、ジョ−はん一人かいな。 」

先ほど出てきた男に命じると 張大人はジョ−の後ろをしきりと見ている。

「 え・・・ うん。  あの〜〜〜 お願いがあって。 その御馳走、持って帰っていいかな。 」

「 なんやて? 」

「 うん・・・ 実はフランソワ−ズがさ。 具合悪くて寝込んでいるんだ。 ぼくだとロクなもの、作れないから

 これ、晩御飯に貰っていってもいいかな〜と思って。 」

「 どないしはってん。 」

「 多分、風邪だと思うんだけど。 熱が高くて咳が酷い。 博士は丁度フライト中でさ、連絡つかないんだ。 」

 あ・・・いけね、電話入れるの忘れてた・・・ ちょっと失礼・・・ 」

ジョ−はごそごそとポケットから携帯を取り出した。

 

「 ・・・ この辺りだと脳波通信はさ〜 <圏外> なんだよな・・・ ん・・・んん・・・っと・・・

 ・・・ あ! もしもし〜〜 フランソワ−ズ? ・・・ ぼく。 」

電話の向こうでは また彼女は咳き込んでいてなかなか声がでないらしい。

「 あ・・・大丈夫かい? 返事しないでいいから! 聞いててくれれば・・・ あ!? 」

「 なんやて。 ・・・ ジョ−はん、その電話、ワテに貸しなはれ。 」

「 え・・・ あ、あれれ・・・・? 」

いきなり丸まっちい手が伸びてきて、存外な強さでジョ−の携帯をもぎり取った。

「 ・・・あ〜 フランソワ−ズはん? ああ、返事はせんでええ。 あんたはんな、ともかく暖かく・・・

 仰山着込んで待ってなはれ。 そや! 一番上に防護服、着てなはれ。 ええな! ほな! 」

「 ・・・あ! あれ〜〜〜 なんで切っちゃうんだよ〜〜 あ! あわわわ・・・  」

泣きっつらのジョ−に 大人はぽん!と携帯を放ってよこした。 

「 ジョ−はん! これはワテの命令や。 アンタ、迎えに帰りなはれ。 今 すぐ、や!

 防護服着て、 加速装置〜や! あんさんの大事なお人をはよ、連れて来ぃや! 」

「 え・・・ 防護服で・・・?  今 すぐぅ? 」

「 そうや。  一分でもはよ、ここに連れてきてあげなはれ。 ええな! 返事は!? 」

「 ・・・は、 はい。 

5分後。

中華飯店・張々湖の裏口から 派手な赤い服を着た姿がちらり、と見えたが一瞬にして消え去った。

 

「 ふん! ほんにま〜気ィの利かないお人やなあ。 

 ほんならワテはご病人さんのために腕にヨリかけて滋養のあるもん、つくっときまひょ。 」

オ−ナ−・シェフはドジョウ髭をしごきつつ、ゆうゆうと厨房に向かった。

 

 

 

「 ・・・ ああ・・・ 美味しかったわ ・・・ 」

「 ほっほ。 よろし、よろし。 ほっぺがやっと桜色にならはったな、フランソワ−ズはん。 」

「 御馳走様でした、張さん。 なんだか身体がじわ〜〜っと温まってきたの。 」

「 ほっほっほ。 これが食べ物のチカラ、いうこっちゃ。 薬膳、ゆうてな。 うんにゃ、クスリなんか

 ちょ〜っとも入ってしまへん。 身体にええ、ちゅう食べ物を選んでつくてますのんや。 」

「 ふうん・・・ でも僕にもすごく美味しいかったなあ。 」

「 ジョ−はん〜〜〜 美味しいのうて、な〜にが料理やねん。 どなたはんにも美味しゅう召し上がって

 いただけるよう、心を砕くのが料理人の心意気っちゅうもんや。 」

張々湖飯店の 奥まったスペシャル・ル−ムで、 ジョ−とフランソワ−ズは満足の吐息を洩らしていた。

磨きぬかれた食卓の上には ほとんど空になった皿・小鉢が所狭しと並んでいた。

蒼ざめ、こわばっていたフランソワ−ズの頬も 今はほんのり桜色に染まっている。

ジョ−は手をのばしずり落ちそうなショ−ルを直した。

「 あ・・・ ありがとう、ジョ−。  ふふふ・・・でもね、大人から電話をもらったときにはびっくりしたわ。

 うんと着込んで一番上に防護服を!ってなにかと思ったもの。 それですぐにジョ−が帰ってきたでしょう? 」

「 ぼくだってさ。 大人に怒鳴られてすっ飛んでいってしまったよ。 」

ジョ−は照れ笑いしつつも 彼女の笑顔をながめ満足そうである。

「 久し振りでさ〜 彼女を抱いて加速してきたけど・・・あ〜あ・・・重かった! 肩、凝っちゃったよ。 」

「 あ、あら! わたし、太ってなんかいません〜〜 ! 」

大袈裟にぐにぐに肩を動かすジョ−にフランソワ−ズは真顔で抗議している。

そんな二人を眺め、この辣腕料理人はちっこい目を一層細めている。

「 ほっほ。 その元気ならもう風邪は退散やな。 」

「 ええ、本当に。 熱っぽさもほとんど取れたし。 なによりも咳が止まったわ。 」

「 このお茶はな、花梨茶や。 花梨は咳を鎮める作用があるさかい。 咽喉痛にはぴったしなんや。 」

「 へえ・・・ ぼくたちにも効くんだねえ。 」

「 当たり前やで、ジョ−はん。 わての料理はどなたサンにも効きまっせ。 」

「 うん・・・ なんだか・・・嬉しいや。 ねえ? 」

「 ・・・・・・・・ 」

三人は黙って。 でも 皆穏やかな笑みをうかべ頷きあった。

 

   ・・・ そう! 自分たちは 熱いこころをもった人間だ・・・!

   

そんな想いを確認できる、平凡な日々にそれぞれ心からの感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

「 あ! 博士に連絡を入れるのもすっかり忘れてしまったけれど・・・ これならクスリなんかいらないね。」

ジョ−はにこにことフランソワ−ズの笑顔を振り返った。

「 そやなあ。 滋養のあるモノを熱々で食べる。 風邪っぴきにはこれが一番の治療法やで。 」

「 身体にチカラをつけて 病気に勝つのね。 」

「 そやそや。 どんな時でも、チカラのある身体とこころを持ってはったら何にでも立ち向かえまっせ。 」

「 ・・・ ?! し  ・・・ ! なんだか妙は音が・・・? 」

「 え? 」

「 ・・・ 誰か ・・・ 裏口からしのびこんで来たわ! 廊下伝いにくる・・・ 」

「 お客はんとちがうんか。 」

「 ・・・ ちがうわ。 おどおど・・・きょろきょろしてる。 なんだか・・・落ち着きがないわ。 」

「 ふん。 挙動不審ってヤツか。  今、そいつはどこかい、フランソワ−ズ。 」

「 えっと・・・ もうすぐこの部屋の前の廊下に折れてくるわ。 」

「 武器は? 」

「 ・・・・ 包丁、ね。 銃火器は ・・・ 持ってない。 」

「 よし、飛んで火に入るなんとやら・・・ってね。 随分ウンの悪いこそ泥だ。 」

「 それが。 コソ泥ってカンジでもないみたい。 なんだか目が据わっていて・・・恐いわ。 」

「 大丈夫さ。 ここにはサイボ−グ戦士が3人もいて、ちゃ〜んと防護服だってあるんだよ。 

 まあ・・・着る必要もなさそうだけど。  じゃ・・・ そいつがドアの前まで来たら教えてくれ。 」

「 了解。 」

フランソワ−ズはじっと入り口のドアを見つめている。

ジョ−は静かにドアに近づくと音をたてずにドアノブを握った。 

 

≪ 大人。 万が一の時、援護をたのむ。 ≫

≪ ら〜じゃ。 いつでも火炎放射、できまっせ。

≪ ふふふ・・・ ヨロシク。 ・・・それじゃ ≫

 

ジョ−はそろり、とドアノブを捻ると一気にドアを引く。

「 ・・・ うわあ〜〜〜 !? 」

大きな包丁を握り締めた若い男が転がりこんできた。

「 な、なんだ?? あ!! お前ら〜〜  か、金を出せ!! 」

「 ・・・ なんだ、あんた。 」

「 ふ、ふん! コレが見えねえのか! ぶっ殺すぞ〜〜 おりゃあ〜〜 」

オトコは起き上がると 包丁を掴んだままジョ−達の方へ突進してきた。

しかし 両手はぶるぶると震えており、脚も縺れ今にもまた転びそうだ。

ジョ−はひらり、と身をかわした。

「 ・・・ おっと・・・・ きみ? 刃物を振り回すのは止めたまえ。 人を傷つけるぞ。 」

「 な〜〜〜に〜〜〜 うっせぇ!!! か、金を出せってんだ〜〜 ! 」

「 本当よ、自分自身も怪我をするわ。 」

「 だまれぇ〜〜 このアマ〜〜〜 ! 」

フランソワ-ズを見つけると、今度は彼女に向かって突進した。

「 フラン? 気をつけたまえ。 どうも・・・コイツは尋常じゃないよ? 」

「 ええ・・・ そうねえ。  張大人、警察に連絡してくださらない。 」

「 アイヨ。 え〜っと・・・・ 119番・・・は違うアルなあ? 」

「 くそ〜〜〜 シカトしやがって〜〜〜 喰らえ! 」

ブン・・・と包丁ごとフランソワ-ズに体当たりするつもりらしい。

「 110番でしょ。  おっと。 」

「 ・・・ うぎゃあ〜〜〜!! 」

フランソワ−ズは軽く身体をひねり、オトコの一撃をやり過ごすと彼の腕をつかみそのまま背負い投げした。

 

   どごん・・・!

 

石造りのテ−ブルの脚にモロに突っ込み、オトコはそのまま伸びてしまった。

「 おみごと。 」

「 ふふふ・・・ 食後の軽いストレッチ代わりよ。 でも・・・ このヒト、やっぱりヘンだわ。 」

「 当たり前アル! ヒトんちに包丁もって忍び込むのは <ヘン> あるよ! 」

「 いえ・・・ そうじゃなくて。 あら・・・なにか言ってる・・・? クスリ・・・クスリをくれ・・・ですって。 」

「 クスリ・・・?」

「 ええ。 まさか ・・・ 大人の薬膳が食べたかったのかしら?? 」

「 冗談、お休みネ。 こりゃ・・・ヤク中あるな。 」

「 ヤク中??  あら? パトカ−が来るわ。 大人、もう知らせたの? 」

「 うんにゃ? ちょいとお待ち・・・ 支配人〜〜〜 警察、呼んだアルか〜〜 」

大人はオトコをよっこら跨ぐと ドアから大声で支配人を呼んだ。

 

「 社長〜〜 違いますよ、大変です! 」

「 なんやねん。 こっちゃも大変やで。 妙〜〜な兄ちゃんが突っ込んできたワ。

 あんた、裏口の警備、安生たのんまっせ。 」

「 社長〜〜〜 そんなこそ泥じゃなくて、ですね〜〜 」

「 あ、こいつ、コソ泥じゃないですね〜 どうもヤク中らしいです。 」

ジョ−がのんびりと口を挟む。

「 へ?? あ、い、いや! そこの大通りの四菱銀行にオトコが散弾銃を担いで立てこもってます!

 人質をとって・・・ 大騒ぎですよ! 」

「 ・・・ なんやて〜〜〜 ?? 」

「 まあ・・・ それで騒がしいのね。  ・・・・あら! すごい警備よ、パトカ−やら装甲車まで!

 あの建物ね・・・その銀行が入っているのは。 」

フランソワ−ズはじっと宙に眼を凝らし 透視を続けている。

「 どんな具合なのかい。 犯人は大人数なのかな。 人質の様子は? 」

「 ・・・ 犯人は ・・・ あら、一人よ。 散弾銃を構えている。 人質は・・・ 行員の人たちみたいね。

 ・・・あ! 撃たれたヒトが 一人・・・二人・・・・。 多分 ・・・ 」

すこし上気していた彼女の頬がまたすっと蒼ざめた。

「 いいよ、もう見るな。 ・・・ またぶり返すぞ。 」

ジョ−は彼女の手を握り肩を引き寄せた。

「 大丈夫・・・ ! ・・・・!・・・・!   」

「 ほら・・・また咳が・・・ せっかく身体が温まったんだ、じっとしておいで。 ぼくがなんとかする。 」

「 ジョ−・・・? 」

ジョ−は に・・・っと笑うと立ち上がり、部屋の隅に置いたバッグを開けた。

「 ジョ−はん。 よしなはれ。 ・・・ワテらのこと、公にはでけへん。」

「 こんなトコで着るとは思わなかったけど。 でも ・・・ ぼくらに出来ることはやらなくては。 」

大人は眉を顰めたが ジョ−は構わず赤い特殊な服を取り出し着替え始めた。

「 犯人は一人だ。 武器も普通の散弾銃だけだし。 なんとかうまく立ち回れると思う。 」

「 そないなコト、わかってますがな。 ジョ−はんならちょちょいのちょい、やろ。

 ワテが心配しているのはそんなことやあらへん。 警察の前にその・・・きんきらきんの服で

 出てみなはれ。 たちまち・・・業務妨害とか不審者とかで引っ張られますがな。 」

「 ・・・ そうかもしれないけど。 でも放ってはおけないよ。 これ以上犠牲者を出すわけにはゆかない。 」

「 大丈夫よ。 わたしが侵入経路をナビするわ。 表立って見えないところから入れば、ね? 」

「 頼めるかい? 悪いね、具合が悪いのに・・・ 」

「 ジョ−? 何を言っているの。 戦場だったらどうするの、どんなに傷ついていても 闘うでしょ。 」

「 そうだったね。 ・・・ きみは すごい。 」

「 そんなことないわ。 わたしは ジョ−や皆の足手纏いにならないようにするのが精一杯ですもの。

 ・・・ あ、急いだほうがいいわ。 アイツ・・・やっぱりヘンよ。 」

「 ヘン? その犯人が、かい。 」

「 ええ。 ただの銀行強盗じゃないわ!ヤク・・・って言ってる。 麻薬がからんでいるのね、やっぱり・・・! 」

「 コイツと同じアルか。 お〜い 支配人はん? コイツ、警察に突き出してんか。

 ああ、縛り上げてあるさかい、危ないことあらへん。 頼んまっせ。 」

大人はまだ床に伸びてたコソ泥を引きずって部屋から出した。

「 ジョ−、 正面と裏は警察がびっちり固めているの。 そうねえ・・・手薄なのは地下からかしら。 」

「 ふうん・・・ それじゃ <正攻法>でゆくかな。 」

ジョ−はきゅ・・・っとマフラ−の結び目を手繰り、晴れやかに笑う。

 

    ジョ− ・・・ ! こんな時にも爽やかに笑えるあなたって・・・すごい。

 

「 わたしも行くわ! 」

フランソワ−ズがぱっと立ち上がった。

「 あ、今度はぼくに任せてくれよ〜〜〜 さっきはきみに先手を取られてしまったからさ。

 今度はぼくの番だ。 」

「 でも・・・ ジョ−、どうやって侵入するの? 」

「 言ったろ? 正攻法でって。  ・・・ 建物に入る時にはドアから、さ。 」

「 ドア? 」

「 そういうコト。  犯人は? 同じ位置かい。 警察、多分特殊工作部隊が入っているだろう、

 その位置も頼む。 」

「 了解。 犯人は・・・ 一階のフロント後方・・・金庫室を背にふんぞり返っているわ。

 警察の方は ・・・ 」

「 ・・・ 了解。 それじゃ行ってくる。 」

「 気をつけて! 脳波通信をずっとオ−プンにしておいてね。 」

「 了解。 ・・・ あれ、大人 ? 」

「 ジョ−はん! ちょい待った。 ワテも協力しまっせ〜〜 」

張大人が なにやら大きなケ−スを持って戻ってきた。

「 これや。 これを差し入れでっせ〜〜言うて対策本部に持って行くさかい。 その時に<通る>よろし。

「 あは。 そりゃいいね!  だれにも気づかれないうちに、か。 」

「 そうや。 回りは犯人が勝手にぶっ倒れた、思うやろ。 ワテらの存在は知られてはあかんのんや。 」

「 ・・・ そうね。 やっぱり、わたし達は<いないはず>のモノなのよ。 」

「 よし! それじゃ。 大人、頼みます。 ぼくは5分後に <通る>。 」

沈んでしまった雰囲気を吹き飛ばし、ジョ−は殊更 明るい声で開始の合図をした。

「 了解アル! 」

「 了解。 現在位置、 犯人、 警備側ともに変更なし。 」

「 了解。 それじゃ・・・ バックアップ、頼みます。 」

大人は 凝った中国服のままぽてぽて出てゆき ― きっかり5分後、ジョ−の姿が消えた。

 

≪ Good Luck ・・・・! ≫

 

バーン・・・! ガタ−ン! ガタ−ン・・・!

ほどなくして 建物の内部からは大きな音と人々の悲鳴や怒号が響いてきた。

 

 

その日。 

巷では新聞の号外が飛び散り、マスコミでは特集番組が繰り返し放映されていた。

 

「 やっぱり麻薬だったのね、もともとの原因は・・・・ 」

「 そうらしい。 あの犯人は完全に麻薬中毒だったそうだ。 クスリに操られていたんだ。 」

「 ・・・ どうしてそんなモノに手を出すのかしら。 中毒になるってわかりきっているでしょうに。 」

フランソワ−ズの表情は暗い。

結局 ジョ−が加速装置で <片付けた> とは知られぬまま、事件は終結した。

犯人のオトコは いきなり旋風が侵入してきて弾き飛ばされたとか銃をすごいチカラでもぎ取られたとか

言っていたが、本気で取り合うモノは誰もいなかった。

中毒症状の重さに皆が眉を顰め有無をいわさず逮捕されたのだった。

 

「 そうだよね。 手を出したら最後だってわかっているはずなのに・・・ 

 よくほんの遊び半分・面白半分で始めた・・・なんて記事を読むけど。 」

「 ・・・ どこか・・・間違っているのじゃないかしら。  あまりの物質的な豊かさが反比例して

 ほんとうに大切なものを押しつぶしてしまっている・・・って思えるの。 」

「 うん・・・張大人も同じことを言っていたな。 この国は金持ちで平和すぎる・・・って。 」

「 そうね、 そうかもれないわ。 どこかに歪みが出てくるのね。 」

「 ・・・ 歪み、か。 上手いことを言うね。 あれ・・・ ああ、ぼくが出るよ。 」

リビングにある固定電話が鳴った。

二人は研究所にもどり、のんびりと寝る前にお茶を飲んでいたところだった。

「 ・・・ はい ギルモア研究所 ・・・ うん? ・・・あれ、アルベルトかい? 」

「 まあ、珍しいわね。 ドイツから? 」

「 うん・・・ああ、ちょっと待って。 いや、ロンドンに居るそうだ。 フラン? きみも<聞いて>くれるかな。 」

ジョ−は受話器を離し、フランソワ−ズを目顔で招いた。

「 え・・・ いいの。 」

「 ああ。 <仕事>らしい。  ・・・アルベルト? フランソワ−ズにも聞いてもらっているよ。 

 うん・・・ うん・・・ 博士はそろそろニュ−ヨ−クに着くころさ。 」

フランソワ−ズはジョ−の隣に座り 静かに<耳>を稼働させた。

 

この一本の電話で 彼らの闘いの日々が再び始まった。

 

 

 

久し振りのドルフィン号は いつもと変わることなく滑らかに空を そして 海中を通り抜けていった。

コクピットには単調なエンジン音だけが響き 口を開くものはいない。

一応 ミッションの目的は達成したのだが  − 後味のわるい <仕事> だった。

黄金の三角、と呼ばれる地域まで出向き、 シャドウ・コマンド と称する組織が企んでいた

大規模な麻薬精製工場は壊滅させてきた。

しかし すべての人間を、とりわけ巻き込まれた現地の人々を 救うことができたのではなかった。

その上 ・・・

 

   ヤツらは。 やはりヤツらは 蘇っていた・・・!

 

そう 新しい 『 ブラック・ゴ−スト 』 が暗躍を始めていたのだ。

重苦しい空気のなか、サイボ−グ達はそれぞれに遣り切れない思いを持て余していた。

 

「 ・・・ これより潜水走行、自動操縦に切り替えます。 オフ・タイムに入ります ・・ 」

がくん・・・・・と軽いショックに身を震わせ 空飛ぶイルカ は身を翻し海中に姿を消した。

あとは故郷の海まで一直線である。

「 ・・・ あ〜ああ・・・ ちょっくら寝てくら。 オレ、次の当直だから。 」

赤毛ののっぽが一足先にコクピットを離れた。

「 そんならワテはちょいと晩御飯の仕込みにかからせてもらいまっさ。

 皆はん、今晩は御馳走やで〜〜〜 お疲れサンの宴会や 」

料理人も張り切って厨房に姿を消した。

「 皆、 僕に任せてくれよ。 大丈夫、後は帰還するだけだから・・・ 」

当番のピュンマがコンソ−ル盤の前から 仲間たちに声をかけた。

「 ありがたや・・・ それではお言葉に甘えて年寄りは休ませてもらおう。 」

グレ−トがわざとらしくとんとん腰を叩いている。

「 ったく・・・! 都合がいい様にトシを取るんだな。 」

「 むう・・・ しかし誰にも休息は必要だ。 」

穏やかなジェロニモのひと言に コクピットの空気はほう・・・っと緩んだ。

「 諸君? 恋人達に席を譲ってやろうではないか。

 お二人さん? どうぞ < ごゆっくり > 

年寄りだのなんだの言っておきながら グレ−トは大仰にお辞儀をし出ていった。

「 ・・・ そうだな。 ウマに蹴られたくはないしな。 」

「 あ・・・ぼく達はそんなんじゃ・・・ 」

「 ジョ−よ? お前な。 いい加減で腹を括れよ? 」

アルベルトがビシ!っと指をさし、それじゃ・・・と仲間達はそれぞれのキャビンに散っていった。

「 ・・・ もう ・・・ 困っちゃうよな? 」

ジョ−は苦笑しつつまだモニタ−席にいるフランソワ−ズを振りかえった。

「 ・・・ し! ジョ−・・・なにか聞こえる・・・! 」

「 なんだって?! 」

「 しッ! 静かにして・・・! 」

駆け寄るジョ−を手で制し 彼女は一点をみつめ集中している。

「 なにか・・・ヘンな音がするの。 さっきまでなにもなかったのに・・・!

 ううん、内側 ( なか ) じゃないわ・・・ ドルフィンの外側 ( そと ) になにか・・? 」

「 もう一度 しっかり捜せ! 隅から隅まで、だ! ひとまずドルフィンを停止させて。

 ・・・よし! 全員を呼び戻そう。 」

ジョ−はすぐにコ−ルのスイッチに手をかけた。

「 落ち着けよ、ジョ−。 皆疲労困憊してるんだ。 僕らでできるだけやってみよう。 」

「 しかし・・・! 」

「 そうね。 時限爆弾ならもうとっくに爆発しているはずでしょう? わたし、ドルフィン号の周囲も

 監視していたのだけれど・・・ 」

「 う〜ん、 かなりスパンの長い爆発物もあるからね。 油断はできないけど。 

 音の聞こえるだいたいの位置を教えてくれるかな。 外に出て捜すよ。 」

ピュンマは庭掃除にでもでかける風に 気軽にすたすたとメイン・ハッチのある方向に出て行った。

「 あ! ぼくも行くよ。 フランソワ−ズ、ナビを頼む。 きみの情報が頼りだ! 」

「 了解! わたしのミスよ。 わたしも外に出て捜すわ! 」

「 駄目だ。 きみは中からフォロ−しろ。 ・・・いいね? 」

ジョ−は立ち上がりかけた彼女の肩を押さえその必死の瞳をじっと見つめた。

 

   ・・・ジョ−。 わたしが足手纏いだから・・・じゃないわね?

   

   当たり前だろう! きみにはきみにしかできないことに専念しろ。

 

   ・・・ ありがとう!

 

一言も発せず、もちろん、脳波通信すら送らなかったけれど。

ほんの数秒で二人はしっかりとお互いの気持ちを確認しあった。

「 はい。 ・・・ 探索を続行します。 」

「 了解。 それじゃ! 」

ジョ−はブ−ツを鳴らしピュンマの後を追った。

「 ちょい待ち!  お前さんら、水臭いなあ〜 我輩を差し置いて! こりゃ<手>が利くほうがいいな。

 ・・・ それでは 参る〜〜 」

「 グレ−ト・・・! 」

突然 背後から声がかかり、振り返れば舷側の窓からは大蛸がバチン!とウィンクを送っていた。

「 お前は左舷を探索しろ。 俺はソナ−で右舷を虱潰しにチェックする。 」

いつのまにかアルベルトがコンソ−ル盤前に座を占めている。

「 ヤツらもしたたかだからな。 こっちは基地を破壊することだけに集中していて自分自身の周囲が

 疎かになっていた。 ま、俺たちが油断していたということだ。」

「 アルベルト・・・ わたしの責任なの。 わたしが油断して・・・ 」

「 しっかりサ−チしろ、見逃すな! 反省するのは後だ。 」

「 了解! 」

 

    あ・・・! ジェロニモ・・・ジェットも・・・! みんないつの間に・・・?

 

彼女の視界には船外で懸命に捜索する仲間達の姿が映った。

ここが正念場なのだ。 反省や後悔は ・・・ 後でいい。

フランソワ−ズは全身の神経を 眼 と 耳 に集中した。

 

    ・・・・ あった!

 

≪ 皆! 見つけたわ。 場所は ・・・・・ 。 ≫

≪ 了解! ≫

全員からすぐに返事が飛んでくる。

≪ ・・・ 発見した! ≫

≪ 待って! ・・・ 時限装置みたいのがついてるわ! ≫

≪ う〜ん ・・・ これは恐らく移動させた瞬間に時限スイッチが入るのじゃないかな。≫

≪ それじゃどうやって除去するの? ≫

≪ ジェロニモ! まずはひっぺがしてくれ! ≫

≪ だって! 動かしたら・・・! ≫

≪ 大丈夫さ。 頼む。 ≫

 

べりべり・・・と小さなメカがドルフィン号から引き剥がされた。

 

≪ サンキュ。 じゃ・・・ちょいと捨ててくる。 ≫

≪ ジョ−! 僕も援護するよ! ≫

≪ おい〜〜 オレ様の出番を取るなって。 空中で待機してるぜ。 ≫

≪ ピュンマ、 ジェット。 頼む。 ≫

 

盛大な泡を残し赤い影達が海面へと急上昇していった。

 

    すごい・・・・! あ・・・でも時間が・・・!

 

 

  ズガ −−−−−ン ・・・・!!!

 

ほどなくして海上からかなりの衝撃波が伝わってきた。

停止中のドルフィン号も海中でゆらり、と一瞬不自然に動いた。

ジョ−はピュンマの援護をうけつつ、爆発物を持ち急浮上、海面から投げ上げた。

空中で受け止めたジェットがぎりぎりの時間までさらに出来る限り遠くに運んだのだ。

 

 

 

「 ・・・ OK  今度こそ、ドルフィン号は <清潔> よ。 」

フランソワ−ズは視線を全員に戻し 微笑んだ。

ほう・・・っと安堵の空気がコクピットに満ちる。

「 やれ・・・ やっと放免か・・・  」

「 油断大敵、これワテら、忘れてたアルね〜〜 」

「 ・・・ ごめんなさい。 わたしが一番いけないの。 」

「 もう いい。 今後の体制を考えよう。 」

「 そうだね。 自動監視装置の設置も視野に入れてみるね。 」

「 しっかしな〜〜 ヤツらもヤルなあ〜 」

「 皆 ・・・ ありがとう・・・! 」

フランソワ−ズはまた 俯いてしまった。

「 人のことは言えないよ。 ぼくこそあまりに平和な日々に浸りすぎていた・・・! 」

ジョ−の大きな手がそっとフランソワ−ズの肩を引き寄せる。

「 油断は・・・ あってはならないんだ。 」

「 ・・・そう・・・ そうね・・・ 」

 

  ぼく達は。 どんなことがあっても 戦士 なのだから。

  どんなにキツイ状況でも。 最悪の状態でも。   ・・・ 負けない。 負けやしない。 

 

  ぼくには。 きみがいる。 ぼくのこころをしっかりと支えてくれるきみがいるから。

  ぼくは 負けない。 絶対に・・・! 強いこころなら何にでも立ち向かえる。

 

  そうね。 たとえ闘いの中でだって わたしは微笑んでいられる。

  こころが悲しみに押しつぶされることはないわ。 こころは 負けない!

 

  ・・・ あなたがいてくれるから。 わたしはどんな悲惨な状況でもきっと切り抜ける!

  そして あなたのもとに還るのよ。

 

 

  ― 行こう。   明日を作るために。 

 

 

こうして再び サイボ−グたちは闘いの日々に身を投じていった。

 

 

 

************************       Fin.    ***************************

 

Last updated :  12,30,2008.                                    index

 

 

 

************      ひと言     ***********

え〜〜と ・・・ ( 大汗 ) なんといいますか・・・・コレはですね・・・・

原作補完話なわけです。  『 黄金の三角地帯編 』  <ペ−ジの裏ではなにしてました?>

シリ−ズ・・・ってことなのでした。

あの、 < 〜〜 ボク。> っつ〜甘えた電話の裏!を解明したくて書き始めたのですが

いつのまにかミッション話になりまして ( 大汗 ) NBG復活♪ への賛歌・・・じゃなくて!

対決への決意もあらたに〜〜♪♪って <前向きな>! お話で 2008年を

締め括る・・・ことになりました。 ( 大焦り〜〜〜 (^_^;) )

2 009イヤ−♪へ 向けて〜〜 加速そ〜〜ち♪♪ でございます (#^.^#)

 

例によって滅茶苦茶な戦闘シ−ンにつきましてはどうぞお目を瞑ってくださいませ<(_ _)>

ひと言でもご感想を頂戴できれば望外の幸せでございます〜〜〜 ( ぺこぺこ・・・ )