<Do you love me?>
*
アルヌールさんの彼はとても優しい。
彼に作る料理。 ―――すごくおいしいよ。
初めて着る服。 ―――よく似合ってる。
この映画面白そう。 ―――今度観に行こう。明日はどう?
ごめんなさい。足手まといで。 ―――そんなことはない。大丈夫。
彼は、優しい。
けれどアルヌールさんは時々不安になる。
これは私にだけ? それとも誰にでもそうなの?
彼が私に優しいのは、誰にでも優しい彼の、なんてことない優しさの一つなの?
優しい彼が好き。
誰にでも優しい彼が好きだから、文句は言えないけれど、でも。
私は特別だと、思いたい。
彼の心の中には、私がいちばん大きく存在しているのだと、確かめたい。
せめて、二人だけでいる、今だけでも。
アルヌールさんは彼に聞く。
自分は彼にとって特別なのだと、言って欲しくて。
「ねえ。私のこと、愛してる?」
*
「ねえ。私のこと、愛してる?」
シマムラくんの彼女が聞く。
いつもじゃない。ごくごく稀に、彼女はフイをつく。
そして、シマムラくんは、この問いがとても苦手だ。
―――それは・・まぁ。その。
「ちゃんと言って」
―――え? ええと・・・好き、だよ・・・・・。
「好き・・・好き、ねぇ。―――それってどのくらい? 今朝のスープくらい?
それともあなたの車くらい?」
少々不機嫌な彼女。
シマムラくんの彼女は賢いので、普段はこんな質問を恋人にはしない。
なんと言っても相手はシマムラくんだし。
そんな彼女がこんなことを聞くのは、実はかなり彼女が参っているとき。
でもシマムラくんは往々にしてそれに気づかない。
降って湧いたようなこの問いに、いつも大いにうろたえて視線を逸らす。
―――愛してるかって・・・?
どうしてわからないんだろう。君はいつだって、ボクの気持ちをいちばんわかって
くれるのに。
『君を愛している』
この言葉の意味に、確かにボクの気持ちもあてはまるけど、でも何だかそれだけ
じゃない。君に対する気持ちはもっと・・・もっと、違う何か。「愛」なんて俗な言葉では
言い表せない。
・・・・と、本当はボクは思っているんだけど。
大体、「アイシテイル」なんて言葉、普通は使わないんだよ、この国では。
声に出して言うのは、とてつもなく恥ずかしいことなんだよ。
素面で臆面も無くそんなことを言う男は、どこか信用ならないじゃないか(偏見だろうか)。
そんな訳で、シマムラくんはどうしていいかわからず言葉を濁してしまう。
彼女はじっとシマムラくんを見つめ、やがて
「・・・いいわ、もう」
ちょっぴり拗ねたフリをして、シマムラくんを解放する。
あからさまにホッとするシマムラくんを見る彼女が、少し哀しそうなのにシマムラくんは
気づかない。
*
『愛している』
アルヌールさんはフランス人。
愛を語らせたら世界で1、2の国で、娘時代までを過ごした。
父に母に兄に、数え切れないほどの愛の言葉とともに抱き締められて、自分も彼らを
抱き締めて。
手足がすっと伸びてくる頃には、家族じゃない他の誰かに、切なげな眼差しとともに
その言葉を囁かれることも少なくなくて。
だから彼女にとって愛の言葉はとても身近なものだった。
ところが今は。
アルヌールさんはたまにどうしても聞きたくなる。
優しい国。優しい人たち。優しい彼。
それはわかっている。けれど、時にはちゃんと言って欲しい。
愛しているよと。
そんなに難しいことじゃないはず。だって恋人同士だもの。
・・・・それとも違うのかしら?
違うのかもしれないと、アルヌールさんは時折ひどく不安になる。
私たちは、一体何なんだろう。
だからアルヌールさんは聞く。
「私のこと、愛してる?」
*
「私のこと、愛してる?」
今日もまた唐突に彼女に聞かれた。
見た目は欧米人に近くても、シマムラくんは生粋の日本人。
なかなか言えない愛の言葉。
でも今夜のシマムラくんは頑張った。
「うん・・・愛してるよ」
夕食後のシマムラくんの部屋。本を返しにきた彼女。ベッドに並んで座っている。
今夜は一緒に過ごしたいと、さっきからずっと思っていた。
「うそ・・・」
「うそじゃない。ホントだよ」
照れくさくて彼女の顔が見られない。でもここでくじけたら今夜は独り寝だ。
「・・・・・愛してる」
口の中で急いで言って、引き寄せた彼女の髪に、赤くなっているはずの顔をうずめた。
「・・・じゃあもう一度言って。ちゃんと私の目を見て言って」
・・・・・・え。
「言って」
彼女の吐息が甘く耳にかかる。
顔を上げると、熱を帯び潤んで揺れる蒼い瞳が、睫毛の触れそうな位置にある。
・・・・・今このシチュエーションで、こんな声の、こんな瞳の彼女から離れられる男がいたら
お目にかかりたい。
ボクは、絶対無理。もうダメだ。何だって言ってやる。
シマムラくんは自分の持つありったけの力を総動員する。
出来るだけ優しく男らしく彼女の瞳に映るように、彼女をじっと見つめて。
「愛してる。愛してるよ・・・・・・」
言えた。
あとはもう、彼女に口は挟ませない。
*
ベッドの中の彼。
アルヌールさんの名前を何度も呼んで。
信じられないくらい情熱的にアルヌールさんに囁く。
何度も、何度も。
―――愛してる。君だけを。
―――綺麗だ。ここも・・・・ここも。
普段の彼なら絶対言わない言葉を、照れもせず。
ようやく呼吸が落ち着いたアルヌールさんは、彼に指摘する。
腕枕をした手でアルヌールさんの髪をもてあそんでいた彼が、その手をちょっと止めて
彼女に言った。
「君は言わないね。ボクにばかり言わせて、肝心なときにずるいよ」
ニッと笑った茶色の瞳に、肝心なときって何よ、と思いながらアルヌールさんは答える。
「あら。私はいつだって」
「いつだって?」
「あなたのこと・・・・・」
「ボクのこと?」
からかうような瞳が憎らしい。
「・・・・・愛してるわ」
浮かべる微笑は変わらないまま、彼の瞳に力がこもる。
「・・・・・・ボクも、愛してる」
そのまま唇を寄せてきた彼に、アルヌールさんは慌てて言った。
「その言葉、普段も言ってくれる?」
「ん?」
「こういうときだけじゃなくて・・・・あの・・・・・」
「わかった」
短く答えた彼はもう、彼女の胸の上にいる。
アルヌールさんは限りなくため息に近い吐息をこぼした。
・・・・ホントかしら。
*
二人で目覚める朝。
お互い少し恥ずかしそうに「おはよう」を言い、「じゃあね」とそっとドアを開ける。
1日が始まる。
アルヌールさんの彼氏は相変わらず優しくて、そして「愛してる」とはやっぱり言ってくれない。
シマムラくんの彼女は、まあいいかと肩をすくめる。
彼の部屋で過ごした夜の、それだけで心が満たされたのはちょっと不本意だけど。
『愛している』
その一言を言えない彼が、彼女は少々不満で。
『愛している』
その一言を求める彼女を、彼は少々持て余して。
そして彼らは相変わらず同じ会話を繰り返している。
『ねぇ。私のこと、愛してる・・・・?』
『え・・・・・?』
END index
******* 掲載当時の霜月さまのコメントです ********
<あとがき>
なんですか、この甘々な二人はっっ(>_<)!
えーとえーと、この「カレカノ」シリーズはまったく時系列にそってません(汗) これは結構後ですね、二人の付き合いにおいて。
このシリーズの二人は私の中の基本的なジョー&フランソワーズとはちょっと違うですよ〜。ここの二人は「恋人同士」あるいは
「このあと絶対恋人同士になる」って設定です。本来の私の93はそのへん微妙ですから(^_^;)
や、でもこれはこれで気持ちパラレル、って感じで自分では楽しく書いてます(^^) ・・・ってそれじゃイカンのかな〜〜〜〜。
・・・・まぁ、いいか。