Do you love me?>

 

  

  

アルヌールさんの彼はとても優しい。

 

彼に作る料理。  ―――すごくおいしいよ。

初めて着る服。  ―――よく似合ってる。

この映画面白そう。 ―――今度観に行こう。明日はどう?

ごめんなさい。足手まといで。 ―――そんなことはない。大丈夫。

 

彼は、優しい。

 

 

けれどアルヌールさんは時々不安になる。

これは私にだけ? それとも誰にでもそうなの?

彼が私に優しいのは、誰にでも優しい彼の、なんてことない優しさの一つなの?

 

 

優しい彼が好き。

誰にでも優しい彼が好きだから、文句は言えないけれど、でも。

 

 

私は特別だと、思いたい。

彼の心の中には、私がいちばん大きく存在しているのだと、確かめたい。

 

せめて、二人だけでいる、今だけでも。

 

 

 

アルヌールさんは彼に聞く。

自分は彼にとって特別なのだと、言って欲しくて。

 

 

「ねえ。私のこと、愛してる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ。私のこと、愛してる?」

 

シマムラくんの彼女が聞く。

 

いつもじゃない。ごくごく稀に、彼女はフイをつく。

そして、シマムラくんは、この問いがとても苦手だ。

 

 

―――それは・・まぁ。その。 

「ちゃんと言って」

―――え? ええと・・・好き、だよ・・・・・。

「好き・・・好き、ねぇ。―――それってどのくらい? 今朝のスープくらい? 

それともあなたの車くらい?」

少々不機嫌な彼女。

 

 

シマムラくんの彼女は賢いので、普段はこんな質問を恋人にはしない。

なんと言っても相手はシマムラくんだし。

 

そんな彼女がこんなことを聞くのは、実はかなり彼女が参っているとき。

でもシマムラくんは往々にしてそれに気づかない。

降って湧いたようなこの問いに、いつも大いにうろたえて視線を逸らす。

 

 

―――愛してるかって・・・?

どうしてわからないんだろう。君はいつだって、ボクの気持ちをいちばんわかって

くれるのに。

 

 

『君を愛している』

この言葉の意味に、確かにボクの気持ちもあてはまるけど、でも何だかそれだけ

じゃない。君に対する気持ちはもっと・・・もっと、違う何か。「愛」なんて俗な言葉では

言い表せない。

 

・・・・と、本当はボクは思っているんだけど。

 

大体、「アイシテイル」なんて言葉、普通は使わないんだよ、この国では。

声に出して言うのは、とてつもなく恥ずかしいことなんだよ。

素面で臆面も無くそんなことを言う男は、どこか信用ならないじゃないか(偏見だろうか)。

 

 

 

そんな訳で、シマムラくんはどうしていいかわからず言葉を濁してしまう。

彼女はじっとシマムラくんを見つめ、やがて

「・・・いいわ、もう」

ちょっぴり拗ねたフリをして、シマムラくんを解放する。

 

あからさまにホッとするシマムラくんを見る彼女が、少し哀しそうなのにシマムラくんは

気づかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『愛している』

 

アルヌールさんはフランス人。

愛を語らせたら世界で1、2の国で、娘時代までを過ごした。

 

父に母に兄に、数え切れないほどの愛の言葉とともに抱き締められて、自分も彼らを

抱き締めて。

手足がすっと伸びてくる頃には、家族じゃない他の誰かに、切なげな眼差しとともに

その言葉を囁かれることも少なくなくて。

 

だから彼女にとって愛の言葉はとても身近なものだった。

ところが今は。

 

 

アルヌールさんはたまにどうしても聞きたくなる。

優しい国。優しい人たち。優しい彼。

それはわかっている。けれど、時にはちゃんと言って欲しい。

愛しているよと。

 

 

そんなに難しいことじゃないはず。だって恋人同士だもの。

・・・・それとも違うのかしら?

 

違うのかもしれないと、アルヌールさんは時折ひどく不安になる。

私たちは、一体何なんだろう。

 

 

だからアルヌールさんは聞く。

 

「私のこと、愛してる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のこと、愛してる?」 

 

今日もまた唐突に彼女に聞かれた。

見た目は欧米人に近くても、シマムラくんは生粋の日本人。

なかなか言えない愛の言葉。

 

でも今夜のシマムラくんは頑張った。

 

「うん・・・愛してるよ」

 

夕食後のシマムラくんの部屋。本を返しにきた彼女。ベッドに並んで座っている。

今夜は一緒に過ごしたいと、さっきからずっと思っていた。

 

「うそ・・・」

「うそじゃない。ホントだよ」

照れくさくて彼女の顔が見られない。でもここでくじけたら今夜は独り寝だ。

「・・・・・愛してる」

口の中で急いで言って、引き寄せた彼女の髪に、赤くなっているはずの顔をうずめた。

 

 

「・・・じゃあもう一度言って。ちゃんと私の目を見て言って」

 

・・・・・・え。

 

「言って」

彼女の吐息が甘く耳にかかる。

顔を上げると、熱を帯び潤んで揺れる蒼い瞳が、睫毛の触れそうな位置にある。

 

 

・・・・・今このシチュエーションで、こんな声の、こんな瞳の彼女から離れられる男がいたら

お目にかかりたい。

ボクは、絶対無理。もうダメだ。何だって言ってやる。

 

シマムラくんは自分の持つありったけの力を総動員する。

出来るだけ優しく男らしく彼女の瞳に映るように、彼女をじっと見つめて。

 

 

「愛してる。愛してるよ・・・・・・」

 

 

言えた。

あとはもう、彼女に口は挟ませない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ベッドの中の彼。

アルヌールさんの名前を何度も呼んで。

信じられないくらい情熱的にアルヌールさんに囁く。

何度も、何度も。

 

 

―――愛してる。君だけを。

―――綺麗だ。ここも・・・・ここも。

 

普段の彼なら絶対言わない言葉を、照れもせず。

 

 

ようやく呼吸が落ち着いたアルヌールさんは、彼に指摘する。

腕枕をした手でアルヌールさんの髪をもてあそんでいた彼が、その手をちょっと止めて

彼女に言った。

 

「君は言わないね。ボクにばかり言わせて、肝心なときにずるいよ」

ニッと笑った茶色の瞳に、肝心なときって何よ、と思いながらアルヌールさんは答える。

「あら。私はいつだって」

「いつだって?」

「あなたのこと・・・・・」

「ボクのこと?」

からかうような瞳が憎らしい。

「・・・・・愛してるわ」

浮かべる微笑は変わらないまま、彼の瞳に力がこもる。

「・・・・・・ボクも、愛してる」

 

そのまま唇を寄せてきた彼に、アルヌールさんは慌てて言った。

「その言葉、普段も言ってくれる?」

「ん?」

「こういうときだけじゃなくて・・・・あの・・・・・」

「わかった」

 

短く答えた彼はもう、彼女の胸の上にいる。

アルヌールさんは限りなくため息に近い吐息をこぼした。

 

・・・・ホントかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

二人で目覚める朝。

お互い少し恥ずかしそうに「おはよう」を言い、「じゃあね」とそっとドアを開ける。

 

 

1日が始まる。

アルヌールさんの彼氏は相変わらず優しくて、そして「愛してる」とはやっぱり言ってくれない。

シマムラくんの彼女は、まあいいかと肩をすくめる。

 

彼の部屋で過ごした夜の、それだけで心が満たされたのはちょっと不本意だけど。

 

 

 

『愛している』

その一言を言えない彼が、彼女は少々不満で。

 

『愛している』

その一言を求める彼女を、彼は少々持て余して。

 

 

 

そして彼らは相変わらず同じ会話を繰り返している。

 

 

 

 

『ねぇ。私のこと、愛してる・・・・?』

『え・・・・・?』

 

 

 

 

END                                     index

 

 

 

 

 *******   掲載当時の霜月さまのコメントです  ********

  

<あとがき>

なんですか、この甘々な二人はっっ(>_<)!

えーとえーと、この「カレカノ」シリーズはまったく時系列にそってません(汗) これは結構後ですね、二人の付き合いにおいて。

このシリーズの二人は私の中の基本的なジョー&フランソワーズとはちょっと違うですよ〜。ここの二人は「恋人同士」あるいは

「このあと絶対恋人同士になる」って設定です。本来の私の93はそのへん微妙ですから(^_^;)

や、でもこれはこれで気持ちパラレル、って感じで自分では楽しく書いてます(^^)  ・・・ってそれじゃイカンのかな〜〜〜〜。

・・・・まぁ、いいか。