<First season>

 

 

アルヌールさんはフランス育ちのフランス人。

シマムラくんはハーフだけど、日本育ちの日本人。

故に、彼と彼女は、いろいろと思い違いや誤解も多いのだ。

これは彼らの外見と実際過ごしてきた時間とにまださほどのギャップが

なかった―――そう、二人が何となくお互いを意識し始めた頃のおはなし。

 

 

ある日街に出たシマムラくん。ふと見かけた二人連れに眼を見張る。

それは、シマムラくんが内心、自分と一番仲がいい、と思っていた蒼い瞳の女の子。

彼女が何と他の男と腕を組んで歩いている。しかも、相手は同居人のイギリス人。

「まさか・・・・彼女って・・・・・」

シマムラくんは呆然と家に帰って、一人考え込んだ。そして出した結論。

 

・・・・あの二人は付き合ってたのか?

 

 

 

突然の質問を受けた当事者たちは、お茶を噴き出して否定する。

「我輩がマドモアゼルと・・・? そりゃあまあ、ハタから見れば似合いのカップルかも

知れないが」

「――どこがよ?・・・・大体アナタ、いきなり何言い出すの?」

だって・・・! とシマムラくんは少しムキになって食い下がる。

「腕・・・組んで歩いてたろ? 街で」

 

それを聞いた別の同居人が首を傾げた。

「腕くらい組むだろう? 普通」

「ええっ?! そう・・・なの?」

「そうなのってオマエ・・・・彼女と歩いていて腕組んだことないのか?」

「ない」

憮然と呟くシマムラくん。

「・・・・・・・・」

彼女が横目でシマムラくんをちらっと見た。

 

「だってキミは・・・キミも彼女と歩くときは腕組むのかい?」

まさかと思いながらシマムラくんは訊ねる。するとそのドイツ人は事もなげに

「ああ・・・・そうだな、大体は」

「ええ、そうね。二人のときは」

「!!」

シマムラくんはショックを受ける。

そんな男には見えなかったのに・・・・と目の前のドイツ人を驚愕の瞳で見つめ、

「そう・・なんだ・・・・。でも・・・付き合ってるわけじゃ・・・・・」

「ない。当たりまえだ」

「・・・・・・・・・・」

また彼女がシマムラくんをちらりと眺める。

 

「・・・あ! そうか・・・そうだよね!欧米じゃ当たり前のことなんだっけ・・・。ボクたちの国じゃ

気軽に腕組んだりしないけどさ、はは」

シマムラくんは明らかに不自然な笑顔で、同じく同居しているケニア人に、な、と同意を

求めた。

 

「そうだけど・・・ボクも彼女と歩くときは腕を組んでるよ」

ね。と穏やかな笑みを向けられた彼女は、やはり同じような笑顔を返して

「そうね」

とうなずく。

「え?! そうなの? なんでさ?!」

動揺を隠せないシマムラくんに、ケニアの青年は爽やかに言った。

「だって彼女、あんまり自然に腕に手をかけてくるからさ、ボクも何となくそのまま」

「うふふ」

 

「・・・・・・・・・じゃあもしかして彼らとも?」

この場にいない中国人とネイティブアメリカンの二人の同居人についてシマムラくんは

おそるおそる確認する。

 

「あはは! そうね、そうしたいんだけどちょっと体型的に無理だから・・・・」

彼女が明るく笑った。

あ、そうか、身長が違いすぎるもんな・・・・。え?じゃあ、やっぱりボクだけ? あんなに一緒に

出歩いてるのに、背丈だってちょうどいいのに、ボクとだけ、彼女は腕を組んで歩かない・・・・。

 

シマムラくんはがっくりと肩を落とした。

そこへ登場した赤毛のアメリカ人。

ああ、忘れてた。もう一人いたんだった。

もはや聞かずともわかっていたのだが、つい、聞いてしまう。

 

「てことは無論彼とも・・・・・腕組んで歩いてるんだろうね、いつも」

常の彼らしくない暗く澱んだ声音に、アメリカ人は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐさま反応する。

 

「オレと?コイツが?」

「彼と?私が?」

米仏が綺麗なユニゾンできっぱり否定する。

「するわけねーだろ!」

「するわけないじゃない!」

 

シマムラくんは二人の勢いに少々圧倒されながら訊ねた。

「だ、だって・・・・お国柄として一番・・・・・」

 

「冗談じゃねえよ。コイツがそんなタマかよ」

「何よ、それ! どういう意味?」

「どうもこうも、そいつは自分が一番わかってんじゃねえか? 今さらか弱いフリしたってな」

「まぁ! いつ私がか弱いフリしたのよ! 大体腕を組むのが何でか弱いフリなのよ!」

「ふぅん。オマエそんなにオレと腕組みたかったのかよ? そんならそうと早く言えば

組んでやっても良かったのによぉ」

「組みたくない!!」

 

「――ウルサイ」

読んでいた本をバタン!と閉じて、ドイツ人が立ち上がった。

そして唖然として二人の言い争いを眺めていたシマムラくんに、

「ホラな。お前だけじゃなかったろう。気にするな」

ポンと肩を叩いて部屋を出て行こうとする。

 

口をあんぐりと開けていたシマムラくんは、我に返り慌てて否定した。

「・・・・気にするなって・・・ボクは別に気にしてなんか・・・!」

ドアに手をかけていたドイツ人が振り返る。

「別に・・・・ボクは・・・・」

じっと自分を見つめる薄い色の瞳に、シマムラくんは顔を赤くし視線を逸らせた。

「・・・・・・・・ほう、そうか。それならいいんだ」

うっすらと笑ってドイツ人はドアの向こうに消えた。

 

ヤな・・・感じ!!

 

シマムラくんは閉じたドアを睨みつけ、むっつりと口を結んだ。

 

それに・・・・・。

 

ちら、と後ろを振り返る。

一度は口を噤んだ二人だったが、ドイツ人がいなくなると彼らはまた騒々しくなった。

そんな二人にケニア人とイギリス人が面白がって口を挟み、しまいにはみんな笑い出して

しまう。

 

「だから――想像してみな、って!」

ゲラゲラと笑いながらアメリカ人が言う。

「可笑しいだろ?どう考えてもよぉ。オレとコイツが腕組んで歩くなんざ・・・・」

「ホラ! じゃあやってみましょうよ! こんな感じよ?」

彼女もきゃらきゃらと笑いながら、赤毛の青年に腕を絡める。

 

「あはは! ホントだ! なんでだろ? やっぱり可笑しいね」

「だろ?」

「う〜む、何がおかしいのかねぇ。やはり服装が違い過ぎるのが良くないかねぇ」

「ね? これじゃあんまりよね」

「チンピラを捕まえたうら若き女性私服警官ってとこかな」

「なんだよ、そりゃ」

「オマエももうちょっとマシな服着りゃあなぁ。持ってないのかね、普通の服」

「あと髪型と目付きも変えた方がいいよね」

「何でオレばっかなんだよ!」

「あははは・・・!」

 

・・・何がそんなにおかしいんだ?

 

―――疎外感。

シマムラくんは肩を落とし、無言のままリビングを後にする。

 

 

 

 

「アイツ・・・・相当ショックみたいだったぞ」

2杯目のロイヤルミルクティの香りに満足げに頷きながら、イギリス人が肩をすくめる。

『アイツ』とは無論遊びに出掛けた陽気なアメリカンではなく、お茶もそこそこに部屋に

篭ってしまったジャパニーズボーイのことだ。

 

「本当にキミ、彼と歩くとき腕組んだりしないの?」

ケニアの青年も彼女を不思議そうに眺めた。

「ええ、そうよ」

「そりゃまた何で? 一番仲良さそうに見えたのに」

「それがそうでもないのよ」

 

アルヌールさんはツンとして、手にしていたコーヒーカップを口元へ運んだ。

「初めて彼と街へ出たときね、私、なんの気なしに彼の腕に手をかけたの。いろいろと

ひと段落した時だったし、私もとてもリラックスしてたのね」

フムフムと二人がうなずく。

「それも別にぎゅっとつかんだとかじゃないのよ? あくまでも普通に・・・・だって私もなかば

無意識だったし」

――うんうん、それで?

「それが彼ったら!」

ガシャン! カップが乱暴に皿に戻された。

「うわっ! て叫んで振り払ったのよ?! しかもご丁寧に飛び退いたりして!」

男二人は、ははぁ、とうなずく。

「ヒトを何だと思ってるのかしら? 蛇やヒルじゃあるまいし!」

そのときのことを思い出して、アルヌールさんの語気が荒くなってくる。

 

「まぁまぁ・・・ただびっくりしたんだろう?。ホラ、彼ってああいう性格だしさ」

「そうそ。この国の男にエスコートなんつう意識はないからね。突然のことに驚いただけじゃ

ないのかねぇ?」

「彼もそう言ったの」

「だろ? じゃあ・・・・」

「でも!!」

彼女は今まさに彼に振り払われたかのように、思いっきり憤慨してみせた。

「私の身にもなってよ。衆人環視の前で、汚いもののように扱われたのよ? せっかく

いい気分で久しぶりの街を楽しもうと思ってたのに、台無しったらないわ!」

 

う〜ん・・・気持ちはわかるが。

男たちはそれでも彼に同情を禁じ得ない。きっとあの、そういう方面においては何とも

オクテそうな日本人はただただびっくりしたんだろう。

 

 

 

 

そのシャイボーイは今、部屋のベッドに転がって天井を見つめ落ち込んでいる。

―――何も落ち込むことなんかないさ!!

・・・そう何度も自分に言い聞かせながら、でもバカみたいにこだわっている。

 

確かに恋人同士でもないのに腕を組んで歩くなんて発想は自分にはない。

日本にはそんな風習はないはずだ。

けど・・・いくら彼女がフランス人だからって、他のみんなとは腕を組んで歩いてたなんて。

もし、もしだよ? 彼女と自分が、その、恋人・・・同士だったとしても、人前で腕なんか

組んで歩くのはどうもなぁ。

 

しかしその姿を思い浮べたシマムラくんは、それが大層素敵な気持ちをもたらしてくれる

ことに気がついた。

 

自分の左腕に腕をからませる彼女(右でもいいけど)。

あの、時折流れてくる甘い香りがボクを包んで(香水は苦手だけど彼女のはいい香り)

何かの拍子にもっと柔らかな感触が腕に伝わってきたりして(彼女も女の子だからなぁ)

 

・・・・あれ?

 

ちょっと待てよとシマムラくんは眉を寄せる。

今想像してたことって、何だかすごくリアルに思い出せるんだけど。

・・・・・・思い出せる?

 

・・・・・・・ああっっ・・・!!

 

 

 

 

 

 

リビングではアルヌールさんの怒り今だ冷めやらず。

「それも何? こっちも、ああ、日本の男の人はそういうの嫌なのね、ってそれ以来我慢」

――ガマン?

「――して、私も今じゃすっかりそんなこと忘れて気にもしてなかったのに」

 

早口でまくしたてるアルヌールさんはちょっぴりコワイ。

男二人は賢明にも余計な口は挟まなかった。

「なによ・・・! あの時自分がしたことなんかすっかり忘れたような顔しちゃって、

今さら勝手にショック受けたりしないで欲しいわ!!」

 

可愛らしい唇をこれ以上ないほど尖らせて憤慨しているアルヌールさん。

本人は気づいていないらしいが、その様子はどう見ても、ちょっと鈍感な恋人にイライラ

してる女の子のもの。

 

「だからもういいの。彼とはつかず離れずでいくわ」

つかず離れずって・・・・歩く時の距離のこと? それとも彼との付き合いのこと?

男二人は笑いを噛み殺す。

 

「――あのさ、一緒に出かけるとき、さりげなくもう一度腕組んでみなよ。きっと彼も今度は

ちゃんと腕貸してくれると思うよ」

何とか笑いを飲み込んで、ケニアの青年がアドバイスを試みる。

 

「いやよ。別にどうしても彼と腕を組んで歩きたい、ってわけじゃないもの」

「ふうん。そうなのかい?」

「そうよ」

とりすました顔でコーヒーを飲むアルヌールさんを、男二人はこっそり目配せしあって

面白そうに眺める。

すっかりヘソを曲げているらしい彼女。

そうかそうか、やっぱり君は。

 

さて、パリジェンヌの想いはジャパニーズボーイに届くのか。

 

 

その答えを彼らが知るのは・・・・・彼らの予想を超え、ずっとずうっと、後のこと。

そしてそれはまた、別の、おはなし。

 

 

 

END

 

 

 

 

 ********   掲載当時の霜月さまのコメントです   ********

 

 

<あとがき>

え〜と、原作初期のイメージで書いてたんですけど、かなり平成キャラも混ざってます。

ドイツの人なんかは思い切り平成版になっちゃいました。

ピュンマの国籍は新ゼロ設定よりケニアと。原作では・・・明記されてましたっけ・・? 

そして実際の彼女は(ジョー以外の)仲間たちと腕を組んで歩いたりはしないでしょうし(歩いていただいて

全然構わないんですけど)、欧米人皆が皆異性の友人と腕を組んで歩く訳ではありません、無論。  

そこはテキトーに流していただけると嬉しいです(^_^;)

この続きにあたるお話もいつか書きたいと思いつつ・・・・いつになるかなぁ;;

とにかく、お読みいただいてありがとうございました。

  

 

 

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