『 雨降り − あなたの右手 − 』
− 雨のふる前の日は。 中指の第二関節が
ちがう音をたてるんだ。
顔の上に、その長くてしなやかな指をかざして。 ソレはあなたの口癖だって気がついてる?
はじめは。
なんにも言わずに じっと指をみつめているだけだったから わたし、けっこう気になっていたの
もしかして、痛めたのかしら。 なにか調子がわるいのかしら。
でも。
そんなコト 訊かれること自体、あなたは好きじゃないってわかってたから
自分のコト いろいろ話すの、 あなたは得意じゃないって知ってたから
わたし。 だまって一緒にあなたの 指を眺めていたわ。
いつの頃からだったかしら。
ぽつり、と。 ひとり言みたいに いつも同じト−ンであなた、言うようになったのよ。
― 雨のふる前の日は・・・・って。
ねえ、しってる?
無口なあなた、
言葉の少ないあなたの 饒舌な右手 おしゃべりなその指
その右手が やさしく 丁寧に わたしの褐色の髪を 愛撫する
その饒舌な指が 激しく みだらに わたしの白い肢体を 弄る
あなたの声があんまり聞けないのは ちょっぴり残念なんだけど
ほんとは あなたの声で言ってほしいんだけど
それは もしかしたらとっても欲張りなのぞみかもしれないわね。
だって。 ほら・・・・・
あなたの手が あなたの指が
わたしの身体に わたしのこころに
やさしくて はげしくて はかなくて つよい ハ−モニ−を奏でるわ。
そして
わたしは 声を揚げずに詠うのよ、 愛してる・愛してる・愛しているわ・・・・
あなたの 手
あなたの 饒舌な 右手
わたしは この右手に どこまでもついて行くわ。
この右手に導かれるまま この右手の持ち主に愛されるまま
わたしは 何ものをも恐れはしない どんな運命だってこわくない
− ねえ。 明日は、雨がふるのかしら・・・・。
明日。 わたしたちの 運命の日。
そんなはずはない、有り得ない。
そう確信しながら こころの隅でとうの昔に無くした<感覚>を 追っている
雨のふる前の日には。
中指の第二関節がきしる、そう、それも・・・ 右手の。
いまでも、アイツがたったひとりじゃないんだと思えばすこしは気休めになろうというものだ。
− おい。 俺の右手さんよ、一緒にいてやれよ。 持ち主がそこに行くまでたのんだぜ。
それまで、俺は。 このマガイモノで辛抱してるさ。
機械の右手は その手が知るはずのない かの女性( ひと )の面影なぞった
雨の降る前日は・・・・ 中指がいつもと違う音をたてて動く。
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updated: 10,24,2003.
***** ひとこと *****
彼はピアニストであった・設定でお読みくださいませ。