『  仲直り  』  

 

 

 

ばたん・・・!

アルベルトが玄関に足を踏み入れた途端に リビングのドアが派手な音をたてた。

ぱたぱたぱた・・・・

軽やかな足音とともに俯き加減の少女が現れ、やがて彼の脇をすり抜けていった。

わざと逸らしていた瞳が露を含んでいるだろうことは はっきり見るまでもなく察しられる。

 

 − やれやれ・・・。 またか。

 

マフラ−すら持たずにとっぷりと暮れた外へ飛び出していった少女を見送り、

アルベルトはひとり肩をすくめて、溜息をついた。

 

 

「 ・・・・ おかえり。 」

「 ああ、ただいま。 」

リビングを覗けば案の定栗色の髪の青年は手持ち無沙汰に憮然としており、

それでも一応彼に声をかけてきた。

「 よく飽きないなぁ、おい? 」

「 え・・・ な、なんにもないよ、ぼく達。 ・・・ あ 」

さり気なく応えたつもりが、見事にシッポを出してしまい、またそれに気づいた青年は

ますます赤らめた顔を長めの前髪の陰に隠した。

 

もう一回、わざとらしく溜息をついて。

ほれ、とアルベルトはソファに投げ出してあった白いカ−ディガンを手繰り寄せた。

「 持っていってやれ。 この季節、日が落ちるとかなり冷える。 ・・・それでちゃんと話すんだな。 」

「 ちゃんとって・・・ なにを 」

こいつ、下手なしらばっくれは止めろって。

いや、それとも・・・本当にコトバの足りないヤツだからなあ。

「 とにかく。 自分ひとりで納得してても、相手には通じないんだぞ? 

 ・・・特に オンナって生き物はなあ。 」

アルベルトはモヘアのカタマリを押し付けた。

「 ・・・・・ 」

青年はしばし手の中の白いふわふわを見つめていたが、ぎゅっと握りなおすと

そのまま黙って玄関のドアへ突進していった。

 

 − ふん ・・・ いったい何回同じことを繰り返すんだか。

 

この後の展開は既に観覧済み、お決まりのコ−スである。

小一時間もすれば先刻とはうってかわってぴたり、と寄り添いあって戻りそのまま二階へ直行だ。

明日の朝食は 少々遅れるかもしれないが、まあ、仕方ない。

野暮は言いっこナシってことで。

ああ、そうだ。今晩は例のとっておきを相手に静かに過すかな・・・

気に入りの酒と音楽と本と。 そんな夜も 悪くない。

アルベルトは静かにリビングから自室に上がっていった。

 

 

「 ・・・なんだ? どうした、こんな時間に。 」

「 ・・・・ べつに。 眠れないから・・・ 」

空のアイス・ペ−ルとグラスを持ったまま、アルベルトはドア口で足を止めた。

時計の針はとっくに次の日の領域に入っている。

火の気のないリビングで 亜麻色の髪の乙女がひとりパジャマの膝を抱えてソファに埋もれていた。

「 なにがいるのかと思ったぞ? 」

「 いいじゃない、何処に居ても。 」

「 そりゃそうだが。 どうした、アイツをほっぽっといていいのか。 ・・・・わっ!  」

アルベルトの言葉が終わらないうちにクッションが飛んできた。

「 失礼ね。 ジョ−は ・・・ 知りません、自分の部屋にいるんじゃない? 」

へえ? 捕まえたクッションをぽん、とソファに放ってアルベルトは片眉を上げた。

 

 − おやおや・・・。 ヤツは今晩独り寝かい。 

 

「 もう、寝るわ。 ああ、わたしもワインでも飲めばよかった。 」

「 やめとけ。 何本あっても足りんぞ。 」

もう!と軽くアルベルトを睨むと、フランソワ−ズはすとん、と床に降り立った。

「 ・・・ お休みなさい。 」

しょんぼり立ち上がったその姿が なんとも頼りない。

一度戦場に立てば、的確にかつ冷静にトリガ−を引ける戦士と同一人物とはとても思えない。

 

 − このアンバランスが なんとも危うい魅力なのか?

 

アルベルトは我知らず、口を開いていた。

「 まあ、ああいうヤツだから。 そのへんはお前のほうが良く分かってると思うが。 」

「 わかってるわ。 わかってる ・・・けど。 」

降誕祭も間近の深夜、スリッパだけの素足にはしんしんと冷気が這い上がってくる。

もじもじと足踏みをしているフランソワ−ズの肩にアルベルトは置きっぱなしのカ−ディガンを

ぱさり、と投げかけた。

・・・どうも、今日一日大活躍のソレは しんなりと彼女に纏わりつき、雄弁に

持ち主ご本人のこころの中を物語っていた。

「 あ? ・・・ なんだ、これ。 さっきヤツが大事そうに握り締めてお前をおっていったぞ? 」

「 持ってきたわよ、しっかりと握ってね。 くしゃくしゃになっていたもの。 」

白い手が前身ごろのシワを丹念になぞっている。

 

でも・・・ とひときわ深く乙女の溜息が冷えたリビングに散ってゆく。

「 ねえ。 この季節の日暮れ時にわざわざ羽織るものを持ってきてくれたら・・・

 それも追いかけてよ? 誰だって嬉しいじゃない? それで・・・その。

 ちょっとは好意以上のモノを期待してしまうわよね。

 たとえそれが・・・熱いものじゃないにしても。 」

「 ヤツは十分に熱くなっていたじゃないか。 飛び出してゆく時なんざ、真っ赤だったぞ。 」

自身頬をすこし染めて 一気に喋りだした彼女が可笑しくて可愛らしい。

アルベルトは自然に唇に浮かんでくる笑みを隠すのに苦労していた。

「 ええ。 確かに真っ赤な顔して追いかけて来たわ。 がしがし大股でね。

 でも、でもね! それっきり、なの。 ほら、って手渡してくれて・・・

 もうすぐ夕食だから早く戻ろうよって言ったなりくるりとふい向いて、

 そのまま すたすた今走って来た道を戻っていったのよ! 」

ぷ・・・っ ・・・

ついに耐え切れずに吹き出してしまったアルベルトに フランソワ−ズはじろり、と

冷ややかな一瞥を投げかけた。

 

 − おお コワ ・・・

 

「 肩にかけてくれるかな、なんて密かに期待してた自分が情けなかったわよ・・・ 

 ちょっといいム−ドだったし。 その・・・決定的な・・・なにかを一瞬でも期待してたの。 」

フランソワ−ズは今、羽織っているソレをきゅっと引っ張った。

・・・おい、伸びるぞ?

「 でもね。 いつもと同じ。 いつものまんま。 」

語尾がちょっと震えているぞ ・・・あ、泣くなよ? こんなトコで泣くなって!

「 わたしって。 その程度の存在なのかしら・・・ 」

 

おやおや。 恋する乙女には raison d'etre (存在理由) が必要なのか。

今度は決して吹き出さないように、アルベルトは慎重に溜息をついた。

 

そうだよな、どんな他愛もない些細なことも妙に気になって・・・

おまけに一旦気になりだすと 堂々巡りの底なし沼。 そんな自分がまた嫌で。

周囲にはとんでもないコメディに映るが、真っ只中のご本人には重大問題なのだ。

・・・ふう。 

恋する乙女が悩ましげな吐息をもらす。

 

「 もう・・・いいわ。 勝手に夢みていたわたしが御目出度いってことよね。 」

おいおい?そんなに自虐趣味にはしるなよ?

アルベルトは隙間の開いたカ−テンを直す振りをして窓辺に立ち、そっと溜息を飲み込んだ。

「 別にお前さんを嫌ったり無視したりしているわけじゃなし・・・

 ああいうヤツなんだ、と理解してやったらどうだ? 」

まあその方が精神衛生上もいいだろうよ。 

 − 年頃の乙女にはちょいと期待はずれだろうがな。

ぶつぶつと独り言めかして口の中で呟いたのだが ・・・ この乙女が聞き漏らすはずもなく。

 

振り返ったアルベルトを夜には藍色にも見える大きな瞳がひた、と捕らえた。

「 それで。 アナタはちゃんと言ったの? 」

それでって。 なにが <それで> なんだと言葉で逃げを打とうとしたこちらの魂胆は

疾うにお見通しとみえ、亜麻色の髪を払ってフランソワ−ズはきりっと背筋を伸ばした。

 

  チャント イッタノ?  ・・・チャント イッテチョウダイ

 

・・・ああ、いつでもどこでも。 永遠にこんな会話は続くのだろう。

こころもち口を尖らしている目の前の乙女に 馴染んだ面影が自然と重なった。

 

本当になあ・・・

記憶を手繰れば 思いがけない程たくさんの小さな出来事が浮かびあがってくる。

祖国でアイツと過した、いや彼女が<気になる存在>となってからの時間は

そんなに長いものではなかった。

だのに。 今 目に浮かぶのは溢れるばかりの思い出のコラ−ジュ。

微笑んだ 目を見張った 眉を顰めた 怒った 涙ぐんだ 笑った ・・・

些細な表情の変化と一緒に軽やかな身のこなし、足取り、指の動き、髪の流れ、身体の熱さ・・・

そしてさざめく 声。

ああ、そうだよ。

みんな ちゃんと覚えてる、この心の中に刻み付けられている。

そんな中でも なおさら鮮やかに蘇る、あの言葉。 そして あの表情。

 

「 ねえ? ちゃんと言ってちょうだい。 」

心持ち、眉根をよせてアイツはいつもそう言った。

言ってくれなくちゃわからない。 

・・・ワタシハ 言葉ニシテホシイノ 

そんな彼女の気持ちに気付いたのは ・・・ 愚かな事に全てを失ったあとだ。

 

「 聞いているの、アルベルト? 」

頬をふくらませた女の子がひとり、仁王立ちしている。

「 ・・・ そんな顔するもんじゃない。 」

「 こんな顔は生まれつきです。 ・・・ もう! 全然真面目に取り合ってくれないのね。 」

白い頬はますます膨れてゆく。 瞼が心持ち赤らんでいる。

・・・おいおい? ちゃんと聞いてるぞ。

こんなシチュエ−ションでこんな時間に、泣かないでくれ。 おい、泣くなったら!

「 ひとつ、訊いてもいいか? 」

「 ・・・どうぞ。 」

掌で涙を強引に押し戻し、仏頂面がつぶやいた。

「 お前はちゃんと言ったのか? ああいうヤツだ、それこそ・・・<言葉にしなくちゃ

 わからない>んだぞ。 」

「 ・・・え 」

大きな瞳がますますかっきりと見開かれ・・・ ふっと焦点が遠くへ飛んでゆく。

ほら、思い出してみろ。 お前もあいつの一挙手一投足を、な。

ヤツの目は ヤツの表情は 何て言っていた?

あの朴念仁のことだ、きっとな・・・

・・・ドウシタライイ? ワカラナイ・・・ ドウシテホシイノ??

 

 − 言ってくれなくちゃ わからない。

 

大切なものは目に見えない。 それだから・・・・ 言わなくちゃますますわからない。

そう。

言葉の足らなさに焦れてアイツもよくそう言った。 怒られた。

今になれば ・・・ ああも言えた、こうも応えたと繰言ばかり。

だがな。 その代わり、ちゃんと覚えているぞ。

そんな時の アイツの仕草、アイツの表情 アイツの声音 ・・・ ああ、みんな覚えてる。

覚えているから。 これから ひとつひとつ応えを見つけてゆくよ。

 

だってなあ。 ちゃんと応えてやれたのはあのひと言だけだった。

<向こう>へ行きたいと言ったアイツ。 

・・・だけど、アイツにそういわせたのは ・・・ 俺じゃあなかったのか?

わかった・・・と頷いてやれたのが 唯一の救い。

一緒に行こう、と言えて本当によかった。

雨のあの夜、最後にアイツがなんと言ったか なにを思っていたか

ああ、すぐにわかったさ、ちゃんと覚えてる。

 

俺のこたえはアイツに届いていたのだろうか、わかってくれたのだろうか。

 

その答えを伝えるために今の俺は生きているのかもしれない。

・・・そう思えば この紛い物の命も捨てたモンじゃない。

 

だから。

言ってやったかい? お前の方こそ、ちゃんと言葉にしてさ。

わかっているだろ? ニブチンのヤツにはそうでもしなくちゃ通じないんだ。

想いを伝える自動翻訳機は さすがのBGにも創れなかったってわけだ。

 

 

「 ・・・わたし。 待ってただけ、かもしれないわ。 」

かっきり見上げてきた瞳には涙の影は姿を消していた。

そこに立つのは不安な目をした女の子ではなく 意志をもったひとりの女性。

「 なにもしないで。 それでただ焦れて苛立ってただけ・・・かも。 」

ぱさり。

フランソワ−ズは頬にかかる髪を掻き揚げた。

「 今度はわたしも攻撃に回ってみるわ? 」

にっこり微笑んだ瞳は どこまでも透明で清々しい。

 

・・・ おいおい? あんまりヤツを苛めるなよ。

 

そんなつぶやきをアルベルトの口の中に残したまま、

フランソワ−ズはお休みなさい、と微笑んだ。

「 ああ。 お休み・・・ 」

華奢な背中に揺れる亜麻色の髪を見送って。

 

ご馳走サマなこって。

 

空のグラスに目を落とし、アルベルトは誰に言うとも無くつぶやいた。

こんな夜は想い出を抱いて眠るとしよう。

アイツはきっと俺を暖めてくれるさ、・・・なあ?

 

厳冬の深夜、大気は音をたてて冷え込んでいった。

 

 

 

**** おまけの後日談 ****

 

「 ・・・ねえ。 どう? 」

「 ? 」

軽いノックにドアをあけると、コ−トのままのフランソワ−ズが立っていた。

こちらの顔を見上げ、ぱさりと髪を振り払う。

満面の笑みを彩るのは ・・・ 真紅の宝玉。

白い耳朶にちりちりと 深い光を秘めて揺れている。

 

「 買ってもらったの。  ・・・ 約束のしるしに。 」

「 ほう・・・そりゃまた。 」

耳の宝石よりも可憐に頬を染めて、恋する乙女はつぶやいた。

 

「 ありがとう。 ・・・ちゃんと言えたわ。 」

「 そりゃ・・・よかった。 」

「 ・・・・・ 」

なにも言わずにフランソワ−ズは背伸びしてアルベルトの頬にキスを落とした。

 

  − そりゃ よかった ・・・

 

ぱたぱたと走り去る軽やかな足音を耳に、アルベルトはもう一度同じことをつぶやいた。

 

 

******  ( 了 )  ******

Last updated: 12,13,2005.                           index

 

 

***   ひと言   ***

毎度お騒がせの二人です。 フランちゃんに<攻撃>されて

たじたじとなっているジョ−君の様子を妄想してくださいませ。

アルベルト! フランに何を言ったのさ!」 平ジョ−なら

涙ぐんでいるかもしれません。(^_^;)