『 外されたリボン    

 

 

 

 

 − よ・・いしょ!

 

ちょっと固い留め金にかけた指に力をいれる。

・・・かたり、と小さく軋んで ジョ−の部屋の窓はゆっくりと開いた。

まだ冷たさを含んだ風が するすると入り込んでくる。

 

 − う〜ん・・・  いい気持ち !

 

フランソワ−ズは窓辺で手足をう・・んと伸ばすと胸の底まで新しい空気をいっぱいに吸い込む。

さて。

主のいない部屋の中央へ戻り、ベッドから毛布やタオルケットを剥ぎ取ると窓辺に引き返した。

 

ばさ・・・・・。

ぽん・・・・ぽん、ぽん・・・・

 

広げて振って。 軽くたたいて。

お日様に向かって夜具を干すと 微笑みが自然に湧き上がってくる。

今夜もお日様のにおいのする、この毛布に包まれて・・・ジョ−・・・あなたと

 

 - ・・・やだ! わたしったら・・・!

 

自分の想像に思わず頬を熱くし、フランソワ−ズがくるりと向きを変えた時見慣れない色彩が

目の端をよぎった。

 

・・・それは。

 

毛布の間からまろび落ちた(らしい) ピンクのリボン。

枕カバ−に くっついていた(と思われる)金褐色の ちょっとうねりのある一筋の髪。

 

なに、これ。

 

 

側にかがんで 穴のあくほど見つめるが、なぜか指が縮こまって摘み上げることができない。

昨夜・・・ううん、前にこんなのあったかしら。

・・・これって わたしの?

 

 - ううん、ううん。 絶対にちがう。

 

だって この色、好きじゃない。

だって この色 わたしのじゃない。

 

・・・ なに、これ。  だ ・ れ ・ の ・・・・?

 

 

 

「 お? なんだぁ? あ〜掃除か。 オレはまた今晩の<準備>でもしてンのかと・・・・ 」

「 ・・・ジェット!!」

通りかかった赤毛の逆髪が ひょいとドアから顔を覗かせた。

 

数日前、ふらりと訪ねてきた彼は 明日にもまた故郷へもどるという。

何かあったのか、との真剣な問いに彼は節の高い大きな手をわさわさと振った。

・・・オレだってさ。 たまには骨休めってもんだ。 こっちにだってダチはいるしよ・・・

その言葉どおり、特別に何をするでもなくジェットはのんびりとした時間をこの邸ですごしていた。

 

「 お〜おっかねぇ〜〜。 あ、ミルクをちょいと貰ってもいいか? 

 あと・・・悪りィ! オレの部屋も掃除、頼むわ・・・ 」

どこで覚えたのか、ウィンクして片手拝みにフランソワ−ズの顔をのぞく。

「 ・・・もう。 まあいいわ。放っておいたら大変だものね、あなたの部屋は・・・

 ミルクって・・あら、じゃあお茶を入れるわ。 コ−ヒ−でいい? 」

立ち上がりざま、自分でもびっくりするほどの素速さでフランソワ−ズは

床のモノをポケットに突っ込んだ。

「 お♪ いいねえ。 あ〜でもミルクも別便でたのま。 」

「 はいはい・・・ 」

「 それと、なんか。 クッキ−かなんか、ちょいと小腹が空いちまった。 」

「 もう? さっきあんなに沢山朝ごはんを詰め込んだばかりじゃない。」

「 メシはメシ。 スウィ−ツはスウィ−ツさ。 な? 」

「 わかったわよ。 昨日焼いたクッキ−がまだあるはずだわ。 」

「 お〜♪ ちょっとオレは手を洗ってくる。 」

ばたばたと二段とびで階段を下りてゆく長身を見送ってから、

フランソワ−ズはそっとポケットを押さえた。

 

・・・ だれの。 コレを髪に飾っていたのは だ ・ れ ? それを解いたのは だ ・ れ ?

 

そして彼女はその見慣れない色の闖入者をくしゃくしゃと小さく丸めた。

 

 

「 あり? ジョ−のヤツは? 」

キッチンでマグカップから立ち昇る薫り高い湯気に 鼻をヒクつかせていたジェットは 

やっと思い出したように尋ねた。

「 ちょっと買い物。 博士のご用事で駅の向こうのブックセンタ−まで行ってるわ。 」

「 ふうん・・・ ご苦労なこった。 」

「 たまには手伝ってあげてよ。 何にもしないで食べてばっかり! 」

「 ま〜ま〜。オレはお客ってコトで。 」

「 ・・・もう。 」

「 ココんちに来た時くらい、何て言ったっけか?そう、<上げ膳・据え膳>してくれよ〜

 普段、ロクなもん食ってねんだからよ。 なあ、もっとねえの、このクッキ−? 」

「 ・・・・・・・ 」

処置ナシ、といった気分で盛大にため息をつくとフランソワ−ズは棚の上にある買い置きの

クラッカ−の箱に手をのばした。

「 お、さんきゅ。 あ〜、ポケットからなんか落ちたぜ? 」

あ、いいの、とフランソワ−ズが遮る間もなく、ジェットは身軽に床に身を屈めた。

「 ほらよ。 ・・・・あれ? あ〜 これ、どこにあった? 探してたんだ。 」

「 ・・・ え? 」

ジェットは摘み上げたリボンを ひらひらとフランソワ−ズの鼻先で揺らせた。

「 あの・・・ さっきお掃除してて ・・・ 拾った ・・・ の ・・・ 」

「 お、さんきゅ♪ 昨夜っから見えなくてサ、お気に入りだからな〜 捜してたんだ。 」

「 そ、そうなの? ( なんでピンクのリボンがお気に入りなのよ?? ) 」

「 な、ミルク。 温めなくていいから。 う〜ん、そのパックごといいか? 

そんなに残っちゃいないだろ。 」

がさりとクラッカ−を一掴み、使いかけの牛乳パックを小脇にジェットはキッチンをすり抜けていった。

もちろん。 あのピンクのリボンをひらひらさせながら・・・・

 

・・・???ジェットの???  ・・・なんで。 なんでピンクのリボン、なの?

それでもって・・・なんで ジョ−の毛布に絡まってたの???

ひょっとして。あの2人って・・・? 

そういえば喧嘩してるようでもよく2人でじゃれ合ってるわよね。

あれって・・・もしかして アレ? そうゆう関係・・・なの???

 

 −  うそぉ〜〜〜〜 !!!!

 

フランスワ−ズは頭を抱え思わずその場にしゃがみ込んでしまった。

 

他のオンナがいるのと 801のカレシがいるのと どっちがマシかしら。

そ、そんな選択したくもないわ〜〜〜!!

こんなにいいお天気なのに。

素敵に目覚めた朝なのに。 

・・・ああ。 もうなにもかも・・・お終いね。 わたしの人生は終わったわ・・・。

 

 

・・・とん・・・と・・ん。 ・・・とん・・・?

「 ・・・あのう、フランソワ−ズ? 」

おずおずとドアが叩かれ、その音に負けずにおずおずとしたジョ−の声が聞こえた。

「 あのう・・・具合でも悪いの? ココを開けて・・・ 」

「 大丈夫ですから。 ご心配なく。 」

「 ??フラン? なんかヘンだよ、どうしたの??」

「 どうもしません。 ご用件はなんですか? 」

「 ・・・ご用件って・・・。 ねえ、なにがあったの、気分でも悪いのかい? 」

気分って・・・頭から被っていた布団の中でフランソワ−ズは低くつぶやいた。

え〜え。 ご気分は最低です! だからドンドン叩かないでくださいっ!

 

さすがにジョ−も彼女の低気圧ぶりを感じたのだろう、ドアから少し離れたようだった。

「 あのう、さ。 お願いがあるんだけど・・・ミルク、貰っていい? ちょびっとでいいんだ。」

「 ・・・どうぞ。 」

も〜〜。 誰も彼も・・・太平楽にミルク・ミルクって・・

え〜え、どうぞ。 お二人で仲良く召し上がってくださいな!・・・とまたまた布団のなかで

フランソワ−ズはテンションがあがって汗びっしょりになってきていた。

「 そう? ありがとう。 あの・・・気が向いたら降りておいでよね・・・ じゃ・・・ 」

ま! <そう?>で済ませるの? 本気で心配ならドアくらい蹴破って来たらいいのに!

・・・そんな泥棒みたいにこそこそ歩かないでよっ

煩くないように、とそっと歩いているジョ−の足音までが気に障る。

 

・・・ もうっ ・・・ !

ばさ・・・っと布団をどけてフランソワ−ズは起き上がった。

ああ、もうこんな時間。

あ〜お昼の用意しなくちゃ。 博士の分もイワンのミルクも・・・しょうがないわね!

 

・・・あら・・・?

しぶしぶキッチンに下りてゆけば・・・ リビングからなにやら楽しそうな<二人>の声がもれてくる。

 

くっくくくく・・・ はぁ〜・・・ ほれ・・・

・・・あっ ふふふ・・・ ひぇ・・・ダメ・・・だって・・ば・・・

 

・・・な! まっ昼間から・・・リビングで<なに>やってるのっ!!

瞬間、フランソワ−ズは怒りで髪がちりちりと逆立つ思いだった。

ソコは皆の憩いの場。 お楽しみはどこか別の場所でど〜ぞ!

 

 − ガラっ!!

 

勢い込んで彼女は足音荒く リビングに飛び込んだ。

 

「 あはは・・・ くすぐった・・・ あは 」

「 ほれほれ・・・ もっと舐めちゃうぞぉ〜ってな 」

「 ・・・わ! ヤだったら・・・わぅ〜〜・・・ 」

 

「 失礼しますっ! あのですね・・・??? 」

 

「 あは? あれ、フラン、もう大丈夫? じゃ〜お昼、ぼくがつくるよ〜 」

「 それ〜〜 あん? どした? 」

 

 − みゅう〜〜〜♪♪

 

四本分のジ−ンズの足の上で 茶トラの仔猫が金の瞳でこちらを見ている。

 

「 え・・・・ コレってコレって・・・。 え?? 」

「 ミュ−ズってんだ。 オレのダチの<彼女>さ。 」

 

 

「 え〜 このコ、毎晩ぼくと一緒だったんだ。 あ、昨夜はさ、きみがいたから・・・ 」

「 ・・・ジョ−!//// 」

「 あ・・ごめん//// ほら、ジェットは寝相が悪いだろ、蹴飛ばされそうでイヤなんだって。」

「 へへん! 昨夜はよ〜 オレのところに避難して来てたぜぇ? お邪魔ムシには

 なりたくないの〜ってな。 」

 

仔猫はしばらくじっとフランソワ−ズを見つめていたが やがてぽん・・・っとジョ−の

ひざから降りて 彼女の足に纏わってきた。

「 あらぁ・・・ こんにちは、ミュ−ズちゃん? どうぞよろしくね。 」

・・・みィ♪   

フランソワ−ズの腕のなかで仔猫はごろごろと咽喉をならす。

金の瞳と碧い瞳は 一瞬で仲良しになった。

 

「 コイツさあ、<ご主人様>が仕事で出張だってから、預かってんだ。

 どうもさ〜 オレよりジョ−のがお気に入りらしくてサ。 毎晩コイツの腕枕〜だってよ。 」

「 まあ・・・それで二人ともミルク・ミルクって騒いでたのね。 」

「 ふわふわでさ・・・。 毛糸玉みたいだろ? 柔らかくてあったかくて可愛いよ〜♪

 ねえ、きみに似てるよね、抱き心地とか、さ?  」

「 ・・・ ま。 ・・・ジョ−ったら・・・」

「 お〜お。 ゴチソウサマ〜〜 」

首の付け根まで赤くなっているフランソワ−ズを ジョ−は仔猫といっしょに

不思議そうに眺めていた。

 

 

その晩。

「 さ♪ ミュ−ズちゃん、今晩は女同士仲良く寝ましょうね。 」

「 ・・・え。 あのぅ・・・フランソワぁズぅ〜、ぼく・・・ 」

「 あ〜ら。 ゲスト優先ですわ。 」

じゃあ、お休みなさい、とフランソワ−ズは最上の微笑みを振りまく。

 

「 ・・・あ。 お、お休み・・・」

「 ジョ−? ・・・あなたってば。 猫も<女の子>に ・・・・ 好かれるのね! 」

「 ・・・へ? 」

羨ましそうになんとも情けない顔の島村クンは 仔猫がぱちん・・とウィンクした・・ような気がした。

 

 

*****  ( 了 )  *****

Last updated: 04,26,2005.                             index

 

***  ひとこと  ***

      おちゃらけ小噺です〜 どうもジョ−君は動物にも人気があると

      思うのです。 原作をはじめ、どのバ−ジョンにもにゃんこが出て

      こない!と、気付いたので、つい。 笑ってお読み流しください〜〜