『 残り香 − 眠れない夜 − 』
*** ある女のモノロ−グ
カツカツカツ・・・・・
すこし重い足音が 人影のたえた宮殿の廊下にしずかにこだましていった。
あの人が去ってゆく。
がらんとした豪華なそのへやで わたくしはじっと<初めての気分>を味わっている。
この、自分を残して去ってい行く男の存在が 信じられない・・・
身体に纏わる あの人の においをそっと抱きしめてみる。
− どうして ・・・・・ !
自分の気持ちに いつわりはない。
あの人の気持ちも ・・・・ 同じにちがいない、ううん、きっとそう。
何かが 彼を躊躇わせ 引きとめているだけなのだ、
自分たちの使命、リ−ダ−としての責任感、 ・・・・ それとも ・・・ 特別な存在・・・?
わたくしは。 わたくしのしたことは。
無分別な行動と 責められるだろうか
無責任な求愛と 咎められるだろうか
俯いて ただ ただ じっと自分の爪先をみつめて。
きゅ・・・っと薄物のスカ−トを膝でにぎりしめ。
わたくしは。
・・・・・間違ってはいない・・・・・・!
今、 迷っている、ためらっている 時間( とき )はないのだ。
ずっとわたくしを支えてくれる人々の この国の この美しい星の すべてのために
・・・いいえ。 ちがうわ、それは うそ。
わたくし自身のために わたくしの恋ごころのために !
− あなたが ほしい。 この香りを自分だけのものにしたい、 永遠に。
・・・・もしも。
この星が崩れる時がきたならば その時あなたは。 きっと あなたは。
わたくしは くちびるを噛んだ。 涙なんか流さないわ
・・・・ 今夜 わたくしは 眠れない ・・・・・
*** また別の女のモノロ−グ
帰ってきた彼から < いつもと違う匂い>
・・・ちがう、わたしのシャンプ−とも ボデイ・ソ−プとも フレグランスとも わたし自身の香りとも
ちがうわ。
いつもフレグランスは ほんの一滴を下着の奥に落とすだけ。
だから。 その香りを知っているのは わたし自身と、 あなただけ。
何も纏っていないわたしの身体から ただようその香りを知っているのは あなただけ。
側に眠る彼から <いつもと違う匂い >
・・・ちがう、あなたのシャンプ−とも シェイビング・ロ−ションとも あなた自身の香りとも
ちがうわ。
あなたの傍で すっぽりあなたの腋の下に入り込み仔猫のようにちょっと身を丸めて。
だから。 その香りを知っているのは わたしだけ。
かすかに混じる 青いライムの香りと 干草みたいなお日様のにおい
そう、あなたのにおいを しっているはわたしだけ。
なのに。
きょうは。
ちがう・・・・・ ちがう・・・・ ちがう 香りが混じっているわ。
− だ ・ れ ・ の ・・・・?
・・・・ 今夜 わたしは 眠れない ・・・・・
*** ある男のモノロ−グ
眠れない
あのひとの 顔が ちらついて。
柔らかで 豊かな 肢体が ふいに浮かんできて。
いま、腕の中で眠る女性( ひと )への気持ちは 変わりはしないけれど。
あれは なんとも魅力的な申し出だったんだ。
誰も自分のことを知らない未知の場所で
名前さえも捨てて、 まったくの別の<人間>として生きて行ける、という誘惑。
もう この身体を引け目に思うことも 意地悪な運命を呪うことも
きれいさっぱりと 捨てて 生まれ変わって。
・・・・あの美しい豊満なカラダの傍に立ちさえすれば・・・・いいのだ。
禍々しいコ−ド・ネ−ムも どうでもいい本名も それまでの全てを 一切抹消し
全くちがった人格を築いてゆける、 あたらしい まっさらな人生を歩んでゆける
・・・・あのしっとりとした白い手を取りさえすれば・・・・いいのだ。
− なぜ、 そうしては いけないのだ?
内なる声が ひそやかに 甘やかに 囁きかける、
素直におなり・・・・と。
いったい 何がお前をためらわせているのか、と。
いったい 誰がお前を縛り付けているのか、と。
不意に腕の中の 細い身体が動く
馴染んだ香りが湧き上がり 亜麻色の髪がこちらへと向きを変える
それは なんとも 心地好い感触なのだけれど。
眠れない
あのひとの 匂いが 身体に纏わり付いていて。
不意に身体がうずき 熱くなる 魅惑の香りが漂ってきて。
・・・・ 今夜 僕は ねむれない ・・・・
********
夜の海にうがぶ宝玉のような その惑星に やさしい夜のとばりが降りてゆく。
眠れない ・・・・
女の 女の 男の。
それぞれの 篤い想いをとりこんだまま 秘めた香りを残したまま。
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updated: 10,19,2003.
*** ひとこと ****
珍しくも 超銀設定。 ・・彼がシェイビング・ロ−ションを必要としているか、は不問のこと!