『  この温もりを・・・   − 体温 −  』   

 

 

 

 

「 ひぇ・・・ 終わったぜ〜 」

ジェットがシ−トにどさり、と身体を投げ出した。

「 ほほう。 さすがの坊やもお疲れかい。 」

「 お? お前さんと一緒にするなよ〜ご老体! ま、ちょっち参ったってのは認めるけどよ。 」

「 お〜お・・・ 珍しく素直だなぁ? お若いの。 」

マフラ−をぐい、と緩め、グレ−トが笑った。

「 苦戦したのは事実だけど。 周囲への影響も最小限だったし。

 ミッション全体としては まあまあの出来だったんじゃないかな。 」

駄話の応酬になりかけていた会話に ピュンマが生真面目に割り込んだ。

「 終了しました、あとは瓦礫の山です・・・じゃあ、ちょっと困るしね。 」

「 地球に優しいってヤツかい?! 」

頓狂なグレ−トの声に コクピットのそちこちから笑い声があがった。

「 ・・・ ジョ−は。 」

コンソ−ルを見つめていたアルベルトが ぼそりと口を開いた。

「 あん? 格納庫じゃねぇのか。 偵察機、ヤバかったろ? 」

「 ・・・ ごめんなさい・・・ わたしがカバ−しきれなくて・・・ 」

サイドの席から 細い声があがる。

 

 − ・・・ え ・・?

 

彼女の、フランソワ−ズの口調にその場にいたメンバ−全員が 

なにかひやり、とするものを感じた。

みながそれぞれにちらり、とその細い姿に視線をはしらせたが

通常の発進準備にとりかかっている彼女に 特に変ったところは見当たらない。

・・・まあ、皆疲れてるからな ・・・ フランソワ−ズも。

そんな思いを誰もが抱き、自分を納得させた。

 

「 あ、そ、そんな意味じゃねえって。 わりィ・・・ 」

「 たしかに・・・ 少々不注意だったな。 俺達の援護も拙かった。

 これは今後の課題にすればいい。 」

相変わらずぶっきらぼうな口調だが、アルベルトの巧みなフォロ−に

コクピットの雰囲気はぐっとなごんだ感があった。

「 ま・・・ 帰還して策を練ろうではないか、みなの衆。 

 とりあえず・・・ 終わりよければすべてよし、というコトで。 」

「 ほっほ〜 仕上げはワテのスペシャル・デイナ−あるネ。

 みんな 楽しみにしているアルよろし。 」

「 お! やったネ。 さ〜て・・・おい、ジョ−のヤツはまだかよ〜? 」

ジェットはたちまち上機嫌となり、サブ・パイロットのシ−トから伸び上がり

コクピットの入り口を眺めた。

 

シュ・・・・

 

絶妙のタイミングで ドアがひらき、ジョ−が入って来た。

「 お〜噂をすればなんとやら・・・ 」

「 どうだ? 」

穏やかにぽつり、とアルベルトがジョ−に声をかける。

固い表情のまま、メイン・パイロット席にむかっていたが

ジョ−は足を止めずに淡々と応えた。

「 うん・・・ たいしたコトはないよ。 

 ちょっと確かめたかっただけなんだ。 待たせてゴメン・・・ 」

「 そうか。 」

「 ・・・ うん。 」

ジョ−が席に着き、ドルフィン号は帰還への飛行にむかって発進体勢に入った。

 

微かなショックと発進時独特の音をコクピット内にひびかせ、ドルフィン号は

発進した。

全員の集中した作業がしばらく続いたが じきに振動も騒音も消え

機は安定飛行にはいった。

自動操縦に切り替わり、みなそれぞれの席で一様にほっとした様子だ。

 

「 ・・・ほな、お茶の準備してくるアルね。 」

陽気な声をあげ、一番に張大人が席を離れた。

「 あ〜あ ・・・・ なんか急に腹へったぜ・・・ 」

「 久し振りにゆっくりと お茶タイム だね。 」

ピュンマが白い歯を見せて 笑う。

和やかなム−ドがあふれ、誰もが ウチに帰る ことに喜びを感じていた。

 

「 ・・・フランっ! フランソワ−ズ!? 」

 

ジョ−の・・・悲鳴に近い叫びが コクピット内の空気を震わせた。

立ちかけていた者も、自席でリラックスしていた者も 全員がぎょっとして

サイドの席に振り向いた。

 

フランソワ−ズは コンソ−ル盤に突っ伏していた。

 

「 ・・・おい?! 」

「 ・・・・ っ ! 」

アルベルトが声を掛けたときにはすでにジョ−が彼女を抱きあげていた。

「 メディカル・ル−ムの ・・・ フラン? 」

固いジョ−の声が不意に途切れた。

ジョ−の腕の中でフランソワ−ズは意識を失ったままである。

ぷらん・・・と腕が垂れ下がり、同時に赤い流れが幾本も白い手を伝わり落ちた。

 

「 ・・・な! なんだ?! だって、いつ? 」

「 ・・・騒ぐ前にメディカル・ル−ムの準備だ。 ピュンマ、博士を呼び出しておいてくれ。

 ジョ−? おい、大丈夫か・・・ ? 」

言われる前に ピュンマはギルモア邸に残る博士を呼んでいたし、

すでにグレ−トがメディカル・ル−ムの電源をonにしていた。

 

ジョ−は。

しだいに気味悪く冷えてゆく細い身体を ただじっとわが腕に抱きしめていた。

蒼い影に覆われた彼女の顔をのぞきこむその目は・その顔は・・・

表情というものが全く失せ、冷徹なツクリモノになっていた。

 

「 おい! 」

アルベルトが ぐっと彼の肩をつかみ、揺すった。

「 ・・・あ、ああ。 いま・・・ 」

「 しっかりしろ、お前がうろたえてどうする。 早くメディカル・ル−ムへ・・・ 」

「 うん。 すまない、操縦の方は頼む。 」

「 ああ、こっちのことは気にするな。 邸の博士を呼び出しているから・・・

 多分もうすぐ通信が繋がるはずだ。 」

「 ・・・ ありがとう。 」

ジョ−はぬるり、とする彼女の腕をそっと持ち上げ足早にコクピットを出て行った。

 

「 ・・・ 全然、気がつかなかった・・・! いったい、いつあんなダメ−ジを・・・ 」

「 ふん。 偵察機が攻撃を喰らったろう?多分・・・あの前後だろうな。 」

「 アルベルト、お前・・・ わかってたのかっ 」

表情も険しいジェットに アルベルトは冷たい一瞥を投げた。

「 見損なうな。 ・・・ただ、俺も楽観しすぎていた。

 あんな ・・・ 怪我とは。 」

「 ずっと・・・ガマンしてたって訳か?? ・・・冗談じゃないぜ! 」

「 ああ、冗談じゃない。 かなりシリアスな状態だろう。 」

「 博士と連絡が取れたよ! ジョ−に言ってくれ、これからメディカル・ル−ムに

 通信を切り替えるから・・・ 」

ピュンマが 声を上げた。

 

 

「 ・・・・・・・ 」

濃い睫毛が微かに震え フランソワ−ズはゆっくりと目を開いた。

全身に痺れが残り、手足は重く沈んでしまい動かすことができない。

「 ・・・ 気がついた? ・・・呼吸は楽に出来るかい。 」

ジョ−は彼女の身体からのデ−タを映す画面から 顔を上げた。

シ−ツの上に投げ出された手を そっと握る。

それはまったく力がなかったけれど、先ほどの不気味な冷たさは感じられなかった。

彼女の呼吸に異常がないのを確認し、ジョ−はベッドサイドの椅子から腰を浮かせた。

「 少し熱が上がってきたね。 氷をもってこよう・・・ 」

「 ・・・ジ ・・・ ョ− ・・・ 」

乾燥し色を失った唇が わずかに動いた。

「 なに。 」

「 ・・・ ここに ・・・ いて。 」

ジョ−の手の中の細い指に力が入った。

「 ・・・ああ、わかったよ。 」

「 ・・・ ないで ・・・ 」

「 え? 」

フランソワ−ズは身じろぎもできずに、切れ切れにかすれた声を懸命にふりしぼる。

腰を下ろしかけていたジョ−は フランソワ−ズの顔のそばに身を屈めた。

「 ごめん、よく聞こえなかった・・・ もう一度言って? 」

「 ・・・ 怒らないで ・・・ 」

ジョ−は淡い微笑みを浮かべ、フランソワ−ズの髪をそっと撫でた。

散らばった亜麻色の髪が無機質な明かりの下、温かく煌く。

「 ぼくを見て? ・・・これが怒ってる顔かな。 」

「 ・・・・・ 」

目を細め小さく微笑んで ・・・ そのまま、彼女は眠りに引きこまれていった。

 

  − ・・・ 怒るなって・・・ そんなの無理だよ、フランソワ−ズ

 

彼の大きな手が 力の抜けた白い指を愛撫する。

ジョ−は その温もりに安堵しその柔らかさを愛おしんだ。

穏やかな寝息を確かめたあとも、ジョ−はフランソワ−ズの側を離れなかった。

 

 

 

「 早くせんか! 」

不機嫌のカタマリと化していたギルモア博士は 珍しく怒鳴り飛ばした。

帰搭したドルフィン号から フランソワ−ズを抱いたジェロニモがゆっくりと下船する。

彼の逞しい腕に護られた彼女の身体は 一層頼りなく感じられた。

長い睫毛が伏せられた頬は蒼く沈んで昏睡状態のままだ。

 

「 博士、どうしたら・・ 」

ぴたりと側に付き添っているジョ−の問いなど まるで耳を貸さずに、

ギルモア博士はフランソワ−ズを処置室に運びこませた。

彼女の損傷を実際に確認し、ますます博士の機嫌は悪化していった。

固く引き結ばれた口からは、処置に必要最低限の指示が飛び出すだけで

助手を務めるジョ−とピュンマは 耳を欹てそれに従うので精一杯だ。

 

「 ・・・ これで。 なんとか・・・ 」

 

吐息ともとれる呟きをもらし、博士はマスクをもぎりとった。

モニタ−で数値をずっと追っていたジョ−は ぎくり、と身を震わせた。

「 ・・・ ピュンマ。 デ−タの解析を・・・そうさな、あと30分続けておくれ。 」

「 はい。 」

「 ほぼ安定したから・・・ ひとまずは安心じゃが。 」

「 念には念をいれますから。 任せてください。 」

「 ・・・おお、頼んだぞ。 」

ジョ−、と振り向きざまに博士は乾いた声で呼んだ。

「 はい。 」

「 ・・・なぜ、だね。 」

「 ・・・・・・ 」

雪白の眉の下から 博士の眼がきつくジョ−に当てられる。

「 この・・・傷は直後のモノではない。 それに、彼女自身が手当てをしていたとも

 思われる。 ・・・ジョ−、お前は気がつかなかったのか。 」

「 ・・・彼女が ・・・ 自分で? ・・・じゃあ、隠して・・・ 」

「 そうじゃ。 ダメ−ジを受けたのは作戦終了時より2〜3日は前だろう。

 そちらの記録ともつき合わせてみたがな。 」

「 そんな ・・・! なぜ・・・なぜ、隠して・・? 」

「 それはわしが聞きたいわい。 」

博士は処置台に横たわるフランソワ−ズの側に歩み寄ると

彼女の血の気の失せた頬を、そこに残る涙の跡をそっと指で拭った。

 

「 ・・・なぜじゃ。 どうしてそんなに自分を・・・粗末に扱うんじゃ。 

 なあ? お前が・・・お前たちの一人でも失う羽目になったら

 わしは ・・・ ヒトではいられんよ。 鬼にも蛇にもなって・・・ 」

「 博士。 ・・・ぼくの責任です。 

 ミッション半ばで偵察機が受けたダメ−ジの様子から、なにか・・・

 その、彼女に何かがあったのでは、と気になってはいたのです。 」

「 ジョ−? なぜ、放っておいた?! 」

「 あまりに・・・彼女の様子に何事もなかったので・・・

 いや。 これは ・・・ 全面的にぼくの責任です。 」

強張った顔を伏せるジョ−に 博士は初めて愁眉をひらいた。

「 ジョ−よ。 責任云々ではなくて・・・ 彼女の話を聞いてやっておくれ。 」

「 ・・・ 博士 ・・・ 」

ぽん、とジョ−の肩を叩くと、博士は重い足取りで処置室を出ていった。

「 これ。 きみにまかせるから、さ。 」

チェック表を差し出し、ピュンマがに・・・っと笑う。

「 きみが傍にいることが、きっと一番のクスリだよ。 」

「 ピュンマ・・・ 」

「 もう少ししたら、お茶を運んでくるから。 大丈夫、安定しているよ。 」

「 ・・・ ありがとう。 」

軽いウィンクを残して、ピュンマも処置室から消えた。

 

 

デ−タを記録する規則的な機械音とレピスレ−タ−の微かな作動音・・・

まるで無機質な音にまじって しっかりとした呼吸が聞こえる。

部屋のライトを落とし、枕もとのスタンドだけの灯りに切り替える。

ジョ−は ベッドサイドに椅子に静かに腰をおろした。

 

フランソワ−ズは身体中からはいく本ものチュ−ブが繋がれていたが、

顔色はドルフィン号にいた時よりも遥かに自然な色にもどっていた。

亜麻色の髪が額にほつれ、頬にも纏わっている。

ジョ−は おそるおそる手を伸ばした。

 

 

・・・なあ。 どうしてなんだ・・・?

ぼくだって訊きたいよ。

ぼくが大切に思うものは みんな・・・ぼくの手をすり抜けてゆく。

ずっとそうだった。 子供のころから・・・・

いつも いつも・・・。

だから

もうこれ以上なくすのが怖いから あの虚しさがイヤだから

ぼくは大事なモノを持たないようにしてきたんだ。

持ってなければ 失くすこともないから。

失くすことばなければ 悲しむ必要もない。

 

・・・でも。

 

きみに であった。

きみを 愛した  きみを 得た  ・・・ だから。

きみだけは 別だ。

きみだけは どんなことがあっても どんなことをしても

護る。 失くすことは・・・ぼく自身がゆるさない。

きみをこの手の中にとどめておくために

きみをこの腕から失くさないために

・・・ ぼくは なんだって ・・・ するよ、 できるよ。

そう、どんなことだって。

 

だから。

だから、お願いだ・・・! ここに、ぼくの傍にいてくれ

なあ・・・ フランソワ−ズ ・・・?

 

 

縺れた髪をなで、そっと頬に触れる。

そのほのかな温かさが指先から自分の身体中に沁みてゆく・・・

ジョ−は息を詰め 瞬きも惜しんで ただ ただじっと彼女を見つめ続けた。

 

・・・この 温もりを  この 命の証を

どうぞ・・・絶やさないでください。

これは ぼくが生きるための糧、生きてゆくための理 ( ことわり )

・・・ぼくの すべてなのですから。

 

これを護るためなら・・・ぼくはなんだってやります。

ぼくの命をかけても・・・!

 

何時の間にか なみだが自分の頬を伝っていた。

ジョ−は ひとり祈り続けていた。

 

 

 

規則的な音ばかり響く中、淡い吐息がその無機質なリズムを破った。

枕の上で 亜麻色の髪が微かに揺らめいた。

 

「 ・・・・ ジョ ・・・ − ・・・ 」

「 ・・・! 」

 

うすく開かれた碧い瞳をセピアの瞳がしっかりと捉える。

ジョ−は コトバもなくフランソワ−ズを見つめた。

次第にはっきりした光を湛えだした瞳に 微笑がわきあがってくる。

 

「 ・・・ ジョ−。 」

乾いた唇がうごき、はっきりと彼を呼んだ。

「 フランソワ−ズ ・・・ 」

ジョ−の口から 搾り出すように彼の愛しいひとの名がもれた。

「 ・・・ どうして ・・・ 」

「 ・・・ え ? 」

「 なんで ・・・ 隠してた? こんなになるまで・・・ どうして? 」

「 怒らないって ・・・ 言ったでしょう ・・・ ? 」

「 え? あ、・・・ああ。 ・・・ だけど! 」

「 ・・・ おねがい ・・・ 怒らない ・・・ で 」

「 ・・・ わかったよ。 もう何も聞かない。 」

ジョ−は身をかがめフランソワ−ズの頬に唇を寄せた。

「 怒ってないよ。 だから、はやく良くなって・・・ 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ 」

「 ・・・ ね? 」

ジョ−の手の中で 細い指がやさしく握りかえしてきた。

 

 − ・・・ 温かい ・・・ !

 

ジョ−はその温もりをじっと両手で包み込み頭を垂れた。

「 ・・・ 感謝します・・・ これで、ヒトとして生きてゆける ・・・ 」

「 ・・・・・・・ 」

フランソワ−ズの頬に幾本もの涙の筋が流れたことを ジョ−は知らなかった。

 

 

 

引き籠もっていた間に ずいぶんと季節は早足に巡ってしまった・・・

フランソワ−ズは 透明さを増した空を見上げほっと吐息をついた。

海に望むテラス、それも一番南側に持ち出した籐椅子の中で

フランソワ−ズはそろそろと身体を伸ばした。

クッションと羽根布団にくるまれ、巣のなかの小鳥みたいだ、と彼女は思った。

羽織ったショ−ルの端を揺らす風に すこしづつ冷たさが含まれて来ている。

次の季節が 足早に近づいているのだ。

 

・・・ あのミッションに出たのは。 そうよ、やっと朝晩が涼しくなった頃だったのに。

これじゃあ、今年の紅葉は見に行けないわね・・・

 

風が弄る髪を、襟元を整える手は まだ随分と細く頼りない。

いつになく回復が遅い身体に 自分自身が情けなかった。

生身の損傷には時間がいちばんのクスリだ、と博士にいわれた。

いかに自分でも 生身の部分がひどく傷ついてしまったら手の施しようながない、と

博士は苦渋にみちた顔でフランソワ−ズを咎めた。

 

 − もっと自分を大切にしておくれ。

 

見慣れたはずのその背中が 急に老け込んだように見え、

フランソワ−ズはそっと唇を咬んだ。 

わたし。

みんなに ・・・ 博士にまで心配をかけているわ。

こんなんじゃ・・・ ますますみんなの足を引っ張ってしまう・・・

考えまいとしていても どうしてもソコに思いが及んでしまうのだ。

 

 − ・・・ ふぅ 

 

小さな吐息が秋風に浚われていった。

 

 

 

「 さあ〜 ・・・ お茶を持ってきたよ。 」

「 ・・・ まあ、ジョ−。 大丈夫? 」

かちゃかちゃと陶器が触れ合う音がして、ジョ−が危なっかしい手つきで

トレイを持ち出してきた。

馥郁とした香りの温かい風がふんわりと漂ってくる。

「 よい・・・しょっ・・・・と。 ・・・あ〜 よかった・・・ 零れて・・・ないよね? 」

妙なすり足でテラスに出ると ジョ−はフランソワ−ズの籐椅子の脇にトレイを置いた。

「 ええ、大丈夫みたいよ? ・・・ああ、いい香りね。 」

「 あ、気に入った? 昨日、グレ−トが送ってきてくれたんだ。 お見舞いにってね。 」

「 まあ、嬉しいわ・・・。 ねえ、わたしにやらせて? 」

ティ−ポットを取り上げたジョ−の手を フランソワ−ズは軽く制した。 

「 大丈夫かい。 けっこう重いよ? 」

「 お茶くらい淹れさせて・・・。 ・・・ごめんなさい、みんなジョ−に任せてしまって・・・ 」

「 ほら〜 泣かない。 今のきみの一番の仕事は元気になることだよ。

 みんな・・・ そう思ってるさ。 」

ぽろりと零れた涙を ジョ−は指先で拾い彼女の頬をナフキンでぬぐった。

「 ・・・ そう、ね ・・・ そう ・・・ 」

「 さ♪ 熱いうちに美味しいお茶を淹れて? ぼく、ミルクも砂糖もたっぷり、ね!」

「 まあ・・・ また、アルベルトに呆れられるわよ? 」

「 だ〜か〜ら。 みんながいないうちに、好きなだけ。 」

お茶のトレイを挟んで明るい笑いが二人を包んだ。

 

 

現在、この邸にはギルモア博士とイワン、そしてジョ−とフランソワ−ズだけである。

なるべく、彼女の負担にならないように・・・

メンバ−達は故郷にもどり、グレ−トと張大人は張々湖飯店で生活している。

そして ジョ−は。

文字通り、付き切りでフランソワ−ズの面倒を見ていた。

 

 

「 ・・・はい、どうぞ。 」

「 ありがとう・・・   うん、美味しい♪ ぼくの好みだ〜 」

「 ふふふ・・・ 子供みたい。 」

両手でカップを持ち上げて飲むジョ−にフランソワ−ズは声を上げて笑った。

「 あ、クスリ。 忘れないで・・・ ほら、水。

 寒くない? もっと毛布とか持ってこようか・・ 」

「 はい。 ありがとう、大丈夫よ ジョ− 」

つられてカップに手を伸ばした彼女の前に 幾つかの錠剤を入れた小皿が押しやられた。

 

「 ・・・ねえ、訊いても・・・いいかな。 」

フランソワ−ズが水のコップをトレイに戻したとき、ジョ−がぼそり、と言った。

「 なあに。 」

「 あの、さ。 

 どうして? どうして・・・黙って・・・隠していたの。 」

「 ・・・ え? 」

「 この前の! 博士に聞いたよ、あの怪我はミッションの中頃に負ったはずだって。

 放置しておいたから・・・回復に時間が掛かってるって。 」

「 ・・・・ ジョ− 」

「 気がつかなかったぼくも悪い。 でも。 

 あれほどの深手を ・・・ なんで隠していた? なぜ・・・? 」

ジョ−は彼女に背を向け 海に視線をとばして絶句した。

彼の肩が ・・・ 小刻みに震えている。

 

「 ・・・ ごめんなさい、ジョ−。 でも・・・わたし。

 みんなの足手まといになりたくなかったの。 余計なコトで皆を煩わせたくなかった・・・ 」

「 そういう意味じゃない! きみに ・・・ もしものことがあったら ・・・ぼくは!」

ジョ−は ぱっと振り返り、彼女の手を握った。

「 ・・・この、温かさを失くしたら ぼくはもう・・・ ヒトではいられなくなる。 」

うめき声にちかい呟きが ジョ−の口からもれた。

 

 − そう・・・ ただの戦闘用の機械に・・・堕ちてしまう・・・

 

「 ・・ だから、よ。 」

碧い瞳が 彼を真正面から見つめた。

「 え・・・? 」

「 ジョ−、あなたがあなたでなくなってしまうから。

 たとえホンモノではなくても熱い血潮がかよい、暖かなこころ持つ・・・

 島村ジョ−という人間でなくなってしまうのが 恐ろしいから。 」

「 ・・・・・ 」

ジョ−の掌から静かに両手を引くと、フランソワ−ズは湯気の立つティ−カップに翳した。

「 温かいわ・・・ あなたのこころはいつだってこんな・・・温かな

 想いで溢れているのに・・・ 」

白い指が 両側からカップを覆う。

 

「 以前のミッションで わたしが脚に大怪我をしたことがあったわね。

 かなり手強い相手で・・・わたし達、苦戦したわ。 」

「 ・・・ああ、そんなこと、あったね。 」

「 ・・・ あの時。 」

フランソワ−ズはジョ−から視線を外し、すこし波立ち始めた海原に顔を向けた。

亜麻色の髪が海風に乗って やわらかくなびく。

すこし、眼を細め彼女は静かに続けた。

 

わたし。

メディカル・ル−ムのモニタ−で ・・・ 見ていたわ。

・・・ 自分の眼が壊れたかと思った。

あなた、 島村ジョ− でも 009 でもなかった。

ただ、ただ、眼の前の敵を斃すことだけを それしか頭にない、

・・・ 機械だったわ。

あなたの瞳 ・・・ 怖かった。

冷徹に相手を完膚なきまで叩きのめすコトを見据えている眼。

そこに ヒトの魂は ・・・ なかったわ。

 

わたし。

震えあがった。 怖くて口もきけず、動くこともできなかった。

そしたら・・・ 誰かが、ううん、あれは皆が口々に言うの。

 

フラン、お前がダメ−ジ喰ってアイツは頭に来たのさ

こんな時の アイツは恐ろしく強い。

なあに、見てな。 あっという間に奴等を片付けてしまうよ

 

ほんとうに・・・そうだった。

あなた、あんなに手古摺った相手を、あっという間に倒した・・・

すこしの無駄もなく そう、完全にね。

ミッションは成功裡に終わって わたし達もそれ以上の損傷は免れたわ。

 

・・・でも。

 

わたし・・・ あんなジョ−をみたくない。

ジョ−に あんなふうになってほしくないの。

あれは ・・・ 殺戮マシ−ン  だったわ・・・

あんな・・・あなたをもう二度と見たくないの。

もし、わたしがダメ−ジを受けたのが原因なら・・・

あなたを あんな風にしてしまった犯人は ・・・ わたし、よ。

わたしのダメ−ジが あなたを追い詰めてしまった。

わたしが ・・・・ ジョ−を堕としてしまった。

 

だから・・・わたし。

もう、あんなあなたを見るのはイヤだから・・・

だまって傷を治してしまおうと思ったんだけど。

・・・ ごめんなさい、余計な心配をかけてしまったわ・・・・

結局 わたしはみんなの ・・・ あなたの足手纏いなんだわ。

ううん・・・

それだけじゃない。

わたしの存在が あなたを ・・・ 恐ろしいものに変えてしまう・・・

 

 

長い重い吐息がもれる。

碧い瞳は いつの間にか閉じられ、伏せた睫毛の下から涙の筋が流れ落ちる。

ジョ−は そっと彼女の頬に手を伸ばした。

彼の手が頬に触れたとき、フランソワ−ズはぴくりと身を震わせたが、

眼は閉じたままだった。

そのやわらかな温かさを確かめ、ジョ−は静かに口を開いた。

 

温かいね。

きみの・・・ この温もりを奪おうとするものは ぼくは容赦しない。

そうさ、

きみを護るためだったら ぼくは喜んで堕ちるよ。

ぼくは 自ら進んで戦闘の悪魔に魂を売り飛ばす。

だって

きみがいるから。 きみの温もりがココにあるから・・・

ぼくは 微笑むことができる。 愛することができる ・・・・ 生きてゆける。

 

  − 人間でいられるんだ。

 

ぼくの身体は 殺戮マシ−ンだけど、

この温もりがあれば ・・・ ヒトのこころを保っていられる。

 

だから。 ・・・ もっと自分を大切にしてくれ・・・

だから。 ・・・ いつもぼくの傍にいてくれ・・・

・・・ お願いだから。

 

 

フランソワ−ズは頬に当てられたジョ−の手を両手で包み取った。

 

 − ・・・ 温かい 

 

見つめあったセピアと碧の瞳に 同じ煌きが瞬く。

 

・・・ わかったわ。

・・・ わかったよ。

 

ジョ−。

あなたが あなたがこの温もりを保ち続けるために

あなたが ヒトのこころを失くさないために

わたしは。

 

フランソワ−ズ。

きみが きみがこの温もりを絶やさないために

きみが いつでも微笑んでくれるために

ぼくは。

 

 

見つめ合う二人の上を海風が吹き抜ける。

その風は 昨日よりも少しづつ冷たさを増してきていた。

 

ジョーは胸いっぱいにその風を吸い込んだ。

 

・・・大丈夫。

どんなに強い風が吹こうとも どんなに厳しい季節が巡ってこようとも

乗り越えて行ける。

 

 

 − この温もりさえ、あれば。

 

 

お互いの手が護りあい・あたため合い・・・生きてゆく。

ジョ−とフランソワ−ズは しっかりと二人の想いを重ねていた。

 

 

*****   ( 了 )  *****

Last updated: 11,15,2005.                             index

 

 

***   ひとこと  ***

・・・なんだかな〜 長年連れ添った夫婦の<愛の確認> みたく

なってしまったです。(-_-;)  もう40年も一緒なんだから・・・いいかも〜