『  寄り添い   − やさしい関係 − 』  

 

                                  恋人たちの日に・・・

 

 

クラスが終わったばかりのスタジオには まだ華やかな空気がそこかしこに残っている。

人影もまばらになって ざわめきも遠のいてゆくのだけれど。

 

「 ずいぶんとご機嫌ナナメのようだが・・? 」

なにが気に入らないのか、と低く含み笑いをして

ピアノの前に座った男は著名な愛の旋律を数小節、軽く弾き流した。

甘い音とともに銀の髪がさらさらとゆれる。

 

「 べつに。 なんにも。 」

所在なさげに ピアノの足元でストレッチをしていた女はふい、と顔をそむけた。

「 そんなことないわ。 いつだって わたしはこうよ? 」

ウォ−マ−をひっぱり上げてちょっと口をとがらせる。

そうかな? と男はさらに数小節、続けた。

 

「 王子に恋する乙女が仏頂面で踊ってたぞ?  ・・・また、アイツのせいか。 」

「 ・・・・ だって! 今日は会えないかもって! ・・・・ あ ・・・・ 」

思わずムキになった自分に女はさっと頬を染めた。

「 だって・・・・・。 ほんとに久し振りなのに・・・  」

なんの日だか分かってるのかしら。 淡い吐息の影が鏡に映りそうだ。

 

「 そんな朴念仁を選んだのはお前じゃないか。 」

「 ・・・だから、 よけいに腹が立つの! 」

バレッタを外して肩に流れる髪を 女はぱさり、と掻き揚げた。

亜麻色の風がはなやかに舞う。

「 まあ、アイツも人気商売だからな。 もっとも本人にその自覚はないようだが。 」

いろいろあるんだろ、判ってやれよと愛の旋律が甘く響く。

「 わかってます。 ・・・・ わかってる・つもり ・・・・ 」

羽織ったニットでそっと目尻をこすっている女に

ほら?と男は窓の外へ微かにアゴを振ってみせた。

「 待ち人きたるってね。 」

 

ぱたぱたぱた・・・・・

羽よりも軽い足音と 甘い空気だけが男の回りに残る。

 

 − やれやれ・・・。

 

 

だれもいないスタジオに 穏やかな音がゆっくりと満ちてゆく。

「 なかなか いい雰囲気だったわ? あなた達。 」

「 おや。 まだお帰りではなかったのですか、先生。 」

入り口からの声に 男はちょっと身体をずらせて答えた。

豪華な毛皮を無造作に引っ掛けた初老の女が 微笑んでいる。

「 恋人たちの日に、もう とうにお出かけかと。 」

「 あら。 わたくしもたまには一人ってこともあるのよ。 」

「 こりゃ、 失礼を・・・ 」

かつん・・・・と華奢なハイ・ヒ−ルが鳴った。

濃密な甘い香りが 男の鼻腔をくすぐる。

 

「 彼女とは? 」

「 旧い知り合いでね。 」

「 ・・・・ かわいい恋人がいてよ? 」

「 知ってます。  オレとアイツは・・・ 」

するり、と宝石の煌く指が男の肩に置かれた。

 

「 < 優しい関係 > ? 」

「 御意。   なにせ・・・・<フランソワ−ズ>ですから。 」

「 あは。  ほんとうにね。 」

共謀者の含み笑いが二重奏で ひくく流れる。

 

「 さて。 ここに淋しい老婦人がいるんですけど? 恋人たちの日に。 」

「 ありがたくもお誘いですか。 」

窓越しに 亜麻色の髪をひるがえして 駆けてゆく後ろ姿を見送って。

ああ、朴念仁のご到着だ、と栗色の頭をその先に確認し自分の事のようにほっとする。

 

「 わたくしでは ご不満でしょうけれど? 」

「 光栄の至り。  では、ご一緒に。 」

「 こんなのもいいと思いますわ、 < 優しい関係>。 」

「 Ja. 」

 

やがて もう一組の男と女がゆったりと冬の街を寄り添って行った。

 

 

( 了 )      Last updated : 2,19,2004.                  top

 

****  ひとこと   ****

激しくオタク設定の超・パラレルです、お許しを〜 <(_ _)>  バレエ・ピアニストの4氏を

書いてみたかっただけです・・・ 老婦人はウチの大センセイがモデル。 うは、こ〜んなの

書いてるのバレたら破門だわ〜〜〜(遁走)

要らぬ注釈 ⇒  『 優しい関係 』  は フランソワ−ズ・サガン の中年マダムと危険な

美青年の小粋な?オハナシ。