『 耳元で囁く  − わたしだけの囁きを − 』  

 

 

「 ・・・あ、ねえ、ジョ−。もう少しゆっくり話してくれないかしら? 」

「 ? うん? いいよ・・・? 」

話を途切らせたフランソワ−ズに、ジョ−はちょっと怪訝な視線をむけた。

最近、他愛もないおしゃべりをしてる最中に実によく中断される。

 

 − もう少し ゆっくり、お願い?

 − ごめんなさい、もう一度言って・・・

 − それは・・・ どういう意味?

 

何か他意があるわけでは無いのは 彼女の真剣な表情と眼差しを見ればすぐにわかる。

もちろん ふざけているのでもない。

ゆっくり、 ていねいに言い直せば彼女はちゃんと話について来るし返事もかえすのである。

 

 − なにか気に障ることを 言っちゃったのかなあ・・・・

        あんまり楽しくないのかな、僕と話すの。 つまらない・・?

 

なんとなく間延びしてまう遣り取りに さすがのジョ−も気にし始めた。

とにかく日々の生活での会話のテンポが、格段に遅くなっているのだ。

ちょっとズレた返事がかえってくることさえ ある。

ジョ−はあれこれアタマをひねって見たが、その理由は全く思いつかない。

 

 − 自動翻訳機の調子が悪いのだろうか・・・? いや、そんなはずは・・・

 

そう、そんなはずはなかった。

ちょっとした調査メインの小規模なミッションの時など 彼女は相変わらず俊敏な

<探索機能サイボ−グ003>であったしメンバ−達との会話もスム−ズである。

ジェットの無駄口を巧妙にあしらい、ウィットの利いた会話をアルベルトとかわす。

どんな殺伐とした雰囲気でも、彼女の透き通った明るい声音は皆のこころを和ませてくれている。

 

なのに。 どうしてなんだ・・・?

・・・僕が 僕の声とかが 耳障りなんだろうか・・・・ 

僕と、だけ・・・?

 

やっと想いが通じあって。 

お休みのキスを 僕の腕のなかで半分眠りかけてるきみにできるなんて

おはようのキスを 目覚めてすぐに傍らにいるきみから貰えるなんて

ほんとに ほんとに 夢みたいだって思うんだ。

 

なのに。 どうして。

・・・僕が 僕の話すことって きみには面白くないのかな・・・

僕じゃ 相手にならない・・・?

今夜だって。 ほんとうは、さ。

 

まだまだナゾだらけの たおやかな恋人の姿を思い浮かべるとそれだけで自然と身体が熱くなる。

 

  − ふう・・・・・。

 

ジョ−はどさ・・・っとベッドに寝転んだ。

何となく誘うのをためらっているうちに 夕食後お茶を楽しんだあと、フランソワ−ズは

おやすみなさいを言うと さっさと自分の部屋へ引き上げてしまった。

 

 − ちぇ・・・・。 久し振りに ゆっくりって思ってたのに・・・・ あれ?

 

テラス側の窓から人声が洩れてくる・・?

まだ 夜風の心地好さを楽しみたい時期だから 窓はしめきってはいない。

 

 − やめろよ、聞き耳をたてるなんて・・・ でも。 この声は。 

    ・・・・・・・ ! 誰と話してるんだ?!

 

窓の側にいるのだろう、彼女の声は夜の波音をバックにはっきりと響く。

なぜか 聞き取れない<だれか>相手に 楽しげな明るい声が流れてくる。

 

 

  − どうして ・・・・あなたは ・・・  なの・・? ( クスクスクス )  やあねえ ・・・・ 

  − ・・・・いいえ あれは   ・・・・・ ・・・?  いかないで ・・・ここにいて ・・・

  − なにも こわくなんか ・・・・  え? ・・・・ いま まいります ・・・ う〜ん?

 

 

カ−テンを握り締め窓辺で身を固くしていたジョ−の目に ふと気が付けばひとりのオトコの姿がうつる。

整った顔に かすかに爆発しそうな感情をただよわせ じっと宙に目を据えて・・・。

あえてよそおったつもりの無表情なのだが かえって不気味な影を隠しきれてはいない。

 

 − ひどい、顔だ。 酷い目だ。 まるで・・・・狂犬・・・? 僕は  なんという・・・!

 

ガラスに映った自分の浅ましい姿に耐え切れず、 ジョ−はそっと窓辺を離れた。

かといって まだかすかに聞こえてくる話声を無視することなどできっこなく。

ぶるん・・・とアタマをふってジョ−は自分を追い立てる。

 

素足にひっかけたスリッパは 静かな廊下に意外なほどの音を響かせる。

そのドアの前で いったりきたり。 

ノブにそっと手を伸ばし あわてて引っ込め。

 

 − え〜い・・・! ( お約束のセリフ♪ )

 

コンコン・・・・

 

思わず身を竦めたくなるくらいの大きな音に 意地悪なドアを蹴飛ばしたい気分・・・。

ドアが開くまで いつもこんなに時間がかかったっけか?! 

まるで加速装置が壊れた時のような気分を また存分に味わって いい加減シビレを切らしたとき。

 

かちゃ・・・・

 

「 ・・・・はい? ・・・あら、ジョ−? 」

細くあけた隙間から フランソワ−ズが怪訝な面持ちを覗かせた。

 

うっすら上気した頬が妙になまめかしくて。

生地のうすい寝巻きから 露わになっている白い肢体にジョ−は思わず目をそらせ・・

次にはぐ・・っと唇を噛み締めて 真正面から見詰めなおした。

「 こんな時間にごめん・・・。 ちょっと。 いい・・? 」

「 え、ええ、どうぞ? もう とっくに眠ってると思ってたわ。 」

「 うん・・・ あの、さ・・・・ きみの声が、その・・聞こえて。 テ、テラスから・・ 」

 

 − ダレと・・・・ 一緒だったんだ・・・?

 

もう少しで いつもと変わらぬ笑顔にそう問い詰めそうになったジョ−は

ふと 彼女が持っている本に視線をおとした。

 

 − ・・・あ? 『 シェイクスピア戯曲全集-3  ロミオとジュリエット 』 ? 

 

「 ああ、これ? グレ−トから借りたの。 どうせ練習するなら・・・ヒロイン気分が楽しいでしょ? 」

「 れんしゅう・・? 」

ジョ−の視線に気づき 彼女は手に持った本を広げて見せた。

「 そうなの。 練習よ、日本語。 」

 

くす・・・っとちいさく笑って。

両手で本を抱えてなおし 彼女はまっすぐにジョ−を見上げた。

 

わたし。

防護服を着ていないときには自動翻訳機のスイッチをオフにしてるの。

だって・・・・ あなたとは 真実(ほんとう)のわたしのことばで話したいから。

機械に作られた機械のコトバじゃなくて、わたしのこころから溢れてきたわたしだけの言葉で・・。

 

でも。 

 

そう言ってフランソワ−ズは肩をすくめてちいさく笑った。

「 日本語って。 とっても難しいわ! ジョ−はあんまりおしゃべりしてくれないし・・・ 」

だから 本とかでいろいろ練習してたの。 

あのね、聞いて?

 

彼女はジョ−の耳元へ背伸びをして。

 

 

  だ ・ い ・ す ・ き !  あ ・ い ・ し ・ て ・ る ♪

 

 

一言一言 くっきりとしたコトバが ジョ−の耳元で囁かれた。

熱い ・ 温かい ・ ちょっと湿った ・ 彼女自身の ・ コトバ。

 

伸び上がってすこしもたれかかってきた 彼女の身体に腕を廻して引き寄せて。 

今度は 彼が身をかがめフランソワ−ズの耳もとへ 熱い吐息とともに囁いた。

 

 

 − 僕らに。 ことばはいらないらしいよ?  今晩は特に、ね。 

 

 

床に伸びるふたつの影はひとつに絡まりあうと やがてゆっくりと倒れこんでいった。

 

 

         もう、囁きは・・・・・ 聞こえない。

 

 

    ( 了 )   top          Last updated: 12,22,2003.

 

*****  ひとこと *****

やっぱり愛の囁きはたどたどしくても自分の言葉で・・・♪