『  夜の海  − わたしの 海 −  』 

 

 

 

***  おとこわり  ***

<超銀設定>です。ジョ−が・・・★★です。

従来の93イメ−ジを崩されたくない方・・・

どうぞ 引き返されることをおすすめします。

 

 

 

 

 

フランソワ−ズは 薄闇に覆われて来た空を見上げ、ほ・・・っと吐息を漏らした。

月がふたつ、追いかけっこをしている夜空に 見知った星座があるわけはないのだが、

目は しらずしらずのうちに捜している。

 

・・・ よく わからないわ ・・・

 

まったく未知の空間なのだから、全てが − 頭上に瞬く星々さえも − 見慣れぬモノ

であるのは当たり前なのだが・・・

 

「 ・・・ えっと。 北がこっちだから。 」

 

基軸となる星を捜しあぐねて、やっとここが異世界であることに気がついた。

そうなのだ・・・

二人の愛の星は  ・・・ この空間にはない。

目の前に広がる海も あの日、二人で見つめた海原ではない。

頬に触れてゆく微風すら 見知らぬ香りを含んでいる。

 

かつん・・・

 

ブ−ツの爪先に小石が飛ばされた。

 

・・・バカみたい。

あの星が空にあったら・・・すこしはほっとするかなって思ったのに。

 

寄り添って同じものを同じ気持ちでみつめていた。

空から転じた視線の先には 想い会うひとの瞳があり唇があった。

あの星を空に見つけられたら・・・すこしは信じられるかもしれない・・・

あの時の あなたの言葉を、 想いを、 情熱を。

 

ぱさり、と髪が夜風に弄られて肩先から払われた。

 

そうよね。

空も星も風も・・・ みんな 別物。

・・・だから・・・ ココでどんなコトが起こっても ・・・ 気にすることなんかないわ。

そうよ・・・

どんな ・・・ コトが ・・・あっても。

 

つう・・・っと 涙が一筋、頬を伝いおちた。

 

 − あなたも。 ・・・ ジョ−、あなたも同じ思い・・・?

 

さわさわと梢を鳴らして 夜風が海を渡ってくる。

この星には季節というものはないのだろうか、特に気温がさがってゆく気配もなかった。

ただ、穏やかな鈍色の帳がゆるりと降りてきているだけの穏やかな夜・・・

 

・・・イシュメ−ルに戻らなくちゃ。

 

こっそりと抜け出してきたのだが、もし自分の不在が知れたらメンバ−達に余計な心配をかける。

ジョ−を追っていったのかと、想われるのも、イヤだった。

このごろ、ジョ−が艦にいない場合のことに周囲は暗黙の了解をしているようだ。

 

それほど、じつに足繁く彼は宮殿を、この星を統べる女王のもとを、訪ねていたから・・・

 

 

この薄いブッシュを抜ければ すぐにイシュメ−ルが見えてくる。

フランソワ−ズは 足を速めた。

木々の枝越しに 白くかがやく曲線の船体が覗かれる。

 

ドルフィン号だったらいいのに・・・・

 

思わず口を突いて出た言葉に 自分自身が驚いた。

 

 − ドルフィン号 ・・・

 

懐かしい響きを もう一度口の中でころがしてみる。

音( おん )のひとつひとつから思い出がわきあがり やがて多彩なタピストリ−を紡ぎだす。

本気で議論した。 諍いもあった。 焦燥感に身をこがし 遣り切れない思いをぶつけ合った。

流した涙、乾かぬ涙はともにぬぐってなんとか哀しみに溺れることを免れた。

 

あの船で発進するとき、キャビンに笑顔がいつもあったわけではなかったけれど。

あの船で帰還するとき、重く沈んだこころを抱えていたことも多かったけれど。

戦闘に向う時でも ・・・ 心強かった。

最悪の状態でも ・・・ 前向きだった。

 

 − みんながいたから。 みんなが・・・

 

固い信頼で結ばれていた・・・自分たち。

本当に怖いモノなんか なにもなかった。

どんなに絶望的な状況でも 諦めるなんて思いもしなかった。

 

 − ・・・ あなたが。 ・・・ジョ−、あなたが いてくれたから。

 

白く輝く船体は 眼のまえに静かに羽を休めている。

優秀な性能の船だったが ・・・ どうしてもよそよそしい。

最先端の精緻な技術は素晴らしいのだが ひやり、と冷たいものを感じてしまう。

そんな時、使い慣れ、ある意味古びてきているドルフィン号が 余計に懐かしい。

 

 − ジョ−・・・。 あそこには みんなとの・・・ あなたとの思い出が・・・

 

たったひとりの不在が こんなにも仲間の気持ちをぎくしゃくとさせている。

ほんのすこしの不在が 心にぽっかりと大きな穴に穿つ。

一人いないだけ ・・・ ううん。 ジョ−、あなたが。

 

あなたの こころがココに ・・・ ない。

 

 

フランソワ−ズはくっと頭をあげ、イシュメ−ルの認識ランプに顔を向けた。

個別認識チェックが働き、するすると降りてきたタラップに足を掛けようとして・・・

 

その時、どうして振り向いたのか。

どうして ・・・ 能力( ちから )を使ったのか ・・・ 自分でも判らない。

一瞬の隙間に ふいに頭を廻らしてしまった。

 

  − ・・・ あ ・・・ っ!

 

こころの悲鳴が 強制的にぷつ・・・っと眼の前の光景を ・・・ 消した。

しかし

突然降りた暗幕のなか、フランソワ−ズは なお、鮮明にその光景を眼裏( まなうら )に

ありありと焼き付けてしまった。

 

 

やわらかな光に包まれて ジョ−と あのひと はひとつになっていた。

 

 

 

 

どうやって船に乗り自室に戻ったか・・・まったく記憶はない。

気がつけば・・・ 枕のするするとしたリネンの感触だけが頬を被っていた。

 

・・・ 涙は ・・・ 出なかった。

 

夜の闇にぼんやりと視線をむける。

見開いた瞳が ひりひりと痛む・・・ 身体中の潤いはどこかへ消えてしまった。

舌がこわばり 咽喉が干上がっている。

身体は軋み地中にのめり込みそうに重いのに 意識はどんどん研ぎ澄まされてゆく。

 

 − 寝よう・・・ 眠って、すべて忘れたい・・・

 

無理矢理眼をつぶれば つかの間の闇の奥から乾ききった痛みが湧き上がってくる。

きゅ・・・っと力をいれるたびに、あの情景が浮かんでしまう。

消えて、お願い消えて・・・と フランソワ−ズは哀願し続けた。

 

ジョ−。

あの時の あの夜の あの・・・ あなたの篤い想いは・・・ うそ?

 

口にだしたら、誰かに肯定されそうで彼女はひそかに呑み込んだ。

やめて ・ やめて ・ やめて・・・

・・・ 消えて ・ 消えて ・ 消えて 

呪文のごとく何千回でも繰り返した言葉は、やがて彼女を眠りの淵に引きこんでいった。

 

 

 

 

 − いま ・・・ 何時 ・・・?

 

ベッドに寄りかかり 床に脚をなげだして。

フランソワ−ズは ぼんやりと顔を起こした。

ほんのわずか 夜の色が薄らいできた・・・ような気がしたのだが。

 

・・・ もう起きてしまおうかしら。

 

無理矢理床から 身体を引き剥がす。

手足の関節は強張り、背骨はぎしり・・・と妙な音をたてた。

もう一度寝なおす気分にはまるでなれずに フランソワ−ズは

ベッドに掴まってゆっくりと立ち上がった。

 

 − 熱いお茶でも・・・。 ・・・ あ ・・・・?

 

まだ濃厚な夜の気配漂うなか、 外から響いてきた足音がひとつ。

眼をつぶっていても すぐにわかる、聴きなれた その音。

・・・ やがて ジョ−のキャビンのドアが静かに開き・・・閉じた。

 

暁まえのさえざえとした大気の中で、 フランソワ−ズは眼を見開いていた。

・・・ただ、呆然と虚空に視線を投げかけていた。

どこかで 波の、海原を渡る風の、夜の海の、 まったりとした音が聞こえた。

 

 

 

 

 

「 このワインは 美味しいね。 」

「 そう? じゃ・・・ 今度からこれにしましょう。 」

「 ・・・ああ。 きみの料理が一層ひきたつよ。 」

「 ジョ−ったら。 お世辞ばっかり。 」

「 お世辞じゃない。 きみの料理は最高だもの。 ・・・ いや。 」

ジョ−はテ−ブル越しに手を伸ばして フランソワ−ズの手を握った。

「 最高なのは・・・ きみ、だね。 

 今夜のメイン・ディッシュは ・・・ なんだか知ってる? 」

「 え? あなたのリクエストよ? ヒラメのムニエルと ・・・ 仔牛のハ−ヴ・グリル。 」

「 そうだけど・・・ 本当のメインは 」

ジョ−は引き寄せた彼女の指を口に含んだ。

「 うん・・・ 本当のメインはきみさ。 ああ・・・食べたい! 」

ライト・ブラウンの瞳が しっとりと潤ってじっとフランソワ−ズに注がれる。

彼女の 眼に 鼻に 頬に 唇に ・・・。 

視線はだんだんと熱さと強さを 帯びてくる。

首筋に 胸元に もぐりこんで乳房に 頂点のツボミに ・・・。

彼の眼は 躊躇いもなく踏み込んで舐め回し 陵辱する。

 

「 ・・・ジ、ジョ− ・・・ 」

 

ただの視線なのに。

それは熱く つよく ・・・ 淫らに 全身をねばっこく嘗め尽くしてゆく・・・

 

吐息がこぼれると同時に 熱いものが身体の奥から滲み始める。

耐えかねて脚を組み替えたとき、テーブルの下から手が伸びてきた。

するり、と膝をさすりスカ−トを払う。

いっぱいに伸ばされた指先が じりじりと腿の内側を這い上がりはじめた。

 

「 ・・・ ! ・・・ やめて。 お食事中 ・・・ で しょう・・・ 」

声はかすれ 理性はしだいに悦びの波に洗われ浚われそうである。

「 ・・・ 言ったろ。 ・・・ メイン・ディッシュは きみ だって。

 ぼくはお腹が空いてるんだ。 ・・・ いいだろ。 」

「 ・・・ あぁ ・・・ ジョ− ・・・ 」

 

カチン・・・ 

 

彼女の手から離れたフォ−クが お皿の縁にあたった。

席を立つと、彼女の右手指を口に含んだまま、ジョ−はすばやくテ−ブルを回ってきた。

 

「 ・・・ いただきます。 」

腕の中の細い肢体を 彼はかるがると寝室へ運んだ。

 

 

 

この星に戻ってきて、二人はフランワ−ズの故郷の街で共棲みを始めた。

ジョ−は仕事の関係で家を空けることも多かったのだが、

寸暇を惜しんで 彼はこの街にもどってきた。

この街の、あの地域の。 あのアパルトマンの あの一室へ・・・。

 

以前の どちらかといえばク−ルに仕事を優先させてきた彼とは随分な変りようだった。

ジョ−・シマムラ の仕事に関わっている人々は 一様に驚きを隠せなかった。

 

また、例のクセだろう?

 

当初は苦笑と溜息まじりに 周囲は見て見ぬフリをしていた。

新手の女性をみつけ、ちょっとだけ熱中してりだけだ・・・と。

すぐにまた、いつもの冷徹で仕事にすべてをかけるオトコに戻るに違いない。

相手の女性には気の毒だが これが ジョ−・シマムラの遣り口なのだ・・・

 

そんな無言の了解は ・・・ 消え去ってしまった。

そして。

彼の情熱が あきらかにその方向を変えてゆくのを目の当たりにし、

<黙認>は次第に<非難>に変わり始めていた。

 

当の本人は そんな周囲の変化に気づく余裕すらなく、

ただひたすら ・・・ 彼女の元をめざした。 

・・・ そう、まるでセイレ−ンの魔女に魅入られた旅人のように・・・

 

 

 

規則正しい寝息が 寝室に満ちていてる。

常夜灯の投げるにぶい光が 自分たちをかろうじて照らし出す。

 

ジョ−は ゆったりと四肢を弛緩させ満足しきって眠りに落ちていた。

額深く栗色の前髪を散らばせ 時々高い咽仏が上下した。

 

 

「 ・・・ ジョ−  満足した? 」

フランソワ−ズは ジョ−の傍らにゆっくりと身を起こし、彼の寝顔をのぞきこんだ。

はらり、と長い亜麻色の髪が まろやかな白い肩からすべりおちる。

 

・・・ ふふふ ・・・

 

彼女の口元から低い笑い声が漏れる。

「 わたしは ・・・ まだ、よ。 まだ・・・ 足りない 」

細い指が 身じろぎもしないジョ−の頬を 唇を 首筋を 辿る。

「 放さない。 もう、ぜったいに ・・・ 逃がさないわ。 ねえ? 」

すべすべした厚い胸は 今は静かに上下している。

引き締まった腰から 伸びやかな脚へ・・・ たどる指先は 迷いなく進む。

「 あなたの還るところは ここ。  ・・・ 他の何処へも行かせない 」

・・・ねえ? ほら・・・

 

漣のような震えが ジョ−を襲う。

かすかな呻きが 彼の唇からこぼれ出る。

悦楽なのか苦悶なのか・・・ ごくり、と咽喉が鳴る

 

 

 

・・・ 海は ここにあるわ。 

あなたを わたしの内なる海に惹き込むわ。 

・・・ 星は ここに煌くのよ。

あなたを恍惚の海に導いてあげるわ。

 

はなさない ・ どこへもやらない ・ 逃がしはしないわ。

あの星で あの空のもと

あなたは 海の音に惹かれ渡る海風に誘われ熱い海に身を投じたのね・・・

・・・ そうよ、あの、オンナの 海 に。

 

だから。

 

今度は ここよ、このわたしの海で 溺れさせてあげる。

あなたが ・・・ 破滅するまで 朽ち果てるまで。

あなたを 食べて食べて 吸い尽くして

あなたの すべてがわたしだけのものになるの。

 

 

  − 夜の海で 永遠に彷徨うのは ・・・・ あなた。

 

 

・・・ねえ? 

あなたにも聞こえるでしょう? ほら。 あの音・・・

永遠の夜の海が 静かに波打っているわ。 潮が満ちてくるのよ。

寄せる波は あなたを呑み込むわ。

 

 

フランソワ−ズは ゆっくりとジョ−の身体をわが身で被っていった。

 

 

・・・ 海にはほど遠いこの街で。 

海鳴りが はるかに聞こえはじめた。

 

*******   ( 了 )  *******

Last updated: 10,18,2005.                         index

 

 

****    ひとこと  ****

超銀です、はい。 

フランソワ−ズの内面は もしかして・・・と、妄想してみました。