『   夫婦蒲団   − 和室 −  』  

 

 

 

 

「 ジョ−? ちょっと・・・開けて? 」

「 うん・・・ あ、ぼくが持つってば。 貸して。 」

「 大丈夫よ。 それよりほら、そこどいて。 」

「 あ・・・ うん。 」

 

三つ折にした敷布団が、いや、敷布団を抱えたフランソワ−ズが入ってきた。

掃除と称して畳みに寝転がっていたジョ−は 跳ね起きて駆け寄った。

襖を大きくあけて、彼女と蒲団の通り道を確保する。

多少よろよろしながらも、敷布団は無事に押入れの前に着地した。

 

「 さ・・・ これでよし、と。 あとは ・・・ リネン類を出して・・っと。 」

「 わあ・・・いい匂い・・・ うん、やっぱ干した蒲団はコレが最高♪ 」

「 ちょっと、ジョ−? やめてよね、せっかくふかふかになってるのに〜 」

 

ジョ−が積み上げた蒲団に寄りかかって喜んでいる。

フランソワ−ズはあきれ顔で慌てて彼の腕を引っ張った。

 

 

ギルモア邸の二階の一室を 和室に改築しよう、と言い出したのは

フランソワ−ズだった。

午後のお茶を テラスで涼みがてら楽しんでいた時、そんな話がもちあがった。

その部屋は日当たりが一番いい場所で ずっと客用寝室になっていたのだ。

「 せっかくなんですもの。 一間くらい和室があってもいいと思うのよ。」

なんでも彼女に賛同するジョ−が すぐにそうだね、ぼくも・・・と申し添え、

ギルモア博士も鷹揚に頷いた。

 

「 わあ、いいんですか? じゃ、さっそく手配しますわ。

 ふふふ・・・完成したらコズミ博士に一番に来ていただきましょうよ。 楽しみだわ。 」

「 そうじゃな。 ・・・ああ、貰いものの掛け軸と花瓶があるはずじゃ、

 適当に飾ってみたらいい。 」

「 わ♪ ありがとうございます。 ああ、でも大変〜 和室のインテリア、勉強しなくちゃ。 」

「 きみはセンスがいいからさ。 きっと上手くゆくよ。 」

相変わらず、にこやかにそして幸せそうにジョ−が言い添えた。

聞き様によっては嫌味かお世辞とも取れそうなコトを さらりと言ってのけるのは

これはもう、彼の特技かもしれない。

「 あ・・・あら。 じゃあ・・・・がんばっちゃおう♪ 」

ほんのり頬を染めて、フランソワ−ズはとても嬉しそうだった。

みんなのにこにこ顔に すこし華やかさが失せた日差しが降り注いでいた。

 

 

西洋建築の家の一室を全く和風にするのは 結構時間と手間がかかった。

地元の、いわゆる職人さんに頼み、なんとか畳を運び込んだ時分、

街行く人々はコ−トの襟をたて、マフラ−に顎を埋めて足早に行き来するようになっていた。

 

「 さっそくコズミ君が 来たいそうじゃよ、いいかな? 」

「 まあ〜 嬉しいですわ。 そうしたら・・・是非泊まって頂きましょうよ。

 あのお部屋でしたら ・・・ お蒲団、用意しなくちゃ。 」

手を打って喜ぶフランソワ−ズに ギルモア博士は相好を崩しジョ−もつられて

笑ってしまった。

 

これも地元の蒲団屋さんに二人ででかけ、日本式寝具についてレクチャ-をしてもらった。

地味だけど老舗なそのお店で フランソワ−ズは<お客用寝具一式>を買い整えた。

「 さあ・・・これで、いつでもコズミ博士をご招待できるわ。

 ねえ、ジョ−? 」

「 そうだね。 ・・・え、なに。 」

「 めおとふとん ってなあに。 さっきのお店のヒトが言ってたでしょう? 」

「 ・・・え。 あ〜 その ・・・ ペア・ルック ・・・そう、御揃いの蒲団ってことだよ。 」

「 ふうん・・・。 お蒲団にもクッションとかみたいにペア・ルックがあるの。 」

なぜかソッポを向いているジョ−を フランソワ−ズは不思議そうに眺めた。

・・・なんで、そんなに赤くなってるの・・・ ?

 

蒲団屋の店員は入ってきた二人を見るなり、すぐに<御婚礼用寝具>のコ−ナ−に

案内したのだった。

わあ・・・綺麗ねぇ・・・と やたら煌びやかな寝具類をみて

フランソワ−ズは目を見張り・・・ ジョ−は真っ赤になって俯いた。

 

・・・ 冗談じゃあないよ・・・まったく。

ああ・・・大汗かいたよ ・・・ ほんとうに。

 

口下手な彼が必死になってなんとか・かんとか普通の客用寝具売り場に

フランソワ−ズを引っ張ってゆくのは大仕事だった!

 

・・・ どんな敵よりも ・・・ 手強いからなぁ ・・・

 

日本風の寝具に夢中の彼女を見て、ジョ−はこっそり・・・ほんとうにこっそりと

ちいさく・ちいさく呟いた。

 

 

コズミ博士は 大喜びで招待に応じてくれた。

そんなわけで、秋晴れの今日、二人は部屋の最後の準備に没頭していたのである。

 

「 ねえ、きみも ・・・ ほら、キモチいいだろ? ふかふか・・・ 」

「 もう・・・ あ? あら、 ほんとう♪。 」

引っ張ったはずの腕をあべこべに、くい、と引かれフランソワ−ズは取り込んだ蒲団の前に

膝をついてしまった。

そのまま ぱふん、と上体を蒲団に預ける。

 

「 ・・・ふう・・・・ん ・・・・ いい匂いね〜 お日様の匂い、かしら。 」

「 ふふふ、いいだろ? こうやってると なんだか幸せな気分にならない? 」

「 そうね・・・ う〜ん・・・ あったかい・・・ 」

 

二人してぽかぽかに膨らんだ蒲団にすがりつく。

畳み敷きの部屋には 晩秋の陽が満ちほんのりと香ばしい匂いが漂う。

掃き清められた座敷は ほっこりとこの邸とは別の空間を醸し出していた。

 

「 ・・・なんだかすごく、落ち着くわね。 静かで明るくて温かい・・・ 」

「 ね? 和室って案外気持ちいいだろ。 」

「 ええ。 それに、このお蒲団・・・。 マットレスよりも羽根布団よりもほんわり〜♪ 」

「 ・・・ふぁ〜 ・・・ あ、ごめん。 」

ジョ−が思わず大あくびをした。

蒲団に顔を埋めていたフランソワ−ズもつられて 可愛いあくびをもらす。

「 ・・・あら。 ごめんなさい。 」

 

「 いい気持ち ・・・ 」

「 ・・・ いい気持ちだね。」

会話が間延びしてきて ・・・ 茶色と亜麻色の頭が蒲団の上にするりと寄り合うまで

そんなに時間はかかならなかった。

 

 

 

「 ・・・おおい。 フランソワ−ズ? コズミ君が見えたよ・・・ 」

「 お邪魔しますぞ、お嬢さん。 」

「 すまんですな、いったい何処におるんじゃ・・・・。 おおい、ジョ−? 」

「 いやいや・・・ お若い向きはいろいろと多忙じゃろうて。 お構いなく。 」

「 お招きしておいて、全く。  ああ、ひとまずこちらへ・・・ 」

「 ほい、失礼いたしますぞ。 」

 

ギルモア博士は 改築した引き戸をからり、と払った。

 

「 ・・・ おお ・・・ こりゃ・・・まあ。 」

「 な・・! いや・・・どうも ・・・ 」

 

木の香も新しい部屋の上がり框で 二人の老人は顔を見合わせ

・・・ 優しい笑みを浮かべあった。

 

落ち着いた和室の真ん中で。

ふっくり膨らんだ真新しい蒲団の横で。

茶色の頭は 少女の膝に突っ伏して 

亜麻色の頭が その上に覆いかぶさっていた。

 

 

「 ・・・あ〜 えへん! えっへん。 」

「 う・・・おっほんっ! 」

 

老人二人のわざとらしい咳払いは しばらく続いたという。

 

 

 

「 お嬢さんの膝枕は どうだったね? 」

「 ・・・あの。 いや、その・・・ 柔らかくて 温かくて  あ・・・ 」

「 ふぉふぉふぉ・・・ きみには最高の 夫婦蒲団 じゃったろう? 」

 

そんな遣り取りがあったことを、フランソワ−ズはまったく知らなかった。

 

 

******    ( 了 )    ******

Last updated:  11,22,2005.                           index

 

 

***   ひと言  ***

ふかふかのお蒲団に眠る時・・・日本に生まれた幸せを

噛み締めております♪ きっとフランちゃんもお気に入り〜