『 シワの寄ったシ−ツ 』
「 ・・・ お願い、それ、やめて・・・ 」
「 ・・・ え? 」
思いがけなく固い声がとんできて、アルベルトは驚いて顔を上げた。
シ−ツの裾を引っ張っていた手が とまる。
「 なんだ? 」
「 だから。 それ、やめてちょうだい。 」
固い声と一緒に固い表情が 彼の前に現れた。
身支度を終え、ヘア・ブラシを手にしている。
上気した頬にしばし目を奪われたが、彼女の目はますます険しさをましていた。
「 それって・・・ このシ−ツのことか? 」
なにも思い当たらず、とりあえず身近なモノを指してみた。
・・・ あてずっぽうも時には 大ヒットするものだ。
「 そう。 ・・・後、にシ−ツを直すのって・・・ あなたが直すのは ・・・ いや。 」
「 なんだって? 」
「 そんな・・・ 仲なの? なにもなかったコトにしたい・・・って・・・ 」
「 なに言って ・・・ 」
なにをバカなことを、と言いかけて彼女の真剣な眼差しに息を呑む。
「 ・・・やめてね。 これっきり、と思っていないのだったら。
また・・・ 一緒にすごしてくれるつもりなら。 このままにしておいて・・・ 」
「 わかったよ。 」
些細なことに拘る彼女が可愛らしくて、アルベルトは向き合ったその身体に手を回した。
「 ・・・可笑しい? 」
笑みを湛えている彼の眼に気づき、彼女はすこし頬を染めた。
そんな仕草がなおさら愛しく 彼の腕に力がこめられる。
「 ・・・や・・・ 髪が・・・ せっかく ・・・ 」
「 ・・・ 今度は そのままにしておくから。 」
「 ! ・・・ やだ ・・・ あ ・・・ 」
おしゃべりを唇で封じ、二人はふたたびベッドの上に倒れこんだ。
・・・ もう一度シ−ツにシワが寄るのに、そんなに時間はかからなかった。
「 だから。 ベッド・メイキングくらいちゃんとやって頂戴! 」
リビングにまで響く声に アルベルトは思わず新聞から顔を上げた。
秋晴れの日、テラスへのドアは開け放たれ穏やかな日差しがいっぱいである。
・・・ どうやら声の主は 例の赤毛の・・・<がらくた部屋>にいるらしい。
そうそう。 今日は<大洗濯大会>だって言ってたな・・・
彼自身、彼女にリネン類を強奪されていた。
不思議な縁( えにし )で時として一つ屋根の下に寝起きするようになった、彼女。
晴れ上がった日には 大張り切りで家中の布製品をかき集める。
にぎやかな機械音 − 機械は機械でもその単純さがかえって親しみを感じさせ、
アルベルトはどこかしら楽しんでいる。
やがて、庭にはあらゆるリネン類が盛大に秋風に翻ることだろう。
「 マメに洗濯に出すのは当然だけど。 ほら・・・ね?
きちんと毎朝、こうやって・・・引っ張っておけばシワシワにならないでしょ! 」
返す言葉も見つからないのか、反論の声は聞こえてこない。
「 ・・・え? ちょっと。 それってどういう意味よ?
なんで・・・わたしがジョ−のシ−ツのシワを伸ばすの? 」
− ばんっ!
音をたてて二階の一室のドアが閉じ、怒気を含んだ足音が階段を雪崩れ落ちる。
・・・ また、余計なコトを言ったんだな、あの赤毛は。
やれやれと苦笑しつつ、拡げた新聞紙、でも彼の視線は文字を追ってはいなかった。
浮かぶのは あの部屋、ぼんやりとした灯りと忍び込んでくるすきま風。
でも 寒さなど感じてはいなかった。
残る火照りを身体の芯で確かめ、味わいなおし振り向けば
彼女がベッドを整えている。
「 ・・・なんだ、 さっきは止めろって言ったじゃないか。 」
「 ・・・ 私は、いいの。 きちんとしたいもの。 」
「 妙な理屈だな。 」
「 妙でもなんでも。 ・・・ あなたがやるのが、イヤなの。 」
「 ・・・ そんなもんか? 」
「 そんなものよ ・・・ 」
シ−ツの裾を引っ張ってる彼女に もう一度口付けをした。
こんな明るい秋の朝に
こんな東の果ての島国で
・・・ こんなツクリモノの身体を持て余し。
− それでも 俺は。
見つめているのは ・・・ よじれたシ−ツ。
想いを馳せるのは ・・・ 投げ出された白い腕。
・・・ そうだな。
今度、お前と逢ったときには
シ−ツのシワは 伸ばさないから
今度、お前を抱いたあとには
縒れたシ−ツは そのままにしておくから
・・・ だから
待っていてくれ
ええ。
待っているわ・・・ ずっと、ね。
そんな明るい声を アルベルトは晩秋の日差しの中で 確かに聞いた。
****** ( 了 ) ******
Last updated:
11,22,2005. index
*** ひと言 ***
え・・・一応 アル・ヒル設定なのですが。 ( これじゃ〜わかりませんね〜(^_^;) )
お好みの人を当て嵌めてくださいませ。