『 王家の紋章 』
企画 : めぼうき ばちるど
テキスト: ばちるど
**** 同名の例の ご長寿漫画 とは全く無関係です ~ ****
**** この物語の世界については こちらへ → ☆
カリリ カリリ
「 おかあさま? 入ってもいいですか? 」
スターシアは 母の部屋の帳にそっとタッチした。
「 スターシア? ええ いいわよ、お入りなさい。 」
すぐに母のよく透る声が聞こえてきた。
母が女王の執務室に居る時には 出入りは遠慮しなければならない。
しかし今は私室なので スターシアはすぐに帳の間から身を滑らせた。
母は長椅子に座り、俯いている。
「 ・・・ おかあさま。 あら 縫い物してらっしゃるの。
え それって・・・ 」
この星の女王である母は 膝の上に純白の衣装を広げていた。
「 ええ。 喪の服よ。 サーシアの婚約が決まりましたからね
用意を始めないと 」
「 サーシアの? 喪の服・・? 」
「 そうよ。 嫁ぐ娘に裳の服をもたせるのは親の仕事です。 」
「 そうなの・・・ あ 私のは 」
「 ふふふ スターシア あなたの喪の衣装は あなたが立太子の祝いをした日から
縫い始めて もう出来上がっていますよ。
」
「 まあ ちっとも知らなかった 」
「 あなたもね、将来 娘をもったら裳の服の用意をしてあげるのですよ。 」
「 はい。 」
「 これはね 女親の務めです。 そして我が家の紋章を忘れずに ね
」
母は膝の上の喪服の縫い取りを 示した。
「 ・・・ はい。 」
その頃、 次代のイスカンダル女王・スターシアは東の地の侯爵家の長子との婚約が整っていた。
妹姫サーシア は 西の侯爵家に嫁いでゆく。
「 ・・・ サーシアと別れるのは淋しいです ・・・
」
「 あらあら 皆 いずれ別々になるのですよ。
でもね 将来 親しく行き来してちょうだい。 そうやって またこの星が
栄えるように。 」
「 はい ・・・ ああ 綺麗な衣装・・・お転婆・サーシアにはもったいないわ 」
「 うふふふ・・・ あの姫も侯爵夫人としてしっかり西の地を
繁栄させてもらわなければ ね 」
「 そうなれば 嬉しいです。 」
「 そうしてちょうだい。 スターシア。 この星の次代女王は貴女なのですから 」
「 ・・・・ 」
スターシアは ちょっと淋しい気持ちで 母の輝く微笑を眺めていた。
カラリ。 スターシアは官舎の窓を大きくあけた。
「 ふ~~ん ・・・ いい風。 温かい季節が近くなってきたのねえ 」
彼女は大きく息を吸いこんだ。
海に近いこの地には 吹いてくる風にも潮の香りが含まれている。
「 海の香って どこの星でも似ているのねえ。 ああ いい気持ち。
海のチカラが身体中に 入ってくるみたい・・・ 」
海洋の多い星で生まれ育った彼女には とても身近な香りなのだろう。
スターシアは しばらく薄い水色の空を眺めていた。
― 鼻孔から忍び込んできた懐かしい香は ふ・・・っと懐かしい面影を呼びさます。
「 ねえ ・・・ おかあさま。 わたくしも母になりましたわ。
そして 娘が嫁ぐ日が近くなってきたの。
」
遥か彼方の星で もう何年も前に見送った母の姿が蘇る。
「 ええ ちゃんと彼女にもイスカンダルのこと、伝えています。
彼女が次の女王ですもの。 ねえ お母様 わたし、母としての務め、ちゃんと
できていますか ・・・ 」
彼女は 空の彼方に語りかける。
「 あ。 ・・・ そうだわ。 すっかり忘れていたわ。 」
水色の空は 彼女にあることを思い出させた。
そうよ。 母として 大事なこと ・・・ !
「 さ。 ぼんやりしてはいられないわ。 」
スターシアは窓を閉め、室内を振り返る。
日頃はきちんと整っている古代家のリビングなのだが ― 今はあちこちに荷物が
点在している。
「 え~と。 今日中にまとめて 今週中にはサーシアたちの新居に
送らなくちゃ。 ウチが片付かなくて困ります。 」
彼女は きりり・・とエプロンのヒモを結びなおした。
小さなサーシア。 守とスターシアの一人娘、古代サーシア は
加藤四朗君との挙式の日が近くなってきている。
四朗君は 防衛軍宇宙軍所属のパイロットだ。 名パイロットの誉れ高い
亡き兄を目標に 日々精進している。
「 サーシア ・・・ 本当によい方と巡りあえましたね
お母様は本当に嬉しいわ 」
母としてスターシアは日々、娘の結婚支度を整えているのだが。
「 大変 大変。 わたし、サーシアの喪服を用意していなかったわ。 」
この星の喪の衣装は ― 今までの経験でそれは黒色であるらしいことは
わかっていた。
「 う~~ん? なにか他にも特殊な約束事とか風習があるのかしら。
そうそう ネットで調べてみましょう。 」
小型タブレットを操作してみる。
「 ・・・ ふうん ・・・ そうなの ・・・< かもん >、 なるほど・・・
ああ やはりどの国にも独特の風習があるのねえ
イスカンダル王家に紋章があるのと似ているわ 」
家紋。 ― 夫が生まれ育った国では 娘は喪の服に実家のものをつける。
「 ウチのサーシアは そうしたら・・・ 守の家の、古代家のをつけるわけよねえ・・
古代のお家の家紋はどんなものなのかしら。
」
いろいろ思い巡らしてみたが 夫の服に ― 平服であれ軍服であれ ― 家紋らしきものは
見当たらない。
「 ― 本人に訊くしかないわねえ 」
その夜、 帰宅した夫にスターシアは早速尋ねてみた。
「 もん?? マンションにはないだろ ? 」
「 その門じゃなくて。 紋章ですわ。 古代のお家の・・・ 」
「 もんしょう? ・・・・ あ~~~ むか~~し 和服とかに付いてた かな 」
「 サーシアのお嫁入りの支度に、喪の衣装をもたせます。
この国では娘は実家の紋をつけるって聞きましたわ。 」
「 あ~? ああ 大昔はそんな風習があったかも なあ ・・・
ウチのお袋も ・・・? う~~ん? 和装をしてた記憶ってないなあ 」
「 そうなの? でも古代のお家にも紋はあるのでしょう? 」
「 あったかも・・・ だけどガミラス戦なんかでなにもかも滅茶苦茶に
なっちまったからなあ。 写真もほとんど残ってないし ・・・
別に構わないよ。 うん、 そうだ サーシアにはイスカンダル王家のを
つけてもらえばいい 」
「 それは ・・・ でも サーシアは守、あなたの娘で
古代のお家の跡継ぎでもあるのでしょう? 」
「 まあ そうだけど ・・・ 俺は別にどうでもいいよ 君の好きにしたらいいさ
あ~~~ それよりも~~ アイツにやっちまうのが惜しくなってきた~~~ 」
「 ふふふ 守ったら ・・・ 」
「 う~~~~ 」
守はポケットからハンカチをだしもみくちゃにしている。
「 あらら ・・・ それ、洗濯にだしてくださいね
」
「 え? ああ ・・・ そうだ、このハンカチなあ ほら いつか
イスカンダル草で染めたヤツなんだけど。 また染めてくれないかい
」
「 それ 守がご自分でなさった染めものですわ 」
「 あ~ そうだったっけか。 これ、なんかこう~ 心がしゃきっとするんだ 」
「 イスカンダル・ブルーには 気付け薬としての効用もあります。 」
「 ああ それでか なにか、疲れたなあ~ 身体が重いなと感じても
このハンカチで額やら首筋を拭うと元気になるんだ。
」
「 まあよかった ・・・ 地球でのイスカンダル草にもちゃんとそのチカラは
受け継がれたのですね。 イスカンダルの人々への効用かな、と
思っていたのですけれど 」
「 うん そうだなあ。 俺は 君の星で生まれかわった、と思っている。
俺の身体の半分はイスカンダルで再生された。
半分、いや 四分の一 くらいは 今でもイスカンダル人だよ
」
「 守 ・・・・ 」
「 だから効き目があるんだろうな。 」
「 うふふ・・・ それでも守は地球人でしょ? ですから 地球の方々にも
イスカンダル草の効用はあるはずですわ。
」
「 そうかあ~ それじゃ ウチのベランダにもっと栽培しようか?
いつもあの花が身近にあってほしいから。 」
「 ええ ええ うれしいこと ・・・ 」
「 それに、気付け薬か ・・ うん いいことを教わったぞ。 」
守は 愛用のハンカチをくるくる丸めたり広げたりしつつ にこにこしている。
「 まあ なあに。 」
「 ウン。 この透明感のある水色をさ、俺達 防衛軍の仲間も身近に置きたいな
と思うんだ。 」
「 まあ ・・・ 防衛軍の? 」
「 うん、特にパイロット達にね。 真田にも相談してみようと思うのだが。
その前に、女王陛下。 陛下のイスカンダル・ブルーの恵みを 我々の仲間にも
分け与えてくださいますか。 」
「 守 ・・・ ! もちろんですわ。 イスカンダル・ブルーも
この星を護る方々へのチカラになれるのであれば 喜びます。 」
「 陛下 ありがとうございます。イスカンダルの守護が我らの仲間にあらんことを! 」
守は 水色のハンカチをささげもつと目礼を送った。
「 どうぞ存分にお使いください。 」
スターシアは リビングにおいた花瓶に活けてある白い花を抜き取った。
「 さあ。 そなた達、 お役にたつのですよ 」
守は片膝を突いて花を受け取ると 胸ポケットに差した。
「 ・・・ 頼むな。 」
守の笑顔って。 ああ もう相変わらず最強ね ・・・ !
夫の側にいるとにこにこと スターシアは自然に笑顔になってしまう。
しかし! 問題は解決していない。
家紋。 この件に関しては さすがの元・スペース・イーグルの古代守 も
ぜ~~~~んぜん ・ まったく ・ からっきし 役に立たないのだ。
「 家紋のこと ― 誰かに聞いてみなくちゃ。
でも古代家の方って誰もご存命じゃないはず・・・
どなたに相談すればいいのかしらねえ・・・ う~~ん ・・・ 」
彼女はしばらく考え込んでいたが やがてぱっと顔を上げた。
「 あ。 そうだわ。 あの方なら御存知かもしれないわ。 」
翌日 彼女はある御宅に電話をいれた。
「 はい。 森でございます。 」
呼び出し音二つで、はっきりした声が応えてくれた。
「 こんにちは。 スターシアです、今 お電話してよろしいでしょうか
うかがいたいことがあるのですが。 」
「 まあまあ スターシアさん。 ええ ええ なにかしら。 」
「 ええ 実は ― 」
スターシアは 義弟の細君の母上に尋ねたのである。
「 もん・・・? ああ 家紋のことですわね?
古代さんのお家の? ・・・ 進クンに聞いてみる?
あ~ だめだめ 彼はまったくダメよ、そういう事。
家紋 ってものも知らないでしょうねえ 」
「 守 いえ 主人も全然無頓着で・・・ 」
「 殿方はねえ 仕方ないですよ 」
「 ええ でも ・・・ 森さんは雪さんには?
」
「 雪には 森の家の紋をつけた喪服、持たせましたけど・・・・
あの子 着付けはむりでしょうねえ 私がいる間は着せてやれますけど。
私ですか? ええ 私の時代はまだそういう風習がいくらか残っていましたからね、
私は喪服には実家の紋をつけてきましたよ。 」
「 そうなんですか。 では古代のお家の紋は ・・・
」
「 ええ。 ちゃんと家紋はおありでしょうけれど ・・・ あの戦争で
古いことはなにもかも失われてしまいました。 」
「 ・・・・ 」
「 スターシアさん、守さんがいいとおっしゃるのなら
サーシアちゃんには スターシアさんのお国の紋章を持たせてあげたらいかが? 」
「 いいのでしょうか 」
「 古代さんがオッケーなら そうなさったら? 」
「 そう ですわねえ 」
「 サーシアちゃんは 貴女の後継者でもあるわけですよね? 」
「 はい。 サーシアは次代のイスカンダル女王です。 」
「 でしたら。 そうなさったらいかが ? 」
「 はい、ありがとうございます。 サーシアにはイスカンダルの紋章を
持たせませすわ。 」
「 結婚式、 楽しみですわね~~ 」
「 ええ もういろいろ準備でごたごたです。 ただでさえ忙しいのに
・・・ 守がどうも機嫌が悪くて ・・・ 」
「 うふふ・・・ ウチもそうでしたよ~~ 主人ったらず~~っと
不機嫌で。 進クンにも不愛想で。 」
「 雪さん、大切な一人娘さんですものねえ 」
「 今じゃね 進クンって息子ができた~ ってご機嫌ですけどね
」
「 守も そうなってくれるかしら ・・・ 」
「 大丈夫。 幸せそうな花嫁姿を見れば。 」
「 ああ ほんとうにそうなってくれれば ・・・ 」
「 父親って そういうモノらしいですわよ 守さんも大丈夫ですよ。 」
森夫人は スターシアの心を軽くしてくれた。
ふう ・・・ 荷物の山の前で スターシアはまたため息だ。
とりあえず 家紋 の件は方向性は見えてきた。
喪の衣装として和服を持たせても サーシアは着付けなど できないだろう。
この星の 夫の国の喪の衣装は黒なのだ。
「 それなら ・・・ そうね、 スカーフがいいかしら 」
あれこれ考えた末、喪服として上質のスーツを持たせ
純白のスカーフに イスカンダル王家の紋章を刺繍して持たせることにした。
「 あの紋章なら 私でも刺繍できるわ。 頑張るわ・・・! 」
その日の午後のこと。 珍しく電話がかかってきた。
「 はい ・・・ 古代ですが 」
「 ああ奥様。 加藤です、ヨコハマ・スカーフの加藤です。 」
「 まあ 四朗君のお父様 ・・・こんにちは 」
「 奥様、いえ 女王陛下 お願いがあるのですが
」
サーシアの婚約者・四朗君の父親は 少々緊張しつつ話はじめた。
伺いたいことがあるので もしよかったら次の日曜にお訪ねしても・・・?
といのうだ。
「 あのう 古代さんもご在宅だとうれしいのですが 」
「 はい その日は非番ですから どうぞどうぞいらしてください。 」
「 ありがとうございます。 私と長男夫婦でお邪魔をいたします 」
「 お待ちしています。 」
静かに受話器を戻し スターシアはちょっと首を傾げた。
・・・ なんの御用なのかしら。
守も ・・・って。 四朗君のお兄さまも?
どうもサーシア達の結婚の話ではない ようねえ
「 あ。 お客様がいらっしゃるなら リビングを片づけなくちゃ! 」
スターシアは慌てて 散らばった荷物をまとめ始めた。
さて 日曜日。
ピンポン ----
「 まあまあ いらっしゃいませ。 どうぞ ~
」
「 お邪魔いたします。 」
守ものんびりしていると 加藤家の当主と一組の夫婦が訪れた。
「 これは 長男の一郎とその連れ合いのメグミです。
」
「 女王陛下 初めてお目にかかります。 加藤一郎 と申します 」
「 妻のメグミです。 」
二人はふかくアタマを下げた。
「 まあまあ 四朗君のお兄様とお義姉さまですのね。
どうぞ そんな堅苦しいことはやめましょう よくいらしてくださいました。 」
「 やあ いらっしゃい 」
守も ラフな服装で現れ客人たちを招き入れた。
加藤家は代々染色を生業としていて、百年以上続く老舗の染め物工場を経営している。
ヨコハマ・スカーフ といえばこの地域の人々は皆 古くから親しみを持っている会社なのだ。
「 さあ どうぞ 」
スターシアは 香り高いお茶を淹れた。
「 は。 あ ありがとうございます。 あの! 女王陛下~~
是非 是非 お教え頂きたいのですが 」
カップを置くと加藤氏は 堰を切ったように話し始めた。
「 あの! なんとか あの素晴らしいブルー、 陛下のお召し物の色を染めたいの
です。 イスカンダル草で染める、と知りまして私共も挑戦しました。
― しかし 何度試みても
染まらないのです。
絹、木綿、麻 そして 様々な化学繊維 ・・・ 当社が秘蔵していたあらゆる素材で試したのですが
どうしても染まらない。
イスカンダル草は 陛下のお国からきた花の改良種、とききました。
・・・ 地球でのイスカンダル草では
ダメなのでしょうか。 」
加藤氏は思いつめた目で 守とスターシアを見上げた。
「 あら 大丈夫ですわ。 ええと・・・ほら これをご覧になって 」
スターシアは隣の部屋から一枚の水色の布を持ってきた。
「 このハンカチは ベランダのプランターで育てたイスカンダル草 で染めましたの
やはり イスカンダルでのものよりは少し薄い色ですけれど 」
「 こ これ は ・・・ 」
水色の、透き通るような水色のハンカチ ―
加藤父 と 一郎兄 は 手に取って食い入るように見つめている。
「 う~~ん ・・・ やはり女王陛下のお手によると違うのでしょうか 」
「 あら
いいえぇ これは 守 いえ 主人が面白がって染めたものですわ 」
「 え ! 古代さんが 」
「 はい。 ねえ 守? 」
スターシアは 隣に座る夫を見上げた。
「 そうです。 僕が休みの日にやってみたんです。
プランターで育てたイスカンダル草 を使ってね。
ただの木綿のハンカチですが なかなかいい色に染まっているでしょう?
」
「 ・・・・ 」
加藤氏は言葉もなく ただ ただ じっとそのハンカチを見つめる。
「 ・・・ う~む あの
なにか秘法でもあるのでしょうか。
その ・・・ 特別に加えるモノとか 」
「 特別ではないのですが 染める時には土を加えます。 」
「 つ 土 ですか ??
」
「 ・・・ 土 」
加藤父子は 呆然とした表情だ。
「 はい。 イスカンダルの土 が あの青を産み出すのです。 」
スターシアの答えに 加藤氏は一瞬落胆した顔をみせた。
「 それでは地球では不可能ということですか? ・・・ いや
しかし?
このハンカチは 」
「 ええ この国の この地域の土を使っています。
イスカンダル草 を植えているプランターの土です。 」
「 あ それなら
父さん、ウチの花壇でおば~ちゃんがたっくさん植えてるよね!
あの白い花! ・・・ あ 失礼しました。 」
一朗氏は興奮して父に話かけ あわてて居ずまいをただした。
「 うむ そうだな。 ああ 私の母が この一郎や四郎の祖母が イスカンダル草 を
庭で栽培しているのです。 あの白が大好きだ
と言いまして … 」
「 まあ まあ ありがとうございます、お庭のお仲間に加えていただいているのですね 」
「 はい。 イスカンダル草の種が市中に出まわった時 すぐに買い求めたようです。
私達家族が気が付いた時、すでに庭には白いあの花が揺れていました。 」
「 そうですか ・・・ 」
「 それで ― 陛下のイスカンダル・ブルーの逸話を伺ったときに
あの花でも染色ができるのでは と思いました。
それで早速、花を集めて染めを試みたのですが ―
」
はあ ・・・ 加藤氏は大きなため息をついた。
「 どんな布を使っても 染まらないのです。 」
息子の一郎氏が続けた。
「 私は ずっと染色の勉強をしてきました。 私の妻もそうなのです。
二人の知識と 代々我が家に伝わる技法、全てを駆使しても ・・・ できませんでした。
それで ― 失礼も顧みず、こうして伺わせていただいたのです。 」
「 そうでしたの・・・ お電話でお尋ねくださったら お話しましたのに 」
「 いえ! とんでもない。 こうして伺うことも散々迷ったのですが・・・
サーシアさん と ウチの四朗との結婚式には どうしてもどうしても
私達が染めたイスカンダル・ブルーの布を飾りたいと熱望しておりまして。 」
「 ― ありがとうございます。 」
感激で言葉が詰まってしまった細君に代わり 守がきちんと御礼を述べた。
「 ふつつかな娘ですが どうぞよろしくお願いいたします。
」
守は深くアタマを下げた。
「 あ そ そんな ・・・ 古代さん、御手をお上げください。
私たちこそ ― ええ そしてお任せください。
」
加藤氏は 守に向かってしっかりと頷いた。
「 どうぞ ご期待ください。 陛下のお召し物には至りませんが
地球上で一番美しい布に染めあげておみせします。 」
やがて みごとな水色に染めあがった正絹の布に
ヨコハマ・スカーフ は 最高技術を駆使し くっきりとイスカンダル王家の紋章を
染め抜いた。
サーシアは 母が手ずから縫い取った刺繍の紋章がついたスカーフと
婚家の義父が丹精こめて染め上げた水色のスカーフをもって 結婚した。
そして 防衛軍のパイロット達は
水色の絹のマフラーを纏うようになる。
最初は 防衛軍の日本軍だけだったが その効用と美しさから各国から問い合わせが相次ぐようになったのだ。
イスカンダル草は世界のパイロットたちから ラッキー・ブルーの花 として愛されるようになる。
そして イスカンダル草は地球中に広まった。
遥か彼方の星から女王の供をしてきたイスカンダル・ブルーは
この星の守護神にもなっていった。
******************** Fin. *******************
Last updated : 03,27,2018. index