『 あなたの虜 』
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企画・構成 めぼうき ばちるど
・・・ ふ~ん ふん ふん
軽くハナウタなんぞを歌いつつ 古代守は家路についていた。
本日も多忙だった ― 定時よりは遅くなってしまったがなんとか仕事を切り上げた。
「 うぉ~~~~ ・・・ あ~~ 疲れたな~~~
ふふふ・・・ 晩飯はなにかな~~ 最近 ウチのオクサンは料理の腕が
めきめき上がったからなあ ~ 楽しみだ 」
チューブ・カー から降りてぶらぶら徒歩で官舎へ向かう。
同じ駅で降りた人々も のんびりした表情で三々五々家路を辿ってゆく。
「 ふ~~ ああ やっぱりこの辺りはいいなあ ・・・ ふ~~ 」
周辺は所謂ベッド・タウン - になるべく整地が計画されている。
まだまだ荒れた地表も見えるが 住人たちは自宅の周囲からコツコツ緑化を始めている。
玄関先にはプランターやら植木鉢がならぶ。
「 お? あれは ・・・ 菊 か? 見事だなあ~ 丹精されたんだ・・・
こっちは ・・・ ススキだ! ほう~~ ・・・ 」
守は 近所の庭を眺め暮れ染める空をながめ のんびりと自宅に向かった
マンションの棟のセキュリティを抜け 自宅の階でエレベーターを降り・・
我が家のチャイムを鳴らす。
ぴんぽ~~ん♪
軽い足音が近づいてきて ― ドアが開けば愛妻の満面の笑みが彼を迎える はず
なのだが。 その日 開いたドアの前には
「 守! ねえ 今のままでいてちょうだい! かわらないで!
」
彼を迎えたのは ― 女王陛下の半ベソに近い素顔だった。
「 ・・・ へ??? 」
***************
地球は 今、復興期の真っ只中である。
一旦は赤く荒廃してしまったこの星は やっと息を吹き返した。
そう ・・・ あのフネが幾多の困難を乗り越え ぎりぎりの時間で
帰還できた。 待望の < お土産 > を携えて。
遥かイスカンダルから持ち帰ったあの機械は今や夥しい数の複製が製造され
世界中でフル稼働をしている。
大気や海は なんとか人間が暮らせるレベルに戻った。
しかし。
やれやれやっとこれから・・・ という時に とんでもない輩がまたまたちょっかいを
出してきた。
宇宙からの容赦ない無差別攻撃で 地表はまたまたぼこぼこに荒らされてしまった。
そのとんでもない輩 は とんでもない最後を遂げ ― 突如雨散霧消した。
ああ ・・・
その瞬間 地球人たちは半ば呆然と天 ( そら ) を見上げていた。
き 消えた ・・・ あの悪魔は 消えた ・・・
「 ・・・ と ともかくもう空からはバクダンは降ってこない ・・・ 」
「 そ うね。 ゆっくり脚を伸ばして寝られる わ 」
「 ・・・ ああ でも ・・・ 家も工場の畑も ・・・ めちゃくちゃ だ 」
ふうう ・・・ 人々は静まりかえった地を見回し やれやれ・・ と
安堵とちょっとした疲労感の混じったため息と漏らした。
「 なあに・・・ 今回は楽さ。 なにせ コスモクリーナーがあるんだから 」
「 そうですよね。 空気も水も ・・・ 大丈夫だし。 」
「 ええ ええ。 また ガンバリましょう! 」
「 そう だな。 まずは ― 」
「 チカラを合わせれば すぐさ。 慣れたもんだろ? 俺たちには 」
「 は ははは そうさな 確かに < 慣れてる > よなあ
ほんじゃ ま。 一丁やったるか! 」
「 おう! 」
焦土から 人々はたくましく立ち上がる。
― そう すべてはこれからなのだ。
地球全土の人々は今、本当にオトナから子供まで自分のできることに全力で邁進している。
それは 個人のレベルでも同じこと。
地球に住む人々は 皆が前を向き明日を夢見、自身のシアワセを求め生きている。
その中核ともなるべき 防衛軍本省 は多忙を極めていた。
闘いだけが仕事じゃないのだ。
復興・復旧も ある意味では < 闘い > で 制服組だけでなく背広組も同様に
日々 ・・・ 仕事に追いまくられている。
でも そこには悲壮感や 義務感、疲労感などは微塵も感じられない。
誰もが ああ また青い空の下で暮らせるんだ! と 喜びに満ちて
明日への希望に溢れ 働いているのだった。
イスカンダル行き組 は それぞれの専門分野で 多忙を極めていた。
真田と 古代守 は その筆頭だったが ― 真田元技師長 は 科学局部長として
嬉々として 仕事まみれ になっていた。
「 忙しいかって? いやあ~ イスカンダルの科学を なんとか地球に適応しようと 思ってさ
こんなにやりがいのある仕事はないな~~ うん 充実の時間を 楽しんでいるよ 」
真田部長 には 仕事 が 休息であり趣味であり 娯楽… でもあるのかもしれない。
古代守も かの星での 艦隊司令 として得た知識を なんとか地球防衛軍艦隊に取り込もうと技術部に協力し
日夜 開発・復旧に取り組んでいる。
加えてブランク期間のためのデスク・ワークもあり こちらも多忙を極めていた。
でも どんなに忙しくクタクタになっても 帰宅すれば 愛しい細君の存在が
守を癒し 活力を与え 明日への希望 の源となるのだ。
ことに二人の 喜びの素 は 妻のお腹で日々成長している。
「 体調はどう? 苦しいことはないかい 」
守は初めて出産を迎える愛妻が心配で心配でならない。
「 ええ ええ 順調よ。 赤ちゃんもとっても元気 」
彼の愛妻 ― かの星の女王陛下は シアワセいっぱいの笑み満載だ。
「 ずっと側にいられなくて すまん ・・・ なにかあったらすぐに
連絡するんだぞ。 」
非常用のコール・ボタンを渡し、守は毎日後ろ髪を引かれる想いで出勤してゆく。
「 そんなに心配なさらないで 守。 大丈夫ですわ。
え~と ・・・ あんずるよりうむがやすし でしょう? 」
「 へえ? そんな言葉 どこで知ったのかい 」
「 うふふ・・・ これと一緒に千代さんから 」
スターシアは 犬の形をした御護りを見せる。
千代さん とは古代家に家事のサポートをしてくれているスーパーお手伝いさんだ。
また、かつては宇宙戦士訓練校の寮母として活躍し、守もたいそう世話になっていた。
「 ほう ・・・ 安産のお護り かあ ・・・ そうだね、きっと元気な子が
元気に生まれてくるよな 」
「 ええ ええ。 だから守はお仕事、がんばってね 」
「 おう。 じゃ いってくる 」
「 いってらっしゃい 」
ちゅ。 軽いキスを残し夫は出勤していった。
「 あ~~~ 守。 お前もだな 」
「 真田。 なんだ?? 」
数日前、古代守 が登庁するとエントランスで真田と鉢合わせをした。
「 なんだ まだ見てないのか? さっさと確認しておけよ 」
「 ?? なにを だ? 」
まだ 出勤したばかり、それこそタイム・カードも押していない守に
真田はずい・・っとタブレットを押し付けた。
「 あ~ 人事? ― 転勤かよ? 」
「 まさか。 お前 自分の階級、見てみろ
」
「 へ? ・・・ あ~ そっか~ サンキュ 」
ほい、と守はたいして興味もなさそうに タブレットを真田に返した。
「 ちゃんと確認したか 」
「 あ~。 じゃ 俺 タイム・カード ・・・ 」
「 おっとそうだな。 」
「 うん じゃ またな~ あ お前もか? 」
「 あ? ああ ・・・ そうらしい。 」
「 ふ~~ん じゃ な 」
「 ああ じゃ 」
二人はちょいと手を上げ合ってそれぞれの職場に向かう。
彼らが確認していたのは 人事のページ。
二人が熱心に仕事をし確実な成果を上げれば 当然、評価も着いてくる。
・・・ よ~するに
ちゃんちゃん と出世の階段を昇って行くのだ。
廊下の端で 真田はふと、気づいて振り向き ― 反対側にまだ人影があるのを
認めると 声を張り上げた。
「 あ ・・・ お~~い 守! 階級章、つけ直しておけよ~~ 」
「 ああ?? なんだ? 」
「 だから! か い きゅう 章~~~ ! 人事でもらっとけ!
」
「 かいきゅう・・・? あ ああ。 そっか~~ 面倒だなあ ・・・
仕方ないか・・・ さんきゅ 真田~~ お前もなあ 」
「 俺はもうちゃんとつけ直した。 」
「 あ~ 器用なヤツはいいなあ やれ 面倒だああ~~~ 」
「 お前 所帯もちだろ? 奥方にたのめよ
」
「 ・・・ できるかなあ・・・ ま 頼んでみる か
」
「 おっと じゃあな 」
「 おう 」
二人は早足で立ち去ってゆく。
階級章 とは ― 防衛軍でのそれぞれの地位を示す印で、制服に縫い付けるのだ。
記章自体は人事部を通じて配給され、各位が指定された場所に指定された通りに!
縫い付けなければならない。
あ~~~ ・・・ 面倒だなあ ・・・
スターシアに できるかな?
女王陛下は縫い物なんかやったこと、ないだろうからなあ
ま ダメなら俺がやればいっか ・・・
けっこう楽天的な性格の守は けっこう軽く考えていた。
「 ただいま~~ スターシア 」
「 お帰りなさい 守 」
玄関のドアを開ければ 彼の愛妻が満面の笑みで迎えてくれる。
「 体調はどう? 僕らの天使も元気かな 」
「 ええ ええ。 天使はもう~~ 元気すぎて・・・・ ああ また 」
ちょっと顔をしかめ 彼女はお腹を押さえる。
「 え??? だ 大丈夫かい?? 」
「 ・・・ 今 思いっきりけっとばしてきたの。
あ きっとね、 お父様 お帰りなさい って言ってるのね 」
「 そっか~~ おい チビ? あんまりお母様を蹴飛ばすなよ? 」
ふわり ― 守は愛妻の身体を後ろから腕を回した。
二人は互いの身体に腕を絡めつつ リビングに入る。
「 ふふふ あ すぐにお食事にしますね~~ もう用意は出来ていてよ 」
「 お 頼みます。 うん? これは 」
ソファに上に裁縫道具とおぼしきモノがひろがり 白やらピンクの布が散乱していた。
「 うふふ・・ あのね 赤ちゃんの産着やらシャツを縫っていたの。 」
「 へえ~~ うわ~~ ちっこいなあ~~ 」
守が摘みあげたソレは 彼の掌くらいの大きさだ。
「 ね? いっぱい用意しておかなくちゃって思って ・・・ 」
「 へえ・・・ スターシア 君、裁縫とか得意だったんだ? 」
「 ううん 初めてよ。 イスカンダルにも < 繕う > 技術はあるけれど
糸と針は使わないの。 でも ・・・ 地球生まれのわたくし達の天使には
地球風に縫った産着を・・・って。 千代さんに教わったの。 」
「 そっか~~ シアワセものだな ウチの天使さんは 」
「 ふふふ ・・・ カワイイでしょう? 」
「 ウン。 あ ・・・ それじゃ さ。 チビの縫いものついでに頼みたいことが
あるんだ 」
「 まあ なあに 」
これなんだけど・・・ と 守はちいさな布きれ風なモノを鞄の中から取りだした。
「 ??? 」
「 あ~~ 階級が上がってさ。 これは礼装のジャケット用。 このワッペンを
袖のここに 縫い付けてほしいんだ。
この先っぽが こう・・・腕をぴしっと伸ばした時に 中指を指すように ね。 」
「 かいきゅう? まあ 守、地位が上がったということね 」
「 う~ん ま そうなんだけど。 俺は別に今のままでちっとも構わないんだが・・・
ま~~ そういう規則らしくて さ 」
「 守。 ご苦労様です。 あなたの仕事ぶりに対する正当な評価ですわ。 」
「 あは ・・・ 女王陛下のお目は誤魔化せないな 」
「 うふふ ・・・ わたくし、守の妻であることを誇りに思います。
あ ・・・ 赤ちゃんもお父様、ステキ~~って 」
「 お どうもありがとう、 チビさん 」
守はちょっとばかり照れくさそう~~な笑みを浮かべ するり、と妻のせりだしたお腹を
なでた。
「 で ね。 これを縫い付けてほしいんだ。 」
「 はあ ・・・ 」
「 こっちは作業着用なんだ。 胸ポケットの線に合わせてこれを縫い付けてくれないか。
線が真っ直ぐに揃うように頼む。 」
「 まあ ・・・ 」
「 あの 出来るかな? 」
守は少々心配そう~に細君の顔を覗きこむ。
「 え? ええ ええ 頑張ってみるわ。
うふ・・・ わたくしの母もね、父の服は全部自分で整えていましたわ。 」
「 ほう~~ 先代の女王陛下が? 」
「 そうなの。 特にね 夏の別荘にいる間はわたくし達の服もよく繕ってくれたの。
地球のやり方とはちょっと違うけど 」
「 ふうん あは お転婆な王女さま方は遊び回って服を破ったりしたんだろ? 」
「 ・・・ まあ なんでわかるの?? 」
「 俺たちも そうだったからさ。
あ・・・ 思い出した! イスカンダルで俺がまだベッドから離れられない頃・・
君 側で繕ってくれていたよなあ ・・・ あのユキカゼ時代の艦長服を 」
「 ええ そうでしたわね。 あの服は ・・・ わたくしにも思い出深いものですわ。
ちゃ~んとクローゼットに保管してあります。 」
「 うん ありがとう ・・・ 」
「 ですから どうぞ、任せてね。 守はお仕事 がんばって 」
「 - ありがとう! 俺は本当にシアワセモノだ 」
「 それは わたくしの言うことよ。 守 ・・・
」
「 ・・・・ 」
守はゆっくりと愛妻を抱き寄せ 口づけをした。
も~~~ 最高に熱々甘々~~~ な二人なのだった。
― しっかし。 モノゴト、そうそうなんでも上手くゆくとは 限らないのだ!
「 ・・・ あら? ・・・ あ~~~ あ あ あ どうして?? 」
「 ん~~ も~~~ 糸が抜けちゃったわ・・・ も~~ 」
「 これで いいのよね? えっと・・? 」
先ほどから古代家のリビングには ため息と少々の苛立ち声が響き ・・・
そして ついには 小さな悲鳴まで聞こえ始めた。
ぱし・・・っと深緑の作業着を広げてみれば。
熱心に縫い付けていた記章は ― ああ ~~~ 無残にも?右肩さがり。
「 ・・・ なんで~~~ まがるの??? 」
ううう ・・・ 呻き声を上げつつ、スターシアは今 縫い付けたばかりの小さな
布きれを解き始めた。
チッ チッ チッ ・・・ 時計だけが無情にも時を刻んでゆく。
「 ? ああ もうお食事の用意 始めなくちゃ ・・・ あ そうだわ
今晩はいつもより遅くなるって言ってたっけ・・・それじゃ もうちょっと・・・ 」
金色のアタマは 再び熱心に制服の上に傾けられるのだった。
「 ・・・・ だめ だわ! どうしよう ・・・
」
ばさ・・・。 スターシアはずっと抱えていた夫の制服を膝の上に投げだしてしまった。
「 だめ ・・・ どうしても どうしても どうしても ・・・
まっすぐに着けられない ~~~~ 」
膝の上の記章も制服も ぐちゃぐちゃ・・・ そしてそれを見つめる彼女の顔も
汗と涙でぐちゃぐちゃ ・・・。
「 どうしましょう ・・・ 記章も歪んでしまったわ ・・・ 」
ぴんぽ~~~ん ― 玄関のチャイムが鳴った!
「 ああ ・・・ 守が帰ってきてしまったわ ・・・ 」
いつもは待ち遠しくそして最高にうれしい夫の帰宅が 今日は恨めしい。
「 どうしましょう・・・ 全然できていないのに ・・・ 」
スターシアはそれでもさっと袖で涙を拭うと 玄関に急いだ。
「 ただいま~~~ 」
「 ― 守 ・・・ ! 」
夫の穏やかな顔を見た途端に ― また涙がこぼれてしまった。
そして思わず ・・・ 言ってしまったのだ。
「 お願い。 今のままで いて・・・! 」
「 ・・・ な~んだ。 驚いた・・・ 気にするなよ 」
守はスターシアのハナシを聞いて ほっとした表情になった。
「 でも ・・・ 」
「 いきなり涙なんかこぼすから 心配しちゃったよ。
あ~ 俺がやるから。 君はもう気にするな。 」
「 いいえ。 守、これはわたくしの仕事ですわ。 ごめんなさい・・・
取り乱したりして ・・・ 明日にはちゃんと仕上げておきますね。
」
「 え ・・・ 大丈夫かい 」
「 え ええ ・・・ 今日はちょっと・・ その、慌ててしまったの。
明日 ゆっくりやれば ― できます。 」
「 そうかい? あ~~ その、あんまり根を詰めるなよ? 」
「 大丈夫。 あ! お食事の支度! まだ途中なの 」
「 いいさ いいさ 一緒い作ろうよ。 今晩の献立はなんですか 陛下? 」
守は 愛妻の身体に腕を回すと一緒にキッチンに向かった。
翌日。 夫を送りだした後、スターシアはすぐに < 作業 > に取り掛かった。
「 ・・・ う~~~ ・・・ ああ ダメだわ ・・・
落ち着いてやってみたけれど ― また曲がってしまったわ ・・・ 」
朝陽の中 またまた涙が滲んできた。
「 もう! だらしないわよ、スターシア!
」
泣いていてもどうしようもない、と顔を上げた途端に ― 名案が浮かんだ!
「 そ そうだわ! ・・・ お願いしてみましょう
」
スターシアは 必死の形相でタブレットを取りだした。
「 ・・・ あ ・・・・ あの。 今から伺っても構いませんでしょうか? 」
そして 30分後。
「 奥さん どうなさったの? え?? 」
紙袋をきゅ・・・っと抱え 必死の形相で現れた女王陛下に千代はびっくり仰天して
しまった。
「 あ あの。 これが ・・・・どうしても縫えないんです~~ 」
「 は?? 」
「 これ・・・ 守 の ・・・ 」
「 ? 」
深緑の作業着と礼装用の黒ジャケットがずい、と差し出された。
「 守くんの制服ですね。 これが ・・・? 」
「 これが。 くっつかないんです~~~ 」
「 - あ あ~らまあ ・・・ まあまあ・・・ 懐かしいわねえ~ 」
「 懐かしい? 」
「 ええ ええ。 これ 階級章でしょう? まあ~~ 守クンったら
ずいぶん出世したのねえ。 奥さん、おめでとうございます。
」
「 千代さん ・・・ あの お願いが 」
「 ええ ええ わかっていますよ。 え~と ・・・メガネはどこへやった かしらね ・・・ 」
千代はごそごそ 辺りを探し始めた。
「 ??? メガネ? 千代さん、 眼が悪いのですか? 」
「 い~え 奥さん、 老眼鏡ですよ。 ああ あったあった・・・
じゃ ちょいと針箱をもってきますからね。 どうぞおかけになって 」
「 は はい ・・・ 」
スターシアは ソファの隅にちょこんと座り ― 千代の手元をじ~~~~っと
見つめていた。
千代は糸針を取りだし、守の制服を取り上げた。
そしてと ちょんちょん、と数本の待ち針を打つとささささ・・・・と手を動かし始めた。
「 ・・・ まあ ・・・ 」
「 え? ああ この布はねえ ちょっと扱い難いんですよ。
全然違う素材のものですからねえ ・・・ でもね こうやって こうやって 」
千代は おしゃべりしつつたちまち記章を定位置に びし! っと縫い付けてしまった。
「 すご ・・・ い ・・・ ですねえ 」
「 え? あら これはね ただの慣れ。 数をこなせば誰だって指定通りに
縫い付けられるようになりますよ 」
「 数?? 」
「 え~え 訓練校の寮母をやっていたころにね 皆に泣きつかれたんですよ。
訓練生も記章を縫い付けなければならないですからね。
びしっと一人でできたのは 真田クンくらいかしら。
」
「 まあ ・・・ 」
「 そうそう守君も頼んできましたよ。 」
「 まあ 守も? 」
「 ええ ええ。 奥さんもね、すぐに慣れますよ。
そうよ、守君たちには地球の復興のために う~~~んと頑張ってもらわないとね。 」
「 え ええ ・・・・でも そうすると ・・・ また記章が替わるのでしょう? 」
「 そうだけど。 数をこなせばね、奥さんだってきちんと縫い付けられるように
なりますよ。 」
「 そうでしょうか 」
「 ええ ええ。 それにね、今回はこのまま縫い付けましたけど・・・
階級章はね、本部の購買部でいつでも買えます。 そんなに高いものじゃないし 」
「 え そうなんですか?? 」
「 ええ ええ。 訓練生は皆 一度はぐちゃぐちゃにして買いなおしていましたよ 」
「 まあ 」
「 ですからあんまり気になさらないことよ、お腹の赤ちゃんのためにも ね 」
「 はい。 」
「 そうそう その笑顔ですよ。 あ~~~ 守クンは果報モノだわあ~~ 」
「 ?? 」
「 あのね、 あなた方はお似合いの熱々だってことですよ。
私も奥さんの笑顔を こ~~んなに間近に見られてシアワセです。
」
「 千代さん ・・・・ 」
「 奥さん。 愛する人のために何かができるって 本当に幸せなことよ。 」
「 はい。 そうですね ・・・ 」
千代は ぽんぽん・・・とスターシアの白い手を撫でるのだった。
― 数年後。
「 お母様! お願いがあるの! 」
サーシアは実家の玄関に入るなり 母に黒いジャケットを差し出した。
「 まあ サーシア ・・・ 」
スターシアは一瞬驚いたが 新婚のはずの娘が差し出したものを見てすぐに笑みを浮かべた。
「 これ 四朗さんのでしょう? 」
「 そうよ。 あのね どうしても どうしても どうしても ・・・・
まっすぐくっつかないの~~~~~ 」
「 まあまあ ・・・ ほら上がりなさい。 ちょっと待っていてね。 」
涙目の娘を居間に入れると スターシアは針箱を持ち出した。
ふふふ ・・・ サーシアも愛する人のために苦労しているの ね
「 お母様 ・・・ すごい ・・ ! 」
― そう この世の中いつだって 誰かが誰かの虜 なのだ♪
************************* Fin. *****************************
Last updated :
03,28,2017. index