『 キス キス キス ! ― (1) ― 』
企画 : めぼうき ばちるど
テキスト : ばちるど
― あの場所は もう二度と探しだすことはできないだろう ・・・
フランソワーズは 今でもほんのちょっと甘酸っぱい想いをこめて思うのだ。
ミッションの最中、たまたま逗留することになった・あの地。
目路はるか広がる大海原は 昼は底抜けに陽気でそして夜には神秘のヴェールを纏っていた。
「 え ・・・ この上? 」
「 もうちょっとさ、 ほら? 」
先に立ってどんどん登っていたジョーは 振り向いて手を差し出した。
「 うん♪ 」
きゅっと握った手は やっぱりいつもと同じに大きくて暖かくて ― 強かった。
夜の帳が降りてから ジョーが散歩に誘ってくれたのだ。
「 ちょっといい場所、見つけたんだ。 来ない? 」
「 行くわ~~ 少し退屈してたの。 」
「 じゃ 行こ! 」
「 うん! 」
ジョーが連れて行ってくれたのは ― 崖っぷちだった。
「 ほら ここ。 すごいだろ? 」
「 ・・・わあ~~ 絶壁ね ・・・ 」
「 うん それで ね。 あ~~ ほら? 」
「 え? ・・・ わあ ~~~~ 」
彼が指さす方向を見れば ― 大きなまん丸な月が雲の間からゆっくりと現れた。
すご ・・・・い ね、ちょっといいだろ?
二人はただただ手を繋いで眺めていた。
そして いつしか自然に、本当にごく自然に煌々と照る月の光の中で熱く唇を重ねた。
― キレイな お月さま ・・・
あの時のキスは人生最高に素敵だった ― フランソワーズは今でも固くそう信じている。
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「 は~~~い! すっぴ~・・・じゃなかった~ シマムラさんがいいと思いまぁすぅ~~ 」
ぽん、と手を上げた女子は 声高に提案した。
「 わ~~~~ さんせ~~~ 」
「 ひゃひゃひゃ~~~ いいぞぉ~~~ 」
「 きゃい~~~~ ステキ♪ 」
提案者が席に付くのを待たずに 教室内は歓声と口笛、拍手に足踏みまでが溢れかえった。
「 せいしゅく~~~に~~~ してくださいっ !!! 」
議長として教卓を前にしていた男子が声を張り上げたけれど ・・・ 無駄だった。
「 き~~~まり きまり! 」
「 いいじゃ~~~ん これでいいじゃん はい お終い~~~ 」
「 え 解散 ? ほんじゃこれで~~ 」
後ろの方でだらしなく突っ立っていた生徒たちがざわざわ動き始めた。
「 ! おい! まだ終わってないって!!! 全員 戻れ~~~ !!! 」
議長役の生徒はついにノドを嗄らし始めたが。
「 う~~~ くそ~~ こうなりゃ実力行使か~~~
」
「 あ 僕が言ってみる~~~ 」
前のすみっこに座っていた男子が ふらり、と立ち上がって てこてこドアに向かって歩いていった。
「 - 皆 ~~~ もうちょっと待ってよ。 」
「 え~~~ じゃま~~~ どいて! 」
「 どけよ~~~ すばる~~~ もうお終いだろ? 」
「 まだだよ。 キムラ君が待てって言ってるじゃん? 」
「 うっせ~~~~ ( どん! ) 」
「 いって~~~ 」
止めに入った生徒が ド突かれて尻もちをついた ― その時。
ザザザザ --- ! 生徒たちを掻き分け ( 彼らも自主的に待避した! )
「 ちょっと!! なにすんのよっ !!! 」
どん。 腕まくりをした女子が三つ編みを肩に放り投げ ずい、と進みでてきた。
「 うっせ~~ ・・・・と ・・・ げ。 し シマムラ ・・・ 」
し ---- ん ・・・ 教室内はまさに水を打ったよ~に静まり返った。
全員が息を呑んで 見つめている ・・・ 三つ編みの女子とチャラ男子を。
「 え!? なんにもしてないヤツに暴力奮っていいっての??
今はぁ~~~ 生徒集会の最中じゃん? まだ議長は終了って言ってないよ! 」
「 ・・・ あ~~~ 」
「 ちゃんと聞いてなっ! オトコのくせに~~~ しっかりしな!
」
「 あ・・ セクハラ発言・・・ 」
「 なんだって?? 」
「 ・・・ なんでもね~よ~ ・・・ 早く終わらせろよ ・・・ 」
チャラ男子の声はどんどん小さくなってゆく。
「 アンタらが協力すれば 定時には終わるよ! ― 議長、議事を続行してください。 」
「 ― あ~~~ 了解・・・ では ~~ 続行します。
『 眠れる森の美女 』 のキャストですが ・・・ 王子に 島村すぴかさん の
推薦がでました。 他のキャストも他薦 ・ 自薦 受付ます~ 」
「 あ~~~ 私! カラボス やりたいで~~す! 」
一際カワイイ系の女子生徒が手を上げて立ち上がった。
「 ひゅ~~~ひゅ~~~~ いいぞぉ~~~ たまぁ~~~ 」
「 いよっ! たまっちゃん! 」
「 静粛に !!! え~~ 他に立候補ありますかぁ
」
「 あ 俺、 脚本 やりたい! 」
「 俺 演出~~~ 」
「 え あたし! アタシもやりたい~~~ 演出! 」
「 お~い スタッフばっかじゃ~~ん キャスト~~~ 出てくれえ~~ 」
わいわい がやがや・・・ ワカモノどものいよ~な熱気で 教室の中はむんむんしていた。
バタ―――― ン ッ
「 ただいま~~~ 」
「 お帰りなさい。 すぴかさん、玄関のドアが 」
「 はいはい もっと静かに閉めないと泣いてますよ~~ 」
「 わかっているのなら もうちょっと丁寧に閉めてよ? オンナノコでしょう? 」
娘の帰宅を迎えに玄関に顔をだし、 フランソワーズは渋面してみせた。
「 あ~~~ そういうの、せくはら発言っていうんだ~~ 知ってる お母さん? 」
「 お母さんは! セクハラとは思いません。 オンナノコはいつだってどの国でだって
オンナノコとして生きてゆくの。 だから 」
「 はいはい~~ わかりました~~~ 明日っからゆ~~~っくりしめます~~~
ねえ オヤツは?? ねえ ねえ カップ・ラーメンある? 」
「 ・・・ カバンを置いて着替えて、手を洗って 」
「 ウガイして~~~ はいはい よ~~~くわかりました
」
すぴかは 不機嫌な母の前を素通りしてとっとと二階に上がって行ってしまった。
「 ― もう~~~~~~ ! 中学生になったらほっんとに ナマイキ なんだから~~~」
フランソワーズはそろそろ自分と同じ背丈になってきた娘の 後ろ姿にため息をついた。
岬の突端に建つちょいと古びた洋館、ギルモア邸。
そこには白髪・白髭のご隠居殿と若夫婦に超~~~元気な双子の姉弟が暮らしている。
若奥さんは金髪碧眼の仏蘭西美女、若旦那も茶髪のイケメン風なのだが
この一家は全く日本風に生活し コドモたちも<日本人> として育てている。
・・・ というか 多分に <昭和の日本人> 風なのだが ・・・ 当の夫婦がそれでよし、としているのだから
周囲がとやかく言う必要はないだろう。
チビの頃はその愛らしい容姿と元気な笑顔で地域のアイドルだった子供たちも今や中学生・・・
立派な!反抗期 ― 思春期ばりばりの中坊となり両親をてこずらせているのだ。
どんどんどん ・・・! 階段を爆音が降りてきた。
「 おか~さん ! おやつ~~~ 」
「 はいはい ちゃんとテ―ブルの上に出してありますよ。 すぴかさん、階段は 」
「 は~いはいはい オンナノコはお淑やか~~にしま~~すぅ~~ ねえ オヤツ! 」
「 ほら どうぞ。 」
「 あ ― ね~~ お煎餅 ない? 」
母の出したお皿をチラっと見て ― 娘はパントリーを開けた。
「 クッキーがあるでしょう? オーツクッキーよ 」
「 ・・・ だってさ~~~ これぇ 甘いんだもん~~ 」
「 そりゃクッキーは甘いわよ。 」
「 だ~から~~ おか~さんのクッキーってさ~~~ めちゃ甘いんだって~ 」
「 そんなこと言うのは すぴかさんだけよ? お父さんもすばるもオイシイ~~って 」
「 ふん。 ウチの男性軍は 激甘党なんだもんな~~ ね! お煎餅ないんだったら
アタシ、 お握りつくる! ご飯 あるでしょ? 」
「 - 晩御飯用です。 」
「 ・・・ ちょっとだけ~~ 」
「 パンならあるけど? 」
「 じゃあ パンちょうだい。 梅干しとチーズのサンドイッチにするから 」
「 - どうぞ。 」
フランソワーズは 溜息をつきつつ、食パンの袋を娘の前に置いた。
「 お さんきゅ。 え~~と ・・・ 梅干し 梅干し~~っと♪ 」
すぴかはにこにこしつつ、梅干しサンドを作り始めた。
「 ちょっと? あんまりたくさんはダメよ? 晩御飯が入らなくなりますよ 」
「 は~いはいはい ・・・ ん~~~ま~~~~♪
」
「 もう ・・・ ! ちゃんと座って食べてちょうだい! 」
「 あ いい。 部屋にもってくから~~ ちょっとさ~ セリフとか暗記しないといけないんだ 」
「 - セリフ?? すぴかさん、演劇部だったの? 」
「 の~~。 文化祭でさ~ 学年の出し物で
『 眠りの森の美女 』 やるんだ 」
「 へえ~~~~?? バレエやるの?? 」
「 ち が~~うよ 普通の演劇 」
「 へえ~~~~ 劇 ねえ・・・ で すぴかさんの役はなあに。 」
「 アタシ? ― ナイショ! 」
「 はい ?? ないしょって役名なの? 」
「 ひみつってことよ~~ん♪ で もってぇ ウチのすばるはねえ ~~ 」
「 すばる は??? 」
「 島村すばるクンはぁ~~ 姫!! 」
「 ひ ひめぇ ?? 」
「 そ。 オーロラ姫よん♪ ぬあ~~んと主役なんだよ、おか~さん、アナタの
息子さんはぁ~~ 」
「 ― 冗談でしょ? 」
「 の~~~。 あのねえ そ~いう時には 『 マジ~~? 』 って言ってくれる?
ん~~~~ んま~~~ 」
すぴかは 梅干しチーズサンド を齧りつつ二階の自室へ行ってしまった。
「 オーロラ姫 ・・・ ねえ ・・・」
お行儀の悪い娘を叱り付けるのも忘れ フランソワーズはぺたん、と座り込んでしまった。
「 ・・・ すばるってば ・・・ そ~いうヒトだった わけ ・・・? 」
いつもにこにこ・すばるクン、カワイイすばる君 ― 彼はチビのころから
近所の商店街のオジサン・オバサンたちやら 幼稚園の他のお母さんたちの アイドル だった。
「 そ~よねえ ・・・ わたしだってカワイイ~~~って もうきゅう~~っと
抱きしめちゃったこと、何回もあるし・・・ だってあの笑顔、必殺オバサンキラーだったもの 」
ナイショだけど。 彼の父親よりも愛しい~~~って思ってしまったことも あるのだ。
「 そりゃ すぴかもカワイイわ。 だって待ちに待っていた女の子ですもの。
でも。 やっぱりオンナ同士ってどこかライバルなのよねえ ・・・ 」
ふうう ~~~~ ・・・・ 忙しい母はもう一度ため息をつくと立ち上がった。
「 ああ 晩御飯の用意しなくちゃ・・・ どうせジョーは遅いし ・・・
だまってばくばく食べる食欲魔人たち用のメニュウは ― ど~せ はんばーぐだの
カツ! とか フライ! っていうのよね。 ふん ・・・ 」
美しく盛り付けたサラダは どぼどぼマヨネーズまみれになり、さっくり揚げた苦心のカツも
ゆっくり味わってもらえるヒマもなくソース漬けになりワカモノたちの胃に収まるのだった・・・
その日の夜もかなり更けた頃 ―
コト ・・・ ジョーは静かに箸を置いた。
「 ・・・ あ~~~ 美味かったぁ~~~ きみの筑前煮、最高だよ~~ 」
「 うふふ・・・ お気に召しまして? 」
「 ああ ものすごく! どこでだってこんなに味の浸みたの、食べられない。
・・・ う~~~~ん 満足! 」
「 嬉しいわぁ~~~ はい お茶 ・・・ 」
「 お サンキュ。 ・・・ あ~~ ウマ~~~ ・・・ 」
「 うふ ・・・ あなたってばお茶 好きねえ・・ 」
ああ やっと ズズ・・・っと音をたてて飲まなくなったわね・・・と心の中でツッコミを入れつつ、
フランソワーズは 夫へ穏やかな笑みをみせてた。
「 やっぱな~ 食後は熱いお茶なんだ。 ふ~~~ ・・・ ウマ~~
あ チビ達、もうとっくに寝ちゃったよなあ ・・・ 」
「 さあ どうだか。 二人とも一応 < おやすみなさい >とか言ったけど・・・
まだ部屋で起きてるかもね~ 」
「 あ 勉強してるのか ・・・ もう受験か? 」
「 さあねえ? まだテストには間があるし ・・・ 」
「 ふうん ・・・ まさかスマホとかに填まってるんじゃ ・・・ 」
「 買ってやってないでしょ。 ウチはガラケーで十分よ。 」
「 あ そうだったな~~ ・・・ スマホ 買ってやるか? 」
「 ジョー ~~~ ??? 」
「 いや その ・・・ 仲間外れとかになってないかな~~って思ってさ 」
「 そんな心配はいらないわ。 それよりね! 聞いて! 」
ジョーの細君は ぱっと座り直した。
「 - はい?? 」
大きな瞳が真っ直ぐにジョーを見つめてくる。
どき。 もう連れ添って15年近くになるのだが ジョーの心臓が跳ねあがった。
「 な なんでしょうか。 ( う~~~ なんなんだ??? ) 」
「 あのね! アナタのムスコさんね! お姫様 なんですって! 」
「 ― はい?? 」
ぱちくり。 セピアの瞳はまん丸になり碧い瞳を呆然と眺めている。
「 ですから! 島村すばる君は お姫様 ですって。 」
「 ・・・ あ~~? 奥さん。 島村すぴかさん のマチガイではありませんか?
ぼくの記憶ですと 島村すばる君 は ♂ だと登録したはずですが・・・ 」
「 ちょっと! 登録って わんこじゃないのよ~~
ええ 存じております、すばるクンもすぴかさんもワタクシが産みました。 」
「 はい それはぼくもはっきり認識しておりますが。 」
「 で! そのすばる君はね! 今度の文化祭での学年の出し物で
< お~ろら姫 > をやるのですって。 」
「 ・・・ す す すばるが ちゅちゅ を着て踊るの か ????? 」
ジョーはもうイスから転げ落ちそうである。
「 ぶっぶ~~~。 あの子たちがやるのは普通の劇ですってさ。
い~~つ~~の日~にか~~~♪ 」
「 ・・・ 奥さん それは 白雪姫 デス・・・ 」
「 あら そう? ともかく ね。 ウチのすばるは お~ろら姫 をやるのだそうです。 」
「 ・・・ マジっすか・・・ 」
「 ああ やっぱりジョーは平成ボーイだったのねえ・・・ 」
「 は? ぼくは昭和の生まれですけど? なにか ・・・ 」
「 いえ。 本人にも確かめたけど 」
「 え!? そ それでアイツはなんて言ってたんだ? じょ~だんじゃ~ね~よ~ とか
怒ってただろ? あ! そ それとも~~~ アイツ 虐めの標的になってるんじゃ・・・」
「 ぶっぶ~~~。 わたし達のムスコはにっこり笑って 」
「 - 笑って? 」
― その場面を再現。
「 おか~さん、マスタードある? 」
「 ・・・ すぴかさん、サラダにマスタードかけないでよ? 今日のサラダはレモンと
ペッパーちょっと で美味しく食べてほしいの。 」
「 それじゃパンチがたりないよ~~ ね~ マスタードお~~~ 冷蔵庫にあるよね? 」
すぴかは母の返事を待たずにぱっと席を立って冷蔵庫の元に駆け付けた。
「 もう・・・! あ ねえ すばる? 」
「 ・・・・ ん? あ~ コロッケおいしいよ。 」
「 まあ そう?? チキンコロッケなんだけど~~ 美味しい? 」
「 あ~。 ホワイト・シチューを丸めたんだろ? こ~いうのも うま~~ 」
「 ・・・ コロッケなんだけど。 」
「 もういっこ いい? 冷蔵庫の中にまだ入ってたよね~ 」
「 あれはお父さんの! お帰りになってから揚げるの! 」
「 ちぇ~~~ 」
「 あ ・・・ ねえ? すばるクン。 あの さ。 今度、劇 やるんでしょ?
その~~ 文化祭で ・・・ 」
「 あ? ま~ね 」
「 それで ― すばるクンは あの~~ キャストで 」
「 マスタードみ~~~っけ♪ これ 使ってもいいよね?
」
どん。 すぴかがフレンチ・マスタードのビンをもってきた。
「 どうぞ。 それで その~劇で 」
「 あは すばるってば主役なんだよね~~~~~ お~ろら姫さまぁ~~~ 」
すぴかは 大袈裟にレヴェランスをしてみせた。
「 すぴか。 ご飯中でしょ! ・・・ ね すばるは - いいの? 」
「 ? なにが。 」
「 だから … その。 お姫様をやるってこと ・・・ 」
「 あっは~~~ ぴったりじゃ~~~ん♪ 」
「 すぴかさん、ちょっと静かにしてて頂戴。 ねえ すばる、お母さんには正直な気持ち、
教えてくれる? あったま来てる とか もう学校いきたくね~~ とか ・・・ 」
「 ? いいよ べつに。 」
すばるはごく普通の表情で ごく普通の声で ごく普通に言って コロッケの残りを
シアワセそ~~~うに咀嚼している。
「 いいよ ・・って どういうこと? 」
「 ~~~~ むぐむぐ~~~ だから それ やるよ ってこと。
僕さ~~ 芝居なんてできないって言ったらさ~ 姫は寝てるだけでいいんだって。
だから うん じゃあやるって言った。
」
「 - 寝てるだけ・・って 」
「 ホントはさ~~ 大道具とかぁ~ 大地と一緒にやりたかったんだ~~ けどさ
アイツってば推薦されちゃって かんたる?なんとか やるんだ 」
「 カンタルビュット でしょ。 式典長だもの、進行役よ。 」
「 あ~~ それそれ そのなんとかびゅっと。 あんまし演技しないでいいって言われて
ほいほいやる気になったわけ。 ん~~~ ねえ コロッケ もっとある? 」
「 ・・・ いいわ 今 温めるから 」
ジョーの分に取りのけてあったが 普段口の重い息子が機嫌よくしゃべってくれている。
この期を逃したくない~~と フランソワーズは立ち上がった。
ごめん~~~~ ジョー~~~
昨日の筑前煮が残ってるから・・・ コロッケはムスコに譲ってね~
「 あ~~~ アタシも食べる~~~ お父さんのぶんじゃないのぉ? 」
「 ・・・ お父さんもあなた達には譲ってくださるわよ。 」
「 ふ~~~ん ・・・ 」
「 ね それで? すばる君はお姫様ってか女性役をやることに抵抗ないの? 」
「 ? なんで。 」
「 なんで・・・って。 スカート・・・というかドレス着てきらきら付けてカツラ被って・・・
メイクするのよ??? 」
「 あ~ 寝てるだけだもん、な~んもしなくていいって 」
「 そんなワケ ないでしょ!? 主役なのよ~~~
ローズ・アダージオ とか 四人の王子との踊り とか ・・・目覚めた後は
王子様との グラン・パ・ド・ドゥ があるし~~ 」
「 おか~さんってば。 アタシたちがやるのは 演劇! バレエじゃないの~~~
時間も短いから 最初っからすばるは寝てるの
」
熱々のコロッケに箸を伸ばしつつ すぴかがチャチャをいれてきた。
「 え そうなの?? 」
「 ウン。 最初は ( 姫は ) 赤ん坊だから人形。 でもって次のシーンでは
僕は あ! っていってぶっ倒れて~~ 後は寝てるだけ。 」
「 ・・・ ふうん? でもキス・シーンで目覚めるのよ? 」
「 きす・しーん ??? 」
「 そうよ。 王子様がキスしてくれて目が覚めるの~~ 」
「 ・・・ キス ・・・ ? 」
「 そ。 王子様は だれ? 」
「 王子? 」
「 そ、王子様。 オーロラ姫を目指してカラボスと戦ってイバラだらけのお城の中に
入ってきてあつ~~~いキスで姫を目覚めされるの。 」
「 ・・・ そ~いう話なの? 」
「 そ~いう話って ・・・ 小さい頃から絵本で読んであげてるわよ?
それに! お母さんとタクヤ君との舞台、見にきてくれてるでしょ。 」
「 ・・・ 違う話かと思ってた~ 」
「 そりゃね バレエと演劇じゃ 少し違うでしょ。 でもあらすじは同じなはずよ?
どんなに簡略化してもラストの キス・シーンは必須だわよ 」
「 ・・・ そっかあ~~ 」
「 そうですよ。 それで 王子様は? 」
「 - 今更 辞退 はダメだよなあ 」
「 ダメだよっ 」
すぴかが びし!っと 断言した。
「 ・・・ じゃ やるっきゃない かあ~
」
「 そうですよ。 引き受けたからにはしっかりやるの! それがオトコでしょ。 」
フランソワーズはいつのまにか娘と一緒になって こののんびり男子 に少しばかり
イライラし始めていた。
「 ・・・ じゃ やる。 」
「 えらい! それでこそ、ウチのすばる君よ。 ね それで 王子さまは? 」
「 ・・・ コイツ。 」
「 はい?? 」
すばるは 隣でコロッケを頬張っている姉を指した。
「 そ。 フロリモンド王子は~~ この アタシ。 」
に・・・。 すぴかは母にますます似てきた大きな瞳で イタズラっぽく笑った。
― 場面は深夜のキッチンにもどる。
「 で ・・・ ウチのムスコは姫になり ムスメは王子をやる わけ?
」
「 ぴんぽ~~ん♪ 正解です~~ そしてもれなくキス・シーン付き。 」
カシャン。 ジョーの手から箸が落ちた。
「 ・・・ ウソだろ~~~~~~ 」
「 ウソじゃないわ。 『 眠り~ 』 のハイライトですもの。 」
「 き き きみは~~ 自分の娘がオトコとキスをするってのに平気なのか!? 」
「 オトコって ― 相手はわたしのムスコなのよ? 」
「 ぐ ・・・ だ だめだ だめだぁ~~~ 姉弟で き キス なんて! 」
「 そう? わたしだって兄とキスしたわよ? 」
「 - え ??? 」
「 日本人はキスする習慣ってないから余計に意識しちゃうのかしら・・・ 」
「 それは ・・・ まあ そうだけど。 しかし! 」
「 芝居だもの、いいじゃない? それよりもね! わたしは~~ すばるが
ホイホイ平気で < 姫 > をやるってことが問題! 」
「 ま~・・・ 日本じゃ 女形って伝統があるしな~ いいオトコは震い付きたくなるほどの
美女になるんだぞ~~ 」
「 ・・・ ジョーは女装した自分のムスコにドキドキするわけ?? 」
「 あ いや~~ そ~いうワケじゃないだけど 」
「「 ふう ~~~~~ 」」
夫婦は ちょっとばかり互いに違った原因で深いふか~~いため息をついた。
「 ・・・ でも まあ ・・・ 楽しんでいるなら ・・・ 」
「 そ そうよね ・・・ 中学生活でのお楽しみですものね 」
「 き キスだって ・・・ 相手がどこかの馬の骨野郎じゃなくて ぼくのムスコなら 」
「 カブキの女形って ステキですものねえ。 たまさぶろうさん とか 」
「「 そうだよね ・ そうよね 」」
「 ― あ~~ あのさ? 」
「 はい? 」
「 ぼくも くりーむ・しちゅーコロッケ 食べたい。 」
「 あ ごめんなさい~~ ジョーの分、子供たちに食べられてしまったのよ~ 」
「 ・・・ ち 父親はいつだって虐げらるぅ ~~~ 」
「 明日! きっと作ります! 」
「 期待してまあす~ ・・・ 今晩の筑前煮もめちゃウマだったけど♪
あ~~ ・・・ 満腹~~~ 」
「 お風呂になさる? 」
「 あ 片づけ、手伝うよ 」
「 大丈夫。 ゆっくりお風呂、入ってきて? 」
「 ん ・・・ ありがと♪ 」
ジョーは意味深~~な目つきで細君をみつめ フランソワーズも色っぽい眼差しを夫に返した。
― さて 当の中学生たちは ・・・
文化祭での < 演劇大賞 > めざして各学年は総力を上げて取り掛かった。
中二の教室でも 後ろ半分では大道具係がノコギリとトンカチを揮い 前半分ではリハーサルの真っ最中・・・
今はクライマックスのあのシーン ~~ らしいのだが。
「 おい~~~ すばる! お前な~~~ 丸太じゃね~んだぞ~~~ 」
台本を丸めて 長身の男子生徒がカリカリきている。
「 え? だって僕~~ 眠ってるんだよ? 今って丁度100年目なわけだよね~ 」
並べたイスに寝ていた男子が のんびり応えた。
「 理屈はそうだけど! これはな~~ 演劇なんだぞ?? ちゃんと演技しろよ~ 」
「 寝てる演技? 」
「 う~~~~~ すばる~~ てめ~~ 」
「 ほらほら~~ 王子様のお出ましだよ~~ん 」
腕まくりをした女子がぽっぽと来た演出家を まあまあ~と押しのけ進み出る。
「 ・・・ あ あ~~ ・・・ すぴか。 たのむよ ~ 」
「 おし! ひめ~~~~ いざ~~~ 目覚めん~~~ 」
― どん。
「 ! いって~~~ すぴかぁ~~ なんで顔で顔、ぶつのさ~~
」
「 ぶってないよっ キス! 」
「 そんなのキスじゃないと思う~~~ いって~~~ 」
すばるは顔の下半分を抑えて呻いている。
「 ・・・ だってアタシ、こ~いうキスってしたことないんだもん。 」
「 僕だって さ。 」
「 映画とかだと遠くてよくわかんないし~~ 」
「 ウン。 TVとか~そういうシーン、お母さんってばさり気な~く消しちゃうもんな~ 」
「 ま~ 別にしげしげと見たい! とは思わないけどぉ~ 」
「 ウン。 お母さんとタクヤお兄さんの舞台でもさ~~~ あの場面はこうやって ・・・ 」
「 あ アタシ やる♪ 」
すぴかは 気取った脚捌きでオーロラ姫 ( = すばる ) に近寄り~~
「 こうやって~~ でもさ 肝心のシーンはよく見えないもんね~ 」
「 ウン。 僕さ、その後の グラン・パ・ド・ドゥ でのシーンのが好きだなあ~~
なんかさ~~ こう~どきどきするじゃん? タクヤお兄さんがさ~~ こうやって 」
「 アタシ お母さんのオーロラ姫 やる! こうやってね~~ あらべ~~すく
パンシェ~~~ ってね~~ 」
姉と弟は劇そっちのけで バレエのシーンを真似し始めた。
チビのころから 母の舞台やらリハーサルに付き合っているのでなかなかどうして
決まっている。
― しかし。
ぷつん。 演出家の男子がついにキレた。
「 お前ら~~~ ちゃんと家で練習してこいよっ! 次! カラボス~~~ 」
「 はあ~~~い♪ 」
カワイイ系女子が にこにこして飛び出してきた。
「 たまらちゃ~ん 頼むよ~~ 〆てくれ!
」
「 はぁ~い お任せ~ 」
彼女はくるり、と一回転すると ・・・
「 よくも このワタシを除け者にしたねぇ~~~ 」
いきなりドスの利いた声を発し カワイイ顔は途端におっかない表情に変わった。
「「 すげ~~~~~~~ 」
」
教室にいたクラス・メイトらは 呆然とカワイイ系女子を眺めるのだった。
「 あ・・・ アタシら ダメ出し喰らったねえ~~ オーロラ姫? 」
「 だよね~~ フロリモンド王子 ・・・ 」
すぴかとすばるはすごすごと引っ込んだ。
その日 久しぶりに、本当に久しぶりに姉と弟は肩を並べて帰り道を辿った。
「 - だ~~から~~~ どうしたらいいっての? 」
「 レンタルビデオする? なんかそういう系のエロいヤツ・・・ 」
「 ウチで見れると思う? 」
「 ・・・ ダメだよなあ~ あなた達!? そんなモノみる必要はありませんっ て 」
すばるはわざと高声できんきん言う。
「 だよねえ~~ 」
「「 どうする~~~~ キスぅ~~~ 」」
すぴかとすばるは チビのころみたいに色違いのアタマを寄せ合っていた。