『 009 ・ 向こう側 − 相聞 − 』
*** 『 散歩 』 の続編と解釈して下さいませ ***
海辺で交わした約束は果され
二人は手を携えて同じ道を歩んだ。
時に 寄り添い 時に 間隔をあけ
それでも 二人は肩をならべて 歩んだ
− そして。
時はながれる。
すべてのことわりの上に
何ものをも そのままに留めおくことは無い
ヒトも 自然も − 造りモノ でさえも。
逢うは 別れの はじめなり
生々流転 一期一会
であったすべては いずれまた 散ってゆく
別れを告げ なごりを惜しみ なみだで見送る
あるいは 外国 ( とつくに ) へ あるいは 彼岸 へ
手を はなす日は かならずやってくる
*** きみへ ***
いくら天気がいいとはいえ、 一月のおそい午後 砂浜は居心地がよいとはとてもいい難い。
さきほどまで 頭の上でうるさいほどに鳴いていたウミネコが少しずつその数を減らしてゆく。
海風はぐん・・・っとその冷たさを増してきた。
じきに 夕闇があたりを蔽いはじめるだろう。
ジョ−は ゆっくりと立ち上がりGパンを ぱたぱたと叩いた。
「 ちゃんと砂を落としてゆかないと。 きみに叱られてしまうね。 」
いったんは 立ち上がったものの、ジョ−ははるか沖へとむけた視線を戻そうとはしない。
− あれから。 いろいろなコトがあったね、ほんとうに・・・・
楽しいことも 辛いことも。 嬉しいことも 哀しいことも。 たくさん、たくさん あったね。
でも。 いつもきみと一緒だったから。 僕はなんとか乗り越えて来れた。
いつも きみの微笑みがあったから。 僕は強く歩んできたんだ。
ああ あいたいな ・・・・
きみは いる、 この海の この空の 向こう側に。 今、僕にははっきりと感じられるよ。
この海の果てに 向こう側に きみはいる、 いるんだね。
・・・・ おぼえてる? あの日。
勿論、僕は忘れてなんかいないよ。 あの日の海と空の色は一生忘れやしない。
そう、ほんとうにあの日のことは 楽しい思い出になったね。
満ちてきた潮がジョ−の足元をひたひたと濡らす。
しめり気を帯びた砂が 靴の下でにぶい音をたてて軋んだ。
海にいるのは よせる想いに かえす思い出
そんな全てを きみに。 フランソワ−ズ、むこう側にいるきみに捧げるよ。
次にあえる時まで 僕がむこう側へゆける日まで
僕はこの想いを糧に 生きてゆくよ。
− 待っていてくれるよね。 また、 微笑んでくれるよね。
ジョ−はもう一度 目路はるか沖をながめ。 そうして ゆっくりと踵をかえした。
*** あなたへ ***
− パタン・・・
「 あら・・・・ ? 」
不意にひびいた小さな音に フランソワ−ズは本から顔をあげた。
風のいたずらに サイドボ−ドの上で古風な写真たてが倒れたのだ。
机の前から立ち上がり、フランソワ−ズはそっとそれを手に取った。
もう あらためて眺めなくても 隅々まではっきりとこころに思い描ける その写真。
潮の香まで 思い出せるあの海辺にたたずむ ふたり。
なつかしい面影に そっと指をなぞらせれば 自然と口元もほころびてくる。
− 笑って話せる日がくればいいね・・・
そんなふうに言って、 あなたはとてもやわらかく微笑んでいたわね。
夏も半ばをすぎ、海風からすこうしづつその熱さが退いてゆくころだったわ。
・・・・そう。 わたし、この空みたいな色のサンドレスを着ていたっけ・・・・
フランソワ−ズは ふと目をあげて開け放った窓から空へと視線を投げた。
ほんのりした微風が レ−スのカ−テンをやわやわと揺らし 五月の薫風は
春の遅いこの街にも生き生きとした季節の到来を告げている。
写真とならんで 窓辺に立ち 彼女は行き交う人々に 街に 空に 明るく微笑んだ。
− ねえ、ジョ−。 あれから いろいろなコトが あったわね・・・・
笑ったり 怒ったり。 喜んだり 涙をながしたり。
でも。 どんな時でも わたしは幸せだった。
いつもあなたと一緒だったから。 いつもあなたの微笑が傍にあったから。
いま どうしているの ・・・・
この海は。 はるか遠く、あの入り江に流れてゆくの。
この空は。 ・・・・あなたのいる空につながっているわね。
あなたは いるわ、 向こう側に。
この空を超え あの海の果てに あなたは いるのね。
想いは 風にのって 愛は 潮にのって むこう側へ あなたの許へ きっと届くわ。
わたしが あなたの許へ むこう側へゆける時まで またあなたの笑顔を見られる日まで
わたしは この想いを抱きしめて 生きてゆくわ。
− だから。 待っていてね だから。 涙はいらないわね
初夏の明るい陽のもとで ますます色あせ、煤ぼけてみえるその写真に
フランソワ−ズは そっとくちびるを当てた。
( 了 ) Last updated : 8,28,2003. top