『 005 ・ 地上  』

 

 

バサバサ・・・・ッ

不意に前方の茂みから、なにか大きなモノが飛び立ってゆく。

「 ・・・・っ!?  ああ・・・・鳥、ね。 白い大きな・・・ 鶴・・? 」

あまり密ではない雑木林に身を潜めていた003は ほっ・・とちいさく吐息をもらした。

 − 夜明けまでには・・・まだ、しばらく時間があるわ。 せめて、この闇に乗じて。

慎重に周囲を探索し 少しでも手薄そうな場所を見極める。

「 ・・・・ ゥ・・・ん・・・・ 」

彼女の傍らに身を横たえいてる009が 意識のないまま低い呻きをもらす。

「 ・・・ もう少しだから。 お願い、がんばって、ジョ−。 」

泥と汗と・・・血で汚れた彼の頬を 003はそっと指でぬぐった。

冷え切った首筋に手をあてれば、それでもかなりしっかりとして来た脈拍が感じられる。

多分。 もうすぐ彼は目ざめるだろう。  ・・・なんとかなる。

 

通信手段は尽く妨害されている。 昨夜からの雨はどうにか上がったようだが足元は悪い。

とにかく今は。 なんとしてもこの地を脱出し仲間の待つ地点までたどり着かなければならない。

それも、 ほとんど意識のない重傷の彼をかばいながら。

003は くっ・・・と唇を噛んだ。

 − やるしかないわ。 

 

バサ・・・バサ・・・

さきほどの白い鳥が まだほの暗い空をおおきく旋回している。

 

 − ああ・・・。 おつうさん、 かしら・・・。

 

ふっ・・・と、声に出してしまい、そんな自分が可笑しくて。

( ふふふ・・・・ 。 なんでこんな時に思い出すの。 )

油断なくあたりを探りながら 003は思わず薄い笑いをそのほとんど色を失った唇にうかべた。

 

 

 

 

「 ねえ・・・ あれで終わりなの? 次の幕、というか<続編>はないの? 」

「 続き?! いやいやマドモアゼル、あれはあれで完結ですぞ? 」

「 そうなの? ・・・与平(よひょう)はおつうサンを探しにゆかないの、このまま諦めて別れてしまうの? 」

 

華やかなカ−テン・コ−ルを眺めながら フランソワ−ズはどうも納得がゆかないようだった。

 

 − 『 ゆうづる 』

グレ−ト推奨のこの古風な民話劇、その簡素だが十分に叙情的な作品に彼女はすぐに引き込まれた。

息をつめて見続けてきた終幕、 白い鳥に姿をもどし飛び去ってゆく妻を与平は

なす術もなく ただ 呆然と見送る。

 

 − どうして・・・?

 

「 『 白鳥〜 』 でも 『 眠り 〜 』 でも。 そうよ、白雪姫でも、王子さまはやって来るのに。 

 どうして 与平は何もしないの? おつうさんの後を追って、連れ戻しにゆかないの? 」

「 う〜ん・・・、まあ、そこがソレ、この国特有の文化、というトコロだろうなあ。 」

「 文化・・・? 」

「 そうさなあ、 風土、気質と言ったほうがいいかもしれんがね。

 この 『 夕鶴 』 に限らず、謡曲の 『 羽衣 』しかり、 舞踊の 『 鷺むすめ 』しかり 。

 結ばれてハッピ−・エンド、というモノは稀だな。 一種の厭世観、とでも言うか・・・ 

 まあ、  感覚的には我々とはかなり 相容れない、理解しがたい部分、 

 ひそやかな陰の部分がありますな、この魅惑の東洋の島には。 」

 

淡々と続くグレ−トの薀蓄を耳に、 フランソワ−ズはそっと溜め息をもらした。

 

 − この国。

そうなんだ・・・彼は、ジョ−は そうゆう国のヒトなんだ・・・

いつのころからか、感じていた。 彼の優しさの中に こめられた不思議にたゆたう かげ。 

それは 彼がうまれつき持つ、ある種の <あきらめ> にも似たさびしさ ・・・・透明な 哀しみ・・・・

 

自分には入り込めない 聖域 が彼のこころには ある。 ソレはけっして輝かしいものではない。

時に、 彼自身がソレをもてあまし、 扱いかねているのも 知っている。

それでいて、 自分にはどうするコトも出来ないもどかしさを フランソワ−ズも内に秘めていた。

 

ソレを共有できないのなら。 その暗さを分かち合えないのなら。

 わたしは その影にすこしでも 日溜りをよべるだろうか・・・・

 

おかえり、といつに変わらぬ彼の優しい瞳に迎えられ、 異国の姫君はそっと吐息をかくした。

 

 

 

  ド−−ン−− !

 

かなり遠くでひびいた砲撃に003は はっと我にかえった。

 

・・・なんで こんな時にあのハナシを思い出したかしら。 

思わず自嘲的な笑みがこぼれる。  その ひそやかな囁きが届いたのだろうか。

 

「 ・・・・ う ・・・・。 ああ、もう 夜明けかい・・・・ 」

「 ・・・ ジョ−!   」

うめきに近いつぶやきをもらして009が 微かに身じろぎをし薄く目を開けた。

「 まだ、もう少し。  ああ、まだ動かない方がいいわ・・・ 大丈夫? 」

「 ・・・・うん・・・。 ふふふ・・・なんとか、ね。 最悪でも きみをかばうくらい・・・できそうだよ? 」

009は すっ・・・と目を細めた。

 

ジョ−!

そんな 全てを見透かしたような眼差しをしないで。 瞳にしずかな寂しい陰を映さないで。

諦めないから、わたし。

生きるの。 どんなことをしても。 あなたを与平にはしないし わたしはおつうさんにはならない。

 

わたしは。 どんな事があっても、この地上にしっかりと足をつけて生きてゆく。

オデットとジ−クフリ−トは幸せになるの、 王子さまはオ−ロラ姫とめぐり逢うの!

何もせずに ただじっと佇んでいるなんて 嫌。 わたし は いや。

 

 − 生きるの。 どんなことがあっても。  一緒に生きるのよ、ジョ−。

 

さあ、行きましょう! 夜明けは・・・・もうすぐよ!

 

003は その華奢な肩を彼に貸し、しっかりとした足取りでこの地上にあゆみを踏み出した。

 

   ( 了 ) 

Last updated : 8,21,2003.             top