『 004 ・ レクイエム − ひぐらし ー 』
すでに地平線には 暁の気配がただよいはじめていた
盛夏の浅い夜を彩っていた星々は 次第にその姿をかくしつつある
カナカナカナカナ・・・・・
地上にはまだ 薄墨色の靄ただようほの暗さの中に 一筋の声がひびく
「 ・・・・・ なんの・・・音? ・・・ 」
「 ・・・・・ うん・・? ・・・・ ああ、 蝉の、 ヒグラシの声だよ・・・・ 」
まどろみの中の くぐもった声に つぶやきに近い低い応えがあった
いつの間にか 絡めあっていた腕をそっと動かす
ゆうべの残りに身体がほんのり火照り 気だるい朝まだき
からだの芯の残滓を 確かめ ひとときの安らぎに浸る
「 ヒグラシって。 朝も 鳴くのね・・・ 」
「 このうす闇が似てるんだろうね、たそがれ時と。 」
カナカナカナカナ・・・・・
「 ・・・・華やかだけど 淋しい声ね。 別れの声だわ・・・・ 」
「 わかれ? 」
「 去ってゆく 時を ヒトを 送る声、かしら。 」
「 今日の夕方・・・また、あの声を聞けるだろうか。一緒に・・・」
「 一緒よ、いつも、いつも。・・・ 地上(ここ)へのレクイエムに・・・ 蜩の声は、あそこで。 」
彼女は天を指差す、淡いほほえみを浮かべて
愛し合うのも 身体を重ねるのも こうして朝をむかえるのも
ただの男と女としての
くちづけも 抱擁も
この赤い服に腕を通すのも
− 多分 今日で 最期
太陽が昇り、蜩の声がやんだ
彼らの最期の闘いが始まる
今日も・・・・暑い。
( 了 )
Last update : 8.4.2003. top