『 003・散歩 』
「 どうしたの。 ドレスが濡れてしまうよ・・・・? 」
「 ・・・ ジョ−。 」
不意に声をかけられ フランソワ−ズはあわてて立ち上がった。
ギルモア邸から すこし急な石段をおりてゆくと小さな入り江が眼前にひろがる。
そこの砂浜はほんの時たま 上の邸の住人達が訪れるだけで、普段は静かに波が打ち寄せているばかり。
「 何でもないの。 ・・・ちょっと、ね、考えごとしてただけ。 ここの海って本当に穏やかできれいね。 」
サンドレスの裾を払いながら、彼女はちいさく笑ってみせたが目尻の涙は乾いてはいない。
「 どうかしたの。 」
砂地に足をとられそうな彼女に手を差し伸べ、ジョ−はもう一度きいた。
「 ・・・あ、ありがとう・・・。 うん・・・あの、ね。 子供のころ父や母や、兄と一緒に出かけた夏を、海辺を
ちょっと・・・思い出しちゃったの。 それだけ、なんだけど・・・ 」
長いまつ毛をしばたたかせ、フランソワ−ズは白く波がゆれるはるか沖へと視線を飛ばす。
− こうやって。 うん・・・と遠くまで目をこらしたら、見えればいいのに・・・・
見たいものが 見えればいいのに・・・!
どんなに地理的な遠くは見えても。 時のはるか彼方を見ることはかなわない。
海風に乾かしきれなかった涙がぽとりと 彼女の足元に落ちる。
− かえりたい ・・・・ あのころに、戻りたい・・・
「 うらやましいな。 」
肩を並べて沖へと視線を投げ、風に髪を弄られながらジョ−はさらり、と呟いた。
「 ・・・・え・・? 」
「 きみが羨ましいよ。 そんな思い出があるだけでも。 」
足元に散らばる貝殻をひとつ拾うと、ジョ−は大きく腕を振って海面へと放り投げた。
内側の白さをきらめかせ、それはひゅん・・・っと水面をきってゆく。
− 僕には海って、たいてい一人で来るトコロだったからね。
子供のころは ケンカしたり叱られた時、とか。 どうにも遣り切れない時が多かったな。
オトナになってからなんて。 それこそロクな思い出はないよ。
「 ・・・・ ごめんなさい。 わたしったら・・・ 自分のことしかアタマにないのね・・・ 」
小さく息をのんで顔をあげれば いつもとかわらぬ茶色の瞳がおだやかに自分に注がれいてる。
「 やだなあ。 そんな、気にしないで、ね? 」
しゅん・・・としてしまった彼女に ジョ−は明るく笑いかける。
「 今まではイイ思い出なんか無いけど。 これからは 創ってゆけると思うんだ。 」
「 − これから・・? 」
「 うん。 今さ、こうしてきみと二人で ここで海を見ているだろ。
これが楽しい思い出になるといいね。 いつか・・・ ある日、笑って話せたら。 あのころは、って。 」
「 ・・・・ そうね。 そんな日が来れば。 ほんとうに・・・ 」
フランソワ−ズのドレスの裾を ジョ−のクセのある髪を 汐風がかるく弄ってゆく。
よりそって歩くふたりに 海風がはやい夕暮れを告げてきた。
「 ね? 」
「 なあに。 」
不意におおきな温かい手が きゅっとすこし冷えた白い手をつつみ込む。
「 あの、さ。 ずっと。 ずっと、こうして歩いてゆきたいんだ。 きみと。 」
「 ! ジョ−。 ・・・・ それって・・・・ 」
「 だめ、かな・・・・・・ 」
「 ・・・・ ううん ・・・・ わたしも・・・・ 」
ちいさな、ちいさな声で応え、首の付け根まで真っ赤になって。
−でも、 フランソワ−ズは しっかりとジョ−の手を握り返した。
( 了 )
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updated : 8,21,2003. top