『 001・冬 』

 

       

「 う〜〜ん! いいお天気ねえ・・・・ さぁ、お洗濯をするから。 パジャマもリネン類も

 全部出してちょうだいね。 」

日曜日の朝、 きみはリビングの窓辺でおおきく伸びをするとカラリ、とテラスへのフレンチ・ドアを開け放った。

 

− いいけどね。   たしかによく晴れて気持ちのいい朝だけど。 ・・・・・今は一月、大寒のころ。

 

近頃お気に入りのキルト製半纏の襟を 博士がそっと掻き合わせてるよ。

・・・ほら、イワンだってク−ファンの中でカメの子みたいにきゅっと首を縮こめてる・・・

「 あの、さ。 寒くない・・・? 天気がいい分、それだけ空気が冷えてるみたいだよ? 」

 

「 あら。 寒いなんて。 こんなにお日様がぽかぽかしてるじゃない?  

 日光浴だってしたいくらいよ、わたし。 」

遠慮がちにもぞもぞ言った僕の言葉を きみはにこにこ笑って明快に退けた!

「 さ! いつまでもお部屋で縮こまってないで。 博士、少しお散歩でもしていらしたらいかが?

 このところ。ず〜っと研究室に閉じこもりっぱなしじゃないですか・・・。 お日様にあたらないと

 身体によくありません。 」

「 ・・・・・わしは、寒さが苦手でなあ・・・。 」

「 歩いていらっしゃれば暖かくなりますわよ? もし、よろしかったら、イワンのお散歩もお願いしたいんですけど 」

「 ・・・・そ、そうかの。 じゃあ。 すこし、脚を伸ばしてくるか・・・ 」

「 お願いします。  お支度していらっしゃる間にイワンにも着込ませておきますわ。 」

「 どれ・・・ コ−トを取ってこよう・・・ 」

「 あ、 玄関のクロ−ゼットに入ってます。 ・・・・ ねえ、ジョ−。お願いがあるんだけど? 」

にこにこ顔をぱっとこちらにむけて。 ・・・・ははあ、次のタ−ゲットは僕ってワケだね?

 

 

・・・・ああ。 きみの微笑みは天下無敵の最終兵器。 勝てるモノなんかいやしないよ・・・

 

 

「 ただいま。  おお、ジョ−は庭仕事かい、精が出るの。 」

研究所の庭で花壇の土おこしをしていると 博士がイワンと散歩からご帰還だ。

「 お帰りなさい。  来年の苗床のため、だそうですよ? 」

「 ははあ・・・ 我が家のオヒメサマのご命令かな。 」

「 まあ、 そんなトコです。 」

 

「 ジョ−。 ねえ、お布団を干したいんだけれど。 手伝って? 」

二階のテラスから きみの声が風に乗って元気に響いてきた。

 

「 ナントカとからっ風、だなあ。 」

「 ・・・よく、ご存知ですね? 」 

僕らは 顔をみあわせて思わずちいさく笑ってしまった。

 

「 なあに? からっ風って? 」  

亜麻色のアタマが ひょっこりテラスからのぞいているね。

 − ( おお・・・・ さすがに 耳 がいい! ) いえいえ・・・・こちらのハナシで。

 

ほんとうに 屋根の上を吹きぬけてゆくからっ風に 目をあげれば。

どこまでも透きとおる青い空。  き・・・んとした冷えた大気を透かす金色の光。

きっぱりと 潔いなかにもちゃんと温もりがあって。

うん、 きみだね。 

いつも しゃんと背筋をのばして  いつも きっかり前をみつめて

そんな きみにはこの季節がいちばん相応しいのかもしれない。

 

 − そうか、 そうだね。 

きみにとって この厳しい季節は首を縮めてやり過ごす時間 ( とき ) じゃないんだ。

フランソワ−ズ、 真冬の晴天より深い蒼の瞳のきみには。

この時期は あしたへのプレパレイション、 次の羽ばたきへの はじめのステップ。

 

「 ・・・・ ほっんとに。 元気な からっ風さ、 きみは。 」

「 だから。 からっ風ってなんなの? ・・・ あ ・・・ 」

僕は返事のかわりに その桜色のくちびるに小さなキスを盗んだ。

 

 − ナントカとからっ風。 

 

その意味をイワンから聞き出したきみに 僕が山のような買い物を仰せつかったのは・・・その日の午後のこと。

買い物包みの間に覗く僕の髪を 北風がひゅっ・・・・とからかって行った。

 

 ( 了 )

  Last updated : 8,16,2003.        top