「貴人」終幕



「ふふ…そうか。君は賢くもあり…強くもあったのだな」
 “報告”にやってきた壬生の話を聞き、鳴瀧は口元をほころばせた。
「館長ともあろう者が、部下の心象も把握していないとはな」
「館長…。いえ、そんな事は」
 自嘲する鳴瀧に、壬生はそうっと言葉をかけた。
 と。
 鳴瀧は、何かを思い出したかのように机の中から封筒を取り出すと、壬生に差し出した。
「…これは?」
 訝りながらも受け取る。その表面には、十字架が描かれているだけであった。
「それは、この時代の陰に、密かに潜む妖や魔の存在を狩る組織…<M+M機関>の入祭要綱だ」
「エムツー…機関、ですか?」
 鳴瀧は立ち上がり、窓をかたん、と開く。
「毎年、暗殺組の卒業生の中から何人かがそこに入っている。将来の進路の一つとして、どうかね」
「分かりました。考えの一つに入れておくことにします」
 そして、壬生が頭を下げ、退室してゆく。
「……」
 毎年。確かに幾人かを送り出してはいるが、その多くは一、二年の内に“殉職”している。人間相手ではない“仕事”に慣れぬ内に、その《力》に敗北しているのだ。
 しかし、彼ならば大丈夫だ。
 人の心の陰を知り、そして受け止める事のできる《強さ》を持つ彼ならば。


 そして、鳴瀧の予想通り、壬生 紅葉は<M+M機関>のエージェントとして数々の働きを見せるのだが――
 ――それはまた、別の話である。



貴人  終


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