彼女が今ここに居るのは、龍麻が頑張ったから。龍麻が、彼女を必要としたから。 お疲れ様、龍麻。 貴方が、《宿星》によるものではなく、貴方自身の瞳で見出したのよ。 …おめでとう。 私も、ようやく素直になれるわ。 「あのー、美里さん? どこ向いてるんですか?」 旧校舎。ごく浅い回数ならば、私たちだけでもなんとかなる。…そう言って、私は比良坂さんを呼び出したの。 …他の人にはなるたけ聞かれたくはない話をするから、って言うのが本当の理由だけどね。 「なんでもないわ、比良坂さん。ちょっとね、天国の龍麻のご両親に…」 「…居たら私もわかるんですけど…」 「だからなんでもないの。ええと、何の話だったかしら」 困った時の、頬に手を添えたポーズでさらりと私は言う。 「そんな事言われても…私、あなたに来てほしい、って言われただけですから」 警戒されているらしいわ。私はくすっと微笑むと、 「冗談よ。ええと、比良坂さんは、どこまで知っているのかしら?」 「えっ…」 まるで、“私はあなたの知らないことも知ってるのよ。どう? 思い知った?”と言われた少女のような表情で―そのままと言う発言はしない方がいいわよ?―比良坂さんは小さく呟いた。 しばらくして、“私は彼との思い出を信じてるんです!”と言う顔で、 「宿星のこととか、そういうことですか? それなら龍麻の口から聞きました」 『口から』…だなんて。素敵な意地ね。 「私の《菩薩眼》のことも?」 「…はい」 額面どおりに受け取るならば、天が定めた《黄龍の器》の運命たる伴侶、それが私、《菩薩眼》。 「…で、でも」 必死で勇気を振り絞っている表情で、比良坂さん。 「龍麻は私を選んでくれたんです。助けてくれたんです。だから私は…私は、彼を助けます! たとえ誰がなんと言っても!」 そう言って、きっと私を睨みつけてくる。 …これ位でいいかしら。 くすくすと笑い始めた私を、彼女はいぶかしげに見る。 「合格よ。…紗夜ちゃん」 「え?」 突然名前を呼ばれて、彼女は戸惑った表情を浮かべた。 「そう。『誰がなんと言っても』。それが、龍麻には必要よ。…これから、彼は運命と対決するんだからね。そんなものを跳ね除ける意思がないと、一緒には行けないわ」 私は天井の向こうの空を仰いで続ける。 「《黄龍の器》に仕えるさだめの《四神》。傍にいる運命の《菩薩眼》。龍麻の陰となる運命を背負った劉くん。星の行く末を見届けようとしている御門さん。…京一くんはなんだか規格はずれみたいだからこの際は置いておくとして、皆が最後の戦いへ向かう星を持っている。そうした星があなたを龍麻から引き離そうとするかもしれない。なら、必要なのはそれすら跳ね除ける強い意志よ」 「は、はい」 「自信を持って。あなたがここにいると言う事、それが運命は意思によって動かせると言う何よりの証拠なのだから」 「あ、葵さん…」 紗夜ちゃんの目には涙が光り始めていた。 「ありがとうございます。私、葵さんのことずっと誤解していました」 「いいのよ。私もずっと宿星に縛られているだけの女だったんだから」 ひとしきり泣いて、ようやく落ち着いたみたい。…仕方がないけれどね。 「葵さんって、なんだかお母さんみたいですね」 「あら。《菩薩眼》は元々そういう星よ。《黄龍の器》を産んで、次世代の《菩薩眼》も産むんだから」 私がそう言うと、紗夜ちゃんは首をかしげた。 「ええと…じゃあ、葵さんも、いつか?」 あらあら。 「そうよ。私は私で『私の伴侶』を見つけているもの」 「そうなんですか?」 …『龍麻以外見てないように見えましたけれど』って語っているわね、その顔は…。確かに正直は美徳だけれどね…うふふ。 「でも、その人はまだ気付いてくれないみたいなの」 「どなたなんですか? 私、応援しますよ」 「そう? あのね…」 私は、彼女の耳元でそっとその人の名前を囁いた。 「……ええッ!?」 さすが唄を武器とするだけあって、とんでもない声量が紗夜ちゃんの喉から飛び出した。 「うふふ。一筋縄ではいかないでしょう? …協力、してくれるんでしょ?」 「は、はい…」 少し青褪めた表情で、彼女は頷いた。一筋どころでは行かない相手だものね。 うふふ、とことん付き合ってもらうからね? 皆とは違う形かもしれないけれど、祝福はされないかもしれないけれど。 私も、《幸せ》を掴みたいの。 |