「ここに集え、神将の力…!」 …奇跡とは、起きるものなのです。諦めなければ、きっと。 「この娘…竜の娘に宿りて、魂の復活を…」 竜を目前にして、人知をまさしく超えた力。それが、彼女を――ニニアンを蘇らせるのを見ながら… 「ニニアン!」 エリウッド様とニルスの喜びの声を聞きながら… …わたくしは…涙を流していました…彼らと同じ喜びと、彼らとは違う悲しみとで… すべてが終わり、わたくしたちは大賢者様を看取り、そして。 「よかった…ニニアン、君が生き返るなんて…。君を失って、はっきりと分かった」 わたくしは、大賢者様のお側から離れられませんでした。…わかっていたのに、見る事ができなくて。 「僕には君が必要だ。どうか、ずっと側にいて欲しい」 「エリウッド様…わたしは…帰らないと…」 …なぜわたくしはこんなにも分かっていてしまったのでしょう。 「わたしたちは、この地に来てはいけなかったのです…わたしたちがあの人の誘いに乗らなければ、こんな事には…」 「もう会えないと言うのか!? そんな事は駄目だ!」 せめて、どちらかの気持ちに気付かなければ、わたくしは言えたかも知れません。 エリウッド様を愛している、その言葉を。 さよならの笑顔、そして風火 「…さぁ、行きましょうニルス」 ニニアンが、エリウッド様に背を向けます。…いいえ、いいえ、ニニアン。貴女は… 「違うでしょう?」 わたくしの言葉に、ニニアンは一瞬戸惑った表情を浮かべて、それから首を横に振りました。しかし、その横でニルスがきっと顔を上げて… 「ねぇニニアン。この世界の空気はすっかり変わってしまったね。多分、ここでは長生きは出来ないよ」 「ニルス? どうしたの、急に…」 ニルスはわたくしの顔をちらりと伺って、 「今セラスさんが言ったとおりだよ。それでも、ニニアン、本当は残りたいんだろ?」 そう言って、ニルスはニニアンをぐい、とエリウッド様へ押し出しました。 「ニルス!?」 「エリウッド様」 エリウッド様がニニアンの手をしっかりと握り締めたのを見て、ちょっと失敗した笑顔を、ニルスは浮かべました。 「ニニアン…ううん、ねえさんの事、お願いします」 「…ああ。必ず幸せにすると…誓うよ」 しっかりと、エリウッド様はその言葉に頷かれました。 「それじゃあ!」 ぱ、っとニルスが身を翻して、門の前に立ちました。 「ぼくはまだ長生きしたいからね、そろそろ戻るよ」 そう言うニルスの顔は、ニニアンに心配をかけたくないと気を張っていて、でも姉との別れが悲しい…そんな感情が入り混じった表情で… …わたくしは、一生忘れないでしょう。 「ニニアン! 一日でも長く、幸せに生きてね!」 「…ニルス!」 それを最後の言葉として、ニルスの姿が門の向こうに消え…門に宿っていた光も消えて行きました。 これで、もう竜の力を呼ぶ事はできなくなるでしょう。…全てが、終ったのです。 それからはとてもあわただしく、ヘクトル様のオスティア候にしてリキア同盟主即位の式典と、エリウッド様のフェレ候継承の式典の準備で、あっという間に一年が過ぎました。 なまじっか知識があったわたくしは、戦乱で人材の減少してしまったリキアで式典の準備を手伝う事になり、忙しい日々を送っていました。 もう少しで、わたくしは…わたくしの役目は終わりを迎えます。 この一年で、覚悟が整いました。見届けたら、わたくしはここを去りましょう、と。 そして、運命の日はやってきました。 「エリウッド様、おめでとうございます」 「はは、セラス、そんなにかしこまらなくてもいいよ」 フェレ城内、式典の控え室にて、わたくしはエリウッド様に挨拶を述べていました。エリウッド様の傍らには、最近、めっきり笑顔が増えて美しくなったニニアンの姿があります。 「…どうしても、行ってしまうのかい?」 「はい。ここで成すべき事は全て終わったと思います。ですが、このエレブ大陸には、まだ争いの火種があちこちに存在しています。ですから…」 「…そうか。寂しくなるな」 エリウッド様は、そう言って苦笑を浮かべました。 わたくしは、フードの奥で必死に涙をこらえました。…せめて、あと少しだけ貴方が優しくなかったなら… 「あの…セラスさま」 「何でしょう、ニニアン」 おずおずと、しかし以前よりはしっかりとした様子でニニアンが声をかけてまいりました。 「ありがとうございました…貴女がいなかったら、わたしは…どうなっていた事か…」 「よいのです、ニニアン」 私はそっとニニアンの肩に手を乗せました。 「あなたたちを助けようとしたのは、皆なのです。お礼は、貴女が幸せになることで示しなさい」 「…は、い…」 そう言って、ニニアンはぼろぼろと泣き始めてしまいました。そんなつもりはなかったのですが…と背中を撫でていてあげると、 「それなんだけれど、いいかな?」 「…はい?」 エリウッド様の言葉は、半分は予測のうちでした。 「少し気が早いんだけれど、君に子供の名付け親になってほしいんだ」 「よろしいのですか?」 「ああ。ゆっくりでいいんだよ。まだいつ生まれるかも分からないし…」 「いえ。では、ロイ、と言う名前はいかがでしょうか」 「え?」 エリウッド様とニニアンが、揃って驚きの表情を浮かべました。…ああ、その暗がりのない表情を見せてくれるのなら、わたくしは…本望なのです。 「まずは一名、贈らせていただきます。もし女の子が生まれたのでしたら、その時にはもう一度名付けに訪れましょう」 「…びっくりしたよ。まさか、もう考えてあるなんて」 「軍師には先読みが必要ですから…」 もし、この能力がなかったら、私、は……いいえ、いいえ。考えてはいけません。 遠慮申し上げたのですが、式典後、旅立つわたくしを見送ると言って、エリウッド様は聞きませんでした。結局、フェレ領のはずれの草原まで。 「エリウッド様、いい加減に戻られませんと」 「そ、そうか」 そう言って、ぎこちなくエリウッド様は微笑みました。 「では…セラス、ここでお別れだ。…君の力がなかったら、今の僕たちは…いや、世界は、なかった」 す、とエリウッド様はその右手を胸に当てられ、感謝の態を取られました。 「…君に心からの感謝を、セラス」 「エリウッド様…」 最後まで、貴方はわたくしの愛する貴方なのですね… 「また会おう」 にこり、と。 太陽のような笑顔をエリウッド様は見せてくれました。 「約束だ、友よ」 「…エリウッド様」 わたくしはフードをはずし、笑顔を返しました。 ニルスよりうまく出来ていたでしょうか? …さようなら、エリウッド様、ニニアン。ヘクトル様。リン。そして…大切な戦友たち… 史書によれば。 この後、リキア同盟、エトルリア王国、イリア諸国、そしてベルン王国のいずれもが、【神の指先を持つが如く】と渾名されたかの軍師の姿を探し、その才を手に入れようとしたが… …かの軍師の姿は、一向に捉えられなかったという。 時は巡り、フェレ候エリウッドの元には一男子が授けられた。 それと引き換えるがごとくに、しばらくして氷竜の巫女はその命を全うしたが、両親の愛と、そして2人の最良の友より与えられたロイと言う名の下、そして、オスティア候の光の娘と言う友を得て、少年はのびやかに成長していく。 …人は変わる。それは、剣の犠牲に剣魔が剣聖へと変わるほどに… …人は変わる。変わってしまう。優しき少年が、絶望の王となるほどに… 人は変わり、そして平穏は破られる。 他ならぬ、竜騎士の国ベルンによって。 かつてフェレ候とオスティア候が救い上げた王子は、王となって、変貌した。 イリアの雪の上に血を撒く風が吹き、サカの緑の大地が火に霞む。 雪の国で、真紅の盾と【すご腕】、蒼碧の槍と穢れなき白翼は、故郷を守り、新たな故郷に散った。それを成したのもまた、雪の国の槍。生きるために。その手段の違いゆえ。 緑の大地を焼くその火の先陣を切る【噛み砕く牙】と、かの竜騎士に従う緑に灰の髪の騎士が何を思ったか、それを知る者はいない。かつてはともに戦った、草原の若き狼と草原の公女と共に、死出の道へと去ったから。 雪と風の国が消え、リキアの地にも風火は迫る。 同盟のはずれ、どの領にも属していなかった光の司祭の下あった孤児院も、また竜騎士たちの蹂躙を受けた。かつて神将器を手にした司祭も病に蝕まれ、兄弟と呼ぶべき主とのたった2人では、幼子たちを逃がすのが精一杯だった。ただ、緑の髪の幼子に、その母が遺した魔道書を託して。 そして風火は、盟主を捕らえる。 王は、かつて王子であった王は、己を救いしが何者であるかを知らなかった。今眼前にて膝をつく、オスティアの猛将、リキア同盟の主がそうであったとは。 陰に従う密偵と、陽に従う重騎士と、彼らを支えた女司祭は、主を守って刃に斃れた。その最後まで勇猛果敢であったのを見ていたのは、同胞の亡骸と敵国たる竜騎士たちだけ。 多くの命が失われた。 けれども命は受け継がれ、決して消える事はない。 炎の紋章の名の下に、新たな戦史が幕を開ける… |