雪の鎧










暖炉の火が燃えていた。
そことそのまわりだけが僅かに明るかった。

冬の夜更け。
室内でも身を切るような寒さの中、
城壁の歩廊で当番の兵士たちが凍えた手に息を吹きかけながら
見張りに立っていた。



浅い眠りから覚めたオリビアは横に寝ていたはずの人物の姿を求めて身を起こす。
暖炉の横に身づくろう彼がいた。
ダブレット一枚を身に付け、厚いキルティングのアンダーコートを暖炉の火にかざし、温めていた。青年の域へと変わる途中のしなやかな筋肉が下着の上からでもわかる。

「デニム・・・・・・。」
オリビアがそっと幼馴染だった恋人の名を呼ぶ。

デニムがその声に振返る。
「オリビア・・・、まだ夜明け前だ、寝ているといい。その・・・、疲れているだろう?無理をさせた・・・から。」

数刻前までの行為のことを言ってるデニムにオリビアは少しだけ頬を染める。彼に愛された身体が甘く疼く。

「大丈夫。」
そう言ってオリビアは寝台から夜着を羽織って降りてきた。

「風邪をひくよ、そんな格好では。」
デニムが素早くアンダーコートを着てオリビアのところに行き、自分の上着を娘の肩に掛けた。

「大丈夫よ、わたしは寒さに強いの知っているでしょう?」
氷の魔女だからと言いながらデニムに上着を返した。
「デニムこそ、早く服を着て・・・。」

オリビアのアイスブルーの目がデニムの顔を優しく覗き込む。デニムはその目の色がずっと昔から好きだった。

オリビアがふわりと笑う。

いつだってその笑顔にデニムは救われるのだ。



オリビアの手の中にある癒しの魔力を破壊のそれに変えた罪の意識がいつも心の中にあった。



けれどオリビアは言うのだ。





気にしないでデニム
わたしはわたしの意思で
セイレーンに戻ったのだから・・・

デニムが罪の意識を感じることはないわ・・・・・・





何も知らず、
魔法をおもちゃのように使っていた時、
デニムに会って
命の重みを知ったから・・・・





だから、心配することはないわ・・・・・・





デニムが横にいてくれるだけでいいの・・・・・・








暖炉の前で二人はそっと唇を重ねた。
額をくっつけて目を閉じる。

暖炉の火が暖かかった。

「鎧を着けるの手伝うわ・・・・・・。」
そう言ってバルダー金属の小さな輪を何万個もつなぎ合わせた鎖帷子をオリビアは手にした。
ずしりとした重みがデニムを守るのだと思った。

鎖帷子の上に板鎧を着て、腿当てをはき、皮の脛当てと金属のニーパッドを当て、肩に金属の肩用プレートを装着した。

デニムもオリビアも無言だった。

胸に剣と盾を持つドラゴンの紋章が入った長い麻の軍衣を着て、鎖帷子の手袋をした。
皮の鞘をつけたベルトを腰に通すと、オリビアがロンバルディアをデニムに渡す。

「ありがとう、オリビア。」

暖炉の明かりに剣をかざす。鈍いオレンジの炎が異国の聖騎士の剣に映った。
それを見たオリビアの氷蒼の双眸が細められたのにデニムは気がついたのだろうか・・・。
彼女の想いに・・・・・・。





「行くの?」
「ヴァイスが待っているから。」
「二人だけで大丈夫?」
「人数が多いとかえって移動に時間がかかる。」
「・・・そうね、気をつけて。」
「オリビアもあまり無理をしないで。」
「わかっているわ。」
「困ったことがあったら君の姉さんたちやミルディンさんに相談するといいよ。」
「ん・・・、そうする。」
「戦闘になってもなるべく魔法は使わないで、僕がいない間は・・・・・・」
「ええ・・・・・・。」

デニムはオリビアをその腕に静かに抱いた。




オリビアの魔法で死の国へ送られた者たちの亡霊が
彼女の心を壊さないように・・・・・・

デニムはオリビアを守るのだ。

彼女の盾になって。



贖罪の思いを込めて・・・・・・・・・





暖炉の火がはじけた。

デニムはオリビアの波うつ柔らかな黒髪に唇を落した。

「行くよ。」
「祈っているわ、上手くいきますように。」
「見送らなくていいから。」
その格好で外に出られると僕が困るとおどけて言った。

「わたしも・・・、こんな格好をセリエ姉さんとかに見られたら殺されるわ。」
「そうだね。」

目を合わせて笑った。

そして、デニムは木の扉を開けて部屋を出て行った。





再び閉ざされた扉をオリビアはじっと見つめていたが、やがて何かを思いついて服を着始めた。








城門の跳ね橋のところにヴァイスがいた。

「ごめん、待たせた?」
「いーや、オレも今来たとこ。」
「姉さんは?」
「何でオレ様の見送りにあいつが来んだよ?」
「うん、そうだね。」
あっさり肯定した親友にちょっとだけ傷つくヴァイスだったが、厳しい表情で空を見上げた。

月が寒寒として天空にあった。





いつまでも冬は続かない。
やがて命が芽吹く春が来るように、

いつかこの戦乱の時代も終わる時が来ると信じて
凍りついた道を二人は歩き出した。








「デニム・・・・・・。」
百歩も歩かないうちに寒さが少し和らいだことに気が付いたヴァイスが親友に声をかけた。

嬉しそうに笑ったデニムにヴァイスは付き合ってらんねーぜといった表情で肩をすくめてみせた。
お熱い親友に比べて我が身の寒さが哀しかった。

二人は城を振返る。

見えなかったけど、
デニムにはわかったのだ。
オリビアが寝ているセリエをたたき起こして城門塔の上から炎のデフ系魔法をかけさせたのだと・・・・・・。








デニムがオリビアを守りたいと思う気持ちと同じくらい
オリビアもデニムを守りたいと思うのだ。

彼がこの国の希望なのだから。

わたしの手の中にある魔法の力はデニムのために使おうと
フィラーハの水の娘は思っていた・・・・・・。

彼の剣になって・・・・・・・・・
彼の鎧になって・・・・・・・・・














夜が明けて、
くしゃみを連発している硬質の美貌の炎の姉の鼻から鼻水が垂れるのを
目ざといゼノビア人の白騎士が見つけたのはおまけの話になる。













後書き
デニムとヴァイスはどこに何をしに行こうとしているのか・・・、
第一、この城はどこなのか、
その他いろいろわたしにも不明。
ついでにタイトルと壁紙も変えるかも。

(2005.1.3)






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