転移石・・・古い人形から加工された玉石。戦闘から離脱することが出来る。







転移石







 ハイム城の一番高い尖塔にヴァイスはいた。見渡すヴァレリアの大地は遠くで空と溶けあう。その空の色は春特有の薄く霞がかったそれだった。

 カチュがこの国の女王になって3度目の春だ。いろいろと問題は山積みだったが、皆で力を合わせてそれでも少しずつ民の生活も安定してきていた。カチュアも女王としても責務を彼女なりに果たしていた。偉大な父親の名前に負けそうなことも度々あったが、それでも彼女も周りにいる人間が彼女を守り、補佐していた。

 ヴァイスとカチュアの関係は相変わらずだった。お互い意識はしているのにその先に一歩踏み出せないでいる。まあ、ここまできたらなるようにしかならないというのが衆人の一致した見解である。



 「馬鹿ほど・・・、高いところが好きっていうけど。」
 ぜいぜいと荒い息を吐きながら尖塔に上ってきたカチュアが年下の幼馴染に声をかけた。
 「本当にそうね、ヴァイス。」
 
 女王をちらりと一瞥する。
 「・・・仕事は?」
 「あんたも・・・、サボりでしょ?」
 「・・・まーな。」
 「お互い様ね。」
 柔らかい笑顔で笑う。天敵同士の頃は決してヴァイスまで向けられる事のなかった笑顔だ。
 
 そんな些細なことでも嬉しいくせにヴァイスは素っ気無い態度でまだ息が整わないでいるカチュアに尋ねた。
 「何の用だ?」

 何とか荒い息を整えて女王が言った。
 「懐かしいものを見つけたわ、あなたもきっとそうよ。」
 悪戯を思いついた子供のようなわくわくとした顔をしてカチュアはヴァイスを見る。
 「見たい?」
 「見たくねえよ。」
 即答したヴァイスに口を尖らせた。
 「せっかくあなたに見せようと思ってわざわざ上ってきたのにその態度は何よ?」
 「・・・別にオレが頼んだわけじゃないだろう?」
 「それはそうだけど・・・、絶対あなたも懐かしがるってば。見る?」

 ヴァイスが見ると言うまでは意地でも引かない態度がありありのカチュアに鬱陶しくなったヴァイスはわざとらしく大きなため息をついた。

 「見たいでしょ?」
 「・・・ああ・・・・・・。」
 「素直にそう言えばいいのに。」
 「・・・!」

 殴られたいのか?と言おうとしたヴァイスより早く、勝ち誇った顔のカチュアがポケットから何かを取り出してヴァイスに投げた。

 「あ・・・。」
 「うわっ、馬鹿!」

 コントロールの大きく外れたそれをヴァイスが身体を動かして掴んだ。掴まなかったら窓から飛び出して地上に落ちていっただろう。

 「投げなくていいだろうが!」
 叫んだヴァイスが手の中のものを見る。

 「・・・ね?」
 「・・・・・・・・・。」
 「覚えているでしょう・・・?」

 カチュアがヴァイスの横にきて一緒に覗き込んだ。



 それは・・・薄汚れた転移石だった。瞬時に戦闘から離脱できる玉石。ラウンドブリリアントと言われる58面体にカットされたそれは、元は大昔の人間が造った石の人形だったという。



 「あなたが昔装備していたやつよ・・・。ほら、ここに・・・・。」
 ヴァイスの掌に乗っている転移石にカチュアは白いきれいな指を伸ばした。2本の長剣を自在に操るヴァイスのごつごつと固くて太い指と対照的な柔らかな指先で転移石を転がした。

 「あなたの頭文字が彫ってあるわ・・・。V.Bって」
 「・・・・・・。」
 「ゼノビアの騎士様たちが呆れていたわね。誰にも盗られないようにと転移石に自分の名前を彫った人間は初めて見たって。」
 思い出してくすくすと笑う。ヴァイスは仏頂面だった。カチュアは面白そうに続ける。

 「あなた、一度だけ装備を外してもらおうとしたデニムに何て言ってた?」
 「・・・忘れた・・・・・・。」

 「“これはオレのモンなんだぜ。おめーにはやんねーよ。”って言ったわよね?」
 「だから、忘れたって言ってんだろーが!」
 「あたしそれを聞いた時、あんた絶対ろくな死に方しないって確信したわ。」
 もっとも今のところは外れているけどね・・・と付け加えたが。

 ヴァイスは黙ったままだった。カチュアも口を閉じて彼の手の上のその石を見ていた。何度戦闘離脱しただろうか?考えてみると僧侶だった自分ばかりが戦闘離脱していたような気がする。あの時は・・・、ウォルスタ人の自由と誇りを取り戻すためにまだ少年だった弟とその親友が戦いに身を投じた時は今の自分たちの姿なんてこれっぽっちも想像していなかった。その瞬間を生き延びるだけで精一杯だった。

 「・・・信じらんねーな・・・・・・。」
 ヴァイスが言った。
 「そうね・・・。」
 カチュアが答えた。

 あの時の自分たちの未来が今につながっていたということが。こうして2人でいることが・・・。

 「また装備してみる?」
 「そうだな・・・。」

 「おまえと大喧嘩した時、逃げ出すのに便利かもしんねーな。魔法をくらう前に。」
 にやりと笑う。ゴリアテにいた時のふてぶてしいクソガキ時代と同じ顔だった。
 
 「ヴァイス!」

 ヴァイスは大きな声で笑いながら階段を下りていった。その手にしっかりと転移石を握りしめて。



 「カチュア!待っててやるから早く下りて来い!」
 階段の途中からヴァイスが上にいるカチュアに叫んだ。カチュアはあわてて階段を下りていった。



 ハイムの春の空に鳥が飛ぶ。









<後書き>
やっぱりわたしはLルートのヴァイスとカチュアの話が大好きです!
書いていて楽しい。
(2004.4.3)

なお、本当はこの先に時間は前後するけど
ゴリアテの教会でヴァイスとカチュアが転移石のことで喧嘩するシーンがあったのですが
現在の場面とつながりが悪くて省きました。

いちおうおまけで載せときますね。 



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