青と金の石
(ミルディンと魔法のランプ 2)




 セリエがミルディンの胸の石に気がついたのは彼の裸を見た時だ。純情ランプの精である彼女は男の裸に対して免疫がない。それこそ顔から湯気を噴出して消えた。あっけにとられていた彼はセリエが消えた後、ずっと笑っていた。彼女の真っ赤になった顔を思い出して。


 夜の砂漠に金の星が輝く。
見慣れたはずの景色が違って見えるのは何故だろう?


 セリエはこのところ調子が狂いっぱなしだった。どうも今度の主人は勝手が違った。いつもように自分の欲望のために願いをいう人間じゃないのはすぐにわかった。名前を聞いた。貧しい人たちのために願いを使った。3番目の願いは今は考えないことにして、とにかく親切にも自分の生き別れの妹たちを探す手伝いをしてくれるのだという。変わった男だと思った。


「考えごとか?」
 ギルダスがセリエに声をかける。
「せっかくの美人が難しい顔をしていると台無しだぜ。」
にやりと笑ってセリエの横に座る。どこまでも図々しい男だった。
「どうせミルディンの事を考えているのだろう?あんな奴ほっとっけよ。それより・・・」

そう言いながらセリエの腰に手をまわし、彼女にグーで殴られた。

「わたしに触るな!」

 ギルダスは痛みで涙目になりながら殴られた頬をさすって言った。
「・・・奴ならいいわけ?」
「彼はそんなふざけた真似はしない!」
「わかんないぜ〜。奴だって男だからな。」
「世の中の男が全部自分と同類だと思うな!」

 むきになって言い返すランプの精をギルダスはからかう。

「ちと目をつぶって奴の顔を思い浮かべてみろよ。」

 怪訝そうな顔をしながら彼の言った通りにしたセリエは顔を赤らめた。本当に面白いランプの精だ。親友が気に入ったのもわかる。

「で、オレの手を奴の手だと思って・・・」

 そう言いながらギルダスは目をつぶったままのセリエの頬に手をやり、彼女のしっとりとした肌を味わった。滑らかなさわり心地にしてやったりと思いながら次の行動に移る。図々しくもセリエの唇を奪おうとして・・・

「グワッ!!」

 正気に戻ったセリエに再びグーで殴られたのだ・・・。

「殺すぞ・・・!」
 セリエが低く唸る。調子に乗りすぎた男は魔法の炎をお見舞いされる前にさっさと退散する事にした。その時、セリエはギルダスの腰の短剣の柄にミルディンの胸にあったのと同じ石が飾ってあるのに気がついた。

 砂漠の夜空に撒き散らした金の星の・・・


 セリエの視線が自分の短剣に注がれているのに気がついたギルダスは暫らく考えていたが、あることに気がついてにやりと笑った。

「この石が気になるのか?」
「・・・別に・・・・・・」
「あっ、そう?」
「・・・・・・」
「せっかく何故ミルディンもこの石を大事にしているのか教えてやろうと思ったのだが、そりゃ残念だ。」

 そう言いながらセリエのもとから離れようとした。セリエが呼び止めることを確信して。そしてセリエはギルダスの予想通りの行動をとった。本当に面白いランプの精だった。

「何だ?」
 セリエが聞きたがっているのをわかっていて、わざとそう聞いてくるギルダスもなかなか底意地が悪い。セリエはあらぬ方向を見ながら訳を話せと偉そうにお願いしたのだった。胸を触らせてくれるなら教えてやると言ったギルダスが焼かれたのは言うまでもなかったが・・・。

 プスプスと燃えカスが言う。

「あの石は奴の大切な女性の形見だ・・・・・・。もうずっと前に死んだ女性の。」

 そうなのか・・・、とセリエは思った。






 セリエは空に浮んでいた。ふらりふらり、水の中に漂うように、空気の中をゆらり、ゆらりと・・・。
思うのはミルディンの大切だったという女性。どんな人だったのだろうか・・・。気にしても仕方ないとわかっていても、どうしても思考はそこにいく。

 セリエはもう何度目かわからない大きなため息をついた。



 彼の胸に大切にしまい込まれた青と金の石は砂漠の夜空だ。セリエは空に浮びながら仰向けになって夜空を見上げた。撒き散らした金色の星を夜空ごと石にして砕いて小さな欠片にする。それを全部拾い集めて彼にあげたら彼は喜ぶのだろうか・・・。



「セリエ!」
 突然、ミルディンに下から声をかけられセリエはひっくり返って落ちそうになった。声のした方を振り向くとミルディンがセリエを見上げていた。

「風邪を引きますよ。降りて来たらどうです。」
 穏やかな笑顔がセリエを見つめていた。

 セリエはミルディンの横に下りていって並んで歩く。

「何を考えていたのですか?」
「・・・あの空を・・・・・・。」
「空?」

 セリエに言われてミルディンは夜空を見上げた。
「綺麗な星空ですね・・・。」
「・・・・・・」

 いつか、彼に胸の石のことを聞いてみようと思った。






 

「竜が踊る」やり直すことに決めたので、急いで他のを書いて更新です。
(2003.9.9)