空から落ちてくる白くて冷たいはかないもの…
手のひらの上にも一つ、また一つ…落ちてきては融けていく。
人の命のようだとオリビアは思った。

ブリガンテス城で、
今は失踪した父にかわってフィラーハ教団をまとめる立場にある彼女はまだ少女と言ってもいい年齢だ。

先の統一戦争
最終決戦の舞台になったこの地は時の王が禁じられた呪文を使いすぎて、1年中吹雪が吹き荒れ氷に閉ざされた不毛の大地となった。

破壊のための魔法は嫌だ。
人の命を奪う魔法は使いたくないと思う。

けれど、オリビアは自分の手の中に誰よりも強い魔力があるのを知っていた。

グルーザとかわした契約、父と母が恐れた力、無邪気に笑って命を弄んだ幼い自分・・・
そして封印。







ブリガンテス城に雪がふる。
オリビアは城の城壁からバハンナ高原の方を見ていた。

感じた姉たちの微かな気配。

来るのだ、彼が。もうすぐここに。







そして・・・、彼女の封印が解かれる時もまた・・・・・・・







その手の中にあるもの・・・







「オリビア様〜!」
城にいる信者の子供たちが城壁の下からオリビアを呼ぶ。

「大変です!パウロとニックが喧嘩して血がだらだら流れているの!すぐに来て下さい。」

オリビアが呼ばれた場所に行くと2人はまだ喧嘩の最中だった。大きい女の子たちが止めに入っていたが全然言う事を聞かずに取っ組み合いを続けていた。が、誰かの「オリビア様が来た」の声に2人の子供は動きを止めてオリビアの方を見た。

「・・・・・・・・・」

オリビアは静かに彼らに近づくと黙って血を流している場所に手を翳した。
ヒーリングの魔法でみるみる傷口が癒されていく。子供たちは憧れと尊敬のまなざしで、オリビアの魔法の手を眺める。

「・・・・・・」
腕白どもは神妙な顔で傷口を見ていたが、お互い目があうとまた殴り合おうとした。

「ニック! パウロ!」
オリビアは声を出して2人を制した。大人たちでもオリビアの言う事は絶対だったのに、子供たちにとっては彼女はなおさら神さまのような存在だった。2人は瞬時に動くのを止める。

「原因は何?」
オリビアは静かな口調で2人に聞いたが、彼らは口を閉ざして理由を話そうとしない。それを見て大きな女の子たちがそっとオリビアに耳打ちした。

「やめろ!オリビア様に変なことを言うな」
「そーだそーだ!」
少年たちは声を合わせてオリビアに喧嘩の理由を知られるのを止めようとする。2人とも顔がこころなしか赤い。

オリビアは視線をこの場から少し離れたところに立って心配そうにこちらを窺っている女の子の方を見た。マリアという名前の口の聞けない女の子だった。みすぼらしい格好をしている。

「マリア・・・、心配しないで。わたしが2人に喧嘩しないようによく言い聞かせるわ。」
オリビアが優しくマリアに言う。マリアは少しだけはにかんでコクンと肯いた。

喧嘩の原因は大人から見ればたわいもない事だ。けれど、当事者たちにとっては幼い恋と意地の張り合い。オリビアは子供たちを見ながら思い出す。

ちょうど、マリアくらいの年だった。

初めてデニムに会ったのは・・・・・・。















 フィラーハ教の大神官の末娘としてオリビアは生まれた。長女は火、次女は大地、三女は風、当然4番目のオリビアの属性は水だった。春なのに、その日はハイムに大雪が降った。グルーザの、生まれてくる子供への祝福だろうとドルガリア王は笑いながらモルーバに言ったのだが、モルーバは何故か不吉な予感がしたものだった。その予感は的中する。生まれたばかりの娘は魔力をすでに持っていたのだ。いや、まだ魔力と呼べる代物ではなく魔のエネルギーの卵というものであろうか、固く握りしめた小さな手の中にオリビアはそれを溢れさせていた。





 まだオリビアが母親に抱かれていた時、王宮で舞踏会があった。王の命令でモルーバの4人の娘たちも着飾って出席させられた事があった。諸外国からも多数の列席があり王はヴァレリアの重臣の自慢の4姉妹を見せようと思ったのだ。慣れないドレスにセリエは機嫌が悪かったが、シェリーとシスティーナは綺麗な服が着られてご満悦だった。

そこで事件が起こった。ドルガリア王の暗殺未遂だ。会場に紛れ込んでたロデリック王にゆかりのある者が王に刃物を突きつけたのだ。一人ではなかった。周到な準備をしていたのであろう、暗殺者たちは何人かで一斉に王に向かっていた。王の横にいたモルーバの妻が赤ん坊の娘をかばう。とっさの事で人々は何が起こったか分らず声も出なかった。警備兵は間に合わない。一番近いところにいたセリエが王のところに行こうとしたが、ドレスを踏んづけて転んだ。

その時、広間にある全てのグラスが一斉にパリーンと音をたて弾けた。グラスの中の酒や水が瞬時に凍りつき弾けたのだ。破片が飛び散り、人々が悲鳴をあげ、この場から逃げ出した。警備兵は逃げ出す人の流れに逆らって暗殺者の方に行こうとするが近づけなかった。暗殺者たちは王にとどめをさそうと剣を振り上げる。が、目的を果たす事は出来なかった。立ち上がったセリエがファイアストームをお見舞いしたのだ。まだ、命を奪うほどの威力はないが、動きを止めるだけなら十分だった。モルーバや他の重臣たちが倒れた王のもとに駆け寄る。幸い傷は浅いようだ。兵たちが刺客を取り押さえようとした時、母の腕に抱かれた赤ん坊が手をのばして何かを掴む真似をした。

「オリビア!」

母親の叫び声に驚いたオリビアが火のついたように泣き出して、それは終わった・・・・・・。

母親は娘をしっかりと抱き締め、父は複雑な顔をして眺めていた。システィーナとシェリーが泣きながら両親の所に近づいて来た。セリエは2人の妹の手をひいて広間を後にする。グラスを割ったのは小さな妹の仕業だと確信していた。





 オリビアはフォリナー家の末娘として何一つ不自由なくすくすくと育っていった。

ゆるやかに波打つ黒い髪と白い肌、華やかな優しさの美しい顔立ちの女の子だった。が、その瞳は冷たい氷の女王のようなアイスブルーで、それがオリビアの印象を不思議なものにしていた。あどけない幼さと愛らしさに隠された神聖な傲慢さこそ彼女の本質だったが、それを感じ取っていたのは両親と一番上の姉のセリエだけだった。

セリエはモルーバの考えで特別に女戦士としての訓練を幼い頃より受けていた。魔力はあまり強いとは言えず、フォリナー家の長女なのにどうしてわたしは出来そこないなのかというコンプレックスを持っていた。

ヴァレリア魔法アカデミーでセリエは、バイアン・ローゼン・オーンいう父と親しい魔法使いを相手に魔法の練習をしていた。バイアンの出した魔法の鳥に炎の矢をぶつけるというものだ。魔力のコントロールと精神の統一、鳥が1羽だけなら簡単だが、数が増えるとどうしても失敗が多くなる。セリエはなかなか全部を同時に消すことが出来なかった。はあはあと息を整えていた時、遊びに来たオリビアと視線があった。

「・・・・・・!」

オリビアは笑ったのだ。冷たい氷のまなざしで、まるでセリエの貧弱な魔力をあざ笑うかのような・・・、そんな表情だった。セリエが屋敷に帰ると門の横に鳥の死骸があった。セリエはそれがオリビアの仕業だとすぐにわかった。鳥は濡れていた。オリビアが飛んでいる本物の鳥に氷のエネルギーをぶつけたのだろう。魔法の呪文をまだ知らないオリビアは効率の悪いエネルギーの放出しか出来なかったがそれでも鳥1羽くらいは簡単にどうにでも出来た。セリエはため息をつく。オリビアに悪気は全く無い。小さな妹はセリエに上手と誉めてもらいたくてやっただけなのだ。セリエは鳥を土に埋めるためにオリビアを探した。命の重さを教えねばならない・・・。全てに命があるのだということを。
 


 オリビアがはじめて呪文を使ったのはシスティーナと屋敷の屋根裏部屋で遊んでいた時だった。いつも2人はここで遊んでいたが、その日初めてそこで埃をかぶった本を見つけた。羊皮紙に金の文字で書かれた古い魔法書だ。

「読めないね」
「後でお父様に読んでもらおう?」
そんな会話をしている時、後ろから声がした。

「読んであげましょうか?」

幼い姉妹が声の方を振り返ると、そこに見たこともない綺麗な女性がにっこりと笑いながら立っていた。腰までの金色の輝く髪を三つ網に結んだオリビアと同じ目の色の若い女だ。

「お姉さんは誰?」
オリビアが話し掛ける。システィーナは見知らぬ女性に身構えていた。女はシスティーナに優しく言った。
「怖がらなくてもいいわ、システィーナ。あなたに手を出したら、あのうるさいハーネラから何を言われるか・・・」
くくくっと何かを想像して笑いをこらえる。
「でも、あなたは邪魔だわ。少し眠っていてね。」

システィーナがぱたりと静かに倒れた。

「オリビア、ずっとずっと会いたかったわ・・・」
オリビアの目線にあわせるように屈みこむ。

「わたしと同じ目ね。嬉しいわ・・・」
その女はオリビアを抱き寄せて唇を合わせた。

「可愛いオリビア・・・、水のセイレーン。この世で最も強力な魔法使いの娘」
歌うように、夢見るようにグルーザは続けた。
「全ての水の力と精霊をあなたにあげる。さあ、わたしと契約を・・・」





オリビアは屋敷とその周辺をアイスレクイエムで包んだ。それは封印されているはずの禁じられた呪文。今、これを使うものは誰もいないはずのアイスレクイエムを小さなオリビアが唱えたのだ。契約の代償に要求された命が数多く失われた・・・。

家にいた母親とシェリー、オリビアのそばにいたシスティーナは無事だった。連絡を受けて急いで宮殿から駆けつけたモルーバはあまりの惨状に目を覆った。と同時に末娘がフィラーハの娘と契約をしたのだと思った。

「・・・まだ、早すぎる。」
オリビアは4つだった。魔法の意味も、力もまだ何も理解できていない彼女にとって魔法はおもちゃにしか過ぎないのだ。泡がはじけるように命が簡単にはじけて消える。

オリビアは魔力を封印されたが、モルーバの力を持ってしても完全な封印は無理だった。グルーザに出会った彼女の魔力は格段に強くなっていた。オリビアの身体に封印されたそれは生き物のように出口を求めて時々彼女の身体を蝕んだ。

夜中、オリビアの声が屋敷に響く。
「いやあああー!」

「オリビア!」
母親や姉たちがとんでくる。

「オリビア、大丈夫だ。落ち着け!ここを開けろ!」

オリビアが凍らせた部屋のドアをセリエが魔法で溶かして部屋に入ると、ベッドの上でオリビアが身体を抱いてうずくまっていた。

「うっ・・・、嫌・・・、来ないで・・・」
姉たちに言っているのか、それとも別の見えるはずのない人物に言っているのか・・・・・・。

冷気で身体が凍えそうな部屋で小さな妹の身体から魔力が禍禍しいオーラになってもれていたのを見ても、ただ抱き締める事しかできない母や姉たちだった・・・。













 オリビアがデニム・パウエルという同じ年の男の子に出会ったのは、彼女が5つになる春の日だった。

 王都ハイムから少し離れた丘陵地帯の農村にフォリナー家の別荘がある。騒々しいハイムと違って静かでのんびりとした所だった。春ともなれば、小川のほとりにスミレや蓮華、菜の花が咲き、新緑の匂いがあたりにたちこめる。自然の中にいるのが大好きなシスティーナがその別荘に行きたがった。オリビアはシスティーナほど自然や花が好きではないが、ハイムにいてもこの頃はセリエもシェリーの魔法アカデミーが忙しいせいか相手をしてくれなくて退屈な日々が続いていた。システィーナとオリビアは乳母とその別荘に数週間の予定で移ったのだった。

 別荘には立派な温室があった。フォリナー家の人々がここに滞在していない時でもきちんと使用人が手入れをしていた。野原に咲く慎ましい花たちと違って、ここにある花は豪華絢爛といったものが多い。シェリーはこちらの方が好みだったが、システィーナとオリビアは外のかわいい花が好きだった。ちなみにセリエはどっちともに興味なしだ。

 別荘に着いて調子の悪かったシスティーナが熱をだした。遊び相手がいないオリビアは一人で温室に来ていた。今を咲き誇る薔薇がいい匂いだ。気まぐれをだして、システィーナがいつもやっているようにジョウロで水をまいていると、男の子が温室の中を窺いながらそっと入ってきた。腕に何かを大事に抱えていた。

まさか、女の子がいるとは思わなかったのだろう。その子はびっくりして動かなくなった。オリビアにしてもいきなり知らない男の子が目の前に現れたのだ。しかも、同じくらいの年の男の子をまじかで見るのは初めてだった。アイスブルーの目を思いっきり見開いて突っ立っている。

しばらく二人は黙って見合っていたが男の子が先に口を開いた。やわらかそうな金茶色の髪の男の子だった。

「誰?」

「・・・・・・・・・・・・」

「僕はデニム・パウエル。君の名前は?」

「・・・・・・・・・・・・」

オリビアが名前を言う前にデニムの腕の中の何かが動いた。デニムはあわてて屈みこむと腕の中のものを地面に下ろす。

「・・・!」

白くてふわふわしてちいさくてピイピイ鳴いてるそれらは・・・。

「見る?」
デニムがオリビアに話し掛ける。オリビアはジョウロを手にしたまま、初めて見るその生き物に興味を持ってデニムの方に近づいた。

「何?」
「コカトリスの赤ちゃん。」

オリビアはコカトリスを思い描く。本物を見たことはなかったが、絵本で見たそれは人間よりずっと大きくて口から石になる煙を吐いて蛇の尻尾を持っているニワトリのお化けだ。それの赤ちゃんがこれ?オリビアがまじまじと雛を見ていると、デニムが1羽を掴んでオリビアの目の前に出した。

「?」
「抱いてみる?かわいいよ。手を出して。」
言われたとおりにオリビアが手を出すと、デニムはコカトリスの雛をその手に乗せた。

「・・・・・・・・・・・・!」

自分の手の上に乗っているふわふわの小さな生き物は温かかった・・・。ピイピイと鳴いてよたよた動く。ぶるぶると力を入れているのか震えまで伝わってきた。オリビアは信じられない気持ちで胸がいっぱいになった。アイスブルーの瞳がきらきらと輝く。オリビアの胸に温かい何かが通う。

「軽い・・・。」
「でも生きているよ。」
「うん・・・・・・」
「そっちがピイちゃん。こっちがひよちゃんで、これがぴよこさん。」
デニムがコカトリスの雛の名前を教えてくれる。オリビアは名前を復唱した。
「ピイちゃん、ひよちゃん、ぴよこさん・・・?」
「そう」
「小さい・・・」
じっと手の中の雛を見つめながらオリビアは呟いた。デニムは自分の宝物がこの女の子に気に入られたことが嬉しくなった。
「君の名前は?」
「オリビア」
「オリビア・・・か。僕はデニム。」
「さっき聞いたわ。」
「あっ、そうか!」
デニムが笑う。オリビアもつられて笑った。コカトリスの雛が2人の足元でピイピイと鳴いていた。



それがデニムとオリビアの出会いだった・・・。



温室に人のいる時間は決まっていた。その時間を避けてデニムはここの温室でこっそりコカトリスの雛を飼っているのだと言った。ここなら猫や大きな鳥から襲われる心配もないし、人目にもつかない。

「でもオリビアたちがここにいるならどこかまた飼えるところを探さないと・・・。」
「ここで飼ったらいいわ。」
オリビアは良いことを思いついた自分が嬉しくなった。
「わたしが見てる。」
「いいの?」
「うん、そしたらデニムにも会えるでしょ?」
「ありがとう。毎日来るよ。」
「うん・・・!」

「デニムー!」
カチュアが弟を探しているようだった。遠くで声がする。
「姉さんだ・・・、行かないと。」
デニムは3羽のコカトリスの雛を1羽ずつ抱いて頬ずりすると立ち上がった。光で髪が金色に輝く。オリビアはきれいだと思った。
「じゃあね、オリビア。」
「約束したわ、デニム。明日、待ってるから!」
「うん、約束だね。」
そう言いながらデニムは温室から出て行った。

デニムがいなくなった温室でオリビアはコカトリスの雛を抱いてみた。こんな小さなものが生きているのが不思議な気分だった。

「ぴいちゃん、ひよちゃん、ぴよこさん・・・」
覚えたばかりの名前を呟いてみる。どれがどれかはさっぱりだったが、それでもオリビアは幸せな気持ちだった。システィーナには秘密にしておこうと思った。



 デニムは約束通り次の日の昼過ぎにやって来た。
オリビアは朝からずっとデニムが来るのをコカトリスの雛たちと待っていた。システィーナはまだ熱が下がらなく、ベッドから離れられなかったので、オリビア一人だ。雛を見るのは楽しかった。へびのしっぽをさわられるのは嫌のようだ。触ると、ぴいと大きく鳴いてよたよた逃げるのだ。オリビアはそれが面白くて何度もしっぽを触った。石化ガスはまだ吐けないようだ。土をつついて石や砂粒や小さな虫を食べていた。こんなにかわいいのに、大きくなったらああなるなんてどうしても信じられなかった。

デニムはミミズをたくさん持ってきた。今度オリビアに採り方を教えてあげると言う。雛たちは一心にミミズをついばむ。それを見ながらオリビアはデニムのことをいろいろ知った。

父親はフィラーハ教の神父、母親はいなく姉が一人。今度父がハイムの教会に赴任するのでハイムに住む。デニムは自分と同じ年だということ。

オリビアも自分のことをデニムに話した。父もフィラーハ教の神官は母はいる。姉が3人いて2人はヴァレリア魔法アカデミーにいて、魔法の勉強をしていること。夜が怖いこと・・・。

「夜が怖い?」
「ん・・・。時々夢の中にきれいな女の人が出てきたら身体が熱くなって息が出来なくなるの。だから眠りたくないの。」
「昨日もその人は出てきた?」
「ううん、昨日はデニムやひよちゃんのこと考えてなかなか眠れなかったわ」
「僕も今日オリビアと何をして遊ぼうかと考えていたら眠れなくなった。」
「本当?」
にこっとオリビアが笑う。デニムはオリビアの顔をじっと見た。
「何?」
「きれいな色の目をしているなって・・・」
「本当?」
「うん」
「みんなは・・・、何もいわないけどこの目の色が嫌いだと思う。セリエ姉さんが一度わたしの目をじっと見てため息をついたわ・・・。」
「そんなことないよ。きらきら青くてきれいだ。」
オリビアは嬉しそうに笑った。

「一緒に行く?いいところを知っているけど。」
「うん」

手を差し出す。オリビアはそっとデニムの手を握った。ドキドキした。



オリビアがこの村の男の子と遊んでいるのは乳母にもすぐわかるところとなったが、男の子がプランシー神父の息子で評判の良い子だったし、何よりもオリビアが毎日毎日楽しそうにしていたので黙って様子を見ていた。温室でひよこを飼っているらしいとはわかっていたがまさかコカトリスだとは夢にも思っていなかった。システィーナは自分も外に出たがったが、まだ身体は本調子じゃなかったので暫らくは家の中でつまらなそうにしていた。

靴を脱いで裸足になって小川で遊ぶ。川の水の冷たさが気持ちよかった。オリビアの頭にクローバーの白い花冠が載っていた。デニムが作ったものだ。デニムの首にはオリビアが作ったクローバーの首飾りがさがっていた。川の水で遊びながらデニムが聞いた。

「オリビアの属性は水?」
「そうよ、デニムは?」
「まだ・・・、知らない。父さんが大人になってからだって。」
「水ならいいな。」
「そうだね、姉さんたちは?」
「火と、大地と、風よ。」
「全部だね。」
「魔法使いになるから・・・。」
オリビアの口調に陰を感じ取ったデニムが聞く。
「オリビアはなりたくないの?」
「ううん・・・、よくわからない・・・。お父様がわたしに魔法を使えなくしたの。魔法使いたいのだけど、魔法の力が手に出てこない・・・。見ててね・・・」
そう言ってオリビアは川の水を両手にすくった。目をつぶって精神を統一する。魔法を使うのに意識を集中したことは初めてだった。デニムに魔法を使えるのを見せたかった。

デニムにとってオリビアの魔力が封印されていたという事は幸運以外の何者でもない。もしもオリビアが本来の魔力を解放したならデニムは腕の1本や2本ふっとばすどころではすまなかったのだが。

オリビアの髪が青い光を帯びる・・・。手の中の水がゆっくりとゆっくりと凍っていく。今のオリビアにはこれが精一杯だった。がっかりするオリビアだったが、デニムはそれだけで感動した。すごい、すごいと連発するデニムにオリビアはもっとすごい魔法を見せたいと思った。きらきらと空中の水が氷の結晶になって光を反射するのはきれいだったから。

オリビアは何故自分が魔法を封印されたのか理解していなかった。魔法を使うと父や姉が怒った顔をした。母が泣いた。セリエやシェリーは魔法を使う練習をしているのに自分は何故使っては駄目なのだろうと思う。理不尽だと思った。










 さて、システィーナである。

彼女はせっかく別荘にやって来たのに熱をだしてベッドの上にいることを余儀なくされた。やっと熱が下がっても大事をとって家の中から出ることが出来なかった。いつもならそんな時は妹が家の中で彼女と一緒に遊んでくれたのに今回妹はこの村で知り合った男の子に夢中である。朝食をとるとすぐに家をでて日が暮れるまで帰ってこない。昼用のパンとお菓子を持って遊びに出てしまう。乳母が一度オリビアにデニムをお茶に招待するように言ったのだが、彼をシスティーナに会わせたくないオリビアは断った。

「つまんない〜な」
ベッドの上で読みかけの本をぱたんと閉じてスティーナが呟く。
「つまらないわ・・・。」
オリビアがうらやましくてたまらないシスティーナだった。










 オリビアは温室で雛たちで遊んでいた。雛の上から帽子をかぶせるとピイピイ鳴いて帽子が動く。雛たちは懐いてパンのかけらをオリビアの手の上でつついたりもした。最初は全く区別がつかなかった3羽も良く見ると微妙に違っているのがわかる。ピイちゃんは一番小さくてひよちゃんはうっすらと小汚い。ぴよこさんはデブだった。少しずつ大きくなっていくのが手にのせた感じでわかった。オリビアは雛たちが可愛いと思った。何かに愛着を持ったのは彼女にとって初めてのことだった。そのうちにデニムが温室にやってくる。二人して雛と遊んだ後オリビアとデニムは森や川で遊ぶのだ。

 この日、森の中で野草をつんでいるとそこにデニムの姉が来た。デニムの3つ上、システィーナと同じ年だった。

「デニム、父さんがハイムに用事で行くからついておいでって言っているわ。」

カチュアは弟がこのところハイムのお嬢様と一緒にいるのが気に食わなかった。オリビアをわざと無視する態度でデニムに用件だけを言う。
「デニム、ハイムに行くの?」
オリビアが彼に尋ねる。デニムは頷いた。オリビアは自分もついていきたいと言ったが、これにカチュアが反発した。
「駄目よ! 大切な用事なの。デニムもわたしも遊んでいるだけのお嬢様と違って忙しいのよ。じゃあね。」
まるで役立たずのオリビアは足手まといといった口調でそう言い残すとデニムをひっぱって森から出て行ていった。

オリビアの手に野草が半分くらい入った籠、彼女はそれを見て暫らく何か考えていたが木の根っこに置いていたパンとお菓子をその籠に詰め込むと森の中に入っていった。



 オリビアがやってきたのは森を流れる川の岸である。透き通った水が流れ、川底までは浅く底の小石が見える。岩の上に籠を置くと彼女は靴を脱いで川に入った。わずかにくるぶしまでを水につけた。

オリビアは静かに目をつぶる・・・。川の音、川の水が流れる音。足に感じる水の感触。水の命・・・。オリビアは感覚の全てを足先に集中した。

皮膚を侵食して水の力が身体に入ってくるのを感じた。その力を身体のずっとずっと奥のところにある一点につなげたいと念じる。それが出来たらオリビアはまた前のように魔法が使えるようになるとわかっていた。
デニムに氷がきらきら輝くところを見せたかった。あたり一面が氷のかけらで輝くのだ。きっとデニムは喜んでくれるとオリビアは思っていた。

「・・・・・・・・・・・・」

オリビアは何度も何度も精神を集中してそれを続けたが上手くいかなかった。そのうちオリビアは飽きて川から出た。岩の上に座って昼ご飯をとる。パンに草の匂いが移ってほおばると口中に広がった。










 籠いっぱいに草を摘んだオリビアが家にもどるとベッドの横にハイムにいるはずのセリエとシェリーがいた。帰ってきた末妹に姉たちは気付く。

「元気そうだな、オリビア」
「オリビア、元気だった?」
セリエとシェリーが笑いながら同時に口を開く。
オリビアは久しぶりの姉たちに抱きついた。シェリーはかがんでオリビアをだきしめセリエは頭を撫でる。
「乳母から聞いたわ。ボーイフレンドが出来たんですって?」
「デニムのこと?」
「そう、今日も一緒だったの?」
「ううん、今日はデニム、途中で用事があるから帰ったの。」
「今まで一人で何をしていたのだ?」
「草を摘んでいたわ。ほら、いっぱい。」
野草がたくさん入った籠を誇らしげに姉たちに見せる。これの入ったパンを明日自分で焼くと言った。
「それとね・・・、魔法を使う練習をしたの!」
笑っていた姉たちの顔が曇る。
「魔法・・・?」
「デニムに見せたいから、わたしの魔法。」
「オリビア!」
「・・・?」
声を荒げたセリエにオリビアがきょとんといった表情をむける。
「なあに、セリエ姉さん?」
「・・・・・・・・・いや・・・、何でもない。」
「で、使えるようになった?」
シェリーがセリエのかわりに口を開いて優しく妹に尋ねるとオリビアは首を横にふったのだった。



 オリビアが温室でコカトリスの雛を飼っている事はすぐに姉たちの知ることとなった。シェリーが温室に咲いている薔薇を部屋に飾ろうと切りに行ってコカトリスの雛を発見したのである。
ニワトリだと思っていた乳母はコカトリスと聞いて仰天したが、システィーナは内緒にされたことに不満だった。オリビアはデニムとのささやかな秘密がばれてちょっとだけ悲しかった。

家の中にシェリーが入れて大騒ぎだ。
「可愛い〜!蛇のしっぽだわ。」
「オリビア!こいつら糞をしたぞ!!」
「一緒に寝てもいい?」
「わたしのピイちゃんたちよ! あんまり触らないで!」
「シェリー、外に連れ出せ!」
「嫌よ、可愛いじゃないの。ハイムにつれて帰りましょ。」
「システィーナ!ベッドに上げるな!」

久しぶりに4人の姉妹がそろった夜だった。



 デニムは二日後に帰ってきた。彼が温室に行くとオリビアの3人の姉たちがいた。デニムの品定めをしたのだろう、妹のボーイフレンドに合格と判断した姉たちは気持ちよく二人を送り出した。

「可愛い子だったわね・・・」
「ふん・・・」
「気がついた?セリエ姉さん。オリビアのこと。」
「ああ・・・、目の光がやわらかくなっている。コカトリスの雛に興味を持っているのにも驚いた。・・・いい傾向だ。それに・・・夜もぐっすり眠れているそうだ。」
「デニムって子のせいね?」
「おそらくは。」
「姉さん、ピイちゃんたちを連れてピクニック行きたいわ・・・。オリビアだけずるい。」
やっと今日、戸外に出ても良いという許しの出たシスティーナが雛たちを抱っこしながら姉に頼む。気分がいい時だけ可愛がる妹や姉たちと違ってシスティーナはあれから1日中コカトリスの雛と一緒にいた。姉たちは妹の希望をかなえてあげることにした。ついでに、オリビアとデニムの様子も見ることにして。

「5歳児のデート見物か・・・?」
「参考になるかもよ?」
「何の参考だ・・・。」
セリエはため息をついた。

 セリエとシェリーが突然ここに来たのには訳がある。
セリエは貴族を一人殺しそこなっていたのだ。本気で殺せなかったのを悔しがっていた。バグラムの大貴族の放蕩息子がいる。その男は乱暴でおよそ教養のかけらも無い男であったが、こともあろうにセリエに懸想した。セリエの美貌は本人は全く無頓着だったか、誰もがその美しさに目を見張った。貴族の若い男たちの間ではフォリナー家の長女を誰がおとすか賭けがあるという噂もあった。男はアカデミーに忍び込んで薬を使いセリエを無理やり自分のものにしようとし、・・・返り討ちにあったのである。面目を丸潰しにされた男は仲間を使ってセリエに仕返しをしようとしたのだ。モルーバは相手側に死人が出るのを恐れて娘をハイムから出した。薬で自由がきかなかった時と違ってセリエが素人相手に本気で戦ったら相手が命を落とすのは目に見えていた。そうなると面倒だ。娘がハイムから離れている間にドルガリア王の耳に入れて王の力で男を抑えようとした。相手はモルーバよりも身分が高い。ドルガリア王は才能で臣下を選んでいたが、身分というのはたとえフィラーハ教の大神官とはいえ絶対だった。

 だが、貴族の男は仲間を何人も連れて執念深くセリエを追ってきた。王都から離れている方が何かと都合が良かった。ヴァルキリーとはいえたかが15の小娘と男はセリエを侮っていたのである。

男の仲間の一人がフォリナー家の3人の娘が森に行ったのを確認すると、村の宿屋で酒を飲んでいた男に報告に行った。男は別の仲間に先に家を出て行った末妹を捕まえるように言っていた。オリビアを人質にしてセリエを屈服させようとしたのである。下の妹たちが魔法を使うという話は聞いていなかった。実際、システィーナはまだハーネラと契約はしていなかったし、オリビアが魔法を使って人の命を奪い魔力を封印されたということは一部の人間しか知らないことであった。



「妹を放せ!」
セリエの怒鳴り声が森に響く。猿轡をはめられ手を後ろに縛られたオリビアが男の腕の中でもがいている。システィーナはコカトリスの雛たちを両腕にしっかり抱いて地面に座り込んでいた。後ろから男の仲間が剣を突きつけていた。シェリーはセリエの横にいた。2人とも魔法使い崩れの男の放ったスタンスローターの呪文にかかって身動きが出来なくなっていた。

「ちょっとでも変な事をすると妹の腕がおれるぞ」
そう言ってオリビアの腕を捩じ上げた。
「――――!」
オリビアが声にならない悲鳴を上げる。
「オリビア!」

「麗しきヴァレリアの戦いの乙女も妹の命がかかっているとなればこのざまだ・・・。」
オリビアを仲間に渡して男は薄ら笑いを浮かべセリエに近づいた。動けないセリエの胸に剣先をあてる。数回胸をつつくと男は剣でセリエの服を切っていく。セリエの白い胸があらわになった。小ぶりの形のいい乳房に男たちが息を飲んだ。

「どうした、オレを殺すんだろう? 殺してみろよ。」
そう言ってセリエの胸を掴んだ。あの時セリエに焼かれてできた傷の疼きはセリエをこの場でどうにかしてもおさまりそうになかった。
「姉さん!」「――――!」
シェリーとシスティーナがセリエの名を呼ぶ。オリビアはアイスブルーの目に涙をいっぱい溜めてセリエのところに行こうともがいていた。怒りで身体が震える。

「魔法が使えないとただの小娘だな。あの時も薬でなくて呪文で身体の自由を奪えばよかったということか・・・」

男がさらにセリエの服を切っていこうとすると、ピイピイと雛の鳴く声が足元から聞こえた。男が下を向く。

「ピイちゃん!」
システィーナの腕の中から雛が抜け出してのんきに地面をつついていた。男が雛を蹴飛ばした。
雛が音も立てずに地面にたたきつけられた。オリビアはそれでもぐしゃりという音を聞いたと思った。

「!!」
システィーナが横の男を突き飛ばして雛の所に行き雛を抱きかかえる。突き飛ばされた男が顔を真っ赤にしてシスティーナを殴り飛ばした。

「システィーナ!!」
姉たちが妹の名を叫んだその時、空気が変わった。

セリエとシェリーがオリビアの方を向く。オリビアのまわりが凍っていた。

「オリビア!駄目だ!!」
セリエが叫んだ時はもう遅かった。一瞬後、アイスブラストが森に弾けた・・・。封印されたオリビアの魔力が不完全に放たれて・・・、小さな命が消えた。










 ・・・オリビアが魔法を解き放った時間はどのくらいだったのか・・・。一瞬なのか、それとも永遠と思える時間か・・・。

その間、正気を保っていたのはオリビア一人だった。・・・否、オリビアが正気だったどうか。

雛の砕ける音を聞いた・・・と思った時、空中の水の分子がオリビアの周りでパキパキといって凍りだした。オリビアは静かに目を閉じて記憶を呼び起こす・・・。生まれる前の、まだ混沌とした光の渦の中にいた時の・・・記憶だ。
無意識に。
身体の底からじわりと漏れる力を感じたとたんアイスブラストを発動させた。

グルーザが笑う・・・

セリエとシェリーとシスティーナの身体ががその属性のエネルギーに包まれ、オリビアのアイスブラストを弾き飛ばす。オリビアは笑みをこぼした。姉たちはおそらくほとんどダメージを受けていないだろうと・・・。氷蒼色の目が冷たく光る。残念なことだと思ったのはオリビア自身か。オリビアの自由を奪っていた道具はすでに消えていた。

オリビアはゆるりと倒れている男たちに目を向けた。死んでいるのか、どうか。魔法に耐性がない者は絶命しているだろう。くすりと笑う。死んで当然の奴らだった。

アイスブラストの残骸が空中で光を弾いてきらきらきらきら・・・

落ちていく、無数の氷の欠片・・・

その中で小さなセイレーンが青く発光した髪を波打たせて立っていた。無邪気な笑顔を浮かべて・・・、フィラーハの水の娘が。

が、その表情が突然別のものになった。
コカトリスの雛を見たとたんに。

氷蒼色の目が驚愕に見開かれ、鼓膜が破れる程に心臓がドキンドキンと大きな音を立てた。

「うそ・・・?」

アレハ何?

わたしの手の中でピイピイ鳴いていた白くてふわふわしてた命・・・
だってさっきまで動いていた。

「う・・・そ? 嘘!いやあ!!」
オリビアは叫びながら雛のところに行く。
「ピイちゃん!? ひよちゃんなの!? どっち!?」
手にとって必死に声をかける。
「答えなさい!」
この雛が駄目だとわかると他の2羽を探した。システィーナのそばに1羽・・・、少し離れたところにもう1羽。

3羽とも水に濡れて冷たくなっていた。もう動かない、コカトリスの雛たち・・・。温室でピイピイ鳴いてたデニムのコカトリス。わたしも遊んであげたのに・・・。

「起きて・・・! 羽根を拭いてあげるから・・・ね?」
涙と鼻水で顔がどろどろになるのもかまわず、オリビアは雛たちを抱き締めて温かい息を吹きかけた。そうしたら生き返るかとでも思ったのか、ずっとそうしていた・・・。



姉たちは気を失ったままだ。

雛を抱えて泣いていたオリビアは呻き声に顔を上げた。見ると男の一人がまだ生きてた。セリエとシェリーに麻痺の魔法をかけた魔法使いくずれの男たった。

オリビアは体温がすうっと下がるのがわかった。

マダ生キテイルノ? コノ人タチノセイデ――チャンタチハ死ンダノニ・・・

オリビアは自分の意志でアイスブラストを男に向けた。言葉もなく男が絶命した。










 オリビアと一緒のところを襲われて木に縛られていたデニムは偶然通りかかった村人に助けられた。急いで村に戻って父や村人、フォリナー家の者たちとオリビアをさらった連中の行方を探していたその時、北の森で起こった異変に気がついたのだ。急いで北の森に向かったデニムや村人が見たのは、惨たらしさで目を背けたくなるような光景だった。そして・・・

「オリビア・・・?」

一緒に遊んだ黒い髪の女の子が死んだコカトリスの雛を抱えて立っていた。

いったいその場にいた何人がオリビアの身体から漏れ出る魔力を見ただろうか? 

「オリビア・・・」
デニムがオリビアに近づいていく。
オリビアがぽろぽろ涙をこぼしながらデニムの方を見た。
「・・・消えないの・・・・・・、煙が・・・。身体から嫌なのに・・・、ほら・・・青い煙が・・・。」
オーラを消そうと雛を抱えてない方の手で身体を叩く。

魔力は人を選ぶ。誰もが魔力を持つわけではないのだ。プランシーにはオリビアのいう煙は見えなかった。だがハイムに行った時モルーバと会っている彼は、オリビアの魔力が解き放たれたのだとわかった。

カチュアには魔力がはっきりと見えていた。プリーストとして修行を始めたばかりの彼女の目に映ったオリビアの魔力は背筋が凍る程恐ろしいものに思えた。カチュアは弟に叫ぶ。

「行っちゃ駄目よ、デニム!飲み込まれるわ!!」

だが、デニムは姉の静止を無視してオリビアに近づいた。デニムにもオリビアの魔力が見えていた。怖いとは思わなかった。ただ、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている仲良しの女の子を慰めたかった。

「オリビア・・・」
「デニ・・・ム・・・・・・」
デニムがオリビアに声をかける。大泣きするのをこらえていたオリビアがうわあああんと声をあげて泣き出した。
「ピイちゃんが、ピイちゃんたちがたちがわたし、わたしの魔法で・・・!!」
死んでしまったと泣きながらくり返した。

自分が殺したと泣くオリビアをデニムが抱き締めるとオリビアの身体から漏れ出していた魔力がすうっと消えていった。

「ほら、もう大丈夫だから・・・煙は消えたよ?」」

オリビアがしゃくりあげながら頷いた。デニムはオリビアの額に自分の額をくっけてオリビアの目を覗き込んだ。オリビアの目の中に自分が移っている。自分の目の中にもオリビアが移っているのだと思うと泣きじゃくる女の子が愛しいと感じた。コカトリスの雛たちと同じように。

シェリーとシスティーナはまだ気を失っていた。セリエは村人から借りた上着をはおって妹とその友達の男の子を見ていたが、プランシー神父に事の全てを説明する。明日の朝には王都から兵たちが来るだろう。父が青い顔をして駆けつけてくるかもしれない。忙しくなりそうだと思った。

オリビアの漏れていた魔力はセリエの目にもはっきりと見えていた。小さな妹の身体を封印を解かれた魔力が覆い尽くそうとしていたがセリエは近寄ることが出来なかったのだ。妹と相反する属性―火―のセリエが今オリビアに触れたら、オリビアに触発されてセリエの魔力が漏れ出し反発してどうなるかわからなかったから。

妹の魔力が神父の息子によってまるで水が退いていくように体内にもどった。セリエは妹のこれからの人生にあの男の子がかかわってくると確信していた。
そしてそれは正しかったのである。










 数日後、フォリナー家の4人の娘はハイムに帰っていった。オリビアはここにずっといると駄々をこねたが、デニムがすぐにハイムに行くからと言ってやっと納得した。
オリビアは少しだけ雰囲気が変わった。無邪気で自由奔放なのは同じだったが、傲慢さが身を潜めていた。

一度封印した魔力を解放してしまったオリビアは再び魔力だけの封印は出来なくなっていた。いつまた彼女が感情にまかせて魔法を爆発させるか両親は心配したがそれは杞憂に終わっていた。オリビアは彼女なりに魔法がどういうものか少し理解したようである。モルーバはオリビアを魔法アカデミーに入れることを考えたが、まだまだ小さなオリビアを親元から離すのことは出来なかった。



 デニムが父と姉とハイムに移り住んで来た。デニムと一緒にいるオリビアは普通の女の子だった。彼の姉とはあまり上手くいってないようだったが、それでもフォリナー家の庭でシスティーナも入れて4人で遊ぶ光景がよく見られた。

 久しぶりにセリエ達も加わってみんなで山にピクニックに行った時、オリビアとデニムが川に落ちた。危ういところをセリエに助けられたが、勝手に危険な所に行った2人はセリエにこっぴどく怒られた。そのことを長女に聞いたモルーバはオリビアを自分の部屋に呼んで末娘に尋ねた。

「オリビア・・・、どうして川に落ちた時、魔法を使わなかったのだね?」
「・・・・・・・・・・・・」
オリビアは口を噤んだままだった。オリビアは川に落ちた時に額に傷を負い、頭に包帯を巻いていた。
「オリビア・・・、答えなさい。」
モルーバは優しく末娘に言った。怒らないからと。

川は増水して流れがとても速かった。すぐ先に高い滝があった。セリエが飛び込んで2人を助け出さなかったらどうなっていたかわからない。オリビアは今まで自分の命に危険が迫った時、必ずといっていいほど無意識にその魔力を使って命を守ってきた。赤ん坊の時からだ。封印された魔法を解放した時は怒りと憎悪の感情からだったが、モルーバは川に落ちた娘が魔力を使わなかったのを訝しがったのである。

「オリビア。」

オリビアがうつむいたままぽつりと口を開いた。
「・・・・・・から。」
「・・・?」
「デニムが・・・ぬから・・・。」
「オリビ・・・ア」
「わたしが魔法使ったら、デニムが死ぬと思ったから・・・」
だから使えなかったのだと消えそうな声で父に告げた。

モルーバは驚いて娘を見た。
顔を上げて父親を見つめるオリビアの目から大粒の涙が落ちてくる。

「わたし欲しくないのに・・・・・・。」
「オリビア・・・」
「どうしてわたしにこんな力があるの・・・?」
オリビアは小さな手を父に見せた。手のひらの上に氷の塊が瞬時に出来る。塊はぱんと弾けた。
「魔力なんて要らない・・・。消えてしまえばいいのに・・・・・・」

ぽたぽたと涙を流す娘をだきしめながらモルーバはあることを決心していた。















ブリガンテス城。

オリビアはここで解放軍を待っていた。セリエやシスティーナに会うのは何年ぶりだろうか。
ドルガリア王が死んでヴァレリアは内乱に突入した。姉たちは父の元から去っていき、自分の信念で生きている。バグラムに寝返ったシェリーは今どうしているのだろうか。

コカトリスの雛を抱えて笑った男の子は今や解放軍を率いて内乱を終結に導こうとしている。

「デニム・・・。」
オリビアは今ではすっかり薄くなった額の傷をそっと触った。















「オリビア、いいかね?」
「はい、お父様・・・・・・」
「我慢できなかったら言うんだ。」
「大丈夫よ」
「元に戻るための鍵は」
「デニムがそれを望むなら・・・・・・」

モルーバはやりきれない気持ちでいっぱいだった。オリビアをプリーストに変えてしまう。魔力だけを再び封印するのは無理だった。そうすればオリビアの身体は封印された魔力に耐え切れずボロボロになるだろう。少しの魔力を残したまま、攻撃魔法を使えなくするためにオリビアの身体を変えてしまおうとしたのだ。人の命を奪いすぎた幼い娘にその資格などないプリーストに。

娘の身体はその無理な変化についていけるだろうか?
モルーバはオリビアが魔力を持って生まれたという事実に賭けることにした。その手の中にある魔力が今ではないいつか、いつか使われるその時のために娘がこの世に生まれてきたのだと。だから、きっと大丈夫だろう。

「始めよう、オリビア。」

オリビアは目を閉じてデニムの顔を思い浮かべた。
神殿の奥の間でオリビアの身体が光に包まれた。












終わり(2003・4・28)
<後書き>

この後再会したデニムはオリビアのことをす〜っかり忘れていたのだから話続かないのですけどね・・・。
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