ボルドュー湖畔の休日
 





何故、そんな話になったのかはわからなかったが、
誰かが釣り自慢をはじめたのがきっかけだったのかもしれない。
とにかく、ここボルドュー湖で今日は魚釣り大会!



「一番大きな魚を釣った人がアタックチームの好きな人と1日デートができる!」



デニムがそう言ったのでみんな目が血走っている。女性陣はミルディン様狙いが多い。男性陣は…フォリナー家の3番目あたりといったところか?

ゼノビアのヒゲの騎士が相棒に聞いた。
「おまえは参加するのか?」
アタックチームの人気NO.1は笑いながら言った。
「しますよ。わたしの故郷は砂漠の町ですが近くに湖がありましたから、小さい時はよく釣りをしたものです。楽しみですね。ギルダスはどうするのです?」
「俺はハイランドの釣りキングだぜ?」
にやりと笑う。
「せいぜい、お手並み拝見といきますか。」
ミルディンも笑った。

ミルディンの笑顔を見た女性陣が黄色い歓声をあげてそれぞれ必勝を心密かに誓った。



フォリナー家の4姉妹が楽しそうに話している。美貌の4姉妹だ。顔に似合わず、その攻撃力も半端ではない。特に末妹の水のセイレーンは凄まじい召還魔法を持っていたが、素顔の彼女はデニムに想いをよせる乙女だった。

「オリビア、頑張るのだぞ。」
「デニムとデートできるといいわね。」
セリエとシェリーがオリビアに声をかける。
「姉さんたちは釣りをしないの?」
「するはずないでしょ。デートの権利を何で必死になって勝ち取らなきゃならないの?」
シェリーが言った。
「でも、ゼノビアの騎士様も参加なさるわ。」
そう言ったのはシスティーナだ。他の姉妹はきつい性格をしていたが、彼女だけは春の陽だまりのような優しい娘だった。
オリビアが続けた。
「ミルディン様が優勝して、セリエ姉さん以外の女性を選ぶかもしれないわ。」
「それがどうした? 彼が誰を選ぼうとわたしには関係ないことだ。」
「じゃあ、わたしが参加しようかしら。優勝してミルディン様とデートしても恨まないでね、姉さん。」
そう言った妹にセリエは告げた。
「ギルダスは優勝するつもりだぞ、シェリー。」
「げっ…!」
それだけは断じて阻止せねばと誓うシェリーだった。

…悪夢が甦りそうだ。



カチュアとカノープスが見えない火花を散らす。狙いはオリビアと同じだ。
カチュアはオリビアが気に食わなかった。一応全種類の魔法を使えるプリンセスだったが、威力が中途半端で使いようがないのが、プライドの高い彼女には我慢ならなかったのだ。それに、ゆっくり弟と過ごしたい気もした。
カノープスがデニム狙いなのはカチュアに対する単なる嫌がらせだ。



様々な思惑が渦巻きながらいよいよ釣り大会が始まった。



ボルドュー湖はヴァレリア島で1番大きな湖だ。
空の青を移す湖水は美しく穏やかで、平和な時代は夏の間この地の別荘で暮らす貴族も多かった。



あちこちで歓声があがる。

「やったわ〜!」
「釣れた〜!」
「や〜ん!」



たまにはこんな休日もいいと思う。
のんびりと釣り糸を垂れて、ゆったりと時間が過ぎていく。



システィーナは恋人の横で笑っている。釣竿を持ったフォルカスも煩いシスティーナの姉たちの邪魔が入らないこの時間を楽しんでいた。セリエの姿は見えないし、シェリーは優勝狙いで必死だ。ミルディンが自分といるのを見た姉の顔が楽しみだったし、優勝出来ずとも、ギルダスより大きい魚を釣らねばならなかった。



オリビアもけっこう真剣に釣りをしていた。出来るならデニムが優勝して自分を誘ってくれるのが良かったが、我侭な彼の姉の存在が邪魔しそうだったので。

「わたしが一番大きな魚を釣ったらデニム喜ぶかしら…?」

思い出す、ハイムでの幼い日々。何時も彼と遊んでいた。これからもずっとデニムと一緒にいることが出来たらいいなと願うオリビアだった。



自称、ハイランドの釣りキングは空っぽのバケツを見る。隣りのバケツにはミルディンが釣り上げた魚が泳いでいた。

カノープスのバケツも空だ。ギルダスが釣竿をおいてカノープスのところにやって来た。

「よう、釣れているか?」
「…見りゃわかるだろうが…」

「釣りざおなんか握ってないで飛んだらどうだ。鳥だろう?
 空からでかい魚を狙えよ」
「…! てめぇ!」

カノープスに鳥は禁句だった。わかって言うギルダスも確信犯だ。1匹も釣れなくて退屈しきっていた2人はいつもの如く言い争いを始め、ミルディンは黙ってその場から離れた。



「ミルディンさん、もうやめるのですか?」
デニムが声をかけた。
「デニム君は釣れていますか?」
「ええ、まあ…」
「優勝できるといいですね。」
「あんまり大きいのは釣れてないんですよ。」
「オクトパスを釣ったら優勝ですよ。」
「…釣りは楽しいけど、僕が優勝したら…まあ…。」
そう言葉を濁したデニムは向こうの方を見た。気持ちが痛いほどわかる。

デニムの視線の先にいたカチュアが釣り糸をより遠くに投げようと振り回して、隣りのオリビアの糸と絡まってもめていた。



バイアンやプレザンスもそこそこ戦果を上げてるようだ。
釣りに参加していないアロセールが老人たちのバケツを覗き込んでいた。



湖面は光を反射してきらきら輝く。







ミルディンは散歩がてら湖の景色を楽しんでいた。緑と青の対比が美しい湖だ。

ふと、故郷の湖を思う。赤茶けたダルムード砂漠に突然広がるそれの岸辺に葦が生い茂り人々が水を汲む。もう何年も故郷に帰っていなかった。戦いが終わり、この島に来た目的を果たして帰国したら、一度ダルムードに戻ってみようと思った。



「セリエ?」



ボルドュー湖畔の小さな船着場にセリエが立っていた。船着場といってもむき出した土の横の浅瀬に木の杭が何本か打ってあるだけのものだ。小さな舟が2隻ほどつないである。漁師の舟だろう。セリエはその一つに乗ろうとしていた。



「あ…?」



「舟にのるのですか?」
「いけないのか?」
「別にそういうわけではありませんが、よければわたしもご一緒していいですか?」
「…!?」
「駄目ですか?」
「……」
「漕ぎ手が必要でしょう?」

セリエの返答も聞かずにさっさと舟に乗り、セリエに手を差し出した。

差し出された手を無視してセリエが黙って舟に乗り込もうとしたので、ミルディンは悪戯心を起こし右足に力を入れて舟を揺らす。

「きゃあ!」
身体のバランスを崩したセリエが短く叫んで見事に転んだ…。湖の中に、ばしゃんと。

「…わざとね?」
浅瀬に尻餅をついたままの格好でセリエは言った。
「何がですか?」
絶対わざとだと思う。わたしがバランスを崩した瞬間助けようと思えば間に合ったはずだ。なのにこの男は……。
「手を貸しましょうか?」
「結構よ」
セリエは立ち上がって水を滴らせながら自力で舟に乗った。ミルディンが笑う。

仏頂面のセリエをのせて、舟はゆっくりと湖の中へ漕ぎ出した。ぽかぽか陽気のいい天気だ。







「あ〜!ミルディンの奴」」
釣りを止めてころがっていたギルダスは遠くの舟に気がついた。
「あのやろう、一人だけいい思いしやがって・・・と、こうしちゃおれん。オレ様は堂々とでかい魚を釣りあげて彼女にいいところをアピールせねば!」
と、ギルダスは再び釣竿を持った。真剣に…。







湖の上では、男女が黙って違う方向を見ていた…。
ミルディンはもともと無口だし、セリエもおしゃべりではない。戦術論とか、政治的な話になると会話も弾むだろうが、湖に舟を浮かべてする話ではなかった。

その時、2人の耳に微かに鐘の音が聞こえたのだった。
「?」
ミルディンが櫂を漕ぐ手を止めた。
「聞こえたのか?」
「あなたもですか? どこかに教会でもあるのですか?」
そう尋ねたミルディンにセリエは低い声でぼそっと言った。
「…湖の底だ。」
「…?」
怪訝そうな顔をしたミルディンにセリエは湖面を見ながら語り始めた。
「湖に伝わる伝説なのだ。ここはもともと平地で7つの村があった…」



ボルドュー湖に伝わる引き裂かれた恋人たちの物語。美しい娘と城の領主の悲しい恋の話…。
ミルディンは黙って聞いていた。



「逃げればよかったのだ、全て捨てて。そうすれば命を落とす事もなかったのに。」
「でも家族がいたからできなかったのでしょう?」
「わたしなら…!」
「わたしなら?家族を捨てる事ができますか?」
「………」
ミルディンはじっとセリエを見た。
「そうだな…。家族を捨てる事は出来ない。」
「きっと彼らもそうだったのですよ。」
ミルディンはそう言った。

ミルディンは思っていた。セリエは本当は人一倍喜怒哀楽の感情の豊かな女性だと。ただ、生まれた時からフォリナー家の長女として厳しく育てられてきたために、感情を外に出す術を知らないのだ…。炎の属性と、冷たい美貌と、ヴァレリア解放戦線という過激派組織の元リーダーとしての肩書きが彼女の激しさを際立たせていたが、いつも怒っているセリエの顔の下にいろんな感情が見え隠れするのがミルディンにはわかった。そして…、それを観察するのは楽しかった。
彼女は故郷の砂漠に似ていると思う。命を一切排除する過酷な環境の中で、それでも人知れず本当は豊かな命の営みがあるのだ…。

セリエに故郷の砂漠を見せたいと思った……。

湖面に銀の魚が跳ねた。セリエが何かを言おうとして思いとどまる。ミルディンは彼女が口にしようとしたことが何となくわかった。

波紋がゆっくりと広がり、静かに消えていく。







さて、釣り勝負の方はというと。



皆、そこそこの魚を釣り上げてはいたがプレザンスが一番大きな鱒を釣り上げていた。彼は上機嫌で優勝を確信していた。

「冗談じゃないわ。あんな親父に負けてなるものですか!」
シェリーが悔しそうに言う。元バグラムの魔術師は卑怯な手を使うのも平気だった。
「オリビア!」
そういって末の妹を呼ぶ。オリビアはとうに優勝を諦めて、これまた優勝を諦めていたデニムと話していた。カチュアは一発逆転を狙ってまだ釣竿を持っていた。

シェリーに呼ばれたオリビアは姉の所に行く。
「なあに?シェリー姉さん」
オリビアの耳に何かひそひそと耳打ちすると
「わかったわね?」
そう念を押した。
「嫌よ。卑怯な手を使うのは姉さんの勝手だけど、わたしは関係ないわ。」
「オリビア、あなたのアイスブラストが必要なのよ、あたしのいうことが聞けないの?」
「姉さんの魔法で何とかすればいいのよ」
「だから、あなたの…!」

オリビアは叫ぶ姉をほっといてデニムのところに戻って行った。

「シェリーさんは何て?」
「アイスブラストで湖の水を凍らせてウィッチにテレポートで陸に氷を運ばせて、フォルカスの魔法で氷を溶かして大きい魚を手に入れるから、まず湖を凍らせろって」
呆れた口調でオリビアがデニムに言った。
「ほんと、ろくなこと考えないんだから。姉さんは…」
「そうだね」



それをカチュアがこっそり聞いて、にんまりとした。
こっそりその場から離れる。卑怯さではシェリーとタメをはる彼女だ。何をしようとしているか一目瞭然だった。



「ミルディンさんが言っていたけど、オクトパスを釣ったら優勝だって。」
「釣りざおが壊れちゃうわよ。」
「そうだね。」
ハイム時代の仲良しさんたちは無邪気に笑った。デニムが言う。
「もし…君が優勝したら誰とデートするつもりだった?」
「え…っ?」
恋する乙女はドキドキする心を抑えてそっと聞き返す。
「デニムは…わたしに一番大きな魚を釣って欲しかったの?」

デニムの口が開きかけた時、飛んできたカノープスが2人の前に降り立った。

「デニム!ギルダスが溺れた!」
「・・・はあっ?」
「オクトパスを釣って湖に引き込まれた!」



カノープスが指差す方を見るとオクトパスがうにょうにょと動いている。アロセールが弓を射掛けるがダメージは微々たるものだ。釣竿を離せばいいものをギルダスは掴んで離そうとしない。

「ギルダス!釣竿を離しなさい!」
そうシェリーが叫んでいるがギルダスには聞こえないのだろう。呆れた執念だ。

「オリビア…」
デニムがため息をついた。
「ねえ、デニム。わたしがやっつけたらわたしが釣った事にしてくれる?」
「いいよ。」
「約束ね?」



“氷海の水と結びし契約により命ずる…”



オリビアのフェンリル10連発がタコを直撃した…。







日が暮れる頃、ミルディンとセリエがデニムたちの所に戻ってみるとちょっとした騒動が起こっていた。
インチキして巨大な鱒を捕まえたカチュアと正々堂々鱒を釣り上げたプレザンスと、タコを釣っていたギルダスとタコを仕留めたオリビアが自分の勝ちを主張して譲らないのだ。

「デニム」
「セリエさん、ミルディンさん」
「どうしたのです?」

デニムから説明を受けたセリエが4人の前に進み出た。



「残念だったな。わたしの勝ちだ」



セリエが指差す先の薄闇に黒々と浮かび上がる巨大な影は、岸に戻る途中のセリエたちを襲おうとしたオクトパスのなれの果てである・・・。

セリエに丸焼きにされ、ミルディンに止めを刺されて…
タコがぷかぷか浮いていた。



終わり(2003.2.11)



<後書き>
「バルマムッサへの道」のくら〜い画面を見ていたら反動で明るい話を書きたくなって1日で書上げました…。伝説は捏造くんです。恋人を見殺しにした村々の人間は罰を受けて湖の底に沈みましたとさ。
さて、暗い話に戻ろう…。
後日読み返して…、ハボリムがいないのに気がつきました。


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