カチュア・パウエル
本名はベルサリア・オヴェリス
職業 ヴァレリア女王







挨拶は時の氏神







 長く続いた三つ巴のヴァレリアの民族紛争もようやく終結され、建国された新しい国は初めての新年を迎えようとしていた。年が明けると王都ハイムで盛大な式典が行われる。人々は新しい国づくりにその情熱を燃やしていた。






 カチュアはこのところいらついていた。その原因はゴリアテ時代からの顔なじみの男にあった。

 ヴァイス・ボセッグ・・・。
ゴリアテのスラム出身の元小汚いクソガキ。大切な弟をいつも悪事に引きずり込んでいた。

「デニム!もうヴァイスとは遊んじゃ駄目」
「うるせえ、ブス! 弟が誰と遊ぼうと勝手だろうが」

大嫌いだった。弟が反ガルガスタンとの戦いに身を投じるようになった原因も彼が誘ったからだ。
戦いは民族紛争から支配する側、される側との戦いにその様相を変えていったが、その中で彼は弟とともに解放軍を勝利に導いて、

いつの間にか
新しい国になくてはならない存在になってしまっていた・・・。






 ヴァイスは精悍な顔立ちのウォルスタ人の若者だ。解放軍のエースで、バルマムッサの虐殺に手を染めていない。民衆にも絶大な人気があった。・・・当然、ハイムや城の若い娘たちにも人気がある。彼女たちはヴァイスの追っかけよろしくどこでもキャーキャー騒いでいた。ヴァイスが彼女たちを無視していたのならカチュアもここまでいらつかなかったのだろうが、彼は適当につまみ食いをしていたので、よけいにカチュアはイライラしていた。

 一度、もう少し素行を改めるよう言った事があった。すると彼は鼻先で笑い一蹴したのだ。
「俺がどうしようとおまえには関係ないだろう?」

 クソガキが〜!と心の中で唸った女王カチュアだった。

 ヴァイスの政治家としての才能はまだ未知数だったが、フィラーハ教の大神官・モルーバはその将来性を買ってヴァレリア軍の総司令官としてでなく、女王の補佐役として彼を宮廷に置いていた。

 カチュアにとって、ヴァイスだけは他のまわりの人間と種類が違っていた。どんなに頑張って女王の責務を果たそうとしても、自分が嫌な女だということはわかっている。そして・・・、ヴァイスはそんな嫌な女全開時代の自分を知っているのだ。彼の目の光は・・・、子供の時と変わっていない。アルコール中毒の父と病弱な母をかかえ、世の中を斜めに見ていた子供の頃と・・・。

 彼女はヴァイスに心の中で軽蔑されていると思っていた・・・。だから、よけいに彼に対して素直になれなかったのだ。







 いっぽう、ヴァイスはと言うと
小汚いクソガキ時代からカチュアのことがずっと好きだったのだ。

 ゴリアテの教会に赴任してきた感じのいいフィラーハ教の神父の子供たち。同じ年の弟とはすぐ気があって一緒に遊ぶようになったが、姉は自分のことを嫌っているとその態度でわかった。嫌われているのが悔しくてカチュアが嫌がることばかりしていた。

 だが彼は初めて会ったあの日、カチュアの浮かべた天使のような笑顔に騙されたのである・・・。そして初恋をずっと大事にその胸にしまい込んでいた。










 ハイム城では新年の式典の準備に皆てんてこ舞いだったが、ヴァイスは特に準備に関してこれといった仕事はなかったので暇だった。のんびりと城の窓から外を眺めながらゼノビアから来るはずの人物の事を考えていると、何やらカチュアの部屋が騒がしい。部屋の外にまでカチュアの声が漏れてきている。一応ノックをして部屋を覗くと女官がヴァイスに助け舟を請ってきた。

「ああ、ヴァイス様。ちょうど良いところに・・・。お願いです。ベルサリア様にいってやってください。どうしてもこのドレスは着ないとおっしゃるのです。」

「そんなきらびやかなドレスなんて着れるわけないでしょう。この国は内乱が終わったばかりで疲弊しきっているのよ。お金だってないわ。そんな中でわたしだけきらきらしている服を着ていたら民に申し訳ないわ。」

「でも大事な式典ですよ。諸外国からも要人がたくさん来られるのです。一国の女王がみすぼらしい服ではわが国の恥です。ヴァレリアは女王の服も用意できないほど貧乏なのかと噂されます。」

「いいじゃねーか、着りゃ。そんなごてごてした服はおまえ以外は着れねえぜ。飾られて見栄えがするのだから、それを利用しない手はない。」

「わたしは飾られたくないっていっているのよ! お飾りだけの女王は嫌なの」

「ばーか。おまえから称号をとったら、ただのブラコンの性格の悪いだけの女だろうが。まあ、顔はいいがな。」

 周りが凍りつくのがわかった。女王にこんな事を言ってのける人間はモルーバと彼の上2人の娘たちくらいだ。が、これほど辛辣ではない。ヴァイスはさらに続けた。

「この国の民はおまえの顔が自慢なんだよ。国で一番エライ人間が老いぼれでも、豚や狐でもなく、美人の若い女性だ。民衆の虚栄心を満足させるためにも着とけ。」

 カチュアの顔が怒りで赤くなる。

「・・・変わっていないのね。あなたはいつだってわたしの嫌がることしか言わない。昔っからそうだったわ。出て行って!!  みんなも出て行って! 一人にさせて!」
カチュアはヒステリックに叫んだ。

追い出された女官は恨めしそうにヴァイスを睨んだ。

「あなたのせいですよ・・・」

「本当の事だ」

「言い方があるでしょうに・・・」
女官は呆れたように言った。

「昔っからあいつとは気があわねーんだよ。」
ヴァイスは肩をすぼめて自分の母親のような年齢の彼女に答えた。



  本当にいつだって・・・
  俺はあいつの傷つく事しか言えねえな・・・・・・



「今更、優しく・・・ってもなあ・・・」
ヴァイスはがしがしと頭を掻きながら廊下を歩いていった。










 新年の式典に参列するために、ギルダスとミルディン、カノープスの3人がハイムに入ってきた。かつてデニムとヴァイスがゴリアテの港町でウォルスタを解放するために立ち上がった時から手を貸してくれたゼノビア人である。彼らがヴァレリアに来なかったら、今のこの国はなかったかもしれない。

 公式の場では彼らは女王陛下に対してゼノビア王の名代としてそれなりの態度をとっていたが、それ以外では面倒見のいい気さくなお兄さんだった。
 
 デニムやオリビアは元気でやっているようだ。

「おまえら喧嘩してんのか?」
女王の私室でくつろぎながらカノープスがここにいない人間のことを聞いた。

「・・・・・・」

「ヴァイスは何と言っておまえを怒らせたんだ?」
ギルダスも聞いてきた。もう一人の騎士は紅茶を優雅に飲んでいる。

「顔だけがとりえのお飾り女王なのだから、民衆の虚栄心を満足させるために豪華な服を着て飾られてろ・・・」

ぶーっとミルディンが吹き出した。ギルダスとカノープスも大笑いだ。

「笑い事じゃないでしょ!」

「・・・・・・悪ィ。」

「またズバっと言ったな。ヴァイスのやつは」

そう言ったギルダスをカチュアはきっと睨みつけた。
「あなたたちもお飾りだというの?」

「まさか・・・。ゴリアテに上陸してここまでずっとヴァレリアを見てきましたがどの町も活気がありました。あなたが頑張っているのがよくわかりますよ。」
ギルダスのかわりにミルディンが答えた。

「・・・ありがとう。そう言ってもらえてうれしいわ。」

「まあ・・・、ヴァイス君も彼なりに一生懸命この国のことを考えているのですよ。あなたとは別の見方でね。」

意味ありげなミルディンの言い方にカチュアは首を傾げる。
「?」

「それがわかればもう少しヴァイスと衝突しなかなるかもな」
「そーそー」

どういう意味よ?と聞いてくるカチュアにゼノビア人の3人は自分で答えを見つけることだと言った。










 カチュアが当日着る服は彼女がごねてまだ決まっていなかったが、式典の準備は着々と進んでいた。ゼノビア以外からも式典に参列する各国の使いがハイムに入城してきて、城のあちこちで国際会議の光景が見られた。民のうわさや各王室の動向・・・。カチュアにとっては他国からヴァレリアがどう見られているかを知るいい機会でもあった。この場合、モルーバとヴァイスも彼女といるのが常ではあったが・・・。

 そして・・・、カチュアは今ゼテギネア大陸でまことしやかに囁かれている噂を知った。

”ヴァレリアはゼノビアで氷の魔女を放し飼いにしている・・・”

「カノープス!」
カチュアは他の国の人間と話していたカノープスを呼んだ。

「何で言ってくれなかったのよ、オリビアのこと」

「聞いたのか?」

「聞いたのかじゃないわよ。やっぱりあの娘は暴れているのね?」

「暴れてはいないぜ。デニムの身に危険がせまると攻撃しているだけみたいだし。ちょっと魔法が凄いだけで。」

「あとの3人も行ったのよ、ゼノビアに。わたしの名代として新年の挨拶をトリスタン様に言うために!」

カノープスはひゅーっと口笛を吹いた。

「いいじゃないか、魔女が4人。あいつらが大暴れしたら誰もヴァレリアに攻めようなんて気にならないさ。おまえは安心して内政に勤しめるっていうわけだ。」

「モルーバ様! あなたの娘たちに帰国命令を」
といってモルーバの方を振り返ると彼はもういなかった。・・・ヴァイスもいないのに気付く。
カチュアはあたりを見回すと、エキゾチックな異国の衣装を纏った女騎士の腰に手をやって広間から出て行く黒髪の青年の後姿が目に入った・・・。

「ヴァ・・・!」
目つきがかわったカチュアを見てカノープスは聞こえないように口笛をふいた・・・。
また今夜は荒れるだろうな・・、ミルディン達もさそって覗きにいくかと思っていた。










 ヴァイスが城に帰ってきたのはかなり夜も更けてからだ。
彼は城門を守る兵に女王からの言伝をうけた。

”帰ってきたらわたしの部屋に来るように”

「随分機嫌が悪そうでしたよ。」
そうも告げた門番に力なく笑って彼は門をくぐった。

あの馬鹿はわざわざこれを俺に伝えるために自らここまで足を運んだのか?

ハイム城は3重の城壁に囲まれている。当然城門も3つくぐらねば城までたどり着けない。ヴァイスはハイム城の入り口にたどり着くまでに3回同じことを3人の兵から言われていた。おそらくここ以外、全ての城門の兵にもカチュアは言ってあるのであろう。噂になりそうだ・・・。

「ため息もでねーぜ・・・」
ヴァイスは無視をしようかと思ったが後で面倒なったことを考えて素直にカチュアの部屋に行った。



「カチュア、入るぞ。」
そう告げて、部屋の戸を開けた。

「・・・・・・?」
返事はない。いないのかと思って部屋の中を見回すと、火が燃えている暖炉の前に待ちくたびれたのだろう、眠っている彼女の影が見えた。

ヴァイスは足音を立てないように彼女に近づき、覗き込むように屈みこんだ。
パチパチと薪が燃える。火がゆらぎ、カチュアの顔が闇に浮かぶ。

「・・・・・・」

ヴァイスはしばらくカチュアを見ていた。夜着でなく、昼間の服のままだ。

そっと手を彼女の口もとにやり寝息を確かめた。すーすーと規則正しいカチュアの寝息・・・。
ヴァイスはその手を彼女の唇に動かし、一瞬触れさせてすぐに離した。微かに触れた指先の感触を確かめると、再び手を静かにのばす。

触れた指先が熱かった・・・。

ずっと好きだった。子供の時から・・・。
けれど自分が好かれていないのはわかっていた。今でもそうだ・・・。
本当は抱きしめたかった。ドルガリア王の忘れ形見と突然言われ、ヴァレリアの称号を受け継ぐ羽目になったカチュア。淋しがり屋で我侭で気が強くて自分勝手だけど、それでも精一杯女王の責務を全うしようと努力している。弟は異国に旅立ったけど、自分はいつまでも傍で守ってやると言いたかった。けれどヴァイスはカチュアに拒絶されるのが怖かったのだ。

「俺は・・・、何やってんだろうな・・・」

薪はまだよく燃えている。ヴァイスはカチュアの上に寝台から軽めの毛布をとると静かにかけてやった。






 明け方、床で寝ていたために身体の痛みで目が醒めたカチュアは隣りで寝ていたヴァイスを見て心底驚いた。そういえばいつまでたっても城にもどってこないヴァイスに怒りながら暖炉の前で待っていたのだ。寝てしまった後で彼は部屋にきたらしい。
 
 夜明けの薄暗い光の中で彼の寝顔を見る。彼に言おうと思って用意していた言葉は朝、彼が起きてからだ。

よくもまあここまで成長したものだと思う。町の人間は彼がろくな死に方はしないと噂していた。本当に札付きの悪ガキだったのだ。
バルマムッサで袂を別ってから、彼は彼の理想とする道を歩んできた。服の下の無数の傷跡は、ガルガスタン攻略のために自らおとりとなった時に受けた拷問の跡だ。今でも時々疼くのをカチュアは知っていた。

目を閉じている時の彼は少年の面影をまだ少し残していた。じっと寝顔を見る。

時の川をさかのぼっていくと、いつも浮かぶ風景がある。
ゴリアテに引っ越してきて、初めて彼に会った時の風景。
ハイムにいた時の記憶はあまりないのに、鮮やかに脳裏に甦る。
ポカーンと口をあけて自分を見ていた薄汚れた少年。
喧嘩ばかりしていた。弟が自分といるより、彼と遊ぶ事を選ぶのが悔しかった。

ヴァイスと取り合ったデニムはもういない。
デニムがいない中でヴァイスとの関係が少しずつ変わっていくような気がした・・・。

この頃、自分をじっと見ているヴァイスの視線に気付くことがよくある。そのくせ視線を合わせると必ず彼は目をそらすのだ。文句があるのか?と尋ねたら、いっぱいありすぎてどれから言えばいいのかわからないと言った。
平気で酷い事を言う。カチュアの前で女性を口説く。この男は自分を女王と認めていないのかと疑いたくなる事ばかりだ。

平和そうにすやすやと寝ているヴァイスを見ていたら何だか腹がたってくるカチュアだった。

「殴ってたたき起こしてやろうかしら・・・」
そう呟いて寝顔を覗き込むと突然ヴァイスが目を開いた。

「・・・・・・」

ヴァイスの顔をこんなに間近で見たのは初めてだった。彼が目を開けた瞬間に固まったカチュアをじっと見ていたヴァイスはカチュアの首に手を回し自分の方に引き寄せた。

カチュアはこの突然の展開についていけなくて、ヴァイスのなすがままだった。
抱きしめてくる腕の温かさとヴァイスの身体のたくましさが妙にリアルに感じた。
ヴァイスはカチュアを自分の下に組み敷くと彼女の耳元で呟いた。

それは・・・、
カチュアが聞いたこともない女の名前だった・・・。

寝ぼけてる!!と思った時はもう魔法を発動させていた。

「出て行け〜〜〜!!」

テレポートで寝ぼけたまま部屋の外に放り出されたヴァイスは、自分の置かれた状況を理解するのに暫らく時間がかかったのだが、どう首をひねってもこうなった原因がわからなかったのである。



 やっぱりあいつは最低だわ! よりによってあんな時にわたしと誰かを間違えるなんて!!
一瞬だがこのまま流されてもいいかもと考えた自分がよけいに悔しくて、これからもあの男との関係が変わることは絶対ない!と決め付けるカチュアだった。






「はーっくしょん!」
「へくしゅ!」
ギルダスとカノープスが同時にくしゃみをした。

「馬鹿なことを考えるからですよ。2人とも・・・」
ミルディンが呆れたように言った。

「俺たちは修羅場になった時、人生の先輩として仲裁をだな・・・」
と弁明するカノープスたちだったが、ただの好奇心だけである。

 昨夜はカチュアの部屋のバルコニーで出歯亀と決め込んだ2人はヴァイスが部屋に来る前に眠りこけてしまい、目がさめたときはすでに朝日が顔を出していた。結局一晩中冬の戸外にいて風邪をひいた2人だった。











 新しい年になりハイム城で新年の式典が盛大に行われた。
民衆は若くて美しい女王に熱狂した。熱いエネルギーは未来への原動力だ。

 カチュアとヴァイスは相変わらずだったが、あの異国の女騎士と一騒動を起こしたヴァイスはモルーバから素行に関して説教をくらったようだった。

 結局カチュアが着る事に決まっていた例のドレスはミルディンの「センスがありませんね。」の一言で没になった。カチュアは真っ白のシンプルなドレスを着てその胸にファイアクレストをつけた。死者の宮殿で入手した伝説の竜の魂を封じた真紅の玉石、その所有者はヴァイス、

 ヴァイスの貸しである・・・。





終わり(2003.1.2)
<後書き> 
タイトル「挨拶は時の氏神」。これは百均で買ったことわざ辞典で見たもので、意味は「争い事のとき仲裁者が入ったなら、意地や見栄は捨ててとりなしに従ったほうがいいということ」です。これ見たとき、ああ、カチュアとヴァイスと思って出来たのがこれ。ちょっと初め考えていたのと違っているし、もっと長かったけど、長くするといつまでたっても終わらないので、ひとまずここで終わりです。(ファイアクレストはLルートではヴァイスがつけていたので彼のものにしました。)ヴァイスとカチュアにも思い入れがあるので、また続き機会があれば書きたいです。